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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
交錯する英雄の轍
58/236

櫻井 正孝

 胸がキュンキュンした。



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴った。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 男の人がアタシを見る。

 アタシの目も、もうその人にくぎづけだ。


 胸が熱くて、苦しい……

 いてもいたってもいられないというか……

 涙が出そう。

……ひどく懐かしい。

 ジョゼ兄さまと再会した時みたいな……ううん、それ以上ね。欠けていたものが、埋まった感じ。

 やだ……飛びついて、抱きしめたい……


 背が高い、ハンサム。

 ちょっとだけ乱れた黒髪、ゆるめたネクタイにワイシャツ。

 この格好ってことは、たぶん……『勇者の書』で女性勇者から絶賛されていたアレ!

『リーマン』の、帰宅バージョン!

 背広姿の男性が上着を脱いで、片手でネクタイの結び目を緩めて、ホッと一息つく姿。

 普段きちっとしている人が、ふとした時に見せる無防備さ……

 そこが、萌えなのよね!

 わかる! わかるわ! 何というか……セクシー!


「君は……」

 彼が微かに眉をしかめて、アタシ達を見る。

「勇者だね?……それと賢者様とお仲間か……」

 確信をもって、確認の為に尋ねたような問い。

 優しく語りかけるような、低い声……

 声まで、セクシーだわ、この人……


 キュンキュンしちゃう……



* * * * * *



 目と髪の色こそ黒いが、明らかに異国人だ。強いていえば、欧米人に近い。

 そして、ドレスに腰に片手剣。


 この()は、あの世界の勇者だ。

 僕にはわかる……

 一目見れば、互いにわかりあえる……


「な、な、な、なに、これ! 誰、この子! てか、何で、どーして?」

 まどかがガタガタ震えながら、僕の背中に張りつく。

 ここが一番安全! と信じきっているかわいいまどか。

 むにゅっむにゅっと胸を押しつけてくる。


「はじめまして、勇者ジャンヌです。英雄世界の方、お会いできて光栄です」

 少女勇者がにっこりと微笑み、握手を求めて右手を差し出してくる。


 それだけで、まどかはパニックになった。

「近寄らないで! 変態! チカン!」

 キャーキャー悲鳴をあげている。


 無理もない。


『おかえりなさい、正孝さん。お風呂にする? ご飯にする? それとも、ア・タ・シ?』

 ってなベタな新婚さんごっこをやってたとこなんだ。

 まどかは、ピンクのフリフリのレースエプロンしか着ていない。裸エプロンなのだ。

 いや、まあ……僕のリクエストなんだが。


 そんな甘々な一時が一気に破れた。

 ソファーの前の空気が揺らいだと思ったら、リビングに、突然、人間がわいて出た。

 全部で六人。

 勇者と賢者と、仲間が三人にロボが一体。

 現代日本のマンションに、勇者一行が転移。

 逆異世界トリップ、逆異世界召喚……

 普通の人間なら、パニクって当然だ。


 ましてや、今、まどかは半裸。

 後ろから見ると、かなりヤバい格好なわけで。

 プライベート空間じゃなきゃ、まどかの方が『危ない人』だ。


 きょとんとしている少女勇者。

 何でもないと軽く手を振り、子ネコのように可愛いまどかと向き直る。十五歳年下の可愛い妻。

「ごめんよ、まどか」

 謝ってから、闇の精霊を呼び出した。

「スコトス」

 僕の求めに応じて、闇の精霊(スコトス)が黒い(もや)のような形で現れ、まどかを包み込む。


 闇の精霊がもたらす穏やかな眠り。


 君にとって全てが夢となるように……

 おやすみ、まどか。


 まどかの体が崩れ落ちる前にその小柄な体を抱えあげ、スコトスには黒い毛布になってもらいまどかにかけた。

 妻の魅力的なみずみずしい体を、他人に見せてなるものか。


「妻を寝かしつけてきます。お話はその後で伺いましょう、ジャンヌさん」

 と、その前に。

「すみませんが、履物は脱いでください。この世界では、住居では素足となるのが普通なんです」

 風の精霊を呼び出した。

「レラとフォン、みなさんのお相手を」

 ついでに、水の精霊も。

「ナーム、床掃除を頼む」

 まどかはいつも新居をピカピカに磨いてくれてる。靴跡は綺麗さっぱり消しといてもらおう。


 しかし……

 また、面倒ごとか。

 新婚二カ月だっていうのに、ひどい。

 せめて半年ぐらいは、ゆっくりさせて欲しかった。

 出張(・・)から帰ってきた今日ぐらいは、まどかと過ごしたかったんだが……


 人使いの荒い方々への怨みごとをのみこんで、寝室へと向かった。



* * * * * *



 靴を脱いでから、床の上に落ちていた『勇者の書』をお師匠様が拾う。転移の為に使ったのは、『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』。千八百年前の大先輩の書だ。


 リビングには、凄い写実的な絵がいっぱい飾ってある。その全てが、さっきの人と奥さんの絵なのだ。結婚式やら旅行やらの絵。ラヴラヴっぽい。

《写真ですよ、機械で作る即席絵画です》

 光のルーチェさんが教えてくれる。

 声は右胸のホワイト・オパールのブローチから響いた。アタシにだけ聞こえる声で。


 精霊達は、契約の証の宝石に宿ってもらっている。

 命令がない限り『実体化しない。主人の私生活を覗き見しない。主人の人生に口を出さない。主人の世界に力を及ぼさない』がしもべのルールらしい。

 でも、アタシは『目と耳と口』には制約をかけていない。精霊は、人間にはない知識や能力を持っている。助言は聞いといた方がお得だもん。『必要だと思うのなら、みんなに聞こえる声で。そうじゃなかったらアタシにだけこっそり話して』って、八体の精霊みんなに頼んであるのだ。


 緑の髪の少女達に促されて、ソファーに座った。

 突然、パッと現れたことといい、人間離れした綺麗な外見といい……たぶん間違いなく……

《精霊だな》

 左耳のイヤリングから風の精霊(ヴァン)の声がする。

《こっちの二人は、オレの同族。あっちで床掃除しているオリエンタルな美少女は、水の精霊だ》


 さっきのお兄さま、精霊支配者だったのか。

 さすが、英雄世界。勇者になれる人間がゴロゴロしている『キングオブ勇者の地』。

 転移してすぐに、大当たり♪

 優秀でハンサムなお兄さまを仲間にできたわ♪


《『お兄さま』は的確ではないのである。あの男は肉体年齢から察するに、二十代後半から三十である。『オジさん』が妥当であろう》

 左腕のブレスレットから、澄ました声がする。雷のレイだ。

《しかも、妻の方は外見年齢十四、五であった。この世界でその年齢の女性を妻とするとは、客観的にみてロリコンの中年男性である。犯罪者の可能性も、零ではないのである。警戒されたし》

 む。

主人(あるじ)は、その手の趣味の者の標的(ターゲット)にされかねぬ存在なのである。顔立ちが幼く、体も未成熟。年齢以上に若く見られかねないのである》

 やかましいわ!


《ジャンヌ……あのさ》

 ためらいがちな声。右胸のオパールのブローチからだ。

《気をつけで……》

 ピクさんまで!

《……おら、あの人、こぇぇ……よぐわがんねぇんだけど……おっがねぇ。なんか、やだ》

 小さな声で、ピクさんが言う。

《……ジャンヌが心配だ》


 なんで?

 あんな優しそうな人なのに。

 てか、心が読めるのに、『よくわからないけど、怖い』ってどういうこと? 犯罪者なら、そうだってわかるんでしょ?


《読めないよー》

 珊瑚(コーラル)ペンダントから、元気な声が聞こえてきた。

《あの人も、オシショーくんや、マルくん、ドロくんといっしょー 心が読めないのー》

 炎のピオさんがほんわかした口調で、あっけらかーんと言う。

《だから、危ない趣味の人でも、ぼくらにはわかんないわけー》

 いやいやいやいや!


《良くも悪くも、大物ってことじゃよクマー》と、氷のピロおじいちゃん。宿っているのは、右腕のブレスレットだ。

《あの男は、ベテラン精霊支配者じゃクマー 隠してはおったが、あやつの周囲には何十という精霊の存在があった。力持つ者は周囲への影響力も大きい……たとえるなら、嵐じゃ。吹き飛ばされそうで、ピクは本能的な警戒心を抱いたんじゃろう……あ、いや、クマー》

……なるほど。


 水のラルムの声は、左の中指の指輪からする。

《ベテラン精霊支配者なら、思考が読めなくても当然ですね。精霊に不用意に心を読ませぬよう対策をとるでしょうから》

 まあ、そうかも。



 ふと視線を感じた。


 隣のジョゼ兄さまと目が合う。

 アタシをジーッと見てたみたい。

 兄さまの顔に苦笑が浮かぶ。

 ばつが悪そうにも、照れたようにも見える。

 そのまま何も言わず、兄さまはふいっと視線をそらした。



 風精霊達が、紅茶とお菓子を出してくれる。

 どちらもかわいらしい顔だちの美少女だ。一人は緑のドレスで、もう一人は水着みたいなのを着ている。

 二人とも小柄なんだけど……これでもかっ! ってぐらいに胸がボーン! お尻もバーン!

 あっちでお掃除している水精霊も、小柄だけど、ボンキュッボーン!


《『トランジスター・グラマー』じゃな》

 ピロおじいちゃんが、ホホホと笑う。

《ちっこくって、『ぷるんぷるんのぷりんぷりん』。高性能なボインちゃんじゃクマー》


《しもべ全員、童顔であるのに巨乳。この趣味であれば……主人は圏外であるか》

 雷のレイが、ふむふむと一人で納得する。

 むかっ!

 なんで、あんたは、そーいう言い方しかできないの?


《雷の精霊の言葉など、お気に病まれぬように……。女王さまは、今のままで素晴らしいのですから。大きな頭、細い手足、控え目なふくらみ、それでいてほっこりと出ている愛らしいお腹……あああ、まさに、未成熟な果実》

 きさまも、黙れ! ソル!

 控え目とは失礼な!

 アタシはフツーよ、普通!

 人並みよ!

 それに、十六歳だからいいの! 成長過程なのよ!


 たしかに……

 精霊達の胸は……立派。

 いや、立派すぎる。

 前かがみになってぎゅっと寄せられると、毬というか特大メロンというか……

 特盛りだ。


 ドロ様の精霊にはエッチな格好のおねーさんもいた。けど、ここまで凄い胸の人は居なかった。

 胸が強調されるよーな服、着てるし。


 けど……


 お師匠様は、美少女達を見てもいない。

 顔にも胸にも興味がないようだ。

 てか、女性型だから関心がないのか。アタシがキュンキュンするはずないんで。

 淡々と紅茶を飲んでいる……


 幼馴染(クロード)はうつむいている。鼻の頭が真っ赤。精霊の方を見ないようにしてるっぽい。


 ジョゼ兄さまは……

 どこ見てるんだかよくわかんない。けど、特盛りは見てないような。



 緑の美少女達と話しているのは、もっぱらルネさんとジュネさんだ。


 重量的にソファーに座れないロボットアーマーの人は、テーブルのそばに立って紅茶を飲んでいる。

 フルフェイスのヘルメットを外して。

 久々に見るルネさん……もといルネ様の素顔。

 ポマードで撫で付けたオールバックの黒髪、キレイな広い額、ほんのちょっとだけ乱れてて前髪がはらりと垂れてて……

 太くて濃い眉、少し重たげな瞼、優しげな目元、念入りに整えられた口髭……大人の色気びんびん……むちゃくちゃ格好いい。

 でも、話している内容は、

「ちょっと質問をばよろしいでしょうか? この部屋のサンサンたる照明ですが、天井に付着しておりますが、いかにして点灯し、いやいや、そもそも動力は……」

 いつも通りだった。


 ジュネさんは、にっこりと微笑んで優美な仕草で、ティーカップをそっと傾けている。

 総髪にまとめた綺麗な金髪、澄みきったグレーの瞳、眉も鼻も唇も頬も完璧……女性と見まごう美形は、

「ねえ、あなた。そのドレス、いいわぁ。かわいいわぁ。お洒落よ。あなたのすらりとした足によく映えてる。この世界の民族衣装?」

 お洒落情報収集中のようだ。




「お待たせして、すみませんでした」

 扉の向こうからあの人がやって来た途端、心が晴れやかになる。

 パーッと日が差すかのように。


 不思議。

 この人が側にいるだけで、すっごく安心。

 心がほっこりする。


「あらためて……はじめまして、ジャンヌさん、勇者一行のみなさん。櫻井(さくらい)正孝です。お会いできて、うれしいです」

 きらっと輝く白い歯。

 笑顔が素敵……


《『マサタカ』?》

 アタシの内に、水の精霊の不機嫌そうな声が響く。

《巨乳好きで児童偏愛のこの男が、マサタカ?……汚らわしい! 名前が同じでも、カガミ マサタカ様と比べて、外見も品性も、雲泥の差というか……異世界のことわざで言うところの、『月とすっぽん』『提灯に釣り鐘』……》

 わかった、わかったけど、静かにして。

 こっちのマサタカさんのお話を聞きそびれちゃうじゃない。


 きゃっ!

 手を握られちゃった!

 握手だけど!

「かわいらしい手だな。いくつ?……十六? そうか。いいなあ、これからだね。よろしく、ジャンヌさん」


《ジャンヌ、ねらわれてるよー》

《童顔ならば何でもよいのか。意外と守備範囲が広いのである》

《こんな男が『マサタカ』だなんて! 腹立たしい!》

 だから、うるさい! あんた達! ちょっと黙って!


「ジャンヌの義兄、ジョゼだ。格闘家として同道している」

 お。

 兄さまから握手を求めたんで、マサタカさんがアタシから手を離す。

「はじめまして」

 にこやかなマサタカさんに対し、兄さまは不機嫌そうな顔。

 視線もきつい。

 それじゃ、睨んでるも同然よ、兄さま。


 でも、そのちょ〜過保護っぷりが今日は嬉しかったりして。

 ラルムが兄さまの心を読んで、《彼はあなたと一緒に異世界へ行きたくなかった》なんて言ったから。

 いつも通りの兄さまを見ると、ホッとする。


「賢者シメオンだ」

 マサタカさんはお師匠様とも握手を交わし、

「は、はじめまして……クロードです。ま、魔術師で、しゅ」

 ここぞって時には噛んじゃう幼馴染にも、やさしい笑顔を向けてくれた。


「はぁい。ジュネよ。ジョブは獣使い」

 お美しい獣使いさんの投げキッスにも、爽やかな笑顔で応じるし。


「発明家ルネです」

 ルネさんは、名刺とかわいらしいラッピング袋をマサタカさんに差し出した。

「お近づきの印に、こちらをどうぞ。『ルネ でらっくす お試し無料パック』です。ちょっとしたピンチに対処できる、発明品を詰めておきましたぞ。是非、お試しあれ!」

「これはこれはご丁寧に。ありがとうございます」 

 発明小袋を、キラリと歯を輝かせてマサタカさんは受け取った。

 中身、何だろ? ルネさんの『どこでもトイレ』や『お顔ふき君』なんかは役に立ったけど……動き回る本棚とか平気で作っちゃう人だからなあ……ちょっと不安。


 何時の間にか、美少女精霊達は消えている。役目が終わったので、還ったのか。



「サクライ マサタカ殿……あなたに説明は不要かと存じるが、我々の事情をお伝えする」

 お師匠様が淡々と口を開く。 


「《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》……これが百一代目勇者ジャンヌの託宣だ」

「ほう」

 マサタカさんが、顎をさする。

「つまり……十二の世界を旅し、異性百人を仲間にして、一度づつ力を借りて魔王を倒せ……そう託宣を受けているという事ですね?」

 お師匠様が頷く。

「仲間枠に入るのは、ジャンヌがときめいた相手、且つジョブ被りしていない者。ジャンヌは一ジョブにつき一人しか仲間にできぬ」

「一ジョブにつき一人? で、百人集める? それは……厳しい」

 マサタカさんが、いたわるようにアタシを見つめる。

「……頑張って」

……ありがとうございます。


「六十九日後が、魔王との決戦日だ。その日、あなたを勇者の仲間として私達の世界に召喚する。魔王に対し一撃を加えていただきたい」


「その日だけの召喚なのですか?」

「うむ。ジャンヌは十二の世界から百人の仲間を得て戦う勇者。異世界の仲間は、世界ごとに召喚し、戦闘が終了次第帰還してもらう」

 あら、そうなんだ。

「召喚手段は?」

「魔法陣だ。魔法陣を刻んだ魔法絹布を魔王城に持ち込み、ジャンヌが旅した世界の順に仲間達を召喚してゆく」

 へー そういう予定だったのか。知らなかった。


「だいたい何時くらいに召喚されるのでしょう?」

 お師匠様が口元に手をあてる。

「魔王が目覚めるのは六十九日後の正午過ぎだ。召喚は、昼過ぎと思ってくれればいい」

 ほうほう。


「英雄世界の後、残り八つの世界の者を召喚する。魔王への最終攻撃は我々の世界の者がなし、勇者がとどめを刺す」

 まず仲間達全員に攻撃してもらう。

 で、魔王の残りHPをみて、アタシは運命を決めるわけだ。

 普通に攻撃するか、ちゅど〜んするか。


「魔王のHPは従来通り1億。魔王に対し、100万以上のダメージを与えられる攻撃をお願いしたい」


「承知しました」

 マサタカさんが、笑顔で鷹揚に頷く。

「100万なら、易いものです」

 いやん、頼もしい! ステキ!


「あと二つお頼みしたい事がある」

「聞きましょう」

「まずは、この世界での仲間探し。魔王戦当日を除く残り六十八日で、ジャンヌはあと七十人を仲間にせねばならない。協力願えまいか? 戦闘力の高い男性を探したいのだ」


「え? この世界で仲間探し?」

 マサタカさんが眉をひそめる。

「……やめた方がいいと思いますが」

 へ?

 何で?


「この世界の人間の大半は、非戦闘員です。魔王に100万以上のダメージを与えられる者を見つけ出すのは困難でしょう。別の世界に行かれた方がいい」


「あら、でも、」

 アタシは首を傾げた。

「『ここでは平凡でも、転移すれば強くなる』んでしょ? 英雄世界から来た勇者はみんな、特殊能力持ちで強かったもの」

 アタシには、『男の人百人強制仲間枠入り』と『ちゅど〜ん』と『自動翻訳機能』と『勇者(アイ)』ぐらいしか勇者らしい能力がないけど。

 英雄世界の人達って凄かった。描いたものを実体化しちゃう能力者とか〜 どんな病でも治しちゃう癒しの手の使い手とか〜 炎の拳で大暴れな拳闘士とか〜 精神剣(サイコ・ソード)持ちもいたわよね。


 お師匠様も頷く。

「英雄世界の住人は、我々の世界ではすべからく英雄となる。『高校生』が四、『大学生』が四、『サラリーマン』が二、『OL』が一、『リストラ親父』が一、『主婦』が一、『教師』が一、『自宅警備員』が一、この世界から私達の世界に渡り勇者となった。皆、戦闘技術がなかったのだが、召喚によって『力に目覚め』、魔王を倒してきたのだ」


「あ、いや、それはですね……」

 言いかけた口を閉ざし、マサタカさんが顔をしかめる。

「何といえばいいのか……」

 しばらく迷ってから、マサタカさんは言葉を続けた。

「誰もが強くなるわけじゃないんですよ。つまり……定まりし運命にある者のみが強くなる……それ以外の者は、あなた方の世界に行っても強くなりません。腕力も魔力も戦闘技能もまったく付加されません」


 え〜


「我々の知識が誤っていると?」

「いや、まあ……。そうですね。誤解があるみたいです」


 嘘ぉ。


 精霊界で日数を潰しちゃったから、仲間を増やしやすいように英雄世界に来たのだ。

 テオも、自信満々に『魔王に100万以上のダメージを与えられる方もゴロゴロしている事でしょう』って言ってたのに。


「知人なら紹介できます。この世界にしては戦闘力の高い者を数名知っています。一撃で100万が可能かどうかは微妙ですが……みな快く協力してくれると思います」


「その者達も、あなたとご同類か? サクライ マサタカ殿」

 感情の浮かんでいない綺麗な顔で、お師匠様がマサタカさんをまっすぐに見つめる。


「みな、『勇者』なのか?」


 は?


「いやあ。さすが、賢者様。気づいていらっしゃいましたか」

 ハハハと明るく笑い、マサタカさんが白い歯をキラリンと輝かせる。


「勇者や勇者であった者は、絆で結ばれている」

 抑揚の無い声でお師匠様が言う。

「出逢えば、互いに求め合う。我が師ピエリックは勇者との出逢いに感じた思いを『何十年も離れていた家族と再会したような喜び』に似ていたとおっしゃっていたが……この世界に転移してからずっと、私はあなたに惹かれていた」


 うほ!

 お師匠様も、マサタカさんにキュンキュンしてたの?


「私は九十六代目だった。あなたは、何代目か?」


「それは……」

 マサタカさんの顔に、ちょっぴり苦い笑みが浮かぶ。

「驚かないで、聞いていただけますか?」

 一呼吸おいてから、マサタカさんは言葉を続けた。


「僕は七代目ですよ、現賢者様」


 七代目……?


 アタシは、お師匠様の手にある勇者の書へと視線を走らせた。


『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』……


 九十六代目のお師匠様は、約百年前に現役勇者だった。


 七代目は……


 遥か昔の先輩。


 活躍したのは、千八百年以上も前……


 この人、千八百歳なの?

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