かくも短き不在
アタシは膝をつき、その場にしゃがみこんだ。
耳をふさいでもダメだ。
キーンって金属音が、ず〜っと聞こえる。
グルグルと世界が回っている……
全身から汗がどっと噴き出して、体中が冷たい……
体が動かない……。
英雄世界でお師匠様のそっくりさんに威圧された時みたい。
だけど、あの時よりひどい。
頭の中をめちゃくちゃにかき回されているようだ。
頭が痛すぎて、考えを巡らすのが辛い……
今、いったいどうなってるのか。
みんな、どうしたのか。
気になるけど、それどころじゃない。
顔があげられない……
目も開けられない……
頭が割れるように痛い……
水音がしたような……
遠くで爆発音も……
《あああ、この音は、精霊の存在基盤を揺るがします……耐え難い苦痛の中、少しづつ私はかすれてゆき……》
体の内側から、ハアハアと乱れた息が聞こえる。
ソル……?
《ずっと聞いていれば、いずれワタクシもヴァンたちのように……。まさに、己が命を懸けた究極の被虐行為……うっとりします……》
アタシと同化している変態がたわごとをつぶやいている……
《ですが、やはり物足りない。ワタクシは女王さまのしもべ。女王さまの愛情あふれるプレイでなければ、真の悦びは訪れないのです。女王さまあってのワタクシですから……》
っくそ……うるさい。頭が痛いのにぃ、ゴチャゴチャと……
《……お助けします、女王さま》
アタシの右手が、勝手に動く。
耳を覆ってたはずなのに……胸のポケットへ……
《さあご命じください、女王さま。貫禄あふれる女主人にふさわしく、犬どもを睥睨し……『このアタシを、助けなさい』と》
だから、黙れ!
頭が痛いんだってば!
ああああ、もう!
この音、消して!
誰でもいいから、どうにかしてよ!
そう思った瞬間!
アタシの胸元から、キラキラとまぶしい光が広がったのだった……
* * * * * *
胸がドキッとした。
いきなり見知らぬ場所に居るんですもの。
どうして?
何処よ、ここは?
慌てて、周囲を見渡した。
水の壁に囲まれたところに、しゃがみこんでいる。
噴水というか、壁を伝い落ちる水というか……上下左右に流れる水の輪の中に閉じ込められているようだ。
ひんやりとした清浄な空間は、さほど広くない。
シャワー室ぐらいか。
《……楽になりました……》
息も絶えだえな掠れたか細い声が聞こえた。
《……あなたが私の内に出現した途端、音波攻撃は無効となりました。感謝します》
何処からの声だろう?
見渡しても、周りには水の壁しかない。水壁の先にぼんやりと人影が見えるけど、よく見えない。
《音声ではありません。心話です》
頭の中に、声ではない声が響く。
「あなた、だれ? ここは何処?」
《申し訳ありませんが、説明に時間を割けません》
轟音をたて、周囲の水が形を変える。
水の壁から、水の霧へ。
《ご協力ください。私は人命救助を優先します》
人命救助?
《とっさのことで、全員を守れなかったのです。一人でも死なせてしまっては、主人がお怒りになられますので……》
思念が、ふっと途絶える。
こら、まて。
せめて、どうすればいいのか言ってけ。
霧にけぶる世界が見える。
どうやら戦場に来てしまったようだ。
火花が見える。
エイリアンでも出てきそうな薄暗いジメ〜ッとした廊下で、ロボ二体が格闘をしている。
両方、人型。
一体は、全身がエメラルドグリーンのロボ。
ポニーテールの髪形、少女のような愛らしい顔、パレリーナのチュチュに似た衣装。
明らかに女性形の、人型ロボ。
アンドロイド……いや、女性型だから『ガイノイド』と言う方が正しい。
ガイノイドは滑らかな動きで、パンチやキックを繰り出し、電磁ナイフの手刀で襲い掛かる。
対するロボは、防戦一方。
ガイノイドに比べると、見た目がメカメカしい。角ばったブリキ人形みたい。ロボット三等兵のイメージ?
レトロっぽいメカが、ガイノイドの行く手を塞ぎ、攻撃をかわし、時にはボディで攻撃を受け止め、いろいろ叫ぶ。男性の声だ。
「攻撃はやめてください! この世界の偉大な文明と触れ合たいのです! 我々がしなければならないのは、戦うことではありません! 愛し合うことなのです!」
あら、やだ……
なかなかに萌えなセリフ……。
だけど、ガイノイドは、聞く耳持たず。
目からビーム。
その攻撃を、ロボット三等兵は真正面から受け止める。
おおっと!
ノー・ダメ! ブリキっぽい外見のくせに、意外と装甲が厚い。ほんのちょっと黒い煤がつくだけで済んでいる。
「あああ! お願いです! 拳を引いてください! ふんわりドレスの女性ロボならではのフォルム! ワクドキもののメタリックな塗装! ギュンギュンな決めポーズ! どれをとっても美しい! あなたを傷つけたくない!」
叫び続ける三等兵を、ガイノイドが右腕ではじき飛ばす。
でも! 壁に叩きつけられても尚! ロボット三等兵は『愛と停戦』を叫び続ける!
ステキ……
漢だわ……
胸キュンしちゃう……
殺人マシーンに一目惚れしちゃった三等兵?
あ〜 でも、洗脳された恋人を救いに来た設定でもいいかも!
萌えるわッ!
ちょっと惜しいけど!
ガイノイドではなくてアンドロイド相手に愛を叫んでくれてたら、完璧だったわ! そこだけが、少し残念。
というか、あのロボット三等兵……足が生えた金属製チェストみたいな、アレ……
ちょっとひしゃげてるけど、間違いない。
知ってる人……よね?
わたしは、自分を見た。
ロングスカート、腰につるした魔法剣、小さな手……。
この体は……。
「………」
考えるまでもない。
悩むのは、後でいいわッ!
なにをすればいいのかは、はっきりしている。
二体のロボのそばへ行かなきゃ。
あのロボット三等兵……じゃない、ロボットアーマーの人を助けなきゃ。
「危ない!」と彼が叫ぶのと、
ガイノイドがわたしを狙い、目からビームを放つのはほぼ同時だった。
光の収束がわたしへと迫る。
一瞬、ドキッとした。
け、れ、ど、も。
レーザー・ビームは、わたしを貫く前に霧散した。
エメラルド・グリーンのガイノイドが、左の指先をわたしへと向ける。
ダダダダダと響く、軽快な銃撃音。
指先からモクモクとあがる白い煙。
マシンガンだわ。
エネルギー光線が無効化されたんで、実弾での攻撃に切り替えたのだろう。
理知的な判断だ。電子頭脳らしい。
でも……
相手が悪かったわね。
どれほど凄い攻撃をしても、意味が無いのよ。
マシンガンの銃弾を弾きながら歩く、わたし。
わたしに当たるはずだった弾が、バラバラと足元へと落ちてゆく。
絵的には、アメコミに登場するスーパーヒロインってとこよね。
ぜぇ〜んぜん、そんなことないけど!
マシンガン弾を目で見て避けるとか、強靭な肉体で弾き飛ばすとか、無理。
わたしは一般人だもの。
ただ……誰もわたしを傷つけられないだけ。
ロボットアーマーの人が体当たりをかまし、ガイノイドをよろめかせる。
銃弾の軌道がそれる。
至近距離でくらっても痛くもなんともない。でも、いちおうお礼を言っておいた。
「ありがと」
「勇者様……?」
ガイノイドを押さえつけながら、ロボットアーマーの人がいぶかしそうな声をあげる。
「違うわ」
静かにかぶりを振った。
この体は、そうかもしれない。
だけど、今、宿っているのはわたし。
「あなた、発明家のルネさんね? 十六代目勇者の藤堂杏璃子です。昨日、挨拶だけ交わしましたよね、覚えていらっしゃる?」
ジャンヌちゃんの体に憑依してる理由は、さっぱりわからないけど!
なってしまった以上は、勇者として、ジャンヌちゃんのために働く。
『絶対防御』持ちのわたしが、かわいい勇者を守ってあげる!
* * * * * *
お師匠様は、神様に体を貸している間も意識はあると言っていた。
けれども、体の自由は利かないわ、憑依神と直接会話ができないわで、なぁんにもできないらしい。
神様がお還りになるまで、神様の振る舞いをボーッと眺めているだけなのだ。
今のアタシは、まさにそんな状態。
アタシの体が、ルネさんのもとへ駆け寄る。
少女ロボと力比べの体勢になっているルネさんを見上げ、その背に触れたのも、
「防御は任せて」
しゃべったのも、アタシじゃない。
アタシの体を勝手に使っている誰かだ。
ほんとにアリス先輩なの……?
問いかけようにも、口を使うことすらできない。
何があったの?
お師匠様やみんなは?
さっき周りを覆っていた水の壁……あれ、ラルムの水の障壁よね? 何でラルムの結界の中に居たわけ?
ヴァンの風結界に包まれて、みんなで逃げてたはずなのに。
ここ、何処?
知りたいことはいっぱいあるのに、なに一つ思い通りにならない。
誰かが見渡す視界を共に眺め、誰かがしゃべることを聞くだけ。
それでいて、感覚は自分のものなのだ。
右の掌にはルネさんのロボットアーマーの金属的な滑らかさが伝わってくるし、水霧の冷たさを肌で感じている。
「おおおお? どうしたことでしょう???? このロボ嬢、急にパワーダウンを???」
「わたしがあなたに触れてるからよ」
アタシの口がニコッと笑う。
「聞いたことない? 十六代目アリスの能力を」
「あいにく、そちら方面は浅学でして……」
「わたし、神様から『無敵』の加護を受けてるの。わたし及びわたしに触れている者は、あらゆる敵意・攻撃から身を守れるのよ。剣や銃の武器はむろん、魔法、薬物、何であれ……肉体を殺傷する危険のあるものは力を失うのよ」
「おおおお! 素晴らしい! リーサル・バリアーですな!」
アタシの体を使ってるのは、アリス先輩で間違いなさそうだ。
でも、昨日、英雄世界で別れたばっかの先輩が、なんでアタシの体を???
「あなたへの攻撃は、ぜぇんぶわたしが無効化する。相手は手だしできないんですもの。やりたい放題よ。そいつ、やっちゃって!」
アリス先輩は、悪女のように高笑いを始めた。
始めたんだけど……
「嫌です」
どキッパリと発明家は断った。
「活動中のロボを破壊せよとおっしゃるのですか? 殺人ならぬ殺メカですぞ」
「爆破しろとまでは言わないわ。行動不能にできればいいのよ。手足をもいじゃうとか、行動中枢機能をぶっ壊すとかできない?」
「……やりたくありません」
『できない』ではなく、『やりたくない』らしい。
「あなたねえ! ジャンヌちゃんの仲間なんでしょ? ジャンヌちゃんが襲われて、大ピンチなのよ! この子が死んだら、どうするのよ?」
「う」
ロボット少女を押さえつけながら、発明家はがっくりとうなだれた。
「……わかりました。おっしゃる通りです。勇者様が亡くなられたら、我々の世界は終わり」
そうね。
「魔王戦で私の発明品が大活躍し、ルネ工房が注目を浴び大喝采、大繁盛! の、輝かしい未来も訪れなくなります」
ぉい。
「……涙をのんで、暴力を見逃しましょう。さ、さ、さ、勇者様、どうぞ……。私は目をそらしておりますので……この美しいロボをお好きにケチョンケチョンになさってください……」
「あんたがやるのよ!」
アリス先輩が、怒鳴る。
無理もない。
『絶対防御』持ちの先輩は、勇者史上ピカ一の防御力を誇っている。
だけど、その分、攻撃力は残念なのだ。
肉体能力は一般人といっしょ。戦闘はぜ〜んぶ、仲間に投げてたから……攻撃力は勇者史上たぶんダントツの……。
「ぼやぼやしてたら、他の警備ロボがくるわ! 早くやって!」
「そんなご無体な! ああああ……せ、せめて、心の準備と、あのロボ嬢のデータ収集とスケッチをする時間を」
「今すぐやれ!」
無理無理! とばかりに、フルフェイスのヘルメットがぶんぶんと振り回される。
《主人よ。吾輩に命令を》
雷のレイの声が聞こえた。
耳から聞こえる声じゃない。契約の石からアタシの心に、心話を送ってきているのだろう。
《主人とその仲間の守護の為であれば自由に動くことを許可する、という言が欲しい》
アタシ、今、しゃべれないんだけど。
《命令は、言葉にせずともいい、心の中で『命令』と意識するだけで成り立つ。もう忘れられたのか? 頭の悪いおなごである》
む!
あんたってば、何でそう!
《主人よ、時間がない。吾輩に命令を。あのガイノイドを沈黙させる》
あんたが挑発するから、時間が無くなるんでしょうが!
《機械文明後進世界の勇者よ、吾輩には高度な機械知識がある。十六代目勇者が超能力ジャマーを無効化している今をおいて、好機は無し。全てを吾輩に委ねよ》
超能力ジャマーって、もしかして、さっきの怪音波?
あれって頭痛を誘う機械?
《そのような可愛い兵器ではない》
嘲笑のイメージが伝わってきた。
《説明すると長い。要点だけ、簡潔に言う。常人にも悪影響の及ぶ音波であるが、主たる目的は魔法及びそれに類する能力の撹乱・遮断にある。魔法のありように影響を及ぼす、波長攻撃である。浴び続ければ、魔法使いは精神攻撃に耐えられず発狂するであろう》
げ。
《しかし、あの超音波の影響を多大に受けるのは、精神生命体である精霊である。あれは我らの存在基盤を破壊する》
現にと、もったいつけて雷の精霊が言う。
《ヴァンとピオ、ピロ様とピクが四散しておる。ラルムとソルは弱体化した。更に言えば、ルーチェは導き手の職務中。吾輩の他に、主人を救える存在はいないのである》




