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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
73/236

兄妹の肖像画

「お久しぶりです、母上。お元気でいらっしゃいましたか」


「あらまあまあ、ありがとう。テオからお花のプレゼントなんて、夢みたい。とってもうれしいわぁ」

 白薔薇の花束を、お母さまは笑顔で受け取った。

 ふくよかで、笑顔が可愛い小母(おば)さまだ。

 ピンクのドレスは若々しすぎるデザインだけど、ほんわかした雰囲気によく合っている。


 大事そうに抱きしめてから、お母さまは花束をメイドさんに渡した。

「絵のお部屋に生けてちょうだいね」

 よく見れば、顔のつくりは似てる。テオがぽっちゃりしてにこやかな表情になれば、そっくりかも。


「ご紹介します。百一代目勇者ジャンヌ様です」

 一歩前に進み出て、ボーヴォワール伯爵夫人にご挨拶をした。


「あなたが勇者ジャンヌさま? あらまあまあ、剣を佩いて。勇ましくてかわいらしいこと」


「はじめまして。これ……どうぞ」

 ドロ様から託された白封筒をお渡しする。国一番の占い師からですって言うとテオが嫌がるだろうから、ただ『お守りです』とだけ伝えた。

「あらまあまあ。勇者さまからお土産をいただけるなんて、感激だわぁ」

 テオのお母さまは、ニコニコの笑顔だ。


「ようこそ当家においでくださいました。勇者さまを連れて来てくれるなんて、ほぉんと、テオは優しいお兄ちゃまね。セリアちゃんも、きっと大喜びだわぁ」


「セリアちゃん?」


「妹です」

 簡潔にテオが言う。


「テオの双子の妹なのよ」

 へー 双子の妹がいたの。

 初耳。

 横目で見たけど、テオはいつも通りのツーンと澄ました顔。アタシなんか見てもいない。


「セリアちゃんはね、女の子なのに、勇者物語がとてもとても大好きなの。お人形さんやぬいぐるみに見向きもしないで、ご本ばかり読んで……ほぉんと困った子。今年は豊穣の年なのにぃ。いい殿方のもとへ嫁げば、ぜったい孫が生まれるのよ。それなのに、あの子ったら」

「母上」

「そうだわ。テオ、お茶は絵のお部屋でいただきましょう。魔王退治の旅のお話を、セリアちゃんにも聞かせてあげたいもの。ね? いいでしょ?」

 名案よねとニコニコ笑っているお母さま。


「あの部屋に通すおつもりですか?」

 テオが口元に手をあてる。

「母上お気に入りのマルゴも『外の空気を部屋に入れてはいけない』と言っているのでしょ?」

「なに言ってるの、テオ。この方は特別よ。だって、勇者さまよ。世を救う聖なるお方なのよ。邪気を持ち込むはずないもの。お通ししても、大丈夫に決まってるじゃない」


 テオがアタシをジーッと見つめる。ものすごく何か言いたそうだ。


「心配しなくても、約束は守るわよ。屋敷で見聞きしたことは、誰にも話さないわ。お師匠様にも兄さまにも、ね」


「……ありがとうございます」

 テオが頭を下げる。

 でもって、小さな声でそっと囁いてくる。

『母と話を合わせてください』と。馬車で聞いたお願いだ。

 わかった、と頷きを返した。




「うわぁ」


 通されたのは、肖像画がずらりと並んだ部屋だった。


 左右の壁に肖像画が飾られている。

 左が女の子、右が男の子。

 そっくりな顔の二人。

 双子だ。

 絵の中の双子は、少しづつ大きくなっている。

 入ってすぐは、左右ともレースに包まれたまるまるとした赤ちゃんの絵。

 次が一歳ぐらいだろう、二人ともぬいぐるみを抱っこして愛らしく笑っている。

 大きくなるにつれ、性別に合わせ衣装は異なってゆく。

 だけど、同じシチュエーションで描かれているようだ。

 二人とも、背に翼の飾りがついた白い服を着てたり。

 毬とおもちゃの船。それぞれオモチャを持ってたり。

 賢そうに、小脇に本を抱えてたり。

 外遊び、水遊び、乗馬、大人みたいにドレスアップした姿……

 同じ感じの絵が左右に並んでる。


 両壁の絵は、幼児から子供、少年少女へと変わってゆく。


 ライトブラウンの髪で、ほっそりとした繊細そうな顔だち。


 十歳を過ぎたあたりから、絵の中の男の子はメガネをかけている。女の子も二枚後の絵から、メガネをつけ始める。


 男の子が誰かは、聞くまでもない。


 アタシの横のテオは、感情を排した顔でただ前方を見ていた。


 くつろいで肖像画を見渡せるよう設置された、テーブルとソファー。

 つきあたりに見えるのは、ぴったりと閉じられた真っ赤な天鵞絨(ビロード)のカーテン。その前の花瓶置き(プラント・スタンド)にはやたらキンキラな花瓶が置かれており、テオから贈られた白薔薇が生けられていた。


 濃紺のアカデミックドレス、正方形の角帽。

 双子の絵は、途中から学者姿になっている。

 でも、違うところはある。

 テオのメガネは銀縁、妹さんは可愛い感じの丸いフレーム。

 テオは胸元にネクタイ、妹さんは白いスカーフ。

 テオはショート、妹さんはひっつめ髪。


 顔立ちにも、性別の差があらわれてる。

 顎から喉のラインとか、眉とか。

 でも、よく似ている……


「妹さんも学者なの?」

「それは……」

 テオの声に被せるように、ボーヴォワール伯爵夫人が朗らかに笑う。

「そうなの。学者なの。困った子でしょ? 早く孫をつくってお願いしてるのに、ちっとも言うことを聞かないのよ。女の子がお勉強なんかしたって、しょうがないのにねえ」

 テオのお母さまが、つきあたりの真っ赤な天鵞絨(ビロード)のカーテンに向かって話しかける。

「ね、セリアちゃん。テオがね、あなたの為に、だぁい好きな勇者さまを連れて来てくれたのよ。嬉しいでしょ? そんな所でお勉強ばかりしてないで、こちらへいらっしゃい。勇者さまといっしょにお茶をいただきましょ」


 カーテンの先に娘さんがいるかのような口ぶりだ。


 だけど……


 カーテンの先に、さほど空間はないような。

 向こうに、人がいる気配もまったく無い……。


「ほらほら、見て見て。勇者さまからお土産をいただいたのよ。お守りですって、素敵でしょ?」

 お母さまが、カーテンに向かって白封筒を振る。


 テオに目を向けると、冷めた笑みが返ってきた。静かにかぶりを振ってるし。


『母と話を合わせてください』って声が、頭の中で蘇る。


「んもう。まただんまり? いいわ、お母さまとお兄ちゃまはこちらでお茶をいただいてますからね。仲間に入りたくなったら、そこから出てらっしゃいよ。お守りも、こっちに置いておくわね」




「さ、さ、さ、勇者さま、テオ、お茶にしましょう。ラズベリーパイはお好きかしら? ラズベリーでピンク色に染めたクリームが綺麗でしょ? 私の今日のラッキー・フードは焼き菓子、ラッキー・カラーはピンクなんですの」

 茶器は、三人とも色が違った。

 お母さまはピンク、テオは白、アタシは赤だ。

 三人のそれぞれのラッキー・カラーなんだそうだ。

 もう一人分、白の茶器が並べられる。未使用のまま。その側に、お母さまが白封筒をそっと置く。

「お楽になさって。セリアちゃんにいろいろとお話を聞かせてあげてくださいましな。ご趣味は? お好きな色は? お好きな動物は? どんな修行をなさいましたの? 魔王って、やっぱりこわいお顔をしているのかしら?」


 ボーヴォワール伯爵夫人はたわいもない質問をしては、『すごいわねえ』『聞いた、セリアちゃん?』とカーテンの向こうの娘さんに話しかける。


 テオは、話を振られない限り口を開かない。

 いつもは、ペラペラと饒舌なのに。

 静かにお茶を飲んでいる……。


「テオが勇者さまを連れて来てくれるなんて。ほんと、今月はいいことばかりよね。マルゴ先生のお言葉通り、東南にお花畑をつくったおかげね。ピンクのお花が、春の良い運気をたっぷりと送ってくれたんだわ」

 そう言ってから、お母さまは口元を隠してクスクスと笑う。

「だけど、残念ねえ。今世の勇者さまは女の子で。男の子だったら、セリアちゃん、きっと恋したでしょ? そこから出る気になったわよね?」


 は?


「お母さまはね、あなたが心から望むのなら、結婚だって反対しないわ。身分差婚なんて、恋愛物語みたいだもの。とぉってもロマンチック」


 はぁ……


「それに、庶民でも勇者は勇者。不名誉というほどのご縁でもないし、お父さまも説得できたでしょうに」


 そこで、いいことを思いついたとばかりにボーヴォワール伯爵夫人がポンと手を叩く。


「テオ。魔王退治が終わったら、あなた、勇者さまと結婚したら?」


 ぶっ!


 アタシとテオは、お茶を吹きこぼした。


「ね、ね、ね? そうしなさいな。勇者ジャンヌさまは、こぉんなに可愛らしいお嬢さんだったのだもの。守護星座の相性もバッチリ。きっとうまくいくわ。あとでマルゴ先生に占ってもらいましょうよぉ」


「母上……」

 口元をハンカチで覆うテオ。その不満そうな顔に気づいていないのか無視しているのか、お母さまはニコニコ笑顔だ。

「あなたも、勇者物語、大好きだったもの。あなたとセリアちゃんは何もかもそっくりで、ほぉんと仲良しだったものねぇ」

「魔王討伐後、勇者様は賢者を継がれるのです。私ごとき俗人と恋愛関係になるなどありえません」

「弱気なことを言ってはダメ。男でしょ」

「……母上」


「それにね、考えてもみて。大好きなお兄ちゃまと勇者さまとの結婚よ。セリアちゃんも、参列したがるわ。あちらから戻って来ると思わない?」

 お母さまが熱っぽい瞳で、息子を見つめる。

「お願い。あなたも、セリアちゃんに会いたいでしょ? たった一人の妹だもの。会いたいに決まってるわ、そうでしょ? だからね、勇者さまと」


「……そろそろ診察とお薬の時間ですよ、母上」

 テオが『らしくない』ほど優しく微笑む。

魔法医(せんせい)もお待ちです。参りましょう」


「いやよ」

 お母さまが、ぷいっとそっぽを向く。

「今日は診察はいいわ。せっかく勇者さまとあなたが来てくれたんですもの。わたしは、ここであなたとセリアちゃんと一緒にいます」


「では、私と勇者様はここに残りましょう」

 穏やかな声でテオが言う。

「診察の間、セリアが寂しくないよう、話相手となっています。妙齢の女性に、悩みはつきもの。親にも話せぬ悩みを、兄や友人には気軽に話せるということもあります。しばらく私達を三人だけにしてくれませんか?」


「三人だけ……」

 テオの言葉を噛みしめるように、お母さまが首をかしげる。

「大丈夫かしら、わたしがいなくなって……セリアちゃん、ちゃんとお話できるかしら?」

「母上。セリアは人見知りはしません」

「そうね……そうだったわね」

「母上は愛情深すぎます。少し控えた方がよろしいですよ。過干渉は子供の発育の障害たりえます。時には子供から距離を置くことも必要だと、魔法医(せんせい)もおっしゃっておられたでしょう?」


「んもう。そうやって、すぐに難しいことを言ってはぐらかして」

 お母さまがプンとむくれる。

「母の愛はね、海よりも深いのよ。あなたやセリアちゃんを、わたしはね、それはもう、深ぁく深ぁく愛してるのよ」


「存じております、母上」

 テオが目を細め、優しい笑みを見せる。

「同じように、私達も母上を愛しています。どうぞご診察を。母上のご病気が重くなっては、たいへんです。セリアが悲しみますよ」




「お見苦しいところをお見せし、申し訳ございませんでした」

 お母さまが退出した後、テオはいつもと同じ冷静沈着な声で言った。

「既にお察しのことと思いますが、母は心の病気です。亡くなった娘が、どこかで生きている(・・・・・・・・・)と固く信じているのです」


 メガネのフレームを押し上げながら、テオが部屋の奥を見る。

 つられて、アタシもそっちを見つめた。

 きっちりと閉じられた、赤いカーテンがそこにはあった。

「あそこに、妹の遺影が飾られています。遺影を通じ、会話できていると思っているようです。セリアは、十九年前に流行病で亡くなっているというのに」


「十九年前?」

 アタシは部屋を見渡した。

 テオと妹さんの肖像画が、成長記録のように二つの壁に並んでるんだけど……


「肖像画は現在、二十六枚づつ。今秋、それぞれ二十七枚目が増える予定です」

 部屋の壁を一瞥し、テオが冷めた笑みを浮かべる。

「双子が産まれた時から、母は毎年一枚づつ私たちの肖像画を描かせていて……妹の死後も自称霊能占星術師のマルゴに依頼して、それを続けているのですよ」


 一方の壁には、テオの絵。赤ちゃんから始まって、子供時代、青年時代ときて、学者姿の絵が続いている。

 もう一方の壁には、妹さんの絵。テオの絵と同じ数だけ、妹さんの絵もある。

 絵の中の妹さんは成長している……


「想像画なわけ?」


「違うらしいですよ。マルゴ先生が、スピリチュアルな力で別の世界で生きている妹の姿を写しとってくださっているようです」

 テオの笑みが歪む。

「この世界のセリアは病死した。けれども、現実から分岐した別の世界では幸せに暮らしている。その世界のセリアと交信する為だと言って、マルゴは私とセリアの絵を毎年描いては、壺やら宝石やら怪しげな物と共に母に売りつけているのですよ。市価の何十倍の価格で、ね」


 馬鹿馬鹿しい! と、テオが声を荒げる。


「悲しみに暮れる母親に、亡くなった子供を呼び戻せるかもしれない、呼び戻す手助けをしましょうなどと取り入って……。占い師など、最低な詐欺師です」


 そうか……

 テオの占い嫌いの理由は……


「……しかも、まったくの嘘ではないだけに性質(たち)が悪い」


「え?」


「勇者様。並行世界について、ご存じですか?」

 聞いたことのない単語だ。

 アタシはかぶりを振った。


「神魔の思惑、人間の選択等によって、世界の存在は揺るぎ、分岐します。同一次元の別世界、よく似ているものの異なる世界、それが並行世界です」

 む?

「もしもあの時にああしていたらと、過去を悔いた事はありませんか? たとえば……勇者様が賢者様に見出されたのは、外遊びをなさっていた時と伺いましたが……その日、家の中で遊んでいたらどうなっていたでしょう?」

「どうって……見習い勇者になる時期がちょっと遅れただけじゃない?」

「かもしれません。が、勇者様が家遊びをしていたら、その行動によって世界は変化していました。そのまま賢者様に出会うことなく年月が過ぎ、勇者不在で魔王戦を迎える未来もありえたかもしれません。或いは、勇者様ではない別の人間を、賢者様が勇者と認定する未来も」

「それはないわ。百一代目勇者はアタシって決まってたのよ。遅かれ早かれ、アタシはお師匠様に見出されてたわ」

「さて、どうでしょう。『勇者は常に一人』と言われていますが、真っ先に見つかった勇者たりうる素質の者が『勇者』と認定されているだけかもしれません。他の者が勇者となっていれば、あなたは商家のお嬢さんでいられた。今とはまったく異なる人生を歩んでいたでしょう」


 な……


「……なにを言いたいの、あんた?」


「失敬。話がそれました」

 メガネをかけ直し、テオは壁の絵を見つめた。

「数多くの異世界があり、世界ごとに裏世界や並行世界が存在します。私達の世界から派生した同一次元の別世界は、似て非なる世界です。そこには、ジャンヌ様ではない勇者様が存在し、セリアが生存しているかもしれないのです」

 学者姿の妹を見つめ、テオが目を細める。

「十九年前、私も妹と同じ病を患いました。あの時、私も共に逝ってもおかしくなかった……セリアが生きている世界では、代わりに私が死んでいるかもしれません。二人揃って生き延びている世界もあるかもしれません。けれども、それは、」

 テオは静かに拳を握りしめた。

「別の世界のことです。この世界のセリアは死亡した。その事実は揺るぎません。いずれセリアが還ってくるかもしれないなど……破廉恥きわまる嘘です。母お抱えの占い師は、金の亡者の詐欺師です」


「しかし、『ここではない何処かで娘が生きている』……その妄想を支えに母は生きています。くだらぬ占いも母の精神安定には役だっています。詐欺師とわかっていても、マルゴの出入りを禁じるわけにはいきません」


「身体医学的には健康そのものなんですが、母は心因性の体調不良によくに陥ります。思い通りにならない事態に遭遇すると、頭痛、胸痛、息切れ、呼吸困難を訴え、床につくのです」


「殊に私が、深刻なストレスの(もと)でした。私はセリアの双子の兄。『息子がいつ死んでもおかしくない』と心配し、母は私を死なせまいと、怪しげな健康食品を食べさせ、生活を管理し、常に側に置こうとしました。私が一人で外出しようとしただけで卒倒してしまうという、たいへん困った方になってしまい……」


「勉強宅に居を移したのは、母の過干渉から逃れ、勉学に集中できる環境を求めてでした。が、母の治療の一環でもあるのです。私が側にいると、母はますます不安を強めてしまいますので」


 別邸をお父さんからプレゼントされたのは、そんな理由からだったのか……

 お貴族のお坊ちゃんが、パパに甘えて大学の側にお家を買ってもらったかと思ってたのに……


 ニコニコ微笑むテオのお母さんが、心に浮かんだ。

 人の良さそうな、可愛らしい小母さま。

 だけど、ずっと娘さんの死を悼んでいるなんて……


 テオによく似た妹さんの絵を見ると、胸がきゅぅんと痛んだ……。 



「勇者様。同情は不要です」

 テオが、眉を曇らせる。

「本日見聞なさった事を疑問に思われるでしょうから、ご説明しただけです」

 でもって、溜息をつく。

「……その顔、やめていただけませんか? 不愉快です。じきに母が戻って来るでしょうし」

「わかってるわよ……」


 やだ。泣かないようにしてるのに、鼻がクスンクスンしそう。


「ずっと自宅に帰ってなかったの?」

 テオが肩をすくめる。

「月に数回帰ってますよ、パーティだ観劇だ買い物だと、くだらぬ理由で、母からよく同伴を求められますので」

「くだらぬって……」

「くだらないですよ。つまらぬ事ばかりに傾倒し、あげく騙されて、カモにされているのです。嫌になるほど、愚かしい女です」

 冷たく、テオが言い放つ。


 実の母に対し、ひどい言いようだ。


 だけど……お母さまといっしょの時のテオは、『らしくない』ほど優しかった。

 お母さまを常に気遣い、大嫌いな占いや占い師についても意見を控え、口をつぐんでいた。


 お母さまを愛しているから……



 テオが片眉を上げる。

「そのみっともない顔、どうにかなさってください」

 で、差し出してきたのは、白いハンカチだった。

「どうぞ」


 思わず、目をパチクリとしてしまった。

「貸してくれるの?」


「先程、お茶をこぼされた時にもご使用になられませんでしたし……急な外出ですのでお忘れかと思いまして」

 テオは不快そうに、顔をしかめている。

「これは未使用品です。お気兼ねなく、お使いください」


「ありがと……」


「謝意など不要です」

 テオがますますしかめっつらになる。

「それよりも、もう少し勇者としてのご自覚を持っていただきたい。あなたは、全女性の手本たるべき方なのです。ハンカチの持ち方にも品格が表れます。二枚以上常備し、一枚は自分用、二枚目は男性に貸す場合を想定し清潔感あふれたエレガントなデザインの物を準備し、……」

 くどくどと、テオ先生のお説教が始まる。


 だけど、そのうんざりするほど長いお話が、不思議なことに今日は何だか嬉しい。

 ずっと聞いていたいような……そんな気持ちにすらなる。


 イライラした感じの神経質そうな顔だって、さっきまでの感情を捨てきろうとしていた顔よりずーっとマシだし。


 可愛く思えて、胸がキュンキュンした。

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