魔王の決意
オラスの砦から来た伝令の話では、勇者一行だけが砦の奪還にやって来たのだという。
騎士団の姿は、伝令が砦を出た時点では見えなかったらしい。
四日前のイニャスの話でも、騎士団が村に出入りしているような情報はなかったし、砦の攻略に来たのは勇者一行だけなのだろう。
勇者のレベルは25だそうだ。
……やっぱりレベルの上がりが遅い気がする。
毎日レベル上げに勤しんでいたら、もっと上がるんじゃないか?
とはいえ、砦の防衛を頼んだ当時のオラスとのレベル差は5にまで迫っている。
不安は不安だな。
一度、俺のレベル上げは中断して、砦に行ってみるべきかな?
バルタザールの足で行けば……。
「魔王様。もしや、ご自身で砦に赴かれようとは思っていらっしゃらないですよね?」
アルドに釘を刺された。
まあ、魔王が途中の砦でいきなり出てくるって、あまりないよな。
勇者側が強くなるためのフラグとして、イベント戦闘に出てくることはあるけど。
「……ご心配でしたら、魔王様。私が代わりに砦に参りますよ。」
一つ嘆息して、アルドが言う。
「え? いいの?」
アルドって、あちこち行ったりしてるみたいで、食事時にも城内に姿がないことがあるし、忙しいんじゃないの?
「魔王様が直々に行かれるよりは、私自身が行った方が、私の精神衛生的には良いです。」
「あはは……。」
考えてみたら、アルドは上級呪文も使えるみたいだし、行ってくれるなら、俺より頼りになるかも。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「かしこまりました。」
バルタザールに乗って……って、ダメだ。バルタザールはアルドのこと嫌いなんだった。
「では、伝令の者と共に、馬で砦に向かいます。」
「わかった。よろしく。」
そんなわけで、オラスの砦にはアルドに向かってもらい、俺は予定通りレベル上げと呪文の練習に勤しむのだった。
「魔王さまー? きょう、調子わるいー?」
城からあまり遠くない場所で魔物を狩っていたら、バルタザールが不意に言った。
「え? ……なんで?」
「んー……しゅうちゅうりょくが足らない。」
ズバッと言われた。
バルタザールは、こと戦闘に関しては結構厳しい。
戦いの最中に他の事を考えたりしていると、必ず気付く。
「いーい? 魔王さまー。戦いのときに、べつのことを気にしてると、よわいやつにもやられちゃうんだよ?」
「うん、ごめん。」
バルタザールのお説教を素直に聞いておく。
「からだの調子よくないなら、今日はもうかえるー?」
「いや、大丈夫。もう少し頑張ろう。」
アルドも向かったことだし、オラスは大丈夫だろう。
そうだよ。足止めをしていてくれるうちに、俺は強くならないと!
アルドがオラスの砦に向かってから、十日あまりが経った日の夕方。
馬に乗ったアルドが、一人で戻ってきた。
心なしか、着ているローブが汚れている。
「おかえり、アルド。……え、と。ひとり?」
嫌な予感がする。
「申し訳ありません、魔王様。かの砦が落とされました。」
うん、そこは仕方ないと思う。25レベルの勇者に落とされるのは意外だったけど、最悪、騎士団が来たら保たないかなと思っていたし。
だから予め指示を出していたのに……。
「で……オラス、は?」
「行方不明です。」
「……。」
「私が砦に着きましてから、しばらくは善戦したのですが……次第に戦況が混乱いたしまして。最終的に、砦の放棄時には既にオラスの姿はなく……残った魔物共も、散り散りになってしまいました。」
「……そっか。良く戻ってきたね、アルド。今日は休んで。」
「は……。失礼致します。」
アルドが居なくなったあと、一つ深く溜め息をつく。
勇者のレベルが低いから、ともすれば勝てるかと思っていたけど、予想以上に勇者の能力値修正は大きいらしい。
気を引き締めていかないと、俺もやられるかもな。
オラスは「行方不明」だとアルドは言った。
つまり、生死も不明なわけだ。
ということは、生きて逃げ延びた可能性もある。
配下の魔物達を残して一人逃げるようなタイプではないと思うけど、例えばオラス自身が怪我をしたとかで、砦の魔物達に撤退命令を出した可能性もあるしね。
生きていると信じておこう。
……じゃないと、心が折れそう。
俺がここで心折れたりしたら、それこそオラスに申し訳が立たない。
明日からまた、気合いを入れて呪文の練習とレベル上げだ。
魔王だからって、勇者にやられる為に生きてるわけじゃないんだってことを見せてやる---!




