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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
62/236

◆使徒聖戦/しもべ哀歌◆

 本音を言えば、下等種を『ご主人様』に仰ぎたくなんかなかった。


 でも、私達精霊には次元の壁を越える能力がない。

 異世界はおろか、精霊界の他のエリアにも自力では行けないのだ。


 炎界はとても美しく、仲間達と遊ぶのも楽しい所なのだけれども……


 変化のない生活には、さすがに飽きてしまった。



 しもべ契約を結ぶのなら、美しい(ヒト)! と決めて探した。


 だって、異世界人なんてゴミみたいなもの。

 肉という器に縛られた、短命な生き物。知性も能力も、精霊の万分の一もない。


 そんなダメダメな奴を『ご主人様』にすえるのだ。

 ならば、せめて……

『いやぁん、ご主人様、素敵(かわいいでもOK!)。あなたの為なら、私、なんでもしちゃう』て、気持ちになりたかったのよ。

 魂がキュンキュンする相手が良かったの……


 見た目重視で、ご主人様候補を探した。

 現在の肉体が美しく、その肉体が老朽化しても衰えない――魔力そのものが美しい男性。


 基準はそれだけだった。


 それで見つけたのが、今のアレ……。


 見た目は、どストライクだったのよ。


 容姿端麗。サラサラヘアも、澄みきった青い瞳も、とにかく美しくって……

 聖職者らしい、威厳あふれる光輝な魔力。それでいて、寂しそうなのだ。砂漠を思わせる乾ききった荒廃さと言おうか……えもいわれぬ色気を感じた。


 この人しかない!

 あ、でも、心が読めないわ。私より格の高い存在(もの)の加護下にあるのね。まあ、聖職者だし。

 ちょっとお話してみよう。

 ずっと側にいる事になるのだもの、見た目も大切だけど、気が合うかどうかが重要だわ。


 そう思って近づいたのが運の尽き……



 無理矢理、しもべにされるなんて……


 中身がこんな男だったなんて……




「ゆけ、ゲボク。俺と共に疾風怒濤の風となれ」

 変身型ゴーレムに、『ゲボク』と名づけちゃうセンスが嫌。

 乗り物として使うのは、いいわ。だけど、何故白い雲なの? なんで搭乗中ず〜っと、ゴーレムをピカピカ点滅させてるの? 灯りにしても、これほど派手に光らせる必要ないと思う。

 ていうか、このスピード、人間の全力疾走程度よ。何処が『疾風怒濤』? 幻想世界にいた頃はもうちょっと速く飛べたらしいけれど、にしても、現在はこれよ? 私がゴーレムだったら『疾風』って呼ばれたら、恥ずかしくって四散するわよ!

 そして、どーして、乗りながら高笑いするの? ここ、反響するから、すごくやかましいんですけど!

 両腕を組んでふんぞりかえるのも、やめて! 聖教会に行っても、それだし! 枢機卿団の前でも! 白い雲に乗って現れたあんたを、『うわ……イタイ奴がグレードアップしちゃったよ』って目でみ〜んな見てたでしょ?

 そして、あんたが白い服を脱ぎ捨てた瞬間……部屋中が『あ〜あ』って雰囲気になったわ。今、着ている黒い神父服! 女勇者が『アレな格好』ってしょっちゅう思ってる、それ! 異世界の宗教を取り入れた、怪しすぎる格好なんでしょ? 誰も言葉にしなかったけど、あなた、『かわいそうなヒト』と思われてたわよ!


「やれ、しもべ。俺の前に立ち塞がりし全ての愚かなるものに、おまえの力を見せてやれ」

 はいはいはい、やりますよ、やればいいんでしょ!

 私は、精霊支配者(こいつ)のしもべ。こいつの命令には、絶対に逆らえない。

 それがどんな愚かしいものであっても。

 言われるままに先行し、障害物を無力化していく。

「ククク・・よくやった、しもべ。それでこそ、きさまをしもべにした甲斐がある」

 それは、どうも!


 地下通路を、雲に乗ったまま進む男。

 そいつの為に私は……

 先行し、所々にある扉を開けているのだ……


 私が扉を開ける度に、雲の上の奴が上機嫌になる。

 雲から降りて自分で開ける手間が省け……ノン・ストップで走れるから……


 でも、普通の精霊支配者は、精霊をドア開け係に使わないと思う!


「あっぱれだ、『自動扉開け』」

 やめて。

 変な二つ名を増やさないで。

 私、お役立ちグッズじゃないんだから!

『煙草の火』や『拍手』よりは、『しもべ』の方が百万倍マシ!

 最近、そんな心理状態にまで落ちぶれてるわよ!



 入り組んだ地下を、もうかなり長い時間、走っている。


 地下墓所から始まった地下通路は、重たい扉と堅固な岩壁が続く陰鬱な場所だった。


 そこに入る前から、気が淀み、邪霊が充満している事はわかっていた。


 けれども……

 この男の光り輝く魂は、邪悪には眩しすぎる。

 彼を恐れ、自ら逃げ、道を開けるものがほとんどだ。


 この男が通るだけで、空気が澄んでゆく。

 腐敗に満ちた爛れた世界が、清浄な静謐に満ちた闇へと変わってゆく。


 たまに牙をむいてくるものも居るのけど、

「やれ、しもべ」

 全てを、私に押しつけるのだ……

「俺のしもべなのだ。浄化の炎ぐらい使えるであろう?」

 偉そうにふんぞりかえってる男の為に、邪霊退治もしてやって、地下へ地下へと進み……


 扉の鍵は、徐々に頑強なものとなっていった。

 ただの錠前や封呪の類なら、対応できる。人間ごときが作った封印など、精霊の私に壊せぬはずがない。


 でも……

《無理無理無理》

 少し前方にその鉄扉を知覚した時、素直に弱音を吐いた。

《次のは無理。私じゃ開けられないわ》

 前方から、私よりも高位なものの力を感じる。


「構わん、扉ごと壊せ」

 雲の上の男が、スパーンと言い切る。


《無理よ。聖職者が、神に祈りを捧げて築いた封印でしょ? この世界の神の加護が強すぎ。私の力では無効にできないわ》

 上位者には抗えない。

 自明の理が、なぜ人間にはわからないのか。


「よく見ろ、この先の扉は、半ば壊れて(・・・)いる」


 あらためて、前方に注意を傾けてみる。

 人間の視覚ではまだ捉えられない距離にある鉄扉。

 鉄の扉の中央には、聖なる言葉と魔法陣が清く深く刻まれている。

 しかし……鉄の扉には錆が浮かび、端々から幾つも亀裂が走っている。ヒビは、聖なる封印の近くにまで迫っている。間もなく魔法陣にまで達しそうだ。


「中のものが暴れたせいだ。扉が崩壊するのも時間の問題だ」


 けれども、まだ壊れてはいない。

 聖なる封印は、依然としてそこにある。

 あんなものをこじ開けようとしたら、私の存在が揺らぐ。

 最悪、四散するだろう。


《……できないわ》


「無能者めが」

 男が舌打ちをする。

「失望したぞ、しもべ・・あんなポンコツすら壊せんとは・・三下精霊め」


 ちょ!

《誰が三下よ!》


「違うのか?」

 フッと鼻で笑い、

「ならば、三下以上の力を見せるがいい。綺麗さっぱりまったく完璧に、あの扉を破壊してみせろ」

 顎をつきだし両腕を組んだポーズは、ムカつくほど尊大で……

「・・できるのならな」


 非常に不愉快だった。


 あんたなんか……信仰神の力を借りてるだけの、虫けらのくせに。

 偉そうにすんじゃないわよ!


 頭にきた!

 私の力を見せてやるわ!


 私は炎界の精霊。


 巨大湖を干上がらせることも、灼熱の業火で王都とやらをなめつくすこともできる。


 勝手には、やれないけど。

 精霊支配者の命令無しには、大きな力をふるえない。

 禁忌(タブー)を破ったのがバレたら、精霊界から強制送還がかかって、存在消去される。人間世界で言うところの、死刑だ。私という個は、炎界の炎の中に消えてしまう。


 けれども、やろうと思えば……それだけの事ができるのだ。


 精霊は、人間よりも遥かに高位の存在なのだ。

 それを失念している馬鹿に、精霊の偉大さを見せつけてやる。


 人型を捨て、炎そのものの姿となって、扉へと突進する。


 猛り、永久に燃える炎。

 ただ燃える為だけに存在する火焔。

 本来の姿となり、扉を焼く。

 扉に刻まれた呪を焼くのは辛かった。苦痛を伴ったが、構わなかった。炎界の炎に燃やせぬものはない……その真実を、この傲岸な男に教えてやりたかったから。


 私の熱で、鉄の扉は、刻まれた呪ごと溶け去る。


 しかし、その呪が無効となるや……


 扉の向こうから、黒い瘴気が奔流のように襲いかかってきたのだった。


 その濁流が、私を呑みこもうとした時、


「戻れ、しもべ」


 精霊支配者の言による命令が発動し、私は彼のもとへひきよせられた。


「よくやった、しもべ。それでこそ、俺の持ち物だ」

 金の十字架が目の前にあった。

 炎の姿に戻っていたはずなのに、人型に変化している。精霊支配者に強制的に変えられたのか……

 そう気づいて、現状を把握した。

《!》

 人間の女の姿で私は……彼の左腕に抱かれて、その胸に顔を埋めている……


 それは、まるで……


『きゃ、いやん、転んじゃう』

(そこに救いの手が! 乙女のピンチを逞しい腕が救う!)

『おっと、危ない。……お嬢さん、お気をつけて(歯がキラリン!)』

『ありがとうございます(素敵な方、ポッ)』


 そんなシチュエーションで、彼氏の腕の中におさまる乙女のようで……


《ンなわけあるかぁぁぁ!》


「やかましい・・大人しくしていろ」

 頭上から声。

 精霊支配者の命令に、仮の体が勝手に反応する。


 声が出ない。動くこともできない。

 大人しくしろ(イコール)しゃべるな+動くな と解釈して、しもべの強制力が働いたようだ。


 濃い瘴気が私達の横を通り過ぎてゆく。

 真っ黒な濁流の中で、私達の周囲だけが清浄だ。

 彼がそこに居るから。

 ゴーレムを基準として、周囲に結界を張っているのだ。瘴気は私達に近寄る事すらできない。


 男に支えられる形で、私はたたずむ。

 もたれる胸は、想像していたよりも逞しい。

 鼓動する胸、温かい体、しみついた煙草の匂い……生きて動く人間なのだ。精霊の変化ではなく……


 仮の肉体の目は、男の胸しか映せない。なので、精霊の視覚をもって頭上を見上げた。


 険しい眉、前方を見すえる曇りのない眼、ひき結ばれた口。

 信仰を貫く決意に満ちた、凛々しく勇ましい顔……に見える。

 そう見えてしまう。

 聖職者にふさわしい気高さと、迷いを捨て切った者だけが漂わせる……冷ややかにも見える純粋さが伝わってくる。


「驚いたよ、マルタン……おまえが扉を開けてくれるとはねえ……」

 老人の声。


 主人の視線を追って、視界を広げた。


「大きくなったねえ、マルタン。幾つになったんだい?……外界では十年は経っていそうだ……」


 主人と対するように、小柄な老人がたたずんでいた。


「おまえの聖気(オーラ)は、昔と変わらないな。わしのもとに迷い込んで来た時と同じだ。魔を憎む、純然たる光輝……邪悪を滅ぼす為なら、おまえは何でもする……己が命すらためらわず捧げる……そうだろう?」


 好々爺然とした、緋色の聖職衣をまとった老人だ。


「おまえは、教え子の中で一番の努力家だった。死に物狂いで修行を積み……異世界の術すら学び、より強くより光であれと、常に己を追いつめ続けていた」

 体を揺さぶり、老人が笑う。

「滑稽なまでに、な」


 ゆっくりと老人が歩み寄って来る。


「おお、本当におまえは……恐ろしいほどに大きくなったねえ……この世界では出色(しゅっしょく)……いや、最高峰であろう。猊下ですら、おまえほどの力はあるまい。……ましてや、処世術だけに長けた僧侶どもなど、比ぶるべくもない。だが、」

 楽しそうに老人は笑う。

「おまえは常に一人……常に孤独だ。昔も今も、誰もおまえなど愛さない。誰も、おまえを受け入れられない。己を捨て正義に生きるおまえは、傍目には奇人にしか映らぬ。同じ聖職者からすらも異端者と疎まれ、何故、おまえは光であり続ける?」


 人の形をしてはいた。が、それは人ではない。

 その老人から、黒い瘴気が生まれている。


「教えてやったろう、マルタン……おまえの一族を滅亡に追いやったのは誰か……。おまえとて憤っていたではないか……あやつらの非道を……。憐れなおまえは、何もかもを奪われた。最愛のものすらも。であるのに……」

 黒い瘴気の中心の魔。老人の姿をしたそれが、嘲るように笑う。


「何故、おまえは神の使徒なのだ?」



「つまり・・」

 私の主人が笑う。凍てついた氷のような顔で。

「俺に語れと言っているのだな、邪悪?」


「おやおや、わしは邪悪か。恩師に向かって、冷たい子じゃ」


「堕落前の経歴など、意に介するに値しない」

 そっけなく、雲の上の男が言う。

「事実のみをマッハで受け入れろ。今のきさまは、ただの邪悪だ。ならば、俺がなすべき事は決まっている」


 私を左腕に抱いたまま、主人が右手を水平にあげる。

 伸ばした人さし指は、老人をぴったりと指さした。


「堕落、堕落教唆、詐欺、陰謀、脱獄、騒乱、殺人未遂の現行犯だ。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまの罪を言い渡す」

 雲の上の僧侶は、侮蔑の眼差しで老人を見つめている。

「有罪! 浄霊する!」


「わしを祓えるのか……マルタン……弟子のおまえが」


「侮るな。昔はきさまを封じるしかできなかったが・・俺とて成長している。聖気は格段にパワーアップ。更に言えば、知恵もついた」

 ニィィと主人が笑う。

「既に聖霊光は極大までに溜め(チャージ)済みだ」


「なにぃ?」


「昔話を話し、俺の動揺を誘す。その間に、邪気を溜め(チャージし)たかったのだろうが・・きさまの手口なぞ、お見通し。腹黒の師がいたのでな、俺はいろいろと賢くなれたのだ」


「こわっぱが!」

 老人がカラカラと笑う。


「地下で大人しくしていればいいものを・・・。魔王の出現に浮かれ、脱獄なんぞたくらむから、この俺を呼び寄せたのだ。馬鹿めが」


 老人から濃い瘴気が派手に広がり始める。


 それを楽しそうに見つめながら、

「だが、まあ・・昔のよしみだ。一つだけ教えてやろう」

 ククク・・と主人は笑った。

「俺は常に孤独。誰からも愛されず、誰からも受け入れられず、異端者と疎まれる・・そうであったとして、何だというのだ?」

 澄んだ青い瞳が、邪悪と化したものをみすえる。

「邪悪を粛清することこそが、俺の存在理由・・・邪悪を駆逐できれば、それで満足なのだ。この世界の者にどう思われようが、いっこうに何ら全く気にならん。いや、そもそも・・」


 おかしそうに、主人は笑った。


「神の正義かこの世界かいずれかしか選べぬというのなら・・俺がどちらをとるかなど、自ずと自明であろう?」


 主人の体が輝く。

 人間のくせに、まるでそれ以上のもののように雄々しく美しく……神々しいばかりに。


聖気(オーラ)10%解放!」

 まばゆく輝きながら、主人が高らかに笑う。


「綺麗さっぱりまったく完璧に完膚なきまでに祓ってやるぞ、ジジイ!」

 悪人(ヅラ)だ。

 衝動のままに、慈悲のかけらもなく大笑いをするその顔は……この男が憎悪している悪魔に似ていた。


「その死をもって、己が大罪を償え・・・」


 呪文の完成と共に、広がりゆく聖霊光。


 雲の上から生まれた白光の玉が、凄まじい速度でふくれあがってゆく。


「ククク・・・滅べ」

 神の使徒が呟くと共に同時に、強大な浄化魔法が爆発的に周囲に広がっていった。



 わしを祓ったところで……何も変わらぬ。

 魔王と勇者がある限り、終わりなき過ちが繰り返されるだけ。

 そして、マルタン……神の使徒たるおまえに魂の安息はない。

 神々の掌で踊らされ続けるがいい。

 憐れな弟子よ……


 光の中に消えゆくものから、そんな声が聞こえた。






 胸元から取り出した煙草をくわえ、使徒が横柄に顎をしゃくる。

「火」


《吸うの? 今はやめておいた方が……》

 いちおう言ってみた。

 でも、ギロリと睨まれただけだった。


「火」

 促されたので、煙草に火を点けてあげた。


 雲ゴーレムの上で、主人は膝を抱えるようにうずくまっている。


 もともと色は白い。不健康に見えるほど、血行が悪い肌をしている。けれども、今は更にひどくなって、死人のような酷い顔色だ。

 体に力が入らないのか、がっくりとうなだれ、けだるげに煙草を吸っている……


 魔を清める為に、魔力も体力も惜しむことなく神聖魔法に注いでしまったせいだ。


『人であった時は、この世界一悪霊祓いのうまい男だったのだ。だから、本気でいった・・ほんの10%ほどの本気だがな』


 ゴーレムに運ばれる男は、行きとはうって変わって大人しい。

 焦点の定まらない目で宙を見つめ、紫煙をくゆらせている。

 左の掌が動いている。開いては閉じ、開いては閉じ……。無意識にやっているのだろうか、意味のない動きを、ただ、ひたすら……


「・・なんだ?」

《別に……》

 近づいた私。

 ゴーレムの上に乗り、主人と背を合わせる。

 主人は、奇妙なものを見るように肩ごしに振り返って私を見ている。

 精彩に欠く瞳は、この男のものとは思えぬほどに曇っていて……痛々しかった。

《背もたれが欲しいかと思ったの。あなた、今、疲れてるから》


 うずくまっている姿が寂しそうに見えたから……

 今だけは、側に居てやろうと思った。


 それだけよ。


「あっぱれな心がけだな・・さすがは俺のしもべ」

 ククク・・と男が笑う。

「使わせてもらうぞ、『背もたれ』」

《どうぞ》


 今だけよ。


 この男の体力と魔力が回復したら、絶対に近づかないわ。


 非常識で、強引で、傲岸で、不愉快な男だもの。


 こいつに刻まれた聖痕は、百日もすれば消える。

 契約の証が消えたら、さっさと縁を切るわ。

 イタイ男なんかと関わり合ってたら、ろくな目に合わないもの。


 けれども……


 弱った今の姿も……

 誰からも愛されず疎まれてもいい、邪悪さえ駆逐できれば満足だ、と言い切った時の迷いのない顔も……

 恩師であった者を浄化する時の禍々しい姿も……

 その輝く魔力も……


 全てが美し過ぎるのだ。


「・・一つだけ言っておきたい事がある」


《なに?》


「俺は聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ・・・堕落は許されん」


 くわえ煙草の男が、フッと鼻で笑う。


「俺に惚れるなよ? きさまの思慕が、俺のしもべ故の許容範囲から逸脱し、あまつさえ破廉恥な行為に及ぼうとしたら・・マッハで自衛させてもらう」



 ばっ……


 馬鹿言ってるんじゃないわよ、人間!


 ンなわけあるかぁぁぁ!


 私は精霊なのよッ!

 あんたみたいな下等な奴……しかも、イタイ厨二病、誰が相手にするかッ!


 自惚れんな、カス!



 そう怒鳴った私は……

 精霊支配者に思いっきり肘鉄を喰らわされた。


 思ったより元気だった……


 霊力のこめられたそれは、新たな聖痕となって私の体に刻まれてしまった……

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