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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
51/236

その者七色の衣を纏いて光の神殿に降り立つべし。

《導き手のルーチェです。本日は、女勇者ジャンヌさんご一行の出逢いを担当させていただきます。どうぞよろしく》

 美少女が優雅にお辞儀をする。

 光の精霊の変化だ。ブロンドの長い髪、透きとおる白い肌、やや目尻の下がった可愛らしい緑の瞳、可憐な赤い唇。素直そうな愛らしい顔だちだ。

 いかにも光の精霊、ううん、天使みたい。真っ白なロングドレスがよく似合っている。


 ここは、導き手の結界の中。

 二脚のソファー、間に長テーブル……応接室みたいな造りだ。


 周囲は光の壁。まぶしくって、結界外は全く見えない。


《どうぞお座りください》

 アタシ、ドロ様、兄さま、クロードの順に座るよう促され、光の精霊と向かい合って着席した。


《最初に、ご注意を。この空間からの退去、戦闘及び精霊の呼び出しを禁止します。違反した場合は、権利を放棄したものとみなし、以後の精霊紹介を停止いたします》

 げ!

 厳しい!

「あの、でも……」

《生理現象は例外です。おトイレの時は外に出ていいですよ》

……ちょっとだけ、安心した。


《精霊支配者様のご希望に添って、精霊をお引き合わせします。しかし、私どもとあなた方では感性が異なりますので、イメージの齟齬が生じる可能性もございます。あらかじめご了承ください》

 あらま。

 でも、アタシの希望は『魔王に100万以上のダメージを与えられる方』。

 ドロ様は『いい女』、兄さまやクロードは『自分と共に戦ってくれる精霊』。

 イメージの齟齬なんて、なさそうだけど。


《ご紹介できる精霊は五体。チェンジは四回まで。その回数を過ぎましたら、ご縁が無かったということで、光精霊の獲得はお諦めください》

 精霊ゲットのチャンスは五回……おっけぇ。


《つづきまして、グループ見合いについてご説明します》

 グループ見合い?

 光精霊が、にっこりと微笑む。

 笑うとできる、えくぼが可愛い。

《あなた方より千七百三十五回前まで、対面システムが異なっておりました。お一人様ごとに対面の場をもうけ、精霊を一体づつご紹介していたのです。けれども、あまりにも待ち時間が長すぎると、ご苦情をいただきまして……現行に変更いたしました》

 へー


《女勇者ジャンヌさんご一行は四人。ですので、一度に四体の精霊をお引き合わせいたします》

 え?

「いっぺんに四人?」

《それぞれが、PTメンバーのご希望にそった精霊です。が、四体のうちのどの精霊と契約交渉をなさろうとも、ご自由です》

 えぇ?

「んじゃ、アタシが兄さま目当ての精霊と契約交渉してもいいってこと?」

 光精霊さんが頷く。

《契約交渉は、ご登録優先順に行われます。毎回、ジャンヌさん、アレッサンドロさん、ジョゼフさん、クロードさんの順です。なので、ジョゼフさんのしもべ希望の方でも、ジャンヌさんが先に交渉できます》

 おおお!

「て、ことは……四人×五回分……二十体の精霊とお見合いできるってこと?」

 しかも、アタシ優先で!

《数字上はそうですね》 

 おおお! お得! お得! それはお得!

《光精霊との契約は、お一人さま一体。PTメンバー全員の契約が成立するか五回の対面が終了するまでの間、私がご案内いたします》

 おっけぇ!


《ご質問はございますか?》


 ドロ様が手をあげる。

「毎回、四体と引き合わせてもらえるのかい? たとえば……勇者さまが一回目でしもべを手に入れたら、次回以降は……」

《三体とのお引き合わせとなります。契約成立なさった方のしもべ候補を、以降の回でご紹介する必要はありませんでしょう?》

 光の精霊が、可愛らしく微笑む。


 ドロ様が無精髭を撫でながら、フフッと笑う。

「俺の記憶が正しきゃ……いや、本で読んだんだが、以前は契約交渉は十二回できたよな?」

《はい。一対一の対面システムの時はそうでした》

「俺らは四人で来てるからいいが、一人で光界に来た奴は出逢いのチャンスは五回だ。ずいぶん減ったもんだ」

《ですが、八人PTなら八人×五回分で四十回も出逢いのチャンスがあるのですよ。現行システムの方がお得でしょう?》

「数字上は、な」

《ええ。数字上は、です》

 ドロ様と美少女が、笑顔で見つめ合う。


「……気に入ったよ。あんた、いい女だな」

《ありがとうございます》

「それに……俺には視える。あんたの星は……あでやかに輝き……俺達と共にある……。俺の精霊にならないかい? 絶対、退屈だけはさせねえ……大事にするぜ」


 うは!


 黒いドレッドヘアーに、褐色の肌。

 ワイルドなドロ様が色っぽい眼で、光の美少女を見つめている……

 フェロモンだだもれっていうか……

 すっごい眼力!

 キュンキュンしちゃう!


《お誘いありがとうございます》

 美少女精霊が、にっこりと微笑む。

《ですが、お断りいたします。私は導き手、光界全体の利益に奉仕する存在です。しもべとなって、外界に赴くわけにはいきません》


 アタシ達の前のテーブル。その天板に表が浮かび上がる。

 表の一番上の列に、アタシ、ドロ様、兄さま、クロードの顔の絵が並び、その下に五列の空欄がダーッと続く。

 と、思ったら、一列目のドロ様の顔のすぐ下にこの光の精霊さんの顔が現れ、『×(バツ)印』がつけられて……


《五回の紹介権の一回を私で消費。アレッサンドロさんにご紹介できる精霊は四体となりました。ご注意ください》


「おいおい。さっきのでカウントか」

 おどけた顔をつくり、お手上げだって感じにドロ様は両手を大きく広げた。

「ますます気に入ったよ。あんた、本当にいい女だ……」


《ありがとうございます。ですが、私を口説くと、無意味に紹介権を失いますよ》

 悪戯っぽく笑い、光の精霊は席を立ち、テーブルの横へ移動。アタシのすぐ側に立った。

《これからみなさまの前に、ご希望に沿った精霊が出現します。一対面の時間は、あなた方の世界の約二十分です。どうぞ、ご歓談ください》



 炎の精霊といえば炎、水精霊といえば水……

 精霊のイメージって、はっきりしている。


 光の精霊といえば、ずばり神聖!

 浄化の光、正義、清廉、慈悲、愛、穢れの無い白……。

 或いは、可愛くって、無邪気。いとけなさ、無垢、いたわり……。

 よーするに、神様とか天使のイメージ。


 でも、いろんな人間が居るみたいに、精霊にもいろんなタイプの子がいて当たり前。


 ほんの一時間の間に、アタシは悟った。


……………。


 いや、だけど!


 ふつー 思わないわよ!


 光の精霊の紹介よ?


《……こ、これが精一杯。……魔王に100万ダメージ? ……できますよ、一千年ほどお時間をいただければ……》とか言う、光は光でも紫外線しか制御できない精霊とか、

《全開バリバリだぜー!》が口癖の、光速に魅せられたスピード強とか、

《アベシグバォゲェグァエヴグェ……》……翻訳機能が働いているのに会話すら成り立たない、壊れちゃった奴とか、

《うひゃははは! 神聖魔法? 古い! 古い! 時代の最先端は悪霊! 俺は邪悪な死人使いを目指す!》のような、イッちゃってる奴とか……


 ンなのしか紹介されないとは!


 しかも!

 使いまわすし!

 一回目の対面で、アタシが紹介されたのは紫外線、ドロ様はバリバリ、兄さまは壊れたの、クロードは死人使い。

 二回目の対面で、アタシが紹介されたのは死人使い、ドロ様は紫外線、兄さまはバリバリ、クロードは壊れたの……

 んでもって、三回目も……横にスライドしただけ!

 変身して、外見は変えてたけど! 話しゃ、一発で同じ奴だってわかるわよ!


 四人×五回分……二十体の精霊とお見合いできるんじゃなかったの!

 同じ奴の使いまわしだから、三回の対面で四体にしか会ってないわよ!


 サギよ!


 サギだわッ!


《失礼なことを思考なさらないでください》

 案内役の光の美少女が、ニコニコと微笑んでいる。

《嘘は言ってませんよ。『数字上は二十体に逢える』、そうお伝えしたはずです》

……く。


《半ばを過ぎましたので、ここで休憩とします》


 アタシは、ぐったりとソファーに身を預けた。

 兄さまは立ちあがって大きく伸びをして、クロードは『あはは』って感じにへらへら笑っている……

 

 三回の対面が終了。

 キュンキュンは訪れず。

 精霊との契約交渉が成立した者もゼロだ。


 テーブルの天板の上の表。

 アタシ、ドロ様、兄さま、クロードの順に並んだ顔絵の下は、三列目まで×印が続いていた……ドロ様は四列目までだけど。


 精霊との出逢いのチャンスはアタシ達はあと二回、ドロ様はたったの一回だ。


《みなさまにご提案がございます》

 とってもにこやかな顔で、案内役の美少女が言う。


《グループ見合いの利点を生かしてくださるのでしたら、ご紹介する精霊に追加条件を付加できます》

 ん?

《たとえば……『神聖魔法が使えて、会話が成り立って、死人使いを目指してない、ベテランしもべ』のような希望もできますし、『萌え彼がいい』でもいいですよ》

 おおお!


「で? 何をさせたい?」

 ドロ様が骨太の大きな手を組みながら、尋ねる。


《協力し合っていただきたいのです》

 美少女精霊はちょっと目尻の下がった目でアタシ達を見渡し、極上とも言える笑みを浮かべた。

《今まで紹介した精霊のどれかを、どなたかがしもべとしてください。一契約成立ごとに、残りのお仲間のお一人の追加希望を承ります》


 シーン……


 周囲が静まり返った。


 それは、つまり……

 紫外線、バリバリ、壊れたの、死人使いのどれかを、しもべにしろってこと……?

 アタシ、ドロ様、兄さま、クロードのうちの誰かが……?


 えぇぇ――ッ!


 快活な声が、沈黙を破る。

 ドロ様が愉快そうに、手を叩いて笑う。

「抱き合わせ商法か!」


《そう理解していただいて構いません》

 美少女精霊の笑みが、少し苦いものとなる。

《光界は慢性的な精霊(ヒト)不足が続いています。私ども光の精霊は、魔法使いだけではなく聖職者にまで超人気。契約を願う異世界人が多すぎ、需要に供給が追い付いていません。このような状況だというのに……》

 美少女は溜息を漏らした。

《生まれてから一度もしもべになった事のない精霊も居るのです》


 それって……。

「さっきの、紫外線とかバリバリとか?」

 光のおねえさんが、コクンと頷く。

《『紫外線』さんは八百万とんで七十四回……しもべ交渉が不成立となっています》

 え〜〜〜〜

《経験を積ませてあげたいのですが、精霊支配者のみなさま、『要らない』とおっしゃいまして……》

 おねえさんがそっと目元に手をあて、悲しそうな顔でアタシ達を見渡す……

《紫外線以外も御そうと、ずっと修行を積んでいらっしゃるのです。けれども、まったく成果が上がらず……。光の精霊としての自信をなくされ、『こんな私なんて存在してもしょうがない』と、何度も何度も消滅を望まれるのを、私がカウンセリングして、どうにか……》


 ダン! と勢いよくテーブルを叩き、

「ボクが引き受けます!」

 と、叫んだ者が一人。

……鼻の頭が真っ赤。えっぐえっぐ、泣き始めてるし。

「頑張っても結果が出ないって……つ、つらいですよね。わかります……ボ、ボクも魔術師なのに……このあいだまでまったく魔法が使えなくって……うううう」


《お申し出ありがとうございます!》

 導き手のおねえさんは、ころっと笑顔になって書類を取りだした。

《契約事項はこちらとなります。精霊支配者がお亡くなりになる場合を除き、契約期間は最短で一年。これは一日一召喚一魔法を命じた場合の計算式になっていまして、召喚や命令の回数が少ない場合、更に契約期間は延長となりまして……》

「……なんでもいいです」

 ふぇ〜んと泣いているクロードに構わず、おねえさんが説明を続ける……


 これで、一人は追加条件をつけられるけど……


 アタシは、ドロ様と兄さまの顔を見つめた。


「ジャンヌが、追加条件をつければいい」

「だな。お嬢ちゃんが使うべきだ」


「ありがとう、二人とも!」


 兄さまが、肩をすくめる。

「俺にはもう、ピナさんが居る。光精霊が絶対必要というわけでもない。回復魔法が得意な光精霊が側に居てくれれば、修行が助かるかと……そのぐらいだしな」

 修行?


《でしたら、『死人使い』さんはいかがです? 回復魔法も一応、使えますよ》

 導き手のおねえさんが、横から勧めてくる。

「……いや、死人使いはまずい。PTメンバーに、邪悪を憎む僧侶がいる」

《では、みなさんが『壊れてる』と思われてる方は? 会話は成り立ちませんが、状況に合った魔法をおおよそ使用すると思いますよ》

「いや……意志の疎通ができないのは困る」

《わかりました。では、『バリバリ』さんで。こちらが契約書となります。良かったですね、あの方がしもべになれば、修行地に高速移動できます。回復魔法も、まあ……使えないわけではありませんし》

「待ってくれ、俺はしもべ契約する気なんか……」


《ご事情により、どうしても高性能な精霊が必要な方ならばともかく……光精霊をしもべにしてもいいかなあぐらいの軽いお気持ちなのでしょ? なら、ぜひ、『ろくでもない』『不良在庫』の『売れ残り』を持ってってください》

 ちょっ!

 おねーさん!

 今、本音を言ったでしょ!

《それに、あなたは『(おとこ)』です》

 おねーさんが、ビシッ! と兄さまを指さす。

《……一度もしもべになれずに苦しんでいる者がいるのですよ。当然、体を張りますよね? あなたは、義侠心にあふれる『漢』なのですから》

「ぐ!」

 あああ……兄さまの心をずっきゅんする言葉を、そんな的確に……

 さすが、精霊……兄さまの心を読んだのね……


《快くお引き受けくださって、ありがとうございます!》

 導き手のおねーさんは満面の笑顔。対する兄さまは、がくっとうなだれている。その横には、えっぐえっぐと泣いている幼馴染が……。


《売れ残り……あ、いえ、初しもべの方を二人も引き取ってくださったのです。ジャンヌさんとアレッサンドロさんの為に、できるだけサービスします。有能な精霊をご紹介しましょう。どんな精霊()がご希望です?》


「その前に、ちょいと教えて欲しいんだが」

 ドロ様が無造作に、ドレッドの髪を掻きあげる。

「……導き手ってのは、役人みたいなもんだったよな?」

《そうですね。外界の公務員に該当します。光界全体の利益の為に働いていますから》


「年中無休かい?」

《ご質問にはお答えしかねます。精霊界には、あなた方の世界のような時間の概念はありません》

「悪かった。質問を変えるよ。導き手の役に就いているのは、あんた一人かい?」

《いいえ》

「交代で役目についてる?」

《そうです》

「じゃ、非番もあるわけだ」

 ドロ様がニヤリと笑う。


「バイトする気はないかい?」


 バイト?


「光界に奉仕しつつ、非番に外界で気分転換。あんたの自由時間だけしもべをやってくれ。ただし、魔王戦は必ず参戦……てな、契約はどうだろう?」


《何故、そんな誘いをするのです?》

 おねーさんが緑の目を細めて、ドロ様を見つめる。精霊は人の心が読める。けれども、神様の加護下にある人などは読めないんだそうで……ドロ様はその内の一人らしい。


「そいつは、もちろん……あんたが、とびっきりいい女だからさ」

 ドロ様がフフッと笑う。

「雰囲気は優しげだが、豪胆な知略家……いや、才知に富んでいる。そして経験豊富で優秀。古老クラスとまではいかなくとも、相当長いこと生きてるだろ?」

 おねーさんは沈黙している。けれども、否定もしない。

「『駄目な奴だ』と世の中から見捨てられた奴を、じっくり時間をかけて一人前に育てあげるのも楽しいもんだが……魔王が目覚めるのは、七十三日後だ。俺もお嬢ちゃんも、魔王戦で戦える精霊を探している。即戦力になる奴が欲しいんだよ》

《なるほど……》

「だが何よりも……気になるのは、あんたの星だ。あんたは俺達と共にいてこそ輝く……間違いない。俺の精霊になりな」


《占いですか?》

 おねーさんがクスクスと笑う。

《外界で気分転換……正直に申し上げれば、魅力的なお申し出です。導き手はやりがいのある仕事ですが、ストレスも多くて……みなさん勝手な事をおっしゃいますし、滅多に交渉はまとまらない。その上、制服はダサい……》

 ん?

 ダサい制服?

 アタシはおねーさんの姿を改めて見つめた。

 宗教画の天使が着てるような白いロングドレス姿……おねーさんの可憐な美貌にとってもマッチ。清純そうなイメージにぴったりだ。

 アタシの心を読んだのだろう、おねーさんが眉をひそめつつ、不満そうにアタシを睨む。

《あなた方の時間でいうところの七百年前から、この制服なのですよ? 流行遅れもいいところです。しかも、白! 以前の制服も白! その前も白! 白、白、白! 光(イコール)神聖(イコール)白という図式、安直すぎます》

 まあ……確かに、光と言えば白のような。

《違います。白光には虹色が含まれているのです。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。その七色が揃ってこその光。そうは思いませんか?》


 えっと……


 う〜ん……


「………」


 まあ……


 それもアリかも。


《でしょう?》

 我が意を得たり! って感じにおねーさんが、アタシの両手をとる。


「俺の女になってくれるんなら、好きなファッションで過ごしていいぜ」

 ドロ様が、おねーさんにセクシーにウインクをする。

「綺麗でかわいい女が側に居てくれりゃ、楽しい。俺の心も潤う」


《ありがとうございます。ですが……》

 おねーさんが手を離し、ドロ様へと視線を向ける。

《このお話はお受けできません》


 アタシは、きょとんとした。

「どうして? もしかして、導き手ってアルバイト禁止?」


《そうではありません……勘です》

 勘?

《理由はありません。この男に従いたくない……私の精霊としての勘が、そう告げているのです》


 え?


 どうして……?


「そうか……」

 ドロ様が口元に笑みを浮かべる。肉食獣のように、危険で、美しく……

「なら、仕方がねえな……残念だが……」

《ええ。とても残念ですが》


 テーブルの天板の上の表。

 アタシ、ドロ様、兄さま、クロードの順に並んだ顔絵。兄さまとクロードの顔は×(バツ)で消えていて……

 ドロ様の下の列は四列目まで×印がついていたんだけど、五列目にも×が……


「待って! バツをつけないで!」

 アタシは声を張り上げた。

「精霊との交渉順番は、まっさきにアタシ、ドロ様はその次でしょ? 今回は、アタシが導き手さんとしもべ交渉する! だから、ドロ様のさっきの交渉はノーカウントよ! バツを消して!」 


《あなたが、私と?》

 導き手さんが目をしばたたかせる。

《あなた、萌え彼を探しているのでしょう? 私をしもべに望んでいいのですか?》


 ぐ。


 よくはないけど!

 でも!

 ドロ様は、光精霊をゲットしなきゃいけないの!

 テオと賭けをしてるんだもん! 八大精霊全てをしもべにしなきゃ、負けなの! 占い師を廃業しなきゃいけなくなるのよ! ドロ様が廃業だなんて、絶対、ダメよ!


 アタシは導き手さんをキッ! とみすえた。

「条件はさっきドロ様が言った通り! 魔王戦だけ参戦してくれれば、あとは自由! 好きな時に好きなだけ、しもべって事で気分転換に来て! ファッションも自由! どんな格好をしても許す! 奇抜すぎてもおっけぇ! アタシのしもべにはブーメランパンツ男も居るんだもん。そんじょそこらのファッションじゃ驚かないわ!」


 導き手さんが、まじまじとアタシを見つめる。


《なんといいますか……あなたは》

 そして、クスッと小さく笑う。

《……とても男前な方なのですね》

 む。

「それ、女の子への誉め言葉じゃない!」


《すみません》

 口元に手をそえてクスクスと笑ってから、おねーさんはにっこりと微笑んだ。

《そのお申し出、お受けしましょう。あなたのしもべとなります》


 ふいに空が揺れ……

 おねーさんの姿が変わる。

 さらっと流れるブロンドの長髪はそのままだけれども……

 やや目尻が下がった緑の目、にこやかな口元。真珠のように白い肌。

 顔が小さくなって、背がすらりとしたような。

 何というか……奇抜な格好だ。下は藍色のズボン。上着はほとんどが、赤と青と紫が混じった軽く透けた生地……レースのシースルー服みたいな。光沢のあるやわらかな布下に、素肌がぼんやりと見える……でも、はっきりとは見えないからエッチじゃない。

 上着は袖のあたりや裾で軽やかにふんわりと広がっている。腰から脚までぴったりとフィットしたズボンと、ごっつい系のブーツとは対照的。

 大胆で自由な感じ。普通じゃないけど、下品なわけじゃない。良く似合っている。

 ううん、素敵……


「それがおねーさんの好きなファッション?」

 ドキドキしながら尋ねると、導き手さんは小さく頷いて微笑んだ。

 笑うとできる、えくぼが可愛い。


《私、萌え対象になります?》

 びっくりした。

 澄んだ聞き取りやすい声を発したのが、目の前の人だったから。


 精霊が、悪戯っぽく微笑む。


 嘘ぉ!


 さっきまでおねーさんだったのに!


 そ、そのハスキーで格好いい声は、女性のもののわけがなく……


 綺麗なお兄さんになっちゃったのぉぉ?



 胸がキュンキュンキュンキュンした!



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十二〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 いやん、綺麗すぎる……


 獣使いのジュネさんは女性そのものの美だけど……

 導き手さんは、それとはまたちょっと違う。

 なよなよしてるわけじゃないけど、フェミニンさが漂うというか……女の色気がある。


《精霊ですから、外見は思いのままです》

 目の前の美人さんが、うっとりするくらい美しい顔で微笑む。

《けれども、うわべだけの変化では、人に感動を与えられません。『美しい』と心から思ってもらうには、変身側に美学があってこそだと思うのです》

 たしかに!


「おにーさん、綺麗だわ! アタシ、萌えたわ! その衣装も素敵!」


《ありがとう。あなたも素敵です、勇者ジャンヌ。仲間思いで、後先考えない行き当たりばったりの、可愛い方……あなたは面白い。興味を抱きました》

 おにーさんがニコニコ笑う。性別が変わっても、愛らしい笑顔は変わらない。

《上司にかけあって、魔王戦数日前からは必ず有休をとっておきます。それまでは不定期ですが、行ける時、あなたのしもべとなりに行きましょう》

 おおお!

「ありがとう! 導き手さん!」

 おにーさんが肩をすくめる。

《導き手は役職名です。ルーチェと呼んでください。光系攻撃魔法・浄化魔法・治癒魔法・移動魔法・弱体魔法・強化魔法など一通りの魔法は使えます》

 おぉぉ! ドロ様の見立て通り! ちょ〜一流の精霊だわ!



「助かったよ、お嬢ちゃん」

 ドロ様は次の回の対面で、優美な美人さんをしもべにゲットした。マタンという名前……マルタンに似ているのはナニだけど、良かったわ。

「俺と交わる星はルーチェだと思ったんだが……又、読み間違えたみたいだ。すまねえな、ヘボ占い師で」

 ううん! おかげで、アタシがルーチェさん、ゲットできたもの。結果オーライよ!

「あと闇精霊で、八大精霊が揃いますね」

「ああ、お嬢ちゃんも、な」


 ホワイト・オパールのブローチを、ルーチェさんとの契約の証とした。

 ドロ様曰く、ホワイト・オパールは、角度によってさまざまな色に輝く虹色の石。潔白・友情・真実を表し、自由や自分らしさを引き出す宝石なのだそうだ。ルーチェさんにぴったりだなあと思った。

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