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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
52/236

◆QnQnハニー/愛の劇場◆

 ミートパイは、美味しく焼けた。

 イチゴのケーキは、スポンジがちょっと失敗。六十点ってところ。でも、お父さまの大好物のイチゴを丸ごとゴロゴロ入れたんだもん、きっと喜んでくれる。

 羊肉と春野菜、カゴいっぱいのベリー、ハムとソーセージ、瓶詰めの漬物を、『えんやこらや君』に持たせる。

 荷物持ちロボを連れ、メイドのルーといっしょに、馬車に乗ってお父さまのお(うち)に向かった。



『はっはっは! アネモーネ、ほ〜ら、たかい、たか〜い!』

 お父さまはわたしを抱き上げ、抱きしめ、よく持ち上げてくれた。


 優しくて、ハンサムで、お髭がステキなお父さま。

『アネモーネのパパが一番カッコイイ』って、お友だちはみんな言った。


 お父さまは、よそのおじさんとは全然違った。

 すらっとしていて、お洒落。

 ハゲてないし、おなかも出てない。お酒を飲んで、デロデロに酔っ払ったりもしない。

 お休みの日には、いっしょうけんめい何かを作っていた。

 面白いオモチャや、とっても便利な道具。

 みんなの幸せのために、お父さまは発明をしていた。


『はっはっは。愛しているぞ、アネモーネ。おまえが私の最高傑作だ』


『たかい、たかい』が大好きなわたしの為に、お父さまは『もっと たかいたかい君』を作ってくれた。

『もっと たかいたかい君』は、わたしを空中にポンポンと放り投げる、とても楽しい発明品だったのに……


 いつの間にか無くなっていた。


 他の発明品みたいに、きっとお母さまやおじいさまが捨ててしまったのだ。


 発明が大好きなお父さまと、お母さまはいつもケンカをしていた。

 そのケンカには、そのうちおじいさままで加わるようになって……


 ある朝、目覚めたら、わたしはおじいさまのお(うち)の子になっていた。

 お父さまのお(うち)には、もう帰ってはダメだとお母さまもおじいさまも怖い顔で言った。


 幼かったわたしの知らない所で、両親は離婚してしまったのだ。


 だけど……


 放っておけなかった……


 発明に夢中になると、お父さまは大事なことをみんな忘れてしまう。

 お商売どころか、食べることも寝ることすらも。


 一人暮らしじゃ、きっとすぐに死んでしまう。


 心配で心配でたまらなかったので、聖教会の神父さまにご相談した。

 小さなわたしが心を痛めていると、神父さまがおじいさまたちを説得してくださって……

 二カ月に一回だけだけど、お父さまに会っていい事になった。


 それからずっと、二カ月に一回、お父さまに会いに行っている。


 お父様は宝石商をやめて、発明家になった。

 毎日、毎日、素晴らしい発明品を作っている。

 でも、さっぱり売れなくて……

 年々、貧乏になっている。


 使用人を雇う余裕もなくなり、お(うち)は昔の面影もないほど汚れてしまった。


 幽霊屋敷と近所から呼ばれるようになり、小学生の度胸試しの場に使われてると聞いた時は驚いたけど……

 そうなったらなったで、お父さまは子供たちを追い払うセキュリティシステムを考案していた。

 侵入者を感知すると、まず警報機が鳴る。

 屋敷中に、不気味な笑い声やら、おどろおどろしい音楽が流れる。

 それでもひるまない子には、トラップが発動。曲がり角や扉からお化けが飛び出し、天井から生首や水や金だらいを落ちてくる。

 でもって、動く鎧&ガイコツ・ロボが屋敷の中を巡回し、子供達を追いたてて屋外に追い出すという……


 貧乏になってもメゲず、どんな事でも楽しんでしまう。


 お父さまは、本当に素敵。


 なのに、昨年から不格好なロボットアーマーを日常的に装着するようになってしまった。

 とてもがっかりだけど、わたしと二人っきりの時には脱いでくれるから、ガマンする事にした。

 スポンサーを獲得する為の宣伝だもの。お金持ちを捉まえるまでの、辛抱よ。


 スポンサーがつくまでは、わたしがお父さまを助けてあげなきゃ。


 今日は、子羊のナヴァランと野菜のココットを作ってあげる。

 お小遣いで、日持ちするソーセジやハムもいっぱい買ったわ。瓶詰めの野菜も。

 お父さまがお腹がすかせて倒れないように、支えてあげるの。


 わたしが、お父さまの最初の後援者なんですもの。


 それに……

 もうすぐわたしの誕生日。

 

 きっと何か準備して、待っていてくれてるわ。


『えんやこらや君』は、去年のプレゼントだ。

 頭に大カゴ、胴体の半分はトランク。いっぱい荷物を運べるロボットだ。

 お母さまは『えんやこらや君』を見て、図々しいって怒ったけど。『今まで以上に食料を持って来いって要求しているのよ、あの男は』って。

 そうじゃないのに。

 お父さまのお家へわたしがいつも荷物を抱えてゆくから……

 わたしがいつもたいへんそうだったから、少しでも楽になるようにって……それだけしか考えてなかったはず。


 お父さまは、とても優しい。


 今年は何を作ってくれたのかな。


 楽しみ。



* * * * * *



 だったのだけれども……


「どうしたの、これ?」

 思わず叫んでしまった。


 門前から見てもわかるわ。

 中は、普通に綺麗。

 これでもか! ってばかりに生えていた雑草が刈り取られている。

 これでは、お庭で子供達がかくれんぼできないわ! 忍者ごっこも! 遭難ごっこも!

 庭木はきっちりと剪定されていて、来客馬車の駐車スペースも確保されているし……

 幽霊屋敷が、普通の家みたいになってる……


 こんな家じゃ、子供達も忍びこもうと思わないわよね。


 まさか、まさか、まさか……


 もしかして……


「お父さま、引っ越してしまったの?」

 ついに夜逃げ?

 屋敷は人手に渡った???


「ご指定の番地はこちらですよ」

 御者台から、男が聞いてくる。今日の来訪の為に、馬車と一緒におじいさまが借りた御者だ。

「六時間後にこちらにお迎えにあがる予定でしたが、どうします? このまま帰りますか?」


「表札は前のままですけど……」

 メイドのルーが、門前から困ったようにわたしを見上げる。


「……少しだけ待っていてもらえます?」

 御者にそう頼んでから、

「『えんやこらや君』、わたしの後方に追従。指示があるまで、距離30を保て」

「ラジャー」

 荷物運びロボを従えて、馬車より降りた。


 わたしの胸までの高さのロボットが、足音を響かせ後からついて来る。

「『えんやこらや君』、ひきつづきケーキ水平を最優先に。ケーキ収納段を撹拌しないよう、注意して」

「ラジャー」


 ルーに門を開けてもらう。

 錆だらけで重かったはずなのに……門はスムーズに、あっさりと開いてしまって……


 おかしい……


 ルーと二人でキョロキョロと辺りを見回しながら、お屋敷の玄関へと進んだ。


 玄関前は綺麗に掃除されていて、扉までピカピカに磨き抜かれていて……


「……お嬢さま、おかしくありませんか?」

 うん……


 ドキドキしながら、玄関のドアノッカーを叩いた。

『お客様、お客様♪』とドアノッカーが歌い出す。

 この仕掛けは、いつも通り……


 扉はきしむことなく、スムーズに開き、

「はぁい♪ おっかえりなさーい、ダーリン♪」

 中から出て来た人に抱きつかれてしまった。


 花のような甘い香りが、わたしを包み込む……


「あ」

 抱きついていた人が、ちょっとだけわたしから離れる。

「あら、やだ……ごめんなさい」


 ドキンとした。

 とっても綺麗な女性(ヒト)……


 澄みきったグレーの瞳。まつげも長い……

 形のいい眉、すっきりとした鼻、ふっくらとした赤い唇……

 すっごい美人……


「ダーリンかと思ったのよ。もうそろそろ帰ってくる時間だから、間違えちゃった。許してね」

 ウィンクされ、全身がカーッと熱くなった。

 やだ……なんで?

 わたし、女の人にときめいている?


「そーよねえ。あいつなら、通用口を使うわよね。早く顔を見たくって、つい」


『あいつ』……


 女の人がペロッと舌を出す。

 赤い舌も唇も……妖しいぐらいに色っぽくって……

 赤みの少ないさらさらのブロンドを総髪(ポニーテル)に結いあげ、ピンクのエプロンをつけている。裾に広がるやわらかなレース……

 絹製だ。

 いかにも、ファッションのエプロン。

 こんなヒラヒラなレースエプロンじゃ、まともに家事なんか出来ない。

 すぐに汚れて、エプロンが駄目になっちゃう。


……雇われメイドさんなわけがない……


 女の人が、うふふと笑う。

「で? お嬢ちゃんとお付きのメイドさん。それから、そこのロボットちゃん。どういったご用件かしら? 発明家ルネのお(うち)に何のご用?」


 発明家ルネのお(うち)……

 女の人の口から漏れた言葉に、頭の中が真っ白となる。


「あ、あ……あな……」

『あなたは誰?』

 って聞きたいのに、言葉がでてこない。

『どうして、お父さまの家で、そんな格好をしてるの?』


『もしかして、あなたは』


『お父さまの』


 恋人……?


 愛人……?


 それとも……妻?


 幽霊屋敷を綺麗にしたのは、あなた?

 ううん、あなたのお金?


……お父さまは、お金持ちの美女を家に連れ込んだの?


「お、お嬢さま」

 ルーがわたしを揺さぶる。


 お父さまとお母さまが離婚してから十一年……


 十一年も経ってしまったのだ……


 お父さまには、お父さまの人生がある。


 新しい家族が欲しくなったって、おかしくない。


 頭ではわかっていた。


 わかってはいた……


 だけど、だけど、だけど!


 信じられない!

 わたしより大事な(ヒト)をつくっちゃうなんて!


 見損なったわ、お父さま!


「そのロボちゃんはルネの作品でしょ? メンテ? それとも、新商品が欲しいのかしら? どっちにしろ、今は駄目だわ。ごめんなさいね、今、ルネはね、情熱を傾けてることがあるから、他のことをする余裕がないのよ」

 うふふと、女の人が笑う。

「出直してきてくださる?」


 サーッと血が下がった。


「わたし……アネモーネです」

 女の人が、ふーんって顔でアタシを見る。

「アネモーネちゃんね。覚えておくわ。あなたが来たって、ルネには伝えておいてあ・げ・る」


……わたしのこと、知らないの?


 娘がいることを……

 この(ヒト)に話していないの?

 話してもくれなかったの?


 ひどい……


 ひどいわ、お父さま……


「ちょっ! どーしたの、お嬢ちゃん? いきなり?」


「……帰ります」

 目元をぬぐい、声を張り上げた。


「『えんやこらや君』待機!」

「ラジャー」

 わたしの命令に、荷物運びロボが従う。

「その子は返品します! その子が、今持ってるモノはぜんぶ、あげます! だから、もう、」

 女の人をキッ! と睨みつけた。

「二度と発明品をわたしに押しつけないで! 顔も見たくないって、伝えておいてください!」



 お父さまのバカァァァ!



* * * * * *



 エキセントリックな少女を乗せて、馬車は走り去って行った。


 玄関前には、返品されたロボットが座っている。

 持ち主から『待機』を命じられたので、次の指示があるまで梃子でも動かないはず。

 頭の上に、籠いっぱいのベリーの山を載せているのに。

 どうしたものかと思っていると……


……支配する生き物の気配を感じた。

 そして、共に居る輝く魂も。


 徐々に接近してくる。


 空を見上げる。


 天から舞い降りる翼あるもの。

 鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つもの。

 双子のグリフォン、グリとグラ。

 残酷で獰猛で傲慢で……そして、あたしの支配をうち破る日を夢見ている……愚かで可愛い仔たちだ。


 グリの背に乗っているのは……

 この世界のあらゆる生き物よりも美しい(もの)……

 誰よりもまぶしく輝く(もの)……


「ダーリン、おかえりなさ〜い♪」


 地に降り立ったグリフォンの背から、あきれたと言わんばかりの声がかかる。


「……ばか」

 うふふ。そー言ってくれると思ってた♪

 今日は新妻になりきって、『スイートハート』じゃなく『ダーリン』って呼んじゃう♪


「どう? 似合う?」

 くるっと回転して、エプロンのピンクのレースをふわりとさせた。


「……じいちゃんは?」

 あん。

 せっかく新婚さんスタイルで待ってたのに、ガン無視?

 つれないんだから……。

 ま、そこもいいんだけど。


「朝食の後、ちゃんと煎じ薬は召し上がってたわ」

「……うん」

 グリの背から降りたエドモンが、グラの背に縛って載せてた荷物を下ろし始める。

 手伝いながら、彼が聞きたがっていることを教えてあげた。

「おじいさまは、あたしの前じゃあいかわらずよ。ぜんぜん痛がるそぶりを見せないわ。だけど、お一人の時は……」

 この家のネズミを使役して探らせた。個室では、おじいさまは、時々、右腕をおさえ、声を殺して蹲っている。昨晩も熟睡できず、何度か夜中に目を覚ましていた。


「痛みに強弱の波があるみたいね。相当痛い時と、それほどでもない時と」

「……ああ。前もそうだった。見た」

「前?」

「……十二年前」

 ぼそぼそっとエドモンが言う。

「……百代目魔王がいた時……」


 九十八代目魔王から石化の呪いを受けた、おじいさま。

 右肘から先は、石となって砕け……

 肘から上――二の腕や肩は無事だったものの……

 九十九代目、百代目の魔王が現れた時、石化をまぬがれたはずの二の腕が痛みだし……

 徐々に……

 蛇が這い上がるかのように……

 石化が広がっているのだ。

 石化のスピードは、緩慢ではあるものの……

「じきに、肩よね」


「……右腕全部を切り落として、義手にすげ替えるしかないだろう……じいちゃんの言う通り」

 ふぅとエドモンが溜息を漏らす。

 彼が気落ちすると、あたしの胸も痛くなる。きゅぅぅと、しめつけられるかのように。


 薬草を摘みに行っていたエドモン。

 薬草では、呪いの進行は止められない。そうとわかっていても、おじいさまの為に何かしてあげたい一心で……。

『……せめて、痛み止めを』なんて、けなげなことを言って……。


 おじいさまが好きで好きで、心配でたまらないのよね……。


 エドモンの感情が、伝わってくる……。


「……ああ、すまん。だいじょうぶだ」

 エドモンが、グリフォンのグリとグラを撫でる。二頭は頭を下げ、エドモンに嘴をやたらとこすりつけている。慰めようとして……。

……まったく、こいつらは……


 建物の中のネズミ、庭木にとまる小鳥、塀の外の犬猫……

 あたしを恐れて近づいてはこないけど、遠巻きにこちらの様子をうかがっている。

 エドモンが鷹揚だから。

『来るな』と彼に言われても、隙あらば近づこうとする。優しい彼なら許してくれるはずだ、と。

 図々しく……。


 どいつも、こいつも……


 威嚇し、増長している獣どもに教えてやった。

 エドモンが誰のものか。


……小さいものどもは、怯えて逃げてゆく。

 グリフォンたちも甘える仕草をやめた。不承不承ではあるけれども。


 鼻で笑ってやった。

 睨んないで、悔しかったら強くなんなさい。

 頂点(トップ)に立つものだけが、好きにパートナーを選べるのよ。


 あたしの男に、気安く触るんじゃないわよ。


「……ピリピリするな、ばか」

 薬箱やら束ねた草やらを、あたしに渡しながらエドモンが息を吐く。

「……獣たち(みんな)、おびえているぞ」

……怯えさせてるのよ。



「ねえ、エドモン。おじいさまのこと、いつまで内緒にしとく気?」

 通用口へと薬草を運びながら聞いた。

「せめて学者さんには相談しない?」

 おじいさまの右手の事を知っているのは、あたしたち以外だと、義手作りを引き受けたルネだけだ。クライアントの個人情報は守ると、呪いのことを口外しないでいてくれてるけど。

「お貴族さまなら、良い魔法医を知ってるかも」


「……魔法医じゃ、治せない」

 並んで歩くエドモンが、重々しく言う。

「……僧侶の魔法も、ダメだった……らしい。昔、九十八代目の仲間たちが……治療してくれたが……効果が無かったって」

「でも、おじいさまにもしものことがあったら」


「……じいちゃんが望んでない」

 立ち止り、エドモンがアタシを見上げる。

「……話したところで、百一代目の彼女に心配をかけるだけだと……じいちゃんは思ってる。治癒方法が無いんだし……。腕をすげかえれば……治るかもしれない。だから、良いんだ……じいちゃんの好きにさせる」

 下唇をつきだした、不機嫌顔……。


 ほんと、もう……馬鹿ね。

 心配でしょうがないくせに。

 強がっちゃって……。

 

 そんな顔されたら……あたし……

 ぞくぞくしちゃうわ。


「ジャンヌちゃんには内緒で、相談にのってもらえばいいーんじゃなぁい?」

 エドモンがますます下唇をつきだす。

 学者さんが、信頼に足る人物かわからない……その顔はそう言っている。

「じゃあ、アレックスは?」

 エドモンの表情に変化はなし。だけど、構わず言葉を続けた。

「あいつの占いは本物よ。あたしが、獣使い屋の花形スターになれたのは……まあ、五分の一ぐらい、あいつのおかげだもの」

 エドモンへと囁きかけた。

「呪いの進行は内緒にして、相談をもちかけてみて。あなたが口にしなくても、絶対、あいつ、おじいさまがたいへんな状態だって見抜くから」

 何か言いたそうにエドモンが口を開く。でも、彼が何かを言うよりも前に言葉を続けた。

「もちろん、あたしは誰にもおじいさまのことはしゃべらないわよ。ジャンヌちゃんにも、賢者さまにも、学者さんにも、アレックスにも、ね。あなたやおじいさまが嫌がることは、絶対にしない。あなたへの愛に懸けて誓うわ」


「………」

 エドモンがジーッとあたしを見つめる。

 無粋な前髪に隠れてしまっている両目。

 あの綺麗な瞳は、今、あたしだけを見つめている。

 あたしだけを映している……そう思うと、身が震えるほどの幸福感が訪れる……


「……うん、まあ……」

 言いたいことは、たぶん、いっぱいあるのだと思う。

 けれども、彼は言うべき言葉を選択していって、熟慮の末にシンプルな言葉を選択するのだ。

「……すまない」


 ほら、ね。


 ほんと……可愛い。



 その時。


 ガッションガッション、ドスン、ドォン!


 派手な騒音がどんどん大きくなってくる……


「……出かけてたのか」

 エドモンのつぶやきに、

「発明仲間の所に行くって、出かけたのよ。よくわからないけど、技術的な問題の相談みたい」



 やがて玄関から、騒音に負けない悲鳴が響いてきた。



「あああああ! しまった、第二週末か! アネモーネとの面会日だった! すっかり忘れていた!」

 玄関に座るロボットを、足が生えたチェスト――もといロボットアーマーが揺さぶっている。

「『えんやこらや君』、アネモーネは何処だ? おまえの主人は何処へ行った?」

「ヤメテ クダサイ。けーき スイヘイヲ サイユウセン シテマス。けーき シュウノウ ダンガ カクハン サレマス。ユラサナイデ。ユラサナイデ」


「ダークブルネットの髪の女の子? 泣いて帰ったわよ」

「どっ、どれぐらい、前に?」

 ん〜

「そんな前じゃないわ」

 ルネが揺さぶっていたロボをゆびさした。

「その子は返品ですって。二度と発明品を押しつけないで、顔も見たくないって、言ってたわ」


「うわぁぁぁ!」

 叫び声をあげ、発明家は走り出した。

「すまん、アネモーネ! 忘れていたわけではない! いやいやいや、忘れていたけれども! そうではなく! 魔王戦で大活躍し、『もと勇者の仲間』というブランドをゲット、ルネ工房が大繁盛したら今度こそ、おまえ達を迎えに行こうと!」


 ガッション、ガッションガッション、ガッション……


 騒々しい足音は遠のいて行ってしまった。


 あたしの背後から溜息が聞こえた。

「……薬をつくる。おまえは、じいちゃんに湿布を」

「はぁい」

「……そのあと、昼食を、頼む」

「はぁい、あたしの愛の手料理を」

「……いや、昨日の作りおきを……あたためるだけだから……」

「ん〜 じゃ、食後にお掃除でも」

「……やめろ。おれが、掃除する箇所が増える」

「じゃ、お洗濯」

「……昼過ぎから、洗濯? いや……服が雑巾になるだけだ、と思う。……やめてくれ」


「んもう。せっかく、若奥様気分なのに〜」

 フリルレースを、思い切りフリフリしてみせた。


 エドモンが特大の溜息をつく。

「……脱げ、そのふざけたエプロン」

「脱げ? あら〜 エプロンだけ? それとも……全部? あなたが望むのなら、あたし、どんなことでもしてあ・げ・る」


「………」

 ムスッと下唇をつきだしたエドモンが、ジーッとあたしを見つめる。

 前髪に隠れて両目はまったく見えない。

 目線がわからない。

 でも、彼の心は手にとるようにわかる。


「……ばか」

 シンプルにそれだけ言うと、アタシに背を向けて家の中に入ってしまう。


 言いたいことは、いっぱいあるでしょうに。


 ほんと……可愛い。

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