異世界でいきなり襲われたんだがどうすればいいのか
転移のまぶしい光が消え……
アタシたちは、奇妙なぐらい静かな場所に現れていた。
窓のない部屋を、天井に敷き詰められた灯りが、仄暗く青く照らしている。
教会堂……?
奥行きのある縦長の部屋の正面、一番奥に、金色に輝く大きな台が設置されている。
神様の像はないけれど、祭壇のような。
青い世界の中で、そこだけが異なる光を放って、輝いている。
祭壇まで続く細い通路の両側には、丈の低い金属の箱が、ずら~と並んでいる。信者用の椅子……かな?
《ここ、教会堂?》
ニコラは、アタシと同じ印象を受けたようだ。
白い幽霊にぴったりと寄り添われているセザールおじーちゃんも、
「うむ。異世界神への祈りの場やもしれん」
と、頷く。
ニコラはずーっと『いたいのいたいのとんでけー』で、おじーちゃんの苦痛を消してあげているのだとか。
片腕のおじーちゃんは、しゃきっとしていてる。注意深く辺りを窺うその姿は、ベテランの狩人そのもの。体調は悪くなさそう。
くっついている二人は、仲良しの祖父と孫みたいだ。
「そーよね。パイプオルガンの音色が聞こえてきそうな感じ!」
この部屋には、厳かで清らかな天上の音楽がぴったり!
そう思ったら、部屋の沈黙を破るような騒音が……。
振り返ってみた。
アタシの真後ろにいた使徒様は、荷物を背負ったままうずくまるように座りこみ……グースカいびきをかいていた。
突発性眠り病が発症……もとい、魂だけが異世界へと旅立ったようだ。
どっかの人間に憑依して、その世界の邪悪退治を大喜びでやっているんだろう。
時も場合もおかまいなく寝るわよね、こいつ……
お師匠様はそんなマルタンを無表情な顔で見下ろし、ポツンと。
「珍しい。相当、疲れているようだな。いびきをかくとは……」
……問題はそこですか、お師匠様?
「いやいやいや。ここは宗教施設ではありません。スキャンしたところ、祭壇のようなあれは機械でした。おそらくは制御盤でしょう」
ルネさんのフル・ロボットアーマーのあっちこっちが、ピーピーと赤く光っている。点滅してるところが計器なの?
「そして、そして! 室内に整然と並ぶ箱は、きっと密閉型カプセル! 天井からの射光は、紫外線光!」
「紫外線?」
「紫外線を直接照射することで、室内の細菌を除去しておるのです。英雄世界では、わりとポピュラーな殺菌・消毒方法でしたぞ。秋葉原で紫外線を使用する消毒器やらランプを見てきました」
へー
役に立つこともあるんだ、紫外線。
「はっはっは。勇者様、ランプを直接見ない方がよろしいですぞ」
ルネさんが明るく笑う。
「人体にも有害な光だそうです。長時間浴びていると、皮膚の病気になるのだとか」
そーいう事は早く言って!
「ヴァン!」
まず結界魔法が得意な風精霊を呼び出し、
「ルーチェさん!」
光精霊の名前を呼んだ。紫外線は光の一部。ルーチェさんなら御せるはずだから。
だけど……
ピンポンパンポーン。
《ただいま、導き手の職務中です。呼びかけにお応えすることができません。三時間四十一分後でしたら、おそらく通話可能です。ご用の時はピーという音の後にメッセージをどうぞ》
契約の石から、ンなメッセージが……。
又かよ。
留守録機能を改善するって言ってたのに、ぜんぜん変わってないし。
でも、まあ……空いた時間だけのパートタイマーしもべなんだし、しょうがない。
「……忙しいなら、いいわ。またね」
プツン。ツー、ツー、ツー。
《おっけぇ。結界だな》
アタシにウィンクしてから、緑クマさんが背のショートマントをバサーッと翻す。
薄緑色のマントがどんどん広がり、ふくらんでゆき……
アタシたちを包み込むように、巨大な半球状のドームとなって完成した。
《ジャンヌー ボクもボクも! ボクもよんでー ボクが今日の護衛当番なんだよー》
《百一代目勇者様。私も実体化します。あなたはマサタカ様と違って脆弱なのです。その辺でうっかり死んだりしないよう、私が守ってさしあげましょう》
《女王さま……ワタクシめもお使いください……。誰よりも逞しいワタクシが、さながら青い果実なお体に、ひっそりと、潜りこみ……ご満足いただけるまで、カチカチ、パンパンとなって、ご奉仕いたします……》
出せ出せうるさい、炎・水・土の精霊も呼び出した。
もちろん、ハァハァしてる土の精霊には制裁を加えたわ。
抱き上げて、顔をぎゅむぎゅむ。
ラブリーなぬいぐま姿だと、蹴っとばせないのよねえ……。
「紫外線消毒ランプは、無人時に点灯されます。ここは倉庫かもしれませんなあ。カプセルの中には、この世界ならではの発明品が詰まっているのやも!」
「ルネ。移動したい。周囲の探索は可能か?」
「もちろんです、賢者様!」
「この世界の人間と接触したいのだが、何処に居るか調べられるか?」
「このルネを頼ってくださるとは! さすが、賢者様。お目が、高い!」
ロボットアーマーの人が、バーン! と機械の胸を叩く。
「生命反応がある方角を目指せばよろしいのですな? とりあえずこちらへ」
ガッションガッション、ドスン、ドォン!
けたたましい音を響かせながらルネさんは、何もない壁へと向かう。
つるっつるの金属でできた壁だ。
「スキャンしました。この先に空間が広がっています。おそらく廊下です」
その壁が扉だと、ルネさんは言う。
取っ手はないけど……。
ルネさんは機械の手で壁をペタペタ、その場で回転、機械の両手を前後左右に振り回し……。
「なにしてるの?」
「あ〜 いやいや。何処かにセンサーがあるはずなので、自動ドアの」
「自動ドア?」
「英雄世界でご使用になられませんでしたか? 人や物が近づくとパパッと開き、通り過ぎるとパパッと閉まるからくり扉です」
「へー 英雄世界に、そんなのあったんだ」
サクライ先輩のご自宅や、アジトには無かったなあ。
「マットスイッチではないし、タッチプレートでもない。動体検知センサーでもない。カードスイッチ制御にしても、差込口が見当たらない。となると、電波鍵? 特殊信号を受信し、扉が開閉? むぅぅぅ、となると……」
「ルネ。扉を壊すなよ」
お師匠様の警告に、もちろんですとも! と、やたら明るい声で発明家は答えた。
「もしかしたら、中からは開けられぬ仕組みなのかもしれませんな」
《外からなら開けられる?》
白い幽霊ニコラの問いに、「その可能性もあります」と発明家が答える。
《わかった。ぼく、見てくるよ》
かわいらしく微笑んで、走り出すニコラ。
壁に近づいても、スピードはゆるめない。そのまま走って、壁に沁みこむようにスーッと消える。
壁をすりぬけた?
さ、さすが幽霊……。
《廊下に出たよー》
声はすれども姿はなし。
ニコラは扉の向こうにいるっぽい。
「廊下に人はいるか?」と、お師匠様。
《いなーい。くら〜い廊下がずーっと続いている》
「そちらから扉を開けられそうですかな? それっぽい装置はありませんか?」と、ルネさん。
《ん〜 扉の横に四角い板がついてるけど、これ?》
「おおお! ビンゴ! どうです、扉開閉スイッチとか書いてありませんか?」
《書いてない……うわ! さわったら字がいっぱい出てきた! えっと……かんしシステムオールグリーン……せーめーいじそーちイジョーなし》
勇者と仲間には、神様から自動翻訳機能が贈られている。
だけど、ニコラは八才だ。異世界文字を読めても、意味までは理解できていないっぽい。イントネーションが変。
「タッチパネル式ですか? 音声ガイダンスは ありませんかな? ない? なければ、おそらく最初の画面に……」
あれこれ指示を飛ばすルネさん。
扉の向こうでニコラは、制御装置を相手に悪戦苦闘してるっぽい。
まだしばらくかかりそう。
やることがないんで、アタシは青い部屋を見渡した。
ずら〜っと並んだ『密閉型カプセル』。部屋の奥には金色に輝く『制御盤』。
金ぴかな『制御盤』は、扉のちょうど逆方向。そこから、扉の開閉をコントロールするんじゃ不便すぎる。たぶん、部屋の中のものをコントロールする為の装置なんだろう。
視線が、ふと足元に向いた。
使徒様は、まだご就寝中だ。いびきをかいている。
「ヴァン。移動になったら、使徒様を運んで」
《え? オレが?》
緑クマさんが、びっくり! って感じに身をそらせる。
《オジョーチャン。オレ、今、防御結界張ってるんだよ? 運搬役は別の奴に振ってくれよ》
「うん。でも、精霊だもん、複数の力を同時に使えるでしょ? 結界維持と運搬、両方できるわよね?」
《できるけど……。前に言ったよな、その男、苦手だって》
聞いたわ。
ペースを乱されるから、側にいるのが嫌なんでしょ?
でも、誰かに頼まなきゃいけないのよ。
使徒様の運搬係は、ジョゼ兄さまだった。
力持ちの兄さまは、自分の荷物+マルタン+マルタンの荷物まで運んでくれてた。
けど、今、居ないし。
片腕のセザールおじーちゃんや子供のニコラには、頼めない。
お師匠様は、けっこう大きな荷物入れを背負っている。ロボットアーマーの人は、いろいろ忙しそうだ。
と、なれば……
「ヴァンが適役だと思うのよ」
今は寝てるけど、使徒様、いつ起きるかわかんないのよ。
傲岸でハチャメチャな使徒様が暴れだしたら、きっと誰にも止められない。
けど、ヴァンならどうにかしてくれそう。そんな期待が持てる。十一人の精霊支配者に仕えてきたベテラン精霊だもん。
《いやいやいやいや! 無理だから! その人いろいろ規格外だし、実力は上位者相当! このオレのテクニックなんか通じないぜ!》
《何故、私でなくヴァンに頼むのです? 私はこの四体の中では一番格が高いのですよ。たかが人間のくせに、私を無能扱いするのはやめてくれませんか?》
《ほら、ラルム君もこー言ってるし! やる気満々だし! オレは、パスってことで!》
《ハァハァ……ワタクシめは、頼りにならぬと……あああ、無能だと……。ハァハァ》
アタシの思考を読んだ、風・水・土精霊が、ぎゃーぎゃー騒ぐ。
炎のぬいぐまは、三体からちょっと離れたところに立っていた。
でもって、
《ヴァン、がんばってねー》
えへ♪ っとかわいらしく首をかしげ、ヴァンへと手を振る。
やぁん、ラブリー。
《……ラブリー》
ヴァンは、アタシとピオさんを順に眺め、それからトテトテと短い足でピオさんの隣に走り寄り、並んで……
《えへ♪》
大きな頭を傾けて、アタシに見せ付けるように愛らしいポーズをとった。
う!
ピオさんのまねっこ!
赤と緑のぬいぐまのツイン『えへ♪』!
か、か、か、わぁいい……
《ねえ、ジャンヌぅ。おねがぁい、オレちゃんを、イジメないで〜》
ぐ!
幼児語!
《こぉぉんなちっちゃな緑クマさんなんだよぉ。あんなおっきな使徒様、むりぃ。運べなぁいよぉ》
ちょ。
やめてよ、その舌ったらずなしゃべり方。
ほんのちょびっとうつむき、上目づかいでアタシを見て……
《わかってくれる……よね?》
そ、そんな、消え入りそうな、小さな、声、で……。
……アタシのハートに、ずっきゅんと何かが突き刺さった。
魂の奥深いところが揺さぶられてしまったのだ……
胸がキュンキュンキュンキュン鳴った!
鳴り響いてしまった!
やだ、もう! かわいい! かわいい! かわいい!
我慢できなくなって、アタシは緑クマさんを抱きしめた!
ほにゃっとしてて、くったりしてて、ふわふわ……
あああ……
抱き心地最高……
《ジャンヌぅ》
「なぁに?」
《あのね、あのね、使徒様の運び役はぁ、ラルム君にぃ》
「それはダメ。ヴァンに頼む」
キュンキュンしても、理性は失わないわ!
《チッ!》
アタシの腕の中の緑クマさんが、舌打ちを漏らし、口元をゆがめる。
《ヴァンは、ガサツなのー》
足元から、ピオさんののほほんとした声がする。
《ラブリーなぬいぐまならー 表情はやわらかくー 動作はスローモーにー 無防備な感じにぃー ワキを締めてー やや内股にするといいのー》
《なるほど! ワキを締め、内角をえぐるように媚びるべし! 媚びるべし! だな。 よぉし、やり直すぞ! 今度こそ、オレの魅力でオジョーチャンはノックダウンだぜ!》
……どうぞ。
てか、やり直したって、いっしょよ。
使徒様の運び役は、ヴァン。
その決定は覆りません。
《!》
突然、アタシの腕の中から緑クマさんが消える。
で、すぐ側に緑の髪の男が現れる。
ふわっとした薄布を体に巻きつけて腰でとめた、膝上のワンピースみたいな服装。背には薄緑色のショート・マント、履物は踵に翼のついたサンダル。
ヴァンの人型だ。
眉をしかめ、前方をみすえる表情は厳しい。
人当たりのいい彼っぽくない顔というか。
「ヴァン?」
どうしたの? って聞く前に、体ががくんと揺れた。
一瞬の浮遊感の後、
ちょっと強い風がアタシたちの間を吹き抜け……
風をまとわりつかせながら、アタシたちは違う場所に立っていた。
埋め込み式の照明がポツポツとついている、薄暗い廊下がどこまでも続いている。
高い天井も壁も、金属がむきだしみたいな感じでそっけない。
そんな廊下が、どんどん流れゆく。
走っていないのに、全力疾走以上のスピードで。
「なにこれ?」
アタシだけじゃない、側にいた使徒様も、セザールおじーちゃんも、ルネさんもお師匠様も、み〜んな宙を飛んでる。
《ソル》
ヴァンから名前を呼ばれた土精霊が、アタシの中にスッと入り込んでくる。
同化して、アタシの防御力を高めたのだ。
「ヴァン。おまえの仕業か?」
お師匠様の問いに、緑髪の男がそっけなく答える。
《はい。緊急対応なので、主人の守護を優先しました。風結界でみなさんを包んで、運んでます》
「おおお! 瞬間移動したのですね! というか、そんなことが出来るのでしたら、さっき扉の外に我々を運んでくださればよかったのに!」
ルネさんの抗議にも、
《主人から頼まれなかったんでね》
と、ぶっきらぼうに答える。
《オレは風から風へと渡れる。とはいえ、この世界は、どうも勝手が違って……空気の対流がない空間が多すぎる。正直、あまり飛びたくなかったんだが、》
ルネさんではなく、アタシを横目で見つめ、
《多少の荒事もしかたない。オレの女のためだからな》と、ウィンク。こういうところは、いつもとおりだけど……。
景色がどんどん流れてゆく。
時々、扉っぽい所がある。番号が割り振られてるみたいだけど、速すぎてよく見えない。
たまに、不自然に景色が変わるし。パッパッと短距離移動してるっぽい。
「何処へ向かってる?」とお師匠様。
《さあ? 一応、人がいそうな方角を目指してはいます。が、安全第一な道を選んでますんで、あんま期待しないでください》
もしかして、狙われてるの? アタシたち?
《気づいていなかったのですか?》
呆れたと言わんばかりの口調で、ラルムが言う。
カガミ マサタカ先輩そっくりな水精霊は、寝こけている使徒様を両腕で抱えあげている……。
それ、お姫様抱っこじゃ……。
《先ほどの部屋では、麻酔ガスを噴射されました》
麻酔ガス?
《非致死性兵器です。この世界の者が、人体に麻痺と睡眠を促す薬物を散布したのです》
え?
《呼吸器だけでなく、皮膚からも吸収される物質でした。他にも、スピーカーからあなた方には非可聴な音が流れていました。人間には有害な音響兵器の可能性も考慮し、ヴァンは逃亡を開始したのです》
「我々は、立ち入り禁止区域に入り込んでしまったのやもしれんな。神域か、軍事・機密施設、或いは牢獄か……」
お師匠様は静かな眼差しで、辺りを窺っている。
「こちらに敵意が無いことを、心話にて知らせてみよう」
話が通じる相手ならばいいが、とお師匠様がひとりごちる。
「でしたら、私も電波メッセージを発信いたしましょう」
とロボットアーマーの人が言うと、赤クマさんが大きくかぶりを振った。
《それはダメー 危険ー 逃亡中なのに、位置がとくていされちゃうー》
せっかくヴァンが姿を消して、音も消して飛んでるんだよー と、ピオさんがブーイングをする。
「いやいやいや! その心配はご無用! 追っ手に見つかったら、困る! そんな時にはこれですぞ! 『ばっく みゅーじっく君 PART2』!」
ババーン! とばかりに、発明家が腹部のトランクから四角い箱を取り出す。
「勇者様からご好評を博しました音響機器『ばっく みゅーじっく君』を更に改良! 音楽を聴きたい人のもとへ、自ら歩いてゆく機械としました! これさえあれば、いつでも何処でも音楽を! もとい! 姿を隠したまま、録音メッセージを一人歩きさせられます!」
む?
ロボットアーマーの人が、長方形の箱型機械に向かっておしゃべりをする。
「こちらは百一代目勇者と仲間一行。この世界に、文化交流に参りました。決して怪しい者ではありません、攻撃はおやめください。我々の願いは三つ! 一つ、魔王の呪いにて瀕死のセザール様の治癒! こちらの医療技術であれば、セザール様をお救いいただけると信じております! 二つ、この世界の技術研修! できますれば、発明家ルネにこちらの世界の高科学文明をご伝授ください! そして、三つめ! パワーあふれるイケメンを、六十六日後にほんの数時間ほどお貸しいただきたい! 魔王に100万以上のダメージを叩き込んでいただきたいのです! 以上であります!」
ルネさんがスイッチを押すと、箱型機械が変形。底にシャキーンと四つの滑車が!
『ばっく みゅーじっく君 PART2』はコロコロと床を転がり、アタシたちとは反対方向に進んでいった。
『こちらは百一代目勇者と仲間一行……』とがなりたてる録音メッセージは、やがて聞こえなくなった。
「ニコラくんは?」
セザールおじーちゃんが、キョロキョロと辺りを見ている。おじーちゃんが大きく動くと、中身のない右袖がパタパタとはためく。
「あの子は何処です?」
「そーよ、ニコラは?」
一人だけ廊下に居たのに!
《悪ぃ。拾ってる暇がなかった》と、ヴァン。
《あの個体は幽霊です。あなた方より私達精霊に近い。肉体のない彼には、毒ガスも音響兵器も脅威たりえません。心配は無用です》と、ラルム。
む。
「たとえそーでも! 置いてかれたのよ! 一人ぼっちになってるのよ! ニコラがかわいそうでしょう!」
《かわいそう? 愚かな感情ですね。あなたはあの個体を子供と認識していますが、あれは精神生命体であって、あなたの四倍近くの年月を》
あ〜 もう!
うるさい!
「ピロおじーちゃん!」
頼りになる氷精霊をまず呼び出し、
「ピクさん!」
心優しい闇精霊にも来てもらった。
《白い幽霊を迎えに行けばよいのだな、クマー? 行くぞ、ピク》
《はい、ピロさま。おら、行って来るだ、ジャンヌ》
ピロおじーちゃんとピクさんが、フッと消える。
《この状況で、戦力を分断するなんて……。どうしてあなたは、論理的な思考ができないのです。迎えなど不要です。幽霊は、物質透過、物質転送、物質浮遊、透明化などの技が使用できます。放っておいても合流できる者に対し戦力を割き、あなたの護衛が手薄になってしまっては、》
「アタシがいやなの!」
心が読めるくせに、どーしてアタシの感情が理解できないのよ、あんたは!
「ニコラくんを一人にしたくないの! だから、迎えに行ってもらう! それだけよ!」
ニコラは、五十二年前に死んでいる。
屋敷に押し入った賊に、眠ったまま急所を一突きされて殺された……らしい。
それからずーっと、フィアンセのアンヌちゃんに会える日を夢見て地上に留まっていたのだ。
五十二年も一人ぼっちで、寂しくって……それで邪霊に騙されて、殺人を犯してしまったのだ。
もう二度と、ニコラに寂しい思いはさせない。
《百一代目勇者様。あなたは》
ラルムが何か言いかけた時、
《攻撃きたー!》
ピオさんが叫んだ。
青緑色の光が視覚の隅に走った。
幾筋かの光が、アタシたちの側まで直進し、それからあらぬ方向に曲がってゆく。
「なに、今の?」
《レーザー光線》
あっけらかーんと、ピオさんが答える。
《ヴァンの結界は、空間を歪曲するからー ぜーんぶ、それたけど》
「強いエネルギーを持つ光線の照射攻撃です。前方からの照射ですな」
計測器をピカピカさせながら、発明家。
「飛び道具ですか……威嚇であればいいのですが」
セザールおじーちゃんが、ポツリとつぶやく。
そして……
耳をキーンとつんざく不快音が響き渡ったのだった……