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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
53/236

闇に蠢く

 アタシは、闇の中を彷徨っていた。


 光差さぬ真の闇の中にいるかと思えば、天に細い三日月がかかる夜道を歩いていたり、シィィンと静まり返った闇の神殿に戻ってたり、ベッドに寝転がってたりする。


 コロコロと場面が変わる。


 でも、いつも暗い。

 真っ暗じゃない時も、宵闇のほの暗さといおうか……誰が何処にいるかわかる程度の明るさしかない。


《どうしたの、ジャンヌ……眠れないの?》

 ぼんやりとしか見えない影。

 でも、声で誰だかわかる。

 ベルナ・ママだ。

 ジョゼ兄さまのお母さんで、アタシにとっては義理のお母さん。でも、本当のお母さんみたいだった……

 ベルナ・ママが抱きあげてくれる。

 力強い腕、やわらかでとっても大きな胸。

 気持ちいい……アタシはベルナ・ママに抱っこされるのが大好き。ママの胸に顔を埋めると、気持ちいい。

「ベルナ・ママ」

 すぐ近くにママの顔。

 でも、陰になっていて、顔が見えない。

 元気をわけてくれる、明るい笑顔のはずなのに。


《ジャンヌ》

 パパだ!

「ベルナ・ママ。パパがよんでる」

 早く行かなきゃ。パパと遊べるの、めったにないし。オヒゲでジョリジョリはいや〜んだけど、高い高いは好き。お膝の上に座らせてもらって、大きなおなかによっかかるのも!

《だめよ、ジャンヌ。パパはお仕事よ。お忙しいの。邪魔をしちゃダメ》

 ああ、そうだ……

 パパは大きなお店を幾つも持ってる、商人……豪商って言うんだ。

《ケーキが焼けたわよ。おやつにしましょ。あなたの大好きな干しブドウのケーキよ》

 うへ!

 干しブドウはパス!

 食べ飽きてるのよ!


 食べ……飽きる?


 あれ?


 嫌になるほど食べた……ような?

 何処で、どうして食べたんだっけ?


 それに、アタシ寝てたんじゃ?

 おやつ?

 こんなに暗いのに『おやつの時間』?


 むぅ?


 なんか、頭が……

 ボーッとする……


《ジャンヌ、こっちにおいで。おみやげだ。とびっきりかわいい子がいるぞ》

 ありがと、パパ!

 いつの間にか、アタシは走っていた。気づかぬ間に、ママの腕から飛び降りて走っていたのだ。

 パパからのプレゼントは、いっつも素敵なんだ。森のクマさんシリーズとか、絵本とか、勇者変身セットとか。

《まっくろなウサちゃんだぞ。なのになあ、白い学ランを着て、鉄下駄を履いた『番長』なんだ。ジャンヌ、番長って知ってるかい? むかしむかし、『ヤマダ ホーリーナイト』さまという勇者さまがいて……》


 白学ランの番長ウサギ?

 クロ……さん?

 クロさんなら、知ってるわ。幻想世界で仲間にしたのよ。

 幻想世界……?

 仲間……?


 頭がボーッとする。

 何か……頭に、ひっかかったんだけど……どうでもいい……そんな気もする……


《ジャンヌ。お食事にしましょ。今夜は、鳥肉の丸焼きのポテト添えよ》

 鳥肉の丸焼きのポテト添え? 大好き! 戻るわ、ベルナ・ママ!

《ピアさんのおうちを買ってきたぞ。キッチンつきの、オレンジの屋根の家だ。なぁんと、馬車までついてる》

 馬車ぁ? 馬は、ピオさんがつかまえた怪物のブチブチくんよね? そっちに行くわ、パパ!

《コーンポタージュもあるわよ》

 ポタージュぅぅぅ! 嬉しい、嬉しい、嬉しい!

《森のクマさんシリーズの新作があるぞ〜》

 えぇぇ? 新作? どんな子? 見たい、見たい、見たい!


 手がにぎられる。

 左右とも。


《ジャンヌ》

 この声は……兄さま?

《ジャンヌぅぅ》

 クロード?


 あれ、でも……?


《川まで行かないか? 川辺の木に赤い実がついたぞ。夕方になると、小鳥がいっぱいくる。かわいいぞ。……おまえがどうしても家遊びがいいというのなら……ピアさんおままごとでもいいぞ。つきあってやる》

《あそぼ、あそぼ、ジャンヌ♪ ミレーヌおばーちゃん()にいこうよ》

 二人がアタシの手をとる。


 二人とも、声が……今と違う。

 昔の二人なんだ。


 子供の姿……。


 でも、なんでだろう。

 すぐ近くにいるのに……


「おかおがみえない」

 アタシがそう言うと、兄さまとクロードが、ハッとしたように揺れる。

 ほんの少し周囲が明るくなる。

 アタシの手を握る、二人。

 笑顔だ。


 けれども……


「ちがう……」

 顔は子供のころのジョゼ兄さまとクロード。

 だけど、違う。

 何がどうとはっきりとは言えないけど……

 わかる。

 アタシにはわかる。

 義理の妹だし、幼馴染だもん。

 見た目はそっくりだけど、違うわ。

 あんた達、どっか変。いっしょに居ると、ムズムズしてくる。というか、ムカつく。気分が悪い。

 特に目が嫌。笑ってるのに、笑ってない。

「あなた達、誰? 兄さまやクロードに化けないで」


 二人は驚いたように目を見開き、それから瞼を閉じた。


 周囲は真っ暗な闇に閉ざされる。


《ジャンヌ。デザートはプリンよ》

《ジャンヌ。ピアさん絵本の新作が》


「パパとベルナ・ママは死んだわ!」

 アタシは闇に向かって叫んだ。

「八年前に、馬車の事故で亡くなったの! お師匠様が教えてくれたわ! やめてよ! 二人に化けるのは!」

 不愉快よ!

 もう二度と会えない人をかたるなんて、最低!


 パパは、ちょっぴり太目。よく笑う、おっきな人だった。

 ベルナ・ママは……本当のお母さんみたいだった。


 二人とも大好きだった……


 二人とは、六つの時に別れたっきり。

 賢者の館で修行をしている間に、二人は亡くなっていた。アタシは葬儀にも行けず……亡くなった事すら知らなかった……魔王が現れるまで……。



《ご気分を害されたのであれば申し訳ない》

 闇の中に、綺麗な白銀の髪、すみれ色の瞳の美貌、白銀のローブが浮かび上がる。

 闇の世界で、そこだけが美しく輝いている。

《だが、精霊は肉を持たぬ存在。変化は、全て借り物の姿。対面する相手の記憶を読み、相手が『快』と思う姿をとるのがしもべ交渉の常套手段なのだ。許されよ》

 お師匠様のそっくりさんが、静かな眼差しでアタシを見つめる。

《夢で出逢いしものは全て、あなたに興味を抱いたもの。あなたを主人に仰ぐべきか、触れ合うことで、精霊とて心を決める。今、しばらくはお付き合いいただきたい》




 そう言われて、思い出す。


 アタシは闇界で、八大精霊の八体目……最後のしもべを求めてたんだって。



 闇界は、闇の精霊がすまう世界。

 何処もかしこも真の闇。

 闇の神殿の屋根から先は、真っ暗。新月の夜よりも、なお暗い。光差さない深〜い闇が、続いている。それが何処まで深いものなのかは、ただの人間のアタシにはわからないほどに。


 そして、闇の神殿も暗かった。

 真っ暗ってわけじゃないものの、宵闇のほの暗さといおうか……誰が何処にいるかわかる程度の明るさしかない。天井も床も柱も全てが黒。

 で、神殿のそこかしこで異世界人たちが眠ってた。聞こえるのは寝息ばかり。

 起きて座っている者も、ちらほら。だけど、まるで影のよう。本すら読めない薄暗い所に、じっとしてた。何をするでもなく、息を殺し、闇に溶け込んでいた。


 たとえるのなら、夜の世界。


 シィィンと静まり返った闇の神殿。

 その中央に、導き手が居た。

 大きな球体。ツルツル、スベスベ。頭も手足も体もなければ、目も鼻も口もない。大きな黒いボールみたいだった。

《あなた方に興味を抱いた精霊が夢を訪れる。お気に召せば、しもべとなされよ。夢の中で仮の契約を結びしものが、目覚めた時、そばに居る。契約の証をお刻みになられるがいい》


『勇者の書 39――カガミ マサタカ』を読んでるから、知ってた。

 闇の精霊との交渉は、夢の中で行うって。

 精霊支配者は、闇の神殿の導き手が見せる夢の中に沈み、黒闇の中を歩く。

 その夢の中に、しもべ希望の精霊が現れる。

 触れ合い、語り合い、意気投合できたら、しもべ契約……精霊支配者は目覚めるという流れなのだ。


《あなた方が伴えるものは一名……お忘れなきよう》

 しもべは、各自一名だと釘を刺された。

 光界ほどじゃないけど、闇界も精霊の数が少なめらしい。闇の宗教が闇精霊を欲しがるからだと思う。


《では、眠られよ、出逢いは夢の中で》

 アタシとドロ様は眠りにつき、そして……




 夢の中にいるわけだ。


「あなたは、導き手さん?」

 お師匠様のそっくりさんは答えない。静かな眼差しで、アタシを見つめるだけだ。



 気がつくとお師匠様のそっくりさんは消えていて……アタシは一人で闇の中を歩いていた。


 ニコラと初めて会った、デュラフォア園の領主の館のように真っ暗。

 それでも、あそこには木の床を踏みしめる感覚があった。


 けれども、ここには何もないのだ。

 靴底が踏みしめているものが何なのかすらわからない。やわらかいのか、かたいのかすらも。


 自分の体まで、不確かに感じる。

 まっすぐに歩いているつもりだけれどもよれてる気がするし、平らな所を歩いてるんだか昇っているんだか下ってるんだかもわかんない。


 そして、闇の中から、アタシの仲間達が現れる。

 ぼうっと淡く光っている仲間が、声をかけてくる。


《あら〜 ジャンヌちゃん、お元気? 仲間探し、がんばってる?》

 女性とみまごうほどにお美しい獣使い様が、投げキッスをしてくれる。


《勇者様。あなたこそ、強く、賢く、正義感に満ち、道徳的で、悪を憎んで人を憎まない、美しくも頼もしい方です》

 いやいやいや! そんな頬染めて言われても、怖いだけよ! 裏があるんじゃないかとヒヤヒヤするわ、テオ!


《はっはっは、勇者様、いかがでしょう。『迷子くん』を脱いでみましたぞ》

 おお! フォーマルな格好のルネさん! ロボットアーマーの中身は、渋いおじ様ですものね。シックな大人の魅力あふれるというか、キュンもの……


《獰猛なモンスターに襲われていませんか? 俺の雇用主はあなたです。俺は勇者様をお守りします》

 うほ! アランが傭兵風の服を着てる。服を着るだけで、五割増しで素敵! いやん、もとがイケメンだから、普通に格好いい……


《服を着ろと……? わかりました。女王さまのお望みとあらば、いかなる屈辱とて甘受いたします……。素肌にセーター……ワタクシのやわ肌につきささる、チクチクとしたケバだった感触が、これ、また、なんとも……》

 夢の中から出て行け、変態! つーか、闇精霊はアタシが『快』と思う姿をとって出てくるんじゃなかったの? 不快よ、大不快! アタシ、変態は嫌なんだってば!



『夢の中でも、しっかり目を見開いてなよ、お嬢ちゃん』

 ハスキーボイスが心に甦る。

『魅惑的な姿のものに出逢った時、そいつらが何を望んでいるのか……どうしてお嬢ちゃんに媚びを売るのか、よく見て考えな』

 眠ろうと横になった時、隣のドロ様が囁いたんだっけ。

『お嬢ちゃんは、光の勇者。その光を快く思わぬものも居る。魔にとって闇は近しく、魔と交わることで闇は魔の(さが)に染まってゆく……。神聖を厭い、その堕落を願う精霊も居るってこった』

 本を読んで独学で精霊支配者の知識を手に入れただけ、そう言っていたけど、ドロ様の知識はいつも正しい。

『しかし、似ていても、根が違う。闇精霊は、穏やかな眠りを司り、死者への尊厳を抱くものだ。破壊しか能がねえ、魔とは違うよ。スカつかまねえにこしたことはないが……お嬢ちゃんならどんな奴とでも仲良くなれる……そんな気もするぜ』



 パパやベルナ・ママ、兄さまやクロード、仲間達の姿で、闇精霊はアタシを誘惑しているのだろう。

 本気でアタシに仕えたいのか、アタシを堕落させたいのかは、わかんない。


 だけど……


「真似っこは、よして。気分が悪いわ」

 アタシは闇に向かって叫んだ。

「どうがんばっても、コピーだもん。本物にはかなわないわ」

 闇の中に精霊が潜んでいるはず。見えないけど、構わない。言いたいことは、はっきりと伝えとこ。

 パパやベルナ・ママには、もう化けて欲しくない。

「アタシの知ってる誰かは、もうたくさん。あんたたち、闇精霊なんでしょ? 誇りがあるんなら、闇にふさわしい姿で現れれば? アタシをキュンキュンさせてやるぜって、気概ぐらい見せたらどう?」 



 そう叫んで後悔した。


 だって……


 囲まれてしまったのだ。


 たとえるのなら、それは黒い壁。

 大きさはさほどないのだけれども、足元だけではなく、宙にも浮かんでいて……


 闇の中に、数えきれぬほどのものが潜んでいる。


 アタシは、両手を握りしめた。


 無数の闇の眼が、アタシを見つめる。

 アタシだけを、見つめている。



 て、いうか……


 これは反則でしょ!


《クロクマー》


 闇の中のものが、いっせいにバンザイする。

 うひぃぃぃ!


 だ、だめだ、りせい、が、ほう、かい、する……


 ダークな、黒クマがぁぁぁ!

 山ほど!


 か、か、か、か、かぁわぁいぃ〜〜〜〜!


 胸がキュンキュンキュンキュン鳴った!

 鳴り響いてしまった!


 あああああ、そうなの! 黒クマなの! 森のクマさんシリーズで黒クマなのは、ピクさんだけなの!


 ピクさんは、真っ黒なのだ。もこもこの黒い毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、そして、丸いかわいい……クマ耳。

 頭がデカくて、二頭身!

 まさに、ぬいぐるみ! これぞ、ぬいぐるみ! ぬいぐるみ以外のなにものでもない!


 そんなピクさんが、四方に。


 右を見ても、左を見ても……前にも後ろにも……


 黒クマ、黒クマ、黒クマ……


 キャァァァァ――!


 かわいい! かわいい! かわいい!


 アタシの胸はキュンキュンキュンキュンしっぱなし!


 どうしよ、萌え死にしそう……


《連れでってー》


《おら、選んでー》


《『しもべ』に、してけろ》


 さ、さすが、精霊……。よその森から来たピクさんは、方言キャラなのよ。ちょびっと濁音が多いの。しっかり再現されている。

 こ、この可愛い、素朴なしゃべり方が何とも言えず……


《ジャンヌぅ。おらたちから、連れでぐ子、選ぶだ》


《しもべさ、選べ》


《おらにしろ。お得だっちゃ》


 うぅぅ……

 か、かわいい……


 どこ見ても、ピクさん……


 萌え……。


 ぎゅ〜〜っと抱きしめたい。

 ぜ〜んぶ、連れ帰りたい……


 できないけど。


《あなた方が伴えるものは一名……お忘れなきよう》

 闇の導き手の言葉が、頭に蘇る。しもべは、各自一名だと釘を刺されている。


 胸がきゅぅぅんと鳴った。


 て、いうか……

 きゅんきゅんしてるのに、仲間枠に入んない。

 ジョブ被り……?


 こん中に、アタシが伴侶にできるピクさんは居ないの?


 辺りを見回した。


 みんな、黒クマ。

 みんな、かわいい。

 みんな、アタシのしもべになりたがっている。


 だけど、よく見れば……

 みんなが同じってわけでもない。


 そう、よく見れば……。


 ピクさん達が、アタシに話しかける。

 ピクさんらしい、しゃべり、愛らしい姿で。

 だけど、何か……おかしい。

 ピクさんらしくない。


『魂が感じられないんだ』

 いつだったか、兄さまは言った。兄さまのもとへやって来たしもべ希望の子について。

『……実在感がないというか……その姿になってみただけというか……生きて、動く感じがしない……』


 そう言えば、アタシの炎の精霊も言った。

《精霊は、人間の記憶を読んで、その人間が喜びそうな格好になるのー そこまでは、ボクもいっしょ。だけど、ボクは、何がなんでも、ジョゼがよかったのー ジョゼに好かれるために、ピオさんになりきったのー 熱意があったのー そこが、あの子たちとのちがいー》

 バレリーナ・クマさんも言った。

《さっきの子たちは〜 ジョゼにもジャンヌにも魔王戦にも、興味なかったみたい〜 それが、ジョゼたちにも伝わってたの〜 ジョゼやジャンヌは〜 頭よくないから〜 リクツじゃなくって、心でわかっちゃうの〜 獣といっしょ〜》


 アタシに興味のなさそうな子は、やっぱ、もの足りない。


 ピクさんたちを見渡した。


 何十? ううん、何百とピクさんは居る。

 全ての目がアタシを見ている。

 選んで〜! と、積極的に話しかけてくる子も少なくない。


 ざ〜っと辺りを見回してから、気になる子を探してみる。


 水界でもやった。

 あの時は、ラルムの為だった。

 百体以上の精霊の中から、カガミ マサタカ先輩が選んだだろう二十体を探したんだ。

 気になった精霊()達は、必死さを漂わせている子だった。しもべになれなきゃ死ぬ! みたいな。


 このまえと違っておしゃべりもできる。だから、気になった子と、一体一体とお話してみた。


 アタシが気になったのは……

 まずは、歪んで見える子。

 おっかなく見えるピクさんが、けっこう多い。

 表情のないぬいぐるみだから、そんな感じがするってだけ。

 でも、顔に陰が差してて、悪役っぽい。よその森から来た素朴なピクさんが、実は腹黒。陰で悪事を働いている……おお! 新しいわ、その設定!

 あの森でやれる悪事って、赤ちゃんのミルクを飲んじゃうとか? お塩とお砂糖を入れ替えるとか? そんぐらいだけど。

 悪役っぽいクマさんたちの前で、プッとふきだしてしまった。

 話かけると、お返事もいろいろ。アタシの心を読んで新キャラ悪のピクさんになりきる子、素朴なピクさんのままの子、素の口調で返事をする子。


 次に気になったのは、悲しそうな子。

 端っこでひっそりと小さくなってるピクさんが居たのだ。

 何処か寂しそう。


「こんにちは」

 その子の前へ行き、挨拶をした。


《おばんです……》

 体を硬くしながら、そのピクさんが答える。

「おばん?」

《闇界は、いっづも、夜だがら》

 あ、そっか『こんにちは』じゃなく、『お晩です』なのか。アタシは言い直した。

「こんばんは」

 ピクさんが大きな頭で、ペコンとする。


……かわいい。


 目が、ちょっと潤んでいる。

 濡れた瞳でアタシをジーッと見つめている……


 ピクさん達は、み〜んな、アタシに注目している。

 だけど、この子は……何というか……他の子と違う。


 水界でアタシが選んだ子たちに似ているような……


 聞いてみた。

「その格好……ううん、『ピクさん』好き?」って。

《好ぎ》

「アタシもよ」

《こん格好なら、ずっとでもいい。気に入っだ。だがら、おら、連れでってけろ》

 そう言いながら、ピクさんがもじもじする。

《おら、ちっちぇけど。そんで良がったら……》


「ちっちゃい?」

 他の子と同じ大きさだけど?

《生まれでがら、あんま経っでねえ》

 ああ……

「精霊としての格が低いってこと?」

 ピクさんが、小さく頷く。


《だども、おら……他の精霊支配者さんは怖ぐって……暗黒神官さんとかネクロマンサーさんとか、頭ん中、おっとろしいことばっかで……ぶち殺すだ、ぶち壊すだ……んなごとしか考えねえ人、主人にすんの、怖え》

「……そうね。アタシが精霊でも、嫌だわ。そんな人達に仕えるの」

《わがっでぐれる?》

 パァーッとピクさんの顔が明るくなった……ような気がする。

《ジャンヌなら、わがっでぐれるっで思っだ。心ん中、あっだけぇから。お日さまとか、春とか、そーいうの、おら、知らねえけど、見だごとねーけど、ジャンヌの頭ん中は、きっど、春だ》

 頭の中が春……嬉しい表現じゃないけど……明るいって言ってくれてるのよね。ま、いっか。

 えへへと、ピクさんが笑う。

《おら、優しい人のもんになりでぇ》

 ピクさんがアタシを見つめる。

 期待のこもったような、それでいて何処か傷ついたような、不安そうな顔……のような気がする。

《おらが、しもべになりでぇと思っだのは、ジャンヌが初めてだ。ジャンヌがいい。ジャンヌじゃなきゃ、やだ。おら、弱ぇけど、何でもする。何でもやるよ。だがら……連れでってけろ》


 既視感は覚えた。 

《……愚かしい事は重々承知しています。しかし、私はずっと、あの日のあの方を忘れられない……水界を訪れる精霊支配者を、何千万と見てきました。けれども、駄目なのです。従いたいと思える方は一人も居なかった……私の心は今もあの方に囚われたままなのです》

 水の精霊の声は、とても寂しそうだった。


 アタシが連れてってあげなきゃ、この子は……ラルムみたいになっちゃう。ずっと千年以上も一人ぼっちになってしまうかも……



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十一〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 あれ?

 仲間入り?

 さっきはキュンキュンしても、伴侶枠に入らなかったのに。


 アタシは目の前のピクさんを見つめた。

 不特定多数の群れにキュンキュンじゃなくって、この子! って決めたからかな。


 何にせよ……


 アタシは、ピクさんに手を差し出した。

「よろしくね、ピクさん。アタシの仲間兼しもべは、あなたに決定。あなたを連れていくわ」






「おはよう、ジャンヌ」

 兄さまの笑顔が、にじんで見える。

 天井が黒い。全てが黒く染まった、闇の神殿にいるんだ。


 ぼんやりと思いだす。

 夢を見ていたんだ、と。


 眠りについたアタシとドロ様。

 その護衛役は、兄さまとアタシの精霊達。

 炎のピオさん、水のラルム、風のヴァン、土のソル、氷のピロさん、雷のレイ。光のルーチェさんも呼ぶことは呼んだんだけど、導き手の職務中だって召喚を断られた。


 そして、アタシのすぐ近くには、真っ黒なぬいぐまが居る。もじもじと、居心地が悪そうに座っている。


《その闇精霊をしもべになさるのですか?》

 水の精霊が、首を傾げる。

《ずいぶんと卑小な。……これでは、働きが期待できない。あなたのしもべとして、不適当です。まだ期限まで一日の猶予がありますし、しもべ選びを再考なさってはいかがです?》


 ガーン! と、ピクさんがのけぞる。


 ラルム……ほんと、あんたってば空気が読めない。

 アタシが何でこの子に決めたか、わかってるでしょ?

 あんたとのことも、選んだ理由の一つよ。置いてかれる寂しさは知ってるでしょ?

 アタシの心が読めるのに、どーしてそういう発言ができるのか……


《むろん、読めますよ。下等な存在の思考など、お見通しです。だから、お伝えしているのです。あなたは、自分よりも優等な精霊に同情できる……変人といいますか……》

 なんですとぉ?

 さすがに失言だとわかったのか、ラルムは口元に手をあてた。

《訂正します。とても……優しい方です。けれども、同情からの選定は、あなたの首を絞めます。そんな闇精霊を仲間にしたのも腹立たしい……魔王に100万以上のダメージを出せるものをお探しなのでしょう? あなたに魔王戦で死なれては困る。私が仕えるべき方が居なくなってしまう。それを仲間から外せないのでしたら、せめてしもべだけでも優秀なものを》


「うるさい、ラルム」

 アタシは起き上り、闇の精霊をハグした。

「アタシの闇精霊はこの子。そう決めたの。変更する気はないわ」


《しかし、》

 更に何か言いたそうな水精霊を、ビシッ! と指さしてやった。

「三十九代目勇者の後輩が、『勇者』なりに考えて選んだ精霊よ。文句は言わせない。生まれたばっかなら、たいした力もないのも当然よ。この子を、先輩として導いてやって。この子がちょっとでも強くなれば、アタシの生存確率もちょっと高まるんじゃないの?」

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