装置
昨日は、ホテルのバーが閉まってからも優介の部屋で呑んでいた。
優介は床に座りベッドにもたれて寝ていた。目を覚ますと自分のベッドの上には優子、魏嬢、白愁牙が寝ている。
隣のベットには、白雲と凍次郎が、頭を逆にして寝て居る。
ドアが開いて部屋と廊下の間で太郎丸が寝て居る。クローゼットの前で蔵王丸が寝て居る。蔵王丸にもたれて権現狸、斯眼、旧鼠が寝て居る。酒ビンや缶、つまみの袋が一面に散乱している。
優介は、立ち上がって部屋を見渡し、深い溜息を付き、タバコに火を点けベットの端に腰を掛け、ホテルの清掃関係者に心から懺悔する。
すぐ傍には、優子の寝顔と魏嬢の寝顔、それに白愁牙の寝顔があった。
優介は、優子の頭に優しく手を置き、煙を吐き出し、「ごくろうさま」と呟き、立上ると、(これだけの猛者が居てるなら大丈夫だな)と呟き、部屋を出て、1階の喫茶でコーヒーを飲みながら考える事にした。
優介は、手にしたノートを読み返す。
青狐と一緒に記録して行ったノートだ。
どれだけ考えても玉賽破が恐山から妖力を得る方法が思いつかない。
視点を変える、相手は獣、妖。
手間の掛かるまわりくどい事は、しない。
最短で効率が良く、安全な方法を取る。
玉賽破は、常に同じ場所で発見されている。
ノートを読み返して解った。
何故、奴はいつも同じ場所なんだ。
何か違和感がある。
動かない。いやそうじゃない。
動けないのかも解らない。
動けない理由がある。
そう、理由があるはず。
今迄は、恐山だけを考えていた。
恐山から見て玉賽破の居る位置・・・
西の方角・・・
十干十二支に置き換えて見る・・・
西は、酉の方角・・・酉、ん、・・・
時間にして17:00〜19:00、涅槃、いや違う・・・逢魔の刻、そうか逢魔か、恐山から見て逢魔の方角、偶然か? いや、意図しているはず、恐山に妖が入れる時間、干渉出来る時間、すなわち 干渉出来る方向か、そうか、そう言う事か、物理的には妖気を集める装置は存在し無い、玉賽破が溜まった妖気を取りに行く。いや待て、自分で取りに行くと地蔵菩薩が居る。・・・何か自分の物を置いて置ければ、・・・依り代の様な物・・・相手は九尾だ、考えろ・・・依り代だ・・・
そうか、分身、分身を置いて置けば自分には自動的に妖気が入る。其の為の酉の方角か。
常に恐山に干渉出来る方角に居るから分身も消えずに恐山に存在出来る。
装置は、奴の位置と奴の分身って事か。
成る程、古の術式、陰陽五行に乗っ取っている。
これか、間違いない。
優介は、解った瞬間、目をノートから離して前を見ると優子と魏嬢と白愁牙が ジーっと見ていた。
優介は驚いて「うわぁ」と叫ぶ。
「やっと、気付いた」白愁牙が言う。
「もぅ、優介、美女3人をベッドに残して何処行くのよ」優子が言う。
「本当、昨日の晩は激しかったね〜」
魏嬢が 輪をかけて問題発言。優介は(勘違いされますよー)と心で叫ぶ。
優介は、周りの出張中のサラリーマンや観光客達の視線が痛く突き刺さるのを感じながら、(ココで焦るとこいつら付け上がる)と考え、平然と対応する事にした。
「おはよう、モーニングにするか」
「テーブルの上」優子が言いながら指刺しながら、「集中してたよね~」と言う。
見ると入れ直したコーヒーとトレイの上には、サラダ、トースト等が用意されていた。
「あ、ありがとう、其れに玉賽破のカラクリが漸く解った。奴め、効率の良い方法で誰にも解らない方法を取っている」
「解ったんだ〜」優子が言う。
「あぁ、ヒントは、奴の居る場所にあった」
「流石、探偵さんだね〜、推理なら任せろってね」優子が言う。
いつの間にか、周りのテーブルは、妖達が占拠し、優介の話に聞き耳を立てている。
「こう言うカラクリに成っている。奴の居る位置は、恐山から見て西、つまり酉の方角、つまり逢魔の時間位置に当たる。奴が恐山に対して唯一、干渉出来る方角に成る。一方、恐山には地蔵菩薩様が見て居られるから直接、妖気を取りに行けない。どうするか、他の動物に自分の分身を貼り付けて持って行かせた。これで恐山から妖気を吸収する装置が出来上がる。奴が移動すると術が解ける、だから奴は動かないじゃ無く、動けないんだ。この術式、正に 古の陰陽五行を使った装に成っている」
「そうか、其れで恐山に意識が行けば、玉賽破の位置に目が行かない様に仕向けられる」白愁牙が言いながら魏嬢の肩を抱く。
「じゃ、玉賽破の位置を1回でも動かせばその装置としての機能は消滅って事だよね」
優子が言うと優介が
「其の通りだ。奴の分身を破壊するか奴を移動させるか どちらかしかない」
「白雲、しばらく天日様と白澤様に【葉書き】を送らないで。あの2人何かをしようとしているから注意して、そうね、監視しておいて」魏嬢が言うと
「信用出来ないと」白雲が聞く
「信用出来ないんじゃ無い。何かを隠している。取り敢えず、あの2人、本物かどうか確かめて」
魏嬢が言うと白雲が
「昨日、会った時におかしいと思い、尾行させました。良く解りましたね。流石です」と返事する。
優介はこの2人、常に冷静だなと感心する。
白雲、魏嬢、凍次郎、権現狸、斯眼、太郎丸、蔵王丸、胤景鐸閃の9人の族長達は、お互いに顔を合わせて静かに頷いた。
優子と白愁牙も頷いた。
凍次郎の携帯が鳴った。
北渡からだ。「お館様、青森市内に潜伏してた うちの若い者が、白雲の旦那の部下らしき者が追っている2名を捕らえました。何者か解りませんが、茶色に白の毛の混じった野狐2匹です」
電話を受け、凍次郎が、「おい、白雲、今、お前の部下が追ってた2匹、うちで捕まえたそうだ。茶色に白の毛の混じった野狐だと。間違い無く昨日、天日様と白澤様に化けていた奴らだぞ。どうする?」
「まだそんな所に居たって事は、報告されてないな」と白雲が言うと
「あぁ、まだだろな」凍次郎が返すと 白雲は、親指で自分の首の所を横に動かした。
凍次郎は、再び電話に向かい
「白雲には了解を貰った、白雲の部下、立会の元、何も聞かずに速攻、殺せ」と告げ、
「白雲、お前の部下、立ち合わせるぞ、いいな」と言い電話を切った。
「魏嬢さん、御聞きの通りになりました。懸念頂きありがとう御座います」白雲は、魏嬢に礼を言った。
「魏嬢さん、白愁牙さん、御昼ごはん、ラーメン何てどう? 津軽名物だって」
優子が、言うと 「良いね、味噌なんだろ、温まるよ」白愁牙が答えた。
「よし、みんなで行こう」優介が言う。
優介も優子が考えている事を理解した。この殺伐とした空気を少しでも変えたかった。
当然、戦闘状態になれば、そんな甘い事は、言ってられない。でも今は、何かを皆で楽しみたかった。
「今日は、私が全部出資しよう」魏嬢が、膝を叩いて立ち上がると
「いや、俺が出す」胤景、「今度は、俺達だ」太郎丸が立ち上がる。
優介が、「でも、俺は、今から朝飯を食う」と言うと
立ち上がった3人は、思わず顔を見合わせ笑う。
優子は、優介の行動を見て(ほんとに優しいんだから)と泣きそうになった。
優子は、優介、白雲、魏嬢、白愁牙、凍次郎、権現狸、斯眼、太郎丸、蔵王丸、胤景、鐸閃、皆の笑顔をもう一度、いや、この先も何度でも見たいと心底願った。
その思いは、ここにいる妖達も同じだった。自分達より遥かに寿命の短いこの2人の人間に悲しい思いは、させたく無かった。戦闘が終わっても友達は友達、いつでもこうやって会いたいと願った。
どんなに苛酷な戦闘になっても此処に居る皆が居ればきっと良い思い出に変えて行けると信じた、胸内に携えた封書の【絆】の文字を思い、明日を迎える覚悟を固めて行った。
九尾の孫【勇の章】に続きます。