賭けの代償
「よお、お嬢ちゃん」
英雄世界からの帰還の魔法。
転移のまぶしい光が消えるとアタシの前に……ものすごいイケメンが居た。
黒いドレッドヘアーに、褐色の肌。
頬と顎を覆う不精髭もワイルドな流浪の民風の占い師だ。ニヤッと笑う顔が、めちゃくちゃ格好いい。
「ドロ様……?」
意外な方のお出迎えだ。
ドロ様は『静かにしな』と人差し指を口の前に当てて、背後をみやるように微かに首を動かした。
その先にあるのは、十人以上が席につける大きなテーブルだ。
分厚い本やら手紙やらが散らかっていて、魔法絹布と対面する形でテオが座ってるんだけど……
目を丸めた。
あのテオが!
テーブルに突っ伏して寝てるのだ!
組んだ手の上に頭をのせて、グーグーと!
トレード・マークのメガネと角帽を外して、脇によけて!
どーしちゃったわけ?
言葉を飲み込み、アタシはドロ様に頷きを返した。
大騒ぎしたら、起こしちゃうわよね……
お師匠様も、兄さまも、クロードも、ジュネさんも、静かに魔法絹布の前から歩き出す。
けれども。
ガッションガッション、ドスン、ドォン! ってな全てを台無しにする騒音がアタシの背後から響いたのだ。
そーだった、ロボットアーマーに隠密活動なんて無理だった。
しかも。
「はっはっは。いけませんなテオドール様、風邪を引きますぞ! 仮眠がしたい! 困ったなあという時にはこれですぞ! 『ねんねんコロリよ君』! 携帯マクラと、携帯毛布、そしてそして! なぁんと、子守歌機能付き目覚まし時計の三点セット! 気持ちよく眠れ、爽やかな目覚めをお約束する『ねんねんコロリよ君』! 仮眠のお供にいかがです?」
中の人も、ロボットアーマーに負けず劣らず空気が読めてない。
テオがガバッ! と顔をあげ、周囲を見渡す。
目が悪いせいか、寝起きだからか、目を細めて顔をしかめて。
「……勇者ひゃま……?」
ろれつが回ってないし!
前髪に寝癖がついてるし!
メガネ無しのテオは何というか無防備で……びっくりするほど可愛かった。
胸がキュンキュンした……
だけど、残念ながら、テオはすぐに完全覚醒してしまった。
ハッと目を見開き、
「失礼しました!」
慌てて姿勢を正す。
顔を朱に染め、口元を左手で覆って。
キョロキョロと視線をさまよわせるテオに、
「お探しのものはこちらですぜ、学者先生」
ドロ様がテーブルのメガネを拾って、掌にのせて差し出した。
テオの顔がますます赤くなる。
「あなた……いつから?」
「ほんのちょいと前からですよ」
フフッと笑うドロ様。
「よぉくお休みのようでしたのでお邪魔しちゃあ申し訳ないと、静かにしてました」
「く……」
ドロ様からメガネをひったくるテオ。
そのすぐ横には……
「うふふ。寝起きの男って母性本能をくすぐるわ。可愛くって、胸キュンしちゃう」
お美しい獣使いさまが忍び寄っていた。
「!」
すさまじい勢いで、後ずさるテオ。
その姿を笑顔で見守ってから、ジュネさんはドロ様に手を振った。
「はぁい、アレックス」
「あいかわらずいい性格してるなあ、ジュネ」
「……思いの外、お早いご帰還で驚きました。ご無事そうで何よりです、賢者様、勇者様、みなさま」
メガネと角帽を装備したテオが、コホンと咳払いをする。口元は左手で隠したままだ。
「まずは荷物を下ろし、おくつろぎください。召使を呼びます。お食事はいかがなさいますか? ご希望があれば何なりと申しつけください」
呼び鈴を鳴らす間も、左手は下げない。さっさと退出したいだろうに、赤い顔のまま澄ました表情をつくっている。
「お土産」
アタシは、紙袋を置き、中身をテーブルに並べた。OB会の先輩たちからの餞別だ。
テオに渡したい物もあるんだけど、後にしよう。
「それは?」興味津々って顔でテオが聞く。
「英雄世界の保存食よ。試食もさせてもらったわ。とっても美味しかった」
チョコ、クッキー、キャラメル、ミニ羊羹、魚肉ソーセージなどなど。
あと、缶詰。蓋を開けるだけで、シロップ漬け果物を食べられたり、ほんの一手間で美味しいコーンポタージュが飲めるんだもん、便利。精霊界で欲しかったな。
「どれぐらいもつのです?」
「魔王戦まで、ぜんぶ大丈夫みたい。缶詰は三年以上経っても食べられるそうよ」
「三年……凄い食品保存技術ですね」
「次回の旅にどうかと思って。非常食をこれにすれば、荷物を減らせるでしょ?」
「あらあらあら、まあまあまあ。おかえりなさい、賢者様、ジャンヌさん、ジョゼフ様、みなさま」
メイドさんを従え、シャルロットさんが登場。
金の縦ロールもゴージャスな、お人形さんみたいに超かわいい美少女だ。マルタンのゴーレム――ゲボクが小犬のようにその後を追って来る。
「……しばし退出します」
またいとこに後は任せ、テオは出て行こうとした。
その背に、ドロ様が声をかける。
「顔を洗うだけじゃなく、着替えて髪も整えてきてくださいよ、テオドールさま」
男くさく笑いながら。
「シャキッとしましょうよ。徹夜明けのよれた姿じゃ、ご家族を心配させちまいますぜ」
「何を言っているのですか、あなたは」
足を止め、テオは振り返った。
「勇者様がご帰還なさった以上、学者として働きます。この世界でのことをご報告し、次に赴く世界についてご相談しなくては」
「おやおやおや。今日が約束の日なのに? これから俺という友人を伴って御母堂に会いに行く……そういう約束でしたでしょう?」
「約束は守りますよ。ですが、どうでもいい用事なのです。明日以降にしましょう。母には急用ができたと使いを出しておきます。それで構いませんね?」
「おい」
ドロ様の緑の瞳が、ジロリとテオを睨みつける。
「ふざけんじゃねえよ、お坊ちゃん」
バァァン! とテーブルを叩く音が部屋に響き渡った。
「あんたは学者として、俺は占い師として、互いの面子を懸けて勝負したんだろうが。てめえの都合で、勝手に話を決めんじゃねえよ。敗者なら敗者らしく、勝者に従いやがれてんだ、くそボケが」
野太い恫喝するような声。
いつになく恐ろしげなドロ様にのまれ、みんなが言葉を失う。
室内が、シィィーンと静まり返った。
「て、怒鳴りたくなっちまいますよ」
ドロ様は、ニヤリと笑って肩をすくめた。
「俺は占い師として、よりよい未来への道を示したんだ……どうあっても、今日、出かけてもらうぜ」
「私の未来など、些事です。どうでもいい」
テオがキッ! とドロ様を睨み返す。
「魔王が目覚めるのは、六十七日後なのです。時間は無駄にできません。勇者様の為、セザール様の為、私は、」
「テオ兄さま。アレッサンドロさんの言う通りになさって」
侯爵令嬢が、またいとこにそっと歩み寄る。
「ボーヴォワール伯爵家へのご用なのです。あちらでお茶をいただいて戻るだけでしたら、四時間ほどで済みますわ」
「しかし、」
「こちらでのことは、私が賢者様達にご報告いたします」
「ですが、シャルロット」
「エドモンさんもいらっしゃるし、テオ兄さまの良き助手のニコラ君も協力してくれますもの。大丈夫ですわ」
「テオドール。アレッサンドロに従え」
お師匠様が淡々と言う。
「おまえが占いそのものに疑問を抱いている事は承知している。だが、アレッサンドロは理知的な男だ。『今日でなければいけない』と強硬に主張する以上、我らには計り知れぬ理由があるのだろう。おまえの未来がジャンヌの未来に影響するのやもしれぬ」
重ねて、お師匠様は言った
「外出してくれ」
「……了解しました」
頷いたものの、すっごく不満そうだ。
「ほぉんとテオ兄さまったら、意地っぱりさんで、困ってしまいますわね」
テオが身支度を整えに消えた途端、シャルロットさんは悪戯っぽく笑った。
「今日はご自宅へお戻りになる日だとご承知の上で、ニコラ君と徹夜なさるし、」
ニコラとテオが徹夜? いつの間にそんな仲良くなったの?
「仮眠なさればよろしいのに、書類が気になるとおっしゃって、ベッドに入ってくださらないのですもの。テーブルを離れてしまうと、モチベーションが低下してしまうので、お嫌みたい」
侯爵令嬢がころころと笑う。
「シャルロット様。ニコラは?」
兄さまの問いに、婚約者は笑顔で応えた。
「セザール様の所ですわ。ニコラ君、とてもご立派に、紳士らしい振る舞いをなさいましたわ」
シャルロットさんの指示でメイドさんが、お茶の用意をし、仲間を呼んで来てくれる。
《おにーちゃん、おねーちゃん、おかえりなさい!》
白い幽霊は現れるなり、大好きな兄さまの胸に飛び込んだ。オレンジのクマ・ゴーレムのピアさんが、その後をトテトテと歩いてくる。
つづいて、のっそりと顔を出した農夫を、
「きゃぁぁぁん。エドモン、逢いたかったわぁぁ!」
お美しい獣使い様が、熱烈な抱擁で迎える。
「あたし、あなたの代わりにちゃぁんと働いてきたわ。獣たちを使って、ジャンヌちゃんのピンチを察知したんだから」
誉めて誉めて♪ と迫るジュネさんに、
「……助かった」
と農夫の人が言葉少なく返す。
「お土産もあるのよ。あっちのリンゴ酒。あとで、飲みましょ」
「……うん」
ジュネさんに抱きつかれたまま、エドモンはアタシと向き合った。
「……すまない。じいちゃんのことで、頼みがある」
お茶をいただきながら、こっちで何があったかを聞いた。
マルタンは、魔力の使いすぎで静養中。てか、寝てるらしい。っくそ。お師匠様の偽者のこと聞きたかったのにぃ〜
アランとリュカはまだ旅の途中。帰ってないのだそうだ。
九十八代目魔王にかけられた呪いの為に、セザールおじーちゃんは死の危機に直面している。
ニコラが痛みを緩和し、マルタンが清めて、石化した右腕を切り離したものの、呪いの進行自体は止まっていない。
このままでは、魔王戦前におじーちゃんは亡くなってしまう。
呪いは魔王と連動しているので、魔王の居ない世界に行けば石化の進行が止まるかもしれない。次の異世界行きには、セザールおじーちゃんを伴って欲しい。
話を聞くにつけ、こっちもたいへんだったとわかる。
《おねーちゃんが次に行く世界、どこがいいか、テオおにーちゃんといっしょに考えたんだー》
胸をそらせ、ニコラが言う。
《エスエフ界はどうかな?》
エスエフ界……
「なるほど……七十八代目ウィリアムの出身世界か」
どんな世界か、お師匠様にはちゃんとわかっているようだ。
「全てが機械化された高度機械文明。魔法に酷似した技術で、人工生物すら誕生させていたな。科学の技が神の領域にまで達しているあの世界ならば、セザールも治療できるやもしれん」
《でしょー?》
ニコラが身を乗り出す。
《それに、強い男の人にも出会えると思う。仲間探しにも向いてるよ》
「ほほう、超科学文明ですか」
ロボットアーマーの人も、身を乗り出す。
「このルネも、是非ともお連れください。その世界の医療でセザール様を治療できれば良し。そうでなければ、高度科学を吸収応用し、機械医療をもってセザール様の延命にご協力します。実は! 英雄世界で『エスエフ・アニメ』を鑑賞し、素晴らしいインスパイアを得ているのです! 後は実践できる技術だけなのです!」
「そうだな……熟慮しよう」
お師匠様が顎の下に手をそえる。
「それで、セザールの具合はどうなのだ?」
「……今は熟睡している」
孫のエドモンがポツポツと語る。
「……魔王が現れてからずっと、痛みのせいで、よく眠れてなかったんだが……ニコラ君のおかげだ……感謝している」
《ほんとうに治ったわけじゃないよ。いたいのいたいのとんでけーしただけだから》
白い幽霊は、兄さまをチラリと見あげた。
兄さまの顔に浮かんでいるのは、優しい笑みだ。
ニコラは、幸せそうに破顔した。
「失礼します」
テオが部屋に戻って来る。
着替えても、胸元にネクタイをつけたアカデミックドレスと正方形の角帽。いつもと同じ学者スタイルだ。
「さあ。行きましょう」
不機嫌そのものの眼差しが、ドロ様を睨みつける。
「時間は有限なのです。くだらぬ用など、さっさと済ませたい」
「学者先生。もう一回、未来を選び直す機会をさしあげましょう」
ドロ様が、指を三本立てる。
「三つの選択が可能だ。一つ、予定通り俺と出かける。二つ、スーパースターのジュネを伴う。三つ、勇者さまを連れてゆく……。お好きな未来をどうぞ」
「今更、何をくだらぬことを……」
とテオは言いかけたんだけど、
「あらあらあら。でしたら、ジャンヌさんをお連れにならなきゃ」
シャルロットさんが華やかな声を被せる。
「どなたを伴っても、おば様はお喜びになるわ。でも、一番は勇者のジャンヌさんです」
「多忙な勇者様を私事に巻き込めません」
「まあまあまあ。素直ではありませんのね。テオ兄さまも、ジャンヌさんがよろしいのでしょう?」
「………」
テオが無言で、ドロ様、エドモンにくっついているジュネさん、アタシを見渡す。
「行ってもいいわよ」
「しかし、」
「数時間で済むんでしょ? それに、アタシが一緒だと、帰りが早いわよ。精霊は一度行ったことがある場所なら、移動魔法で渡れるもん。帰りは一瞬よ」
「……ありがとうございます。お疲れの所、ご同道いただけるとは誠に恐縮です」
そんな仏頂面しないでよ。
わかってるわよ。
アタシが良いんじゃない。
ドロ様やジュネさんを連れて行きたくないだけよね?
アタシはお師匠様へと視線を向けた。
「テオドールさんと一緒に出かけても構いませんか?」
逢うのはテオのお母さんだ。女の人にキュンキュンしないって事は、昨日、身をもってお師匠様に証明した。
謎の敵に狙われてはいるものの、サイオンジ先輩曰く『他者を利用しなければ、あなたを襲えないようですし、無作為には襲ってこないでしょう。ましてや、マルタン様のお膝元では……』だし。
護衛役の精霊は、ポケットの中に出しっぱなしにしておく。
問題はないはずだ。
「おまえが良いと思うのであれば、そうするがいい」
お師匠様が淡々とした口調で言う。
「次の世界に赴く準備は進めておく。構わぬか?」
「はい」
アタシは笑顔で頷いた。
ボーヴォワール伯爵夫人に会いに行くのだ。
ちょっとは身だしなみを整えたかったんだけど。
「そのままでいいですよ」と、テオはそっけない。
「だーいじょうぶ。今のままで、とぉっても可愛いわよぉ」と、ジュネさん。
「不死鳥の剣を佩いた、凛々しいお姿ですもの。おば様も、きっとお喜びになられますわ」と、シャルロットさん。
「おまえはどんな姿であろうとも、美しいぞ」と兄さま……。それ、誉めてる?
「ジャンヌぅぅ、気をつけていってらっしゃーい。なんかあったらすぐに駆けつけるね」と、紫雲を準備させてクロード。
「お嬢ちゃん。こいつを持ってってくれねえかな?」
部屋を出ようとしたら、ドロ様から白い封筒を渡された。封は閉じていないし、宛名も、差出人も記されいない。
「なんですか、これは?」
「ボーヴォワール伯爵夫人の手に渡るべきもの……俺からのささやかな贈り物だよ」
横から覗きこみ、テオが顔をしかめる。
「怪しいものじゃありませんよ。テオドールさま」
封筒を開き、ドロ様が中身を取り出す。
タロットカードみたい。でも、絵があるべき面は真っ白で、何も描かれていない。
「無地のカード……?」
「ああ。お守り代わりさ」
「……それを母に渡すことも、より良い未来とやらに関わるんですか?」
「そうだ」
テオは眉をひそめたものの、それ以上は何も言わず、廊下へと向かう。
ドロ様から封筒を受け取って、慌ててその背を追った。
テオの家には、馬車で向かった。
テオは椅子に背もたれ、口を閉ざしている。
無口だなんて、不気味。
寝不足で体調があまり良くないから?
それとも、帰りたくもないのに、実家に帰るから?
テオは、お母さんへのお土産を座席の横に置いている。
白薔薇をふんだんに使ったゴージャスで上品な花束。ピンク色の華やかなお花も少し混ぜてあるので、かわいらしい感じにまとまっている。花嫁さんのブーケのようだ。
「勇者様……お願いがございます」
だいぶ経ってから、テオが低い声で言った。
「屋敷で見聞なさったことは、くれぐれも内密に……。ジョゼフ様やクロード君、仲間達にはもちろん、賢者様にもお話にならないでください」
母はと言いかけ、テオは『らしく』ないことに口ごもった。
「……少々、変わった方ですので」
「わかったわ」
「おかしいとお思いになることも、多々あるかと存じますが……母と話を合わせていただけると助かります」
「いいわよ」
テオがアタシをジーッと見つめ、それから静かな笑みを口元に刻んだ。
「ありがとうございます」
なんか……変。
気持ち悪い……
というか……
熱があるんじゃないかしら、テオ。
「屋敷までの道中、英雄世界のことを教えていただけませんか?」
アタシが話すと、テオはいつもの調子をちょっぴり取り戻した。
「七代目様、十六代目様、二十九代目様、三十三代目様、八十四代目様、九十七代目様にお会いになったのですか! う、うらやま、あ、いえ……。そうですか、あちらでは、時の流れが異なるのですか。実に興味深い」
「四十九代目と七十四代目もいたのよ。アタシは会えなかったけど」
「英雄世界からの勇者は十五名、そのうちの八名が扶助組織勇者OB会に所属……」
テオは頬を染め、うっとりと宙を見上げている。
「勇者様が八人も……」
今、彼の頭の中には、英雄世界と歴代勇者のキラキラなイメージが展開していることだろう。
「はい、プレゼント」
「え?」
差し出した手帳を、テオは意外そうに見つめた。
「勇者様から、私にですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
首を微かにかしげながら、テオは手帳をめくり……目を見開いた。
「こ、これは!」
でもって、手帳を食い入るように見つめる。
予想通りの反応!
アタシは、にっこりと微笑んだ。
「勇者たちのサイン帳よ」
テオがガン見してるのは、『テオドールさんへ 三十三代目フリフリこと一之瀬奈々でーす♪』と多色ペンで書かれたカラフルなページだ。
「この小さな絵は?」
「先輩のプリクラ。えっと……機械がつくった肖像画よ」
「この絵の女性が三十三代目様なのですか……気品あふれるレディーですね」
ゆるふわな髪、ぱっちりとした可愛らしい目、ふっくらほっぺ。おっとりした美少女って感じなのだ、フリフリ先輩は。
「で、こっちがアリス先輩のページ。プリクラつき」
「おお! 十六代目様ですか! 知的でお美しい方ですね」
アリス先輩は、ショートボブ、ナチュラルメイクの色っぽいおねえさまだ。
「プリクラがあるのは、後はユウ先輩だけ。リヒトさんも協力してくれて、サイオンジ サキョウ先輩、キンニク バカ先輩、ナクラ サトシ先輩からも直筆をいただけたわ。サインは全部で六枚よ」
「六人の勇者様のサイン……」
「サクライ マサタカ先輩……てか、ヤマダ ホーリーナイト先輩は、お願いする前に異世界に行っちゃったから無いの。あと、ソノヤマ マスミ先輩も旅行中なんですって」
「……何故です?」
テオが探るようにアタシを見つめ、手帳をそっと閉じた。
「何故、この手帳を私に?」
「ぜったい喜ぶと思ったから」
胸元からもう一冊の手帳を取り出してめくってみせた。こっちも先輩方からいただいたサイン帳だ。
「一冊は賢者の館に。もう一冊は、アタシの信頼する学者へ。ぜひ勇者研究に役立てて」
「……ありがとうございます」
いつも通りクール。
姿勢を正し、アタシに顔を向けしっかりと目を見てくるところもいつも通り。
「贈り物と共に、百一代目勇者様より得がたきお言葉もいただけました。光栄に存じます」
だけど、目元は赤い。メガネの奥の目は照れている。
「お気にかけていただき、たいへん恐縮です。この手帳、家宝といたします」
家宝ときたか!
「良かった、喜んでもらえて」
贈った甲斐があるってもんよ。
アタシの笑みに、居心地が悪そうな顔でテオが応える。でも、口角は嬉しそうにあがっているのだ。いつになく可愛く見える。
「テオドールさん、勇者おたくだものね」
ピキッ!
と、その場の空気が凍った……ような気がした。
「その呼称は不適切です、勇者様」
テオがメガネをかけ直す。
「私は純粋に歴代勇者様を尊敬し、その偉業を称えたく、知識を集積しているのです」
静かに微笑みさえ浮かべている。
「正しい言葉使いを願います。勇者研究家が妥当です。或いは、賛美者や信奉者でも目をつぶりましょう。しかし、それ以外の表現は心外です」
迫ってくる笑顔が怖いんですけど!
「それはさておき……英雄世界の事をもっと詳しく教えていただけますか? どのような方を仲間としたのです?」
「女性の十六代目様と三十三代目様……それに、ジュネさんの祖父? 何故、幻を……。いや、それよりも、何故、命を狙ってきた敵を仲間にできるのです?」
何故って……
おっけぇにしたのは神様よ。アタシを責めるのは、筋違いだと思う。
「託宣が叶うまで、あと六十人。そして、上位者の暗躍……」
学者様が口元に手をあて、うつむく。
「勇者様を狙う存在……何者か、あらゆる角度から推測し、検討してみます。ですので、勇者様は萌え暴発に、くれぐれもご注意を。これ以上得体の知れぬものを、仲間にしないでください。ある程度はカバーしますが、私の能力にも限りがあり、」
テオ先生は本調子を取り戻されたようだ……
ボーヴォワール伯爵邸に着くまで、アタシはテオからお小言をいただきまくったのだった……。