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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
女王蜂 ― пчела-царица
84/236

ふしだらな朝

 スクリーンに映るのは、青い空、白い雲。どこまでも続く美しい緑の野原に、青い海。

 そして、何万もの人が暮らす巨大都市。


『ワープ航法の実用化によって、輝かしい未来が約束されたかに見えた人類。しかし、時をほぼ同じくして、大国間の緊張感が高まり、世界大戦が勃発したのであった』

 男の人のナレーションが入り、映像が一変する。

 全てが光に包まれてしまったのだ。

 熱と衝撃波に襲われ、街は崩れゆき、炎が荒れ狂う。


『大気汚染、高温化、大規模な地殻変動、大干ばつによって、母星は生物の生存に適さない死の世界となった』

 不穏な音楽と共に、荒廃した世界が映し出される。

 黒煙で覆われた空、荒野よりもなお荒れた灰色の世界。干上がった海。ひび割れた大地。

『世界大戦はスペースコロニーを巻き込む宇宙大戦にまで発展した。停戦が結ばれた時に残ったのは、死の星となった母星とたった四基の可住コロニーであった』


 そこで音楽が一転。行進曲のように明るくなる。

『絶望的状況にありながらも、人類は歩みを止めなかった。宇宙連邦政府の樹立、宇宙新世紀の始まりである』

 でかい機械都市やら、威勢のいい機械の乗り物やらの、賑やかな映像が続く。

 その後、灰色の大地に半円状のバリアに包まれた都市が現れる。

 映像の四隅には、コマ割りの別の映像が浮かぶ。機械が大地を掘り起こす映像、飛行機が大地に粉を散布している様子、研究者が藻を使った実験をしているところ、氷が溶かされて水となるところなどなど。

『宇宙新世紀〇二三五年に母星再生プロジェクトが開始された。通称バビロン・プロジェクト。我々が過去の栄光をとりもどすのは、もう間もなくであろう』


 壮大な音楽と共に【人類の歴史と宇宙連邦 ダイジェスト版 終】の文字が浮かび上がる。




 このまえアダムに見せてもらった映像だ。

 映像の最後に出てきたドームが、今、アタシたちが居るバビロン・ドーム。母星を甦らせる研究をするために、死の星に造られた研究都市だ。


 その映像が繰り返し(ループで)かかるスクリーンの前に、男の人が居る。

 オレンジ色の綿毛のような髪、白銀のフィットスーツの上に白衣を羽織った姿。

 科学者のような格好のその人は……

『正気に戻れ、ナターリヤ』

 右が紫、左が金。左右で色が異なるオッドアイなのだ。


(わたくし)、正気ですわよ。おかしいのは、この世界の方です』

 オッドアイの男性と対峙しているのは、ナターリヤさんだ。ナターリヤさんも、まったく同じ目の色だ。


『おにいさまだって、本当は宇宙連邦に嫌気がさしていらっしゃるのでしょ? 他惑星・機械都市(スペースコロニー)移民を推奨し、本腰を入れてバビロンを援助しようとしないのですもの。惑星復活プロジェクトは理論上完成しているのに……』

 ナターリヤさんの顔に冷たい笑みが浮かぶ。

『そのくせ、エスパー、サイボーグ、アンドロイド、バイオロイド……。進化しつつある種を隷属化させることばかりに熱心。実に愚かな種です。優秀な存在が下等種に支配され屈辱を舐め続けるなど、ナンセンスですわ』


『新人類を気取って、反乱か?』

 オッドアイの男性が、口元を歪める。

『おまえがバカなのは昔からだが、その狂気にみなが同調するとはな……』


 ナターリヤさんは、背後に男性達を従えている。二十人はいそうだ。

『あら。簡単でしたのよ』

 ナターリヤさんの唇がゆるやかな弧を描き、

『みなさま、多かれ少なかれ不満を抱えていらっしゃいましたもの。望まぬ兵器研究をさせられていた方たち、優秀な能力がありながら実験体にされ生命剥奪権を宇宙連邦に握られていた方々……』

 その口角がにぃっと上がる。

『とても洗脳しやすかったですわ』


『ナターリヤ、おまえ……』


『動かないで、おにいさま』

 ナターリヤさんの右手には、銃があった。


『戦争はしませんわ。今のままでは宇宙連邦勝てないと、重々承知していますの。ただ、実験がしたいのです。私の望む世界をどこまでつくれるか……バビロン・ドームで試してみたいのです』


『その為に、ドームをのっとると?』


『やらせてってお願いしても、おにいさま、許してくださらないでしょ?』

 うふふと、ナターリヤさんが笑う。

『私、女王の世界をつくりたいのです。完全な分業社会といえばいいのかしら? 女王を頂点に戴き、構成員が互いに依存し合って生存し、全体で超個体となる……そんな世界をつくりたいのです』


『独裁者になるつもりか?』


『誤解ですわ』

 ナターリヤさんが、静かに頭を横に振る。

『民が欲しいわけではありませんのよ。欲しいのは、自分の手足や体……。私の一部になりきってくれる方たちと暮らしたいの』



『狂っている……』

 おにいさんが、吐き捨てる。

『おまえは、狂っている……』



『おわかりいただけなくて、残念ですわ』

 ナターリヤさんが、寂しそうに微笑む。

『もう少しフェロモンを強化しましょう。おにいさまから不要な感情が消えるように。私だけを感じ、私だけの為に生きる、忠実なものになっていただかなくては』


『人格の洗脳……テレパス、いや、洗脳能力者だったのか』


『少し違いますわ。女王のカリスマに、下等なるものは自らひれ伏すのです。バビロンでの実験に成功しましたら、少しづつ支配領域を広げてゆきたいのです。ご協力くださいね、おにいさま』


『ナターリヤ!』


『まだ抗えますの? 素晴らしい精神力ですわね。うふふ……最初の子たちの父親は、やはりおにいさまにしようかしら?』


『な?』


『私、女王として、次代に優秀な種を残す義務がございますの』


 銃を構えたまま、ナターリヤさんがゆっくりと歩み寄って来る……。


『そんな怯えた顔をなさらないで。私のものになれば、幸福な気持ちになれましてよ。おにいさまは無性化しないで側に置いてさしあげますわ。いっしょに、秩序ある世界をつくりましょう』


 ユリアーンおにいさま……って声がしたような……。






 けれども……


 アタシが目を開いた時、世界は一変していた。


 あまりにもあまりにもな現実を目の当たりにして、

 起きがけに見てた夢は、頭からすっとんでしまった。



* * * * * *



 非日常も慣れてしまえば日常だ。


 だけど、今の生活に飽きはこない。

 常に新鮮な驚きと喜びを、わたしは感じ続けている。



 毎日のように彼にベッドに連れ込まれ……共に時間を過ごしてきたのだけれども……


 彼のあられもない姿を目にするのは今日が初めて。


 いやん、眼福……


 白い肌が妙になまめかしい。体毛が薄いのもポイント高いわ〜

 体つきはスリムだけど、そこそこ胸板があるし、お腹はひきしまってて、腕にはしっかりと筋肉がついている。予想以上に筋肉質。腰のくびれもセクシー。

 無駄のないシャープな体つきというか……


 まさに、脱いだら凄いんです! だわッ!


 うっとりしちゃう♪


 ベッドの上で、着替えてるだけなんだけど!

 下着は穿いてるけど!


 ドキドキしちゃうわ!


 そしてそして、首を飾るペンダントが素晴らしすぎ!

 ペンダントトップは、真珠の指輪。

 指輪なのよぉ!

 男の人が肌身離さずペンダントリングを身につけてるのは、ただでさえエロティックなのに!

 素肌にペンダントリングで、魅力三割り増!。

 更に! その指輪が、勇者世界に残った仲間(男)からの借りた物だと知っちゃったからには、破壊力十割増しよ!


 妄想が暴走しちゃうわッ!


 異世界へ旅立つ恋人への贈り物なわけ? お守り? これを俺だと思ってずっと持っていてくれとか?


 指輪の持ち主アレッサンドロさんって、どんな人なのぉ?

 占い師だそうね。

 ハンサムよね? ハンサムに決まってる! いや、ハンサムだと決めた! ジャンヌちゃんの百人カレシの一人だし!


 マルタンさんにふさわしい美形を希望!


……実際のところは、アレッサンドロさんという人から光精霊を借りてるだけみたいだけど……

 そこから浪漫を感じ取り、物語をつむぐのが淑女の嗜みよ!


 エスエフ界に来る前に魔力切れとなったマルタンさんは、アレッサンドロさんから契約の証(指輪)ごと光精霊を借りた。

 悪霊化してたニコラくんを清めた時も、光精霊を自分に同化させて魔力として使ったらしい。


 そのことが、実に素敵なエッセンスになっている。

 マルタンさんの炎精霊が嫉妬してるっぽいのよね。

《いつまで、他人の精霊に頼るんです?》とか《私が居るのに……》と、文句言ってるところ聞いちゃったし♪

 それなのにマルタンさんは、

『何をくだらぬことを言ってるのだ、しもべ。きさまは、しもべ。俺の手足にも等しい。きさまには、きさまにふさわしい働きどころを与えてやる。黙って俺についてこい』とスパーンを言い切った後、煙草を口にくわえ、『火』と要求してた。

 炎精霊さんは、怒るやら、シクシク泣くやら。

 可愛かったわぁ。ほ〜んと、惜しい。炎の美女じゃなくって、炎の美少年だったら完璧だったのに!


 マルタンさんをめぐって、アレッサンドロさんと炎の美少年が恋の火花を散らす……ス・テ・キ。萌えるわッ!

 


 などと考えてたら、美女の姿の炎精霊に睨まれてしまった。

 精霊には、人間の頭の中が丸見えだものね。

 リーダーのように精神障壁が張れりゃ、心の内を隠せるんだけど。そんな能力、わたしには無いし。


 炎精霊に着替えを手伝わせ、マルタンさんはいつもと同じ神父服をまとい、金の十字架を服の上からかけた。


 すぐ側にわたし……いや、乙女(ジャンヌちゃん)が居るのに、まったく気にせず無造作に着替えてた。

 寝てると思って油断した?

 それとも、ジャンヌちゃんを子供だと思ってる? 女性として意識してないから、平気で着替えられた?

 でなきゃ、隔絶された男の世界(聖教会)で育てられたせいで、羞恥心が発達してないとか。わたし的には、これがいいな。恥ずかしくないから、人前でポイポイ脱いじゃう美青年。恋人も周囲の人間も彼の無垢さに翻弄され……。うん、いい! 萌えるわッ!


 まあ、何にせよ、朝っぱらからいいもの見られてラッキーだったわ♪



* * * * * *



 寝起きに、ろくでもないものを見てしまった。


 それについてはコメントしたくない。

 べ、べつに、キュンキュンなんてしてないんだから!


 ただ……

 エスエフ界にジョゼ兄さまが来てなくって良かった……心からそう思ってる。


 使徒様は眠くなると、アタシを炎の精霊(しもべさん)の結界の中――天蓋付きベッドへ無理やり連れ込む。

 しかも、かなり頻繁に。

 よく眠るんだ、この男。異世界に聖戦に行くと言っては朝も昼もぶっ倒れ、夜は夜で八時間以上寝やがる。

 おかげでアタシは、一日の大半を使徒様といっしょのベッドで過ごしているわけで……ま、抱き枕にされてるだけなんだけど……

 現状を知ったら、兄さまはぜったいブチ切れる。暴れる。火を見るよりも明らか。

 ただでさえアレな状況なのに、第三次異種格闘戦(兄さまVS神の使徒)まで勃発して欲しくないわよ。


 兄さまがこっち来てなくて、ほんと良かった!



 頭が重い……

 なんかハードな夢を見てたような気もするんだけど……

 思い出せない。

……ま、いっか。



《おねーちゃん、おねーさん、おはよう》

 マルタンと反対側から、可愛らしい声がする。

 白い幽霊が、アタシを見下ろしている。


「おはよ、ニコラくん」

 アタシの口を使って先輩が挨拶を返すと、ニコラは天使のように愛らしい笑みを浮かべた。


 アタシの胸はキュンキュンした……


 あああ、癒される……。


 このところ、ニコラはたいていアタシの側に居る。

 セザールおじーちゃんの痛み緩和役で旅に参加したものの、今は働きどころがない。

 なので、

《ぼくはジョゼおにーちゃんの弟分だからね。おにーちゃんの代わりに、おねーちゃんを守ってあげるよ》

 胸キュンなセリフを言って、アタシにつきそってくれるのだ。

 アリス先輩も、『年下のナイト! ショタ可愛い!』とニコラを絶賛中。


 真っ白な美少年が、ろくすっぽ動けないアタシを気遣い、横に座り、時には共にごろんと横になり……

 アンヌちゃんとデートに行った、ピアさんとこんな遊びをしてる、ジョゼ兄さまを見習って(おとこ)修行を始めた、テオの助手として勉強をしている、大好きな絵本のこと……などなど、たわいもない、かわいらしい話をしてくれるのだ。

 夜は夜で、側を離れず、眠るアタシを笑顔で見守るナイトっぷり。

《おねーちゃん、ちゃんとねむって。まだ夜の時間だよ》

 平気だって言っても、許してくれない。かわいらしい顔で、アタシをたしなめるのだ。

《ぼくの心配はしないで。ぼくはねむれないけど、ぜんぜんさびしくないから。おねーちゃんがすぐそばにいる……幻じゃない……消えたりしない……ずっと手をつないでいられる。それだけで、嬉しくって胸がいっぱいなんだ。おねーちゃん、大好き》


 ニコラには、ほんともう……癒されっぱなし。



 あと三日はこの異常な状態が続きそうだけど、ニコラがいっしょに居てくれるから、きっと大丈夫。

 使徒様に精神汚染されずに済みそう。




 おととい、セザールおじーちゃんは手術を受けた。


 問診や検査を重ね、エスエフ界の医療スタッフとよ〜く意見を交換した上で手術に踏み切ったのだ。

 呪われた箇所――エスエフ界風に言うと『重度の進行性感染病巣』――を全て切除し、医療用の人工部位を移植したようだ。

 手術に立ち会った、お師匠様とルネさんがそう言っていた。


 これで、呪いは解けた……はず。


 おじーちゃんは、今は絶対安静状態。

 棺おけみたいな医療機械に入って寝てるらしい。


 明日には起きて、精密な検査をし、しばらく経過を見守る。

 動作確認テストで不具合が発生しなければ、起床後四十八時間で移動可能となるとのこと……つまり、最短で三日後には還れるのだ。



 アリス先輩に憑かれたままの状態が気がかりではある。

 でも、早くエスエフ界から離れたい

 てか、使徒様の抱き枕から卒業したい。


 おじーちゃんの回復を、アタシは心から祈っている……



 使徒様は、ナターリヤさんを毛虫のごとく嫌っている。

 会話をしたくないどころじゃない。視界に入れるのも嫌、同じ空気も吸いたくないって態度。

 彼女の接近を感じるや、アタシを連れて天蓋付きベッド(炎精霊につくらせた結界)に籠もってしまう徹底振りだ。

 おかげで、アタシ、まだ一度もナターリヤさんと直接顔を合わせてない……。


 セザールおじーちゃんの為に医療スタッフを用意してくれたし、この五日、アタシに伴侶候補を紹介してくれたし……

 美人だし、いい人なのになあ、ナターリヤさん。


 マルタンはナターリヤさんに本能的な恐怖を抱いているのだと、雷のレイは言う。

《あの女は、立体映像にすら強烈な魅了効果を付与させておった。セックス・アピールが異常に高い。存在するだけでその気のない者までその気にさせてしまう、そう言えば主人にもご理解いただけるであろうか? 個人の特性なのかこの世界の女性の特徴なのかはわからぬが、あの女に近づけば、男はふぬけ、あの女の下僕に自ら志願したくなるのである》

 ナターリヤさんの性的魅了は、精霊(しもべ)ですら誘惑されかねないレベルなのだとか。

 びっくりな話だけど、女系な世界では女性がフェロモンの塊に進化するのは珍しい事ではないみたい。レイは、以前そんな世界に行ったことがあるのだそうだ。

《他を支配せんが為に、魅惑的な姿となるのである。そんな女に特別な好意を向けられたとて、貞潔の誓願を立てている者には迷惑至極であろう。十六代目勇者の絶対防御の加護下に逃げるのも、無理からぬ》


 ようするに、モテちゃって困ったぜ、な状態のようだ。

 最近、なぜかマルタンの周囲に女性がいっぱい。

 ナターリヤさんに、マリーさん。ついでに言えば、アリス先輩。

 不思議。

 なんであんな()がモテるの? 中身はアレなのに。アタシにはさっぱりわかんないわ……。






 ニコラといっしょに、天蓋ベッドから出ると、

「おはようございまス、ジャンヌお嬢さマ、ニコラ坊ちゃマ」

 すぐ側にたたずんでいた、お世話ロボット――アダムが胸に手をあてて挨拶をしてきた。

 マルタンの精霊(しもべ)の結界は、エスエフ界の者は決して中に入れない。中に入れなかったアダムは、アタシがいつ出て来てもいいように側で待機してたっぽい。


「朝十時を回っテ、おりまス。とても安らかニ、お眠りでしたネ。師のケンジャさまハ、朝五時にハ、ご起床でいらしたのニ。師よりモ、五時間遅い目覚メ。さすガ、お嬢さマ。お嬢様育ちでいらっしゃル」

 おぉぉ!

 キタァァ、嫌味!

 やっぱ執事はこうでなくっちゃね!


 執事の様式美は、アリス先輩もお好きみたい。

 アタシの頬(先輩の頬と言うべきか)は、ニマニマと緩む。

「ごめんなさいね、寝坊しちゃって。でもね、彼がと〜っても熱烈で、離してくれなかったのよ……」

 ちょ!

 それ、嘘じゃないけど!

 抱き枕にされてただけ!

 誤解を招くような発言はやめてくださいよ、先輩!


「ジャンヌお嬢さまハ、マルタン様ト、実に仲睦まじくテ、いらっしゃル……」

 ん?


 アダムのモノ・アイが、チカチカと光る。


「ジャンヌお嬢さマ。お食事ニ、なさいますカ? それとモ、シャワーがよろしいですカ?」

「ご飯にして」

 先輩は足早にトイレへと向かった。うん! あの馬鹿にずっと捉まってて、けっこう限界ですよね!




 エスエフ界の食事は、かなりナニ。


 黒い塊だったり、原色バリバリに緑だったり。

 ぱさぱさ、べちょべちょ、ふにゃふにゃ。だいたい、触感も悪い。


 でもって、どれも、ひどい薄味なのだ。

 不味くはないけど、見た目も味も、食欲をそそらない。


 アリス先輩も、食事には辟易。

 比較的マシだと思った、シェイク・タイプの飲み物ばかりを摂っている。

 先輩に言わせると、『スムージ風』。


 ボトルにストローを挿して、チュウチュウするだけの食事。

 栄養を摂取するだけで、食べる楽しみはゼロだ。


「本日の代替食品ハ、葉酸・カルシウム・鉄分を豊富ニ、ブレンドいたしましタ。免疫力が向上シ、コレステロールや中性脂肪を減らせるよウ、食物繊維も豊富ニ……」

 一流の給仕よろしく、アダムは料理の説明もしてくれる。だけど、アタシには呪文と一緒。何を言ってるんだか、さっぱりわかんない。


 アダムは今回も、

「マルタン様のお食事ハ、いかがいたしましょウ?」って聞いてきた。

 使徒様は、ほぼベッドにお籠もり。たまに出て来ても、アダムを徹底無視。ほんと、社交性のない男……。

 先輩は苦笑まじりに、「いらないと思うわ」と答えた。持ち込んだ食料が切れたら、マルタンの方から食事をよこせって言ってくるはず。それまでほっとけばいいのに、アダムは世話係の鑑よねえ。


 使徒様は、シャルロットさんが準備した保存食+ウォーター魔法でつくった自家製の水だけを口にしている。

 シャルロットさんのお家――ボワエルデュー侯爵家は、幾人もの魔法騎士(マジック・ナイト)を輩出してきた家系を誇り、魔力コントロールに関する知識と技術が豊富。

 なので、魔力回復及び魔力増強効果のある食事も作れるのだそうだ。

 使徒様が食べてるのは、その携帯版。

 どんな食事なのかは知らない。けど、このドリンクよりは美味いんだろうな……。

……ふぅ。



「賢者さまは?」

 アリス先輩の問いに、アダムが予想通りの答えを返す。

「医療スタッフの下デ、学習中でス」


《お昼には戻るって》

 隣に座るニコラはテーブルに肘をついて、食事をする先輩(アタシ)を見ていた。

《セザールおじーちゃんも、まだメンカイシャゼツだったよ》

 ニコラは壁抜けが出来るから、面会謝絶もものともせず、セザールおじーちゃんの病室に忍び込んでいる。

 だけど、機械の中で寝てるだけだし、痛がってもいないから『いたいのいたいのとんでけー』の必要もない。会ってもつまらないと、頬をふくらませる。



 お師匠様は、医療スタッフの下で、エスエフ界の医療の勉強をしている。

 でも、習っているのは、初歩的なことと、応急処置などの緊急時の対応のみ。


 本格的な勉強をしているのは、ルネさんだ。

 医療用人工部位の管理(メンテ)技術を学び、看護及び介護技術を習得しようと頑張ってるらしい。


 セザールおじーちゃんの体のかなりの部分が、人工の代替物に取り替えられた。

 定期的な整備・点検は必須だし、帰還後にも使用者(セザールおじーちゃん)のニーズに合わせた微調整が必要だ。


 ルネさんは、仲間の他の誰よりも、メカや人体の知識を持っている。あらゆる職業(ジョブ)の指導者となれるお師匠様よりも、高度な専門知識を持っているらしい。

 この世界の技術を習得するのに、最も適した人なんだけど……


 感性が、アレなのよねえ。

 自信満々に、変な発明品を薦めてくるし。歩き回る本棚とか、大きなカブを抜くだけの機械だとか……

 いや、そもそも『迷子くん』自体がアレなのよね。ザリガニ取り放題機能があるわ、左手が傘になるわ……


 おじーちゃんを任せて、大丈夫なんだろうか?


 正直、不安。


 むぅぅ。


 まあ……


 だけど!

『迷子くん』(ロボットアーマー)には、レイが憑依してる!

 レイも一緒に研修を受けてるんだ。

 レイなら、難なく人工部位の管理(メンテ)を覚えてくれそう。


 それに、お師匠様も、いざって時の管理(メンテ)はできるようになる。


 レイとお師匠様が居るんだ。

 ルネさんがアレでも、セザールおじーちゃんの看護はきっと大丈夫!……だと思う!

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