勤勉な魔王
あー……今日もあっちいなー……。
目の前にいた車が全部居なくなってから俺は、被っている黄色いヘルメットに手をやり、軽く持ち上げたり手を離したりして頭部に風を送る。
これだけでも、だいぶ気分は違うもんだ。
……例え頭部に入ってくる風が、熱風だとしてもな。
まあ問題があるとすれば、間近で舞い上がる塵やら埃が、汗ばんだ額に大量に付くことくらいか。
なに、家に帰る前に銭湯にでも寄れば、綺麗さっぱり洗い流せるし、別に大きな問題じゃない。
今日の俺の仕事は、工事現場の交通誘導員だ。
こんな暑い日に工事することねーだろ、とも思うが、飯のタネがあるだけありがたいと思わなきゃな。
しかし、派遣会社も節操ねーなー。
いくら職種問わないったって、昨日は居酒屋で今日は工事現場かよ。
……なんてことを考えている俺の耳に、ざわめきが聞こえた。
ん?
工事のおっちゃん達が、何か騒いでる?
俺の方見て腕を横に大きく振ってる奴やら、上を指差してる奴もいるな。
上---……?
と、特に何も考えずに見上げた俺の視界に入った来たのは、建物の大事な部分を支える、長くて重い部品。
俗に言う、鉄骨----!
というところで目が覚めた。
「魔王様、大丈夫でございますか?」
「あ、ああ。うん、大丈夫。」
どうやら、本を読んでいるうちに寝てしまったらしい。
目覚めた俺に声をかけたのは、魔王の右腕だとかいう人物。アルドって名前だ。
眼鏡をかけた体躯の小さい男で、魔族って種別だそうだ。
「ええと……俺、どのくらい寝てた?」
「ほんの5分程でございます。昨晩も根を詰めて魔術書を解読しておられたようですし、あまりご無理をなさらないほうが……。」
「いや、大丈夫。まだ上位の呪文とか全然使えないし、戦力の増強も考えなきゃだし。」
俺の言葉に、アルドは表情を曇らせる。
「左様でございますか……。それでは、気分転換に茶菓子でも用意させましょう。」
「ん……じゃ、ちょっとだけ休憩にしようかな。」
俺がこの世界に召喚されてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしている。
魔王としてこの世界に召喚された俺は、同じく召喚されたらしい勇者を迎え撃つべく、修行中ってやつだ。
アルドは「魔王様はもうお強いですから、修行などされずともよろしいのですよ?」なんて言ってるが、俺自身、俺が強いなんて全然思えないからな。
それに、コツコツと何かを覚えたりするのって、実は好きだったりするし。
「魔王さま、魔王さまー! 今日もお散歩、行くー?」
「これ、バルタザール。魔王様はお疲れなのですから、無理に誘うものではありませんよ。」
「ああバル、今日も一緒に行ってくれるの? 助かるよ。」
「ま、魔王さ……!」
「わーい! じゃあ行こう、今すぐ行こう! バルは退屈してたんだー!!」
そう叫ぶが早いか、俺を背にのせて走り出すバルタザール。
見た目は……ケンタウルス? 上半身が人間で、下半身は馬っていうあの魔物みたいな感じ。
走ると結構速度が出るから、しっかり捕まってないと振り落とされる。
召喚初日に、魔王城の近くの森で会って、それ以来ほぼ毎日遊びに来ては、俺を散歩という名のレベル上げに連れていってくれている。
あ、上半身は男ね。……服着てないから、上半身が女じゃなくて良かったけど。
「そろそろ魔王さまも、自分でたたかう?」
「そうだねー、バルに頼ってばっかりじゃ、いざ勇者が来たときに戦えないもんね。」
「武器はー? バルと同じにするー?」
「バルと同じじゃあ拳か足になっちゃうじゃない……。魔王とかって、剣のイメージだけどなぁ。」
「ソードかー。お城にあるー?」
「どうだろう? 今日帰ったら、アルドに聞いてみるよ。」
「なかったら、バルがどっかから持ってくるー!」
「どっかって……民家とかは止めてね? 俺の心が痛むから。」
「魔物ならいーのー?」
「……そう、だね。ドロップってシステムがあって、倒すとレベルが上がる以上、魔物からゲットするのがいいんだろうなぁ。」
「わかったー!」
「あくまで、城に剣がなかったらだよ?」
「……わかったー!」
どうやらバルタザールは、俺と一緒に戦いたいらしい。
ケンタウルスに乗った魔王って、絵的にどうなの……?
あ、ちなみに俺が真面目に魔王業をやってるのは、元の世界に帰らなくても此処で生きて行けるようにと考えてのこと。
だって、俺がこの世界に召喚されたタイミングって、さっき見た夢の状況の直後だったんだもん。
多分、あそこで元の世界の俺は死んで、こっちに召喚されたんだと思うんだ。
二回も死ぬの……嫌じゃん?
だから勇者を倒して、俺は魔王業を全うするのです!!