敗れさりしもの
廊下に、涼しげなハンサムがいた。
大きめのフードの、修道僧の白いローブ。
禁欲的で清廉な僧衣と、犯しがたい品に満ちた高潔な美貌。
意志の強そうな、澄んだ青い瞳。
宗教画の殉教者を思わせる、無垢で清白な美とでも言おうか……
白い雲の上に乗っているなんて、デキすぎ。そこにその人がいるだけで、静謐でいて神々しい一枚の絵画が完成しているように思えた。
胸がキュンキュンした……
してしまった……
いや、だって……
最近、忘れてたのよ、こいつが美形だってこと。
存在自体が凶悪だし、表情まで凶悪だから、まじまじと見たくなかったし。
聖教会に行くから着替えたんだろうけど、こうやって使徒らしい格好をしていれば……
胸がときめくほどに……
「……まだ居たの?」
アタシの問いに、白マルタンがフッと口元に笑みを浮かべる。
く。
悔しい、見とれちゃった。
「俺の命の源を待っている」
む?
「使徒さま」
遠くからの声。
宙を飛んで来たものを、白マルタンが左手でキャッチする。
煙草の箱が二つ……。
「喜捨しますぜ」
「でかした、ドレッド。きさまに神の祝福のあらんことを・・」
シャキーン! とアレな決めポーズをとってから、わっはっはっはと高笑い。
白マルタンは雲と共に廊下を駆け抜け、消えて行った……
うん……
間違いない……
ときめいたのは、気の迷いだったわ。
「僧侶は世俗の金を持てない、喜捨された煙草しか吸えないとおっしゃってたんでね」
ドレッドヘアーの占い師が、男くさく笑う。
「買い置きの煙草を喜捨した。アレが邪悪退治の力の源となりゃいいが」
ドロ様が笑顔で、アタシを見つめる。
「さっぱりしたかい、お嬢ちゃん?」
「ええ、生き返ったわ」
お風呂に入って、清潔な服に着替えて髪も整えた。すっきりよ。紫クマも入浴中は静かだったし、ムカつくこともなかったわ。
「それで、ドロ様……」
アタシは気になっていたことを聞いてみた。
「賭けは……?」
ワイルドで格好いいドロ様が、ニヤリと笑う。
「……お楽しみはこれからだよ。お嬢ちゃんにも見せてやろう」
その時、遠雷が轟いた。
と、思った時には、鼓膜が破れそうな大きな音になった。
窓ガラスがビリビリと揺れる。
アタシは両耳を両手で覆った。
「ルネさんが来たな」
ドロ様も耳を押さえながら、叫ぶ。
《ほう。この世界の機械であるか。機械文明後進世界にしては、なかなかに奇抜……》
紫クマが宙を見上げる。屋外を飛行中のロボットアーマーが知覚できてるようだ。さすが、精霊。
ルネさんのロボットアーマーのロケットエンジン音は、あいかわらずやかましい。
ごぉおんごぉおんという騒々しい音が、少し遠のき、徐々に小さくなってゆく。
庭の芝生に着地したんだろう。
「じきに、ジュネ達も来るだろう。さ、お嬢ちゃん、メシ、食っちまいな」
ドロ様に促され、アタシは、みんなの待つお師匠様の部屋に入って行った。
コーンポタージュぅぅぅ。
舌に優しい、まろやかな甘み……
生クリームのコク、そして、濃いコーンの味……
夢にまで見た味……
涙が出そう。
そして、お魚!
白身魚のポワレ。外はカリッと中はやわらかく、ソースを絡めると絶品!
んでもって、お肉ぅぅ!
とろっとろの牛フィレ肉……ナイフで少し切り分けて、熱々なのをいただく。じゅわ〜っと肉汁とステーキ用ソースが口の中に広がる。
あああ……素晴らしいハーモニー……
「美味しい……」
メイドさんの運んでくる料理、み〜んな、最高!
アタシが天国にいる時……
「うううう」
クロードは、テオに泣かされていた。
食事の終わった幼馴染は、紫がかった毛の灰ネコ――雷の精霊トネールの変化を抱っこし、同じような毛並みの小猫――光の精霊ユーヴェーを頭の上にのっけたまま、シクシクと泣いている。
筆記用具を手にした学者様は、実に渋い顔だ。
「その光精霊は何ができるのです? 変身能力はあるようですが、他には?」
「だから……紫外線を操る事が……できます」
「つまり、できるのはそれだけ。光精霊であるのに、光系攻撃魔法・浄化魔法・治癒魔法・移動魔法・弱体魔法・強化魔法……すべて全く使用できないと?」
「……そうですけど……そうなんですけど」
「……質問します、クロード君。新たにしもべとした光精霊の、どのような特殊能力・技能を用いて、どういった形で、勇者様の仲間として今後貢献するつもりなのです?」
「う」
「それとも、その精霊は、ただの愛玩物なのですか? ならば、私が口をはさむ必要はないと存じますが……」
「ぐ」
「精霊界まで行ったのです、戦力となる精霊を獲得してくるべきだったのではありませんか?」
「ぐは」
クロードがベチャッと潰れ、二匹のネコがミーミーと主人を慰める。
《紫外線だけと侮るのは、禁物です》
アタシの光精霊が、クロードの精霊を弁護する。
《紫外線には、殺菌消毒効果があります。強い殺菌作用を生かして生体を破壊する事も可能なのです。戦法次第で、脅威となりうる存在です。更には、誘蛾灯にもなりますし、生体の血行を良くし、新陳代謝の促進をでき、美しい日焼けをもたらし、》
クロードに、『紫外線さん』ことユーヴェーを押しつけた張本人なのでフォローしているようだ。
「だいたいですね、あなた、魔法を使えるようになったそうですが、一回魔法を使っただけで、未だに魔力回復中とか……どれだけ燃費が悪いのです? もう少し、お体を鍛えられてはいかがです?」
「うぇぇ〜ん、ごめんなさぁぁい」
んでもって、同じく食事を終えた兄さまは、婚約者につかまっていた。
兄さまの左腕には、バレリーナ・クマさんが抱きつくようにぶら下がっているんだけど……
そんな婚約者を前に、侯爵家令嬢は可憐に微笑むばかりなのだ。
「……シャルロット様」
兄さまは、ピナさんを腕から剥がし、シャルロットさんの前に突きつけた。
ピンクの毛、白いチュチュ。とってもラブリーなピナさんが、シャルロットさんを見つめる……
「俺の炎の精霊は、このピナさんです……何かおっしゃりたいことが、おありでしょう?」
頬を赤く染めている兄さまとピナさんを見つめ、シャルロットさんは天使のような笑顔を見せた。
「あらあらあら、ほ〜んと愛らしいクマさん。可愛らしい精霊をゲットできて、よろしかったですわね、ジョゼフ様」
「それだけ……ですか?」
「私にもピナさんを抱っこさせてくださいません?」
「……それだけですか? 俺はバレリーナ・クマを喜んで抱くような男なのですよ?」
「素敵なご趣味だと思いますわ」
シャルロットさんの笑顔に、兄さまがひるむ。
「……他に、光精霊も仲間にしました。スピード狂で走り回ってばかりの……」
「まあまあまあ、面白そうな方」
「本当にそう思っていらっしゃるんですか? 良いのですか、こんな情けない男があなたの婚約者で?」
「そうですわ、私達、婚約者ですものね」
シャルロットさんがポンと手を叩く。
「私、ジョゼフ様のゴーレムのピアさんに毎日魔力をさしあげましたわ。ジョゼフ様のゴーレムは、私にとっても大切な子。私、ピアさんと、と〜っても仲良しになりましたのよ」
「ぐ」
兄さまが、がくっとうなだれる。
「シャルロット様……ピアさんのお世話、ありがとうございました」
「いえいえ。私にもピナさんを抱っこさせてくださいます?」
「……どうぞ」
「まあ、嬉しい。うふふ。それから、私、あとでジョゼフ様にご相談したい事がありますの、よろしいかしら?」
「……はい。俺で良ければ、何なりと伺います……」
……兄さま、これから、完全にシャルロットさんに頭があがらなさそう。
一方、白い幽霊のニコラはピアさんの肩を抱きながら、アタシの精霊達とお話をしていた。
《ほんと? ほんとにいいの、おにーちゃんたち? ほんとーに、ピアさんも仲間に入れてくれるの?》
《ああ、もちろんだ》
緑クマさんが、前髪をかきあげる仕草をする。
《森のクマさんシリーズの主役は、ピアさんだ。しもべ戦隊の中央位置は、ピアさんのものさ》
ニコラが満面の笑顔になる。
《良かったね、ピアさん》
オレンジのぬいぐま・ゴーレムが、照れたように頭を掻く。
《ヴァン。ピアさんは何の役? マスコット?》
赤いクマさんの問いに、緑クマさんがチッチッチッと指を振る。
《長官だ。ピアさんがやってくれりゃ、華がある。大根のラルムより、よっぽど様になるし》
《あー なるほどー》
《待ってください、ヴァン。ゴーレムはしゃべれないのです。台詞が言えないものよりも、この私が劣るとでも?》と、カガミ マサタカ先輩のそっくりさん。
《おまえ、長官役、やりたいの?》
《まったく、やりたくありません。ですが、長官を降ろされたら、乗り物、マスコット、敵……ろくでもない役を振られるのは目に見えてます。私は長官役を続けますよ》
《むぅぅ。このゴーレム、何ぞ伝えたがっておるぞクマー 本人の思念……とも、ちと違うようじゃが……》
白クマさんが耳を傾けるしぐさをする。
《ふむふむ……『気をつけろ。勇者は十二年前から狙われているぞ。神か魔か、それに等しい魔法使いに注意せよ』だそうじゃクマー》
オレンジのクマさんが、大きく頷く。
緑クマさんが口笛を吹く。
《いいねー さっそく成りきっている。やっぱ、長官はピアさんで》
《ちょっ! ちょっと待ってください! ヴァン!》
慌てまくるラルムを見て、ニコラがお腹を抱えて笑う。
うん……
ニコラがアタシの精霊達と仲良くなれて、良かった。
そして、お師匠様は、歩く騒音製造機ルネさんと何か話している。
「はぁい、ジャンヌちゃん。お仲間いっぱいゲットできた?」
「お帰りなさいませ、百一代目勇者様」
「ども……」
アタシがデザートに入った頃、ジュネさんとセザールおじいちゃんとエドモンがやって来た。三人は、ジュネさんの獣に乗って来たようだ。
ああ、それにしても……
このフルーツ・ムースのなめらかさが……
しっとりとしたスフレが……
甘酸っぱいシャーベットと濃厚なアイスクリームが……
最高……
メイドさ〜ん、おかわり!
全員が着席するのを待ってから、お師匠様が口を開く。
「次に行く世界についてだ。私なりに幾つか候補を考えてはいたのだが、この世界に残留した者達の意見を容れようと思う」
ん?
「何処にお決めになったんです?」
ドロ様の問いに、お師匠様が淡々と答える。
「英雄世界だ」
英雄世界……
「理由は二点ある。一つ目は、彼の地が優秀な人材の宝庫である事。魔王が目覚めるのは、七十日後だ。魔王戦当日を除く残り六十九日で七十一人を仲間とする為にも、仲間を得やすい地に向かうべきだ」
テオが言い添える。
「英雄世界は、キングオブ勇者の地。異世界から来た勇者様は七十二人ですが、その約二割にあたる十五人もの勇者様が英雄世界出身なのです。あの世界でしたら、魔王に100万以上のダメージを与えられる方の捜索は難しくないかと」
へー って顔をする兄さまやクロード。
なので、アタシは教えてあげた。
「『番長』は、英雄世界のジョブなのよ」
二人とも、ますます『へー』って顔になる。
白の学ランに、白の学生帽。さすらいの正義の味方が『番長』だ。
何処からともなく現れて、悪漢を倒し、鉄下駄を鳴らして去ってゆく格好いいヒーロー……黒ウサギのクロさんは、伝説のヒーローをなぞったぬいぐるみだ。
一説では、英雄世界出身の七代目勇者『ヤマダ ホーリーナイト』先輩が『番長』のモデルだと言われている。
『番長』は、アタシ達の世界には存在しない、ファンタジーな職業。
でも……
「そっかー。英雄世界に行けば、本物の番長に会えるのか」
クロードが、わくわく顔になる。
《ぼく、知ってるよ。兄弟勇者や、バクレツ エイジは、英雄世界から来たんだ》
胸をそらせ、得意そうにニコラが言う。
《あの世界の人間は、みーんな強いんだよ》
二十八代目、二十九代目の兄弟勇者。
炎の拳で戦った五十一代目。
超有名な勇者だ。
他にも、癒しの手を持っていた十一代目、勇者も仲間も賢者までもが美女だった華麗なる三十三代目、絵に描いたものを実体化させた四十九代目、個性的な方ばかりなのだ。
逆ハーPTで魔王に挑んだ七十四代目とか……
ん?
あれ?
そーいや、アタシもか。男百人を仲間にするんだもん、アタシ、逆ハーPTの勇者だわ。
だけど……
兄さま、クロード、マルタン、アラン、テオ……ルネさん……ぬいぐま……キャベツもいたわね……
逆ハー?
マルタンやテオやルネさんにチヤホヤしてもらっても、嬉しくないというか……怖いというか……
むぅぅ。
まあ、ともかくも……
英雄世界の住人は、アタシ達の世界では『すべからく英雄となる』。
『高校生』が四、『大学生』が四、『サラリーマン』が二、『OL』が一、『リストラ親父』が一、『主婦』が一、『教師』が一、『自宅警備員』が一、英雄世界からアタシ達の世界に渡り勇者となった。
み〜んな戦闘技術がなかったのに、召喚によって『力に目覚め』、すっごい能力で魔王を倒してきたのだ。
「英雄世界に行く理由の二つ目。彼の地の科学水準の高さと、治安の良さだ。科学技術が発達した文明世界は他にもある。が、英雄世界は法が発達しており、民の気質は温和、争いを好まぬ。技術研修に赴くに適した地だ」
お師匠様の横の機械の塊が、身を乗り出す。
「セザール様専用武器兼義手の開発ですが、実は少々行き詰っておりまして……この世界の技術では解決できない問題があるのです」
ルネさんがすごく真面目な声で言う。
「お求めの超強力な遠隔武器……作れないことはないのです。ですが、どうしても大型化してしまう。しかし! 隻腕のセザール様に超重量の武器をお持たせするわけにはいきません」
なので! と、ルネさんが、ぐっと、機械の拳を握りしめる。
「この世界よりも科学文明が発達した世界に行きたいのです。軽量な金属、伝導率のいい回路、エネルギー変換効率のいいエネルギー媒体……何でもいい。とにかく、『あ、これは使えそう!』というものの製造方法をかたっぱしから習い、習得できそうもなければかたっぱしから現物を持ち帰る! この作戦でいきたいと思うのです!」
はぁ。
……泥棒?
「ムシのいい要求である事は承知だ。それゆえ、人柄の良い者が多いという……英雄世界へ行く事とした」
お師匠様が、少しだけ眉を下げて溜息をつく。
憂い顔だ。
十年間、いっしょに暮らしてきたから、微妙な表情の違いが何となくわかる。
……やっぱ、泥棒だって、お師匠様にもわかってるんですね。
お師匠様が淡々と言う。
「英雄世界に赴くメンバーは、ジャンヌと私とルネ。クロードも……成長の為には伴った方がいいか……。後は、いざという時の為に……」
すみれ色の瞳が、動く。
「ジョゼフ」
兄さまが、眉をひそめる。
む?
何か……微妙な顔。
アタシの視線に気づいたのか、兄さまがちょっと困ったように笑みを浮かべる。
今までみたいに『俺は絶対いっしょに行く』『俺が行くのは当然だ』って、息まかないの?
兄さま……変。……どっか具合が悪いのかしら?
「残る一人も……戦闘力の高い者がいいな……」
お師匠様……トラブルになるのを前提に仲間選びをしてますね……
ドロ様はフフッと笑って、指を組み合わせた。八本の指に八体の精霊を封じた指輪が輝いている。
「俺はこちらでしたい事があります。メンバーから外してください」
「わかった」
お師匠様の視線は、前髪で両目を隠した農夫へと向きかけた。
けれども、お師匠様が口を開くよりも前に、仲間の中からスッと右手をあげた者が。
「あたしは、いかがです? 現地の生き物を、操れます。犬、猫、ネズミ、鳥……小さな生き物から、馬や狼、モンスターまで。動物たちは、攻撃にも諜報にも使えましてよ」
「ジュネ……おまえは軍との会議に出席せねばならぬのではなかったか?」
「会議は閉会。獣使い代表の仕事は終わりました。これから魔王戦まで、あたしは、勇者さまの仲間として自由に動けますわ」
お師匠様が、思案の為、口元に手をあてる。
「英雄世界にはこの世界ほど生き物はいない。モンスターは生息しておらず、交通手段に馬も利用していない。だが……そうだな……おまえの能力は心強い。共に来てくれれば、助かる」
お師匠様が淡々と言う。
「ジュネ、おまえを伴おう」
「喜んで」
そう答えてから、お美しい獣使いさんは隣の男性に抱きついた。
「あぁん、エドモン〜 お別れは寂しいけど、行って来るわね。あたしがいない間に、変な虫につかれないでね? 何でもかんでも鷹揚に許しちゃイヤよ。エドモンったら、モテモテなんですもの。あたし、心配だわ〜」
「……触るな」
抱きつかれている方は、下唇をつきだしたムスッとした顔だ。エドモンの方が背が低いから、ジュネさんに抱え込まれてる感じ。
「……だが、まあ……助かった。すまん……ありがとう」
ん?
「いいのよ〜 あなたのお役に立てるなら、あたし、シ・ア・ワ・セ」
何だかわかんないけど、二人は通じ合ってるみたいだ。
ハート・マーク飛ばしまくりの獣使い様。その抱擁を、エドモンは溜息をつきながらも拒まない。
で、エドモンの隣のおじいちゃんは、そちらを見もせずに紅茶を飲んでいる。
男でも女でも獣ですらも美しければおっけぇ〜な獣使いさんが、孫に迫ってるのよ。普通、動揺しない?
まさか……まさか、まさか、まさか!
二人の仲を認めている?
ジュネさんとエドモンは、祖父公認のBLCP?
おおおおお!
も、萌える……
「………」
……ンなわけないか。
孫に幼馴染がじゃれついてるとしか思ってないんだろう、きっと……。
「明日の朝、英雄世界へ行く。食料はさほど持ち込まなくていい。その代わりに、あちらの貨幣に換金可能であろう貴金属を……」
「だんまりを決め込んでるんで、逃げられたかなあと思ってましたよ」
「失敬な。私は約束を違えた事はありません。私用なので、後に回していただけです」
話し合いが終わった後、お師匠様の部屋でテオVSドロ様の流れとなった。
対決の見学は自由。
明日の支度の為にソッコーで帰ったルネさん以外は、部屋に残っている。
見つめ合うテオとドロ様。
ドロ様は、八人の美女に囲れている。赤毛の妖艶な美女、黒い仮面をつけた水色の女性、裸ベールのおねーさん、黄色のレオタードの女の子、ツーンと澄ました氷の美少女、紫水晶の髪のビキニっ娘、白いドレスの貴婦人、女王様然とした黒衣の美人。
「フラム、マーイ、アウラ、サブレ、グラキエス、エクレール、マタン、ニュイ。俺の自慢の女達だ」
「あなたは、八大精霊全てをしもべにできた……賭けは、あなたの勝ちです」
テオがメガネをかけ直す。
「敗者としてあなたのご希望に副いますが……後ほど、あなたの精霊達のデータを記録させてください。私の仕事は、情報を分析し、勝率を計算し、魔王戦までに最善の計画を立てる事です。あなたの戦闘力を正確に把握しておきたいのです」
「了解ですぜ、学者先生」
ドロ様が肉食獣のように笑う。
「じゃ始めますか」
ドロ様の骨太の大きな手が、テーブルの上の丸い水晶を撫でる。
賭けに勝った時には、ご褒美としてテオを占いたいとドロ様は望んだ。
『あんたの星を読んで、俺は幾つか助言をする。その内の一つでいい。助言を聞き入れて、その通りに行動して欲しい』
占い・俗信・迷信・ジンクスの類全てを、テオは嫌っている。
特に占いが大嫌いで、ドロ様の事を詐欺師と決めつけていた。
ドロ様の助言を聞き入れるなど、屈辱だろう。
生年月日から始まり、座右の銘、好きな食べ物、学者を志した理由、歴代勇者に興味を持ったきっかけ、初恋の思い出……さまざまな事をドロ様が尋ねる。
それに対しテオは、答えられる事はさっさと答え、言いたくない事は『回答を拒否します』でやり過ごし……
けれども、助言の時間となったら、全て拒否は通らなくて……
「……卑怯ですよ。情報屋から私の家族情報を買いましたね?」
「俺はあんたの星を読み、よりよい未来への道を示してるだけさ。もう一回言おう」
ドロ様がニヤニヤと笑いながら、テーブルに置いたカレンダーを指さす。
「この日だ……白い花束を抱え、御母堂に会いに行け……俺という友人を伴って、ね」
「拒否します」
テオが机の上で、両の拳を握りしめる。
「あなたなど連れていったら、母が……。断固拒否します」
「じゃあ、この日……白い花束を抱え、御母堂に会いに行くんだ。友人ジュネを伴って、ね」
「拒否します」
テオが、机を両の拳で叩く。
「確かに母は、ジュネさんの信奉者ではあります。しかし、ジュネさんを友人としてなど……」
ゾッと体を震わせてから、テオが言葉を続ける。
「第一、ジュネさんはこれから英雄世界へいらっしゃるのです。その日に私の家へ行くなど不可能です」
「じゃあ、最後のヤツしか残ってないじゃあないか」
ドロ様が、大袈裟に両手を開いて見せる。
「ともかく、この日。白い花束を抱え、御母堂に会いに行くんだ。敬愛する女勇者様を伴って、ね」
「勇者様も明日から英雄世界ではありませんか! 幾つかの助言を与えるなどと嘯いて……この卑怯者! 実行可能なものは一つしかないじゃないですか!」
「仕方がない……効果のほどは少々落ちるが、助言を変えてやろう。どうあってもこの日。ケーキを持って、御母堂に会いに行くんだ。俺という友人を伴って、ね」
「……本質的な問題が改められていません……拒否します」
テオが頭を抱える。
お母さんに会いたくないのかしら。
過干渉で困るみたいな事、前に言ってたし。
テオが勉強宅を持つようになったのも、お母さんに勉強の邪魔をされたくないからだとか。
でも、親孝行しときなさいよ。
お母さん、生きているんだから。
死んじゃったら、もう会えないのよ。
ベルナ・ママの面影がよぎり……
胸がチクッと痛んだ。
兄さまを探した。
ドロ様とテオのやりとりを、ジュネさんは楽しそうに見つめ、クロードはハラハラ顔で見守り、お師匠様はいつもの無表情でただ見ている。
最初は見学してたけど、たぶん飽きたんだろう、ニコラはしもべ戦隊と遊んでいる。
セザールおじーちゃんとエドモンは、何時の間にか退出していた。
そして、部屋には兄さまの姿もなく……
あれ?
《先程、婚約者と一緒に退出しましたよ。別室で彼女からの相談を聞いています》
教えてくれたのは、水の精霊ラルムだ。
そーいや、シャルロットさん、兄さまに相談したい事があるって言ってたっけ。
《あなたの兄君は、その後、体を清めた後、服装を正し、オランジュ伯爵に会いに行くようです》
そっか。おばあさんに挨拶に行くのか。
さっき元気なかったけど……大丈夫かしら。
《杞憂です。彼の体はいたって健康です》
何を馬鹿な事を言うのだといった感じに、ラルムが溜息をつく。
《先程彼が気鬱な表情を見せた時、あなたは健康面に問題があるのかと誤解しました。が、違います、単に彼はあなたと一緒に異世界へ行きたくなかっただけです》
え?
アタシと一緒に行きたくない……?
スパーンと……
気持ちのいい音がした。
ラルムの背後の宙に緑クマさんが浮かんでいる。紙で作ったハリセンを持って。
《ラルム君……ちょっとこっちにおいで。オレがもう一度、懇切丁寧に、鈍い君でもわかるよーに、しもべの心得を教えてあげるからさ》
《この強制力……抗えない。私、まだあなたから『しもべの心得』を習わねばいけないのですか?》
《ったりめえだ、バカ》
ラルムをひきずってゆくヴァン。
ヴァンの声が、心の中に響く。アタシにだけ話しかけているんだ。
《オジョーチャン。あんたの兄さんは、今、男ならではの悩みを抱えてるんだよ。そのうち、兄さんの口からいろいろと語ってくれる。それまで待ってやんな。男の苦悩を見ない振りをして見守る……いい女なら、できるはずだ》
ヴァンの言葉を聞きながら、アタシは……
茫然とその場にたたずんでいた。
きゅんきゅんハニー 第3章 《完》
リアルが落ち着いた後に、第4章『英雄世界の嵐(仮題)』の更新を開始します。
書くことが私の元気の源でもありますので、少しづつでも書きすすめていきます。少しお待たせする事になってしまいますが、これからも「きゅんきゅんハニー」をどうぞよろしくお願いいたします。
発表のめどがたちましたら、活動報告でお知らせします。