共有幻想――無節操な萌心
アタシが二才の時、パパはベルナ・ママと再婚し、ジョゼ兄さまがアタシのお義兄さんになった。
何でもできて、優しくて、ケンカが強くって……
大嫌いなニンジンを、こっそり食べてくれた兄さま。
小さいころは、兄さまやクロードと三人でよく遊んだ。
アタシは兄さまが、大好きだった。
『おおきくなったら、ジョゼにいさまの、およめさんになるの〜』が、昔の口癖だったし。
だけど、アタシは、兄さまのことをほとんど知らない。
実の父がオランジュ伯爵家の跡取り息子だったことも、小さい頃は田舎暮らしだったことも、つい最近知った。
その田舎が、『北』だったなんて……
「別に隠していたわけじゃないが……」
兄さまが眉をしかめ、ばつが悪そうに顔を歪める。
「いや、隠していたのか。北の生まれだと口にしないのが習慣になってるからな」
兄さま……
「オランジュ伯爵家の圧力から逃れる為、両親は北を目指した。だが、北入り直前に追手に追いつかれ、母さんだけが北に逃れ、俺を産んだんだ」
「妊婦が一人で北へ」
ジュネさんが口笛を吹く。
「すごいお母さまねえ」
「格闘家だからな」
誇らしげな笑みが兄さまの口元に刻まれる。
「お腹の子供までオランジュ家に奪われたくない一心で、『呪われた北』を越えたんだ。格闘の知り合いを頼り、その集落に身を寄せた」
「深い雪に閉ざされる寒い冬、徘徊するモンスター、身一つで戦う格闘家たち、そして派手な家々を覚えている」
兄さまが、獣使いの家を指さす。
「俺の居た集落もこんな感じだった」
「ま、獣除けの装飾は北じゃ必須よねー 無いと、モンスターに襲撃されちゃうもの」と、ジュネさん。
「あの集落はどうなったのか……モンスターに襲われたのか、他の集落との争いに負けて滅ぼされたのか、母さんが追い出されたのかはわからんが……気がついたら俺と母さんは森を彷徨っていた。幾日も……。ジャンヌの親父さんの隊商に拾われなきゃ、二人とも死んでいたろう」
「パパの隊商?」
兄さまが頷く。
「親父さんは、北に生活必需品や薬を持ち込み、代わりに鉱物や特産品などを仕入れてたようだ」
「パパ、北へ行ってたの?」
豪商なのに? 危険な場所へは、ふつう、使用人を行かせるんじゃ?
「もしかして、昔は貧乏だったとか?」
わからん、と兄さまが首を振る。
「ジャンヌちゃんのお父さまは、北で金になる木を見つけたのかもね」
「金になる木?」
「こっそり北へ行く奴は昔っから居るのよ。商人、山師、学者。『呪われた北』から先は、王国の法が届かず、関税も無し。うまいことやれば、一攫千金も夢じゃないもの」
もっともとジュネさんは笑う。
「モンスターや犯罪者がうろうろしてる地よ、行くだけで命懸け。たいていの奴は、獣の糞になっておしまい。生き延びて成功を収めるなんて、ほんの一握りよ」
太っちょで、やさしかったパパ。
あのパパが北で冒険?
で、大金持ちになって、ベルナ・ママと再婚した?
ピンとこないわ……。
「驚いたか?」
兄さまがアタシを真っ直ぐに見ている。
「うん」
兄さまが魔王が現れる土地のすぐそばで産まれ育ったなんてびっくりだし、パパのイメージもグラグラしている。
「でも……兄さまは兄さまだし、パパはパパだから」
意外な一面があっても、愛情に変わりは無い。
愛する家族だ。
「ジャンヌ……」
お?
久々にくる?
『俺のジャンヌ』って抱きついてくる?
待ち構えていたら、
「ジョゼぇぇ!」
クロードに先を越された。
幼馴染が、兄さまにひしっと抱きついている……
「ジョゼが何処で育ったかなんて、関係ないよ! ボクもジャンヌも、ジョゼが大好きだから!」
「な? なんだ、いきなり?」
「ある日とつぜん、お隣のジャンヌにおっかないお義兄ちゃんができて、ジャンヌかわいそーなんて、ボク、思ったりしてたんだ!」
クロードが顔をあげる。鼻の頭が赤くて、うるうると瞳をうるませてる。
「ごめんね! ジョゼぇぇ! ボク、知らなかったから! あのころ、ジョゼがスレてたのは、モンスターだらけの森でこわい目にあったからだったんだね!」
「スレてって……おい、クロード」
「でも、ボク、知ってるから! 昔、さんざん殴られたけど! ジョゼは本当は優しい漢だって! 弱虫のボクを、ジョゼはいっぱい庇ってくれたもんね!」
「うるさいぞ、馬鹿!」
兄さまが、幼馴染の頭を拳骨で殴る。兄さまにしては、優しいパンチで。
ごっつい格闘家に抱きつく、小犬のような美少年。
兄さまとクロードを、両手を組み合わせたアリス先輩がキラキラ笑顔で見守り、フリフリ先輩も口元を覆って『うわぁ〜 見ちゃったー♪』って顔で見つめている。
兄さまとクロードじゃなあ、アタシ的にはちょっと……。
というか、兄さまのハグを待ってたから、手のやり場に困ってるというか……。
ぬっと陰が差した。
「あら、じいさま」
ジュネさんが見上げている幻影を、つられてアタシも見た。
デカイ!
獣の皮を頭から被り、毛皮をまとう巨体。
横幅も広く、幻の中の誰より体格が良い。
太い眉、鋭い瞳、日焼けした肌に塗られた赤い模様や、動物の毛を思わせる白い顎髭も、とても野生的だ。
「ジュネさんの……おじいさん?」
熊みたいにデッカイおじいさんが、お美しいジュネさんの?
「そ。村長で、村一番の獣使いよ」
……全然似てない。
広場にいる子供たち一人一人に、大男は身ぶりを交えて話しかけてゆく。
大男に見守られながら、子供たちが自分の獣を操る。逆立ちさせたり、何かを運ばせたり、飛び立たせたり。
「ガキどもに、獣を御すコツを教えてるのよ。アタシも、昔、さんざん教わったわ」
子供に何度も頷き、よくやったとばかりに頭を撫でる大男。
目を細め、ゆったりと広げる口元。
おっかない顔が、やさしく笑みをつくっている。
不器用であたたかな笑みというか。
何かほっこりする。
素敵な笑顔だ。
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴った。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと六十八〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「このまえ帰った時も思ったけど、」
ジュネさんがフンと鼻で笑う。
「……じいさま、年老いたわねえ。笑顔振りまいちゃって、まあ……。飴の大盤振る舞いじゃない。教育方針を、誉めて伸ばすに切り替えたのかしらねえ」
冷めた声で吐き捨てるように言うジュネさん。
その横で、アタシは固まっていた。
何で、きゅんきゅん?
何で、仲間入り?
わけもわからず茫然としていたら、音楽が鳴り響いた。
「あ? あら、リーダーだわ。ちょっとごめんなさい」
アリス先輩が長方形の小さくて薄い板のようなものを取りだし、それを頬の辺りにあてる。
「はい。え? ああ、はい、はい。今、共有幻想中で……。ああ、わかりました」
アリス先輩が板をアタシへと差し出してくる。
「ここに耳をあてて、口はこっち。携帯電話っていうの。遠くにいる人と話す為の機械なの」
「アタシが話すんですか?」
アリス先輩が頷く。
「賢者さまが、あなたに話があるんですって」
う。
耳をあてると、機械から聞きなれた抑揚のない声が響いてきた。
――ジャンヌ。今、誰を仲間としたのだ?――
アタシの仲間枠に動きがあれば、お師匠様にはたちどころに伝わる。
でも、誰を何のジョブで仲間にしたのかまではわからないのだとか。
正直に、幻に萌えたと伝えた。
「本人が目の前にいなくても、仲間にできるんですねー」
びっくりだわ。
精霊界で過去の再現映像にキュンキュンした時は、ダメだったのに。
あの時は三十九代目カガミ マサタカ先輩に萌えたんだっけ。
あっちがダメで、こっちがOKなのは……三十九代目は亡くなってるから?
――ジョブは?――
「村一番の獣使いで、村長で、獣使いたちの師匠です」
――ジュネの祖父。村一番の獣使い……そうか。ならば、おそらく戦闘力に申し分はない――
機械の向こうから、微かに安堵の息が漏れた……ような気がする。
声の調子はまったく変わってないけど。
――共有幻想を解除してもらえ。幻の人間でも仲間にできるのだ、幻影の中にあるのは危険だ――
フリフリ先輩の共有幻想は消え、北の獣使いの村から、アジトのリビングへと戻った。
アタシから機械を受け取ったジュネさんが、お師匠様と話をする。
「は? じいさまですか? トマといいます。年齢? 六十……いくつだったかしら? セザールおじいさまより上ですね。最後に会ったのは去年の秋です。ん〜 何かあれば、村からお知らせ獣便が届きますから、今も達者でしょう。ジジイのくせに、そこらの若者より元気な人ですよ」
携帯電話は、ジュネさんからアリス先輩へと戻った。
「え? あら? はあ。いくら何でもそれじゃあ……ああ……そうですか……はい。……はい。わかりました。……そのようにします。では」
アリス先輩が通信を終わらせ、アタシをジッと見つめる。
「賢者さまとリーダーからの指示なんだけど……ジャンヌちゃんへの幻術は禁止となりました」
アリス先輩は、瞳をうるませている。
「それから、男性が登場するあらゆるメディアの視聴も禁止だそうです。つまり、テレビ、本、インターネット、新聞、ラジオがダメ。写真もダメ、絵画もダメ。セクシーな歌声に反応するといけないから、音楽鑑賞もダメ。伴侶以外の男性の噂話も禁止だそうです」
う。
完全にお師匠様の信頼、失っちゃったのね、アタシ……。
「直接会うのがダメどころじゃないですね……。男の人の絵を見ちゃダメで、声を聞くのもダメ。男の人が出てくる本すらダメで、噂話までしちゃいけないんじゃ……」
何もできない……。
強く生きてね、と先輩がアタシをハグする。
「でも! うっかりキュンキュンが、獣使いサンのおじいサンで良かったわヨ!」
フリフリ先輩が、後ろからぎゅーっとしてくる。
「テレビを見て、タレントに萌えてたら、もっとたいへんだったわ!」
「そ、そうよね! 戦闘力ゼロの人に萌えなくて良かったわ!」
前からアリス先輩、後ろからフリフリ先輩。
尊敬する二人の勇者に挟まれて、アタシはサンドイッチとなった。
「ジャンヌぅぅ! 元気だしてぇぇ!」
ハグに加わろうとした幼馴染を、兄さまは首ねっこをおさえて止めた。
「そーヨ! 元気だしてー」
フリフリ先輩がグリグリと頭をこすりつけ、ひしっとくっついてくる。
ムニムニっとあたる胸。
おっきいなあ……
ベルナ・ママに抱っこされた昔を思い出した。
こんな風に女の人に抱きつかれるのなんて、十年ぶり。
あったかくって、柔らかくって、温もりが気持ちいい……
元気をわけたげる! って感じに、アリス先輩まで頬ずりを!
おおお!
くすぐったい! やわっこい!
……ドキドキしちゃう。
香水かしら……いい匂い……
「ひどい状況にはなったけど、最悪の事態にはなってないわ! 魔王を倒せば、本も読み放題、音楽も聞き放題! いい男も見放題よ! あと六十なんにちかの我慢よ、ジャンヌちゃん!」
ああ……
お二人ともいい人だなあ。
お慕いしていた先輩たちに、ここまで愛されてるんだ。
ちょっと不自由になったけど、どってことないわ。
アタシは幸せだ……
胸がキュンキュンして、キュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ン、リンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと六十七〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
と、思ったら、すぐさま、
《あと六十六〜 おっけぇ?》
てな神様の声が続いた。
「………」
えぇっ!
嘘。
……ユリあり?
アリス先輩の胸元から、さっきと同じ呼び出し音がけたたましく響く。
ぜったい、お師匠様からだ。
呼び出し音を聞きながら、アタシは……
漠然と、自分のくらぁい未来を予想していた。
でも……
目隠し+耳栓を常にしてろとか……そこまでは言いませんよね、お師匠様!
* * * * * *
アジトには階ごとに、リビング・キッチン、お風呂、トイレがある。
もとが『シェア・ハウス』なので、複数の人間が共同生活しやすいよう設計されているのだそうだ。
部屋の数も多い。
一階に四、二階に六。
部屋ごとに、ベッドとテーブルに椅子、クローゼットなどの必要な家具がしっかり備えつけられている。
みんな、それぞれ一室づつ借りた。
アタシは二階のお部屋。
お夕食をいただき、お風呂にも入った。
みんなと別れて部屋に入ってから、二時間ぐらい経っている。
今日の分の『勇者の書』は書いた。
歴代勇者やサクライ先輩の精霊達に会うのは、明日。
もう特にやる事はない。
でも、眠れない。
明る過ぎる照明を落としても、うすぼんやりと明るい。
窓から覗けば、人工灯に照らされる隣家や庭が見えた。
今日の護衛役――ピクさんを抱っこして横になってみた。
《おら、誰かとこんなにくっつくの、はじめでだぁ。ドキドキしちまう》
かわいい黒クマさんは、とっても抱き心地がいい。
だけど、ぜんぜん眠くなんない。
横になると、あれこれ考えちゃって……。
サクライ先輩、リヒトさん、ジュネさんのおじいさん、フリフリ先輩、アリス先輩。
五人の顔が頭をよぎる。
ジュネさんのおじいさんは幻。
アリス先輩とフリフリ先輩にいたっては女性だ。
なんで、仲間にできたんだろう?
とくにアリス先輩たち……女なのに!
ぜったい、おかしいわ。
神さまのリンゴ〜ン鐘、壊れてると思う。
アリス先輩たちは、憧れの先輩だけど。
抱きつかれて、励まされて、嬉しかったけど。
ほんわか気分になったけど。
アタシ……
女の人にキュンキュンする趣味はない! ……はず。
たぶん、無い。
無いと、自分を信じたい……
ジョブは……フリフリ先輩は主婦。アリス先輩はご実家の酒屋を手伝ってるそうだから……家事手伝い?
てか、アリス先輩の能力――絶対防御って、完全に守備型だ。攻撃に向かない。
フリフリ先輩の共有幻想も、使い方次第ではあるものの……
一撃で魔王に100万ダメージなんて無理だ。
ピクさんを抱っこしたまんま、ゴロンと寝がえりをうった。
ふと兄さまの顔が心に浮かんだ。
北出身だってショーゲキの事実を知ったけど、結局、あんま話せなかった。
時々、アタシをジーッと見てる視線はものいいたげで、そっちも、とても気になる。
ゴロゴロと何度か寝がえりをうっていると、
《オジョーチャン。眠れないんなら、オレとデートしない?》
ベッドそばに置いたアクセサリーから声がした。
「美味しい!」
とっても甘いけど、優しい味。クリーミーで濃厚なチョコレートの味が口の中に広がってゆく……。
《お喜びいただけて、何より》
風の精霊が、胸に手をあててお辞儀をする。
肩までの緑の髪がふわりと靡く。
緑クマじゃなくて、今は人型。英雄世界風のシャツにズボン、それにエプロンだ。
《眠れない時には、リラックスが一番。甘ぁい飲み物のんで、ほっこりしてくれ》
ヴァンとのデート場所は、1Fのリビング・キッチン。
爽やかなハンサムがホットチコレートを作ってくれ、可愛い黒クマさんがテーブルの上に座ってアタシを見つめているのだ。
幸せ。
ほっこりするわ〜
ヴァンは十一人の精霊支配者に仕えてきたベテラン精霊。
家事も得意だ。
今日も、自ら申し出て、アリス先輩たちのお夕食作りを手伝ってた。
英雄世界風のお夕食は、どれも綺麗で美味しかった。ちらしずし、スキヤキ、天ぷら、茶碗蒸し、貝のお吸い物。
ヴァンは、調理、盛り付け、片づけと大活躍。
明日の朝食作りも手伝うのだそうだ。
《オジョーチャンの分は、オレが作らせてもらうんだ。彼氏の手料理とか萌えだろ? 約束のアレもあるしさ、明日の朝は期待しててくれよ》
約束のアレって、土界で約束したアレ?
ヴァンが、チッチッチッと指を振る。
《見てのお楽しみってこって》
明日の朝が楽しみ〜
《ま、あれこれ考えちゃうだろーけど、考え過ぎは体に毒だ。今日のとこは楽しいことだけ考えて、ポカポカな気分で寝ちまうといいよ》
「うん。ありがと」
《ジャンヌ》
黒いぬいぐまさんが、アタシの手をポンポンと叩く。元気だしてって、感じに。
やわらかな頭を撫で撫でした。
「まだ起きていたのか」
頭上から抑揚のない声が降ってくる。
リビングにお師匠様と、サクライ先輩の精霊リヒトさんが居る。リヒトさんの移動魔法で運ばれてきたのか。
「おかえりなさい、お師匠様。こんばんは、リヒトさん」
言ってから、この家にお師匠様が来るのは初めてだと気づいた。
でも、用事を終えてアタシのもとへ戻って来てくれたんだし、やっぱ『おかえりなさい』か。
《明日の九時にまた参ります》
お師匠様とアタシ、ヴァンとピクさんに挨拶をし、光の精霊は移動魔法で消えた。
「明日の朝、サクライ マサタカ殿の仲間と精霊と会う。それで、帰還するぞ」
「先輩のうちの、誰と会えるんです?」
「二十九代目と八十四代目だ」
淡々とお師匠様が言う。
「おまえを、四十九代目やユウに会わせるわけにはいかぬ」
「そうですか……残念ですけど、しょうがないですよね」
お師匠様の最初の弟子――九十七代目ヤザキ ユウ先輩には会ってみたかったんだけど。
ユウ先輩は、言霊使い。
言霊で戦えって託宣を受け、言霊で『まがごと』をはねかえす修行を積んだのだ。
災い転じて福と成す『ことかえ』が得意な勇者、ようするにディフェンス型。
更に言えば、しゃべり続ける事で、相手を弱まらせて戦う戦法。
じわじわとボディーブローを叩きこんでゆくタイプ。
一撃で魔王に100万は無理なんじゃなかなあとは、思ってた。
勇者といっても、戦闘スタイルはさまざま。
一撃必殺! みたいな強力な攻撃力を誇る勇者もいれば、
手数で勝負! 技術で勝負! 頭脳プレイ命! なトリッキーな勇者も居るのだ。
「ユウ先輩、お元気でした?」
「うむ」
「ゆっくりお話できました?」
「ああ。サクライ マサタカ殿が二人きりにしてくれたのでな。懐かしい話もできた」
遠くをみやるように、お師匠様が宙を見つめる。
「ユウの師であった時、私には余裕がなかった。不充分な指導しかできぬ、非常に未熟な師であった。しかし、頼りない指導の下でもユウは成長し、己の強運で生を勝ち取った」
少し間を置いてから、お師匠様は言葉を続けた。
「そして、今も逞しく生き続けている。弟子がすこやかに生きている姿を見られ、本当に良かった」
アタシはジーッとお師匠様を見つめた。
「お師匠様、とっても嬉しそう」
「嬉しそう?」
お師匠様が微かに眉を寄せる。
「私の感情を読みとれるのか?」
どんな時にも、お師匠様は感情を表に出さない。いつも、ほぼ無表情。
何を考えてるのかは、推測するしかない。
でも、十年間いっしょに暮らしてきたアタシには、表情の微妙な違いを読みとれる。
「顔を見れば、わかりますよ。アタシは弟子ですから」
お師匠様が、目を少し細める。口元が笑っているような、そんな感じが更に強くなった。
「……今、私が何を考えているかもわかるか?」
む?
むむ?
むぅぅ……
白銀の髪に、印象的な瞳。
月のような美貌。
お師匠様は、とても綺麗だ……。
「……『夜ふかししてないで、早く休め』?」
テキトーなことを言ったら、笑われた……ような気がする。
すみれ色の瞳を更に細め、お師匠様が微かに口角をあげている。
「その通りだな。休める時に休んでおかぬと、体がもたぬぞ。魔王が目覚めるのは六十九日後。まだまだ長丁場だ」
「これを飲んだら寝ます」
あわてて、カップを口に運んだ。
「ジャンヌ。いろいろと不自由を強いて、すまなく思う。全ては魔王を倒し、世界の和を守る為だ。魔王を倒した後、おまえが……ユウのように……」
そこで、お師匠様の言葉は途切れた。
いくら待っても、その先は続かない。
なので、
「そういえば、ルネさんは?」
違う話題を振ってみた。
「サクライ マサタカ殿の精霊の家で明日まで情報収集だ」
あら。
「『えすえふ・あにめ』『特撮映画』なる空想科学映像を鑑賞し、インスパイアを促すのだそうだ」
「……なんか、難しいことしてるんですね」
「うむ。滞在期間が短いゆえ、武器や義手の開発は不可能だが、よく働いてくれている。日中も精力的にさまざまな場所に赴き、この世界の発明品を見学及び購入していた」
「ありがたいです」
「早く休めよ」
立ち去りかけたお師匠様の側に、赤い髪のメイドさんが現れる。小柄だけど、胸がとても大きい。
《櫻井正孝の精霊、ノヴァと申します。お部屋までご案内します》
この家の護衛をしている精霊かな?
精霊に案内され、お師匠様は上階へと消えていった。
アタシはその背を、ただ見送っていた。