男の戦い
雷の神殿は雲の中にある。
神殿の周りは、白くてほわほわした綿みたいな雲だらけだ。
思わず触ってみたくなるけど、あっちこっちで目にも止まらぬ速さで電気的な光が走っている。雲に触れた途端、感電しそう。
今、アタシと仲間達は、雷の神殿の闘技場で精霊達に囲まれている。
敵はみんな、同じ形。赤や緑に白から青さらに紫にまで、めぐるましく自身の光を変化する球状の光。発光しながらふよふよと空中を浮遊している。その数は十二。
時にバチバチと火花を散らせる彼等は、アタシ達の世界で言う球電と似ている。
《ハジメ》
審判の合図と同時に、四方から稲妻が光り、複数の光の束がアタシ達へと降りかかる。
「瓏ナル幽冥ヨリ疾ク奉リシ麗虹鎧」
使徒様が変な呪文を唱えた途端、パーティ全体が光の防御壁に守られる。雷撃全てが目に見えない結界に阻まれ四散してゆく。
空気を揺らす轟音すら防いでいる。雷の精霊がもたらす魔法効果を全てシャットアウトしてるんだ。
さすが。……起きてれば、優秀なのよね。すぐ寝ちゃうし、意味の無いところで暴れたりするけど。
「ピナさん」
《はぁい、ジョゼ〜》
バレリーナ・クマさんが、兄さまの体の中に飛び込んでゆく。
兄さまの体から、炎がメラメラと舞い上がる。
大きな火柱というか、燃える昇竜というか。
兄さまは炎と一体化して、熱く燃え始める。
「ヴァン、ソル。守護して」
《いいぜ》と風のヴァンはあっさりとしたものだけど、
《喜んで、女王さま……》
土のソルは、浮き浮きしている。
《あんなにバッチンバッチン……火花まで……あああ……電マ……。全身にしびれるような激痛が走り、おそらくは理性すらも麻痺するほどの快感が、》
黙れ、変態。あんた、絶縁効果の高い石になるのよ。硅石って言うんでしょ? 電流は通るもんですか。
土の精霊が、薄い皮のようになってアタシの全身を包みこむ。
ヴァンは透明化して、頭部を覆ってくれる。風の結界で、光と熱と轟音からアタシを守護する為に。
アタシは兄さまと共に、マルタンの結界外へ飛び出した。
球電から幾筋も光が生まれ、雷撃が襲いくる。
でも、何の衝撃もない。土の精霊が守護してくれてるから、雷も熱も衝撃波も全部吸収してもらえる。風の精霊のおかげで、視覚聴覚も無事。バチバチドドォォンと音はするけど耳にうるさいってほどじゃないし、まばゆい光を直視しても平気だ。
シミュレーション通り。
炎の魔法剣は、雷に対し有利ではないけど、相性が悪いわけでもない。
アタシは剣で、雷の精霊に挑んだ。
だけど、何の手ごたえもない。切っても、スカスカ。剣は、球電の中を素通りする。
雷の精霊は、空中の放電のようなもの。実体が無いんだ。
「ピオさん」
炎の精霊が、剣が生み出す炎と一体化。
火力を高めてみると、切った瞬間、球電の形が揺らぐ。
でも、すぐに元の形に戻ってしまう。
ダメージは微々たるもののようだ。
全部、水鏡のシミュレーション通り。
こんな時は……
「ピロさん」
炎の剣で斬った瞬間、氷の精霊に助力を願う。
球の形に戻ろうとしていた雷が、割れた形のまま足元にポテンポテンと転がる。断面を急速冷凍された為、元の形に戻れず、浮遊能力を発揮できなくなったのだ。
いい感じ!
唐突に、アタシの左斜め前から迫ってた球電が消え失せた。
ジョゼ兄さまの正拳に貫かれて。
兄さまの炎の突きや蹴りが、球電を次々に散らしてゆく。
アタシの剣じゃ葬れない相手を、格闘で葬っている……
《闘気に炎精霊の力をこめ、雷の精霊の存在基盤を揺るがして四散させているんだよ。いや〜お強い。あんたの兄さん、ほ〜んと超一流の格闘家だ》
ヴァンが、へらへらと軽く笑う。
《このまんまじゃ、あんたの兄さんめあての精霊ばっかになりそうだ》
う。
アタシも頑張らなきゃ!
えっと……次は、水のラルムに身体の疲労回復を頼みつつ、走って……
などとシミュレーションを思い出していると、
「ぎゃう!」
マヌケな声が聞こえた。
そちらに目を向け……
「クロード!」
びっくりした!
杖を右手に、幼馴染はべちゃっとうつぶせに転んでいる。
何でクロードがいるの!
ここ、結界の外よ!
雷の精霊の雷撃が飛び交ってるのに!
死んじゃうわ!
駆け寄ろうとしたアタシの前を、黒い影がぬっと遮る。
「男の戦いだ。邪魔をするな、女」
黒い祭服に、五芒星マークつき指出し革手袋、胸元のこれみよがしの金の十字架。
アレなファッションの使徒様が、顎をつきだし、凶悪な顔でアタシを見下ろしている。
馬鹿の相手をしている暇はない!
使徒様を避けて、クロードのもとへ回りこもうとした。
途端、アタシの体は勢いよく後方にふっとんでいた。
背から倒れかけたアタシを、兄さまが支えてくれる。
「俺の話を聞き流すのは許さん。あえて、もう一度言う。女の分際で、男の戦いの邪魔をするな」
悲鳴が聞こえた。
立ちあがりかけていたクロードが、どっと倒れる。
その体から煙をあげて……
雷が直撃……
嘘……
「クロード!」
「暁ヲ統ベル至高神ノ聖慈掌・捌式!」
アタシをみすえたまま、マルタンが治癒魔法を唱える。
キラキラとした光が、クロードを包み込み……
よろよろと幼馴染は、立ちあがる。
でも、その側には球電が……
「ヴァン! ソル! アタシの守護はいいから! クロードを守って!」
アタシから、風と土の精霊が離れる。
けれども……
《はぁ〜い、ヴァン。ごめんね〜 こっから先は行かせないわよ〜ん♪》
《ご主人様のご命令です……踏んで、叩き潰してあげますね、ソル》
アタシの精霊の進路を、ドロ様の精霊が塞ぐ……
どういうこと?
振り返って見た。ドロ様の側には、炎水氷の精霊が実体化している。ピオさん達を使おうとしたら、ぶつけて阻止すると言うように。
「ジャンヌ。クロードのことは放っておけ。おまえは雷の精霊と戦うのだ」と、お師匠様。
見捨てろってこと……?
《百一代目勇者様!》
アタシのすぐ側にデカイ水壁が出来る。
水の中を激しい光が縦横無尽に走る。球電を中に取り込んだ?
《戦闘中です……気を散じてはいけません……集中してください……》
苦しそうな声……
水精霊は、雷とは相性が悪かったんじゃ……
なのに、アタシを守って……?
ごめん……
だけど、アタシ……
どうすれば……
《緊急対応じゃ。わしらは、主人の守護を優先する。精霊支配者よ、命令ある時は、口にせずともよい。心に思い浮かべよ》
《ジャンヌ、落ち着け。大丈夫だ、おまえの幼馴染は死なねえ。うろたえてんじゃねーよ。らしくないぜ、しっかりしろよ》
話しかけてるのは……誰?
氷と炎の精霊……?
口調が素に戻ってるわ、二人とも……
クロードの悲鳴が聞こえる。
つづいて、マルタンの治癒魔法が……
宙でぶつかり合う、緑と黄色の光。接触し合い、閃光を散らし続けている。
戦っているのだ、アタシとドロ様の精霊が……
全てが悪夢のようだ……
「どきなさいよ、馬鹿!」
マルタンに、殴りかかろうとしてもできない。
こいつ、自分の周りに目に見えない障壁を張っている。
弾き飛ばされたアタシを、兄さまが支える。
「男の戦いって何なのよ! わけわかんない! クロードは魔法が使えないのに!」
やめて!
やめさせて!
クロードが死んじゃうわ!
「聞いてくれ……ジャンヌ。これはクロードが望んだことなんだ」
声は頭上からした。
「……強くなりたい、ジャンヌを助けて一緒に戦いたい。だから、無茶をするが、手を出さないで欲しい。見守ってくれ……そう言っていた」
兄さまは、とても辛そうな顔をしている。眉をしかめ、唇を噛みしめて。
『がんばるジャンヌを助ける。ボク、強くなって、いっしょに戦うよ』
昔の約束を思い出した。
だけど……
だけど、だけど、だけど!
こんなの嫌だ!
アタシの為に、誰かが傷つくなんて。
クロードが傷つくなんて!
目の前がカーッと赤くなった。
やるせなさと怒りで、わけわかんなくなって……
そして……
気がついたら、拳で戦っていた。
神の使徒と。
アタシが繰り出す拳を、ほんの微かに体をずらしてマルタンはかわしてしまう。
当たるはずの攻撃が、それてゆく。
「『勇者の馬鹿力』か。ククク・・面白い」
スカした笑みを張りつかせているのが、憎たらしい……
うっすらと思い出す。
兄さまを突き飛ばし、クロードのもとへ走ろうとしたのだ。
マルタンの結界は、ぶん殴って壊せた。
けれども、神の使徒に行く手を阻まれている。
スピードも、腕力も、脚力も、動態視力も異常に高まっているのに……。
『勇者の馬鹿力』状態になったアタシの攻撃をマルタンは全てかわし、進路を塞ぐ。
神がかった僧侶は、千の矢が降り注ぐ戦場すら無傷で歩くらしい。神の使徒は、神の加護の下にある。
神様から祝福を贈られた勇者とでは、奇跡の力は互角ってことなのか。
遠くから響く声。
クロードの悲鳴だ……。
又、雷撃を受けたの?
……血の気が引いた。
邪魔よ、マルタン。あんたのせいで進めない。そっちもよく見えない。クロードは、どうなったの?
「チッ! 女、しばし待て。俺は治癒を・・。拳を引け。治癒せねば、死ぬぞ・・クッ、馬鹿女が! きさまの相手で聖気をフル稼働している場合ではないというのに!」
神の使徒が声を張り上げる。
「いでよ、しもべ!」
アタシとマルタンの間に、爆煙が広がる。
アタシは後方に跳び退った。
「その女の相手をしろ」
それだけ言って、マルタンは駆け出す。その体から光を広げながら。
命令されたものは、きょとんって感じにアタシを見る。
《え? ここ、どこ? 私、どうしてここに? て、しもべ? 私が?》
女性の形を象った炎の精霊だ。
何だかわかんないけど、ともかく敵!
アタシは駆け寄った。
《嘘? なんなの、あなた……その闘気……ひぃぃぃ! やめてぇぇ、こないでぇぇ!》
女の人から炎が広がる。
炎がアタシの周りをグルグルと回り、包み込む。熱くはないけど、前に進めない。炎がアタシを押し返す。
「邪魔!」
カッとして殴ると、周囲の炎は消えた。
けれども、炎精霊は、次から次へと炎の呪縛を生み出し、アタシへと投げつけてくる。
《きゃああ! いやぁぁ! こないでぇぇ! 精霊殺しぃぃ! 四散するぅぅ!》
うるさい!
邪魔よ、どいて!
進めないじゃない!
クロードが……
アタシの大事な幼馴染が……
死んだらどうするのよ……
クロードの叫び声が聞こえる……
激痛をのあまり漏らす声……
やめて……
もう聞きたくない……
目から涙があふれた。
クロードは泣き虫で……
誰かにイジメられちゃ、すぐに兄さまに泣きついて……
情けなくって……
ダメダメで……
だけど、とっても優しくって……アタシを笑わせようとしてくれて……アタシがかわいそうだって泣いてくれて……
子犬みたいに笑う顔がかわいくって……
大事な幼馴染で……
弱っちいくせに、アタシを守ろうと一生懸命で……無茶ばかりするバカな奴なのに……
助けなきゃ……
早く……
助けてあげなきゃ……
強烈な光や音。
つづいて起こる強風。
遠くから広がるそれに、アタシは吹き飛ばされ、そして……
《ソコマデ》
試合終了の声をぼんやりと聞き……
「暁ヲ統ベル至高神ノ聖慈掌・陸式!」
マルタン治癒魔法を耳にしてじきに、体が軽くなった。
瞼を開けると……
「……ジャンヌ」
幼馴染の顔が見えた。
何時の間にかアタシは、クロードに抱きかかえられていた。
風と土の精霊が、クロードのすぐ後ろに居る。『クロードを守って』ってアタシが命じた通りに。二人とも無事だったのだ……良かった……
「ごめんね、ジャンヌ。痛いとこない?」
クロードが笑う。
はにかむように、困ったように、弱々しく、ほにゃ〜っと……
髪が乱れてて、顔色が悪いけど……
いつも通りのクロード……
無事……だったんだ。
「ジャンヌ?」
「バカバカバカバカ!」
幼馴染に、ぎゅっと抱きついた。
「無茶すんじゃないわよ、バカ! 弱っちいくせに!」
「ごめんね」
「何度も何度も、雷くらって!」
「えへへ。ごめんなさい、心配かけて。でも、ボク……強くなりたかったんだ」
はぁ?
「雷撃くらうと強くなるの?」
「みたい」
「なんでよ!」
「ダーモットさんが教えてくれたんだ」
「ダーモット? 誰、それ?」
「リッチのダーモットさんだよ。幻想世界でジャンヌも会ってるよね? ボク、あっちじゃ、ダーモットさんの所に弟子入りしてたんだけど、覚えてる?」
リッチ。
『力が欲しくはないか?』って聞いてきたあの骸骨魔法使い?
ゾンビだらけの沼で会った……竜王デ・ルドリウ様の友人で、良い魔族らしいけど……
「雷でボクは大事なものを思い出せるはずだって、ダーモットさんはそう言って……向こうでも試したんだけど、うまくいかなかったんだ」
「試したって……雷魔法をくらったわけ?」
「うん。でも、ひっくりかえっただけだった。ダーモットさん、治癒はあんま得意じゃないんだって。ボクをゾンビにはしたくないって、雷のチャレンジは中止したんだ」
そんな事してたなんて……
「ジャンヌ。泣かないで……ジャンヌが泣くと、ボクまで悲しくなっちゃう」
「死んじゃうかと思った……」
「ない、ない。怪我するたびに、使徒様が治癒魔法をかけてくださったもん。使徒様のエターナルの治癒魔法、強力だし、すっごく気持ちいいんだー 温泉につかる感じ? プハーって言っちゃいそうだったー」
バカ。
なに、のんきなこと言ってるのよ。
大やけどになってたのに……
「それにね、ジャンヌ、安全だったんだよ? 精霊界の精霊は、殺人は絶対にしないんだって。精霊界が物騒な所だって評判がたったら、精霊支配者が来てくれなくなるから。試合では死ぬ一歩手前までの攻撃しかしないって、賢者様やアレッサンドロさんや教えてくれたから、ボク、」
「知ってるわよ、そんなことは! だけど、もしもの事があるかもしれないじゃない! 嫌よ! クロードが死んじゃったら、アタシ、自分が許せない!」
「ジャンヌ……」
「頑張りすぎないで! 弱くたって、いいの! クロードはクロードだもん! アタシの大事な幼馴染よ!」
「内緒で無茶しちゃって、本当にごめんね。でも、相談したら、ジャンヌ、止めた……よね?」
「あたりまえでしょ!」
「心配してくれる気持ちは嬉しい。だけど、」
はっきりと幼馴染は言った。
「強くなりたかったんだ。ジャンヌを守れるぐらいに……だから、雷を受けたんだよ」