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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
女王蜂 ― пчела-царица
91/236

真の『勇者』とは……

 幼い頃から、ぼくは依代だった。


 災いが訪れる度に、祓える方がぼくに降りてくる。

 何それさまおいでくださいと願うこともある。が、たいていは招かれざる方が勝手においでになる。

 その災いと因縁のある神さまが、現実に関わりたいが為に適当な器を探し……ぼくが選ばれる。それだけのことなのだ。


 生き霊であろうが主神級の偉い方であろうが、拒んだことはない。

 どなたであれ、体を明け渡してきた。


 まあ、崇高な志などないのだが。

 邪悪に暴れられたら迷惑だ、住む家や知り合いをめちゃくちゃにされては困る。気分が悪い。

 正義からはほど遠い、非常に利己的な理由でぼくは器となってきた。


 ぼくにはぼくの事情があるように、神霊には神霊の事情がおありだ。

 復讐、怒り、気まぐれ、神霊の個人的な事情(わがまま)で、邪悪が祓われることも少なくなかった。


 ようするに……盗人にも三分の理、邪悪にも同情の余地ありと知っていた。

 視えていた。

 神霊側に必ずしも『正義』は非ずと、わかっていた。


 しかし、ぼくは、ただの器だ。神の行為の是非を問う資格などないし、その気もなかった。

 その奇跡を見届け、邪悪が祓われれば神霊に謝意を示し、去り行くお方を見送る……


 そんな風に、生きてきた。



 ジャンヌさんの世界で、『勇者』をやった時もそうだった。


 八十四代目魔王と因縁のある方を降ろし、魔王を退治していただけばいい。

 短絡的に、そう考えた。


 魔王の百日の眠りの間に、魔王の出身世界を探し出し、『あの方』と知り合った。

 その世界は、非常にあやういバランスで保たれていた。清らかな『あの方』の存在が、かろうじて邪悪の侵攻を防いでいたのだ。

『あの方』こそが、世界の核だったのに……

 魔王を倒す為に、『あの方』は己の命を犠牲にしたのだ。


 ぼくは何もできなかった。

 体を明け渡してしまったので、己の体を指一本動かせなかったのだ。

 ただ、『あの方』の最期を見届けた。


 魔王戦後に『あの方』の世界への転移を望んだ。

『あの方』の帰りを待つ人々に魔王戦のことを伝え、『あの方』の代わりに邪悪との戦いに身を投じる……それが、生き延びてしまったぼくの義務だと考えた。

 しかし、駄目だった。ぼくは、『あの方』の世界の神に入界を拒まれたのだ。

《残って賢者になるか、生まれ故郷に還るかの、二択だよ。おっけぇ?》と、勇者世界の神さまは無情にも告げた。


『あの方』は、あそこで死ぬべきではなかった……

『あの方』を失った世界は、建て直されたのだろうか。『あの方』の不在のせいで、滅びの道を歩んだのだろうか……


 ずっと心にかかっている。


 が、どうしようもない。


 器でしかないぼくには、何もできないのだ。


 自分にほとほと嫌気がさし、もとの世界に還ってからしばらくは荒れたが……

『西園寺くん。残念ながら、いと高き神々は人間の為に在らず、だ。しかし、みな、己が世界の存続には関心をお持ちだよ。世界滅亡の前には必ず何らかの手は打つ。たとえば……異世界勇者を召喚するとかね。キミの心を悩ませているその世界に、この僕が召喚されるかも。もちろん、そうなったら全力で戦う。十二の世界を救った勇者・櫻井正孝ならば、どんな世界であれ救えるさ』

 楽天的な神への供物(ゆうしゃ)と知り合い、ほだされ、己の運命を受け入れ、今に至る。

 未だに神の器を続けられているのは、櫻井正孝氏(リーダー)のおかげだ。



 しょせんは器。

 それ以上のことはできない。ならせめて、降りて来た方が気持ちよく暴れられるよう、(のりもの)清浄化(チューンアップ)しておく。

 ぼくが高性能となれば、いらした方自身が無茶をすることはない。そう思い、教職に就いてから怠りがちだった斎戒も、なるべくやっている。まあ、『なるべく』なのだが。



* * * * * *



 今回は、いつもの神降ろしとは違う。


 ジャンヌさんがぼくを召喚し、ぼくがユリアーンさんを降ろすという、なんとも微妙なバランスで三人がくっついている。


 混ざり合っているせいか、ジャンヌさんと会話ができ、ぼくの『視える』ものがジャンヌさんにも『視え』ている。繋がっている。

 降りて来た方(ユリアーンさん)と話せないのは、いつも通りなのだが。



 ユリアーンさんは、生前は、ロボット工学専門の科学者であり、バビロン副所長だった。

 研究都市のあらゆる創造物に、自身を最上位者――スーパー・マスターと登録済み。

 彼がバビロンのメイン・コンピューターを説得してくれたからこそ、バリアに覆われたバビロンにあっさりと侵入でき、不法侵入者扱いされずに行動できている。


 メイン・コンピューターから情報を引き出し、ナターリヤさんの潜伏箇所を推測。

 ユリアーンさんは、高機動多脚型スーツを自動走行させ、目的地へとひた走った。

 強化装甲(パワードスーツ)が、目的地への最短距離を計算し、自動車以上のスピードで走り、超大型荷物用エレベーターなどを利用し、ぼくらを運んでくれている。

 バビロンの外縁から、徐々に中央塔に向かっている。



 ぼくは、いつも通り、神霊(ユリアーンさん)の行為を静観している。


 けれども、ジャンヌさんは、ラルムさんを通じて、ユリアーンさんと意思の疎通を試みている。質問をし、時には意見までして。

 彼女は、ユリアーンさんを神霊と見ていないのだ。

『協力者』であり、『ナターリヤさんの兄』『バビロンの騒動で命を失った気の毒な人』。

 対等な存在と考えているようだ。


 だから……

 言いにくいことも、ズバッと言える。


【このスーツ、格好悪い……】

 趣味が悪いわとまで言っていた。が、ラルムさんもそこまでは通訳しなかった。


 (スーツ)というよりは乗り込み型ロボットに近いそれは、赤くカラーリングされていてトゲトゲしいデザインだ。

 全高は四メートル、全幅ニメートル程度。普通車を縦に立たせたような、平べったい造り。

 で……全長は全高以上にある。節足動物を思わせ脚が4対8本もあって、横に広がっているのだ。

 そして致命的なことに、両手の先端は二つに割れている……手ではなく、鋏脚なわけで。


【蟹よね……】

 まあ……TARA=BA=GANIだし。


【敵地に忍び込むのに、コレ? かさばりすぎじゃない?】



 強化装甲(パワードスーツ)に乗り込んだ理由を、ユリアーンさんは洗脳対策だと説明した。

「TARA=BA=GANIには、対ESP防御システムが搭載されている。外部からの指向性の精神波を遮断する構造だ」


 しかし、バビロンに着いた瞬間から妙なプレッシャーを感じている。進むにつれ、胸の鼓動が早まり、掌が汗ばみ、全身が熱を帯び……と、甘酸っぱい苦しさが募っている。

【アタシ、ずっと興奮してる。キュンキュンしっぱなしみたい。この蟹スーツじゃ、ナターリヤさんの性的魅了を防ぎきれないんじゃないの?】


「……ナターリヤの洗脳フィールドは予測以上に強力だった。ドーム外縁部にまで支配領域を広げているしな。だが、」

 ユリアーンさんは静かに笑った。

「問題ない。TARA=BA=GANIの自律脳に、行動指示を入力してある。俺がふぬけてもこいつが代わりに、なすべきことを成し遂げるだろう」


【ねえ、ラルム。ユリアーンさんに聞いて。ナターリヤさんをどうするつもりって】

 答えはわかっているだろうに……。

【ナターリヤさんは、やり過ぎだと思うわ! 自分以外の人間を全部、手下にしようだなんて! アタシも、仲間を勝手にされて腹が立ってる! お師匠様たちがどんな扱いされてるのか、すっごく心配! だけど!】

 ジャンヌさんは、きっぱりと言った。

【殺すのは、間違ってる。やっちゃいけないわ。ナターリヤさんが暴走したのは、この世界で超能力者が差別されてるからだもの】


「……他者を隷属化する能力を見過ごすわけにはいかない。……アレが女王の世界とやらをあきらめてくれれば、或いは……」


 強化装甲(パワードスーツ)が警戒音を響かせる。


「襲撃か」

 ユリアーンさんが機械盤を操作する。

 廊下に人の姿は無い。だが、センサーが複数の生体反応と熱源反応を捉えている。


 バビロンの警備システムは、ユリアーンさんが懐柔した。

 所員との接触を避けるコースを選び、透明化やら迷彩化やらの隠密機能を活用して進んできたが……ついにナターリヤさんの兵隊に見つかったようだ。


 レーザー、実弾、精神念動。

「ESP部隊とバイオロイドだな。強化装甲(パワードスーツ)を着こんでる奴も居る」

 敵の攻撃をバリアで防ぎ、蟹スーツは応戦した。

 捕獲ネット、睡眠・麻痺光線、音波攻撃……殺傷性の高い武器は使用しない気だ。

 8本足で、横歩き、時には縦歩き、へちゃっと潰れて蜘蛛みたいにわしゃわしゃ突進、足を収納して飛行型になったり……

 その動きは、既に蟹ですらない……が、実に器用に敵を避けて前進できている。

所員(なかま)を私兵化し、自分の盾にしたか……」

 ユリアーンさんのつぶやきには、怒りがこめられている……。



 一方……

【なに、これ?】

 ジャンヌさんは、動揺していた。


 ぼくと繋がっているせいで、現実に重なるように雑多な情景が見え出したからだ。

 襲撃者たちの記憶だ。無作為(ランダム)すぎて、意味すらわからぬ心象もある。


 血筋のせいか、ぼくには人には視えないものが視え、いろんな事実(こと)が何となくわかってしまう(・・・・・・・)



 襲撃者は、男性ばかりのようだ。

 ナターリヤさんに魅了され、熱烈なシンパになった男たち。

 彼らの記憶の中で、ナターリヤさんは薔薇色に輝いている。




 だが、血にまみれた記憶が混じっている……


 ナターリヤさんが、壊れた人形のように大きく両目を開いている。床に飛び散ったもの、大量の血……目も当てられない惨状を、彼女はただじっと見つめている。


『お兄さま……?』


 これは……ユリアーンさんが自殺した時の情景だ。


『ナターリヤ!』

 記憶の主が、ナターリヤさんへと駆け寄る。


 同時に、多くの者が床に倒れたユリアーンさんのもとへと走る。

 しかし、治癒の為ではない。

 頭があんなひどいことになってしまっては……亡くなっているのは一目瞭然だ。


 記憶の主が、ナターリヤさんを抱きしめる。

 体を震わせる少女を、ただ抱きしめる……


『いやぁぁぁ、お兄さまぁぁぁ』

 少女の口から悲痛な声が漏れた。




 別の記憶。

『おいおいおい。話しちまったのかよ、副所長のクローン再生は不可能だって』

 背後からかかるダミ声。

『隠したところで、いずれはわかることだ』

 そう答え、記憶の主は、ナターリヤさんを見つめ続ける。

 ベッドに座り、ナターリヤさんはぼんやりと虚空を見つめている。その顔に、生気はない。

『女王の世界をつくる。そう決めて、ナターリヤが始めたことだ。最後まで、オレは付き合うさ』




 別の記憶。

 白光が見える。

 地に落ちた太陽とも、光の爆発ともつかぬギラギラした光だ。あの神々しい光は、魂の輝きだ……マルタン様の。

『うふふ。素敵な方でしょ? あの方との間になら、女王として優秀な種を残せそうですわ』

 光を見つめ、ナターリヤさんが微笑む。

『女王の世界をつくってみせますわ。亡くなったユリアーンお兄さまの為にも……私は女王にならねばいけませんもの』




『女王』という単語を懐かしむ感情。深い敬意と愛情が伝わってくる。


 そして……

 あの情景が見える。

 ユリアーンさんの記憶にあった、不思議な世界。


 辺りは、どこもかしこもキラキラしている。

 地平線の彼方まで続く凹凸のない大地が、まるで金属のように光沢を放っているのだ。

 大地の色彩が、遠くから少しづつ移ろいゆく。赤から、紫、青へと、さざなみが押し寄せるかのように静かに、鮮やかに色が変わってゆく。

 よく見れば、小さな粒がぴょんぴょんと飛び跳ねてる。ノミみたいに。小さな生き物が群がって、光の絨毯になって大地を覆っているのだ。


 光の粒の一つ一つが生きているのだ。互いに依存し合って生存し、全体で超個体となっている……


『女王の世界』という単語が、唐突に頭に浮かんだ。


 一人二人ではない。

 同じ記憶を持つ者が、複数居る。


……伝わってくるのは、せつないまでの望郷の念だ……。




《百一代目勇者様……緊急対応をします》

 ラルムさんの声が、意識を現実へと引き戻した。

《……間もなく、抗えきれなくなりますので……護衛は土精霊に任せ、お(いとま)することにします》

 何の説明もなかった。

 何処へ何をしに行くかも告げぬまま、水精霊の存在が体内からフッと消え……

 ヘルメットのバイザーに映る情報が変化する。

 行く手を塞いでいた生体反応がことごとく消えている。

【ちょっ! ラルム! どういうこと?】

 主人(あるじ)の叫びに、返答は無い。ラルムさんの気配がまったく感じられない。


「ありがたい。瞬間移動(テレポート)で周囲の人間を運び去ってくれたのか……」

 水精霊は水から水へと渡れる。空気中の水蒸気を利用しての移動の際、空気に触れている者も共に運んだのか。

【返事ぐらいしなさいよ、バカ! どこへ行ったのよ!】


 ラルムさんが主人(あるじ)のもとから離れた理由は、すぐにわかった。

 実感したのだ。

 ぼくの魂がかき乱される。

 行く手に()るもの……まだ目に見えぬものに激しく心惹かれ……それ以外のものが全て無意味に思えてくる。

 欲しいのは、この先にある。

 彼女以外、何もいらない……


 愛しい……


 恋情が、ぼくの理性を奪ってゆく。


 彼女の下に回帰することこそが、無上の幸福に思える……


 気がづけば、ぼくらが宿るジャンヌさんの肉体は拘束されていた。

 座席から出たリングに、手首足首が固定されている。これではろくに動けない。


「このまま行く……」

 ユリアーンさんが、声を絞り出す。


 自動操縦の強化装甲(パワードスーツ)は、そのまま前進し、扉をぶち破り……



 そこへと到達する。

 天井が高い、広々と開けた空間。収納されているものは何もないが、倉庫だろうか。


 そこに、彼女は居た。

 白くまばゆい光に、よりそうようにたたずんでいたのだ。


 少女らしいなよやかな肢体。やわらかくカールした銀の髪、薔薇色の頬。可憐な唇。

 そして、右が紫、左が金の、左右で色が異なるオッドアイ。


 その姿を目にするだけで、気が遠くなる。

 激しい恋情と彼女を殺傷する自分への罪の意識が、怒涛のように襲ってくる。


 ナターリヤさんの洗脳フィールドは、凄まじい。

 対ESP防御システムを搭載した強化装甲(パワードスーツ)に守られていて、これなのだ。

 生身であったなら、なす術などないだろう。


「すまない……ナターリヤ」


【やめて、ユリアーンさん!】


 ユリアーンさんは、自らを拘束した。

 自動走行の解除は不可能だ。


 ナターリヤさんの洗脳フィールド――性的魅了は、生物に対し絶対的な力を示す。

 男ばかりか女にまで効果があり、ナターリヤさんに近づけば近づくほど強い影響下に置かれ、彼女に心酔してしまう。


 けれども、無機物の強化装甲(パワードスーツ)に洗脳は効かない。


 入力された指示通りに、TARA=BA=GANIがナターリヤさんへと突進する。

 決して、歩を止めることなく。


……間もなく、『バビロンの災い』は祓われるだろう。



【だめぇぇぇ!】


 ジャンヌさんの絶叫。


 それを耳にした途端……ふっと意識が飛んだ。





* * * * * *



 そして……


 見慣れた天井が……。


「西園寺くん」

 にじんだ目に、知った顔まで映る。


「……リーダー?」


「風呂場で溺れたんだって?」

 ハハハと明るく笑う男が枕元に座っている。

「ま、礼はシュバルツに。介抱したのも、彼女だから」


 体を起こし、布団の上から周囲を見渡すと、

《どうぞ》

 リーダーの横の精霊(シュバルツさん)がメガネを手渡してくれた。

「どうも……」

 頭を下げて、愛用のメガネを受け取った。


 視界がはっきりする。

 何処をどう見ても……ぼくの部屋だ。


 なぜ戻ってしまったのだ?


 なにも視えない。

 いざという時は、いつもこれだ。

 ぼくの力では、視たいと思うものは視られない。

 漫然と流れてくる意味があるかないかわからぬ情報(もの)を、ただ視るだけ。ぼくの能力は、その程度のものなのだ。


「アリスくんとユウから事情は聞いている。教えてくれ。キミが降ろしたものが、ジャンヌくんのピンチを救えたのかい? エスエフ界の騒動は何だったんだ? やはり上位者が絡んでいたのか?」


 教えるも何も、事情がさっぱりわからない……。


 かいつまんで、何があったのかを説明した。


「むぅ……」

 リーダーは神妙な顔となり、腕を組み、目を閉ざした。

 憑依させている精霊たちから意見を聞いているのだろう。


「召喚の術自体が無効になったんだろうなあ。強制送還されてるし」


「どういうことです?」


「可能性その一、ジャンヌくんが急死した」

 器が亡くなれば、降りて来たものはもとの世界に還される。確かに、それは道理だ。

「そうとは思いたくないし、違うような気はするがね。まあ、僕の勘だが」


「可能性その二は?」

「召喚に用いたアイテムの破損」

 サイン帳が破けたか、濡れたか、無くしたか、か。確かに、これもありうる。召喚術の大元となっているマルタン様の書付が壊れたら、術自体が壊れるだろう。


「僕としては、可能性その三が有力だと思うよ」

 リーダーがフッと笑う。

「ジャンヌくんが術を打ち破った」


 ジャンヌさんが?


「兄妹の争いを止めようと必死だったんだろ?」

 それはそうだったが……

「兄とキミを追い出して、体の自由を取り戻す。その後、手足の拘束もひきちぎって、自動走行中の強化装甲(パワードスーツ)を緊急停止させたんじゃないかな?」


 どこぞの怪力超人じゃあるまいし。

 いや、そもそも無理だ。

「彼女には魔力も霊力も無いんです。マルタン様が組み立てた召喚魔法を無効にできるはずがありませんよ」


「できるよ」

 リーダーが、キラッと歯を輝かせて笑う。


「ジャンヌくんは勇者だから」


 勇者……


「『勇者の馬鹿力(バカぢから)』で奇跡を起こせる」


 あ。


「残りHPが1になった途端、異常に回避率があがる。

 仲間全員が戦闘不能に陥った後、勇者の攻撃にクリティカルが出やすくなる。

 MPが尽きた勇者が、蘇生魔法で仲間を復活させる、等々。

 ぼくの師、賢者モーリスは言っていたよ。『勇者の馬鹿力』は、勇者の強い意志が引き起こす奇跡だって。どんな奇跡をどんな形で起こすのかは、勇者次第だ」


 勇者の馬鹿力……


「兄妹を救いたいと、彼女が心から思ったのなら……奇跡は起こっただろう」


 あの世界の勇者は、基本(デフォルト)で神さまから特典を貰う。究極魔法、勇者(アイ)、自動翻訳機能……

 そして、勇者の馬鹿力。

 だが、すべての勇者が、奇跡を起こせているわけではない。起こせるか否かは、勇者次第。勇者の馬鹿力は勇者にとっても、一生に一度、あるかないかの、フィーバー状態なのだ。



 あの時……

 強化装甲(パワードスーツ)TARA=BA=GANIはナターリヤさんへと突進していた。

 ナターリヤさんを殺して決着をつける……それが降りて来た方(ユリアーンさん)の意志だった。

 ぼくは、器としてただ事態を静観していた。

 ほどなく、巨大な機械に華奢な少女が踏み潰されると知りながら……。


 だが、ジャンヌさんは、ユリアーンさんを止めようと必死だった。


 叫んだところで、その声はユリアーンさんには届かず、指一本動かせない。

 体を明け渡しているのだ……神のなすことを、ただ見つめるしかない。

 器とは、そういうものだというのに……


 彼女は抗ったのだ。


 勇者ゆえに。



「西園寺くん?」

 リーダーが不思議そうに、ぼくを見る。

「どうかしたのかい?」


「いいえ……」

 おかしくって、たまらない。


 精霊以外にろくな攻撃手段がなく、師に依存しきっている、未熟な勇者。


 そう思い、先輩としてあれこれ助言をしたが……


 余計なことだった。


 ぼくなんかより、彼女の方がよっぽど『勇者』じゃないか。



 幼い頃からずっと、ぼくは依代であった。

 だから……何であれ、ただ受け入れ、器として神霊の行為を見届けてきた。


 神霊に抗ってまで、己を通そうなど……考えもしなかった。


 ぼくには、運命を切り開く力が徹底的に欠けていたのだ。



 勇者であった時……

 ジャンヌさんのような強さがぼくにあったのなら……


『勇者の馬鹿力』で『あの方』を強制送還し、究極魔法で八十四代目魔王にとどめをさすこともできた。


 そんな未来も……あったのだ。


 ぼくが真の『勇者』でさえあれば……。

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