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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
少女の旅立ち
9/236

心盗人(こころぬすびと)

「あなた方は、騙されています」

 馬車の中で、今日もテオは絶好調だった。


「あの男は悪徳霊能者です。言葉巧みに客の不安をあおり、自分に依存させ、宝石を売りさばいているのです。宝石商とつるんでいるのでしょう」

 テオは、ドロ様は詐欺師なのだと言い張っている。


「あの占い師の言いなりに仲間を増やすのは反対です。あの男にとって都合がいい、無能者の顧客を紹介されかねません」

「ちがう。アレッサンドロさんは、そんな人じゃないよ」

 ん?

 クロード?

 いつになく口調が強い。

「アレッサンドロさんは、いい人だよ。ボクなんかの話も、ちゃんと聞いてくれた。あの人がジャンヌのために真剣に占ったんだ、ぜったい、すごい仲間に出あえるよ」


「あの男が有能と思い込んでいるだけの人間かもしれません。仲間にする人間の技量は、精確に見極めなくては。魔王に『百万ダメージ』以上を与えられる人間のみを仲間に加えるべきです。無能者は要りません」

「う」

 そこで、クロードは、黙りこむ。

 今のは……クロードにはきついわよね。初級魔法『ファイア』すら使えない魔術師なんだもん。

 今日もアタシは目隠ししてるから何も見えないけど、鼻の頭を赤くしてうつむいているんだろうな。


「わかったわよ、テオドールさん」

 アタシは大きな声で言った。

「仲間候補には、みんなが先に会って。みんなが反対するような人なら、アタシは対面しない」

「それが無難ですね」と、テオ。


「だけど、どんな細心の注意を払っていても、事故はあるわ」

「事故?」

「ポロッと目隠し外れちゃうとかで、アタシがうっかり萌える事、あるかもしれない」

「事故は未然に防ぐべきですね」

「うん。でも、萌えちゃったら、もう取り返しはつかない。どうしたって、その人、仲間入りでしょ? そうなったら技量がどうのと責めないで、仲間として受け入れて欲しいの」


「………」


 あ、あら? やだ、なに、この間。


「了解しました」と、ちょっと硬い声。

「相手の技量不足を責めるより、建設的に、多少なりとも活用する方法を考える事にしましょう」

 うん、テオもわかってくれたみたい、よかった。


「ジャンヌぅぅ……あっ、ありがとぉぉ」

 アタシの左から、えっぐえっぐとしゃくりあげるような声が。

 ったく、もう……

「今はへっぽこでも、いいのよ。魔王戦までに強くなれば、あんたの勝ちなんだから」

「ありがとう、ジャンヌぅぅ! ボク、頑張るよぉぉ!」

 どわっ!

 抱きつくな! 頬ずりするな、バカ! 冷たいわよ!


 兄さまがクロードを剥がしてくれた。

 けど、頬が濡れちゃった。

 ハンカチでゴシゴシした。

 涙ならいいけど……鼻とか口とかから流したものじゃない事を祈りたい……



 馬車が止まった。

 ドロ様の占いの館の前に到着したみたい。


「ジャンヌ。人通りがある。危ないから、俺が連れて行くぞ」

 ヒョイと抱えられた。

 うへ。またお姫様抱っこぉ? やだ、恥ずかしいよ〜

「暴れるな、危ないぞ♪」

 なんで嬉しそうなのよ、兄さま……


 兄さまに抱っこされたまま、馬車の外に出る。


 見えないけど、確かに昨晩とは雰囲気が違う。


 昼前だもんね。

 ざわざわと街の音がする。

 物売りの叫び声。女性達の会話。荷馬車の音。

 目隠しして歩くのは、確かに危ないかも。

 そんな音がどんどん小さくなってゆく。表通りから横道に入ったのかな。占いの館って狭い通りにあるっぽい。



「何しやがるんだ! このデカブツ!」

 ん?

 子供の怒鳴り声?

 アタシのすぐそばで、ジタバタと地面を蹴る音がする。


「痛たたたたッ! 離せ! 離せよ! いたいけな子供に何すんだ、警備兵に訴えるぞ!」


「構わないぞ」

 む?

 アラン?

「呼んで来い。困るのは、俺ではない。おまえだ」


 なにごと?

 アタシは、ちょっとだけ目隠しをズラした。


 予想通り、あまり広くなくて、昼なのに薄暗い通り道。

 左右に白い建物が並んでて、すぐそこに占いの館の看板が見えていて……


 両手剣を背負った蛮族戦士が、子供の右手首を左手でつかみ、高々と持ち上げていた。

 汚れたシャツとズボンの痩せた子供は、半泣きになっている。まだ十二ぐらい?


「なにしてるの、アラン!」

 振り返りもせず、傭兵が答える。


「この子供は、スリです」

「え?」

「あなたと兄君に、接触しようとしました。暗殺者の可能性もある」


 子供は「ちがう!」と大きく首を振った。

「急いでただけだ! 前、見ないでつっぱしったのは悪かったけどさ、あんたらだって悪いよ! 並んで道ふさぐなよ、バカ! 邪魔なんだよ!」


「ごめんなさい」とアタシは言いかけたんだけど、

「嘘をつけ。俺が体をずらしても、こちらに追従しただろ? 明らかな意図をもって接触しようとしていた」

 アランはきっぱりと言い切った。


 子供は口を閉ざし、おっきな目でアランを睨みつけている……


 メガネのフレームを持ち上げながら、テオがスパーっと言い切る。

「スリであれ暗殺者であれ、犯罪者です。警備兵を呼びます」


 子供の顔色が変わる。


「ちょっと待って!」

 アタシは声をあげた。

「何かをスラれたわけでも、刺されたわけでもないのよ? ぶつかりそうになっただけでしょ? 警備兵とか大袈裟よ」

 子供の服は汚れているし、髪の毛はボサボサ。目ばっかり大きくって、痩せてる。食べるものも食べてないような……


「あなたには、自覚が欠けています。ご自分がどれほど重要な存在か、少しはわきまえていただきたい。暗殺の芽は、早い段階で潰すべきです」


「だけど、その子、ただ走ってただけかも」

「そうだな、少なくとも暗殺者ではない。俺は殺気を感じなかった」

 と、兄さま。ありがとう、味方してくれて!


「何を、愚かな事を。暗殺者が敵意を露わに接近するとでも?」

 テオが眉をひそめ、溜息を漏らす。出来の悪い生徒達を嘆く先生のように、頭を軽く振りながら。

「その子供が白か黒かは、専門家に調べていただけばいいのです。潔白ならば、尋問されたとて何ら問題はないはずです」

「でも」

「まあ……叩けば幾らでも埃が出ると思われますが。見るからに、教養にも礼儀作法にも欠ける、社会の底辺の子供です。この年齢に育つまでに何らかの犯罪に手を染めているでしょう」

 メガネの奥のテオの目には、蔑みの感情がこめられていた……


 な?


「なにさまよ、あんた?」

 頭にカーッと血が上った。


 兄さまの腕から飛び下り、アタシは蛮族戦士の背に向かい叫んだ。

「アラン! その子を離して!」


 裸戦士が、肩越しに視線を返してくる。

「その子がスリでも暗殺者でもいいわよ! 今すぐ離してあげて!」


 学者様がアタシの横から、傭兵へと命令する。

「アラン! この方の命令を聞く必要はない。無分別な子供のたわごとです。聞き流しなさい」

 そして、テオはアタシを叱りつける。

「一時の感情で、行動をとってはいけません。冷静におなりください。あなたの死を望む組織もあるのですよ? 事が起きてからでは遅いのです。何ごとにおいても、精査こそが肝心で」


「あ〜 も〜 うるさいわね!」

 アタシは声を荒げた。


「お金持ちにも犯罪者は居るし、貧しくても心が清らかな人も居るわよ! 勇者はね、弱きを助け、強きをくじくの! あんたが上から目線でこの子を見下すなんて、勇者として許せない!」


「落ち着いてください。こんな街中でご自分の素性を、そんな大声で」

「ンな事は、どーでもいい! アタシは怒ってるの! あんたに!」

「私に?」

「あんたの正義は不愉快! アタシはいいとこのお嬢さまだったし、お師匠様に引き取られてからだって大事にされてきた! すっごく恵まれた育ちよ! 貴族のあんただってそうでしょ? 生活の苦労をした事ない奴が、恵まれない人を見下すとか、わけわかんない! 偏見で正邪を決めつける奴なんて、大っ嫌い! そんな傲慢な奴、歴代勇者にもその仲間にも居なかったわよ!」


 テオが眉間にしわを寄せる。

 いかにも反論あります! って顔。

 だけど、口は閉ざした。


「テオドール様。この子供は解放します」

 子供の右手を掴んだまま、アランが言う。

「雇用主の意向ですので。雇用主が正常な判断力を有している限り、その命令に従うのが傭兵のルールです。勇者様と他の方々のご意見が別れた時は、俺は勇者様に従います」

 アラン!

 胸がジーンとした。

 腰布一枚のその格好はアレすぎるけど……いい奴!


 ジョゼ兄さまは、よく言ったって感じで頷いてくれた。

 クロードは胸の前で両手を組み合わせて、『ジャンヌ、かっけぇー』とか言っちゃってる。

 お師匠様は、いつも通りの無表情。


「おい、おまえ。先ほどの行動は不問にしてくださるそうだ。立ち去れ」

 アランのごつい手が手首から離れても、子供はムスッとした顔のままその場にたたずんでいる。

「けっ! えらそうに。痛い目に合わされたのに、感謝して立ち去れってか?」

「牢屋に入らずにすんだのだ、当然だろ? 手癖の悪い坊主」

 え?

「ちょっと、アラン。その決めつけはひどくない?」


 手首をさする子供と目があった。

「あ! 痛ったたた……」

 子供が顔をしかめ、手首をおさえる。

「どうしたの?」

 そばに駆け寄った。

「平気?」

「だ、だいじょうぶ……ちょっとだけ……あ! 痛っ……」

 手首を痛めたのかしら? もしかして、骨にヒビが?

「お医者様に診てもらう?」


「勇者様……まさか治療費を支払われるおつもりですか?」と、アラン。

「当然でしょ、こっちがケガさせちゃったのよ?」

「おやめになった方がいいと思いますが……」

 アランは『見るからに、芝居じゃないですか』とか言う。

 テオは大きく溜息をつくし……


 何なのよ、あんたたち?


「ボクが治すよ」

 クロードがダダダ〜っと駆け寄って来る。んで、ローブの裾に足をとられてドベっと……

「まかせて! 捻挫や肉離れぐらいなら、魔法で癒せるから!」

 けど、元気だ。立ちあがり、クロードは笑顔を輝かせて子供へと迫った。


「……いいよ」

「えぇっ! で、でも、」

「もう痛くないから」

「そ、そう……?」

 幼馴染(クロード)が、しょぼんとうなだれる。


 子供は、アタシやアラン、クロード、兄さま、テオ、お師匠様を見渡し、それからアタシに視線を戻し、ポツリとつぶやいた。

「……バカばっか」

 ん?

 なに?

 今、何って言った?


 ライトブラウンのショートヘアーで、痩せて汚れてはいるけれどもかわいらしい顔をした子だ。大きなヘーゼルの瞳は、小鹿みたい。

 女の子でも通りそうな顔が、ニッと笑う。

「ま、いっか。あんたガキすぎるけど、気立てがいいし……おまけしてやらあ」


 おまけ?


 子供が顔を近づけてくる。


「色気はねーけど、かわいいよ……」


 囁き声が聞こえた……

「またな、……勇者のねーちゃん」


 アタシの左頬に、あたたかでやわらかな唇が……



 胸がキュンキュンした。



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと九十三〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 アタシが茫然としてる間に、子供は消えてしまった。


「っくそ! 何処に行った?」

 兄さまが凄い形相で、上を見上げている。

 裸戦士のアランも、テオも。


 左頬に触れた。

 まだドキドキしている。

『かわいい』なんて囁かれてキスされたの……初めて。


「へーき?」

 すぐそばにクロードが居た。大きな緑の目でジーッとアタシを見てる……

「平気よ。びっくりしただけ。さっきの子は?」

 幼馴染は、上を指さした。

「ピョンピョン、スルスルって屋根までのぼってって、見えなくなった。クモ男みたいだった」

 クモ男……


「アラン! さっきのふざけたガキは、どっちだ?」

 ぎりぎりと歯ぎしりしながら、兄さまが落ち着きなく周囲を見渡す。

「どっちの方向に居るか見当がつくだろ? 気配を追うとか……できるよな? 凄腕の傭兵なんだから」

「できませんよ、無茶言わないでください」

 え?

「あからさまな殺気を漂わせているのならともかく……雑多な気に満ちた街中で、一人の人間の気を追えるわけないでしょう? 超能力者じゃあるまいし」

 できないのかぁ……がっかり。超一流の傭兵なら、その手の第六感が発達してるかと思ったのに。むぅ。


「ジャンヌは先ほどの子供に萌えた。あれは七人目の仲間となったのだ」

 お師匠様が淡々と言う。

「ジョゼフ。仲間内での私闘は禁じる。あの子供に一切の暴力を振るうな」

「馬鹿言え! あのガキは、俺のジャンヌに汚らわしい行為を働いたんだ! ぶん殴って、ぶん殴って、ぶん殴ってやる!」

 ちょ。 兄さま。

 あなたの拳は凶器なのよ?

「繰り返すぞ」

 お師匠様が、無表情だけど凄い気迫で兄さまを見つめる。

「私闘を禁じる。おまえはジャンヌの仲間となったのだ。賢者の言葉に従え」

 兄さまがギン! とお師匠様を睨む。

「うるさい! あんたの指図を受けんっ! あのガキには制裁を加える!」


「そうか……ならば、おまえはジャンヌの側には置かん」

「なに?」

「私は、勇者ジャンヌを十一の異世界へと誘わねばならん。仲間数人を伴っての旅だが……私の言葉が聞けぬのなら、おまえを常に置いてゆく」

「な?」

「異世界では、ジャンヌが危険な目に合うこともあるだろう。だが、側に居らねば何もできんぞ」

「……貴様」

「ジャンヌを守りたくば、私に従え。私闘は禁じる。いいな?」


 兄さまの顔が、見た事もないほど怖いものになる……


「あいかわらずだな……冷酷で、胸くそが悪い奴だ……」

「ジョゼフ」

「……『お言葉のままに、賢者様』。『俺は全てのご命令に従います』」

 兄さまが、ふいっと顔をそむける。


 なによ、この険悪な雰囲気……


 兄さまとお師匠様って、仲が悪いの?


『だいじょうぶ? ジョゼぇぇ』と近寄ってった幼馴染は、兄さまに拳で払われていた。


「おまえが納得したのなら移動しよう」

 兄さまの敵意を感じているのかいないのか、お師匠様は無表情のままだ。


「あの子供のもとへ行く」

 へ?


 お師匠様が平坦な声で言う。

「私は賢者だ。移動魔法が使える。過去に訪れた場所や知人の現在地ならば、瞬時に跳べる。あの子供はおまえの伴侶として仲間入りしたのだ。あの子供が何処に居るのかわかる」






 そうして、アタシ達が導かれた先は……

 知っている場所だった。


「ようこそ、占い師アレッサンドロの館へ、勇者さま、賢者さま、お仲間のみなさま」

 占いの館のドロ様のお部屋。

 テーブルのとこに、ドロ様が座っている。

 そして、その横にあの子供が……顔を布でゴシゴシと拭いている。


「ああッ!」

 兄さまが子供を指さして、すっとんきょうな声をあげる。

 布から半分顔を覗かせた子供が、ものすごいスピードでイヤそうに表情をゆがめた。


 ドロ様が渋いお顔をしかめ、脇の子供をジロリと睨んだ。

「リュカ、おまえ……何かやったな?」

 リュカ……?


「ドロ様、その子と知りあいなんですか?」

 と、アタシが尋ねると……

「ドロ様ぁ?」と、横目で占い師を見た子供がゲラゲラ笑いだし、

「お嬢ちゃん……アレッサンドロなら、愛称はアレとかアレックスじゃねえか?」

 ドロ様は、ちょっぴり苦々しい笑みを浮かべる。

 う〜ん、確かに、そうなんだけど、アレックスって顔じゃないのよねえ。ドロ様のが、しっくりくる。


「このガキは、まあ……年齢(とし)の離れた弟というか……」

 しつこく笑い続ける子供を、ヘッドロックしながらドロ様が言う。

「こいつ、何か馬鹿をやらかしたのかい? だったら、すまん。代わって謝るよ」


「兄じゃねーだろ? しいて言や、パパだ」

 パパぁ?

「あんた、おふくろの情夫(おとこ)の一人だったんだからさ」

 ニッと笑って、子供がドロ様の腕からするりと逃げる。

 あれ? さっきの子……よね?

 でも、やつれた感じがなくなった。

 細いことは細い。けど、肌は日焼けしてるし、顔はイキイキしてる。健康そうだ。

 くりくりとした目が可愛い……

 テーブルに化粧落としの瓶があるし……お化粧で痩せた顔をつくってたの?


「パパ〜」

 抱きつこうとした子供を、ドロ様が拳骨で殴る。『ンなデケぇ息子(ガキ)、居ねえよ』と。

 美少年が野生的なおじ様に『パパ』だなんて……

 それって、まるで……

 やぁん……


「まあ、ちょいと事情(わけ)ありでね……うちにたまに顔を出す、半野良(のら)ネコみたいなもんさ」


 ものすごい目つきの兄さまやおろおろしているクロードに、男くさく『すまない』と頭を下げてからドロ様が子供に聞く。

「で? リュカ、何をした? 勇者さまご一行相手に、仕事したのか?」

 仕事?


「……運だめし」

 リュカと呼ばれた少年が、軽く伸びをする。


「あんた、前にうさんくさいお告げをしたじゃん。『運命の星に出会い、その巨大な星を守り、共に戦うのが、おまえさんの宿命だ……』とか、なんとか」

「ああ、教えたな」

「その運命の星が、あんたの運命の星と被るか試してみたんだよ」

 少年が、ニッと笑う。何というか……ふてぶてしい表情。

「しばらく店閉めて運命の女と愉快な男たちと旅に出るとか言うからさ……どんな上玉ひっかけたのかと思ったら……」

 アタシ達を横目で見て、リュカがフフンと鼻で笑う。

「『勇者さまご一行』なわけね。なっとく」


 どういうこと……?


 首をかしげていたら、お師匠様が淡々と教えてくれた。

「つまり、あの子供はアレッサンドロの養い子。アレッサンドロがおまえの仲間となって旅に出ると聞き、興味を抱き、接触を試みてきたようだ」

 なるほど!


「アレッサンドロ、ジャンヌはその子供を仲間とした。どのような能力があるのか教えて欲しい」


「ご想像の通りだと思いますよ、賢者さま」

 フフッとドロ様が笑い、顎髭を撫でた。

「盗賊です。ヨチヨチ歩きの頃から母親に仕込まれましたからね、そこらの駆け出しよりよっぽど仕事が出来ますよ。錠前破りはお手のもの、スリの腕もなかなか。軽業師みたいに身軽だから、お貴族様の御屋敷にも難なく忍びこみます」


「……やはり、犯罪者でしたね」

 アタシの背後から、学者様の冷たい声が……

「私の人物眼の方が正しかった」

……たまたまよ。アタシ、間違ったこと言ってないもん!


 女の子みたいにかわいい盗賊が、そんなテオにニヤリと笑ってみせる。

「警備兵を呼ぶ? 仲間のオレが牢屋に入ったら、困るのは勇者様だと思うけど?」


「そのような事はしません。事故は発生してしまったのです。もはや人品を非難したところで、時間の無駄です。建設的に、多少なりとも盗賊を活用できる方法を模索します」

 背後を振り返ってみた。

 テオはふいっと顔をそむけて、目を合わせようともしてくれない。

 しょーがないじゃん、萌えちゃったんだから……。


「盗賊は、仲間にいれば心強いジョブだ」

 と、お師匠様。

「その素早さを生かして情報を集めてもらってもよい、勇者や仲間達の装備を探す旅に出てもらってもいい。盗賊がいれば我々の旅は楽になるだろう」


「お。わかってんじゃん、白いにーちゃん」

 リュカは明るく笑って、お師匠様の背中をバンバン叩いた。


 う。


 さすがに……

 周囲の空気が凍る。


 賢者様にその態度は……


 アタシはごくりと唾を飲み込んだ。


 けれども、お師匠様はいつもと同じ無表情だ。あくまで淡々と言葉を続ける。


「だが、おまえが優秀なのか疑問ではある。おまえはアランに捕まった」


「捕まったのは、生まれて初めてだよ!」

 リュカが声を荒げ、アランを指さした。


「この露出狂が、凄ぇんだって! 刹那のスリ技を見切って、神速のオレ様を捕まえたんだから!」


「露出狂ではない」

 アランが頬を赤く染める。

「災厄除けスタイルをしているだけだ」

「はぁ? くっだらねえ言い訳すんなよ。街中でみせびらかすのが快感なんだろ?」

「おまえ……年長者に失礼が過ぎるぞ」

「ケッ。変態を変態って言って、なーにが悪いんだよ。暑苦しいから隠せよ、へ・ん・た・い」


 アランがムッとした顔で、リュカへと近寄る。

 逃げる自信があるのだろう、リュカは余裕の笑顔。ぎりぎりまで引きつけて、避けてやるぜ! って感じ。意外と性格が悪い。

 しかし……

 いざ動くぞ! ってところで、リュカはこけて尻もちをついた。

 ドロ様が横から足を出して、ひっかけて転ばせたのだ。

「調子に乗んな、ガキ。アランさんは俺のお得意さまのお一人なんだよ」


 小柄なリュカの上に、マッチョなアランが覆いかぶさる。

 でもって、ギュムギュムと。

 リュカが、ぎゃ〜っと悲鳴をあげる。

 うわぁぁ……

 いやぁ〜ん。

 ドキドキしちゃう。

 アラン、ほぼ裸だし。

 危険な香りがギュンギュン……

 ドロ様との組み合わせも捨てがたいけど、こ、これはこれで!


 あ。


 見えた。

 アランの腰布の下、白だ。

 履いてたのかぁ。


 視線を感じた。

 お師匠様がアタシを見てる……


 げ。


 まさか心の中は読めませんよね……お師匠様?


「あ、あの、いいんですか? 私闘は禁止なんじゃ?」

「構わん。アランは加減を知っている」

 お師匠様は、あくまで淡々としている……


「わかった! 取り消す、変態じゃない! 厄除けスタイルなんだよな!」

「わかれば、よろしい」

 アランが手を離し、リュカが転げるように腕から逃げ出す。


 つかまれてた体をさすりながら、リュカが不審そうにアランを見る。


「その厄除けスタイルって……もしかして、すすめたの、アレックス……いや、そこのモジャ髪男か?」


「むろん」

 アランが右手を握りしめる。

「おかげで運気が上昇し、勇者仲間となれた。アレッサンドロ殿の言う通りにしてよかった」


「な、わけねーだろ!」

「そんなわけありません」

 二つの声がハモる。


「あんた、この占い男にだまされてるんだよ、バーカ!」

「あなた、この占い師に騙されているのです。愚かな……」


 ほぼ同時に罵倒の言葉を投げかけた二人は、顔を見合わせ、フンと反対方向を向いた、

 仲が悪いわねえ、リュカとテオ。

 気は合ってるけど。






 そんなわけで、アタシはリュカを仲間とした。


 兄さまはちょ〜不機嫌だし、学者様も不快を隠そうともしない。気の弱い幼馴染はオロオロ。


 リュカは肩をすくめ『じゃ、オレ、消えるわ』と言ったんだけど……

「特に用事がないのならついて来てくれ。ジャンヌは明日にも異世界へ赴く。その前に少しでも知り合っておいた方が、互いの為だ」

 なんて言って、お師匠様がひきとめちゃった。


 これから、リュカも連れて、ドロ様の案内で仲間候補の二人に会いに行く。



 魔王が目覚めるのは、九十五日後なのに……


 目隠ししてても、わかるわ。

 馬車の中が、すっごくギスギスしてるのは……。


 どーしよう。

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