拉致
優介の懸念は、当たるのか?
優介と優子は、順子と会う為に高山駅に居た。
順子は、夫である服部洋介に頼み、優介の兄で有る中司雄一郎から停止結界【五行束縛符】と【結界同化術式符】を預かり、それらを持って一人、高山に向かった。洋介が同行しようかと言うと「優子ちゃんが、出来るだけ一人で来てって言うから」と理由を付け同行を拒みレクサスLFAに乗り、現地へ向かった。
レクサスLFA 往年の名車トヨタ2000GT と同じくエンジンは、ヤマハ製となっている。V10 4.8L 560馬力 48.9kgmのトルクを生み出すエンジンにアイシン製SA6型トランスミッションを搭載している。車重は、1480kgと驚くべき軽量化を実現している。ネックとなるのは、クラッチでトルクの割に小径の乾式単板となっているがレイアウトを考えると仕方の無い事と言えるかもしれない。前後重量バランスは、48:52とFRとしては、やや後方寄りだが、重心位置が極めて低く地上高450mm(2人乗車時)となっている。
高山駅駐車場に静かに進入したレクサスLFAは、駐車待機場で停車した。順子がドアを開け、姿を見せると、すかさず発見した優子が駆けて行く。優介から順子までの距離約、40m。優介は、優子を止めようと声を掛けたが間に合わなかった。妖狐達の乗った車は、駅の反対側に居る。
優子が順子に駆け寄る2m程手前で 順子の手が動き、停止結界【五行束縛符】数枚と【結界同化術式符】2枚を優子の目の前で撒く。優子が立ち止まり、撒かれた封書に目が行ってる間に順子のもう片方の手がハンカチを持ち、優子の鼻、口に当てる。優子の体から力が抜けると同時に優子の体を助手席に引きずり込むと ボンネットを滑り、運転席に潜り込んだ。
優介が走るが、間に合わない。優介が後、3mと言うところでスキッド音を発し、レクサスLFAが発進した。
優介は、撒かれた封書を全て急いで回収し、GT500に向かいながら、白雲に電話する。
白雲が、白のレクサスLFAが踏切を越えて来たのを発見し、其れを追跡する。
優介もGT500に乗り込み、携帯をフリーハンドにし、後を追う。
レクサスLFAと白雲の乗るダッジナイトロでは、明らかに運動性能が、違い過ぎた。
優介は、魏嬢に電話を入れる。
「優子が攫われた。今どこだ。相手の車は白のレクサスLFA。今、白雲が追っているが、車の性能が違い過ぎる。高速の飛騨清美に向かってる」と大きな声で言う。
「えっ、ひるがのサービスエリアよ。取り敢えず、荘川インター手前で待つわ。どっちに行くか解らないものね。同乗してる凍次郎に電話を入れる、それと胤景にも連絡するわ。優介さんは追って」
魏嬢が答える。優介は、流石に頭が良い、そこまで読んでいなかったと後悔する。
レクサスLFAは、高山国分バイパスを抜け、高山清美道路に入った。
高山の入口は、左曲がりのスロープになり、右に曲がって本線に出る。
そのスロープを後輪を滑らせた状態で上って行く。VSC(横滑り防止装置)を切っている様だ。
ダッジナイトロは、SUVである為、一般乗用車より少し早い速度でしか曲がれない。
ドンドン差が開く。
「どっちに行くかだけ見極めて」魏嬢から凍次郎に電話が入る。
「性能が違い過ぎて・・・すまん。解った。あ、兄貴だ」凍次郎が答えると電話が切れた。
ダッジナイトロをGT500が追い抜いて行く。
「どっちに行くか言って、このまま電話繋いでおくから」優介に魏嬢から電話が入る。
「解った。今、どこ荘川インター手前で停車してる」
レクサスLFAが、高山西インターを越える。飛騨清美インターまでは、4km前後。
少しづつGT500が追い上げて行くが、インターが、目の前に迫る為、速度を落とす。
料金所を通過したレクサスLFAが白鳥方面へ向かうのが見えた。
「魏嬢、白鳥方面、そっちに行った」優介が叫ぶ。
「OK、一旦 降りてUターンして待つわ。電話切るよ」魏嬢が返事をする。
赤のシボレーコルベットが一旦、高速を降り、料金所を通過するとUターンして再度 料金所を潜り反対車線へと出て行く。
「胤景、そっちは、どう。そっちに行くよ」魏嬢が胤景に電話する。
「狙撃する。ウニモグで連れて来た奴らは特殊部隊だぜ、スナイパーとして3名を準備させた」
「ち、ちょ、一寸待って、姫が乗ってるのよ」
「ああ、解っている。前輪左右の内側のオイルクーラーを狙う。レクサスLFAのブレーキは、分割型 ダブルウィッシュボーンに隠されて弾は当たり憎い。撃ち抜けば、オイルが冷却されないばかりか上手く行けばオイルが無くなる。オーバーヒートでの停車を狙う」
「荒っぽいわね、全く。任せるわ、その代り姫に、」と言い掛けたところで甲高い音を耳にした。
レクサスとGT500の音だ。
魏嬢は、通話を切った。
魏嬢の横で白愁牙が、狙撃するなら速度を何とか落とさせないと と言う。
「行くわよ、姫を助けるんだからね」魏嬢が、掻き消す様に言うと速度を上げて行く。
GT500は、中速から高速域の強力なトルクを生かしてレクサスとの距離を詰めて行った。
レクサスとGT500は、高速コーナーを後輪を滑らせながら回る。
優介の腕が、路面の振動を読み取って行く。
超高速のカーチェイスだ。
わずかにレクサスのコーナー脱出スピードが、勝り差が開く。
パワーウェイトレシオの差だ。
TVS2300スーパーチャージャーが甲高い音を出しながら唸り、トルクを絞りだす。
強力なトルクで前へ出てまた差を縮めて行く。
優介は、まもなく魏嬢と合流だなと考える。
赤のコルベットのテールが前方に見えた。
コルベットの速度が上がる、100、130、160、180km/h
「レクサスが来た、後ろをGT500が張り付いている」魏嬢が言い、「レクサスの前に出るわよ」と
4速にギヤを落とし、アクセルを一杯踏み込んでレッドゾーンへ叩き込む。
5速、6速とシフトを上げて行く。
コルベットの速度が跳ね上がる 190、210、230、240、260km/h
レクサスよりスピードが速い状態で追い越し車線に出る。
レクサスが来る。
コルベットは、アクセルだけを緩めて行く。
レクサスがパッシングした。
速度が落ちる。
GT500が走行車線に出て横に並ぶ。
レクサスは、身動きが出来ない。
「優介さん、この先、ひるがのサービスエリアと高儂インターの間で胤景達が、オイルクーラーを狙撃する。レクサスにスピードを落とさせるわよ」魏嬢が優介に電話を入れる。
ひるがのサービスエリアを越える。ヘルメットを被り、迷彩服を着てトランシーバーを持っている人間が、進入する車を止めている。
シボレーコルベットがシフトを落とす、ブレーキを踏む。
レクサスがブレーキを踏む、180、160、130、110、100、90、80km/h まで速度が落ちている。
前に片手を上げている迷彩服の男が居る。
魏嬢がアクセルを少し踏む。
優介がブレーキを踏む。
レクサスの前後左右が空く。斜め前方からレクサスの前面が全て見える状態になった。
バシュっと言う音が3つ鳴った。
レクサスが少しふらついた。
優介がアクセルを踏んでレクサスの左に並ぶ。
3台がそのまま通過して行くとバックミラーに鐸閃の姿が見えた。
手を上に挙げ丸文字を作っている。
「魏嬢、優介だ。鐸閃が丸文字を作っていた」電話を入れる
「OK。じゃあ、白鳥ジャンクションまで持たないね。このまま80km/hでだらだら行こうか」
と言いながら片手を上げて白愁牙とハイタッチをする。
レクサスがパッシングしながらクラクションを鳴らし左右に車を揺する。
82号線と交差する辺りまで来て、レクサスは、停車した。
シボレーコルベットとGT500も停車する。優介がレクサスに走り寄ると順子が運転席を開けて出て来る。抵抗する気は、無い様だ。優介は、レクサスの後へ順子を連れて行く。魏嬢と白愁牙が車を降りてレクサスの助手席を開け、優子を抱き抱えてGT500の助手席へ連れて行く。
後ろからハマーH2が走って来た。胤景と鐸閃だ。胤景と鐸閃がレクサスを押して路肩に寄せる。
順子をハマーH2に乗せ、全員が其々の車に乗車する。
レクサスを残し、3台が走り去る。
白鳥ジャンクションから白鳥西インターを出て158号線でUターンするとまた、高速に戻り、そのまま飛騨河合パーキングエリアまで行き、停車する。
途中で優介は、白雲に電話をし、騨河合パーキングで待つ様に言った。
河合パーキングエリアに3台が、入ると、ダッジナイトロとウニモグU5000がすでに止まっており、ハマーH2が停車したのを見てウニモグから迷彩服を着た男達が、降りて順子を後の荷台に乗せる。
順子は、奥の椅子に座らされ、後ろ手にして左右の親指どうしをインシュロックにより拘束されている。
荷台での作業を終えると男達は、ウニモグの前方に回り60cm程の等間隔に背中合わせで2列にならんで行く。胤景と鐸閃も車から降り、ウニモグの荷台を確認した後、荷台後部左右1m程空けて後方を見張る形で待機する。
ダッジナイトロから降りた白雲、白禅、凍次郎、北渡達は、GT500の周りに集まった。
GT500から降りた優介は、まっすぐにウニモグU5000の荷台を目指し歩いて行く。
優介が目に入った順子は、
「いつの間にこんなに周囲を固めてたの・・・」と聞く
「順子さん、貴女でしたか、洋介さんは、この事、知っていたんですか?」
「洋介は、何も知らないわ、私は、私の親を貴方達に殺されて その復讐の為にしてるの!」
「復讐?中司家が?何があったんですか?」
そこまで聞いた時、河合パーキングエリアに物凄いスピードで進入して来た車があった。
その車は、目の前でブレーキを掛けると行き成り停車した。
優介と順子は、荷台からその車を見る。ブガッティヴェイロン16.4だ。
ブガッティヴェイロン16.4 排気量8.0L トルク127.5kgmのW型16気筒 4基のターボチャージャーにより1001PSを発生するエンジンを積み、0~100km/hまで2.5秒、0~400m 7.5秒で走り、最高速度は、407km/h 世界最速のスペックを誇っている。
ブガッティヴェイロン16.4の運転席から降りて来たのは、中司咲子だった。
中司優介の兄、中司雄一郎の妻である。
車を降りるとにこやかに周りの妖達に挨拶をしながらウニモグU5000に近づいて行く。
咲子は、いつも見る着物姿では無くタイトスカートの紺色のスーツを着ていた。
手には、クラッチバッグを持ち、悠々とゆっくり歩み寄る。
荷台の傍に着くと両手を左右に開き肩位置まで上げ 左右に居る胤景と鐸閃に目で促すと胤景と鐸閃が無言でその手を下から掬い上げ、咲子を荷台に乗せる。
「優介さん、どう、大丈夫」と咲子が聞くと
「ええ、俺は大丈夫ですよ、でも優子が」
「そうね、優子さんには悪い事したわね」感情が籠っていない。
優介が、(ん)と怪訝な顔をすると
「そんな意味じゃないわ、少し、離れてて下さらない」落ち着いた声で咲子が言いながら 順子の髪を無造作に掴み、顔を上に上げさせる。
「順子さん、貴女の事は、当家に来た時から解っていましたよ。余り、中司雄一郎を舐めないで頂きたいわ」抑揚のない冷たい声で話掛け、「貴女のお父様は、怪猫だったでしょ、それを中司家の恨みに変えられてもねぇ・・・実際、貴女も半妖だし・・・・どうしましょうかね」と続ける。
順子の反応を見ている。冷たい目だ。人を見る目では無かった。
「知ってますか、半妖はね、人みたいに死ぬんですよ」咲子が続ける。
「・・・・・」黙って咲子を睨んでいる。
「待って、咲子姐さん」荷台の下から優子の声がした。
優子は、魏嬢と白愁牙に支えられ漸く立っていた。
「その言い方だとまるで、殺すって言ってる見たいですよ」優子が怒った口調で言う。
「あら、優子ちゃん、そうですよ、半妖ですもの」咲子が感情の籠っていない声で答える。
「それは・・・・聞いていましたけど、半妖って言っても生きているんですよ。それに今まで悪い事何にもしてないじゃないですか、そりゃ、さっきは、一寸、びっくりしましたけど・・・結果、私は、無事なんですよ。私は、彼らに逢ってから・・・これからだって妖だの、半妖だの、人って区別する生き方は辞めたんです。現に今も魏嬢さんや白愁牙さんに支えられて立ってるんです。皆で立って前を向いて歩いて行ければ良いじゃないですか。それを一寸、道を外しただけで・・・悲しい事、しないで下さい。言わないで・・・」優子が、声を張り上げて泣きながら訴え、魏嬢の肩に顔を埋める。
「ゆ、優子ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」順子が泣きながら謝る。
「・・・・ふぅ~、やれやれ」と言いながら荷台の端に歩いて行き、胤景と鐸閃に目を向ける。
胤景と鐸閃が、手を上に上げ、手のひらで咲子の手を支えると咲子が地面に向かって飛ぶ。ゆっくりと胤景と鐸閃が手を降ろし、衝撃を緩和する。地面に降り立った咲子は、荷台を振り向き、また、前を向くと
「優子ちゃんに救われたね、お互い」と呟きながらブガッティヴェイロン16.4に歩いて行き、乗り込むとゆっくりと発進して出口へと消えて行った。
優介が、荷台から飛び降りた。太郎丸が飛び乗り泣き崩れている順子をお姫様だっこして抱えるとシボレーキャプティバの後部座席に静かに座らせ、扉をロックした。
優介は、優子に「咲子姐さんは、殺す気は無かったんだ、優子、お前が庇う事も解っていた筈だ。あの女は、巫女なんだ。それも小薄の弟子だった女、だから殺す事は出来ないんだ」と言い、優子をお姫様だっこして抱えるとGT500へ向かって歩いていく。
その後姿を 太郎丸、蔵王丸、胤景、鐸閃、魏嬢、白愁牙が見送り、GT500から少し離れた位置で白雲、白禅、凍次郎、北渡が見つめる。
その眼差しは、妖独特の目では無く、人の持つ温かい目であった。