エデンの果実
ユリアーンさんが見るものを、いっしょに見ていたら……だんだんやるせない気分になってきた。
どんなに飛んでも、モニターに映る景色がほとんど変わらないのだ。
高い建物も木々もない。
あるのは、眩しい空と灰色の大地だけ。
ひび割れた大地がどこまでもどこまでも続いている……
【……死の星ですねえ】
アタシの内から、サイオンジ先輩の独り言が聞こえた。
【鳥の一羽も見かけません】
動くのは、風に舞い上がる砂埃と、ぎらめく日差し、それと雲ぐらい。
エスエフ界に来てから、六日。
この世界の歴史は、アダムから習った。
だけど、たぶん……実感をもって聞いてなかった。快適なバビロン・ドームの中に、ずっと居たから。
三百年前の戦争のせいで母星は死の世界になった、
バビロンは母星を甦らせる研究を続け、その方法を見つけた。
けれども、実行できずにいる。
コストがかかりすぎると、宇宙連邦がOKを出してくれないのだそうだ。
緑も海も生き物もいない世界。
不用意に外に出れば、病気になってあっという間に死んでしまうとも聞いている。
エスエフ界の人間の大多数は、よその世界や宇宙に浮かぶ機械都市に移り住んでしまった。母なる大地を甦らせなくても、困らないらしい……。
アタシの宿敵は、魔王『カネコ アキノリ』だ。
《彼女いない歴=年齢な奴〜 一方的にリアカノ認定してた子からガチ無理されて、魔王パワーに目覚めちゃったんだねぇ 男を皆殺しにして、奴隷ハーレムをつくりたいみたい〜》てなふざけた奴。
ハーレム入りなんか嫌! お師匠様や兄さまが殺されるのも困る! と思っていた。
だけど……
勇者が魔王に負けたら、世界が滅びるということで……。
ここと同じ景色が、アタシの世界にも広がるかもしれないのだ……。
ぜったいダメだ。
アタシは負けちゃいけないんだ。
そう思いながら、同時に……
この荒廃しきった世界が、いつか緑の大地となることを祈った。
なんにもできないけど、なんの力にもなれないけど、そうあって欲しいと思ったのだ。
脱出ポッドが、実験場に近づいた時には驚いた。
上空から見ると、丸い山と湖があるみたいに見えたから。
乾ききった世界に突如現れた、楽園のよう。
近づいてわかった。
青黒い湖に見えたのは、水じゃない。大きなパネル。太陽光を浴びて光る大きな板がたくさん並んでいるのだ。何千も何万もあるそれは、半円形の建築物――ドームを囲んでいた。
透明な外壁を通して中のものが見える。
実験場は……緑、緑、緑。
外面の側まで、草木が迫っている。中に森がすっぽりとおさまっている感じなのだ。
「惑星改造の複合実験場『エデン』だ。大気・水・大地の除染、植物の品種改良、風力・太陽光・水力・地力等のエコエネルギーの効率化などを研究している」
中に入って、さらにびっくりした。
脱出ポッドを停めた格納庫こそメカメカしかったものの、その先は……
庭園みたいだった。
奥へと続く小道は、鮮やかな緑と色とりどりの花々に囲まれていた。
せせらぎの音が聞こえた。緑の間を、小川のように水路が走っているのだ。段々の滝になってる場所もある。すごく綺麗。
緑の濃い香りと、涼しげな水の匂いと音。
天井も、遠くに見える壁も、ガラス張りのように見える。
美しい巨大温室に迷い込んだ……そんな気分になりかける。
《ここは何なのですか?》
ラルムが尋ねる。
脱出ポッド内では水色の光だった水のラルムは、人型に変身している。肩より下の辺りで結んだ水色の長髪に、水色のローブ姿だ。
「庭園ゾーン」
ユリアーンさん(アタシに憑依中)が右手をあげ、小道の先を指差す。
「広場、畑ゾーンへと繋がる。エデンの地表部は、惑星開発の雛形。プロジェクトを進めれば母星がこうなるという、PR空間だ。機会をもうけては、連邦のお偉いさんを招いている」
おお! じゃ、将来的には、外がこうなるわけ?
是非こうなって欲しい……。
小道の先は広場だ。花々に囲まれた、屋根つきの休憩所がある。そこから庭園を眺めてホッと一休みしたら気持ちよさそうなロケーション。
「エデンにようこソ。お客さマ、フレッシュフルーツの試食ハ、いかがですカ? ジュースもご用意できまス」
休憩所には、エメラルドグリーンの子がたたずんでいた。メイドさんロボ、メイドロイドだ。ルネさんと戦ってた子とそっくりだけど、たぶん違う子。機械は同じ見た目の子が何体も居るから、混乱しちゃう。
「地下へ行く。イヴ、運んでくれ」
アタシの体に宿ったユリアーンさんがそう言うと、メイドロイドは小さな機械を差し出してきた。
「承りましタ。認証番号をお願いいたしまス」
メイドロイドは、見た目も顔も可愛い。でも、まつげやまぶたがないし、眼は開いたまま。大きなお人形が動いているよう。
ユリアーンさんから機械を返されたメイドロイドが、小首を傾げる。
「記憶しましタ。その個体を、スーパー・マスターの義体と認識しまス。おかえりなさいまセ、スーパー・マスター。エデン一同、スーパー・マスターのご指示に従いまス」
仮面みたいな顔が、ちょっと嬉しそう。表情をつくれるはずがないのに、角度によって微妙に表情ができるような。
休憩所の屋根の下に入ると、メイドロイドが「転送装置ヲ、起動しまス。目を閉じてくださイ」と注意した。
ユリアーンさんが目を閉じる。
瞼ごしに、カッ! と、まぶしい光を感じた。
で、目を開けたら……
まったく違う場所に居た。
金属の壁に囲まれた。狭い部屋。
緑の楽園とは似ても似つかぬ場所。
一瞬で違う場所に来た。
移動魔法?
アタシの疑問を、ラルムが代わりに尋ねる。
《ここは?》
「地下十階の転送室だ。エデンは地表部が緑ゾーン、地下が管理・研究施設となっている」
《機械で移動したのですか?》
「ああ。瞬間移動の機械版と思ってくれていい。空間を歪曲することで、出発地と目的地を繋げる」
部屋の先は廊下。
埋め込み式の照明がポツポツとついてるだけ。壁紙も装飾もない。バビロンの廊下とよく似ている。
「まずは情報収集だ。エデンの管制室から、バビロンのメイン・コンピューターにコンタクトをとる」
周囲を見渡すラルムに、アタシの内のユリアーンさんがそっけなく言う。
「警戒しなくていい。エデンは、無人エリアだ。管理コンピューターたちは、この体が俺の代替肉体であると理解した。スーパー・マスターの俺の命令を最優先事項と認識する」
勇者一行には、神様から自動翻訳機能がプレゼントされている。
エスエフ界の文字は読める。
だけど、管制室でユリアーンさんが見聞きしてる情報が、よくわかんない。
今、ユリアーンさんは、おでこにペタペタと端子をはりつけて、ピアノを演奏するかのように華麗にコンピューターを操作している。
で、メインやサブのモニターを、パッパと切り替えている。文字・映像・グラフ・数字が、映ったなあと思うと、消してしまう。
切り替えが速すぎて、ほとんど読めない。
《速読術を身につけているのです》
ほう?
《訓練された記憶術です。理解力の遅いあなたが一の情報を読み取る間に、彼は十の情報を把握しています。蓄積される情報量は、時の経過と共に開いていく一方です》
むぅぅ。
「ナターリヤの現在地がわからん……」
ユリアーンさんが、ため息を漏らす。
「中央塔二十八エリアから三十二エリアまで。七階層も、監視カメラが作動しない。全機故障などありえん。意図的に破壊し、潜んでいるのかもしれんが……」
モニターに円柱のような建物が映り、該当階が赤く染まる。
談話室、医療ラボ、バイオロイド研究室……見覚えのある室名に胸がドキッとする。
「理由がわからない。メイン・コンピューターが俺に従っている事を、あちらはまだ気づいていないはずだ」
《では、百一代目勇者様のお仲間が破壊したのではありませんか?》
ユリアーンさんが、首をかしげる。
「その可能性もあるか。あなた方の仲間の現在地も不明だ。中央塔でナターリヤと行動を共にしているのか、戦闘しているのか……」
心ここにあらずって感じ。ユリアーンさんは、更に素早い指さばきでコンピューターを操作する。
【ラルムさん。ユリアーンさんの思考を読んで、教えてくれませんか?】
のんびりと、サイオンジ先輩が言う。
【なぜジャンヌさんがバビロンの外に追い出されたのか、そのちょっと前の停電は何だったのか、賢者様たちはご無事なのか】
そうよ、そのへんが知りたいのよ。
【藤堂さんの推測通り、実験体が反乱を起こし、ドームを乗っ取ったのですか? 今回の騒動に、上位者は絡んでいるのでしょうか?】
どうなの、ラルム?
しばらくの沈黙。
《……今の所、高次元生命体に関する情報はありません。また、この世界の機械で上位者を察知できるか甚だ疑問です》
【騒動に上位者が関わっているかは不明。裏で暗躍している可能性はあるものの、表立っては活動していないってことですね?】
《その通りです》
なるほど。
《バビロンの障壁も、彼らの文明の産物でした》
モニターの一つに、バビロン・ドームの全景が映っている。
草木一本生えない荒れ果てた大地にある、バビロン・ドーム。
あの半円形の小型ドームは、障壁に覆われている。目には見えないけど、同時に表示されている熱分布図などの解析画面によると、ドームをすっぽり覆う形で不可視のフィールドが張られているみたい。
《移動魔法も心話も千里眼も使えないのは、対ESP用撹乱電波のせいでした》
上位者が障壁を張ってたわけじゃなかったんだ……ホッとすると、安心はできませんとラルムが強い口調で言う。
《上位者は巨大な力を有していました。異世界転移も思いのままと推測されます。英雄世界にひきつづき、エスエフ界でもあのものが百一代目勇者様の命を狙ってもおかしくないと私は思うのです》
まあ、でも、今は上位者のことはとりあえず置いといて。他の情報は?
また、しばらくの沈黙。
《エスパー部隊の隊長のレナートも、バイオロイド・チーム責任者のバリーも、ナターリヤのバックアップ・スタッフに登録されています。敵対者ではなく、彼女に魅了された信奉者のようです》
ん?
《停電後、ドーム内で戦闘が繰り広げられたわけでもないようです。実験体の反乱ではなく、行われたのは非常戦闘訓練でした》
非常訓練?
《二日前に、本日非常戦闘訓練を行うと、ナターリヤは連邦や付近の軍施設には通知を出しています。ドームに防御バリアを張り、ドーム内外で軍事演習をすると》
あの停電からして、訓練?
でも、アタシ、殺されかけたのよ。
レナートさんに運ばれた先は、欠陥ポッドのまん前。酸素供給装置が壊れてたのよね? ラルムが居なかったら、窒息死してた。
なのに、訓練?
《はい。要救助者誘導の訓練プログラムにのっとって、レナートはあなたを運んだだけのようです》
んじゃ、酸素供給装置が壊れてたのは偶然?
《わかりません。ユリアーンは、脱出ポッドのメンテナンス情報も調べていました。今の所、第三者が脱出ポッドを弄った形跡は無いようです》
むぅ?
【あなたを運んだ人と、脱出ポッドを壊した者は、別人でしょう】
のんびりとした口調で、サイオンジ先輩が言う。
【あなたを運んだ人に殺意がなかったからこそ、『絶対防御』が働かなかったのです】
へ?
【ジャンヌさんは、『絶対防御』の発動条件をご存じですか?】
むむ?
『絶対防御』は、あらゆる敵意・攻撃から、アリス先輩を守る力でしょ? 発動条件……ありましたっけ?
【ほぉら、ご存じない】
愉快そうに、サイオンジ先輩が笑う。
【藤堂さんも『勇者の書』に書き残しませんでしたからね、勇者世界の人間でもご存じの方は一握り、いえ、そちらで時が流れた今ではゼロかもしれない。けれども、何故か犯人は『絶対防御を発動させずに、勇者ジャンヌをバビロンから追い出す』事ができた。絶対防御のからくりを知っていたとしか思えません】
犯人って……誰?
【さあ? 状況からすると、ナターリヤさんっぽいですが】
え?
そうなの、ラルム?
《わかりません》
ラルムが首をかしげる。
《コンピューターから伝わる情報は、事実だけですので。ナターリヤや超能力者たちが何を思って行動したのかは、私もユリアーンもはかりかねています》
ナターリヤは心が読めない人間ですし、とラルムは付け加える。
《事実だけをお伝えします。まず、バビロン副所長ユリアーンが亡くなったのは、三ヶ月と十三日前。事故死として処理されています。『メモリー・バンクの障害の為に再生を保留中、障害復帰次第クローンを目覚めさせる、それまではナターリヤが副所長代行を務める』、そのように連邦には伝え、同時に反乱分子を粛清したようです》
【粛清ですか。穏やかじゃありませんね。具体的には何をしたのです?】と、サイオンジ先輩。
《洗脳がかかりづらい者を、病気療養の名目でコールド・スリープで眠らせたのです。死刑にしたわけではありませんが、覚醒日時の設定もしていません。処置を施したのは二十三人、ほとんどが女性でした》
【異分子を排除し、支配を磐石にしたのですね】
《そうです。しかし、最近までナターリヤはこれといった活動をしてませんでした。従来通りの兵器開発を、信奉者たちに続けさせていただけなのです》
【ほう? 『女王の世界をつくりたい』と言っていたのに。『全体で超個体となる』ような世界に女王として君臨するんですよね。あと『女王として、次代に優秀な種を残す義務がある』とも言ってました。それらしい活動をまったくしてない?】
《何もしていません。情報を見る限り、ですが》
【ふーむ。なら、良心の呵責かなあ。目の前で、お兄さんが自殺したのです。人としての情が残っていたら、精神的外傷となったでしょう。自分の選択は正しかったかと、自問自答するでしょうし】
……そうよね。
《ナターリヤが明らかな異常行動を始めたのは、勇者一行が出現してからです》
【あはは。ジャンヌさんの登場に、ハッスルしちゃったわけですか】
む?
アタシのせいで、ナターリヤさんがおかしくなった……?
《違います。群れの構成員に惹かれたのです。交配相手に足る男性の出現が原因と思われます》
マルタンのせいか。
お兄ちゃんの自殺のショックから立ち直るほど、マルタンがいい男だった……てこと?
サイオンジ先輩が明るく笑う。
【マルタン様の聖気は、ピッカピカに神々しいですからねえ。視える人間には、たまらなく魅力的ですよ。惹かれるのも、わかります】
へー そーなのか。
《更に言えば、勇者一行は彼女にとって未知の技術を所持しています。彼女が殊に興味を示したのは『異世界転移』でした。その技術を『超能力星間移動技術』と考え、習得できないものか、賢者に質問している場面もありました》
ほほう。
《それに対して賢者は『あなたは我々の神の加護を受けていないゆえ、教えたところで異世界転移の法は発動すまい。出界を望むのなら、この世界ならではの方法を探られた方がいい』と答えていました。あれで、『超能力星間移動技術』を我が物とするには群れを手に入れるしかない……その結論に至ったのではないでしょうか》
【それで、ジャンヌさんにカリスマ勝負を挑んだ。群れを丸ごと奪おうと頑張ったものの、藤堂さんの絶対防御に阻まれ、ジャンヌさんを負かせなかった……】
サイオンジ先輩が、のほほんと言う。
【ああ……何となくわかりました。めんどくさくなって、ナターリヤさんはジャンヌさんを放り出しちゃったんだ。絶対防御の性質を何処で知ったかは謎ですが、あの形なら『事故』と説明できますし。その上、絶対防御が消えれば、誘惑し放題。マルタン様も賢者様も、洗脳して自分のものにできます】
マルタンと……お師匠様を……自分のものに……?
マルタンだけでなく、お師匠様まで……?
えぇぇ?
ちょ!
それ本当ですか?
【ええ、たぶん】
そんな!
【ついでに言うと、ターゲットはお二人だけではない。彼女は精神生命体の精霊や幽霊、エスエフ界に居ない老人にも興味を持っていたみたいですし。本命はマルタン様、優秀な種候補としてその他の構成員も確保ってところでしょう】
え〜
【いやあ、たいへんだなあ。このままじゃ、ジャンヌさん、伴侶たちと賢者様をナターリヤさんに盗られちゃいますねえ】
お師匠様が盗られる……?
胸がチクンと痛む。
それに……
ニコラは八才よ? 交配とかマズイでしょ!
ルネさんも、お嬢さんが居るのに! セザールおじーちゃんなんて、孫まで! 家庭崩壊のピンチになるわ!
マルタンだって……いや、あんな奴、どーなろうが知ったこっちゃない。でも、洗脳して無理やりは良くないと思う! マルタンにはマリーさんって彼女も居るし!
そーよ! 無理やりはダメ! レイは、アタシの精霊だし!
双方合意の恋愛なら……それは、まあ、仕方ないけど……
【あはは。のんきな心配してますねえ。伴侶が一気に五人も減るのに。一人欠けても託宣が叶わなくなるんでしょう?】
!
そーでした!
【賢者様が居なきゃ、異世界転移もできないでしょうし】
う。
一応、呪文とか習いましたが……一人でやれと言われても……無理……
【伴侶たちと賢者様を取り返さないと、あなた、魔王に負けますよ】
お師匠様、みんな……
もう……洗脳されちゃった?
それとも、今、誘惑されてる最中?
耳をつんざく警報が鳴り響いた。
続いて、機械音声が流れる。
――地表部に侵入者。第四ゲートを爆破し、中心部に進行中――
侵入者?
ユリアーンさんが、モニターを幾つか素早く切り替える。
こじ開けられた扉、庭園、畑の映像。
緑の広場を映すモニターもあった。
屋根つきの休憩所からメイドロイドが飛び出し、何もない宙を狙い、手刀を切る。
けれども、振り下ろしきれない。硬いものにぶつかったかのように手刀は止まり、メイドロイドは後方にふっとんだ。
休憩所に倒れこんだメイドロイドは、立ち上がれない。バチバチと火花を散らす薄い膜に縛られ、動けなくなっている。
「拘束シールドか」
ユリアーンさんが舌打ちを漏らし、機械を操作する。
――侵入者は二体。第一種ガード体制で対応します――
休憩所の周りに、わらわらと小さなメカが現れる。
別のモニターは、録画映像を分析していた。
さっきの一瞬の攻防を、機械の目で精査しているのだ。
チチチという機械音の後、映像が変化した。メイドロイドと対峙するように、ほぼ同じ大きさの塊が二つ現れる。輪郭がはっきりしないけど、人型のような?
「……隠密活動用強化装甲? 見たことの無い型だが……ナターリヤの部下か?」
休憩所周囲の映像では、小さなメカがちょこまか動いているだけ。
敵の姿は見えない。だけど……
――ガード・ロボ、12号から20号まで沈黙、24号小破、22号ショート、27号中破……――
次々に、この施設のメカが壊されてゆく。
【ものすごく強い敵みたいですね】のんびりとサイオンジ先輩が言う。
【脱出ポッドに発信機がついていて、現在地がわれたのかな? 移動したから、様子を見に来たとか? しかし、情報収集にしては派手な戦闘をしている……ジャンヌさんにとどめを刺しに来たのかもしれませんね】
え?
標的は、アタシ?
【その可能性はあります。あなたが居る限り、あなたの群れを手中におさめきれないのですから】
そんな……
《百一代目勇者様、同化します。ソル、いざという時は硬化して勇者様を守ってください》
水のラルムが人型をやめて、アタシの内側にスッと入り込んでくる。
――上層部転送装置を使用不可としました。外部からのリクエストは拒絶します――
「管制コンピューター。地下転送室を利用する。俺の移動後、自閉症モードに入れ。情報を漏洩するなよ」
――了解しました、スーパー・マスターの転送後、セキュリティ・システムを残し、エデンは自閉症モードに移行します――
頭にくっつけてた端子を一気に外し、アタシの体に宿ったユリアーンさんは立ち上がった。
「バビロンに向かう」
足元から吸い込まれてゆくような……脱出ポッドに乗り込んじゃった時と似た感覚が訪れた。
で、気づいたら、脱出ポッドよりも尚狭い場所に押し込められ、座っていた。
アタシの大きさに合わせ、中が更に狭くなる。前方から操縦桿付きパネルがぐぐんと迫ってきて、上からふってきたヘルメットがアタシの頭をすっぽり覆う。
目の前に、いろんな情報が浮かぶ。外の映像、数値、グラフ、光の点滅。ヘルメットのバイザーに映ってるんだ。
《何なのですか、これは?》
ラルムの質問に、ユリアーンさんが答える。
「軍事用強化装甲TARA=BA=GANIに乗った。このままバビロンへ行く」
スーツ?
服なんですか、これ?
【乗り込み型ロボットのコクピットみたいですね。いやあ、メカメカしい♪】楽しそうにサイオンジ先輩が笑う。
「TARA=BA=GANIは、対ESP防御システムを搭載している。これを着ていれば、ナターリヤの洗脳フィールドに対抗できる……はず」
語尾を濁しながら、ユリアーンさんが前方をみすえる。
「転送装置、起動しろ。バビロン外縁部、第二格納庫に送れ」
外を映すモニターの一つがピカッ! と光った。
そして、その光が消えた時……アタシは……




