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一を聞いて、どれだけ知るか

ストーリーの性質上、女性蔑視の表現があります。

ご気分を害されましたら、お許しください。

 春にはまだ遠い、冬二月。

 ルイド・アコード辺境伯と、その息子エミルは、少々困惑して、目の前で頭を下げる十七歳の騎士を見ていた。

 ここは、アディード王国の西端、リザル王国と国境を接する領地だ。五つの砦を有している。

 リザル王国からは、国王の妹王女がアディード王に嫁いで来ているので、今は友好関係にある、といえる。

 それでも有事に備えて軍事訓練を欠かさないのが、国境を有する領土を預かる者の常識だ。

 ルイドは前年、父から爵位を譲られたばかりである。

 父アレスは、全面的に引退したわけではない。気力体力共にまだまだ充実していて、軍の顧問として領地と王都を行き来している。

「ザッハ砦かね。」

 ルイドは、息子のエミルと呆れた顔を見合わせてから、真顔を作り、騎士に頭を上げるように言った。

「はい。偵察が行われているのは分かっています。けれどどうしても、一度しっかりとご確認をしていただきたいのです。」

 訴えている騎士は、明日の朝、異動で王都に戻るハルジェス・ディパンドだ。王都見廻りに配属されることが決まっている。

「どうしてザッハ砦なのだ。」

 ザッハ砦は、隣国リザルの砦のひとつだ。さほど大きなものではない。連絡地として使われているとわかっている。

「何か理由があるのだろう。」

 ハルジェスは、また視線を落として黙りこんだ。

 この若者は伯爵家の次男だが、二年半の間、我慢強く勤めてくれた。他の騎士や兵たちともきちんと信頼関係を作り上げている。

 文句ひとつ言わずに、厳しい国境軍生活を送ったのだ。ひとつくらい願いを聞いてやらないこともない。そう、ルイド・アコード辺境伯は思っていた。

 しかし息子のエミルにはそんな気はないようだった。厳しい声で問いただす。。

「何故理由が言えない。誰と通じている。」

 陰謀説をちらつかされ、ハルジェス・ディパンドが顔を上げた。珍しく困り果てた顔をしていた。しかしまだ、あきらかに迷っている。

「正直に言え。」

 エミルが少々高圧的に出た。

 それを制して、アコード辺境伯は鷹揚さを見せる。

「理由を話すなら、お前が望むとおり、すぐに確認に行かせよう。」

 約束すると、ハルジェスの表情は晴れないが、理由を話す気にはなったようだ。

「わかりました。お話しします。」

 声が重い。何を思い悩んでいるのだろうか。

「正直に言って、分かって頂けるように話せる自信がありません。」

 そう前置きしてから、ハルジェスは意を決したようにアコード辺境伯を見上げた。

「冬一月の終わり頃、私の姉が手紙を寄こしたのです。ザッハ砦が気になると。私は、異動までに偵察役が回って来ると思っていたので、その時に確認しようと思っていました。けれど輪番が変更され、確認の機会が失われてしまいました。」

 その変更をしたのは、アコード辺境伯自身だ。もうすぐ王都に帰るハルジェスを労ってのはからいだった。

「おかしなことを言っていると思われるでしょうが、私の姉の読みはよく当たるのです。理由を聞いたこともあるのですが、あまりに雑多な情報を並べられ、理解するのは容易くありません。それでも姉が言った通りになるのを何度も見てきました。今回は気になるとしかいって来ませんでしたが、場所が場所だけに、確認せずにはいられません。次の偵察を放たれる折り、出来るうる限り近づきご確認いただきたいのです。」

 ハルジェスの表情は、誤解を恐れてか曇っている。

「ディパンド卿の姉君は占い師か。我ら国境を守る者たちを侮っておられるのか。」

 エミルが叱責の声を上げた。アコード辺境伯も同じ気持ちだ。

 アコード辺境伯の大きなため息に、ハルジェスが肩を縮め、また俯いてしまった。

「まぁ、いい。ディパンド卿の今日までの働きに免じて、そのように取り行おう。ザッハ砦に変わりはなかったと知らせてやる。」

 嫌みを込めて言ってやったが、ハルジェスは安堵したのか、声に大きさと厚みが戻ってきた。

「ご厚情、心より感謝いたします。」

 上げられた顔は、いつもの落ち着きある騎士の表情になっていた。

 女の気紛れな言葉に振り回されるとは情けない。

「明日の挨拶はいらない。早朝に出られよ。」

 暗にもう顔を見せるなと言ったつもりだが、ハルジェスは全く気にした様子はなかった。

 二年半の礼を言って、アコード辺境伯の執務室を出て行った。

「何だったんですか、あれは。」

 呆れ果てた息子と同じような表情を、アコード辺境伯もした。

「さぁな。余程姉が怖いのではないか? 父上も、姉である伯母上にいつも押され気味だろう。弟とは弱い立場なのだと、愚痴られる。まぁ、ザッハ砦に少しばかり近づくぐらいのことをしてもいいだろう。」

 リザル軍の要所というわけではない。大きな危険があるとは思えない。

「本当に見に行かせるのですか?」

 エミルが驚く。

 アコード辺境伯は苦笑した。

「騎士との約束は、守ってやらないとな。」

 そして二日後、彼らは知ることになる。

 ザッハ砦が増強され、駐在の兵が増員されている事を。



「やっぱり増強されていたって。」

 王都に戻って来たハルジェスは、ディパンド伯爵邸で、アコード辺境伯の侍従からきた手紙を姉のセアラに渡した。

 内宮で『行儀見習い侍女』をしている姉が、ハルジェスに会うため、休暇を取って自宅に帰って来てくれたのだ。

「増強が終わってから気付いたんじゃ、偵察の意味がないじゃない。」

 セアラはため息をついたが、ハルジェスは満足していた。

「何はともあれ、ザッハの異変に気づいてくれたんだから、結果は上々だろう。変人の姉がいると、勇気を出して告白したかいがあった。」

「なんて失礼な子なの。」

 口ではそう言っても、セアラが本気で怒っていないことはわかる。

 ハルジェスは、また理解不能な言葉を羅列されるかもしれないと思いつつも、聞いてみた。

「どうしてザッハ砦の事がわかったんだ。」

「わかるわけないでしょう。」

「え?」

 思わず固まって、姉を見た。

「『気になる』って書いただけじゃない。」

「……確かに。」

 気を取り直して、聞きなおした。

「なんで気になったんだ?」

 セアラは少し首を傾げてから、視線をあちらこちらに彷徨わせ始めた。

「リザルは王太子がすでにいるのに、第二王子派は王位をあきらめていないでしょう。王太子は亡くなった前王妃の子で、第二王子は今の王妃の子。権力争いが絶えない。第二王子は武人で、第三王女とは母親が一緒。メサン地方は王太子の直轄領のひとつ、ガザ・オレンジとタチキリ草が特産物。ガザ・オレンジは美味しかったのに、タチキリ草は、去年アディードへの輸入量が減った。私たちの第一王子、カディール殿下はリザルに留学と称して滞在中。少し楽しみ過ぎているみたいね。だからザッハ砦。」

「全然わからない。」

 即答できる。

「だからザッハって……。」

 さらに言いかけて、ハルジェスは止まった。

 アコード辺境伯と接しているリザル王国の砦で、一番手薄となっているのはザッハだ。その後方に城砦があるので、大規模な見張り台のようなものだと思われている。

 カディール殿下がどの道を選んで帰ってくるかは知らないが、アコード領に入るのは分かっている。そのアコードの領主館に一番近いのはザッハ砦だ。

「まさか、カディール殿下を。」

 それ以上は口に出せない。

 けれどセアラは平気で言う。

「拉致するかって? 無いでしょう。少なくともリザル王と、その妹である私たちの王妃さまがご存命の間は、軍事的な圧力はないはず。」

 ハルジェスはがっくりと肩を落とした。

「怖いこと言うなよ。不敬罪に問われるぞ。」

「そういえばハルジェスも、取り締まる側の人だったわよね。」

 のんびりそういう姉にため息がでる。

「それはともかく、それなら、どうして、ザッハ砦なんだよ。」

「学院にいる時、調べ物をしてて知ったんだけど、ベグニタ城砦って、かなり古いでしょう。」

 ベグニタはザッハの後方にある城砦だ。

「ザッハを代わりにするってことか?」

 つい声が大きくなる。セアラは冷静に否定する。

「違う。修繕。改修よ。ザッハは今まで通りの見張り台。」

「え? ザッハが増築されてるんだよ。」

「私って本当に説明が下手だわ。」

 セアラが大きくため息をつく。

「つまり、ベグニタ城砦を修繕するために、ザッハ砦を増強したのよ。ベグニタの改修が終われば、ザッハも元の見張り台。増築分を壊すかどうかは分からないけど、維持するのも大変だから、たぶん元通りにするんじゃないかしら。」

「ベグニタを修繕するためにザッハを増築?」

「そう演習ね。」

「演習? 何が『そう』なんだ。」

 セアラの話はいつだってよくわからない。

「しっかりしてよ。騎士殿。これが我がアディードの東の国境だと思ってみなさいよ。常に臨戦態勢にあるジゼット王国との国境よ。その近くの城砦をどうしても修繕しなくてはいけない事態もあるかもしれない。」

 はっとしてハルジェスが答えを出す。

「仮の前線を一つ前に置く。」

「もうひとつ、本当にしたいことである城塞の修繕をごまかせる。アコード辺境伯は、ベグニタ城砦の動きに気付いていると思う?」

 即座に肯定はできなかった。ザッハ砦の事にも気付けなかったのだ。姉の言う通りなら、リザルに完全に上を行かれてる。

「今はリザルとアディードの関係は悪くないもの、アコード辺境伯がたるんでいるのは仕方がないかも。あら? 仕方ないじゃすまないわね。」

 セアラがまた怖い事を口にした。

 アコード辺境伯は、国境は常に戦場だと思えと兵たちに言っている。ハルジェスも毎日聞いていた。

「こちらとの国境はともかく、リザルの西側は面倒な相手がいるでしょう。アディードにとっての、ジゼットみたいなのが。そういうところの城砦の、改修をする時のための演習をしているんじゃないかしら? 私たちの国同様、リザル王国も古い国だもの、常に修繕が必要な場所がたくさんあるはず。他にもいろんな人が、いろいろ考えているだろうけど。」

「いろいろって?」

「リザル王は、その横をカディール殿下が無事に通過することで、アディードへの悪意なしと言いたいのかも。つまり見られても構わないってことよ。他にも、カディール殿下に威圧感を与えようとしている、とも考えられる。」

「どっちだよ。」

「さぁ。」

「さぁって、何?」

「だから、わからないって最初に言ったじゃない。」

「あれは、そう言う意味か?!」

 聞いているだけで力尽きそうだ。

「いろんな人が、いろんなことを考えているのよ。」

 セアラは遠くを見ているが、達観したふりをして、実はもう説明が面倒になっているのがハルジェスにはわかる。

 ハルジェスも、これ以上わかりにくい話を聞く気はない。

 こんなに説明下手な姉が、どうしてアディード中の学生たちが読むほどの論文が書けたのか、はっきり言って謎だとハルジェスは思う。

 実は姉が自分のことを、本番で説明するときの練習台にしているとは全く気付いていない。

 ハルジェスは、アコード辺境伯の侍従からの手紙を、セアラの手から取り返すと言った。

「まぁとにかく、この件はこれで終わりだ。」

 この時はまだ、呑気に会話ができていた。


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