言霊と巫覡(ふげき)
「ここ何処?……なに、この日焼けマシーンみたいな、せっまい空間?」
アタシに降りて来た人は、顔をしかめつつ、視線を動かし……
そして、いきなり……
きゃぁぁぁ!
「うっは! やわらけー! 気持ちいいー!」
アタシの両手が、自分の胸をモミモミしている!
ちょ!
やめ!
あ。
はぁん……
……あぁん、ダメぇ……
「やべー! 夢じゃないのか! オレ、ジャンヌちゃんになっちゃった???」
いやん! いやん! いやん!
「て、ことはこっちも???」
きゃぁぁぁ!
やめて!
スカートめくって! 何する気?
そんなアタシの両手を、むずっとつかむ手が!
《状況確認で、百一代目勇者様の肉体を弄ぶのはやめていただけませんか? 疑問には私がお答えします》
脱出ポッド内を照らす水色の光から手だけ出ている。アタシの両手をがっしりつかんで止めてくれている……。
ラルムぅぅぅ! ありがとぉぉ! あんたをしもべにして良かったッ! 初めて心からそう思った!
《初めてって……》
何やら不満そうな水の精霊。
いいから、中の人に状況説明をして! 体を明け渡しちゃってて、アタシしゃべれないんだから!
「工エエェェ! エスエフ界? アリス先輩の魂、ジャンヌちゃんのとこ来てたのぉ? マジっすか! 起きないわけだ! 魂が無いって西園寺先輩が脅すからさ、やべーことに巻き込まれたんじゃね? って心配してたんだけど! まー 良かったわ」
アタシに新たに降りて来た人は、とことん軽い……というか下品。
胸を揉んだことも、『悪ぃ、悪ぃ。夢みてんのかと思ってさぁ』で済ませるとか〜〜〜〜〜
普通はほっぺたをつねりますよね? 胸モミモミとか、ありえない!
乙女の体をぉぉぉ!
もぉぉぉぉ、サイテー!
……次やったら、絶対、許しませんからね! 顔がひんまがるほど、ぶっ叩かせていただきますから!
「アリス先輩、今日で六日眠り姫だったんだよねー けど、リヒトさんが回復魔法切らさなかったから、今、ふつーに動けてると思う」
それは、良かった。
そこで、突然、アタシの体が笑いの衝動に憑かれる。
「実はさ、あっち、プチ修羅場だったのよ! 倒れたアリス先輩を、ご家族がアジトまで運んで来てwww なんかね、リーダーとアリス先輩のご家族、十年来の付き合いらしいのよ。オレもこのまえ初めて知ったんだけど。二人とも同じ異世界に行った仲だって、家族バレしてるんだって。『娘のことで困ったことがあったら、正孝くんに相談』が家族のスタンスっぽ」
プププと口元をおさえて、アタシの中の人が言葉を続ける。
「でさでさ アリス先輩が寝てるだけってわかったら、先輩のお父さん、態度が180°コロっと変わっちゃってwww 『すまない、娘のことは頼む。だが、正孝くん、少し話そうじゃないか。……キミ、結婚したんだって?』って、マジおこwww 『杏璃子とのことは、遊びだったのかね?』ってwww」
へ?
アタシの中の人が、手を叩いて爆笑する。
「いや、もうバクわら〜! ウケるんですけど! アリス先輩が、リーダーに弄ばれるとかありえないつーの! てか、遊ばれてるのはリーダーの方じゃね?」
む?
「けど、お父さん、ちょ〜マジでさー リーダーの胸倉つかんじゃってwww あん時リーダーまだ異世界で、シュトルムちゃんがリーダーに変化して、影武者やってたのよ。かぁいそうにwww そんでリヒトさんが、」
《九十七代目勇者様。急を要さない話は次の機会にしていただけませんか?》
ラルムが、待ったをかける。
《百一代目勇者様ご本人もお仲間も、危機に陥っているのです。一刻も早く、そのお力をお貸しいただきたいのですが》
アタシに憑いた人が、ペロっと舌を出す。
「ういーす! 悪ぃ、悪ぃ。とりま、もうちょい待って!」
そう言って、アリス先輩が書き残してくれた手帳を読み始めた。
今、アタシに降りて来ているのは、九十七代目ヤザキ ユウ先輩。
お師匠様の最初の弟子。
敵のもたらした『まがごと』を言霊によってはねかえし、災い転じて福と成す『ことかえ』で戦った言霊使いだ。
しゃべり続ける事で自分に有利な状況をつくってゆき、『も〜 ダメ! このまんまじゃ、勇者一行は全滅!』な最悪な状況さえも覆していた。
八方ふさがりな今の状況も、ユウ先輩の力ならどうにかなるかも!
そう考えたアリス先輩の助言に従って、ユウ先輩を降ろした。
ユウ先輩本人も、『留年ウェーイww 追試ワンチャンwwwのノリね。まぁ〜かせてぇ!』と言ってくれた。
でも……
「やべー ガチですごいじゃん、ジャンヌちゃんwww」
なかなか言霊使いモードになってくれないんだ、ユウ先輩が。
「エスパー暴動疑惑! 偽オシショーさま復活!? バビロンを覆う黒い結界! 侵入不可! バビロン・ドームの死闘! 勇者行方不明、奇跡の生還なるヵ!? って、マジこれ、ゴシップ誌の見出し、つくり放題なんですけどwww」
アリス先輩が書き残してった手帳を読んでは、先輩は爆笑している。
バビロンで起きているだろう事件の推測、故障した脱出用ポッドで飛ばされたアタシの現状、アタシの敵『上位者』が関わっている可能性の示唆などなど。
書いてある情報に明るいものなどないのに。
早くみんなのもとへ戻りたい……あっちはどうなってるのか、不安でいっぱいだ。
乙女の胸に触ったんですよ、責任とってしゃきしゃき働いてくださいよ、ユウ先輩!
「でもって、『不倫スクープ!? アタシのカレシに手を出すなコラ!』『魅惑のフェロモン女王! 負けたらオナベ』??? どんだけ波乱万丈なの? すっげぇじゃん! マジ尊敬しちゃうよ」
《九十七代目勇者様。口を動かす暇があったら、目を動かしてください》
水色の光になっているラルムが、苛立たしそうに文句を言う。
《状況がわからなければ、言霊は操れない。あなたがそうおっしゃったから、お時間をさしあげたのですよ。状況把握が終わったのなら、早く動いてください。あなたがのんびりしていたる間にも、あちらは刻一刻と状況が変わっているでしょう》
アタシの不安を読み取ってくれたのか、単にユウ先輩の話し方が気に入らないのか。早く働けと、ラルムがアタシの中の人をせっつく。
《先ほど、この脱出ポッドは地面に不時着しました。人間の平均的な歩行速度では、バビロン・ドームに辿りつくまで二十七時間を要する距離が開いているのです。私達精霊の移動魔法を用いるにしても、条件があって》
「わーってるよ」
アタシに憑依した人が、とことん軽い声で答える。
「けど、もーちょい情報収集しねーと、グッと来る言葉が選べないんよ。オレっちが納得して、よっしゃ、行くぜ! って思うまで待って。どぅーゆーあんだーすたんど?」
《しかし、言霊はただでさえ即効性に欠けるのです。このままでは、手遅れになります。バビロンに残っている百一代目勇者様の仲間は、敵に、》
「ストップ!」
やけに大きな声を出して、ユウ先輩がラルムの言葉を遮る。
「ここでマイナスな言葉とか、マジないわー テンションだだ下がるから、やめてくんない? 誰の言葉でも、言霊って宿ってるの。けっこー周囲に影響あたえちゃうんだぜ」
アタシの口が、ニヤリと笑う。
「オレを働かせたいんなら、言葉を選んでよ。不吉な話はオレの周りじゃ禁忌で、ヨロシク!」
《……失礼しました》
「オシショーさまたちは無事! ジャンヌちゃんの伴侶になったロボやバイオロイドも無事! ジャンヌちゃんが駆けつけるまで、大きな事件は起きない! トラブルもきっと丸くおさまる! 心からそー信じて、それ以外のことは口にせず、待っててよ。あともうちょいだから」
フッと、心が軽くなる。
大丈夫、なんとかなる、絶対間に合う……そんな気になってきたのだ。
さすが、言霊使い……。
ユウ先輩が、再び手帳に目を落とす。
手帳には、アタシの知らなかった事実も記されている。
アリス先輩の残したメモによると……
アタシはバビロン副所長代行ナターリヤさんに喧嘩をふっかけられていたようなのだ。
バビロンの女王から、別の群れ(勇者一行)への挑戦。武力じゃなく、カリスマ性での勝負。
ナターリヤさんは、他の群れの女王を屈服させ、構成員(ようするにマルタン)を奪おうとしていた……らしい。
で、アリス先輩はアタシの精霊たちからこっそり相談をもちかけられた。
主人が敗北すれば、主人もその仲間もバビロンで奴隷にされる。
すぐにもエスエフ界から立ち去るべきだが、それもできない。主人の伴侶の狩人は呪われており、エスエフ界のような高度な科学文明世界でなければ治癒できない。狩人の治癒が終わるまで、エスエフ界に留まざるをえない。
無用な争いを避ける為、主人やその仲間を『絶対防御』の加護下に置いてもらえまいか? と。
アリス先輩のおかげで、向けられる魅了攻撃は全てシャットアウト。アタシも仲間たちも、誰一人誘惑されずに今日まで無事に過ごせていたようなのだ。
今、ユウ先輩が読んでるのは、女系世界についてレイから聞いた話のまとめだ。
『かつてレイくんは、女系世界でしもべをしていた。
繁殖能力を持つ個体が女王として頂点に立ち、
その下に生殖担当の男が数名いて、
後は全部、無個性・無性の労働者階級だったそうだ。
女王が頭で、労働者階級は手足。互いに依存し合って生存する、完全な分業社会(ミツバチの真社会のようなものだろう)。
バビロン副所長ナターリヤさんは、その世界の女王によく似ているとのこと。
ナターリヤさんのセックス・アピールの高さは異常で、存在するだけであらゆる者を魅了し、虜にしてしまう。男ばかりではなく、女まで魅了される。
他の存在を支配せんが為に、ナターリヤさんはフェロモンの塊に進化しているというのだ。
もしもナターリヤさんがその女王さまとまったく同じ能力者なら……魅了されたものは彼女の奴隷となる。女王の為に働くことこそ無上の幸福と考えるよう、洗脳されてしまう。
しかも! 恐ろしいことに! その群れで、生殖能力を有する女性は女王のみ! 他の女性は無性化する! 女では無くなってしまうというのだ! 内面も外見も!
男も、生殖担当の個体以外は無性になるらしい!
精霊たちは、ナターリヤさんは思考が読めないタイプの人間だと言う。賢者さまやマルタンさんのように神の加護下にあるのか、リーダーのように精神障壁を張っているのかは、わからないけれど。
なので、彼女の敵意がどの程度のものかはわからない。
しかし、彼女のフェロモンは、ジャンヌちゃんの脅威となっていた。故意にフェロモンを高めていた節もあったそうだ。彼女がジャンヌちゃんの敵対者であることは間違いない』
「実験体のエスパー、フェロモン女王、そんでもってもしかしたら上位者。喰い合ってかもしんねーけど、ジャンヌちゃんの敵は三勢力」
アタシに憑依している人――九十七代目ヤザキ ユウ先輩が髪をかきあげる。
「絶対防御が解けてっから、オシショーさまたちも、どーなってっか……」
お師匠様、ニコラ、ルネさん、セザールおじーちゃん、レイ、マルタンとしもべさん……
もしかして、もしかすると……ナターリヤさんに洗脳されて、メロメロになってる……? うわぁぁ、見たくない! 想像したくもない! 特にお師匠様! お師匠様が誰かにメロメロだなんて、嫌!
いや、そんなことより! バビロン・ドームでは戦闘になってるかもしれないんだ。
レナートさんたち実験体が、ほんとうに反逆したのなら、標的はたぶん科学者たちで……ナターリヤさんも狙われて、ついでにお師匠様たちまで襲われる可能性も……。
この騒動に、上位者が絡んでいるのだとしたら……
………
駄目だ!
悪いことを想像しちゃ、ダメ!
みんなは、無事! そう信じなきゃ!
マイナスな想像は、ユウ先輩の邪魔になっちゃう。言霊で魔王を倒した勇者を信じて、いいことだけを考えよう。かならずユウ先輩が、言葉の呪で、がっつりと強運を呼び寄せてくれるわ!
「んじゃ、ま、そろそろイキマスか」
手帳を閉じ、アタシの目はポッドを覆う水色の光を見渡す。
「あともうちょい待ってね。オレの力、言葉を重ねないとショボすぎだからwww ジャンヌちゃんのために、悪事を退けて、善事を招く時間が欲しー」
《余計なことは口にせず、見守れという事ですね? 制限時間は?》
「二十分」
ユウ先輩が、ハィ! ポーズ! とばかりにピースをする。
「サイテーでもそんだけは欲しい。二十分あれば、そこそこはやれっから……オレの役目は果たせるよ」
《了解しました、二十分はあなたに干渉しません》
「土のおにーさんも、おっけぇ? オレの邪魔しないでよ?」
先輩の問いに答えたのは、ソルではなく、ラルムだった。
《彼も了解しています。どうぞご心配なく、言霊使いとしてお働きください》
沈黙命令は解いたげたのに、土の精霊は何故か無口。アタシと同化したまんま、うんともすんとも言わない。いつもはやめろと言ってもろくでもない妄想を語り続けるのに……。どうしちゃったのかしら?
ペロッと唇を舐めてから、ユウ先輩は、うにょ〜んって感じに前傾姿勢になった。
それから体を起こして、深呼吸。両手を膝の上にのせて、親指と人差し指の先を合わせて手で印をつくる。
顔の筋肉がキリキリとひきしまった感じ。
精神集中し、言霊使い師の力場を張り始めたようだ。
「我、百一代目勇者に代わり、ここに願う。我らは同じ神の加護を受けし兄妹。血よりも絆は濃く、魂は繋がる。我が望みは勇者の望み。この地に和を。我、無用の血は望まぬ。勇者に敵対せし、すべてのものとの和の道をもたらすもの、その到来を願い、……」
アタシの口から、やけに真面目な声が漏れる。
言霊使いモードに入るとユウ先輩は、口調も雰囲気もガラッと変わる。まるで別人だ。
まず、ユウ先輩が言霊で、デッドエンドっぽい状況に風穴を開ける。
『善事が起こりやすい場』を築けたら、交代。
ユウ先輩は英雄世界に帰還、次の勇者を召喚する。
それが、アリス先輩の立てた作戦だ。
自分の体なのに、自分で動かせないのは悲しいけど……
自分じゃ何もできないのが、もどかしいけど……
今は、しょうがない!
* * * * * *
そして……
ユウ先輩は帰還。
歴代勇者のサイン帳を使って、次の魂を呼び出した。
新たにアタシに憑いた人も、ユウ先輩に負けず劣らず緊張感に欠ける人だった。
いきなり異世界! な展開に戸惑う様子はゼロ。
てか、 憑かれた瞬間から、アタシは妙に脱力してしまった。
肩から力が抜けまくり。顔の筋肉も、めいっぱい緩んで……満面の笑顔になってしまったのだ。
「いやぁ、これは困ったなあ♪」
嬉しそうに言って、アタシに憑いた人が頭を掻く。
「召喚されて、他人の体に降りてしまうとはねえ。びっくりです」
ぜんぜんびっくりしてなさそうな笑顔だ。頭も掻きっぱなし。
「ぼかぁ、誰かに憑くのは初めてなんですよ。逆は馴れっ子なんですがね、憑く方はほんとに初体験」
他人の目から見ると世界って変わりますねえ、眼鏡無しでこんなによく見えるなんてジャンヌさんは視力がいいなあ、と、楽しそうに笑う。
《八十四代目サイオンジ サキョウ様ですね?》
水色の光になっているラルムが、しゃべれない主人に代わって、新たに召喚した人に挨拶をする。
《突然の召喚申し訳ありません。どうか主人をお救いくださいますか? 私は百一代目勇者様の精霊、》
「水のラルムさん」
ん?
笑顔の人が、憑依した体を指差す。
「で、こちらが土のソルさん。あとは……居ませんね。四体は四散、一体は精霊界、一体はバビロン・ドームに残留ですか……なるほどね」
《何故、ご存じなのです?》
いぶかしそうにラルムが問う。
《十六代目勇者様から、こちらの事情を聞かれたのですか?》
「ちがいますよ。今日はぼくはアジトには行ってません。藤堂さんが目覚めたことだけは、風呂場でシュバルツさんから聞きましたが」
シュバルツ?
「リーダーのしもべの一体です。ほら、藤堂さんが眠り姫になったでしょ? すわ敵の攻撃かとリヒトさんが警戒して、ぼくら全員に精霊のガードをつけてくれたんですよ」
へー
「勇者OB会に、特定の対立組織はありません。ですが、ぼくらに興味を持ってちょっかい出してくる奴がいてもおかしくないんで、常に警戒はしてるんです。藤堂さんの眠り病に、あなたの敵『上位者』が関わっているのではないかと、リヒトさんは危惧してましたよ」
ちょっかい出したのは、上位者じゃなくって、アタシです。
「まあ、それはいいんですよ。あなたがパワーアップすることが、ぼくらOB会の願いでもありますから」
そっと左胸に触れ……そこには勇者のサイン帳がある……サイオンジ先輩がひたすら明るく笑う。
「伴侶を召喚・送還できるアイテム……。いいもの手に入れましたね。あなた自身が成長したわけではありませんけれど、お手軽パワーアップできてます」
むぅ。
「立ってるものは親でも使えって言うじゃないですか。百人伴侶はあなたのオプションのようなもの、このアイテムはあなただからこそ使えるんです」
ポンと手帳を軽く叩いて、アタシの中の人がにっこり笑う。
「攻撃手段は多ければ多いほどいい。これと精霊以外にも、何かあった方がいいとは思います……修行して成長……いいんじゃないんですか? うん、実に勇者っぽい」
《あなたは何者です?》
やけに鋭い声で、ラルムが言う。
《あなたは人間離れをしている。精神障壁はない……心を開放しているのに、思考がまったく読み取れません》
「それはまあ、血筋という奴で。ぼくは、ごくごく平凡な高校教諭ですが、神主の真似事もしてますし」
《どうやって、百一代目勇者様と会話しているのです?》
ん?
どうやってって……
そこで、ようやくアタシも気づいた。
アタシ……サイオンジ先輩に体を明け渡してる。
何もできないんだった。
しゃべることすらもできずにいる。
なのに、先輩はアタシと会話しているわけで……
あれ?
先輩、アタシの思考を読んでるの?
と、思うそばから、
「テレパシーは使えません。精霊ほどには、ぼくははっきりとは人の心は読めないんです」
て、答えが返る! やっぱ、アタシの心を読んでるじゃないですか!
「人が口にしない事が、ちょっとだけ視えるというか、いろんなことが何となくわかっちゃうというか。それだけなんです」
うぅむ。
ぞくっとした。
さすが、神降ろしが得意な勇者……神秘の力にあふれてる……。
「とんでもない。ぼくは微弱な能力者です。ぼんやりと視ることができ、神のお力をほんのちょっとお借りすることができるだけですから」
でも、
「ぼくは、ほら、マルタンさまの聖気解放の光に耐えられませんし。本家のお嬢さまならもしかしたら受け入れられるのかもしれませんが、あいにくぼくは、」
《八十四代目勇者様。あなたの能力の概要は理解できました》
アタシとサイオンジ先輩の会話に、ラルムが強引に割って入る。
《百一代目勇者様とその仲間が置かれている状況も、あなたには何となく視えているのでしょ? すぐにも神降ろしをお願いできませんか? それとも、説明が必要ですか?》
無駄話してないでとっとと働けと、言いたそう。
「いや〜 説明は欲しいです。ぼくの能力は、かなりいい加減なものなんです。全部の情報を把握できているわけでは無いんですよ」
だけど、ラルムに言われる前から、サイオンジ先輩はアリス先輩の手帳を開いている。
その手帳に詳しい経緯が書かれていると、サイオンジ先輩はわかっているんだ。
サイオンジ先輩はにこやかに微笑みながらラルムの説明を聞き、それから顎の下に手をあてた。
「ユウはいい仕事をしてくれました。清浄な気を感じます。この場に、災いを祓えるものを降ろせる……そんな気がします。ただ、まだ……ちょっと早いですね」
早い?
「神降ろしは、人間の力でどうにかなるものではありません。いつ来るか、どういう形で奇跡を起こすかは、神のお心次第。祈りを捧げてお願いすることはできますが、基本、器たる者は神のおいでをお待ちするだけなんですよ」
はぁ。そういうものなんですか……。
「なので、もうちょっと待っててください」
サイオンジ先輩がニコニコ笑顔で水色の光を見つめる。
「心配しないでも、後でちゃ〜んと働きますから」
それに対し、アタシの水の精霊は無言。
むぅ。態度悪いわよ、ラルム。
「さて……少し時間が余ってしまったわけですが、」
アタシの体に宿ってる先輩が、にぱっと笑う。
「おしゃべりでもして、時間を潰しましょうか。面白い話がありましてね♪ アジトに、藤堂さんのご家族がいらっしゃったんですよ。藤堂さんのお父様は一本筋が通った昔気質の格好いい方なんですが、どうしたわけかリーダーと娘さんの関係を誤解していまして、実にほほえましい事件が、」
その話は、もう聞きました。
「あちゃあ。ユウが話しちゃいましたか」
参ったなあって感じに髪を掻いてから、サイオンジ先輩が更に明るく笑う。
「では、とっておきの笑える話を♪ 実は、ここに来る前、ぼかぁ、風呂に入ってましてね」
ん?
「体から魂が抜ける前、湯船につかってたんですよ」
……え?
あ、あの、それじゃ、今……
「ぼくの体、お風呂でグースカ寝こけてるんですよ。いやぁ、体勢が崩れたら、溺死だなあ」
!
「召喚される側って、危険と隣り合わせなんですねえ。今回、初めて実感しましたよ。お湯に顔がついても、ぼくの体は自力じゃ動けない。そのまんまブクブク沈んでくだけです。ね、愉快でしょ?♪」
ちょ!
ヤバくないですか!
早く還った方が!
「いや、まだ神降ろしできないし」
だけど! のんびりしてたら、溺れ死んじゃうかも! 還ってください!
「ご心配ありがとう。ですが、たぶん大丈夫……だと思いますよ。シュバルツさんが護衛役で側に居ますから。ぼくの体が溺れる前に、助けてくれるはずです」
『はず』って……。
「人間、死ぬときは死ぬ。助かる時には、助かるんです。焦ったって無駄です。どっしり構えて、やるべきことをやり遂げればいいんです。気楽にいきましょう」
……なんでこんな時まで笑顔なんですか、先輩……。