◆失われた星の記憶◆
「ここ? ここにヴァンがいるの? ほんと、ラルム?」
……声が聞こえた。
「ヴァン? 復活できたの? 居るなら、お願い、返事して」
……オレを指差す水色の男と、張り詰めた顔の少女が見えた。
……ああ、そうだ。この廊下で、この世界のメカと戦って、オレは四散したんだ。
少女が目を凝らし、辺りをキョロキョロと見渡す。
その目じゃ、素の姿のオレは見えないだろうに。
復活したしもべのもとに、駆けつけてくれたわけかー
ドジ踏んで散った精霊のために、わざわざ。
うん、いいね。四散からの目覚めにしては、上々。
やっぱ、オジョーチャン、かわいいわ。
《おはよ。オジョーチャン》
実体化して、いつも通り、軽く明るく声をかけた。
けど、この場面で緑クマじゃ、アホだろ。
出逢った時の、ギリシア神話風美青年になってみた。
床に倒れてるオレを見て、オジョーチャンが笑みを浮かべる。
けど、顔は真っ赤だ、涙がボロンとこぼれるわ、鼻の穴や口がひくひくするわ。
泣き笑いになっちまった。
上半身だけ起こしたオレに、オジョーチャンが抱きついてくる。
役得、役得♪
「良かった、ヴァン。ほんとに、良かった……。ごめんね、四散、痛かったでしょ? アタシのせいで……」
あらま。オレが四散したの気にしてたの。
《いやいやいやいや。オレが、この世界の文明レベルを見誤っただけだから。まさか精霊の存在基盤をぶっ壊す超音波攻撃をしてくるとはねー》
「次からは、無理にアタシを守らなくていいから。危ない時は、精霊界に退避して」
えー
《精霊支配者を見捨てて? それはしもべとしてマズイでしょ》
「いい! アタシが許す! 四散するまで頑張られる方が嫌!」
《あのさ、人間は死んだらそれっきり。けど、精霊は四散しても、時間をかければ復活できるんだぜ。早けりゃ数時間、遅くとも今回みたいに数日でもとどおりだ。どっちが犠牲になった方がいいか、考えるまでもないよな?》
精霊支配者が、ジロリとオレを睨む。
うは。
すげぇ顔。泣いて、笑って、怒ってと、めぐるましく表情が変わる。
「アタシが嫌なの! 誰かがアタシのせいで消えちゃうなんて嫌! 誰も犠牲にしたくない! アタシは勇者よ! みんなを守ってこそ勇者でしょ!」
オジョーチャンは、『死』にはナーバスだ。
いずれ魔王と相討ちになって、ちゅど〜んするかもしれない……常にそう考えちまうからだな。
《わかったよ、オジョーチャン。主人の命令に従い、その中で最高の成果をあげる。それが一流の『しもべ』だもんな》
……オレ流に主人の命令を解釈して、仕えるよ。
《次にオジョウチャンがピンチになっても、『無理に主人を守ったり』しない》
『無理に』じゃない。
オレがオレのために勝手に主人を守るだけ、だ。
四散いとわず、守ってやるよ。
今は、あんたがオレの女だ。
《てか、次は、二人ともピンチになんないように、うまく立ち回るわ》
「……絶対よ」
あ〜あ。鼻までグズグズしてら。
《泣くなよ。あんたは、笑顔の方が可愛いんだからさ》
これ、本当。
歪んだ顔。涙をためた大きな瞳、やばいものが垂れそうなぐずついた鼻、泣くまいと噛みしめる唇、上気した頬。
完全に子供泣きだわ。
そこはかとなく色気が漂う女の泣き顔なら、グッとくるけど。涙を女の武器にするのは、五年どころか、十年早いね。
だけど……
精霊のために本気泣きできる純さは、今だけかもな。
笑顔をつくって、顔を近づけた。
「ヴァン?」
唇はマズイか。
お初だし。
奪っちゃ、可哀そうだよな。あのお義兄さまに殴りかかられるのは、へでもないんだが。
頬にしとくか……
そう思って、涙に濡れた頬に唇を近づけたものの、届かない。
あと一歩ってところに、超薄い水の障壁が出来てやがる……。
ラルム!
そっぽを向いてんじゃねーよ! ほっぺにチュッぐらい挨拶だろ! いっちょまえに嫉妬しやがって! ラルムのくせに!
さらに、
《なにやってるの、ヴァンおにーちゃん!》
お子様幽霊の邪魔まで入り、純情な勇者様はすっげぇ勢いで後ずさりしてった……。
ちぇっ。
興醒め。
緑クマに変化して、《女の子の涙を拭うのも、クマクマ8の役目さ》と、おどけておいた。
オジョーチャンとニコラはこれでいいとして。
……覚えてろよ、ラルム……
* * * * * *
ったく、もう!
キスされるかと思った!
心臓バクバクよ!
「ピロおじーちゃんは昨日復活したの。氷界に還ってもらってるわ」
氷界は雪と氷にあふれている。故郷に戻れば、復活直後で弱った精霊も、すぐに元気になるみたい。
「ヴァンも風界に還る?」
《あー オレはいいや。どこの世界でも風は吹く。風系物資は吸収できるし》
緑クマさんが、つぶらな瞳を片方閉じる。
《今はオレの女の側を離れたくないんで、ね》
……あいかわらずね、ヴァン。
《で? ピオとピクはまだ復活してないわけね。オレが四散してる間、どんな冒険したの? オジョーチャン、教えて?》
《何故、そんな質問をするのです?》
護衛役として、常にアタシにつきそっているラルムが尋ねる。
《下等種である百一代目勇者様の記憶など読み放題でしょう? 必要な情報は、勝手に入手してはいかがです?》
ラルムは、ヴァンの方を見もしない。表情もムスッとしてる。
《あー》
緑クマさんが、ポン! と短い手を叩く。
《オジョーチャン。ラルム君にお休みあげて》
ん?
《は?》
《記憶読んだわー こいつ、すっげぇ無理してんじゃん。超能力ジャマーで四散しかけて、連日二十四時間護衛、んでもって脱出ポッドで追い出された時に存在基盤のほとんどを断ち切られている》
えっ?
《少なく見積もっても、あれで百分の九十九は消滅したね》
百分の九十九ぅぅ?
《人間でたとえると、小指一本残してふっとばされたってとこ》
瀕死の重傷どころか、死んでるわ!
《百分の一になろうとも、問題ありません。勇者様のしもべの中で、私はピロ様に次いで格が高いのです。今でも脆弱なヴァンより、遥かに有能な存在ですよ》
《……でも、そのピロ様も氷界で休養中だろ》
《う》
そうよね! ラルムも休ませるべき!
《ノン・ストップのお仕事ごくろーさま、ラルム君。あとはクマクマ8と、ニコラ君に任せてくれたまえ》
《うん。ぼくはジョゼおにーちゃんの弟分だからね。おねーちゃんを守るよ》
《卑怯ですよ、ヴァン。私が休息など欲していないことを承知の上で、》
《オジョーチャン。こう言って、『ラルム。しばらく水界で休養して。本調子になるまで、還りたいアピールも禁止よ。ゆっくり休んでね』って》
不満そうに、ラルムは水界へ還って行った。
でも、無理はして欲しくない。
元気になったら、帰って来てね。
《んじゃ、オジョーチャン。四散中のこと教えて》
へ?
「アタシの記憶読んだんでしょ?」
必要ないんじゃ?
《いやいやいや。漫然とした記憶と、振り返って頭の中で整理した記憶じゃ、別物だよ。オジョーチャンの口から、何があったか教えて欲しいんだよ》
む?
《主従関係には、コミュニケーションが大事だろ? ね、おねがい♪》
むぅ? ま、いいけど。
「この世界へ来た目的は、果たせたわ。セザールおじーちゃんは、サイボーグになったの。もう呪いが進行することは無いんですって」
《へー 良かったじゃん》
「うん」
大きく頷いた。
「今は、新しい体がちゃんと動くか、テストしてるのよ。たぶん明日の夜か明後日の朝には全部終わって、帰還になるわ。それまでに、ピオさんとピクさんも復活してくれるといいんだけど……」
* * * * * *
勇者一行用にあてがわれた部屋に行けば、
「おかえりなさいまセ、ジャンヌお嬢さマ」
「おっかえりー おねえさん♪」
「おかえり。ぼくの人魚ちゃん」
「好きだっ!」
ロボ+赤青黄の人外が、オジョーチャンをお出迎え。
「アンドロイドのアダム。バイオロイドの、翼人のバド、海人のルヴ、ライオン頭のリオ。アタシたちのお世話役よ。持ち帰る物資の準備もお願いしているの」
ニコニコ笑顔で紹介だ。
「こちらが風のヴァン。ベテラン精霊なのよ」
人造人間と精霊とで、人間同士みたいに挨拶を交わす。
オジョーチャンがこーいうことが好きな人間だから、
「ところデ、ジャンヌお嬢さマ、発汗なさったようですネ。水分補給をなさいますカ?」
「足もんだげよーか?」
「マッサージなら、ぼくを指名しなよ。ぼくのテクニックは凄いよ……。試してみない?」
「好きだっ!」
人造人間からも慕われているようで。
「お師匠様はナターリヤさんの所。ルネさんは、セザールおじーちゃんの体を調整中。使徒様はあそこ」
オジョーチャンが指差したのは、天蓋付きの真っ赤なベッド。炎精霊の変化のベッドで、グースカ寝こけている男が一人……。
良かった、寝てて。あの男は苦手なんだよねー できりゃ、関わりたくない。
「んで、この子がポチよ」
笑顔のオジョーチャンが、テーブルの上に掌サイズの箱を置く。バイオロイドの培養カプセルだ。
蓋を開けると、中からプルプル震えるものが、でろ〜んと出てきた。緑がかった半透明のゼリーもどき。てか、スライムそっくり。
バリア化可能なゲル状バイオロイド。
直径一キロにも及ぶ半球状のドーム障壁を張れ、星間ミサイルの直撃にも耐えうる。その上、飴玉サイズまで縮小可能。携帯向き、だ。
「これからの旅、ポチもポケットに入れて連れてくの。お世話の仕方は、バリーさんとダンさんからバッチリ習ったわ」
オジョーチャンの記憶に触れる。
バイオロイド・チームの責任者バリー。
バイオロイド専用電脳の開発責任者ダン。
この二人も、エスエフ界の伴侶だ。
ふつーの顔の、デブのおっさんと、痩せのおっさんだ。美形好きのオジョーチャンの好みから、百八十度外れてる。
そんでも、なんのかんので仲良くなって、ちゃっかり護衛用バイオロイドを貰っちゃうところが、オジョーチャンらしい。
《いいと思うよ。超能力ジャマーみたいな攻撃くらったら、精霊は無力だ。オレらとは存在基盤が違う護衛は、頼もしいね》
「仲良くしてあげてね」
スライムもどきに言語機能はない。が、微弱なテレパシー能力はある。所有者の表層意識を読んで、リクエスト通りに変身する為だ。
一方通行なテレパシーだが、オレたち精霊ならこいつの思考を読める。
オジョーチャンが望む形で、仲良くもできるだろう。
「う〜ん……今回、アタシ、先輩たちに憑依されてばっかで、何もやってないのよねー」
何があったのか説明するのは難しいと、オジョーチャンが頭をひねる。
ゲル状バイオロイドは、オジョーチャンの手から、白い幽霊へと渡った。ま、子供はネトネトぐちゃぐちゃなモノで遊ぶの好きだもんねー
予想通り、オジョーチャンの単純な頭は、単純な理解しかしてなかった。
仲のいい兄妹がいた。
↓
社会の仕組みが悪い。妹が憤り、兄妹喧嘩。
↓
社会を改革するため、妹は『女王の世界』をつくろうとする。
↓
兄は、バビロンの仲間まで駒扱いをする妹に怒り、自殺。
↓
妹は自責の念から、何としても『女王の世界』を築こうと決意。
↓
次代に優秀な種を残す為、優秀な繁殖相手を探す。
↓
理想的な結婚相手と、
エスエフ界に存在しない知識・技術を持つ者(賢者他勇者一行)が出現。
↓
全てを手に入れるには、群れの中心(勇者)が邪魔。
↓
上位者の介入(勇者の排除の仕方を教わる)。
↓
勇者を排除。
↓
兄の霊を宿した勇者が、バビロンに戻る。
↓
殺し合いになりかけるも、和解。
めでたし、めでたし……。
《『女王の世界』って、なんだと思う?》
「……よくわかんない。他人を無理矢理支配する非道な世界に思えるんだけど……」
オジョーチャンが、困りきった顔になる。
「『飢えも貧困も争いも無くなり、誰もが幸福になれる世界』らしいわ。ナターリヤさんは、そう信じきってた」
群れ全体で、一人――超個体となる。手足はものを考えない。憎悪も嫉妬も苦痛も感じず、飢えも貧困も争いも無くなる……
理想郷の一つでは、ある。
構成員全員が歯車になるのを厭わなきゃ、だが。
「でもね、ナターリヤさん、『女王の世界』は止めたのよ。ユリアーンさんのやり方を踏襲するんですって」
コロッと笑顔になって、言葉を続ける。蟹メカの助言を聞きながら、ナターリヤは副所長代行の職務をしているのだと。
「ユリアーンさん、宇宙連邦の言いなりじゃなかったのよ。超能力者の抑制機をこっそり調整して、気絶しやすい構造に変えてたんですって! あの機械で、誰も死なないように!」
《内緒で同胞を守ってたってわけ?》
オジョーチャンが大きく頷く。
「他にもいろいろやってたみたい。そうだって知ってたら、ナターリヤさんも暴走しなかったのにね……」
いや、まあ、そうだけど。
《抑制機の不法改造にしろ、宇宙連邦にバレたら免職ものの犯罪行為だ。だから、身内にも内緒でやってたんだろ》
「そうね……」
そんでも、釈然としない顔のままだ。
ユリアーンの魂は、今は蟹メカにくっついてる。
けど、オジョーチャンが魔王を倒せば、本来の運命に戻ることになる。
昇天する。
……死ぬのだ。
亡くなった兄にも、兄を死に追いやった妹にも、オジョーチャンはえらく同情的だ。
もともと、ほだされやすい性格ではあるが……
仲良しの義兄さまが居る身としては、兄妹の悲劇が他人事とは思えないんだろう。
悔いの残らないよう、お別れの時まで共に時を過ごして欲しい……そう考えているようだ。
《ジャンヌ先生、しつも〜ん》
元気良く、ぬいぐま手をあげた。
《上位者は、どんな風に騒動に絡んでたの?》
「それも、よくわかんない」
使徒様は詳しいことは教えてくんないのよ、とオジョーチャンが唇を尖らせる。
「ナターリヤさんは夢で、絶対防御の破り方を教わったって言ってたわ」
《夢……》
「でも、その夢も、断片的にしか覚えてないんだって。非常戦闘訓練にかこつけて、アタシを追い出せってそそのかされたらしいけど」
非常戦闘訓練……
《その訓練の通知、実施日の二日前に付近の軍施設にしてたよね? ドームに防御バリアを張って、ドーム内外で軍事演習をするって》
オジョーチャンの記憶を読んで、質問した。が、本人は忘れてたらしく、そうだったかもと曖昧な答えを返す。
《脱出ポッドの生命維持装置を壊したのは、ナターリヤ?》
オジョーチャンがかぶりを振る。
「やってないって。アタシをバビロンから追い出せば、絶対防御は消えるって教わったから、ただ追い出しただけだって。アタシの乗ったポッドが欠陥品だったって知って、彼女、驚いてたわ」
メンテナンス情報に目を通したユリアーンによると、第三者が脱出ポッドを弄った形跡も発見できなかったようだ。
ふむぅ……。
「あら、ヴァン。どうしたの?」
《お散歩いってくるー》
緑クマらしく、かわいらしく、えへっと首をかしげた。
ついでに、《リハビリ、リハビリ♪》と、出かける理由づけもしておいた。
ふよふよと宙に浮きながら、白い幽霊とオジョーチャンの内のソルに手を振った。
《じき戻る。オジョーチャンの護衛、よろしく》
* * * * * *
ドームの外は、乾いた風が吹き荒んでいた。
レイは夜空を見上げていた。
かつては舞い上がった塵の為に分厚い雲で覆われていたであろう空も、今は雲ひとつない。
暗い空に、星が瞬いている。
死の荒野にたたずむレイは、かなりナニな格好をしている。
着流しの上に、背中に『雷』の文字をしょった半纏。風になびかせる紫の長髪。
こいつの通常時の人型だが、背景のバビロン・ドームとミス・マッチ過ぎる。
《呼び出して悪かったな》
横目でオレを見て、レイが体の向きを変える。
《構わぬ。発明家のもとには、分身を置いて来たゆえ》
ま、そうだろ。雷精霊は、自身と違わぬ分身を生み出すのが得意だもんな。
オレも人型になった。
緑クマのまんまでもいいんだが、気分の問題だ。
《聞きたいことがある》
すかした顔の雷精霊に聞いてみた。
《けど、記憶を読ませろって言っても……おまえ、拒否するよな?》
当然であると言うように、雷の精霊はフンと笑った。
精霊の心も、読めなくはない。
だが、相手からの許可が要る。レイの方が精霊としての格が上だ、無理矢理は読めないだろう。
《おっけぇ。んじゃ、取引だ》
おおげさに両手を開いてみせた。
《おまえが裏工作してたこと、オジョーチャンたちには黙っててやる。代わりに、オレの疑問解消に協力しろ》
《吾輩が裏工作をしていた? 何を根拠に、何をしたと?》
レイが笑う。相手を小馬鹿にするような表情だ。
オジョーチャンの記憶から読み取った、レイの台詞を再現して伝えてやった。
《この施設の監視・管理システム内に、吾輩の分身を潜り込ませた。現在、電子系を侵食中である。近辺の警備システムは吾輩の支配下に置いた。中枢まではまだ行き着いておらぬが、監視システムにも偽情報を流しておる》
レイの表情に変化はない。それで? と言うようにオレを見ている。
《このレベルの機械文明に、精神生命体捕獲装置が存在するとは思えぬ》とか、
《今しばらくは、協力されたし。全ての機械を吾輩の支配下に置けたわけではない》とか不用意な発言しすぎだよ、おまえ。
《で? バビロンのメインコンピューターを乗っ取ったのは何時? 転移した当日? 翌日?》
《一日も時は要らぬ。後進国の機械など、御すのは易い。吾輩が乗っ取った形跡も、むろん残してはいない》
肩にかかる長い髪をバサッと払いながら、レイはあっさりと答えた。
芝居をしても無駄と判断したんだろう。
オジョーチャンとバビロンが協力体制に入った時点で、普通なら、しもべもバビロンへの敵対行動を一切止める。
だが、こいつがコンピューターの乗っ取りをやめるはずがない。
狩人のじーさんの治癒の為、どうあっても数日、バビロンに滞在する。
となれば、バビロンが敵側に回る事態を想定し、『施設を掌中におさめておき、主人の安全を確保しておこう』とするよな、おまえなら。
なにせバビロンの外は、死の世界。何かあったって、主人は外へは逃げ出せないんだから。
本体は、発明家にくっついてこの世界の技術を学ぶ振り。
その間、分身を使って、バビロン・ドームをこっそり支配してたんだ、オジョーチャンの為に。
オジョーチャンに《主人とその仲間の守護の為であれば自由に動くことを許可する、という言が欲しい》っておねだりしてたしなー
やりたい放題、やったろ?
《おまえ=メインコンピュータだったんだ。非常戦闘訓練もオジョーチャンを脱出ポッドでポイする計画も、知ってたはずだ。何故、黙っていた?》
《これは……異なことを》
口の端をつりあげて、レイがニィィっと笑う。
《『勝手に、人が知り得ぬ知識を与えてはいけない。命令されない限り、精霊支配者の人生に関わってはいけない』。しもべの原則であろう?》
このぉ。
《主人やその仲間が死傷しておれば、責められてもいた仕方なし。なれど、全員息災である。そうなるよう吾輩も工夫した。問題はないのである》
救いの手をわざと差し延べず、主人を逆境へと追いやり、成長を促す。
それも、主人への愛ゆえではあるが……
《スパルタ愛は、今回限りにしてくれよ》
薄く笑う雷の精霊を睨みつけた。
《脱出ポッドを壊したのは、てめーだろ? 生命維持装置まで破壊しやがって。やり過ぎだろーが》
記録を残すことなくポッドを壊せるのは、メイン・システムをのっとっていたレイだけだ。
肯定も否定もせず、雷の精霊は肩をすくめただけだった。
あの時、オジョーチャンはラルムと一緒だった。窒息死はありえなかった。
それでも……
《次やったら……本気で怒るぜ》
《吾輩とて、しもべ同士の戦いなど望んでおらぬ》
レイは尊大に顎をそらせた。
《なれど、吾輩の望みは、主人が幸福な未来を手に入れることである。次がいかような形になるかは、主人次第であるな》
しもべには、それぞれスタンスがある。主人への奉仕の仕方は千差万別だ。
わかっちゃいるが……ムカつく野郎だ。
雷の精霊が、天を見上げている。
聞きたいことは、まだ山のようにある。
『女王の世界』を目指したナターリヤ。二人の兄。その一族。全員が、右が紫、左が金のオッドアイ。
エスエフ界の人間の中じゃ、あの一族は明らかな異種だ。
つーか、混血だよな。
あのオッドアイどもは……おそらくは『女王の世界』の末裔。脈々と続く血の記憶ゆえに、『女王の世界』に望郷の念を抱いているのだ。
この世界のどっかの星に、かつて女王の世界があったんだろう。
昔、レイが居た世界によく似た……
てか、本当に似てるだけなのか?
レイとオッドアイたちの気はあまりにも……
《………》
……ま、いっか。
聞くだけ、無駄だ。
答えるはずがない。
ムカつく顔で笑われ、答えをはぐらかされるのが落ちだ。
オジョーチャンの敵『上位者』のことを聞いてみた。
が、芳しくない。
ナターリヤと接触している映像記録は取れなかったそうだ。
ま、そんなとこだとは思ってた。
いや〜な予感がする……
オレの十一人の女は、みな死んだ。
死は、肉持つ者には避けられない運命。
十二人目のオジョーチャンも、いつかは逝くが……
あと二ヶ月足らずでお別れじゃ、早すぎだろ?
できるだけ長くオレを楽しませてくれよ、オジョーチャン。




