光の神殿 ~入浴シーンありマス~
あったか〜い……
体の芯からポカポカする……
お湯がアタシをやさしく包みこんで、疲れを忘れさせてくれる……
……お風呂って気持ちいい……
土の精霊がつくってくれた石造りの広い湯船で、手足を思いっきり伸ばす。
手足を、もみもみ。
どんどん体がほぐれてゆく……
湯加減もちょうどいい。
いい仕事してるわ、炎と水の精霊。
きらめく海と緑の山々が見える。雷の精霊がつくった幻影だ。絶景の露天風呂に入ってる気分♪
お湯につかったままシャボンでゴシゴシ、立ち上がると雨のようにお湯が降り注いでくる。異世界のシャワーって、きっとこんな感じね。
有難う、ドロ様。
異世界人からシャボンを貰ってくれて、大感謝よ。
精霊界でお風呂に入れるなんて、夢みたい……
泡まみれだったはずのお湯が、一瞬でさらっさらのお湯に変わる。
炎と水の精霊が取り替えてくれたんだ。
お湯の表面が波を打ち始め、ちょびっとだけ肌がビリッとする。雷の精霊が、人体には無害な微弱の電流を流しているのだ。
体がピリピリする。
気持ちいい……マッサージされてるみたい……
湯船から出ると、あたたかな風が濡れた髪や体を乾かしてくれる。
そして、宙にはコップ。空中浮遊しているそれには、氷の浮かんだ冷えたお水がなみなみと。
湯上りの一杯。
くぅぅぅ!
キーンとくるわ!
お風呂に入っている間に、服は綺麗に洗濯・乾燥されていた。ホカホカのふわふわだ。
すっごく嬉しぃぃ。
大量の食糧を持ち込む為に、着替えは諦めた。だから、仕方なく、ずっと着たきりだったのよぉぉ。
精霊のお風呂サービス、最高!
大満足で、風の精霊の結界の外に出る。
と、そこは、別の風精霊が張った結界に覆われていて……ちょ〜不機嫌って顔の面々が待っていた。
《精霊支配者よ、お風呂は気持ち良かったかの?……あ、いや、クマー》
「うん、生き返った!」
《ううう……あんまりです。女王さまの玉のお肌が……。あああ、体の隅々までもが青く硬い未成熟な果実のようでしょうに……。それでいて十六歳。もてあました若さと情熱は、イケナイ衝動となり、あたたかな湯船の中で、おそらくは、こっそりと……》
黙れ、変態。
《ねえ、ジャンヌ……》
赤いクマさんがしょんぼりとうなだれ、つまらなさそうに右足で床を蹴る。
《ボクたちのこと……きらい?》
う!
「バカね! そんなことないわよ!」
《でしたら、何故、他人の精霊などに頼ったのです?》
ラルムが眉をひそめ、水色の瞳でアタシを睨む。
《屈辱です。私という水精霊を持ちながら、占い師の水精霊を働かせ、私達を浴室空間から追い出すなんて。あんな未熟な精霊を使うとは……私の方が、遥かに格が上だというのに……》
「失礼な事、言わないで。格がどーこーじゃないでしょ、いい仕事ができれば一流の精霊よ」
《私が占い師の精霊より劣ると?》
「そーじゃないわ。だけど……」
アタシはそっぽを向いた。
「お風呂のお世話は頼みたくない。あなた達、男性形なんだもん」
その点、ドロ様の精霊達はみ〜んな女の人だし。
風のヴァンがチッチッチと指を振る。
《オジョウチャン、知ってるよな? 精霊には性別がないんだ。男にも女にもなれる。アウラ達は今は女性形だが、女ってわけじゃないんだぜ?》
「知ってるわよ。でも、ドロ様の精霊になってから、ず〜っと女の人だもん。アタシは同性だと思ってるわ」
《……よし、わかった》
ヴァンがギン! とアタシを睨む。
《オレは、今日から性転換する》
えー
《オジョーチャン、覚えときな。しもべにとって、主人への奉仕を奪われるのが最大級の屈辱なんだ。オレの女の裸をアウラが見たのかと思うと……悔しくって悔しくって……》
ちょ! ちょ! ちょ!
《さあ、女になったぞ。次の風呂では、オレに背中を流させてくれよ。シャンプーも得意だ。オレの手管に、オジョウチャンはうっとりするぜ》
げ! やめてよ。顔そのままで体形だけ女性になるのは! キモいわよ、そのボンキュッボーンは! 口調も発言も男性のまんまなんだもん!
《ヴァン。ボクもボクもー ボクも女になるー》と、ピオさん。
《わしも奉仕を断られるよりは、女になった方がよいのークマー》と、ピロさん。
《女性化……ハァハァ……シリコン……ハァハァ。女王さまにお気に入りいただく為でしたら、ワタクシは、あらゆる屈辱を甘受し……》と、ソル。
《嫌ですよ、私は。人型はこの姿にしかなりたくないのです》と、ラルムは輪に加わらなかったけど、
《おう。いいぜ。ラルム以外はみ〜んなで女になろう。で、オジョーチャンと一緒に風呂に入ろーぜ》などとヴァンは……
《おふろー》
ピオさんとピロさんがバンザイし、土の精霊がハアハアと興奮する。
う。
みんな、胸が……
いやぁぁぁ、気持ち悪い!
《けど、天下御免で女だ。さ、さ、さ。嫌だとは言わせないぜ、次の風呂はオレたちと♪》
いやぁぁぁ!
《……え? 私以外、みな、百一代目勇者様にお風呂奉仕できるのですか……?》
ショックを受けている水精霊に、ヴァンがシッシッて感じに軽く手を振る。
《いいよ、いいよ。おまえは『マサタカ様』のコピーでいたいんだろ? そのまんまでいいよ。おまえ無しでも、風呂は準備できる》
《しかし、水が無ければ……》
《ピロじいさんの氷を、ピオが溶かせば、万事解決だ》
《し、しかし、それでは、手間が》
《超一流の精霊にかかりゃ、無いも同然の手間だ》
《ですが、》
何時の間にか、ラルムいじくりになってるような……
紫の長髪に、紫の半纏。武人っぽい雷の精霊は腕を組み、じゃれている精霊達を静かに見つめていた。
こいつだけ、お風呂騒動に加わらず、ずーっと沈黙を守っている。
切れ長の紫の瞳が動き、アタシを見つめた。アタシが注目していると、心を読んで気づいたからだろう。
《主人よ、提案する》
「なに?」
《騒動を厭うのであれば、他人の精霊からの奉仕は可能な限り拒まれよ。帰還まで入浴をお控えになるのが、賢明である》
く。
そうね……
ヴァン達のお風呂奉仕なんて絶対、嫌。でも、拗ねられても困るし……
あと一週間もないし……ルネさんの『お顔ふき君』や『ドライなシャンプー君』で我慢するか……
《耳に心地よくない助言もある。伝えても、構わぬであるか?》
む。
「……どうぞ」
《いかなる場であろうとも、精霊をお側に置く事をお勧めする。厠や風呂場であろうとも、危機が迫る事とてあるのである》
ぐ。
いや、まあ、それは、そうだけど……
恥ずかしいというか……
《恥ずかしい? 全てのものが、主人に性的な興味を抱くと本気でお思いか? であるのであれば、》
レイの顔に冷笑が浮かぶ。
《自意識過剰な女である》
な……
《美に欠ける子供が裸になったとて、野生の猿から毛が抜けたようなものであろう》
!
《精霊には性別が無い。だが、あえてお伝えしておこう。吾輩は、『男』としての興味をあなたには抱いておらぬ。現在はむろん、発育後であろうとも、完全に対象外である》
口の端を歪め、雷の精霊が笑う。
《安心なさったか、主人よ?》
「……ええ、そうね」
とーっても安心したわ!
《雷の精霊、その発言は聞き捨てなりません》
水の精霊がアタシをかばうように前に立つ。
《確かに、百一代目勇者様は、マサタカ様のようにお美しくなく、賢くもなく、魔力もなく、品もなく、知識も常識もありません。ですが、勇者なのですよ? 猿というのはケダモノですよね、知識として知っています。しかも、毛が無いのなら、ケダモノ以下。いくらなんでもそれよりは上位のはずですよ、百一代目勇者様は》
ラルム……あんた、アタシを庇いたいの? 貶めたいの? どっち?
《ま、ま、ま、ま、ま。ラルム君、気を静めて》
ヴァンが、親しげにラルムの肩を抱く。
《キミにはまだわからないだろうけど、しもべにはな、それぞれスタンスってのがあるんだよ。主人への奉仕の仕方は千差万別。で、正解は一つじゃない。こいつは、わきまえてやってるんだ、キミが口出しする事じゃーない》
《不愉快なのです。私の主人をケダモノ以下などと……無礼極まりない》
《うん、まあ、その怒りはわかるよ》
風の精霊は、あくまでも軽い。けれども、
《例えとわかってるし、ご主人様の為にあえて言ったってのもわかってる。けど、オレも気分が悪い。できるだけ、その手の発言は慎んでくれるかな、レイ君? 自分の女を侮辱されて喜ぶ男はいねーんだよ》
風の精霊と雷の精霊が、しばらく見つめ合う……
《吾輩の望みは、主人が幸福な未来を手に入れることである。必要と思う発言を控える気はない。なれど、歯に衣を着せる才覚が無きわけではないのである。可能な限り、意向にそおう》
《頼んだぜ、戦友》
お風呂&精霊達とのやりとりをしていた場所は、風精霊の結界の中だ。外から見えないし、声も漏れていない。
体だけ女性化してたヴァン達に元に戻ってもらい、お風呂はとうぶん我慢ってことにして……
アタシがそこから出ると、
「おかえりー ジャンヌ」
ニコニコ笑顔の幼馴染が、声をかけてくれた。
紫がかった灰ネコを抱っこして、のほほ〜んとしている……ように見えるものの、遊んでいるわけじゃないそうだ。
灰ネコに変身した雷の精霊と、共鳴・同化・魔法のイメージトレーニングをしているのだとか何だとか。
雷界でクロードは、攻撃魔法が使えるようになった。けど、一気に魔力を放出してしまった為、今は魔力回復待ち状態、魔法はとうぶん使えないとも言っていた。
「俺達の番まで、あと七つだ」
ジョゼ兄さまが壁から目を離し、アタシに微笑みかける。
炎界に続き雷界でも兄さまはモテたんだけど……しもべを増やしていない。『心にグッとくる子に出逢えなかったんだ』とか言ってたけど……。もったいない。
光の神殿にも壁がある。
けれども、四方に壁があった氷と雷の神殿とは異なり、壁があるのは一面だけ。残り三面は屋根から先はそのまま光界へと繋がっている。
光に満ちた神々しい世界……光界はキラキラしすぎていて、ひたすら目に悪い所だ。新雪の輝きというか太陽光線というか……直視できない世界なのだ。
それはともかくとして……
壁には、PTの名前が上から下に順番に並んでいる。それも、氷雷の神殿と同じ。
けれども、光界の壁にあるのは対戦順番表ではない。
光の神殿中央には、光の球が浮かんでいる。
一見、でっかいボールなそれは、『導き手』。光の精霊の変化だ。
氷雷の神殿の『導き手』は、対戦受付係だった。が、ここの『導き手』は……何といえばいいのか……病院の窓口? 案内人? ……うまく例えられないけど、そんな感じで……。
光界に着いたPTは、『導き手』にPTメンバーの誰がどんな精霊をどれぐらい欲しいかの希望を伝える。
アタシは、もちろん『魔王に100万以上のダメージを与えられる方』希望。
ドロ様は『いい女』とだけ希望し、兄さまやクロードは『自分と共に戦ってくれる精霊』と登録した。
どのメンバーの精霊から決めるかも指定できるんで、勇者のアタシが最優先、八大精霊全てをゲットしなきゃいけないドロ様が二番手、それから兄さま、クロードの順番にした。
で、今は、ただ待っている。
呼び出されるまで、ただ、ただ、待っているのだ。
壁の順番表が一つ繰り上がる。
勇者ジャンヌ一行の文字が、上から六番目となり、放送が入る。
ピンポンパンポ〜ン。
《メリケン界からお越しのジャッキーさんご一行さま。ジャッキーさんご一行さま。出逢いをお求めでしたら、中央までおいでください》
ジャッキーさん一行とおぼしき八人が、導き手のもとへ向かう。
八人が光精霊との出逢いを求めてるのか……
導き手がまばゆく輝き、八人を光の結界の内に包み込む。
どんな交渉をしているのか、他PTから見えないようにしているのだ。
よーするに、光界でのしもべ探しは……
結婚情報サービスというか、結婚相談所的なシステムなんだ。
《精霊支配者としもべ希望の精霊に、契約を前提とした出会いを提供し、出会いの調整から、お引合せ、交際から契約に到るまでのフォローなども含めたサービスを提供します》
と、『導き手』も自分の仕事をそう説明していたし。
しもべ探しは、完全に人任せ……正しく言えば、精霊任せだ。
精霊の中でも、光の精霊は昔っからちょ〜人気。魔法使いだけじゃなく聖職者まで欲しがる。
契約希望の異世界人が大量に押しかけてくるもんで、光界は慢性的な人(精霊)不足。過疎エリアなのだ。
三十九代目カガミ マサタカ先輩の時代は、意気投合した精霊を光界から連れてき放題だった。
けど今は、一人一体と決まっていて、出会いは全て光界が管理している。
光の神殿を通さなきゃ、光精霊に会う事すらできないのだ。
大人しく待つしかないんだけど……
順番が回ってくるまで暇すぎる……
なので、アタシはドロ様の精霊の力を借りてお風呂に入っていた。
クロードは魔法のイメージトレーニング中。
兄さまは、ピナさんと格闘の練習。最近は兄さまもふっきれたのか、他PTから見られていても構わず、白いチュチュを着たピンクのクマさんと堂々と触れ合っている。
ドロ様は順番待ちのPTを巡っては、訪問占い。みんな暇をもてあましてるんで、占いは繁盛しているようだ。
お師匠様は、荷物整理やら書きものやら。
使徒様は……
珍しく、今は起きている。
そして、特訓をしているようだ。
背筋を曲げてクネッと立ち、左右の掌を上に向け……
掌の上で発火。
赤い炎がゆらめく手を交差させたり、上下に向けたり、わざとゆっくり動いて炎をたなびかせたり、左右で違う動作をしたりしている。
「ククク・・神の使徒たるこの俺にふさわしいのは光・・しかし、こうして見れば、炎も・・満更でもない」
顔がにやけてるわよ、あんた……
掌に炎! のシチュエーションがいたく気に入ったのか、使徒様はアレなポーズをいろいろとっている……
「だが、やはり、赤では下品だ。俺の内なる霊魂に、ガツンとこない。炎は、やはり青・・。おい、しもべ、炎を青くしろ」
使徒様のすぐそばには、女性型の炎の精霊が正座していた。
聖痕とやらを使徒様に刻まれ、無理矢理しもべにされた女性だ。嘆きを通り越したあきらめの表情で、使徒様の掌の上の炎を制御している。
掌の炎が青くなり、使徒様が更に嬉しそうな顔になる。
「いいぞ、しもべ、その調子だ。俺のしもべとして、今後も演出効果に励むがいい」
《……『しもべ』はやめてくれませんか? 私の名前、お教えしましたよね?》
「きさまは、神の使徒たるこの俺のしもべなのだ。なにかと問われれば、万人がしもべと答えるだろう。きさまはしもべだ。そうだろ、しもべ? しもべ以外ありえん」
《ううう……》
名前すら呼んでもらえない炎精霊が、顔を両手で覆う……
かわいそうに……
「青い炎は、おあつらえむきで、狙いすましたようで、まさに、どんぴしゃだ。実にいい。・・しかし、掌の炎といえば・・アレも捨て難い」
さんざんポーズをとってから、使徒様はフッと笑った。
「しもべ。次は、闇だ。闇の炎を出せ」
《あなた、光の僧侶でしょ! 闇の炎を出せとか……おかしいんじゃないの!》
正論を口にした炎の精霊は、『主人をののしるとは、いい度胸だな、きさま』とほっぺたをびょーんと左右にひっぱられていた。
光の僧侶というか……
厨二病の僧侶よ、そいつは……。
そんなこんなで時間は過ぎて……
ようやくアタシたちの番が回ってきたのだった。