ゲスの極み名明
常々、仕事とはお金を稼ぐ為の対価となる労働だと思っています。
そんなことを言うと、
「異議ありッッ!!」(by逆転●判)
とか
「それは違うよ!!」(byダ●ガンロンパ)
みたいな声が聞こえてきそうですが、この考え方は少なくとも少数派ではないと思います。
お金が全てとは言いませんが、賃金というものはモチベーションに影響を与える要因としては大きいんじゃないでしょうか。
かく言う私自身も最近、今の仕事を続けていって、果たして未来はあるのだろうかと考えることがあります。
仕事の内容自体は嫌いではなく、むしろ好きな部類なのですが、4月から配属先が変わり、立場も変わりという環境の変化が大きくなってから、よくそんなことを考える様になりました。
もともと、考えてることが顔に出やすい性分の私は、隠し事などできるはずもなく、ある日そんなことで悩んでいると、新しい配属先の上司から声をかけられ、仕事での悩みやアドバイス等を親身になって教えてくれていました。
普通ならそこで、その上司に尊敬の眼差しの一つでも向けるところなのでしょうが、そこで私はいつものスキル
“不器用な愛想笑い”
を発動し、「そうですねー。頑張ります」的な言葉で茶を濁し、その場を切り抜けることが多いです。
もちろん、この時点で第三者から見る私は、人の善意を踏みにじる“ゲスの極み名明”に成り下がっているということはわかっています。
ただ、そこの配属先の空気や人間関係を見ている限り、どうもそこでその上司に迎合してしまうと自分も他の同僚と同じ、見えない首輪を上司につけられてしまう感じがするのです。
その結果、こっちはずーっと私以外私じゃないのと上司とは同調しない空気を出しているのにも関わらず、ロマンスを有り余らせようと懐柔してくる上司みたいな構図が出来上がってしまう始末です。
きっと他の同僚達も昔は、ピッカピカのゲスの極み川谷だったはずなのに、皆んなどこかで上司のロマンスに引っかかってDragon Nightの一夜を過ごし、今のイエスマン的な関係性になってしまったんだろうなと考えると複雑な気持ちになります。
なんか改めて見直すと、単に反骨精神の塊みたいなことばっかり言ってる奴に見えますが、要は打算が見え見えの善意が嫌ってだけの話です。
ただ、もし今後、万が一。
私がツイッターやこの雑記帳で
「ありがとう文春!センテンススプリング!」
みたいなことを死んだ魚の目で呟いているのを見かけた場合は、遠慮なく私にコメントという名の文春砲をぶちかまして目を覚まさせて下さい。
そして是非その時はこう言って下さい。
「Dragon Nightはセカイノオワリですよ」って




