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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
女王蜂 ― пчела-царица
86/236

電撃バイオロイド作戦

 エスエフ界に来て、今日で六日。


 六日も同じ世界に居る。


 なのに、仲間にできたのは、アダムだけなのだ。


 サボってたわけじゃない。


 アダムに、いっぱいカレシ候補を紹介してもらっている。


 さきおとといは、バビロンが誇る軍事兵器のみなさまの見学に行った。

――全てを差し上げるわけにはいきませんけれど、ある程度は横領……いえ、不良品の処分という形で正規ルートから外すことができますの。友情の証に、私から贈りますわ――

 立体映像のナターリヤさんは、持って帰ってもいいとまで言ってくれた。

 納品前の軍事用ロボット、開発中の生体兵器、『死なない兵士』のサンプル。モニターで、身長五十七メートルの超巨大ロボの合体デモンストレーションも見せてもらった。

 分厚い鉄板を瞬時に蒸発させちゃったり、何百トンもの鉄の塊でお手玉したり。バビロンの兵器たちは、むちゃくちゃ強かった。


 ルネさんなら、キュンキュンしまくれたろう。

 だけど、ダメ。

 アタシ、メカ萌えじゃないもん。

 アダムは、執事(・・)ロボだったから萌えたのよ。普通のロボじゃ、無理!


 おとといは、実験体の人たちが順に談話室を訪れてくれた。

 超念動が得意なエスパー、機械化人間。特殊能力者だ。バビロンには、彼らのみで構成された特殊部隊があり、戦闘訓練やら、救助訓練やらをしているのだとか。

――実験体待遇ですが、人間ですもの。差し上げるわけにはいきませんけれど、あなたが気に入った者は、ドームに留めておきます。マオウ戦当日、ショウカンなさって結構ですわよ――


 ナターリヤさんの、すぐ上のお兄さんって人も紹介された。

 まず髪の毛が紫なのにびっくり、つづいて目の色にびっくり。右は紫、左が金で、ナターリヤさんとまったく同じ色のオッドアイなのだ。

――目の色は、血筋ですの。おかあさまの一族は先祖代々、オッドアイ。虹彩異色症の先天性遺伝子疾患なのです――

 レナートと名乗ったその人は、十七、八にみえた。美少女の妹さんに似て、なかなかの美形。目鼻立ちが整ってて、体つきもすらっとしてた。エスパー部隊の隊長だそうで、戦闘力も申し分なさそうだったんだけど……


 萌えられなかったのよねえ。


 お義理で顔を合わせてます感がひしひしなんだもの。

 出会った時から不機嫌そうで、途中からは睨むような目つきでアタシを見てた。

 なんでだかはわかんない。

 アリス先輩(アタシに憑依中)は普通の質問しかしなかったはず。『ご趣味は?』とか『ご家族は? 他のご兄弟の方も同じ目の色なんですね?』とか。

 気づかない間に、彼的にNGな質問をしちゃったのか……

 でなきゃ、エスパーさんだから、アタシたちの心を読んで嫌悪したとか……

 先輩……また妄想を暴走させてました? ナターリヤさんを美少年設定にして、実の兄とどうこうとか、アタシ(男の娘設定)を交えて三角関係だとか、その場で考えてませんよね?


………


 ともかく!

 レナートさんにはキュンキュンできなかったのだ。


 アタシが仲間にできるのは、『愛しい』と思ったヒトだけ。

 どんなに強い人でも萌えられなきゃ、仲間にできないのだ。しょうがない。


 それに、アタシの託宣は、十二の世界から百人の仲間を集めろ、だ。

 一つの世界で一人でも萌えれば、おっけぇなわけで。

 アダムを仲間にできてるから、エスエフ界はもうクリアーなのだ。


 魔王が目覚めるまで、まだ六十日近くあるんだ。

 早ければ明後日にはセザールおじーちゃんが元気になる。次の異世界へ行ってから、仲間探しは頑張ればいいのよ。あと五十九人ぐらい、どうにかなるなる!


……そう思ってたんだけど……



 使徒様から解放されたタイミングで、昨日通信連絡(アポ)をとっといたバイオロイド研究室へ。


 アダムに案内され、お師匠様とニコラと向かった先で、


 出迎えてくれた三人に会ったら……



 胸がキュンキュンして、キュンキュン、キュンキュンしてしまったのだ。



 心の中で鐘がリンゴ〜ン、リンゴ〜ン、リンゴ〜ン。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと五十八〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がして、

 と、思ったら、すぐさま、

《あと五十七〜 おっけぇ?》

 てな神様の声が続いて、

《あと五十六〜 おっけぇ?》

 とどめとばかりに声がした。




 予想外の展開。


 謎の敵に狙われてる → アタシ自身の戦闘力 + 防御力アップが必要 → 装備アイテムでいい物が無いか、の話の流れで、アダムが推薦した『バイオロイド』を見に来ただけなのに。


 バイオロイドのことを、アダムは『ジャンヌお嬢さまガ、お求めノ、ツカイマに適した製品でス』って言ってた。

 使い魔といえば、魔術師の部下の定番。魔力を持つ黒猫やカラス、異世界から召喚した霊・魔物・妖怪、仮の生命を与えられたガーゴイルなどなど。

 魔法的な存在だ。

『使い魔』で『製品』。なら、黒猫型ロボットとかかな? と思った。


 でも、よくよく考えれば……アダムは『使い魔』自体を知らなかった。

『契約によって、主人に絶対服従を誓ってる召使。ただし、人外。超優秀な護衛だったり、戦闘要員だったりもする』ってなアリス先輩の説明を聞いて推薦してきたわけだし……


 見解の相違があっても、仕方がないのかも……。



――お嬢さん、どうだい? 俺の自慢のボーイズは、お気に召したかな?――

 部屋から、陽気なガラガラ声が響く。


 だけど、バイオロイドたちが邪魔で、部屋の中が見えない。


 誰かいるみたいだけど?



* * * * * *



「気に入ったわッ!」

 思わず叫んでしまった。

 ジャンヌちゃんも、同じ気持ちだと思う!


 これは、萌える!

 乙女なら、キュンキュンよッ!


 だって、自動扉が開いた途端、

『会いたかった!』『待っていたよ』『好きだっ!』

 って、三体からいきなり熱烈抱擁されたのよ!


 一体目は、鷲の翼を持つ有翼人。炎を思わせる癖っ毛、空色の瞳、小麦色の肌。元気な爽やかタイプの美少年。翼の邪魔になるためか、上は着ていない。でもって、下はサスペンダー付きの半ズボン! 素肌にサスペンダー! ピチピチの太ももがぁぁ……。


 二体目は、マーマン。といっても、半魚人じゃない。瑠璃色の髪と瞳、白藍色の肌の妖しい美青年なのだ。姿かたちが上品で、すらりとしている。鱗のある肌をアピールしたいのか上半身は裸、鰭のような飾りのついた付け袖と肌にピッチリとしたズボンを履いている。


 三体目は、古代ローマ風の鎧に身を包んだ大男。なんだけど、頭がライオンなのよ! 金のたてがみ、獣そのものの目、体毛に覆われた体。でも、手は人間といっしょ。二足歩行で、鎧の下はマッチョだとわかる逞しい体!


 全員、タイプの違う美形!

 全員、ファンタジー世界に登場しそうな外見!

 赤い美少年、青い美青年、黄色いマッチョ!


 こんな素敵な三人に、抱きつかれたら、萌えるわッ!

 当然でしょ!


「うれしいなあ、おねえさん。おれを買ってくれるの?」

 買うぅ? そんな、あっけらかーんと!

「ねえ。選ぶなら、ぼくにしなよ。ぼくはお買い得。綺麗なだけじゃない。賢いし、アレもさ……。試してみない?」

 意味(しん)な微笑み……。

「好きだっ!」

 うぉぉ! 無骨な力押し!


 でもって、

《こら。おまえたち、おねーちゃんにくっつぎすぎだぞ》

 ショタ・ナイトのニコラくんが、頬をふくらませ、三体をひきはがそうとし、

「ジャンヌお嬢さまハ、ほんとうに自由奔放な方ダ。誰にでも微笑まれるのですネ……」

 あっちに黄昏てる、ヤンデレ・ロボが居たりして!


 とことん無表情の賢者さまも、いい味出してる!


 美形に囲まれまくり!

 なんなの、この美味し過ぎるシチュエーション!

 さすが、逆ハー勇者!

 あああ、かえすがえすも惜しい! ジャンヌちゃんが男の子だったら、最高のシチュなのに!


――おいおい、ボーイズ。バド、ルヴ、リオ。入り口でなにやってんだ、お客様をお通ししな――

 部屋の中からダミ声。

 翼人少年とマーマン青年は、

「はーい。おねえさん、こっちだよ」

「お手をどうぞ」

 と、エスコートを始める。

 けど、ライオン・マッチョは、抱擁こそやめたものの、

「好きだっ!」

 と叫んで、ついて来る。もしかして……このセリフしか言えない?

「好きだっ!」

 ライオンさんが、ただただ同じセリフを繰り返す……。

……いやぁん、さすがケダモノ。逞しい分、オツムが弱いのね。ステキ……萌えるわ……。



――はじめまして。バイオロイド・チーム責任者のバリーだ――

 声はすれども、姿はなし。

 バイオロイド研究室のオフィスは無人だった。

 キョロキョロと辺りを見回す、わたしとニコラくん。

――すまないね。姿は出さない。今日は音声のみで、失礼するぜ――

「私がナターリヤ殿に頼んだのだ」

 平坦な声で賢者さまが言う。

「仲間候補ではない男性は、ジャンヌと対面させないで欲しい、スタッフにもその旨徹底するよう伝えてくれと。立体映像であろうとも駄目だ。英雄世界で、ジャンヌは幻の男性にときめいているゆえ」

……そうでした。ナナの共有幻想中に、獣使いの老人(ジュネさんの祖父)に萌えたんでしたっけ。

――今、バイオロイド・チームに女性スタッフは居なくてねえ。バビロンは『女』が極端に少ないんだ――

 ふーん?

――そーいうわけで、俺が説明役を務める――

 ゲラゲラ声が下品に笑う。

――宇宙人(あんたら)と直接会話できるなんて、ラッキー。今日は楽しませてもらうぜ。しばらく、俺のイカした美声と付き合ってくれ――

 聞き取りづらい、ダミ声。ぜんぜんセクシーじゃない。この声なら、声だけでキュンキュンはなさそう。


――助手(アシスタント)のそいつらは、警備員も可能なバイオロイド。こいつらがお気に召さなきゃ、他の奴を紹介しようと思ってたんだ――

 赤青黄色の美形たちに勧められるままに、わたしを中央に、賢者さまとニコラくんとソファーに座った。アダムはその背後に立つ。

 翼人の少年、マーマンの美青年、ライオン・マッチョが、わたしたちと向かい合う形でたたずむ。たぶん、自分が一番綺麗に見えるポーズをとっているんだろう。愛らしい子はより愛らしく、妖しい子は妖しく、マッチョはカッコよく見える。


「ジャンヌが萌えたその三人のことを教えてくれ」

――翼人バド、海人ルヴ、獅子戦士リオ。女性向け(ガールズ・サイド)の人気商品だ。こう見えて全員、家政夫・美容師・警備員(ガードマン)もこなせるセクサロイドだ――

 セクサロイド……?

 い、今、聞き捨てならないセリフが……


――基本性能は、そちら――

 翼人の少年から、電子カタログを貰う。触れると立体映像や数値などのデータが浮き上がる、タブレット式だ。


――お届け前に、オプションで教育も可能。看護師・技師・家庭教師などの資格を取得させても良し、特殊武闘をマスターさせても良し――

 海人の青年が、やっぱり電子カタログを持って来る。追加可能オプション一覧だ。

――外部パーツも変更できるぜ。第三の目が欲しいとか、手を増やしたいとかだと、ちょいとお時間をいただくが、髪色の変更ぐらいなら一日で出来る――

 美形の中身も外見もイジレちゃうのか……なんて、趣味的な……


――よかったら、商品一覧も見てくれ。ネコ耳、犬耳、ウサギ耳の獣人。エルフ、天使に悪魔、妖精、鬼、リザードマン、蛇男、ミノタウルス……エトセトラ。幅広く萌えキャラを網羅している――

 ライオン頭が持って来た電子カタログに飛びついた。

……やはり、美形が多い。しかし、太め、老人、平凡、ブチャかわなタイプも完備。うぉ! そこの翼人くんよりもショタな子まで!

 そして、そして、そして! 全員、セクサロイド!

 擬似恋愛可能……セクサロイド同士のプレイ観賞も可能……。

 プレイ観賞……。


 この商品数! CP(カップリング)は思いのまま! 組み合わせ無限大だわッ!

 おおおお!

 なんってこと!

 こんな所に、わたしの楽園があったなんて!



 商品説明の、ダミ声が響く。


 ここ研究都市バビロンでは、メインスポンサー宇宙連邦の要望(リクエスト)のままに、新兵器や新エネルギーやらの開発をしつつ……

 その研究の一部を、連邦政府公認の会員制通信ショップ『バビロン・ドリーム』で販売している。

 カスタム・アンドロイドのアダムも、商品の一つ。


 バイオロイド・チームが造っている人造人間も、大半は『バビロン・ドリーム』用商品なのだそうだ。


――おおざっぱに言えば、メカ人造人間がアンドロイドで、生物人造人間がバイオロイド。うちのバイオロイドは、ボディこそ完全な有機人工義体なものの、頭脳は電脳。法律的な区分で、機械化が15%を超えるとアンドロイド扱いになっちまうんで、うちのボーイズは電脳部位は最小におさえててね……――


 賢者さまは、三体の基礎スペックのカタログを熱心に見続けている。

 バリーさんの説明が耳に届いているのか、いないのか。


――バイオロイドは人間そっくりに作っちゃいけない。『人間ではない』とわかる身体的特徴の付加が義務づけられてんだ。そんなわけで、バドには翼、ルヴには鱗、リオには獅子頭が、――

 バリーさんは、自慢のバイオロイドについて語りたくってたまらないって感じ。


――いろいろと規制も多いが、バイオロイドには無限の可能性がある。完全な人工物だから、何にでもなれるんだ。兵士からアミューズメントパークの案内人形、ボディガード、執事やメイド、果ては大人のエッチな子守りまで。バイオロイドは、人間の心と体の友になって――



「質問だ。その三体はどれほど攻撃力があるのだろう?」

 三体の比較データを見ながら、賢者さまは首をかしげている。

 腕力、脚力、持久力、敏捷性、反射速度、ボディの強靭さ、特殊能力、宇宙空間での活動可能時間、連続稼動時間、培養カプセル収納時間などなど。データが宙に浮かび上がっては消える。

「魔王に100万ダメージは可能なのであろうか?」


――『マオウ』……? ちょっと待って。え〜っと……――

 いかにも資料を見てますって()が流れる。

――『マオウ』とは、あんたらの母星(せかい)を乗っ取ろうと、繰り返し現れる侵略者。あんたらの世界は百回ほど宇宙人(まおう)の脅威にさらされてて、その度にユーシャという職業(ジョブ)の者が撃退してきた。ここまでは間違いない?――

「うむ」

――あんたらが俺達に接触を試みてきた理由は……仲間(セザールさん)の治癒、技術研修、そして防衛戦で共に戦ってくれる戦闘要員を求めて。これもおっけぇ?――

「ああ」

――マオウごとに、強さは変わる。現マオウの能力は不明。これまでのマオウは、だいたいカイリキムソウ(怪力無双)、睨むだけで人間を殺傷、睨むだけで人間を動物に変身(メタモルフォーゼ)、眼から怪光線、口から火炎噴射、歩くだけで地震を起こす……ってこれ、マジ?――

「そうだ」

 賢者さまが淡々と答える。

「だが、HPが1億であること、防御力が非常に高い点は共通している。物理・魔法攻撃ともに、魔王への与ダメージはカットされる」


 ダミ声が、むぅぅとうなる。

――敵の強度がわからんから、何とも言えねえが……これだけは言える。そこのボーイズは、民間用愛玩バイオロイド。安価な分、最新鋭の軍事兵器ほどには高性能じゃない。民生品は、どうしたって性能も機能も品質も軍事品には勝てない。そうだろ?――


「兵器用バイオロイドは居ないのか?」

――兵器系は別チームが開発してるんだ。ここには居ない――

「そうか」

――それに、あんたら兵器用はもう見たろ? 『死なない兵士』のサンプル、あれなんか素体はバイオロイドだぜ――

「見学済みか。なるほど、了解した」


 賢者さまが、口元に手をあてる。

「質問を変える。その者たちはジャンヌの使い魔に向いていると、アダムは言っていたが……」

 赤青黄色のバイオロイドを上から下まで見つめ、首をかしげる。

「連れ帰っていいのか?」


――もちろん!『いつでも、どこでもあなたのおそばに』が、バイオロイドの基本コンセプト。宇宙探査船での孤独な旅の途中でも、無人惑星への単身赴任でも、ご使用可能。専門家のメンテなしでも、バイオロイドは使える設計になっている――


 床がパカッと開き、床下から大きなものがせりあがってくる。ソファーのすぐそばに、ソファーに負けないぐらい大きな箱が現れる。医療用カプセルにそっくりだ。

――それが、培養カプセルだ。活動に必要なエネルギーの補充も、有機義体の鮮度を保つのも、その箱がやってくれる。培養カプセルさえありゃ、バイオロイドは永遠にだって生きられるんだ――


《大きいね》

 白い幽霊のニコラが、ものめずらしそうに突如現れた培養カプセルに触れる。


――でかいつっても、アンドロイドのドックほどじゃない。カプセル本体は五十kg(キロ)ほど、制御装置も含めても二百kg(キロ)程度、中を培養液で満たしても一t(トン)しかない――


 一(トン)……しか?


――培養カプセルは一体につき一個。三体を連れてくのなら、三カプセル持って帰ってくれ。三日に一度はカプセルに八時間入れること、抽入液は毎回交換すること。バイオロイドの世話はそれだけだ。簡単だろ? あ〜 そうそう、二週間までならカプセルに入れ忘れてもどうにかなるが、それ以上だと人工義体が劣化してゆき、腐敗が……――



* * * * * *



 むぅぅ。


 新たに仲間にした三体のバイオロイドは、戦闘のプロじゃない。

 魔王に100万ダメージはきっと無理。


 アタシの普段の護衛としても使えない。

 培養カプセルに入れてあげないと、腐っちゃうから。

 棺おけみたいなカプセルを持ち帰るのも、異世界仲間探しの旅に携帯するのも、無理。一つ、一(トン)。三つで三(トン)……あまりにも数字が大きすぎて、重さがピンとこない。


……やだなあ。

 還ったら、テオ先生に怒られそう。

『勇者様は萌え暴発に、くれぐれもご注意を。これ以上得体の知れぬものを、仲間にしないでください』って言われてたのに。

 またやっちゃった……




――この三体じゃデカすぎ? 欲しいのは、手荷物サイズ? 携帯できるバイオロイドを探してた? オーマイガ! そういう条件(こと)は、先に言ってくれよ!――

 何処からとも無く聞こえる声が、大げさに嘆いてみせる。


――おっけぇ、おっけぇ。それなら、違うラインナップだ。小型バイオロイドの中からご要望にそったボーイズを紹介しよう――


「いや。バイオロイドはもういい」

 お師匠様が軽く右手をあげる。

――もういい?――

「これ以上他のものを見ても意味がないという事だ。ジャンヌの命を狙っていた謎の敵は、魔王よりも高位な存在。精霊たちはそう推測していた」

《その通りです》と、水蒸気になってアタシにつきそってる水精霊がボソっとひとりごちる。


「だが、貴殿のバイオロイドは戦闘用ではない。魔王にすら100万ダメージ不可能と見受けられる。それよりも上位のものが相手では、まったく歯が立たぬだろう。貴殿のご好意は有り難いが、我々が欲しいのは、ジャンヌの戦闘力を向上させる存在か、大ダメージよりジャンヌを守れるもののみなのだ」


 室内が、シィィィーンと静まり返る。


――そいつは、つまり……――

 バリーさんが、やけに低いガラガラ声で聞く。

――俺のバイオロイドなんかいらん。贈られても迷惑だ……ってことか?――


「迷惑、などという言葉ではすまぬ」

 あくまで淡々と、お師匠様が言葉を続ける。

「危険なのだ。貴殿のバイオロイドは、外見ばかりが優秀すぎる」

 お師匠様が軽く息を吐く。

「弱いものを仲間にし続けては、ジャンヌは破滅してしまう。戦力外の者など、ジャンヌのそばには置けぬのだ」


――……優れてるのは外見だけ、あとは無能……って言いたいわけだな?――

「そうではない。貴殿のバイオロイドは、一般人よりは身体能力が高い。無能ではないな。しかし、我々の役には立たぬ。それだけのことだ」



 再び、室内に沈黙が訪れる。


 アリス先輩(アタシに憑依中)が、ごくっとツバを飲み込み、周囲を見渡した。


 ニコラが、見つめ返してくる。難しすぎて、ニコラはたぶん会話の内容がわかっていない。だけど、緊迫した雰囲気はわかるようで不安そうにアタシの袖をつかんでいる。


 アダムは沈黙中。


 赤毛の翼少年は、びっくり顔。口元を隠している。

 青い海人は、ヒュ〜と口笛を吹き、口元を歪めて笑ってる。完全に傍観者な態度。

 ライオンさんは不動の姿勢のまま。顔からじゃ、何を考えてるんだかさっぱりわかんない。


 仲裁役が居ない……。


 アタシ、しゃべれないし。


 あのね、バリーさん……お師匠様は喧嘩を売ってるわけじゃないのよ? アタシの未来(こと)をすごく心配してくれてるだけなの。ちょっと空気を読めないところがあるから、言葉の選び方に問題あったみたいだけど、悪気はまったく……



――……ポチだ――

 地獄から響く亡者の声のような、おどろおどろしい声がする。

――バド。ポチの準備をしろ――

「P201211C、通称『ポチ』ですね、準備します」

 お! 赤毛の少年が、羽ばたいた。背の翼は飾りじゃなくって、本当に飛べるのね。少年は部屋のつきあたりの扉から、つづき部屋へと移動した。


「バリー殿。必要ないと言ったはずだ。我々は、」


「お客さま、あと一商品だけご紹介させてください。P201211Cは、護衛特化のバイオロイドです。星間ミサイルの直撃をくらっても消滅しないこのバイオロイドは、バリア変化します。個人が所有できるバリアとしては、最高峰の性能でしょう」

 営業用スマイルを浮かべ、青髪の海人がテーブルの上のタブレットを操作する。

 機械の上に、ぐにゃりとした緑色の物体が浮かび上がる。

 ぐにょぐにょ動くそれは、たとえるのなら半透明なゼリー。ぷるんぷるん震えている。

「P201211Cは分裂増殖型ゲル状バイオロイド。通称『ポチ』。微弱なテレパシー能力を保持し、所有者の意思に反応して形状を変化させます。宇宙・深海・酸の海・マグマ等の局地での護衛が可能。外部刺激を完全遮断し内部に酸素を供給する機能がありますので、計算上、三カ月は成人男性一名を内部で保護できます。しかし、食料供給及び排泄物管理機能はございません。別途にご用意いただく必要があります」

 説明に、淀みが無い。スペック表を、そのまんま丸暗記してる?

「そのボディで最長半径五百メートルのドーム型障壁を張ることが可能。また、たいへん小さく収縮できます。飴玉サイズになれますし、培養カプセルも掌にのる大きさです。重量も五百g(グラム)しかありません」

 へー

 それなら、持って歩けそう。


 ライオンさんは、いつの間にか移動していた。

 廊下への出入り口の前で仁王立ちしている。

 ここは誰も通さない! って全身で訴えている。


――俺のバイオロイドは、どれも最高だ。人の手で作り上げた至上の愛だ――

 何処からともなく、やけに力んだ声がする。

――愛は負けねえ。必ず勝つ。それが愛なのさ……。あんたにも、愛を教えてやるぜ――

 めんどくさい人の闘志に火をつけちゃったみたいですよ、お師匠様。


 何が何でも『キミのバイオロイドは素晴らしい』って言わせたいんだなあ。


 そう思った時……


 唐突に、部屋から全ての灯りが消えた。

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