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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
75/236

◆四つの夜◆

「あれ? ジャンヌ、どーしたの?」

 扉の前で、主人(あるじ)が狼狽する。

 突然部屋にやって来たを女勇者は、いつになく覇気が無い。意気消沈した姿が、主人をいっそう動揺させる。


「お、お茶飲む? おいしいチョコもあるよ。ジャンヌが好きなクッキーも」

「……いらない」

 うつむいたままの勇者を、主人はあたふたと部屋に招きいれた。


 ユーヴェは子猫の姿のまま、ソファーのクッションの上に寝そべっていた。

 用なき時、我らは猫の姿をとる。猫のごとく気ままに側をうろつく我らを、主人が好むゆえ。

 だが、今、姿を見せているのは無粋というもの。

 未熟な光精霊に、《人間の目に映らぬ姿となれ》と命じた。

 我が命に、ユーヴェが素直に従う。

 紫外線制御だけに()けた光精霊は、開いた窓より注ぐ月明かりと同化した。

 月明かりは、太陽光が月に反射して生まれる。微量ではあるが、奴の好む紫外線も含まれている。

《トネール様。見ててもいいんですか?》

 ユーヴェの質問に、《構わぬ》と答えた。主人の命なき限り、耳目は塞がず主人と共にある。それが、しもべ精霊だ。


 主人と女勇者は、ソファーに向かい合って座った。

「エスエフ界には行かないんだって?」

 元気のない声で尋ねられたためか、主人の緊張が高まる。「ふぇ」と奇声をあげ、しどろもどろに説明をする。

「うん、そう。ボク、魔力切れになっちゃってさ、いっしょに行っても役に立たないし。こっちで休めって、賢者様が……その方がいいとボクも思うんだ」

「そう」

「残ってる間に、魔王戦で使う攻撃魔法でも研究しよーかなーと」

「……このまえのアレでいいんじゃない?」

 低い声で勇者が言う。

「幻想世界のリッチを召喚した奴。周囲の魔族を一網打尽だったものね。アレなら100万以上のダメージは確実よ」

「あ〜、うん。そうだよねぇ」

 主人が慌てて、左手の上に右手を被せる。

「あの時のクロード、凄く格好良かったわ。いつの間にか、超一流の魔術師になってたのね」

「そんなこと、ない、ない。ボクは、絆石を通してお力をお借りしただけだもん。すごいのは、ボクじゃなくってダーモットさんだよ」

 えへへと、主人が笑う。

「だけど、魔王戦までまだ日があるでしょ? もっとすごい魔法が無いか調べてみる。ジョゼも修行の旅に行くし、ボクもジャンヌのためにもっと強くなりたいんだ」


 隠した左手。

 一昨日まで、そこには幻想世界のリッチと我が主人を繋ぐガーネットの指輪があった。

 けれども、今は無い。女勇者を救う為に、主人は絆石を酷使しすぎた。敵の威圧的な気を浴び、もろくなっていた石はあえなく砕けた。

 絆石を無くしたのだ、主人は二度とリッチを召喚できぬ。

 その事情を賢者には伝えたものの、気弱となっている今の女勇者に話す気は無いようだ。


「ごめんね……ジャンヌがたいへんな時に、そばにいてあげられなくて」


 女勇者がかぶりを振る。

「異世界に行くのは、仲間探しの為……セザールおじーちゃんの呪いを祓う為……その為のメンバーで行くべき。わかってるわ……わかってるけど、ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

 女勇者はもう一度、更に大きくかぶりを振った。

「……ちょっとだけ、びっくりした。あんたも兄さまも、二人とも留守番だなんて……想像してもいなかったから」


 そして、顔をあげ、ニッと笑う。

「しっかりね、クロード」

「ありがとう。ジャンヌも、ね……。異世界でジャンヌが一人ぼっちにならないように、いっしょに行くみんな、気をつけてくれるって。ルネさんも、その為にすごい発明品を準備してくれるみたいだよ。このまえみたいにジャンヌがさらわれても、すぐにわかる機械だって」

「え〜! それ、ちょっと不安」

 さきほどまで泣きそうだった女勇者が、けらけらと笑う。

「てか、どーせなら、さらわれる前に気づく機械の方がいいなあ」


「……ほんとに気をつけてね、ジャンヌ」

 主人の鼻の頭が、みるみる赤くなってゆく。

「がんばるジャンヌを助けられるよう……ボク、こっちでがんばる。強くなる。いっしょに戦いたい……ジャンヌを守りたいもの」


 えっぐえっぐと泣き始めた主人を、しょうがないわねえと笑って女勇者が慰める。


 涙もろい気弱な男と、保護者ぶる年下の女。

 これが、この二人の常態だ。

 幼い子供であった時も、魔術師と勇者となった今も、その関係は変わらない。


 ユーヴェが、じっとしておれなくなっている。泣きじゃくる主人の膝の上にのって子猫の姿で慰めたいなどと……愚かな思考まで伝わってくる。

 馬鹿め。獣の姿をとりすぎて、光精霊は思考まで獣化しているようだ。

 我らは愛玩動物ではなく、しもべであろうに。



* * * * * *



 親愛なるアネモーネへ。


 15歳のお誕生日おめでとう!


 15歳を祝うのは、これで八回目だったかな。

 だが、おめでたいことなんだ。何度言っても良いだろ?


 15歳おめでとう、アネモーネ。

 おまえは私の最高傑作だ。大きくなってくれて嬉しい! お父さんは幸せだ!

 お料理の腕もあがったね。ミートパイはとてもとてもとても美味しかったよ!


 それから、このまえは、すまなかった。

 娘との面会日に出かけてしまうなんて、ありえない。ほんとうに悪いお父さんだった。面目ない。

 おまえが許してくれるのなら、百万回でも一千万回でもお父さんは頭を下げる。『迷子くん』にはオート土下座機能が搭載されている。おまえが飽きるまで、お父さんは土下座を続けるよ。


 だが、アネモーネ。

 すまないが、今は行けない。

 知っての通り、私はおまえのおじいさまのお宅への出入りを禁止されている。

 接近禁止命令も勧告されている。お母さんの半径5m以内に近づけば、牢屋にひっぱられかねない。


 今、お父さんは捕まるわけにはいかないんだ。


 このまえの手紙でも書いたね。

 お父さんは、魔王退治の為の発明をしている。

 具体的なことは明かせないが、勇者ジャンヌ様の片腕となって、崇高なお仕事をしているのだ。


 魔王戦では、お父さんの発明品が大活躍するだろう。


 そうとなれば、ルネ工房は『もと勇者の仲間』というブランドをゲット。

 世の注目さえ浴びれば、あとは成功へまっしぐらだ。

 お父さんの発明品はどれも最高なのだ、工房は間違いなく大繁盛するだろう。


 その時こそ、おまえ達を……


 いやいやいや。その前に謝罪だな。

 魔王を倒したら、謝りに会いに行くぞ。アネモーネ。

 必ず行く。ぜったいだ。約束する。

 あともう少しだけ待っていておくれ。


 とりあえず、お誕生日のプレゼントその八を贈っておく。

 超優秀なお父さんは、賢者様に乞われ、異世界に調査研究に赴いてきた。

 その時、手に入れた異世界の発明品を贈る。

『えんやこらや君』に持たせたので、どうか受け取ってほしい。

 発明品には罪が無い。お父さんのことを怒っていても、発明品だけは大事に使ってくれ。お父さんからのお願いだ。


 どれもキュートな発明品だ。おまえも気に入ると思う。


 お父さんが特に気に入ったのはコレだ!

『おろしスプーン』!

 皿状のところが、おろしがねになっている優れもの!

 おろしてそのまま混ぜられる合理性!

 洗い物が一つ減るお得感!

 底が平らなので、手を離しても倒れない安定感!

 どれも素晴らしい!

 キッチンに直接立つ者でなければ思いもつかぬ発想! 女性視点の発明品だ!


 アネモーネ、おまえはいつも私の発明品に感想をくれたね。

 おまえの少女らしい素直な感性は、私には気づかぬことを教えてくれた。励みになっていた。早くおまえから、またアドバイスをもらえるようになりたいよ。


 他にも、ウォールステッカーという壁に貼るシールと、プラスチックという素材で出来た軽くてカラフルなアクセサリーを数点贈る。


 どれも、異世界の百均ショップという店で購入したものだ。

 文具、雑貨、キッチン・バス用品、園芸品、工具、食料品までもが豊富な品揃えで陳列されている店だった。

 専門店に行かずとも、たいていの物を購入できるシステムは実に斬新だ。

 いやはや、異世界はまったくもって面白い。

 


 明日から、お父さんは違う異世界へ行く。

 戻って来たら、お誕生日のプレゼントその九を贈るよ。

 楽しみに待っていておくれ。



 聡明で美しく心優しいアネモーネ。

 お父さんは、発明品のことを考えていない時は、いつもおまえのことばかり考えているよ。


 時々でいい。勇者様の戦いが無事に終わることを、祈っておくれ。

 世のため、人のため、そしてルネ工房のために、ね。


 それでは、また。



                    いずれ大発明家となるおまえの父より



 - * - * - * - * - * - * - * - * - * -



「えんやこらや君、アネモーネの家に届けてくれ。受け取りを拒否されたら、速やかに撤退し、いつも通り聖教会のルカ神父様にお預けするんだ。こっちが、ルカ様へのお手紙だ。頼んだぞ」

「ラジャー」


 面会日をすっぽかした父親を、アネモーネは未だに許してくれない。

 返品された『えんやこらや君』を足しげく通わせ、手紙とプレゼントを贈り続けているものの、全て突っ返されている。

 ルカ神父はお優しいお方だ。折を見て、アネモーネに胸の内を尋ね、私との仲をとりもってくださるだろうが……


 とうとう、私は……


 妻だけではなく、アネモーネにまで……


 愛想をつかされ……


………


「いやいやいやいや! 弱気は禁物!」


 落ち込んでいる暇はない!

 発明アイデア書にとりかからねば!


 セザール様の呪いの進行は、右肩から頸部、右腹部まで。

 外皮だけではなく、該当箇所の内部、つまり、骨・筋肉・神経・血管・心臓・肺・臓器まで呪われているのだ。

 その事実が判明した以上、義手だけを発明したところで無意味だ。


 首から下の呪われた箇所を切除し、生命活動に支障をきたさぬよう代替品を準備せねば。

 と、なれば……


「やはり、アレか……」

 レビン殿とシュバルツ殿。

 想像科学分野にお詳しい英雄世界の精霊から、資料は山のようにいただいた。

 映像資料も、夜も寝ないで昼寝をして、たくさん拝見した。


 創るべきものの、おおよそのイメージは完成している。

 あと必要なのは、それを構築する技術だけなのだ。



* * * * * *



《ほんとにいいの?》

 後ろ手を組み、白い幽霊が小首をかしげる。

《ぼく、行ってもいいの?》

 全身が真っ白だが、仕草は子供そのものだ。


 答えを待つ、おおきな白い眼がおれを見つめる。


 何と言おうか……


 明日から、じいちゃんに付き添っておまえも異世界に行く。女伯爵アンヌ様とのお別れは寂しいだろう、今宵は別れを惜しんで来い。

 幸い、おまえの痛み止めの技が効いて、じいちゃんは眠っている。痛みを緩和する香も焚く。たぶん、おまえが付き添わなくても大丈夫だ。

 今日は、好きなように過ごしてくれ。


 言うべき言葉はたくさんあったが……


「……いい」

 たいしたことは、口にできなかった。

「……明日から頼む」


 白い幽霊が愛らしく笑う。

《ありがとう、おにーちゃん。ぼく、アンヌの所にいるから、何かあったら呼んでね》

 オレンジ色のぬいぐるみゴーレムと手をつなぎ、白い幽霊は嬉しそうに部屋を出て行った。


「にしても、驚いたわねえ」

 おれといっしょに幽霊を見送ったジュネが、声を潜めて尋ねてくる。

「あの子、幽霊でしょ。魂だけの存在が異世界に行って、大丈夫なの? 昇天しちゃわない?」


「……大丈夫だ」

 貴族の学者が言っていた。女勇者の伴侶となる事で、あの子供の魂はこの地上に留まった。両者は深く結びついている。女勇者に同道するのであれば、異世界に移動してもその魂が散じることはない、と。

「……彼女と……いっしょだから」


「ふーん。そうなの」

 それ以上の説明は求められなかった。

 いつも、こうだ。勝手に察してくれる。

 ジュネとの会話は楽でいい。だが、そのせいで、おれの口数がよけい減っている……ような気がする。




 結局……

 ジュネと一杯やることになった。


 今はそれどころじゃない。じいちゃんが寝てる横で、飲めるか。

 だいたい、明日の朝、おまえは北に向けて旅立つんだろうが。長旅だ。しっかり寝ておけ。バテるぞ。


 言いたいことはいっぱいあったが、

「ま、ま、ま。ちょっとだけ。おじいさまを起こさないよう、静かぁにするから」

 英雄世界のリンゴ酒を押し付けられてしまった。


「……冷たい」

 円柱型の金属の塊。酒が入っているという器は、やけに冷えていた。

「キンキンに冷えてるでしょ? あっちでは、冷蔵庫って機械で何でも冷やすのが流行ってるのよ」

「……冷やす?」

 酒を?

「お土産に、クーラーボックスって保冷箱とお酒をもらったのよ。蓋を閉めて日陰に置いとけば、四日ぐらいはよく冷えたお酒がいただけるんですって」

「……だが……こんなに冷やしては」

 風味が。

「へーき、へーき。これは冷たい方が美味しくなるお酒だから」

 やけに上機嫌なジュネが、開けたげる♪ と缶の飲み口を開いてくれる。


「どう?」

「……うん」

 たしかに、冷たさが心地いい。

 酒というより、炭酸で割った果汁のようだが。

「……飲みやすい」

「でしょー?」

 ジュネが、うふふと笑う。


「保冷箱には、チーズとゼリーも入ってるの。今夜の内に、生野菜や果実も入れておいたらどうかしら? このところ、おじいさま、あまりお召し上がりになってないでしょ? 口当たりのいい冷たい料理なら、食が進むかもしれないじゃない」


「……ジュネ」


 箱を貰ってきたのは、じいちゃんの為でもあったのか……。


「……ありがとう」

 幼馴染がかぶりを振り、やわらかく微笑む。

「大丈夫よ。おじいさまの呪いは、きっと解けるわ」

「……うん」

 そうであってほしいと……思っている。


「お元気になられたら、おじいさまと祝杯ね」

「……うん」

「アレックスも誘っていい? ルネも。学者先生や賢者さまに、アップル・ブランデーの魅力をお教えするのもいいわねえ」

 飲まんだろう、あの手の(タイプ)は。

 祝い事にかこつけて飲ませる気か。

 ジュネは性格の悪さがにじみでた顔で笑っている。獲物を獲た猫とでも言おうか。

「いっそパーティ? ジャンヌちゃんたちには、ジュースで乾杯してもらえばいいものね」

「……ああ」

「北でフロストジャイアントでも手なづけようかしら。その保冷箱ね、中の保冷剤を凍らせれば何度でも使えるのよ。デザードやおつまみを冷やすのに、使えそう。ユウくんも、いい物くれたわー♪」


「……祝賀会なら……」

 一呼吸置いてから、言葉を続けた。

「……おまえのじいさんも、呼ばねば」


 トマじいさんは、じいちゃんの友人だ。

 だから、おれの家はガキだったジュネを預かり……

 ジュネが十才で獣使い屋の徒弟になるまで、いっしょに育てられたわけだが……

 今となっては、思い出したくもない過去だ。


 まあ……ジュネもあのころに比べれば、つきあいやすくなったが。


「じいさまか……。オランジュ邸まで来るかしらねえ、あの人」

 フンと鼻を鳴らすジュネ。

「あの偏屈ジジイ、魔王戦ギリギリまで村に居座ってそーな気がするけど」

 その顔からは、先ほどまでのにこやかな笑みは消えていた。


 北の村には、学校が無い。通学の為にジュネはオレの家に預けられた……と、ずっと思っていた。

 だが、理由はそれだけではない。

 今ではわかっている。


 酔いにまかせて、『あたしは鬼子だもの』とジュネが自嘲したのは一度や二度ではない。


 どう見ても女にしか見えない今のこいつが、村に馴染めないのは……当然ではあるが。

 しかし、祖父との不仲は、昔からだ。

 女装を始める前から、故郷は居心地の悪い場所だったようだ。



「ああ、もう。やめ、やめ。今度はこれいきましょう」

 ジュネが鞄から琥珀色の瓶を取り出す。こちらはあまり冷えてなさそうだ。

「こっちは、もうちょっとお酒らしいわよ。なかなか辛口。炭酸で割ると美味しいわよ」


「……ジュネ。もう、」


「これ飲んだら、寝るわよ」

 幼馴染がやけに艶っぽく笑う。


「寝しなに、あのジジイの顔、思い出したくないのよ」

「………」

「もう少し、付き合って。ね?」


 何といさめるべきか考えている間に、幼馴染が栓を開けてしまう。


 時々、こうだ。おれの意見を聞かず、好き勝手をする。

 どうしても我慢できない時は抗うが……それ以外は、まあいいかと流してしまうんで……おれの口数は増えないんだ。



* * * * * *



 月影さやかな夜。


 古城の主人は、嘆息まじりに、天鵞絨(ビロード)台の上のものを眺めていた。

 魔力をこめて生み出した魔宝石は、ひび割れ砕けてしまった。

 伝わってきた敵の波動に耐え切れず、石が自ら無に戻ることを望んだが為だ。


 再生の魔法も効果がなかった。


 石屑となってしまったガーネットでは、もはや絆石の役は果たさない。


 石を通して読めた情報(こと)――クロードの心の動き、思い、置かれている状況は、もはや何も読めず、

 石を通じて魔力を送る助力もできなくなった。


 不死の魔法使い(リッチ)ダーモットは、骨そのものの白い手で赤い欠片に触れた。

 

 火花を思わせる塊から、ゆらりと人影が現れる。

 砕かれる寸前に石が見ていた映像……石の最期の記憶だ。


 白銀の髪、白銀のローブの男が机の上にたたずむ。

 整った顔立ちの男。

 女勇者ジャンヌの師を真似たその姿は、魔力でつくられたかりそめの器だ。


 眼球すらない目で、ダーモットは器に宿る存在(もの)を探った。

 それは、深遠なる闇としか言い表せぬものだった。


《深き闇……一条の光すら許さぬ、非情なるもの……あらゆるものをひれ伏させる王者の格……いや、これはむしろ……神格……》

 その移し身から、魔力があふれている。

 つきぬ泉のごとく広がる膨大な魔力。

 その魔力には、一度触れた経験があった。


《……クロードの記憶を改竄したもの……クロードと女勇者ジャンヌを襲うた存在か……》


 クロードは五才の秋に、何ものかから忘却の魔法をかけられている。

 その前後の記憶より、少女ジャンヌが襲われたこと、幼いクロードが雷の魔法をもって果敢に戦ったことは容易に推測できた。が、その呪を払うことはかなわなかった。


 クロードに魔法をかけた術師は、ダーモット以上の魔法使い、或いは存在自体が彼よりも高位のものなのだ。


《かようなものが相手では、ひとたまりもあるまい……》


 幻を消し、大魔法使いダーモットは思索に耽った。


 明るく素直で、子供のように無邪気だった魔術師クロード。

 逆境にあろうとも決して闘志を失わなかった、女勇者ジャンヌ。


 二人との邂逅は、久々の心地よい刺激であった。

 生命力あふれる二人は、不死者となる以前の記憶を呼び覚ましてくれた。



 しばし髑髏の頭を傾げてから、大魔法使いダーモットは角つきの杖を左手に持ち立ち上がった。


 朽ちたローブをまとったその姿は、やがて闇に飲み込まれるように消え失せ……


 古城の屋根から、一匹のガーゴイルが飛び立った。

 竜王デ・ルドリウの山城を目指すそれは、主人の伝言を携えていた。

きゅんきゅんハニー 第4章 《完》



 第5章『女王の世界(仮題)』は現在執筆中です。

 8月には連載再開を! と頑張っております。遅くとも、8月下旬にはきっと!

 発表のめどがたちましたら、活動報告でお知らせします。

 これからも「きゅんきゅんハニー」をどうぞよろしくお願いいたします。


 7月中に新連載をはじめます。

 全年齢対象作品ではありませんが、閲覧可能な方はそちらも合わせてご覧いただけると嬉しいです。

 詳細は、後日活動報告でお伝えします。

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