櫻井 正孝
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴った。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと七十〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
男の人がアタシを見る。
アタシの目も、もうその人にくぎづけだ。
胸が熱くて、苦しい……
いてもいたってもいられないというか……
涙が出そう。
……ひどく懐かしい。
ジョゼ兄さまと再会した時みたいな……ううん、それ以上ね。欠けていたものが、埋まった感じ。
やだ……飛びついて、抱きしめたい……
背が高い、ハンサム。
ちょっとだけ乱れた黒髪、ゆるめたネクタイにワイシャツ。
この格好ってことは、たぶん……『勇者の書』で女性勇者から絶賛されていたアレ!
『リーマン』の、帰宅バージョン!
背広姿の男性が上着を脱いで、片手でネクタイの結び目を緩めて、ホッと一息つく姿。
普段きちっとしている人が、ふとした時に見せる無防備さ……
そこが、萌えなのよね!
わかる! わかるわ! 何というか……セクシー!
「君は……」
彼が微かに眉をしかめて、アタシ達を見る。
「勇者だね?……それと賢者様とお仲間か……」
確信をもって、確認の為に尋ねたような問い。
優しく語りかけるような、低い声……
声まで、セクシーだわ、この人……
キュンキュンしちゃう……
* * * * * *
目と髪の色こそ黒いが、明らかに異国人だ。強いていえば、欧米人に近い。
そして、ドレスに腰に片手剣。
この娘は、あの世界の勇者だ。
僕にはわかる……
一目見れば、互いにわかりあえる……
「な、な、な、なに、これ! 誰、この子! てか、何で、どーして?」
まどかがガタガタ震えながら、僕の背中に張りつく。
ここが一番安全! と信じきっているかわいいまどか。
むにゅっむにゅっと胸を押しつけてくる。
「はじめまして、勇者ジャンヌです。英雄世界の方、お会いできて光栄です」
少女勇者がにっこりと微笑み、握手を求めて右手を差し出してくる。
それだけで、まどかはパニックになった。
「近寄らないで! 変態! チカン!」
キャーキャー悲鳴をあげている。
無理もない。
『おかえりなさい、正孝さん。お風呂にする? ご飯にする? それとも、ア・タ・シ?』
ってなベタな新婚さんごっこをやってたとこなんだ。
まどかは、ピンクのフリフリのレースエプロンしか着ていない。裸エプロンなのだ。
いや、まあ……僕のリクエストなんだが。
そんな甘々な一時が一気に破れた。
ソファーの前の空気が揺らいだと思ったら、リビングに、突然、人間がわいて出た。
全部で六人。
勇者と賢者と、仲間が三人にロボが一体。
現代日本のマンションに、勇者一行が転移。
逆異世界トリップ、逆異世界召喚……
普通の人間なら、パニクって当然だ。
ましてや、今、まどかは半裸。
後ろから見ると、かなりヤバい格好なわけで。
プライベート空間じゃなきゃ、まどかの方が『危ない人』だ。
きょとんとしている少女勇者。
何でもないと軽く手を振り、子ネコのように可愛いまどかと向き直る。十五歳年下の可愛い妻。
「ごめんよ、まどか」
謝ってから、闇の精霊を呼び出した。
「スコトス」
僕の求めに応じて、闇の精霊が黒い靄のような形で現れ、まどかを包み込む。
闇の精霊がもたらす穏やかな眠り。
君にとって全てが夢となるように……
おやすみ、まどか。
まどかの体が崩れ落ちる前にその小柄な体を抱えあげ、スコトスには黒い毛布になってもらいまどかにかけた。
妻の魅力的なみずみずしい体を、他人に見せてなるものか。
「妻を寝かしつけてきます。お話はその後で伺いましょう、ジャンヌさん」
と、その前に。
「すみませんが、履物は脱いでください。この世界では、住居では素足となるのが普通なんです」
風の精霊を呼び出した。
「レラとフォン、みなさんのお相手を」
ついでに、水の精霊も。
「ナーム、床掃除を頼む」
まどかはいつも新居をピカピカに磨いてくれてる。靴跡は綺麗さっぱり消しといてもらおう。
しかし……
また、面倒ごとか。
新婚二カ月だっていうのに、ひどい。
せめて半年ぐらいは、ゆっくりさせて欲しかった。
出張から帰ってきた今日ぐらいは、まどかと過ごしたかったんだが……
人使いの荒い方々への怨みごとをのみこんで、寝室へと向かった。
* * * * * *
靴を脱いでから、床の上に落ちていた『勇者の書』をお師匠様が拾う。転移の為に使ったのは、『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』。千八百年前の大先輩の書だ。
リビングには、凄い写実的な絵がいっぱい飾ってある。その全てが、さっきの人と奥さんの絵なのだ。結婚式やら旅行やらの絵。ラヴラヴっぽい。
《写真ですよ、機械で作る即席絵画です》
光のルーチェさんが教えてくれる。
声は右胸のホワイト・オパールのブローチから響いた。アタシにだけ聞こえる声で。
精霊達は、契約の証の宝石に宿ってもらっている。
命令がない限り『実体化しない。主人の私生活を覗き見しない。主人の人生に口を出さない。主人の世界に力を及ぼさない』がしもべのルールらしい。
でも、アタシは『目と耳と口』には制約をかけていない。精霊は、人間にはない知識や能力を持っている。助言は聞いといた方がお得だもん。『必要だと思うのなら、みんなに聞こえる声で。そうじゃなかったらアタシにだけこっそり話して』って、八体の精霊みんなに頼んであるのだ。
緑の髪の少女達に促されて、ソファーに座った。
突然、パッと現れたことといい、人間離れした綺麗な外見といい……たぶん間違いなく……
《精霊だな》
左耳のイヤリングから風の精霊の声がする。
《こっちの二人は、オレの同族。あっちで床掃除しているオリエンタルな美少女は、水の精霊だ》
さっきのお兄さま、精霊支配者だったのか。
さすが、英雄世界。勇者になれる人間がゴロゴロしている『キングオブ勇者の地』。
転移してすぐに、大当たり♪
優秀でハンサムなお兄さまを仲間にできたわ♪
《『お兄さま』は的確ではないのである。あの男は肉体年齢から察するに、二十代後半から三十である。『オジさん』が妥当であろう》
左腕のブレスレットから、澄ました声がする。雷のレイだ。
《しかも、妻の方は外見年齢十四、五であった。この世界でその年齢の女性を妻とするとは、客観的にみてロリコンの中年男性である。犯罪者の可能性も、零ではないのである。警戒されたし》
む。
《主人は、その手の趣味の者の標的にされかねぬ存在なのである。顔立ちが幼く、体も未成熟。年齢以上に若く見られかねないのである》
やかましいわ!
《ジャンヌ……あのさ》
ためらいがちな声。右胸のオパールのブローチからだ。
《気をつけで……》
ピクさんまで!
《……おら、あの人、こぇぇ……よぐわがんねぇんだけど……おっがねぇ。なんか、やだ》
小さな声で、ピクさんが言う。
《……ジャンヌが心配だ》
なんで?
あんな優しそうな人なのに。
てか、心が読めるのに、『よくわからないけど、怖い』ってどういうこと? 犯罪者なら、そうだってわかるんでしょ?
《読めないよー》
珊瑚ペンダントから、元気な声が聞こえてきた。
《あの人も、オシショーくんや、マルくん、ドロくんといっしょー 心が読めないのー》
炎のピオさんがほんわかした口調で、あっけらかーんと言う。
《だから、危ない趣味の人でも、ぼくらにはわかんないわけー》
いやいやいやいや!
《良くも悪くも、大物ってことじゃよクマー》と、氷のピロおじいちゃん。宿っているのは、右腕のブレスレットだ。
《あの男は、ベテラン精霊支配者じゃクマー 隠してはおったが、あやつの周囲には何十という精霊の存在があった。力持つ者は周囲への影響力も大きい……たとえるなら、嵐じゃ。吹き飛ばされそうで、ピクは本能的な警戒心を抱いたんじゃろう……あ、いや、クマー》
……なるほど。
水のラルムの声は、左の中指の指輪からする。
《ベテラン精霊支配者なら、思考が読めなくても当然ですね。精霊に不用意に心を読ませぬよう対策をとるでしょうから》
まあ、そうかも。
ふと視線を感じた。
隣のジョゼ兄さまと目が合う。
アタシをジーッと見てたみたい。
兄さまの顔に苦笑が浮かぶ。
ばつが悪そうにも、照れたようにも見える。
そのまま何も言わず、兄さまはふいっと視線をそらした。
風精霊達が、紅茶とお菓子を出してくれる。
どちらもかわいらしい顔だちの美少女だ。一人は緑のドレスで、もう一人は水着みたいなのを着ている。
二人とも小柄なんだけど……これでもかっ! ってぐらいに胸がボーン! お尻もバーン!
あっちでお掃除している水精霊も、小柄だけど、ボンキュッボーン!
《『トランジスター・グラマー』じゃな》
ピロおじいちゃんが、ホホホと笑う。
《ちっこくって、『ぷるんぷるんのぷりんぷりん』。高性能なボインちゃんじゃクマー》
《しもべ全員、童顔であるのに巨乳。この趣味であれば……主人は圏外であるか》
雷のレイが、ふむふむと一人で納得する。
むかっ!
なんで、あんたは、そーいう言い方しかできないの?
《雷の精霊の言葉など、お気に病まれぬように……。女王さまは、今のままで素晴らしいのですから。大きな頭、細い手足、控え目なふくらみ、それでいてほっこりと出ている愛らしいお腹……あああ、まさに、未成熟な果実》
きさまも、黙れ! ソル!
控え目とは失礼な!
アタシはフツーよ、普通!
人並みよ!
それに、十六歳だからいいの! 成長過程なのよ!
たしかに……
精霊達の胸は……立派。
いや、立派すぎる。
前かがみになってぎゅっと寄せられると、毬というか特大メロンというか……
特盛りだ。
ドロ様の精霊にはエッチな格好のおねーさんもいた。けど、ここまで凄い胸の人は居なかった。
胸が強調されるよーな服、着てるし。
けど……
お師匠様は、美少女達を見てもいない。
顔にも胸にも興味がないようだ。
てか、女性型だから関心がないのか。アタシがキュンキュンするはずないんで。
淡々と紅茶を飲んでいる……
幼馴染はうつむいている。鼻の頭が真っ赤。精霊の方を見ないようにしてるっぽい。
ジョゼ兄さまは……
どこ見てるんだかよくわかんない。けど、特盛りは見てないような。
緑の美少女達と話しているのは、もっぱらルネさんとジュネさんだ。
重量的にソファーに座れないロボットアーマーの人は、テーブルのそばに立って紅茶を飲んでいる。
フルフェイスのヘルメットを外して。
久々に見るルネさん……もといルネ様の素顔。
ポマードで撫で付けたオールバックの黒髪、キレイな広い額、ほんのちょっとだけ乱れてて前髪がはらりと垂れてて……
太くて濃い眉、少し重たげな瞼、優しげな目元、念入りに整えられた口髭……大人の色気びんびん……むちゃくちゃ格好いい。
でも、話している内容は、
「ちょっと質問をばよろしいでしょうか? この部屋のサンサンたる照明ですが、天井に付着しておりますが、いかにして点灯し、いやいや、そもそも動力は……」
いつも通りだった。
ジュネさんは、にっこりと微笑んで優美な仕草で、ティーカップをそっと傾けている。
総髪にまとめた綺麗な金髪、澄みきったグレーの瞳、眉も鼻も唇も頬も完璧……女性と見まごう美形は、
「ねえ、あなた。そのドレス、いいわぁ。かわいいわぁ。お洒落よ。あなたのすらりとした足によく映えてる。この世界の民族衣装?」
お洒落情報収集中のようだ。
「お待たせして、すみませんでした」
扉の向こうからあの人がやって来た途端、心が晴れやかになる。
パーッと日が差すかのように。
不思議。
この人が側にいるだけで、すっごく安心。
心がほっこりする。
「あらためて……はじめまして、ジャンヌさん、勇者一行のみなさん。櫻井正孝です。お会いできて、うれしいです」
きらっと輝く白い歯。
笑顔が素敵……
《『マサタカ』?》
アタシの内に、水の精霊の不機嫌そうな声が響く。
《巨乳好きで児童偏愛のこの男が、マサタカ?……汚らわしい! 名前が同じでも、カガミ マサタカ様と比べて、外見も品性も、雲泥の差というか……異世界のことわざで言うところの、『月とすっぽん』『提灯に釣り鐘』……》
わかった、わかったけど、静かにして。
こっちのマサタカさんのお話を聞きそびれちゃうじゃない。
きゃっ!
手を握られちゃった!
握手だけど!
「かわいらしい手だな。いくつ?……十六? そうか。いいなあ、これからだね。よろしく、ジャンヌさん」
《ジャンヌ、ねらわれてるよー》
《童顔ならば何でもよいのか。意外と守備範囲が広いのである》
《こんな男が『マサタカ』だなんて! 腹立たしい!》
だから、うるさい! あんた達! ちょっと黙って!
「ジャンヌの義兄、ジョゼだ。格闘家として同道している」
お。
兄さまから握手を求めたんで、マサタカさんがアタシから手を離す。
「はじめまして」
にこやかなマサタカさんに対し、兄さまは不機嫌そうな顔。
視線もきつい。
それじゃ、睨んでるも同然よ、兄さま。
でも、そのちょ〜過保護っぷりが今日は嬉しかったりして。
ラルムが兄さまの心を読んで、《彼はあなたと一緒に異世界へ行きたくなかった》なんて言ったから。
いつも通りの兄さまを見ると、ホッとする。
「賢者シメオンだ」
マサタカさんはお師匠様とも握手を交わし、
「は、はじめまして……クロードです。ま、魔術師で、しゅ」
ここぞって時には噛んじゃう幼馴染にも、やさしい笑顔を向けてくれた。
「はぁい。ジュネよ。ジョブは獣使い」
お美しい獣使いさんの投げキッスにも、爽やかな笑顔で応じるし。
「発明家ルネです」
ルネさんは、名刺とかわいらしいラッピング袋をマサタカさんに差し出した。
「お近づきの印に、こちらをどうぞ。『ルネ でらっくす お試し無料パック』です。ちょっとしたピンチに対処できる、発明品を詰めておきましたぞ。是非、お試しあれ!」
「これはこれはご丁寧に。ありがとうございます」
発明小袋を、キラリと歯を輝かせてマサタカさんは受け取った。
中身、何だろ? ルネさんの『どこでもトイレ』や『お顔ふき君』なんかは役に立ったけど……動き回る本棚とか平気で作っちゃう人だからなあ……ちょっと不安。
何時の間にか、美少女精霊達は消えている。役目が終わったので、還ったのか。
「サクライ マサタカ殿……あなたに説明は不要かと存じるが、我々の事情をお伝えする」
お師匠様が淡々と口を開く。
「《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》……これが百一代目勇者ジャンヌの託宣だ」
「ほう」
マサタカさんが、顎をさする。
「つまり……十二の世界を旅し、異性百人を仲間にして、一度づつ力を借りて魔王を倒せ……そう託宣を受けているという事ですね?」
お師匠様が頷く。
「仲間枠に入るのは、ジャンヌがときめいた相手、且つジョブ被りしていない者。ジャンヌは一ジョブにつき一人しか仲間にできぬ」
「一ジョブにつき一人? で、百人集める? それは……厳しい」
マサタカさんが、いたわるようにアタシを見つめる。
「……頑張って」
……ありがとうございます。
「六十九日後が、魔王との決戦日だ。その日、あなたを勇者の仲間として私達の世界に召喚する。魔王に対し一撃を加えていただきたい」
「その日だけの召喚なのですか?」
「うむ。ジャンヌは十二の世界から百人の仲間を得て戦う勇者。異世界の仲間は、世界ごとに召喚し、戦闘が終了次第帰還してもらう」
あら、そうなんだ。
「召喚手段は?」
「魔法陣だ。魔法陣を刻んだ魔法絹布を魔王城に持ち込み、ジャンヌが旅した世界の順に仲間達を召喚してゆく」
へー そういう予定だったのか。知らなかった。
「だいたい何時くらいに召喚されるのでしょう?」
お師匠様が口元に手をあてる。
「魔王が目覚めるのは六十九日後の正午過ぎだ。召喚は、昼過ぎと思ってくれればいい」
ほうほう。
「英雄世界の後、残り八つの世界の者を召喚する。魔王への最終攻撃は我々の世界の者がなし、勇者がとどめを刺す」
まず仲間達全員に攻撃してもらう。
で、魔王の残りHPをみて、アタシは運命を決めるわけだ。
普通に攻撃するか、ちゅど〜んするか。
「魔王のHPは従来通り1億。魔王に対し、100万以上のダメージを与えられる攻撃をお願いしたい」
「承知しました」
マサタカさんが、笑顔で鷹揚に頷く。
「100万なら、易いものです」
いやん、頼もしい! ステキ!
「あと二つお頼みしたい事がある」
「聞きましょう」
「まずは、この世界での仲間探し。魔王戦当日を除く残り六十八日で、ジャンヌはあと七十人を仲間にせねばならない。協力願えまいか? 戦闘力の高い男性を探したいのだ」
「え? この世界で仲間探し?」
マサタカさんが眉をひそめる。
「……やめた方がいいと思いますが」
へ?
何で?
「この世界の人間の大半は、非戦闘員です。魔王に100万以上のダメージを与えられる者を見つけ出すのは困難でしょう。別の世界に行かれた方がいい」
「あら、でも、」
アタシは首を傾げた。
「『ここでは平凡でも、転移すれば強くなる』んでしょ? 英雄世界から来た勇者はみんな、特殊能力持ちで強かったもの」
アタシには、『男の人百人強制仲間枠入り』と『ちゅど〜ん』と『自動翻訳機能』と『勇者眼』ぐらいしか勇者らしい能力がないけど。
英雄世界の人達って凄かった。描いたものを実体化しちゃう能力者とか〜 どんな病でも治しちゃう癒しの手の使い手とか〜 炎の拳で大暴れな拳闘士とか〜 精神剣持ちもいたわよね。
お師匠様も頷く。
「英雄世界の住人は、我々の世界ではすべからく英雄となる。『高校生』が四、『大学生』が四、『サラリーマン』が二、『OL』が一、『リストラ親父』が一、『主婦』が一、『教師』が一、『自宅警備員』が一、この世界から私達の世界に渡り勇者となった。皆、戦闘技術がなかったのだが、召喚によって『力に目覚め』、魔王を倒してきたのだ」
「あ、いや、それはですね……」
言いかけた口を閉ざし、マサタカさんが顔をしかめる。
「何といえばいいのか……」
しばらく迷ってから、マサタカさんは言葉を続けた。
「誰もが強くなるわけじゃないんですよ。つまり……定まりし運命にある者のみが強くなる……それ以外の者は、あなた方の世界に行っても強くなりません。腕力も魔力も戦闘技能もまったく付加されません」
え〜
「我々の知識が誤っていると?」
「いや、まあ……。そうですね。誤解があるみたいです」
嘘ぉ。
精霊界で日数を潰しちゃったから、仲間を増やしやすいように英雄世界に来たのだ。
テオも、自信満々に『魔王に100万以上のダメージを与えられる方もゴロゴロしている事でしょう』って言ってたのに。
「知人なら紹介できます。この世界にしては戦闘力の高い者を数名知っています。一撃で100万が可能かどうかは微妙ですが……みな快く協力してくれると思います」
「その者達も、あなたとご同類か? サクライ マサタカ殿」
感情の浮かんでいない綺麗な顔で、お師匠様がマサタカさんをまっすぐに見つめる。
「みな、『勇者』なのか?」
は?
「いやあ。さすが、賢者様。気づいていらっしゃいましたか」
ハハハと明るく笑い、マサタカさんが白い歯をキラリンと輝かせる。
「勇者や勇者であった者は、絆で結ばれている」
抑揚の無い声でお師匠様が言う。
「出逢えば、互いに求め合う。我が師ピエリックは勇者との出逢いに感じた思いを『何十年も離れていた家族と再会したような喜び』に似ていたとおっしゃっていたが……この世界に転移してからずっと、私はあなたに惹かれていた」
うほ!
お師匠様も、マサタカさんにキュンキュンしてたの?
「私は九十六代目だった。あなたは、何代目か?」
「それは……」
マサタカさんの顔に、ちょっぴり苦い笑みが浮かぶ。
「驚かないで、聞いていただけますか?」
一呼吸おいてから、マサタカさんは言葉を続けた。
「僕は七代目ですよ、現賢者様」
七代目……?
アタシは、お師匠様の手にある勇者の書へと視線を走らせた。
『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』……
九十六代目のお師匠様は、約百年前に現役勇者だった。
七代目は……
遥か昔の先輩。
活躍したのは、千八百年以上も前……
この人、千八百歳なの?