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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
少女の旅立ち
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異邦の水晶

 過去に訪れた事がある場所か知人の現在地にしか、お師匠様は移動魔法で跳べない。

 ので、アレッサンドロさんの占いの館には馬車で向かった。


 馬車に揺られてのんびりと移動も、十年ぶりの事だ。夜風も涼しいし、ちょっと楽しく思えた。

 だけど……


「何故、占い師に会いに行くのです?」

 行き先を知ったテオが、妙にからんでくる。


「勇者様……占い・俗信・迷信・ジンクスの(たぐ)いを本気で信じていらっしゃるのですか? それほど愚かな方だったのですか?」


「あ、あの、テオドールさん……アレッサンドロさんは国一番の占い師で、本物なんれす……すごいんれす」

 噛んだ。んもぅ〜 気が弱いんだから〜 テオにビビってるでしょ、クロード?

「その通りです。アレッサンドロ殿のおかげで、俺は忌まわしい過去と決別でき、勇者様の仲間になれたのです。助言通り、衣服を脱ぎ捨てたおかげで」と、アラン。


「そのいかがわしい格好は、占い師に騙されたせいでしたか」

 テオが、溜息をつく。

「お気の毒に。賠償請求をなさるのなら、良い弁護士を紹介しましょう」

「は? 賠償請求?」

 アランは、何故? ってぼーぜんとする感じ。


「お教えしましょう。占い・俗信・迷信・ジンクスの大半は、確かな根拠が無いものなのです。特に占いはいけません。あれは霊感商法の一種です」

「えー? そんなこと……」反論しようとしたクロードの口を、テオは凄まじいトークで押さえ込む。

「占いは、話術による詐欺なのです。人の不幸を巧妙に聞き出し、甘い言葉を囁いたり、もっともらしい嘘を並べ立て、『もっと悪いことが起きますよ』などと不安を煽り、二度、三度と客に足を運ばせ、更には、法外な値段で妖しげな霊感商品を売りつけるのです。断じて信じてはいけません」

 それからテオは、切ったカードやダイスの目を調整する方法を延々と説明してくれた。


 昔、占い詐欺にでもあったのかしら?


 アタシ、外に行く時は強制的に目隠しさせられるから、馬車ん中でも目隠ししてるけど……

 耳栓も欲しいわ、こりゃ……



 いつもどおりジョゼ兄さまに手を引かれ、しばらく歩き、アタシはどっかの建物に入った。


「ようこそ、占い師アレッサンドロの館へ。はじめまして、勇者さま、賢者さま。クロードくん、アランさんも、お久しぶり」

 低音が魅力的な、ハスキーボイスだ。


 アタシはジョゼ兄さまに導かれるままに、椅子に腰かけた。


「おいでいただけて嬉しいです、勇者さま……ずっと、あなたにお会いしたかった……」

 あン。いいお声。

 前方から囁かれるセクシーな声に、ドキっとしちゃう。


「あなたの前に水晶玉があります。もう少しお顔を前へ……」

 占ってくれるのね。

 言葉通りにする。

「もっとです……もっと、ぐっと……大胆に……」

 大人の男性の匂いがした。

 煙草のような、お酒のような……

 ほのかに香水の香りも。

「そう……それでいい。素敵だ、勇者さま……」

 すぐそばから聞こえる、低音の甘いかすれ声。腰骨の辺りがゾクリとする。

 心臓も、ドキドキ。

 喉が渇く……


「顔を下に向けて……水晶には、あなたの未来が映されている……」

 占いを始めたようだ。

「茨の道だ……魔王に勝利するのは、とても困難……だが、道はある……とても細いまがりくねった道だが……勝利に通じている道も……」

「おお!」

「その道を選ぶ方法を……知りたいかい?」

「はい!」


 アレッサンドロさんが、低く、フフッと笑う。

「なら、ごらん」


 サッと目の前の覆いが消えた。

 目隠しが取られたのだ。


 え?


 やん!

 くすぐったい!

 アタシの左頬を、優しく撫でてくれているのは……

 ワイルドでかっこいい男の人だった。


 黒いドレッドヘアーに、褐色の肌。

 濃くて意志の強そうな眉 危険な感じのダークグリーンの瞳、高い鼻、ニヤリと歪めた口元、頬と顎を覆う不精髭。

 じゃらじゃらとした首飾り、流浪の民風の衣装、弄ぶように目隠しをひらひらと振る仕草が、これ、又、何とも……男くさくて、す・て・き……



 胸がキュンキュンした。



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと九十四〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



「売り込みか……」

 お師匠様が苦々しくつぶやく。


「俺を連れていかねば、勇者さまの未来は閉ざされますよ。これが最善の道です」

 アタシの頬から手を離し、フフッと占い師が笑う。

「よろしく、勇者さま。賢者さまと、お仲間のみなさま。あなた方を、よりよい未来に導いてさしあげましょう」


「アレッサンドロさんがボク達の仲間に?」

 クロードとアランが、おお! と声をあげる。


 しかし、

「本当に、あなたは愚かですね……」

 学者様の冷たい声が……


「占い師を仲間にするとは……。言葉巧みに悩んでいる者を騙す、最低な詐欺師だというのに……」

「そんな、いくら何でも失礼ですよ、テオドールさん」


「では、質問します。どういった意図で、占い師を仲間に加えたのでしょう?」


 う。


「魔王戦で、どのような戦いをしてもらうつもりなのです?」


 ぐ。


「戦闘力のない人間ばかりを味方にしたら、勝てませんよ? 魔王に総ダメージ1億を出せなくなります」


 ぐは。


 アタシは目の前のテーブルにつっぷした。


 ああああああ、アタシ、ますます自爆魔法コースに近づいてしまったのね……


「フフッ、落ち込んじゃって、可愛いな。本当、あんた、イカすぜ、お嬢ちゃん」


 テーブルの上の丸い大きな水晶玉をはさむ形で、アレッサンドロさんと目が合った。


「あんたみたいな凄い子、そうそういねえ。出逢えて、嬉しいぜ……」


 え?


「……惚れちまいそうだ」


 ほ、ほんと、ですか、おじさま?


 アレッサンドロ様が口元に笑みを浮かべる、肉食獣のように。

……かっこいい……

 大人の男の色気? フェロモンって感じ。


 後ろがなんかうるさい。

 ジョゼ兄さまが暴れてるっぽい。

『俺のジャンヌに何をする!』とか何とか。

 クロードとアランが押さえてくれてるから平気だけど。

 静かにしてよ、兄さま。

 アレッサンドロ様のお言葉、聞きそびれたらどーしてくれるのよ。


 にやにやと、アレッサ……ああ、もう、長いわ! 略称ドロ様が笑う。


「お嬢ちゃん……」

 はい!


「あんた、死ぬぜ」


 は?


「まちがいないな」

 ドロ様の骨太の大きな手が、ゆっくり丸い水晶を撫でている。


「水晶のお告げだ。このままではあんた、早ければ三日後、かなりな確率で九十六日後に死亡する。一年後には……あの世だな」


 え〜〜〜〜〜


「あんたの運気、最低最悪なんだ」

 フフッとドロ様が楽しそうに笑う。


「これから先の未来は、不幸のてんこもりだ。これでもかってぐらいに、男につきまとわられ、責められるぜ。次から次へと、だ。こんな不幸を背負いこむ女、初めてだ。かわいそうすぎて、惚れぼれしちまうぜ……」


「アタシ……死ぬんですか?」


「このままだと、な」

 ドロ様がテーブルに両肘をつき、組み合わせた手で口元を隠す。

 そして、いたわるようにアタシを見つめる。

「けど、安心しな、お嬢ちゃん。俺がついてるんだ。あんたの運命を……良い方向に導いてやる」

「アレッサンドロさん……」

「あんたを救う為に、俺は仲間になったんだ。俺を、信じろ。死から遠ざけてやる」

「本当ですか!」

「ああ」

 ドロ様がフフッと微笑みながら、テーブルの下から赤い物を取り出した。


「あんたの開運グッズはズバリこれさ! コーラルの護符つきペンダント! 海の宝石と呼ばれる珊瑚が災いからあんたを守り、運気をアップさせる。そして、何より」

「何より?」

「コーラルは『幸福と長寿』の象徴。身につけていれば、あんたの寿命は延びるぜ」

「おおおお!」

「今なら、この素敵な護符つきペンダントがたったのニ万ゴールドのお価格だ! 更に勇者特典として、このタイガーアイのパワーストーンを」


「おやめなさい、霊感商法はこの私が許しません」

 テオが、バン! とテーブルを叩く。


「人の弱みにつけこんで商売するなんて、人間として最低です。恥を知りなさい」


「冗談だよ、冗談」

 椅子の背もたれに上体を仰向けに寄りかからせ、自然な素振りで両手を軽く広げる。

 装飾品と衣装がかもし出す流民の雰囲気が、深みと余裕を、一層際立たせる。

 フフッと低音の笑い声がこぼれる。


「今日からは仲間さ。そのペンダントはやるよ、勇者さま」


「え? いいんですか?」


「ああ。これから、あんたの最悪な星と、それに巻き込まれる星々を眺められるんだ。見物料の前払いってとこだな」


 アタシはお礼を言って、珊瑚の護符つきペンダントを首にかけた。いい人だなあ、ドロ様、タダにしてくれるなんて♪


「お近づきのしるしに、みなさんにも」

 フフッと笑いながら、ドロ様がアクセサリーを配る。


 アランには、金運+名声+仕事運UP用のルチルクォーツ(金紅石入り水晶)のブレスレット。


 クロードには、『こつこつと努力している人』用の宝石だそうでガーネットの指輪。


 ジョゼ兄さまは、最初は「いらん!」って怒鳴ったんだけど、ドロ様に耳元で何かを囁かれたら大人しくなってプレゼントを受け取った。もらったのは……あれ?

 珊瑚の護符つきペンダント?

 アタシと一緒?

 兄さまのが赤くて、アタシのはややピンクだけど。

「赤珊瑚は、生命力・活力を高め、心身のバランスを保つ。悪魔を退け、水難・嵐・落雷・火事から装備者を守るとも言われている。戦い続ける男には、心強い助けとなるだろう」

「アタシとお揃いね」

 兄さまは、頬をほんの少し染めて、わざとらしくムッと唇を閉じた。

「ま、まあ……これなら付けてやってもいい」とか何とか言っちゃって。


 お師匠様には、幾層にもファントムが重なったファントムクリスタル(山入り水晶・幻想水晶)付きペンダント。

「ファントムクリスタルは、過去の思い出と未来への道標を示します。生まれ変わる力を導くとも言われています」

 お師匠様は、受け取ったペンダントをためつすがめつ見つめていた。


「そして、そこの君には」

「いりません」テオの答えは早かった。


「悪徳霊感商法の常套手段ではないですか。最初は無料だと物品を渡し、信頼を得てから高額な商品を売りつける。私はそんな愚かな手管にのりません」


「おやおや。手管だと思うのなら、貰うだけ貰って、その後は無視すればよいのでは?」

 ドロ様が、楽しそうにフフッと笑う。

「それとも、怖いのかな? 一度でも、占い師から物を貰うと、ご自慢の冷静な判断が鈍りますかねえ?」

「そんな事はありません。私は常に冷静です」


「なら、受け取ったらどうです? 勇者仲間へのプレゼント……護符としてお渡ししてるんですよ」


 ドロ様はテオの左の手首に、紫の石のブレスレットを通した。


「アメジスト……高貴な紫の石、才能を引き出すと言われる石。知的な君にはぴったりじゃあないか」


 うさんくさそうにブレスレットを見つめるテオ。

 ドロ様は、フフッと笑う。


「そのブレスレットを持っていれば、一年以内に、君に最愛の恋人が現れるだろう」

「ほう?」

「アメジストは恋愛運をアップさせるからね」


「そんなモノを私に?」

 テオがフンと鼻で笑う。

「カモにできそうな人間かしっかりと見極めてから、行動してはいかがです? 私が恋人を欲しがっているようにでも見えますか?」

「ああ。君の星は、そう望んでいるように見えるね」

 テオが、あからさまに侮蔑の表情を浮かべる。

「恋人など、欲しいと思った事は一度もありません。私の会話相手が務まる女性が実在しているのならともかく……くだらぬ価値観の押しつけにも、無意味な外出に同伴を求められる事にも、うんざりしているのです。女性の為に、これ以上時間を割きたくありませんね」


「おやおや、すっぱりと女性を切り捨ててしまうのかい? 研究もしないで? 学問の徒である君らしくもない発言だ」

 ドロ様は、大げさに肩をすくめた。

「けど、それじゃ、不味いだろ? 現勇者さまは女性なんだ。女性の心が理解できなければ、女性が真に必要とするサポートそのものがわからない。学者として、正しい助言がしづらいんじゃないか?」

 テオがムッと眉を寄せ、アタシを横目で見る。

 むぅ。そんな目で見ないでよ……


「あなたの言う事にも、一理あるかもしれませんね」

 学者様がメガネをかけ直す。

「しかし、女性と親交を深める(イコール)恋愛は、短絡すぎです。恋愛相手など、私には不要です」


「いやいや。素敵な女性を見つけられれば、新たな道が生まれるかもしれない」

 ドロ様が肉食獣のように笑う。

「一人の女性を娶って独立する……親元から離れるいい機会(チャンス)じゃないかね?」


 テオが更に眉をひそめる。

「……何処で私の情報を買ったのです? 私が独身である事や家族のことを……」


「水晶が俺にそう告げたのさ」

 ドロ様が無精髭を撫でながら、言う。

「ちゃんと占わせてくれりゃ、もっといろいろ見えるぜ。あんたの進むべき未来について、正しい助言をしてやれる」


「……結構です。詐欺師の話になど耳を傾けたくありません」

 ツーンと顔をそむけるテオ。

 対するドロ様は、余裕の笑みだ。


「それはそれとして……この世界のどっかには、あんた好みの知的な女性がきっと居る。ものわかりが良くて、押しつけがましくない女性がね。いなきゃ、得意の教鞭で仕込むって手もあるが……」

『得意の教鞭』と言われ、テオがピクッと反応する。何故、知っているのだ、というように。


 ドロ様が、大人の男くささ全開で、にやっと微笑んだ。

「一年間、試しにブレスレットを持ってみな。かわいい恋人ができて生活ががらっと変わりゃめっけもの、現れなくても『やっは占いなんて嘘っぱちだ』って吹聴する格好のキッカケだろ? 証拠を揃えて占いを糾弾できるのは、学術研究家として本望なんじゃ無いのかい?」


「……一年以内に、私に恋人ができたとしても、断じてブレスレットのせいではありません。そういう未来だったというだけです」

 占い師の言葉なんか、絶対、信じませんと、言いながら、テオはブレスレットを外して、アカデミックドレスのポケットにしまっていた。とっておく事にはしたようだ。



「お嬢ちゃん……もう一人の仲間……使徒さまとの合流は……明後日にしな」

 突然、まじめな顔となり、ドロ様がまた、水晶玉を撫で始める。


「今日、明日、都にとどまっていないと……あんた、星を逃す……仲間にすべき人達に出会いそこねる……」

 すごい、さすが国一番の占い師……マルタンがよそにいる事も、明日には合流するはずだった事も知っているのか。


「星はニ……或いは三、あんた次第で四にも五にも増える……」

 おぉぉ! 仲間が一気にどんどん増えちゃうの? それは、すごい!

 だけど、早く合流しないとマルタンうるさいだろうなあ…… むぅ。


「マルタンは、デュラフォア領の荘園に先ほど到着したようだ」

 お師匠様は心話が使える。今、マルタンと心で会話しているそうだ。

「明日は悪霊についての情報を現地で集めるだけだ、と言っている……明後日の合流了解、下僕をとっとと増やせ……だそうだ」

 下僕じゃねーよ。


「では、決まりだな」

 フフッとドロ様が笑う。

「賢者さま、お嬢ちゃん。みんなを連れて、明日の昼前にもう一度、この店に馬車で来てくれ。お仲間候補の二人の所へ、案内しよう」


 すごい、さすが国一番の占い師…… アタシの仲間が何処にいるのかもわかるのか……


「どっちもイケ面だから、あんた萌えられると思うぜ。まあ、俺としてはあいつらの心の弱さを気にいってるんだ。もう、たっぷり稼がせてもらった事もあるしな」


 へ?


「顧客を紹介するだけじゃないですか。占いでも何でもないです」

 テオが強い口調で言う。

「勇者様、あなた、騙されていますよ」


 騙されている……?

 そんなこと、ない、ない。ドロ様、ペンダントをタダでくれた、いい人だもん。






 一日でテオとドロ様の二人を仲間にできた。

 明日は二人から五人増える、ってラッキーな情報も得られたし。


 魔王が目覚めるのは、九十六日後。仲間集めは順調!

 コーラルのペンダントも装備した! アタシ、きっと長生きできる!

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