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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
女王蜂 ― пчела-царица
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バビロンの災いを祓うもの

「ぼくは、基本的にオールウェルカムなんです。災いを祓えるお力をお持ちの神霊であれば、どなたであれこの体をお貸ししています」

 なのでと、明るくサイオンジ サキョウ先輩は笑った。

「どんな神さまがいついらっしゃるか、さっぱりわからないんです。主神級の偉い方か、おっかない祟り神(たたりがみ)か、九十九神(つくもがみ)や動物霊の類か、怨霊や生霊か。誰がくるか何するかわからない、ギャンブル要素満点の憑依なんです。まあ、必ずどんな形であれ、降りて来た方はぼくの憂いを祓ってくれますので、この形の神降ろしでぼくは何の不満もないんですが」


 て、説明を先輩から聞いていたから、その時が来ても慌てなかった。



 頭のてっぺんから足の先までまっすぐに、すとーんと衝撃が走り、

 心の中を、いくつかの情景が通り過ぎてゆく。


 工具を使って、何かを作っているところが多い。

 鍋の蓋のような小型警備ロボ、白い巡邏ロボ、人間が乗り込むパワードスーツ、三体合体をする赤青黄の巨大ロボ。

 ルネさんと対決していた、エメラルドグリーンの女性型ロボも居て……

 対になるように、骨組みだけの男性型ロボも置かれている。組み立て済みのフレームに、外装を被せ、好みの外見をつくれるカスタムロボット……商品名『アダム』だ。


【降りて来た方のご記憶に触れているのです】

 アタシの内から、サイオンジ先輩ののんびりとした声がする。

【降臨時の神秘体験です。花の香りを漂わせたり、精神的肉体的悦楽を依代(よりしろ)に与えたり、何の前触れもなくいきなり体を奪ったり、降臨時の神のありようはさまざまですが……今回のこれは多分、『死に際に、人生の思い出が走馬灯のように駆け巡る』ってアレです。降りて来た方が最後に見たものを、感じてるのではないかと】


 記憶の中に、時々、右が紫で左が金のオッドアイの人間達が登場する。

 普通の目の色の人間の方が圧倒的に多いけど、オッドアイの人は、五〜六人は居るような。


 そんなオッドアイたちが、一堂に集まる。

 何と言うか壮観! 

 まず格好が変だし。み〜んな、白銀のフィットスーツ。首から下が、手の指から足先まで、白銀色の薄手のテカテカ布。肌にフィットさせてるから、ボディラインがはっきり出てる。ちょっと見、裸のようなのだ。

 でもって、中央の男性以外、右が紫、左が金。同じ色のオッドアイなのだ。子供や、抱っこされてる赤ちゃんや小さな男の子までも。

 あっちを見ろとばかりに、男性がアタシの方を指差す。

 全員が、一斉にこちらに注目してきたんで、ドキっとした。

【家族の記念撮影ですかねえ、こっちに撮影機械があるんでしょう】

 サイオンジ先輩の声は、のほほんとしている。

【大切な思い出なのでしょうね。優しい感情が伝わってきます】



 記憶と記憶の間に、不思議な世界が見えた。


 稲妻が走る空には、紫や緑や青に光のカーテンが垂れこめている。

 地平線の彼方まで続く凹凸のない大地。まるで金属だ。ぴかぴかな光沢を放っている。

 その上を、ぴょんぴょんと何かが飛び跳ねていた。

 よく見れば、ツルツルの大地は光の粒の集合体だ。群れて絨毯のように大地を覆っているっぽい。

 テカテカの大地の色が変わる。赤から紫へと。ちっちゃな光の粒が、周囲と連動して色を変えているのだ。

 何がなんだかよくわからない映像だけど……

 ぴょんぴょん跳ねる光は愛嬌があって、かわいい。

 さざなみが押し寄せるかのように静かに、世界の色が鮮やかに変わってゆくのが綺麗だ。


 その変な世界に、死の星の映像が重なって見える。荒れた灰色の世界、干上がった海、ひび割れた大地、研究都市バビロン……



 そして……


『優秀な存在が下等種に支配され屈辱を舐め続けるなど、ナンセンスですわ』

 銃を構えたナターリヤさんが、歩み寄って来る。


『私、女王の世界をつくりたいのです。女王を頂点に戴き、構成員が互いに依存し合って生存し、全体で超個体となる……そんな世界をつくりたいのです』

 にこやかな笑顔で、ナターリヤさんが迫って来る。

 彼女の後ろには男の人がいっぱい居る。

 レナートさんにバリーさん。

 あとは……何となく見覚えがある人がちらほら。仲間候補として紹介された人かな? エスパーさんとか改造人間さんとか。

『もう少しフェロモンを強化しましょう。おにいさまから不要な感情が消えるように。私だけを感じ、私だけの為に生きる、忠実なものになっていただかなくては』


 この情景、見たことがあるような……


『最初の子たちの父親は、やはりおにいさまにしようかしら? 私、女王として、次代に優秀な種を残す義務がございますの』


 戸惑いと嫌悪と怒り。

 身を震わせるほどの激しい感情が、アタシの中を駆け抜け……

 アタシは右手をあげた。


『おまえの思い通りにはならないぞ、ナターリヤ』

 声の主も、右手をあげている。

……いや、違う。

 アタシは、その人間に同化しているんだ。

【そうです。記憶の再現の中で、降りて来た方とあなたは同期(シンクロ)しているんです】と、サイオンジ先輩。


『妹に手を出すほど、飢えてない』

『うふふ。抗ってみます? 無駄でしょうけれど。私たちの血……他人を従え虜にするカリスマは、私の中で真に開花したのです。私の言葉に、おにいさまは逆らえませんわ。私の方が強いのですもの』

『死んでも、ご免だな』

 アタシの頭が静かにかぶりを振る。

『公私ともに、おまえに協力する気はない。副所長の座が欲しいのなら、くれてやる』


 そこで一呼吸を置いて、アタシは言葉を続けた。

『だが、母星復活プランの提唱は続けろ。連邦(スポンサー)に逆らうな。バビロンの自治だけは守れ』

『言われなくとも、当分は連邦のご機嫌とりを続けますわ。採算のとれない母星復活プランに、連邦がGOサインを出すとは思えませんけれど。おにいさまがなさってきたことは、しょせんは自己満足です。バビロン内で平等を歌っても、大勢に変化はありません。一歩外へ出れば、』

『わかっている。エスパーもサイボーグも差別され、ロボットもバイオロイドも殺人兵器として使われている。連邦のやり方には、俺もうんざりしている。しかし、だからこそ、外と繋がり続けるべきなんだ。バビロンの創造物が外でも標準(スタンダード)となれば、彼らが活性因子となって世界はゆるやかに変化していく。俺はそう信じている』


 アタシの右手が、自分の額に触れる。

『ナターリヤ、いつESP検査にひっかかるか怖かったんだろ? 頭に抑制機を入れられ、能力は制限され、生命剥奪権を他人に握られる。エスパーの現状に、おまえが絶望しているのは知っている』

『おにいさま』

『だが、他人の犠牲の上に己だけの幸福を築いては、連邦と一緒だ。最後の願いだ……女王の世界とやらはやめろ。レナートたちの洗脳を解け。バビロンのみなは同胞だ。おまえの手足ではない』


『本当におにいさまは、意志がお強いですわ。私と向かい合っているのに、まだ反抗心をお持ちだなんて』

 右が紫、左が金。ナターリヤさんのオッドアイが妖しく輝き……

 どんどん息苦しくなっていった。体の芯から熱くなるような、猛々しい感情がアタシを責め立てる……

『おにいさまは、もう余計なことは考えなくてよろしいのよ。群れのこれからは、女王が決めることです。さあ……私のものになって……永久に幸福になりましょう』


『聞く耳持たず……か』


 むしゃぶりつきたい……

 目の前が真っ赤だ。むらむらとこみあがってくる獣じみた欲望に、体が熱く反応する。


 理性が薄れゆくのを感じながら、アタシの口元は笑みをつくった。


『願わくば、おまえに人間としての良心が残っていることを……』


 そう言った瞬間、凄まじい衝撃が訪れ……

 世界が真っ白となる。


 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じ取れない。


 真っ白な空間だ。


【自殺なさったんですね……掌に仕掛けがあったのでしょう、自ら頭部を撃ち抜いたようです。再生が不可能なように脳を破壊……死ぬ時は潔く消えたい……故人の意志を感じます】



 やがて、アタシの瞼は開き……



 降りて来たものが、ゆっくりと動き出す。

 アタシの体を使って。



* * * * * *



 目覚めたら、脱出ポッドの中に居た。


《バビロンの災いを祓える方。お待ちしておりました》

 何処からともなく声が聞こえた。


《水の精霊ラルムです。あなたが宿っているその体、百一代目勇者様に仕えています》

 声の主は、セーレーと名乗る精神生命体だった。

 しばらく話してわかった。どうやら俺は……百一代目ユーシャという異星人(いせかいじん)の体に、入り込んでいるようだ。



 俺は……


 バビロンに帰らねばならない。


 帰って、みなを救わねば。


 その為に、今、ここに居るのだ。


 異星人に精神生命体。

 興味深い研究対象が目の前にいるというのに、研究意欲がわかない。

 帰りたい、それしか思えない。


 俺はナターリヤの目の前で、脳を破壊して自殺した。

 クローン再生は不可能だ。

 身体的コピー(クローン体)は造れる。しかし、メモリー・バンクにある記憶には厳重にプロテクトをかけた。俺の記憶を所持する次の俺が、他人の手で作られることはない。


 ナターリヤに洗脳され、馬鹿げた計画に協力せずに済んだわけだが……


 俺が死んでから、どれほどの時間が流れたのだろう?

 女王の世界をつくる、みなを手足にするだ、無性化するだ、ろくでもない望みを言っていたが……実行したのか?


《そうは思えません。勇者様が対話したバイオロイド・チーム責任者も、狩人の治癒にあたった医療チームの人間も、確たる個性がありました》

 セーレーの言葉に、ぎょっとする。

 思考を読まれた?


《ええ、私達精霊は、自分よりも下等な存在を見通せますから》

 あっさりとセーレーが認める。

「……精神感応(テレパシー)か」


《思考制御(コントロール)されているのだとしても、ごく表層的なものでしょう。無性化も同様です。私が見た限り、バビロンの住人には生殖器官退化の兆候はうかがえませんでした。また、バイオロイド・チーム責任者は、愛について熱意をもって語っていました。精神的にも、無性化は進んでいないと思われます》

 だとしたら朗報だが……


 女王の世界とやらを諦めたのか?


《それはありません。あなたの妹は、群れの女王として、百一代目勇者様にカリスマ勝負を仕掛けていました。勇者様の伴侶を奪う為に》


 伴侶を……奪う?


 ドクン、と心臓が鳴った。


「どういうことだ?」

《僧侶マルタンを繁殖相手にしようとしていました》


 繁殖……?


 胸が、更に激しく動悸した。


《あなたの妹は、危険人物です。絶対防御が無い状態で接近すれば、精霊であるこの私ですら誘惑されたでしょう。雷のレイはあなたの妹を『フェロモンの塊』とたとえていました。あらゆる者を魅了し支配する生き物という意味だそうです》


「ちょっと待ってくれ」

 手をあげ、セーレーの言葉を遮った。


 ナターリヤがフェロモンの塊? 他人(ヒト)の男を誘惑しただと?


 自殺する寸前の記憶が蘇る。

 レナートたちを従えて俺のもとへやって来た時……ナターリヤは確かに美しかった。

 悩ましげで色っぽかった。その姿を見ただけで、興奮して息があがるほどに。

 別人のように蠱惑的になった妹は、俺の子を欲しがったのだ。『女王として、次代に優秀な種を残す義務がある』と妖しく笑って。


「『女王』とは何だ? ナターリヤはどんな世界をつくろうとしている?」


 尋ねたが、しばらく答えは返らなかった。


 少し経ってから、《わかりません》と不快そうな声が返る。

《あなたの妹は、思考が読めないタイプの人間です。この世界の神の加護を受けているようにも、精神障壁を張っているようにも見受けられないのですが、心の中には白い闇が広がっているだけなのです》


 思考が読めない……?

 ナターリヤの方が、この精神生命体よりも感応能力が高いということか?


《それはありえません。第八星体系哺乳綱サル目ヒト科ヒト種の精神力は、恐ろしく未発達です。肉という器に縛られている為、どうあっても進化できない領域があるのです。例外中の例外がカガミ マサタカ様ですが、あの方のように精神を純度高く昇華させられる者など他にいるはずもなく……》


 セーレーが熱をこめて何かを語り続ける。


 それを耳にしながら、俺は……

 妹のことを思った。



 あのナターリヤは、俺のナターリヤではない。


 妹を本来の姿に戻せるのは俺だけだ。


 不思議なほど、確信があった。



* * * * * *



 現在、アタシの体には魂が三つも宿っている。

 アタシと、サイオンジ先輩と、ナターリヤさんのお兄さんのユリアーンさん。

 アタシが器となってサイオンジ先輩を呼んで、サイオンジ先輩が器となってユリアーンさんを降ろしたというややこしい状況だ……。


 サイオンジ先輩曰く【あなたはコップで、ぼくはその内側にぴったりと張り付いたふにゃふにゃの紙コップ、ユリアーンさんはジュースってとこでしょう。あなたにもしものことがあれば、ぼくは破け、ユリアーンさんの魂はこぼれて消えます。あなたあっての、ぼくらです】だそうだ。

 今、体を動かしているのはユリアーンさん。

 アタシは何もできないし、ユリアーンさんとも会話できない。ユリアーンさんのやることを見つめているだけだ。

 サイオンジ先輩も、アタシと同じ状態みたいだ。でも、なぜかアタシとは会話できてる。同じ立場だからか、先輩が『人が口にしない事が、何となくわかっちゃう(・・・・・・)』神秘の人だからかはわかんない。まあ、理由はこの際どうでもいい。話し相手がいて嬉しい!



 生命維持装置は、完全に壊されていたらしい。でも、ラルムが空気をつくってくれて、ポッド内の温度を一定に保ってくれるんで、とりあえず問題なし。

 その他の故障は、サバイバルキット内の工具でユリアーンさんがパパッと直してくれた。


 ユリアーンさんは、ロボット工学が専門の科学者で、機械(メカ)をいじるのが得意なのだそうだ。

……ルネさんと気が合いそう。ルネさんと違って、ちゃんとしたお仕事(バビロン副所長)もしてるけど。


 計器のランプが灯り、さっきまで真っ暗だった大小のモニターが画像を映し出す。

 メインモニターが外の様子を映す。

 見えるのは、灰色の世界。ひびわれた大地が、どこまでも続いている。

 脱出ポッドは、地面に半ばめりこんでいるようだ。


 やがてほとんど揺れを感じることなく、ポッドは浮上した。


 モニターに映るのは、ぎらつく太陽の陽射しと、灰色の砂漠だけ。何処までも何処までも、荒れ果てた砂漠が続いている。

 ふと、【人類の歴史と宇宙連邦 ダイジェスト版】の死の星の映像を思い出した。


「実験場エデンに寄る」

《実験場?》

 アタシの代わりに、ラルムが尋ねる。ラルムはまだ水色の光の姿で、ポッドの中をふわふわと漂っている。


「バビロン外にある、惑星改造用実験施設だ。バビロンで何が起きているのか……君の言うようにレナートたち実験体が反乱を起こしたのか、全てはナターリヤの暴走か、バビロンのメインコンピューターにコンタクトをとって調べたい」


《あなたは死亡しているのでしょう? 施設を利用できるのですか?》


「メインコンピューターを含む全ての創造物に、俺はスーパー・マスターとして登録されている。死後も俺の権限は消去されない。そのようにプログラミングしてある。また、クローン体以外の仮義体を使用する事態も想定し、対応策を施してある」

 む?

「今も俺は『最も優先順位の高いスーパー・マスター』だ。新たなマスターと俺の命令が異なった場合、俺の命令が優先される」

 むぅ?


《バビロンの創造物は、今でもあなたの忠実なしもべという事ですね》

 ユリアーンさんの言葉を、ラルムが簡潔にまとめてくれる。


《百一代目勇者様は、仲間の無事を案じておられます。調べていただけますか?》

 おおお! ありがとう、ラルム!

「わかった。エデンに着いたら、その情報も収集しよう」

 ありがとう、ユリアーンさん!


「何が起きているのか、俺も気になっている……早くバビロンへ向かおう」

 モニターを見つめながら、ユリアーンさんがそう言った時……



 幻が見えた。



『ユーリーおにーちゃま』

 右が紫、左が金。

 オッドアイの幼女が、見えるのだ。

 愛らしい笑みを浮かべ、幼女が駆け寄って来る。

 すっごく可愛い子だ。天使みたい! ぽっちゃりおなかに、細い手足。三つぐらいかな?

『おにーちゃま、だっこ』


 抱き上げると、腕に重みを感じた。


 幻なのに!


 てか、アタシの目は機械のモニターを見つめ、手は脱出ポッドを操縦している。

 なのに、その現実に重なるように、幻の美幼女が見えるのだ。


【ああ、ジャンヌさんにも見えてるみたいですね。それ、降りて来た方の心の揺らぎです。でたらめに記憶が流れてきてるんですよ】

 サイオンジ先輩ののんびりとした声がする。

【降臨時よりも、はっきり見えますねえ。ユリアーンさんとぼくは相性がいいのかも。あと、心が乱れているからかな。妹さんの豹変に心を痛めておられるようですし】


 キャッキャッと明るく笑う幼女は、少しづつ大きくなってゆく。


 腕の中の重みも、徐々に増してゆく。


 美幼女は、七、八才ぐらいの美少女となった。

 やわらかくカールした銀の髪、色白で目がとても大きい。

 でも、笑顔は変わらない。

 見る者をとろけさせるような、無邪気で、キレイな笑みを、まっすぐにアタシに向けてくれる。


『ユリアーンおにいさま』

 きゃっ! ほっぺにチュッしてくれた!

『だーいすき』

 でもって、頬ずり!

 うぉぉ! プニプニ! 柔らかッ! マシュマロほっぺだわ!

『俺もだ。大好きだよ、ナターリヤ』

 ユリアーンさん、デレてる。頬がゆるんでる感覚あるもん。



 けれども……

 キュンキュンものに可愛かったナターリヤさんが、豹変する。


『アレを外してください』

 ナターリヤさんは、腕の中に居ない。

 十才ぐらいに成長した彼女は、アタシと向かい合っている。

『後一分遅かったら、レナートおにいさまは亡くなっていましたわ』

 目に涙をため、アタシを睨んでいるのだ。愛らしい顔を、めいっぱいしかめて。


『レナートおにいさまは、私をかばっただけですのに……』

 頬を涙が伝う。

『あんな危ない機械、取り除いてください。ユリアーンおにいさまなら、できるでしょ? バビロンで、おとうさまの次に偉いのですもの。できますわよね? ね?』


『ESP禁止エリアで念動を使えば、抑制機がジャミングを開始する。抗い続ければ、脳細胞が破壊され、死に至る恐れもあると……レナートも承知していたはずだ。だが、もう一度、』

 アタシと同化している人がため息をつく。

『レナートには、超能力の正しい使用法を再教育しよう。二度と無茶をしないように、な』


『あの機械に、レナートおにいさまは殺されかけたのよ! なんでそんなに冷静なの、おにいさま!』

 ナターリヤさんは涙をぬぐおうともしない。オッドアイの瞳を見開き、アタシを睨み続けている。


『アレをレナートおにいさまから外して!』

『できん』

 ユリアーンさんが、静かに頭を振る。

『抑制機の脳内埋没は、エスパー適性のある人間の義務だ。一人の例外もない。連邦法に定められている』


『なぜ……ですの?』

 右が紫、左が金。美しい瞳を、呆然と見開き、ナターリヤさんが涙を流し続ける。

『おにいさまは、レナートおにいさまがお嫌いなの? おにいさまなら、出来るのに! バビロン内のことですもの、連邦に内緒でいくらでも!』


『ナターリヤ』

 恫喝するかのような低い声を出し、体の主がナターリヤさんを黙らせる。

『ESP検査の結果は隠蔽できない。超能力者と判定された以上、レナートは生涯抑制機をつける。そうでなければ、連邦の庇護下では生きられないのだ』


『……おにいさまのバカ』

 顔中を真っ赤にして、ナターリヤさんがうつむく。

『……だいっきらい』

 消え入りそうな小さな声が耳に届き、アタシの胸はズキンと痛んだ。

 なのに、その口から漏れた言葉は、

『レナートと一緒に、おまえも連邦法を学び直せ。研究都市バビロンは、連邦の後援無しではたちゆかない。置かれている立場を、よく自覚するんだ』

 感情を殺した、そっけないものだった。



 現れては消える記憶。 

 

 溌剌としていたナターリヤさんからは、元気がなくなり、口数は減り、自室に閉じこもりがちとなって……

 向けられてくる笑顔も、つくりものめいた表情となった。


 立体映像を映す機械で、ユリアーンさんが同じ映像を何度も何度も再生する。

 オッドアイの人間が集まっている映像だ。

【中央の男女が両親……お母さんの腕の中の赤ちゃんがナターリヤさんですね。レナートくんは、すぐそばの、あの六つぐらいのお子さんかな?】

 いろんなことが何となくわかってしまう、サイオンジ先輩が独り言のようにつぶやく。

【ナターリヤさんの誕生を祝って、家族が集まった記録なんでしょう】

 中央の男性父を除いて、全員、右眼が紫、左眼が金。六人中五人がオッドアイだ。にこやかに微笑んだり、雑談したりしている。

【母方に脈々と続く、虹彩異色症。先天性の遺伝子疾患……明らかな顕性遺伝ですね】


 母親のすぐ後ろの男性が、ユリアーンさんだ。赤ちゃんを覗き込んでは、ニコニコ笑っている。

 オレンジ色の綿毛のような髪(アフロ・ヘアーだとサイオンジ先輩が教えてくれた)、白銀のフィットスーツの上に白衣を羽織った姿。

 二十代男性に見えるけど、見た目より年上だろう。ナターリヤさんは十五六歳の外見で、三十代だし。


 年の離れた、可愛い妹。

 めちゃくちゃ可愛がって、甘えさせていたのに。


 ユリアーンさん、嫌われちゃったのか……。


 ふと、兄さまの顔が心に浮かんだ。



「ナターリヤ……おまえを止めてやる」

 ユリアーンさんがポツリとつぶやく。


 止めるって……


 なんとなく、嫌な予感がした。

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