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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
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共有幻想――呪われた北

「はじめまして。百一代目ジャンヌさんとお仲間のみなさん。十六代目だった藤堂杏璃子(アリス)です。どうぞよろしく」


「コンニチハー 三十三代目『フリフリ』こと、一之瀬奈々でーす♪ よろしくネー」



 リヒトさんの移動魔法で運ばれた先には……大先輩が居た。


 ショートボブ、ナチュラルメイクの色っぽいおねえさま……

 この方が、絶対防御のアリス先輩!

 アリス先輩は、不思議な力で、あらゆる敵意・攻撃を無効化する能力者だった!

 その守護の力は本人もしくは触れている者のみに有効、ってところが肝で! 加護を敵によこどりされないよう、戦士が先輩を背負って戦ったりしたのよね。

 セーラー服の女子高生勇者……だったんだけど、今では二十代っぽい。


 そして、こちらの! ゆるふわな髪、ぱっちりとした可愛らしい目、ふっくらほっぺ! 十代で通りそうな、清潔感あふれる、おっとりした美少女がフリフリ先輩か!

『華麗なる三十三代目』のイメージ通りだ! めちゃくちゃ可愛いい!

 本人も仲間も賢者までもが美女だったんで、フリフリ先輩は歴代勇者の中でも一、二を争う人気者なのだ。

 フリルエプロン姿の若奥様勇者だったし! 特殊能力の『共有幻想』も珍しいんだけど!


「はじめまして! お会いできて嬉しいです!」

 握手を求めた。

「お二方の書は、アタシの愛読書でした!」


 魔王討伐直前までの冒険を記した、『勇者の書』。

 歴代の書は、勇者見習い時代に、いちおうぜんぶ、読んでいる。

 でも、アタシの分も含め百一冊もあるのだ。中には、魔法理論やら哲学的な話がオンパレードの、論文みたいな書もあるし。

 目を通しただけで、うろ覚えの書もけっこう多い。


 けれど! アリス先輩達の書は別!


 トキメキ乙女のキュンキュン日記というか……

 フリフリ先輩の書は、同性への憧れや心の繋がりがいっぱい綴られていた。女だけのPT(パーティ)物語は、美しさや優しさに満ちていて甘酸っぱくって……少女マンガ的な雰囲気というか、GL(ガールズ・ラブ)的な萌えというか……素敵だった!

 対するアリス先輩の書は、あらゆるものを同性愛視点でとらえてしまう、ぶっとんだ書だった。剣や盾の擬人化SS(ショート・ストーリー)やら、男性仲間同士の会話や行動からその裏にある「恋愛感情」を読み取る洞察やらが載っていて……むちゃくちゃ面白かったのだ!


 穴があくほど読んだわー

 二十八・二十九兄弟勇者の書や、五十一代目バクレツ エイジ先輩の書も好きだけど。

 このお二人の書は、アタシのキュンキュン道の指南書のような存在だったのだ!


「サインいただけますか!」

 手帳を出してお願いすると、お二人は『いや〜ん、はずかしい』と照れながらも応じてくださった。


 ふと思いついて、もう一冊手帳を出し、両方にサインをもらった。

 あとで、サクライ先輩にも頼んでみよう。

 ヤザキ ユウ先輩や他の先輩方のも欲しいなあ。



 アジトに来たのは、アタシと兄さまとクロードとジュネさん。


 ルネさんは、サクライ先輩の精霊に案内され、この世界の技術の見学に行った。ロボットアーマーを脱いで、服を借りての外出らしい。


 お師匠様も、別行動だ。

 二十九代目『キンニク バカ』先輩、

 四十九代目『ナクラ サトシ』先輩、

 八十四代目『サイオンジ サキョウ』先輩、

 九十七代目『ヤザキ ユウ』先輩。

 四人の勇者に会って、魔王に100万ダメが可能か、誰から順にアタシに会わせるか、事前審査に行ったのだ。


 アタシが諸先輩方に会えるかどうかは、お師匠様次第。


 遅くとも明日には先輩方+サクライ先輩の精霊達に会い、可能ならキュンキュンして、アタシ達はもとの世界に還る。

 そういう予定になった。


 アタシは、アジトでお留守番。『うっかりときめいたりせぬよう、じっとしていろ』とお師匠様に釘を刺されている。


 サクライ先輩は『せっかく僕らの世界に来てくれたのにアジトに籠らせる事になって、すまないね』とアタシを気の毒がった。


 けど、観光に来たわけじゃないし。

 兄さま、クロード、ジュネさんが護衛役に残ってくれた、精霊達もいっしょだ。

 明日まで、家の中に籠ってても、ぜんぜん平気だと思ってた。


 まさか、お二人にお会いできるとは♪


「みなさんのお世話は、わたしとナナがします。気軽に何でも言って下さいね」

「ワタシたち女だからー うっかりキュンキュンの心配もないしネー」


 勇者OB会には、あともう一人女性が居る。

 七十四代目ソノヤマ マスミ先輩。

 けれど、現在、マスミ先輩はダンナさまと旅行中。特殊な場所に向かったんで、サクライ先輩の精霊でも連絡をつけられないらしい。

 伝説のOLソノヤマ マスミ先輩も、憧れの勇者のお一人だった。お会いできないのは残念だけど……

 アリス先輩とフリフリ先輩に会えたし! もうそれだけで、ラッキーだわ!




 アジトといっても、普通の一軒家。

『シェア・ハウス』用の二階建ての家を、サクライ先輩が買ってリフォームしたのだそうだ。


 アタシたちは1Fのリビング・キッチンに案内され……


「どうぞ、召し上がれ」

 もと勇者のお二人の手料理をご馳走になった。


 具だくさんのオムレツ、ソーセージとキャベツとホウレンソウのソテー、トマトとキュウリのサラダ、バゲッド。

 そして、そして、そして!

 コーンポタージュぅぅぅ!

 コーンの粒がどっさり入ってて、しゃきしゃきしてる!

 濃厚なトウモロコシの味。それでいて、舌に優しいまろやかさ!


「美味しいです!」


「ヨカッター いっぱい食べてネ♪」と、フリフリ先輩。


 ジャムもバターも蜂蜜も美味しいー


「お料理お上手なんですね」

 スライスしたハムとチーズを追加で持って来たアリス先輩が、照れくさそうに笑みをつくる。

「買い置きでパパッと料理しただけの、十分間クッキングよ」

「ポタージュ絶品です!」

「あらー それ、缶詰よ」

 カンヅメ?

「缶詰のコーンスープを牛乳とクリームでのばしたの」

 カンヅメ……?

「コーンポタージュ、好き?」

「大好物です!」

 そうなのと、アリス先輩が微笑む。

「夕飯には、もうちょっと凝ったものを作るわね。そうだ。せっかくだし、この世界ならではの料理にチャレンジしてみる? お寿司とか納豆とか」



 食事をしながら、先輩たちとあれこれ話した。


「ゴメンネー ワタシたち、魔王戦のコトとか、口にしたら神サマから怒られちゃうの。魔王と戦うコツとか教えてあげられたら、良かったんだけどー」

 すまなさそうにしているフリフリ先輩に、いえいえと頭を振った。


 アタシの託宣のこと、幻想世界と精霊界に行ったこと、仲間にした三十一名のことを話した。


 予想通り、ゴーレムの話題はバカ受けだった。

「キャベツ? なに、それ、擬人化? え? 手足が生えてる? でもって、男前? うそ、見てみたい。素敵!」

 うん! アリス先輩なら、キャベツの良さをわかってくれると思った!

「まん丸キャベツなんです! 青々としていて、ブサかわで、眉毛が濃くてカッコイイんですよ!」

「相手は?」

「え?」

「キャベツたんとのベストカップルといったら、豚肉よ! 豚ひき肉くん! がっつり肉食系男子を包み込む草食系男子! ロールキャベツ! オレ様受けとヘタレ攻めよ! 萌えない?」

……萌えるかも。

 あいつ(キャベツ)は顔が濃いから、あんまり草食系っぽくない……あ〜 でも、葉っぱだから、草食というか草そのものか。

 だけど、残念ながら豚ひき肉のゴーレムはいませんよ?

「畑さんとキャベツたんのCPでもいいなあ。愛を育む二人に訪れる、出荷わかれの時。あわれキャベツたんは、うまみのある鶏肉たんと、加熱前はツン・加熱後デレのタマネギ君、甘くて鮮やかなニンジンさんや、でんぷんたっぷりのジャガイモ君と、ミルクやチーズでドロドロになりながらのシチュー・プレイへ! 萌えるわッ!」

「……ですね」

 さ、さすが。アリス先輩。発想がぶっとんでます。


 アタシの横で兄さまが、コトンとスープ皿を置く。

「おかわり?」

 ニコニコ笑顔のフリフリ先輩に、「いや、もう充分いただきました」と手を軽く振る。食欲、無くなっちゃったのかしら?


「ふーん。だからか」

 サラダをフォークでつっつきながら、お美しい獣使い様が微笑む。

「このまえ、台所でエドモンが丸のキャベツを手にとってジーッと見てたのよねえ。自分の作ったゴーレムちゃんを懐かしんでたわけか」

「キャベツのこと、聞いてないんですか?」

 アタシの問いに、ジュネさんが肩をすぼめる。

「ええ。そんな子がジャンヌちゃんの100人カレシの一人だとも知らなかったわ。口下手な奴だから、こっちから話を振らなきゃ、なーんにも話してくれないのよ」

 そーなのか。

「テオドールさんからも聞いてません?」

 そう聞くと、何故だかジュネさんはクスクスと楽しそうに笑った。

「聞いてないわ。そばに行っても、あの子、すぐに逃げちゃうのよね。あたしとは必要最低限の会話しかしたくないみたい」

 テオを『あの子』扱いか……ジュネさんも、流石だ。



 デザートの時間。

 シャーベットをいただいてると、アリス先輩が急に真面目な顔となった。

「ジャンヌちゃん。わたしの仲間たちが、魔王戦の後、どうなったか知ってる?」

「ワタシもしりたいナー どんなコトでもいいから知ってたら、教えてほしいー」と、フリフリ先輩。


 アタシの世界じゃ、先輩たちの仲間はとっくの昔に亡くなっている。

 どう生きたのか、どんな最期を迎えたのか、知りたいと思うのは当然だ。


 だけど……

「ごめんなさい。知りません」


「賢者さまから教わってない?」

「はい」

 歴代『勇者の書』は、勇者になってから書き始められ、魔王戦直前で終了している。

 勇者が魔王戦でどんな風に戦ったのか、どうやって勝ったのか、勝った後に勇者や仲間たちがどうなったのか、ぜんぜん知らないのだ。

 賢者の館の書庫にも、勇者や仲間のその後の資料はなかった……と思う。アタシが見た限り、無かった。


「お力になれなくって、すみません」


 お師匠様は究極魔法の存在すら、教えてくれなかった。

 魔王戦で死亡する勇者もいるって教えると、アタシのやる気を削ぐとでも思ったのかしら。

 倒した後に『どんな願いでもかなえてもらえる』ご褒美がいただける事ぐらいしか教わってない。


「アタシ、勇者見習いになってから、ずーっと賢者の館暮らしだったから見聞が狭くって」


「勇者見習い?」

 なにそれ? って感じに、アリス先輩とフリフリ先輩が顔を合わせる。

「賢者に見出された勇者は、魔王が現れるまで賢者の館で育成されるんです。その間が見習い期間で、賢者の館から一歩も外に出られないんです」


「えーっ!」

 先輩たちが、びっくりする。

「賢者の館って、なーんにもない山の頂上にあるヤツよネ? 人間の足じゃゼッタイ登れない、崖みたいな山の?」

「はい」

「そんな所じゃ……お客さんも来ないわよネ?」

「そうですね。見習いになった六つから、お師匠様と二人っきりで暮らしてきました」

「六つから……」

「タイヘンだったのネ……ワタシ達、トリップした日が百日目の初日だったから。いそがしかったけど、でも……」

 毎回、英雄世界からの勇者の場合、転移と同時に魔王が出現している。

 見習い期間なしは、羨ましい。


 しんみりとした空気を破るように、ハスキーな声が響いた。


「あたしの村は、獣使いライラが興したと言われています」

 ライラって名前に、フリフリ先輩がピクッと反応する。

 女とみまごうお美しい獣使いさまが、金の髪をかきあげる。

「ライラは、『呼びかけ』でモンスターまで従えた偉大な先人です。あたしたち獣使いは子供の頃『ライラの不死鳥の歌』を習うんですよ。歌から、音で獣を屈服させる手管を学ぶんです」


「アナタ、ライラの子孫……?」

 その問いには、ジュネさんは静かにかぶりを振った。

「直孫じゃありませんわ」

 そう言ってから、大輪の薔薇のような艶やかな笑みを浮かべる。

「でも、狭い村ですから。たぶん、どっかで血がつながってるでしょう」


「そーよネ!」

 感極まったのか、フリフリ先輩がジュネさんに抱きつく。

「あーん! ライラ!」

 その背に、さりげなくジュネさんが優しく手をそえる。

「あたし、ライラに似てます?」

「ゼンゼン似てない! ライラは赤毛でボインなおねえサマだったもの! だけど、お色気たっぷりなトコロはそっくりかも!」

「妖艶型カリスマ持ちだったんですねー」


 それからジュネさんは、フリフリ先輩の他の仲間――暗黒騎士グレースの両手鎌をどこそこの領主がコレクションしてるだの、どこの森に巫女フラヴィゆかりの泉があるだのの情報を提供した。

「地方巡業に行くと、その地の実力者のお宅によく招待されますの。歴代勇者さまに興味があるとお伝えすると、みなさま、ご親切にあちこち案内してくださって」

 勇者の中でも、特に三十三代目は超人気。PT(パーティ)の絵画を所有している貴族も多く、立ち寄った温泉なんかが観光地になってるのだそうだ。薔薇の刻印が刻まれたフリフリ香水等、お土産グッズも充実しているのだとか。


「三十三代目とその仲間は、人気ありますよねー 本がいっぱい出てます」

 と、クロード。シャーベットをパクンと食べて、ほにゃ〜と頬をゆるませてる。

「魔術歴史の教科書にも、三十三代目とお仲間の魔術師さんが見開きで出てましたー」


「打撃の返し技にテッサ・クラッシャーがあります。三十三代目の仲間の格闘家テッサが編み出した技だと、母から教わった記憶があります」

 兄さまも、フリフリ先輩に仲間情報をプレゼントした。



 三十三代目フリフリ先輩に比べると、十六代目アリス先輩はマイナーだ。

 十六代目にまつわる観光地に心当たりはないけれどと断った上でジュネさんは、

「あたしのスイートハートのおじいさまが、歴代勇者さまを尊敬なさってるんです。おじいさまへのお土産に、勇者さまやその仲間の逸話を収集したので、十六代目に関しても少し知ってますわ」

 と、にっこりと微笑んだ。

「戦士フェリックスと宮廷魔術師ミッシェルの友情とかー」

 アリス先輩が、ぴくっと反応する。

「魔王戦後、戦士フェリックスは、ミッシェルの口添えで世継ぎの王子の親衛隊にとりたてられました。両雄共に次代の王の懐刀になり、役を退いた後も手紙のやりとりをして、深ぁい友情を続けたみたいですわ」

 アリス先輩の目は、キラキラだ。戦士と魔術師の間に友情以上の絆を感じる! って、『勇者の書』にもいっぱい書いてたもんなー

「魔術師ミッシェルは生涯独身でした。が、戦士フェリックスは結婚してます。しかも、三度も。三度目の結婚は五十代になってからで、お相手はお孫さんと呼んでもおかしくない年齢の少女だったそうです」

「えー うそ! フェリックスったら、フェリックスったら! 隠れロリコン? なのに、ミッシェルは生涯独身……恋人の不実に傷つきながらも、貞節を守ったのね……あああ、それはそれで萌えかも……」

 アリス先輩の『勇者の書』の中身を知らないはずなのに、何故こうも的確(ピンポイント)にキュンキュン情報を……。


 でも、良かったー

 ジュネさんたちが、フリフリ先輩の仲間達のその後を知ってて。


 フリフリ先輩が、ジュネさんとアタシを見てから、にっこりと笑みを浮かべた。

「獣使いサン、お願いがあるんだけどー」




 そして、アタシたちは……

 森に囲まれた村に跳ばされた。

 建物は、どれもさほど大きくない。平屋ばっか。

 けど、どの家も、何というか……けばけばしい。ド派手なペイントをしたり、扉や壁や屋根に幾何学的な複雑な模様を描いたり、柱にこれでもか! ってぐらい彫刻を刻んだり、宝石やら水晶やらを埋め込んだり……下品すれすれ。

 装飾過多の家ばかりだ。


 今、居るのは村の広場のようだ。


 村の中を行き交う人達は、獣の皮をまとい、何かを連れていた。

 狼、双頭犬、猿もどき、綿毛みたいな毛の塊、大鷲。

 幼児ですら、鼠やら小鳥といっしょだ。


「あら〜」

 ジュネさんが口笛を吹く。

「すっごいわー そのまんまよ。村のみんなも、連れてる獣も合ってるわ」


「ソレは、そうヨ」

 フリフリ先輩が明るく笑う。

「アナタの記憶がつくりだした幻想だもの」


 村人とそのしもべの獣は、アタシ達を無視している。

 というか、見えていないのだ。

 けれども、歩く時、アタシ達がいる場所を器用に避けてゆく。無意識によけてる感じ。


 みーんな幻なのだ。

 人も獣も家も森も。


 フリフリ先輩が、先輩にしか使えない不思議な力――共有幻想で生み出した幻なのだ。


 共有幻想は、幻術の一種。

 だけど、普通の幻影と異なる点が二つある。

 一つ目は、幻影を作りだすのが、術師ではなく、術師に選ばれた人間であること。その人間の記憶をもとに、幻がつくられるのだ。

 二つ目は、幻影を現実にできること。幻影の中の剣で切られれば、ほんとうに怪我をする。高いところから落下すれば、死亡もありうる。


 何人に幻影を見せるか、幻影をただ観察するか、自分達も登場人物となって幻影に関わっていくか、決めるのは術師だ。


 今、アタシ達は姿を隠し、ジュネさんの故郷を眺めている。

 ライラの村を見てみたいと、フリフリ先輩がジュネさんに頼み、昨年秋に里帰りした時の記憶を借りたのだ。


「この村をライラが……」

 フリフリ先輩は、感激ひとしおって感じに辺りを眺めている。


 アタシも獣使いの村を見るのは、初めて。

 ていうか、あっちじゃ旅行したことないなー


 クロードが、おすわりしているピンクの獣へと近づく。

 モコモコの毛。羊にちょっと似ている。おめめが黒目がちで、きょとんとした顔がラブリー。

「うわうわうわ〜 かわいい……」

 撫でたそうにウズウズしているクロードに、ジュネさんから鋭い注意が。

「そいつ、肉食よ。頭のてっぺんに大口があるの。近づいた小鳥なんて、丸呑みよ」

 ビビリの幼馴染が手をひっこめたのは、言うまでもない。


 獣使いの村に、獣がいっぱいなのはわかるけど。

 どっちかというと、ド派手な家ばかりなのが気になる。

「変わったおうちが多いですね」

「うふふ。美的センス、サイテーな村でしょ? ま、でも、しょーがないの、呪術装飾だから」

 ん?

「変てこりんな模様のほとんどが呪術文字なの。彩色にも意味があるの。獣よけ、獣封じ、カリスマ効果アップ等々。村の存在そのもので、獣を威圧しているわけ」

 ほうほう。

「そーいえば、ライラも顔や手足に模様を描いてたナー」と、フリフリ先輩。

「呪術化粧ですね。今でもやりますよー 化粧をして、自身や獣を鼓舞したり、獣を退けたりするんです」

「じゃ、アナタのお化粧は、もしかして……」

「いいえ。これは装いのお化粧です。美しいあたしをより美しくするための」

 ジュネさんがにっこりと笑う。

「呪術化粧は、もっと派手です。入れ墨のような繊細な模様を数時間かけて全身に描くこともあります。もちろん、人に手伝ってもらってね」

 へー


「ここは……北だな?」

 兄さまは、まるで猟犬のように辺りを見渡している。

「『呪われた北』よりも北部の村か?」


「あら。よくおわかりで」

 ジュネさんが悪戯っぽく笑う。


 ここが北……?


 アタシはあらためて、村を見回した。


『呪われた北』とは……

 魔王城がある場所――魔王『カネコ アキノリ』が百日の眠りに就いている地だ。


 魔王が現れると同時に、北の荒れ地に魔王城が出現する。

 歴代魔王の城はぜんぶ同じ位置に同じ形で現れている。

 聖職者達がどんなに土地を清めようが、上に建築物を建てようが、何しようが、その場に魔王城が出現してしまう。


 だから、その地は『呪われた北』と呼ばれ、忌避されている。


「北に人が住んでるんですか?」

 アタシの問いに、ジュネさんがうふふと笑う。

「いるわよ、いっぱい」

「そうなんですか……」

「獣使いの大半は北出身よ。知らなかった?」

「……知りませんでした」

「北には獰猛なモンスターが多いからー 獣使いにとっては、魅力的な土地なのよ」


『呪われた北』より先は無人。北は、モンスターや野獣が跋扈する、神の恩恵が届かぬ土地。

 て、アタシはお師匠様に習ってたんだけど……


「昔っから北は、土地を捨てた農民、犯罪者、異端者、政治犯の逃げ場なの。『呪われた北』に逃げ込んだら死んだものと見なされ、追手がかからなくなるからね」

 美女にしか見えない獣使いさんが、妖しく微笑む。

「だけど、のたれ死にしちゃう人も多いのよ。モンスターが山ほどいるし、土地が貧しいんですもの。北でそこそこ暮らせるのは、獣使い以外だと、一流の戦士、魔術師、僧侶、学者……ぐらいかしらねえ。傑出した能力がなきゃ、北で生きてゆくのはキビシーわ」


「……格闘家の集落もあったろう?」

 低い声がした。


「もっとも、もう無いかもしれないが……」


 兄さま……?


「ジャンヌの仲間に北出身の者がいるとは思いもしなかった……言われてみれば、獣使いはあちらが本場だったな」


 口元をゆがめ、兄さまが冷めた笑みを浮かべている。


「俺も北出身だ。母さんがジャンヌの親父さんと再婚するまで、あっちに住んでいた」



……知らなかった。

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