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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
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思い出は踏みしく花の痛み

「……『ヤマダ ホーリーナイト』先輩?」


「そうだよ。でも……その名前では呼ばないで欲しい」

 先輩の物憂げな表情に、ドキンとした。

「……ゆえあって、昔の名前は封印したんだ。櫻井正孝か七代目って呼んでもらえるかな?」


 過去を捨てた勇者……


 おおお!


 格好いい!


 そーいわれれば、オーラが違う!

 やさしそうな顔立ちなのに、眼つきがシャキーン!

 笑うと歯がキラリン!

 実力に裏付けされた余裕あふれる姿というか……


 か、かっこぃぃ……


 七代目は、英雄世界からの最初の転移者、高校生勇者だった。


 たしか魔王を速攻で倒せって託宣を受け、仲間と共に各地で修行を積み、『一撃必殺』系の技を数多く身につけたのだ。

 武器は精神剣(サイコ・ソード)

 意志の力でつくりだした剣は、あらゆるものを両断し、刃を向けるだけで邪悪を追い払うほどに神々しかったといわれている。


 先輩の『勇者の書』には、『高校へ行く途中、この世界にトリップしてしまった』と記されていた。


 学生服姿で転移したのは間違いないわけで……


『番長』のモデルは七代目勇者だと言われている。


 この人が、黒ウサギのクロさんのモデル……?


 だけど、今の格好は、リーマン風にシャツにズボンなのだ。


 番長からリーマンに職業変更(ジョブチェンジ)したの?


 それとも、それとも、それとも!


 正義のヒーローなわけだし!


 悪と出遭ったら、変身?


 学生帽を被って変身!

 白学ランと鉄下駄を装着!

 で、名乗るのだ。

『正義の味方、番長参上!』


 いやぁん、すてき!


 英雄世界に行けば番長に会えるかも? とは思ってたけど、七代目本人に会えるなんて!


「……ジャンヌ。座れ」

 お師匠様様の声に、ハッとした。

 あれ?

 アタシ、立ってる。

 何時の間に?

 しかも、身を乗り出して……。


「……すみません」

 慌ててソファーに腰を下ろした。


 だけど、胸はドキドキだ。


 七代目の本で英雄世界に転移するとわかった時、七代目こそが(たぶん)クロさんのモデルだとクロードたちに話したばかり。


 だから、幼馴染は『この人が? うわぁぁ、かっけぇぇ!』って感じに目をキラキラさせてるし、兄さまもサクライ マサタカさんに注目している。


 何か、アタシもほわ〜んとしちゃう……


「………」


 ん?


 でも、待って。


 七代目?


 本人……?


「七代目勇者が我々の世界で活躍されたのは、千八百年以上も前のことだ」

 お師匠様が淡々と言う。


 そーなのよね。

 千八百年以上も前に現役だった人が、どーして生きてるの?



* * * * *



「マサタカ先輩……」

 それだけ言いかけ、少女は黙った。

 ムッとした顔で、左の中指のサファイヤの指輪を睨みつける。精霊との契約の証……この()も精霊支配者だ。精霊から内緒話をされているようだ。

「すみません……サクライ先輩って呼ばせていただきます」

 うん、それで。ぜひ。


 あっちの人間は違和感を感じないようだが、僕の昔の本名はかなりナニなのだ。


 姓が山田で、名前が神聖騎士(ホーリーナイト)

 フルネームで呼ばれるのは、もちろん嫌だったが……

 他の山田と同じクラスになった時は、更に悲惨だった。『神聖騎士(ホーリーナイト)くん』と呼ばれるだけならまだしも、クラスのプリントや学内掲示には『山田(神)』と書かれる始末で……

 登校すれば「神きたぁぁぁ」とからかわれ、トイレに行けば便所神と弄られ……

 クリスマスに歌う聖歌(きよしこのよる)だって、心から楽しめたことなんか一度もなかったんだ……

……よくぞグレなかった。我ながら偉いと思う。


 両親の離婚を機に、ソッコーで苗字も名前も変更許可の申立をした。

『山田神聖騎士(ホーリーナイト)』から『櫻井正孝』へ。

 親権はおふくろが持ったから、母方の櫻井の戸籍に入れてもらった。RPGかぶれのクソ馬鹿親父とは完全に縁を切りたかったのだ。

 まあ……五年前に故人となった男だ。怨みごとはもう言うまい。

 珍奇だった名前は改名でき、名前によるトラブルは無くなったのだから。



 少女勇者が興味津々って顔で聞く。

「サクライ先輩()、不老不死なんですか?」


「違うよ」

 思わず笑みが漏れた。

 人間より寿命の長い種族も、異世界には居るが……純粋な神魔族や精霊ならともかく、肉を持つ者は千八百年も生きられない。

 呪いにも等しい恩恵を受けた、不死者ならば理論的には可能だろうが……

 幸いな事に僕は違う。

「僕が勇者だったのは、十六年前の事なんだ」


 少女勇者が、きょとんと目を丸める。


「こちらは、君たちの世界と時の流れ方が異なるんだ。それが、ごく稀に交差し、時間が同期する」

「え?」

「君がこちらに滞在している限り、時間のズレが生じる事はない。滞在した日数分だけ、君の世界でも日が過ぎる。二世界の神様のはからいだよ」


「はあ……そうなんですか」

 少女勇者が、けげんそうに首をかしげる。


 安心させてあげようと思って言ったんだが、必要なかったかも。


『百日後が魔王戦』と決まっているこの子にとって、時間は貴重だ。


 しかし、時間が同期していない場合……

 こちらの十六年が、向こうの千八百年となるのだ。

 単純計算すると……四日で、向こうの一年。

 丸一日滞在したら、勇者世界では九十日が経過する。


 魔王戦本番は、六十九日後。

 あと七十人を仲間にするのだろう?

 竜宮城から故郷に帰ったら三百年経っていた浦島太郎……お伽噺を地でいったら困るだろうに。


 だが、少女勇者の顔に危機感は無いのだ。

 たぶん、話が飲み込めていない。


「君の世界の神様は、魔王の不戦勝を望んでいない。だから、君の転移によって、二世界の時は同期するんだ」

「なるほど! わかりました!」

 少女勇者が僕の目を見て頷く。

 その説明で充分らしい。

 素直というか、大ざっぱというか……あまり深く物事を考えない性質(たち)のようだ。


「サクライ マサタカ殿」

 賢者が、僕に呼びかける。


 この人こそ、不老不死だ。


 ローブと同じ白銀の髪。整った顔立ちなんだが、マネキンのようだ。ぴくりとも表情が変わらない。

 感情が麻痺してしまっているのかもしれない。

 長く生き過ぎたが為に。


 僕の師は、モーリスだった。

 賢者は不老不死だが、役を譲って退けば有命の存在となれる。

 代替わりも、当然だ。『賢者』であり続けるなど、並の神経の持ち主ならば耐えられまい。


 少なくとも僕は……そんな無限の命などいらない。

 あの世界の賢者など、ご免だ。

 何百年何千年も、神の駒であり続けるなど……ぞっとする。


「偉大なる先達のあなたの言葉に従う。英雄世界を旅して仲間を探す事は、やめよう」

「それがよろしいかと」

「しかし、帰還前に、あなたの知人……攻撃力の高い者を紹介していただけまいか?」

 賢者が先程の話を繰り返す。

「魔王戦で100万可能か否か、こちらで判断したい。また、ジャンヌは同じジョブの者は仲間にできぬゆえ、まずは私だけが会い、戦闘力の高い者から順に引き合わせたいのだが」


「わかりました」

 笑みを作った。

「ユウも呼びましょう」


「ユウ?」

 予想通り、その名に賢者が反応する。

「ヤザキ ユウ?」


「そうです。九十七代目勇者ヤザキ ユウ。あなたの弟子……僕の仲間の一人です」



 賢者達に説明した。

 この世界の元勇者達は、互いに連絡を取り合い、扶助組織のようなものを作っていると。


「勇者OB会です。いちおう僕が『リーダー』となっています。これといった活動はしていませんが、心おきなくみなが集まれるよう、一軒家を『アジト』として提供しています」

 住んでるのは名倉くんだけだが、他のみんなもアジトを別宅代わりに利用している。

 程度の差はあるものの、皆それぞれ勇者だった弊害を抱えている。

 こちらの世界に違和感を覚える、召喚特典で神様から貰った能力のせいで社会に適合できない、勇者世界が恋しくて切なくなる……勇者を理解できるのは、同じ境遇であった勇者だけ。胸の内を明かしあえる仲間は必要だ。


「勇者には勇者がわかります。さきほど賢者様が僕を元勇者だと見破ったように、出逢えば互いに郷愁を抱き合う。その感覚を頼りにあの世界で勇者だった者を探し出しました」


 メンバーの名前も、あちらでの勇者名で教えた。

 十六代目『アリス』。

 二十九代目『キンニク バカ』。

 三十三代目『フリフリ』。

 四十九代目『ナクラ サトシ』。

 七十四代目『ソノヤマ マスミ』。

 八十四代目『サイオンジ サキョウ』。

 九十七代目『ヤザキ ユウ』。


「すっごい! 勇者がそんなに?」と、少女勇者は目を白黒させた。

 だが、メンバーは足りないのだ。

 今のところ、僕を含め八人しか居ない。


「ユウから聞きました。自分の賢者、つまり他ならぬあなたから『おまえは、英雄世界の十五人目の勇者なのだ』と教えられたと。その後、この世界出身の勇者は増えましたか?」


「いいや」

 賢者が静かにかぶりを振る。

「九十八から百代目までは異世界人だったが、英雄世界出身ではない。百一代目のジャンヌは、我々の世界の生まれだ」


「ありがとうございます」

 感謝の気持ちを笑顔であらわした。

 知りたいことは山ほどある。が、こちらの願いを伝えておくにとどめておこう。

「賢者様。帰還前に、お時間をいただけますか? あなた達が英雄世界と呼ぶこの世界……ここ出身の勇者達について知りたいのです。僕の組織の仲間となっていない七人について、どんな情報でもいただきたい」

 畳みかけるように言葉を続けた。

「賢者としてそちらに残った二十八代目『エリートコース』こと片桐雪也……彼の弟の直矢も組織に居ます。未だに帰還していない兄を、直矢は案じています。おそらくは亡くなったのだと、本人も覚悟しています……二十八代目のその後も、ご存じでしたら教えていただきたいのですが」


「賢者は、伝えられぬ事は語らない。あなたの疑問の多くには答えられないだろう」

 表情も変えずに、賢者が言う。

 氷すら凍てつかせるような顔だ。

「さほどお役に立てぬと思う。それでもよろしければ、協力しよう」


 情の無い言葉だ。


 そう言えば、ユウは『オレのオシショーさま? 冷血機械人間(サイボーグ)』と、笑っていたな。

 昔から、賢者の役割に重きを置き私情を排しているようだ。


「可能な限りのご協力で結構です」

 温和に笑みをたたえて、頷いた。

「魔王戦のことを含めてご相談したいこともありますし、後でぜひお時間をください」


 六十九日後、僕はこの世にいない(・・・・・・・)かもしれない。


 だが、百一代目勇者の託宣は、『勇者も仲間も一回づつ攻撃をして魔王を倒す』だ。

 百人の仲間の誰か一人でも欠けたら、託宣は叶わなくなる。

 僕の事情をお伝えした上で、召喚方法の相談をしなければいけない。


 しかし、何をどこまで話していいのやら。

 神様が秘密にしている事をバラしたら、神罰が下されるだろうし。

 ただでさえ、ややこしいのだ。これ以上、ややこしくなりたくない。


 どうしたものか……


「承知した、サクライ マサタカ殿」

 賢者が平坦な声で尋ねる。

「あなたが勇者だったのは十六年前と、おっしゃられたが……ユウが勇者の使命を終えたのは、何時なのであろう?」

「去年のことですね」


「なるほど。確かに、時の流れが違う」

 賢者が淡々とした声で言う。

「……あちらでは九十二年経っている」

 あくまで無表情だ。

 何を考えているのか、察しづらい人だ。


「今、精霊を介してあなた方の来訪を仲間達に伝えています。ユウと二人きりで話せる時間もつくりましょう」

「心遣い感謝する、サクライ マサタカ殿」



「賢者様……」

 ロボットアーマーの男にうながされ、白銀の髪の賢者は『ああ、そうだったな』とつぶく。


「サクライ マサタカ殿。いまひとつ頼みがある」

 そういえば、『二つ頼みたいことがある』ってさっき言ってたな。

 一つ目は仲間探しへの協力だった。

「伺いましょう」


「機械職人をご存じないか? できれば、武器職人か義手職人がいい。ジャンヌの仲間の一人に右手が石化した者が居り、こちらの発明家のルネが…………」



「この世界の技術を習得し、武器か義手を作りたい……?」

 ボクの問いに、発明家が頷く。

「おおよそのビジョンは出来ているのです。しかし、どうしても巨大化してしまうのです。軽量な金属、伝導率のいい回路、エネルギー変換効率のいいエネルギー媒体……何でもいいのです。こちらの技術をとりいれ、コンパクト且つ高性能な武器兼義手を作り上げたいのです」


「しかし……」

 首をかしげざるを得ない。

 この世界の科学水準は、剣や魔法のファンタジー世界に比べれば高い。

 けれども、人間の手そのものの義手を開発できるほどには発達してない。

 さらに言えば、魔王に100万以上のダメージを与えられる武器など、兵器レベルのものとなってしまう。個人が扱え、且つ、クリーンな武器など存在しない。


「……やめた方がいい。もっと文明の発達した世界に赴くべきだ」

 改造人間や生物兵器、機械化人間がゴロゴロしている世界もあるんだし。


「いやいや」

 ロボットアーマーの男が、バッと機械の両手を広げる。

「この部屋からして、未知の技術にあふれていますぞ。そのものズバリでなくてよいのです。機械のからくり、部品の一部を知るだけでもいい。パパッとひらめきが降りてくるやもしれませんので! 勇者様が仲間探しをしていらっしゃる間だけで構いません! この世界の技術を直に目にしてみたい! お願いいたします!」


 技師の知り合いは居るには居るが……


「ちなみに、」

 ロボットアーマーの人が腹部のトランクを、ごそごそといじりだす。


「右腕が無くて戦えない? 困ったなーという時にはこれですぞ! 『最終兵器 ひかる君 サイコ・ガン バーション』!」

 ババーン! とばかりに取り出したのは紙の束だった。


 サイコ・ガン……?


「アイデア書の改改改です! セザール様のご要望と、テオドール様の突っ込みを受けて、練りに練った洗練バージョン! どーです、この究極フォルム! しびれませんか? これさえあれば、まさにヒーロー!」

「サイコ・ガンって、精神(サイコ)エネルギーを破壊エネルギーに変換して撃つ、あの?」

「おおお! ご存じでしたか! さすが七代目勇者様、博識でいらっしゃる! 右腕から銃を生やすことで、義手とし武器としてしまおうという一石二鳥のアイデア! 片手にレーザー銃、男の浪漫です!」

「いや、しかし、」

 そんなの、この世界では漫画の中にしか……


「魔法炉内で摂取エネルギーを圧縮し、レーザーパルスとして射出するシステム! もともとレーザー・ランチャーとして設計していたものなので破壊力も抜群! 最大出力で照射すれば巨大な岩山すら、蒸発させられます! ですが、唯一の欠点として、どーしても巨大化してしまう。右腕に装着するので、せめて一メートル長にしたいと圧縮技術を学びに英雄世界に参りましたわけで……」


 うん……


 君達、早くよそに行った方がいいよ。



 と、いうか、もう……

 いろいろと、手に余ってきた。



 リヒトを呼ぼう……。


「賢者様、ジャンヌくん、ルネさん。少しお待ちいただけますか? 魔王戦や機械職人について配下の精霊と少し相談します」

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