斯眼
五行そろい踏み!?
岐阜県の中司本家近くの竹林で話声が、聞こえている。
「うーん、あとは、【土】【木】か」
「誰に頼むかが問題じゃのぉ」
「【木】の候補は、新潟の妙多羅天女の七尾の斯眼となろう」
「おー、あの化け猫か。そうじゃ、あやつは、たしか蔓や蔦を用いておった」
「【土】で最強は、やはり土蜘蛛一族、長の胤景に頼んでみるか」
「誰が行く」
「相手は、猫族じゃ、」
「うむ、そこが問題じゃな、さて・・・誰を行かす」
「ねぇ、こっちに書いてるのと、こっちとこっち、書いてる事が、違う。どっちが合ってるの」
中司本家の優介の部屋である。書庫から本を持って来た優子が、騒ぎだし、机の上の本にぷんぷん怒っている。優介が パソコンで整理する為に文書を考えながら、
「全部、正解かもしれない」答えると
「・・・、意味不明~。古事記、日本書記に竹内文書、中司手記、ん~」
応接セットの机の上を睨む。まだ読んでないのは竹内文書半分と東日流外三郡誌。
「取り敢えず、全部に目を通す、それから自分の納得したストーリーを作る、それが自分にとっての正解だと思う。その考えを人と意見を交わし、合わない部分を修正して行く それで良いと思うよ。ただこの修正が出来る人、出来ない人を振るいに掛ける事になるから 其処はすなおに修正すべきだろうね」
「うーん、ここの書庫、図書館の本の数より圧倒的に数も種類も多いんですけど~、特に歴史書なんか物凄い事になってますよ~。刈谷さんに聞かないと どれがどれだかさっぱりだ」今度は、何故か蔵書の多さに怒っている。
「仕方ないだろ、中司家は、神代の時代から現在まで使命を受けて生き残っている唯一の家系なんだ」
「うーん・・・えっ、もう一つありまーす。天皇陛下の家系は?・・・違うの?」
「系譜を照らし合わせながら見ると疑問に思うよ、途中ですり替えられた形跡が無きにしもあらずって事。だからずっと世の中を見て来た中司家に伝わる古文書 そこの手記はそれを纏めた物だけどね、それが、一番 信頼出来る」
「天皇陛下も偽物?」
「偽物と言う訳じゃないが、学校の歴史で習ったと思うけど 曽我と物部、これも大陸系民族と土着民族の争いになる、この大陸系を更に遡ると天照大神が外せない存在になる。この女王が率いるのが、」
「わかった、天津神だー」
「そして土着民族の神と言えば、」
「馬鹿にしてる? 国津神だよ 前に言ってたじゃん」
「正解 そして、諏訪で会った神様の居た神社の名は?」
「んーとね、守屋神社・・・物部守屋神社だよね。 と言う事は、蘇我が天津神を信仰してて 物部が国津神って事だよね」
「そこが違うんだよな、そんなに単純で直線的じゃない。そこに計略があって、本当に物部が国津神信仰であるなら あの神社の荒れ方は、有り得ないと思わない?」
「そうね、本殿の中 空っぽだったし・・・逆な訳?、ん、逆でも同じ?、ん?」
「物部の系譜には、素戔男尊の存在があるんだ。天照大神と素戔男尊の関係は、古事記と日本書記とで違うが、まぁ、素戔男尊の登場初期は、天照大神側、のちに大国主側となっている神様なんだ。素戔男尊を信仰してる物部一族の中にも別に主を変えても良いんじゃないか、だって信仰している素戔男尊様だってそうだろって思ったかどうかは、別として、素戔男尊が選んだのは、大国主側だからって思う部族が出て来てもおかしくは無いと考えられる。と言う事は、あの神社を建てた物部は、天津神を信仰していた物部でその物部が諏訪に神社を建てた。だが、次第に衰えその一族が滅んでしまう。そこに元々居た民族は、当然、国津神を信仰している。どう考える? それっきりと言う事にならないか」
話を中断し、タバコに火を点けた後、
「大化の改新、これ自体も怪しいんだけど、中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺、蘇我氏本宗家をほろぼした。その後、いきなり律令制、天皇制に政治が変わった。これをどう思う?」
「そこで入れ替わったかもー、と考えるのが普通だね」
「天皇は、それまでもずっと居たからね、でも多分、この時期じゃないと思う。だって改革が起きてすぐに天皇筋が変わったら 良識者は、あれ?って事になるだろう。当時の天皇は、孝徳天皇で彼は、後に中大兄皇子とは、不仲になる。理由は権力闘争とか色々言われてるが、孤立してしまい亡くなってしまった。中大兄皇子は、皇極天皇を斉明天皇として即位させ、蝦夷を討伐に向かわせた。当時の蝦夷は、東北じゃなくて京都の向こう側から北の東日本、国津神達が、天津神達に追われた地域になる」
「そうか、斉明天皇からがカラクリの本命か~、やるな~中大兄皇子。戦略家だったんだね~」
「諏訪大社、見ただろ、諏訪には元々社と呼べる建物は、無かったんだぜ、御柱が4本有っただけで祀られていた。大社を作ったのは、天津神側、武甕槌神は、力が強いので沈めて自軍の仲間に仕立て上げる必要があった。侵略した相手の神を引き込めば、地元を平定するのが楽になるからね。神社で無く大社だからこの仮説も有効になる。ところが それなら天津神側が、その前に建てた建造物を利用したら良いじゃないか、利用出来なかったと見るべきだろう そこに建てたのが裏切り者なのだから」
「そうか、辻褄が合ってる気がする。そうやって見て行くとけっこう面白いね」
俺は、優子の目を覗きこみ 薄く笑いながら
「頑張って、読んでね」
「ほーんと、いじわるなんだから」優子がそっぽを向いて部屋を出て行った。
白雲は、新潟県の弥彦山に来ていた。
3月後半だが、まだまだ朝は、寒い。
この山頂の御神廟とか言っておったな 一人事を言いながら獣道を登って行く。
彌彦神社の奥の宮を目指していた。
山頂付近には、テレビ局や、FM局、警察無線中継所等の施設が北方向に並んでいる。
とたんに、中継所の金網に巻き付いていた蔓が、襲って来た。
間違いない近くに居ると思い、じっとしているとどんどん体に巻き付いて来る。
白雲の体が宙に浮きあがる。
それでも白雲は、動かない。
昼を過ぎても白雲は、動かない。
夕方、白雲の鼻が、ひくひくと動いた。
「何者だ」白雲に近づいた者は、言った。
「天狐の白雲と申します」
「げ、何、火焔のっ」と言い、脇目もふらず、逃げて行く。
「待って下さい、まだ、話を・・・・行っちまったか」
逃げた方向で
「ギャー」と声がした。
白雲は、蔓に巻きつかれたまま、やれやれと言い、蔓を焼失させ抜け出してしまう。
白雲が吊られていた場所には、蔓は無くフェンスから伸びる蔓が数本 風になびいていた。
白雲が声のした方に歩いて行くと斯眼の両手、両足が氷漬けにされて七本の尻尾をぶんぶん振っている。
白雲は、それを見て
「凍次郎、手荒なまねをしちゃいけないなー」
「こやつ、すぐに逃げやがるからよー、久しいな白雲」声を掛けられた者が答える。
「お、お前ら何時から仲良くなった。火焔の白雲と凍砕の凍次郎ぅー」斯眼が言う。
「だから、白雲の話を聞けっていってんだろ」
「・・・わ、わかったからこれ、何とかしてくれ、寒くっていけねぇ」
斯眼の左右に白雲と凍次郎が座り、凍次郎がその氷に手を触れると氷は、跡形も無く消えた。
「まだ、寒かったら温めて差し上げましょうか」白雲が言うと
「寒くない、だ、大丈夫だから お構いなく」斯眼が言う。
「まぁ、これでもと思いましたが、入りませんか」と神酒の入ったとっくりを持ち、片手で碗を取り出すとその碗に神酒を注いだ。
「何だい、そっちかよ びっくりさせるなよ」斯眼が言う。
凍次郎が笑いながら「俺にも一口」とその碗を取ろうとすると
「俺が先だ。なんたってひどい目にあったんだからな」怒りながらその碗を白雲の手から奪うと一気に飲み干した。
「うめぇーな、この酒、なんて酒だ?」
「そりゃそうだ、中司んとこの神酒だぜ」
「中司、ってあの中司家かよ」
「あぁ、あの中司だ」
「おめぇら そんな物持って何してんだ?」
「だってよ、焔の。説明してやんな」凍次郎が言うと白雲は、これまでの事、これから始まる戦いの事、誘いにきた訳を話した。
「おめぇら 正気か、あの玉賽破だろ玉藻御前の孫だぜ」
「あぁ、解っている。だがな、こんな戦い見てるだけじゃつまんないぜ。何百年、いや何千年に一度あるかないかだ。おれぁ、白澤様から誘いを受けた。こっちの焔は、少彦名命様だ。で、てめぇは、俺達2人だ。誘いを受けて断って妖仲間から笑われたいか、其れとも」と凍次郎がしゃべっていると
「やるよ、やる。笑われたかないからな。俺だって天女に祀られた先祖を持つ身よ。妙多羅天女の名に掛けてやってやる」
「ありがとうございます」白雲が言った。
「途中で逃げんじゃねぇぞ」笑いながら凍次郎が言うと
「おめぇら以外だったら逃げねぇよ」口を尖らせて斯眼が言った。
3人は、笑いながら代わる代わるに酒を回した。
雲が風に押されて南の雨乞山から抜けて行った。