◆運命を変える一歩◆
アレックスは大泥棒だ。
そーだと、ガキのころは思いこんでた。
あいつは、おふくろの情人だった……いや、情人の一人だった。
たまに家に来ちゃ、おふくろとイチャイチャ。
で、必ずオレの相手もしてった。土産をくれ、メシを作り、遊び相手になり、で。
そのうち、おふくろが居ない日にも、家にあがりこんで来るようになった。『家事ぐらい覚えとけ』と。野郎に仕込まれたおかげで、家事に関しちゃとことんぶきっちょなおふくろより何倍もうまくなった。
『こいつ、幼児愛好者かよ?』と警戒した時期もあった。下町じゃ、人さらいは珍しくない。大人がゲスな遊びのために、子供を使うこともある……ませガキだったオレは、そん時には世の中を理解していた。
でも、そんなんじゃなかった。
ようは、あいつは……ちっこいのが好きなんだ。野良犬やら野良猫にエサをやるのが好きで、けど、ぜったい撫でようとしない、連れ帰ろうともしない……そんな男なんだ。
オレは、そこらの野良犬、野良猫扱いで可愛がられてて……
命も救われた。
あん時、オレは、見るからに危ない男どもに囲まれてた。
何でだったかは、忘れた。
おふくろが仕事でドジったしわ寄せか、オレがかっぱらいに失敗したのか、オレが美幼児すぎてろくでもねー奴らに目ぇつけられたか、まぁ、そんなとこだろ。
アレックスは舞い降りた。としか言いようがない登場だった。突然現れた野郎は、オレを抱えて、周りの奴らに何かを言った。何って言ったんだかは、まったく覚えていない。ガキにゃ理解できない小難しいこと言ったのかも。
それから、空を飛んだ……ような記憶がある。
まあ、ガキの記憶だし。そんぐらい、アレックスが身軽だったってことだな。塀から塀へ、屋根から屋根へと、ぴょんぴょこ跳ねて、悪漢どもから逃げ切ったわけだ。
『このバカが』
拳骨をくらいながらも、オレは笑顔だった。
『すげーや、アレックス! 大泥棒だったんだ!』って。
『かっけぇなあ。すっげぇ逃げ足だった!』とも誉めた。
ま、女盗賊の息子だし。当時のオレの頭の中じゃ、スーパー・ヒーロー=大泥棒だった。そんで、そー思い込んじまったんだ。
『大泥棒……そうだ、その通りだ、クソガキ』
アレックスは、フフッと笑った。
『だが、今は世を忍ぶ仮の姿……占い師やって正体を隠してんだよ。今日のことは、おふくろさんにも話すな。俺の秘密をバラしやがったら、てめえの命で落とし前つけてもらうぜ』
そう脅してから、アレックスは声をあげて笑った。で、頭をくしゃくしゃに撫でられたっけ。
今はもう、ンなアホな思い込みは捨ててる。
だが、アレックスは『もと』盗賊だ。
ほぼ間違いない。
盗賊ギルドで顔が利くって、レベルじゃねえ。前に、アレックスに連れられてノー・アポ、ノー・パスでお頭と面会した時は、マジびびった。野郎、お頭とタメ口だし。
お頭の昔の仕事仲間か、身内か。隠し子かもしれねえな。
オレもアレックスも、叩けば幾らでも埃が出る身だ。
バカ正直な善人じゃ、下町で生き抜けねーもん。
生きてく上のことだ。犯罪に関わんのは、しょーがねーこった。
オレは盗賊。
アレックスも(たぶん)もと盗賊。
けど、だからって……
なんでもかんでも、オレらのせいにされんのはムカつく。
あのアレックスが、すぐバレる盗みなんかするかよ。
一番怪しいのは、侯爵家嫡男様だろ?
レヴリ団のお宝を管理してんのも、保管庫に結界かけてんのも、あいつだ。中のもの、盗み放題じゃん。
次に怪しいのは、学者のにーちゃんだ。
あのお坊ちゃんは、希書のコレクターだ。しかも、『ランベールの日記』は、普通の流通ルートに乗らねー禁書、希書中の希書だ。欲しいとは言えねーから、こっそりくすねたんじゃ?
『犯罪は許しません!』てな堅物の顔も、ぜ〜んぶ演技かもしれねーしさ。
そん次に怪しいのは……侯爵令嬢か?
用もねーのにやたらあの部屋に来て、『あらあらあら。お宝に囲まれて。お兄様ったら、山賊のお頭さんみたいですわね』とか『まあまあまあ。素敵なルビーのブローチ。この毒々しい血の色がお兄様にぴったり。くすねて、装備してみてはいかが? 呪われて、きっと楽しいことになりますわよ』とか、どーでもいいことを兄貴に言ってたよな。
……何しに来てたんだか、いまいちわかんなかった。お宝の下見……か?
アランは……
盗みなんざ、しねーと思う。
あれは、そーいう男じゃない。アレックスのでまかせを信じて、裸で暮らすバカだし。すぐ顔に出るし。クソ真面目だし……。
けど、傭兵だしな……上の奴がやれと言ったら……
あぁ、でも、あのバカ、『それは契約外です。俺の仕事じゃない』と突っぱねそうだし……う〜ん……
意外なとこで、オレンジのぬいぐまと白雲の犯人説もあり、か。
ゴーレムは魔法生物。オレらとは違う理由で、マジック・アイテムに惹かれることもあるかも。
ま、頭が春のおマヌケ魔術師と、超トロくせー農夫の線だけは、ぜったい無いな、うん。
イカレた使徒が、『ランベールの日記』を探しに行った。
侯爵家嫡男のバカ貴族も、学者のにーちゃんも、独自の調査をする気だ。こいつら金だけはあるしな、裏世界に手を回して、ブラック・マーケットに縄を張るなり、アレッサンドロの行方を追うなりしやがるだろ。
オレはどうしようか……
顔の広いアレックスのおかげで、あっちこっちにツテがある。盗賊ギルドの中じゃ下っ端中の下っ端だが、頑張りゃお頭にも会えるはずだ。
ツテを頼って、真犯人を探すべきか、『濡れ衣着せられてるぜ』とアレックスに忠告に行くべきか。
おふくろが亡くなった後、あいつにゃ、いろいろと世話になってきた。
返せる時に、恩は返しておきたい。
でなきゃ、何時までもデカイ顔されちまう。オレも、もうすぐ十四だ。いい加減、保護者面されんのもうっとーしい。
なのに……
勇者のねーちゃんが、バカなことを言いやがる。
「ジパング界には、シャルル様とアラン、エドモンとリュカに同行してもらいたいんだけど……いいかしら?」
「ハハハ、お任せください。あなたの魔法騎士シャルル、この命に代えましても愛しいあなたをお守りしましょう」
てなバカと、
「承知しました」
てなバカと、
「……わかった」
てなトロクサイ奴が、承諾の返事をする。
けど、オレはやる事があるんだ! 異世界なんか行ってられっか!
「やだよ! オレは、もう、そいつらのお守りはコリゴリだ! 言ったはずだぜ!」
わざと大きな音をたててテーブルを叩き、立ち上がった。
「お守り?」
勇者のねーちゃんが目をパチクリとさせる。
うん、わかってる。あんたにゃ言ってない。
だけど、学者のにーちゃんには、帰ってすぐに言ってあんだ。
「そこのバカ貴族は、女と見りゃ口説くスケコマシ。歩くスケベだ! どこ行ってもナンパ、ナンパ、ナンパ! こいつが注目あびまくるせいで、どんだけこっちが苦労したか! 内緒のお宝探しだってのに、目立ってどーすんだよ!」
「リュカ君。失敬な言いがかりはやめたまえ。ナンパなどしていない、私はごく普通に紳士として行動しただけだ」
バカ貴族が髪を掻き上げる。
「だが、困ったことに、私には持って生まれた華がある。いや、有り過ぎるのだ。地味な衣装に身をやつしていても、ご婦人方の注目を浴びてしまうほどにね……美貌とは罪だな」
言ってろ、バーカ。
「そっちの裸戦士がどんだけ迷惑だったかは、説明いらねーよな? どーあっても、そいつ、服を着なかったんだぜ! ヤジ馬ひきつれて、お宝探しに行けるかっての!」
「……わ、悪かったとは思っている」
アランは頬を赤く染めて謝った。中身はまともなんで、非常識な格好をしてる自覚はあるんだ。
「だが、一度でも服を着ると、俺の運気は下がってしまうのだ。すまない……迷惑をかけた」
ま、いいんだけど。服を着ない代わりに、変装で『大荷物』になったしな。服を着るのがNGで、穀物袋を被るのはオッケェ。オレには理解できねー感覚だけど、バカ貴族と違って、こいつには協力しようって姿勢だけはあった。よっぽどマシだった。
「オレはこいつらと組むのは、もうヤなんだよ、他の奴を連れてけよ」
「でも……」
勇者のねーちゃんが、首をかしげる。
「リュカしか居ないと思うの」
ん?
「兄さまとジュネさんは北だし、マルタンとドロ様はこの場に居ないでしょ?」
だな。
「セザールおじーちゃんとルネさんは、しばらくおじーちゃんの体の調整をするし」
……そんな話してたな。
「テオは留守番役。ニコラは、『なんとなく天界が嫌』な理由を、テオと検討するわけだし」
むぅぅ。
消去法ってヤツか。
勇者は、『ほ〜ら、リュカしか居ないじゃない』って顔だ。
オレを連れて行きたいんじゃなくって、他のメンバーがダメだからオレに声をかけた……そーいうわけだな。
けど……
「なら、アレを連れてけよ」
ちまっと座ってる奴を指差した。
「気心の知れた、幼馴染だ。それに、魔法も使えるようになったって聞いたぜ。大魔術師級だって? 嘘みてーだけど、ほんとなら超強いわけじゃん? オレよかよっぽど、あんたの支えになるよ」
「あ、ありがと、リュカ君」
鼻の頭を赤く染めた野郎が、もじもじと身をくねらせる。
「……誉めてくれて」
誉めてねーよ。
「だけど、ボク……魔王戦用の魔法の研究中で……シャルル様の口添えで魔術大学の図書館の利用が可能になったから、今は……まだ……ダメなんだ」
魔術師が、へら〜っと笑う。
「がんばるジャンヌを助けられるよう……ボクも強くなりたいんだ。もう少し、こっちでがんばりたい」
「わかってるわ。クロード。やるからには、とことんやらなきゃね。あんたが納得できるとこまで、がんばって」
「うん、ジャンヌ。ありがとー」
っくそ。通じ合ってやがる。
「リュカ。ジャンヌは風精霊を所有している。隠密活動時には姿隠しとてできる」
無表情の賢者が、淡々と聞いてくる。
「それでも、まだ不都合があるのか?」
大ありだよ。
オレはアレックスの濡れ衣を……
《リュカおにーちゃん。おねがい、おねーちゃんを守って》
ニコラがオレをジーッと見つめる。
《敵とそれから……》
スケベ貴族から、か。
でも、勇者のねーちゃん、バカ貴族にデレデレだったぜ。スケコマシの手管にホイホイのるよーな女、知るかよ。喰われて、痛い目にあって、勉強しやがれってんだ。
「賢者様。その盗賊には、この世界に留まらねばならない理由があるのでしょう」
学者のにーちゃんが、メガネをキラッと光らせる。
「盗賊仲間からの連絡待ちか、盗品の受け渡しがあるのか、おそらくはろくでもない理由で」
ムカッときた。
「アレックスの行方も、消えたお宝も知らねーって言ってるだろーが!」
「おや? 私は占い師のこともレヴリ団の秘宝も、話題にしてませんが」
しれっと言いやがる。
「やましいところが無いのなら、ジパング界へ赴かれてはいかがです? 占い師が潔白ならば何事も無く戻って来るでしょうし、有罪であってもマルタン様から懲らしめられた後に帰って来るのです。いずれにしろ、オランジュ邸に戻るのです。あなたの出る幕はないのでは?」
ぐ。
「リュカ、すまない。異世界でも俺はおまえに迷惑をかけるだろう。だが、騒動を起こさないよう、なるべく工夫する。もう一度、俺と組んでくれないか?」
いや……あんたには、それほど腹を立ててないから。
「ハハハ。無理強いはやめたまえ、アラン。大人びてはいても、リュカ君はまだまだ子供。産まれた世界を離れ、異世界へ行くなど、大事件だ。及び腰になったとて、仕方あるまい」
「ひるんでねーよ!」
「そうかね? ならば、喜び勇み、まだ見ぬ新世界へ共に行こうではないか。勇者様と共に魔王退治の冒険に赴く……まさに究極の浪漫だ」
寝言は寝てからほざけ、腐れバカ。
っくそ……
どーにも逆らえねえ流れだ。
オレが旅に出ちまっても、大丈夫だろうか……?
アレックス……
* * * * * *
妖艶という言葉がぴったりな、美女だった。
「ようこそおいでくださいました。お初にお目にかかります、神崎八千代でございます」
「はじめまして。 櫻井正孝です。いつも西園寺くんにはお世話になっております」
綺麗に結い上げられた黒髪、上品な柄の和服、凛としたたたずまい。
美人画から抜け出て来たような方だ。
見るからに、清らかな上流婦人だ。
だが、それだけでは終わらぬ、底知れぬ何かを感じさせる。
息苦しいほどの艶かしさを漂わせているというか……
ゾッとするほどの凄味をお持ちというか……
得体が知れない。
なるほど、これは大物だ。
僕の横に立つ西園寺くんに、ほんの少しだけ視線を走らせた。
いつも通りの笑顔。彼も『読めない』人間ではあるが、目の前の女性はそれ以上だ。
『ぼくは微力な能力者です。ぼくなど、本家のお嬢さまの足元にも及びませんよ』と、彼が口癖のように言うのも納得だ。
ただ……
ちょっと意外だったな。
『本家のお嬢さま』というから、もっと若い……
「ごめんなさいね、こんなおばあちゃんで」
口元に手をそえて、八千代さんがホホホと笑う。
「がっかりなさったでしょ? もう、左京さんたら、あなたのせいですわよ。神崎に嫁いで二十年以上経ちますのに、未だに小娘の頃の呼称で呼んで」
「すみません。ぼくにとって、八千代お嬢さまは永遠に『お嬢さま』なので」
へらっと笑う西園寺くんと、フフフと笑う八千代さん……
びっくりした。
この方は、西園寺くん以上に視える方だった。
人間の思考・過去・未来を感じ取れる霊能者。
僕の精神障壁などものともせず、真実を見抜いてしまう。
……下手なことは考えないようにしよう。
「左京さんが勇者ごっこを始めたのも、あなた方とレクリエーション活動をしていたのも、存じておりましたわ」
若い女中さんが、紅茶を運んで来てくれたのだが……
素晴らしい!
古風な矢がすりの着物にたすきがけ、それにカチューシャにエプロンとは!
たとえるのなら、大正時代のカフェの女給さん! まさに趣味の世界!
いいなあ……この格好、精霊にやってもらおうかな。ナームあたり似合いそうな……
「リーダー」
横から、西園寺くんがぼそっと声をかけてくる。
いかん、つい。
思考と表情を切り離す術は身につけているんだが……八千代さんには、思考を読まれてしまうんだった。ついでに、西園寺くんにも。
脱線しない……脱線しない……
「左京さんがとても楽しそうでしたので、ほほえましく思っておりましたのよ」
八千代さんがおっとりと微笑む。
「このまえは、お風呂で遊んでいらっしゃったわね?」
「いやあ、視られちゃいましたか。これは恥ずかしい」
西園寺くんが、ニコニコ笑いながら頭を掻く。
「のぼせちゃいましたが、まあ、なんとか生きてます」
「左京さんの人生ですもの。何処で何をなさっても構いませんわ。でも、」
八千代さんの黒曜石のような瞳が、僕を見つめる。
「生死に関わることは、従姉として見過ごせませんの」
「何が視えたのでしょう?」
僕の問いに、八千代さんが静かに答える。
「おびただしい死が……。私が視た未来では、左京さんも、あなたも、OB会の方々も……何処のどなたかもわからない男の方々、そして可愛らしい女勇者さんも、亡くなっていましたわ」
「……僕も死んでいたのですか」
顎の下に手をあてた。
「僕を殺すのは難しいですよ」
あっちこっちで勇者をやってきた僕には、神々からの贈り物――特殊能力がある。
「僕には再生能力がありますし、五十六体もの精霊を抱えています。半身が吹っ飛んでも、死にません」
何があろうとも、精霊たちが僕を生かそうとするだろう。
ヤチヨさんがジーッと僕を視る……
「未来に変わりはありませんわね……あなたも亡くなっています」
……なんだって。
「櫻井正孝様。運命の歪みを感じますの。私、女勇者様に直接お会いし、助言さしあげるべきでしたのよ。けれども、あの方はほんの短い滞在でここから去ってしまわれました。出会う機会を逸してしまいましたの」
「このままでは、ジャンヌくんは魔王に負けるのですか?」
ヤチヨさんが、微かに首をかしげる。
「私……目の前にいない方のことは、あまりよく視えませんの。残念ですけれど、あなたや左京さんが思ってるほどには、霊能力は強くありませんの」
巫女が僕を正面から見つめる。
「私にできる事は、勇者・櫻井正孝様への助言だけです。お聞きになりますか?」
姿勢を正し、不可思議な瞳を見つめ返した。
「お願いします」
八千代さんが、柔らかく微笑む。
「まずは、こちらを」
そう言って、巫女が差し出してきたのは白い封筒だった。
「知り合いの方にお願いして、急ぎまとめていただきましたの。 日前から失踪している高校生金子アキノリさんに関する調査書です」
カネコ アキノリ……
ジャンヌ君の宿敵、百一代目魔王の名前だ。
この世界の出身だったのか……。
きゅんきゅんハニー 第5章 《完》
第6章『鬼を狩るもの(仮題)』は現在執筆中です。
11月には連載再開を! と頑張っております。が、早くても下旬。もしかすると、12月にずれこむかも。
発表のめどがたちましたら、活動報告でお知らせします。
これからも「きゅんきゅんハニー」をどうぞよろしくお願いいたします。




