紅髪を靡かせし蛮族
アタシとジョゼ兄さまとクロードは、お師匠様の移動魔法で跳んだ。
今日は、王城に来たらしい。
『らしい』って推測なのは、周囲が見えないから。
今日も、アタシは目隠し勇者なのだ。
成り立て魔術師にうっかり萌えちゃったせいで、アタシは、天才魔術師シャルル様を逃している。
ノー・モア・クロードってわけで……お師匠様がアタシに目隠しをするの。
外へ行く時は、必ず、目隠し。
そのへんのおにーさんや、オジ様やお子様に萌えないようにって配慮なわけよね。
萌えるわけないのに……超絶美形が歩いていればキュンキュンもありうるけど、そんな美味しい出逢いそうそうないし。普通のおじさんや子供を見ても、ときめくもんですか。
お師匠様ったら、心配性なんだから〜
ジョゼ兄さまに手をひかれるままに、廊下らしき場所を進む。
辺りはシーンとしていて、アタシ達の靴音ばかりが響き渡る。人払いがされているのかな?
「国王陛下と謁見するんですか?」
アタシの問いに、お師匠様が答える。
「いや。陛下は勇者との対面を控えるとのおおせだ」
む?
「おまえに萌えられては伴侶枠入りとなる。国を負う責務のある方を、魔王戦に巻き込むわけにはいかぬ」
むぅぅ。
「……国王陛下ってお幾つです? 容姿は?」
「御年五十四。たいへん恰幅のいい、ご壮健な方だ」
……だ〜か〜ら〜 萌えないってば、おじさんには! 信用無いなあ、もう!
「これから行くのは、仲間候補との対面の場だ」
しばらく進んだ頃。
「ジャンヌ、階段だ。見えないと危ないからな。運ぶぞ」
いきなりジョゼ兄さまに抱きかかえられた。
うひょ。
お姫さま抱っこかよ!
「兄さまが足すべらせたら、抱っこされたまんま落ちちゃうよ! やだ、離して!」
「暴れると、危ないぞ。おとなしくしてろ、ジャンヌ♪」
がっしりとアタシを抱き抱えたままで、鼻歌なんか歌ってるし。なんか、楽しそう。んもう。
怖くって兄さまの首筋に両手を回し、必死にしがみついた。
階段が終わって廊下に足をついた時、心底ほっとしたわ。
その後、ちょっと歩いたら、背後で扉が閉まる音がした。どっかの部屋に入ったみたい。
「ジャンヌさん、もう目隠しは不要ですわ。ここには私達しか居りませんもの」
……どっかで聞いた声。目隠しをとった。
金の縦ロールのふわふわドレスの美人さんが見えた。ジョゼ兄さまの婚約者のシャルロットさんだわ。
そして、部屋にはあともう一人。金の巻き毛の、王子様みたいな美形が居る。
て?
あ?
あれ?
アタシの前に、その人は優美な仕草で片膝をつき、右手をとって手の甲に接吻してくれた。
おおおお、本格的! されたの初めて!
「又、お会いできて、嬉しいです、お嬢さん」
爽やかな笑顔……
アタシに優しく微笑みかけるその男性は……天才青年魔術師シャルル様だわ。
今日は灰色のローブ姿じゃなく、宮廷着。豪奢な上着と見事な刺繍のベストが、華麗で素敵。
「シャルル様、シャルロット様、何故、ここに?」
ジョゼ兄さまが、ズンとアタシの前に立つ。
う。
兄さま、デカいから、前に立たれると視界の邪魔。シャルル様がよく見えない。
「国王陛下のご命令により、今日と明日、私とシャルロットは、勇者ジャンヌさんの仲間探しに協力する」と、シャルル様。
えー! ど、どうして?
「ジョゼフ様はシャルロットの婚約者。我がボワエルデュー侯爵家とオランジュ伯爵家は、親しい間柄だからね。案内役には私が、ジャンヌさんの話相手にはシャルロットが最適でしょう?」
え? え? え?
兄さまの背中をツンツンした。どーいうこと?
兄さまは、肩ごしに振り返った。何か、ちょっぴり不機嫌そうな顔。
「シャルル様とシャルロット様はご兄妹……ボワエルデュー侯爵家のご嫡男とご令嬢だ」
兄妹……?
言われてみれば、確かに似てる。二人とも、すっごく豪華な美形。頭も金髪でくりんくりん。ジョゼ兄さまと違って、カツラじゃなさそう。地毛っぽいのよね。
「やあ、クロード君。魔術師装備、よく似合っているね」
シャルル様は、クロードにも爽やかに声をかける。
クロードはシャルル様から贈られた魔術師のローブを着て、魔術師の杖を持っている。ローブはちょっと大きめなので、強烈な『着せられてる』感がある。
「ど、どうも……良い装備を、あ、ありがとうございました。そ、そうびに恥じにゃい実力を、み、身につけられるよう、精進しちぇます」
少し噛んだわね、クロード。眉間がちょっぴりピクピクしてて、鼻の頭がほんのりと赤いわ。
天才魔術師を前に、固くなっちゃって……
シャルル様に勧められ、アタシ達は横一列に並んだ椅子に腰かけた。
アタシが真ん中、左隣にはシャルロットさん、右にはお師匠様。
ジョゼ兄さまはシャルロットさんの隣に座るよう促され、クロードは空いていた右端に一番最後に腰かけた。
「本日ご紹介するのは、王国軍の方及び戦士ギルドに所属の方です。お仲間にできるのは、各職業ごとにお一人でしたね? 家柄や技量、容姿に年齢、さまざまな条件を考慮した上で、勇者の仲間にふさわしいと思われる方から順に一名づつお引き合わせいたします」
将軍やら、名の売れた騎士やら、高名な剣士やら……次々に部屋に入って来たけど、ピクリとも萌えない。
いかめしい、おっさんばっかり。
ときめく人は、いなかった。
シャルロットさんは、にこやかに、アタシやジョゼ兄さまに話しかける。待ち時間には退屈しないよう世間話を、仲間候補の入室前と退出直後には補足説明をしてくれた。何々家のどなただ、どんな家柄か、ご家族はどういった地位に就いているのか、とか知ってることをいろいろ。
いい人だわ……シャルロットさん。
なのに、兄さまはそっぽを向いている。ろくな返事を返さない。
おばあ様の決めた婚約者だから気に喰わないんだろうけど……態度、悪すぎ。
最低限の礼儀は守ってよ、義妹として恥ずかしいじゃない。
ったく、もう。
……後で怒っておこう。
五十人と対面したところで、お茶休憩となった。
「淑女を疲れさせては、いけませんからね」
と、シャルル様。美味しいお茶と焼き菓子を準備してくださった。お優しいなあ。
紹介される人間の身分は低くなってゆき、シャルロットさんの人物説明は無くなっていった。
そして、アタシは……
すっごい人に出会ってしまったのだ……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十六〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「新たな仲間はあの戦士か……」
お師匠様が意外そうにつぶやき、
「ジャンヌ、清純なおまえには刺激が強すぎる! 見ちゃいかん!」
などと言って兄さまはアタシの目をふさごうとした。
ので、ぶん殴って転ばせておいた。
いや……
だって……
あの……
その……
ねえ……
どうしたって見ちゃうわよね……
み、見たいわけじゃないけど……
シャルロットさんが、両手で顔を覆っている。恥ずかしくって、正視できないって感じ。
んで、当の戦士は、
「よっしゃー!」
ガッツ・ポーズをとっていた。
真っ赤な髪が揺れ、逞しい腕やら胸の筋肉が躍動する。
うわぁ。
チラッと左隣を見ると、シャルロットさんはうつむき加減。首まで真っ赤。
でも、実は、指の間から、しっかり、前方の戦士を見てたりする。
怖いもの見たさとついうか……つい、見ちゃうわよね。
見事な筋肉だもん!
日焼けした肌、ほれぼれしちゃう大胸筋、ひきしまった腹筋、太い首、触ってみたいような上腕……
しかし、何よりも、その……
目がいってしまうのは腰より下で……
ブーツと腕輪を除くと、唯一、彼が着ているもの、というか履いているというか、巻いているものは……
まるで拳闘士のような短い腰布で……
ほとんどミニスカ……
そ、その下って……
……履いてる……?
それとも……
フリーダム?
ああああ、駄目! もうこれ以上は無理! 乙女として、もう何も考えられない!
「アランと申します。傭兵を稼業としています。経歴は書類でご確認ください」
あら。
蛮族戦士な外見のくせに、言葉使いは、まとも。
『うっほ、うっほ』言うのかと思ったのに。
体ばかり注目しちゃうけど、顔も凄い。野性味あふれるハンサム。無造作に肩口まで伸びた赤い髪、険しい眉、鋭い緑の瞳、高い鼻、厚い唇……めちゃくちゃかっこいい。格好さえ普通ならなあ……
「おまえ、何でそんな格好をしている?」
兄さまがバン! とテーブルを叩いて戦士を睨みつける。
「服と鎧を着ろ! そんな猥褻な姿を妹に見せるな! 恥を知れ! 恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいです!」
ドきっぱりと、赤毛の戦士が答える。
「しかし、仕方がないのです! 雇用主の要望があろうとも、服装は改めません!」
服装を改めるも何も……着てないじゃない、あなた。
「服装を変えられない理由があるのか?」と、お師匠様が尋ねると、
「はい……」と、蛮族戦士な人は、重苦しく溜息をついた。
「俺は逆子で死んで産まれたのです」
え?
「産婆がすぐに叩いて蘇生してくれましたが、俺のツキは、産まれる前から尽きていたのです……」
はあ。
「母の乳の出は悪く、伯母が乳母となってくれたものの、その後、すぐに家業が傾き、一家は路頭に迷い……」
そのまま彼は延々と不幸な少年時代を語り続け、ようやく、生活の為に傭兵となった話にまで行きついた。
「俺はかなり腕が立つと自負しています。剣技ではギルドで並ぶ者とておりません。しかし、傭兵となってからも星回りが悪く……」
ギルドで紹介される仕事は、3Kばっか。
仲間と組めば、最前線やらの危険地域に必ずまわされ、荷物を隠され、靴を捨てられ、剣を折られ、だそうで……
傭兵のイジメだけに、死地に追いやられる系のかなり危ないものをされてたらしい。
「女性と組めば、夜に寝所におしかけられ、お帰りいただくのに忙しく安眠できません。男性と組めば『よくも俺の女を取ったな』と言いがかりをつけられ、戦闘のどさくさに背後から襲われることもしばしば……何度死にかけたことか……」
ようするに……
格好いいし腕も立つから、ただ立っているだけで、後から後から女が寄って来る。差し入れやらプレゼントやらを渡され、あたしを食べてーをされ、そのせいで傭兵仲間からねたまれてた、と。
「身に覚えのない怨みばかりを買うので、どうしてこんなに不幸が続くのか、有名な占い師殿に相談したのです」
占い師と聞いて、クロードがピクッと反応する。
「『服を脱げ、恥を捨てれば万事うまくゆく』と助言をされた時は、あの方の正気を疑いましたが、試しにやってみてよかった」
試しにやってみること、それ?
「占い師殿の言う通りにした途端、俺に寄って来る女性はいなくなり、傭兵仲間とのトラブルは減りました。俺に因縁をつけていた男達も、まったく近づいて来なくなったのです」
いや、それはあなたの格好がちょっとアレだから……
みんな、怖くて、引いてるんだと思う。
「更に! 本日、王城に、三百人以上、集まっていたのに、俺が優勝するとは…… 間違いない! 俺の運気はあがった!」
いや、優勝はしてないから。
うわ!
ポージング始めた! 両足をそんなに開いちゃ、マズイんじゃ!
ミニスカ腰布が、めくれてるじゃない!
乙女としてそこに注目するのはナニだけど! どーしても目がそこに!
見えそで見えない。腰布の下は……どっち?
……シャルロットさんも、両手の指の間からアランをガン見。
そーよね、気になるわよね!
「相談した占い師って……もしかして、アレッサンドロさん?」
クロードの小さな声の問いに、アランは大きく頷いた。
「ああ、そうだ。おまえも、占い師殿の信奉者か?」
「信奉者というか……ボクが魔術師になったのも、アレッサンドロさんの勧めで……」
そう聞いてアランは、クロードの手をがしっと握った。『同士よ!』って。友情に目覚めてしまったようだ。
「勇者様 占い師殿があなたにご助言がしたいそうだ。俺が勇者様の仲間となれた時には、次の日の夜、店まで案内して欲しいとおっしゃっていた」
へ?
「占い師アレッサンドロさんは、この国一の占い師なんだ」
クロードが説明する。
「失せモノ探しなんか百発百中だし、迷宮入り事件を解決してもいる。それから、その……こッ、恋……いや、そ、その、ともかく凄い占い師なんだ。明日の夜、時間をあけてくれるにゃら会いに行くべきだ!」
あ、また、噛んだ。
明日の夜には、マルタンと合流する予定だったんだけど。
「マルタンとは心話で連絡がとれる」
と、お師匠様。
「マルタンが目的地に着くのは明日の夕方か夜だ。悪霊祓いは明後日以降だな」
じゃ、いっか。
国一番の占い師さんが、アタシに用事なんだし〜
大義名分あるし〜
マルタンとの合流は明後日以降にしよ。
急ぐ事ないし、というか、急いで合流したくないし!
明日の夜には、占い師さんに会いに行こう♪
「ジャンヌさん、そろそろいいでしょうか?」
シャルル様がアタシに尋ねる。
「あと百七十三人、仲間候補がいるのです。次の方を連れて来てもよろしいですか?」
百七十三人……?
「でも、もう、アランさんが仲間になりました。アタシ、一ジョブにつき一人しか仲間にできないんです」
「アランは、戦士として仲間になったのでしょうか? 傭兵としてですか? それとも、戦士と傭兵、両方の職業が埋まったのですか?」
う。
そう聞かれても、アタシにはさっぱり……
救いを求めてお師匠様を見れば、静かに頭を横に振られた。
お師匠様にもわからないのか〜〜〜〜
「それに、残っているのは、下級騎士、騎士見習、兵士、剣術師範、用心棒など多様です。戦士や傭兵ばかりではありませんよ」
「………」
結局、その日は夜中まで仲間選びが続いた。
お茶休憩も断って、数人いっぺんに来てもらう形で、頑張ったんだけど……人数、多すぎ!
結局、仲間にできたのはアランだけだし……シクシク。
クロードは徹夜のようだ。課題が終わんないみたい。明日は仲間選びの場に『教科書を持ってって読むぅぅ!』と泣いていた。今日明日明後日で、中等部の九教科の教科書を全部読まなきゃいけないみたい。
魔王が目覚めるのは、九十七日後だ。
まあ……蛮族戦士な人でも一人仲間が増えたんだし、よしとしよう……
明日は、もうちょっとマシな人に会いたいな〜