氷の微笑
ピナさんからの合図があった。
水鏡での修行を中断し、アタシは現実へと戻った。
《次の次がジャンヌの番なの〜》
「起きて、身支度を整えるがいい」
ピナさんとお師匠様の声。
ラルムの作った水鏡の中で鍛えていたとはいえ、現実ではアタシはグースカ寝こけていただけ。
重い瞼を開こうと必死に頑張ってみる。
「おまえは七時間ほど眠っていた。喉の渇きを癒し、食事をとるがいい」
七時間?
そんなもん?
意外と短い。アタシ達以外に十二PTいるから、アタシ達の番は十時間以上先だろうって言われてたのに。
どうにか目をあけた。
目をこすっていると、ピナさんが『お顔ふき君』を持って来てくれる。
ありがとうと答え、体を起こし……
あれ? と思った。
ずいぶん見通しが良い。
氷の神殿に居る異世界人PTの数が減った……アタシ達の周囲のスペースがずいぶん空いている。
四面の壁に浮かぶ対戦表を見てみると……ひぃ、ふぅ、みぃ……アタシ達を含め九PTしか居ない。
四〜五PTぐらい、居なくなってる。氷の精霊をゲットして、目的達成でよそへ移動したのかしら?
《ちがうわ〜》と、バレリーナ・クマさん。
《マルくんが、おそーじしたの〜》
へ?
おそーじ?
マルくんことマルタンは、アタシから少し離れた所であぐらをかいて煙草をふかしている。
「使徒様はね、邪悪と戦ってらっしゃったんだ!」
鼻の頭を赤く染めたクロードが、嬉しそうに横から説明してくれる。
「この神殿にね、邪悪魔法の使い手がいっぱい居たんだよ! 悔い改めよって使徒様が諭してさしあげたのに、『うっせぇんだよ、失せろ、くそボケが』とか口汚いこと言って、使徒様に乱暴しようとしたんだ」
そこで! とクロードがぐっと拳を握りしめる。
「使徒様が聖なる御力で、邪悪を根こそぎ掃討なさったんだよ!」
へ?
ドロ様がフフッと笑って、クロードの説明不足を補う。
「使徒さまに喧嘩を売ったのは、死人使いのPTだった。しかし、順番待ちしてた異世界人グループの中には、悪魔召喚士、暗黒魔法使いなんかもいてね……使徒様が強力な神聖魔法をお使いになった時、氷の神殿にあまねく光が行き渡り、全てのその手の魔法の使い手が清められてしまったんだ」
げ!
「清められたって……?」
肩をすくめ、ドロ様が楽しそうに笑う。
「配下の死霊やら、暗黒呪具やら……まあ、いろいろ、浄化されちまったんだよ」
え〜〜〜〜〜
「当然のことながら、異世界人達が激怒してな……」
苦々しい顔で、ジョゼ兄さまが言う。
「マルタンばかりかPT全体が標的とされ、やむなく……俺も……」
「使徒様もジョゼも、すっげぇ、かっけぇ! だったんだ! 感動しちゃった! ついにボク、使徒様の聖戦をこの目にできたんだ!」
やけに興奮してるクロードを、『馬鹿』と兄さまが殴る。
「聖戦じゃない。あれは、ただの迷惑行為だ」
「異世界人の争いに、精霊界は介入しない。トラブルは、当人同士で解決するのがルールだ」
お師匠様は無表情のまま、淡々と言う。
「自衛の戦闘も認められている。マルタンの行為は、一応、正当防衛だ。一応……ではあるが」
お師匠様の言葉、歯切れが悪い……
ゆっくりスーッと吸いこみ、マルタンが、ふは〜と煙を吐く。
「己が罪を噛みしめ悔い改めた者どもは、穢れを全て精霊界に残し、生まれた世界へと還って行った・・裸となり悔悟を示したのだ、慈悲深き神もお喜びであろう」
マルタンの前に、いろんな種類の煙草の箱が山となって積み上がってる。酒瓶や食料や魔法道具もある。
つまり……アタシが寝てる間に……
異世界人を挑発して相手に喧嘩を売らせ、あげく周囲も巻き込んで、とどめとばかりに所持品まきあげて追っ払ったのかよ……
最低……
他のPTがアタシ達から距離をとって、目をそらしてるのもわかる……
ご、ごめんなさい……アタシのPTメンバーが、駄目な奴で……
「悪いことした奴を懲らしめるのなら、わかるわ。けど、何もしてない人にひどい事しないで」
アタシがそう言うと、マルタンはフンと鼻で笑った。
「彷徨う霊を邪霊に堕とし使い魔としていた者、血と怨嗟を糧とする呪具を持つ者・・存在自体が既に悪だ」
う。
「・・マッハで八百万那由他の彼方に飛ばしてやりたいところを、布教ゆえ、神の教えを説き、背負いし罪を清める大サービスに切り替えてやった。故郷で真人間になる機会をくれてやったのだ、涙を流して感謝しているであろう・・」
悪びれもせず使徒様が言う。
くぅぅ。
言いたいことはいっぱいあるけど、何を言っても通じない気がする。
けど、文句は言いたい。
「……よく口にできるわね」
アタシは使徒様を睨んだ。
「それ、異世界の煙草でしょ? アタシ達には、毒かもしれないのに」
「何をくだらぬことを・・」
使徒様がやれやれって感じに、頭を振る。
「神の使徒たるこの俺に、ぬかりはない。安全とわかっているからこそ、味わっているのだ」
「なにを根拠に?」
「内なる俺の霊魂が、マッハで俺にそう告げたのだ」
ぐ。
そうだった、こいつ……こういうヤツだった……
会話して分かり合おうとする行為自体が、無駄か……。
「邪悪魔法の使い手を懲らしめる前には、私に断れ。そう命じた。おそらく、このような事はもうない」
お師匠様が平坦な声で言う。
最後に『と、思いたい』と、小さく小さく付け加えていたけど。
そして、対戦順番表の一番上にアタシ達が来て……
ついに、本番!
闘技場は、水鏡の中で見た通りだった。
四方と上が氷壁に囲まれた平らな、だだっぴろい場所。
アタシ、兄さま、クロード、ドロ様、マルタン、お師匠様の周りには、氷の精霊がたくさん居る。
氷のゴーレムや氷の馬や鳥。巨大な氷の結晶、つらら、雪雲などもおり、合体・分裂・増殖を繰り返す彼等の数は正確にはわからなかった。
目には見えないけど、周囲の氷壁には観客の氷の精霊がいっぱい居るはず。
頑張って、格好いいところを見せなきゃ!
《ハジメ》
何処からともなく、審判の声が響く。
それを合図に四方から雪嵐が生まれ、つららの雨がアタシ達へと降り注ぐ。
「フラム」
ドロ様の命令に応え、炎の精霊が半球状の巨大な炎のドームを生み出す。生き物を凍てつかせる冷風も鋭いつららも、全てを炎の壁が弾いてくれる。
打ち合わせじゃ、防御結界は使徒様が張るはずだった。しかし……
『ククク・・呼ばれたようだ。内なる十二の世界の何処かで誰かが、俺の助けを待っている。マッハで旅立つぞ・・あばよ・・』
などとのたまって、その場に座って寝こけやがったのだ。ほんの数分前に。今も、お師匠様の横でグースカ寝ている……
試合が始まる寸前に寝るとか、どーいう神経? 闘技場で氷の精霊に囲まれてたのに!
いらん時だけ暴れて、いざって時にこれかよ!
ああ〜 もう〜 ほっんと役に立たない!
お師匠様もこの場にいるだけ。でも、しょうがない。賢者は勇者の戦いの見届け係だもん、戦闘には参加できないのだ。
使徒様が寝ちゃったから、氷の精霊相手に四人で戦わなきゃいけなくなった。
いや、正しくは……
「ジャンヌぅぅ、ジョゼぇぇ、がんばってぇぇ〜」
後ろからあたたかな声援……。
クロードが拳を握りしめて、応援してくれている……
……一人、戦力外。戦えるのは、ドロ様と兄さまとアタシの三人ね……つーか、PTの半分は戦闘不能か……
「フラムに結界の一部を開かせる。しっかりな」
ドロ様に頷きを返し、アタシと兄さまが炎の壁を通り抜ける。燃え盛っているのに熱くない。アタシ達の為に熱を消してくれた壁を通り抜け、寒風が吹き荒れる結界外へと飛び出す。
雪嵐がアタシ達を襲う。
アタシは、魔法剣を抜いた。
ドワーフ王からいただいたのは、『不死鳥の剣』。柄は金色、柄頭は鳥の装飾、翼を象った鍔と、とってもお洒落。
けれども、この剣の凄さは、鍔のそばのルビーの飾りにある。
アタシが不死鳥の魂――ルビーの飾りに指をかけるや、細身の剣が炎に包まれる。
燃える剣が、飛んで来た氷の巨大結晶をスパーンと両断する。氷の弱点は炎だからか、あっさりと斬れた。強度は鋼の剣よりちょっと上なぐらいなのに。
ジクザクと宙を切って、氷の鳥が襲いかかってくる。
あっという間に距離を詰められる。
ものすごく速い! けど、その動きを正確にとらえ、アタシは剣でそれを薙ぎ払った。
普段のアタシじゃ、速すぎて鳥の動きを目で追えなかったろう。けど、今は土の精霊ソルの目を借りている。
精霊の感覚は、人間よりも遥かに優秀だ。動態視力は抜群にいいし、熱とか、霊的なものや魔力関係のものも見えちゃう。一つのものを見つめるのも、さまざまな角度から同時に見たりもできる。
でも、感覚を完全に共有するのは無理。水鏡の中で試したんだけど、視界がグラグラ揺れすぎて気持ち悪くなったんだ。
今、ソルには、アタシの目で捉えた映像の補足だけを頼んでいる。
冷気をふきかけられても平気。ソルの防御壁のおかげで寒さにも耐えられる。氷の精霊達の放つ息で、カチンコチンに凍ることもない。
そして、兄さまは……
アタシの剣よりも、熱く燃えている。
ピナさんの炎に包まれ、兄さまはメラメラと燃えあがっている。
鮮やかな炎に包まれ、兄さまが拳を繰り出す。ピナさんをとりこんだ兄さまは、アタシの何倍、いや、もしかすると何十倍も速い。ソルの目は兄さまの動きを捉えてはいるものの、遅れがち。
「うぉぉぉ!」
アタシの側面から迫って来てた馬を、右の拳だけで叩き潰す。
粉砕って感じ。
粉々だ。
巨人や巨大魚も一撃。
炎の残像のみを残し、デカブツたちを次々と粉々に砕いてゆく……
《いいね! やっぱ、あんたの兄さん、素敵だわ!》
ヴァンがゲラゲラ笑う。
《炎の精霊と一体化! 自身の闘気に炎をのせて、有無を言わさず炎の拳でぶっ壊す! あったまわるぅ! バカすぎて最高!》
……それ、誉めてるの?
《ん? 誉めてるよ。大絶賛だ。普通、精霊支配者ってのは、あーしろこーしろって遠くから命令するだけなのよ。いっしょになって肉弾戦してくれるご主人様なんて、めったに居ない。希少種だよ》
へー
《けど、まあ……氷界じゃ、あんたの兄さん、モテないだろーな。暑苦しい野郎は、氷の精霊のタイプじゃない》
確かに……
《百一代目勇者様、おしゃべりしている暇があったら、戦ってはいかがです? 氷の精霊にいい所を見せるのでしょ?》
ラルムの言葉に、ハッとする。
そうだった。
アタシは視界の先のデカいモノを、見上げた。
氷塊をよせ集めて作ったような、巨大な狼。各部位の先端がつららのように尖った、恐ろしげな外見だ。それが天を見上げて遠吠えしてから、駆け寄ってきた。
速い!
その辺にいた奴等よりもデカい。高さも幅も人間の数倍はありそうな氷の狼が、瞬く間にアタシの前に……
人間を丸呑みできそうな大きな口が迫って来る。尖った鋭い牙と犬歯は、まるで氷柱のようだった。
「ジャンヌ!」
アタシの前を、大きな背が覆う。
兄さまだ。
大口が兄さまを頭から呑み込もうとし……
動きが止まった。
うぉ!
すごっ!
氷狼の口の中に両腕をつっこんで、兄さまが上顎と下顎を支えている!
口を閉じられない氷狼と、その口を閉じさせまいとふんばる兄さま。
氷の弱点は炎のはずなのに……兄さまに宿ったピナさんが火力を高めても、狼の動きに変わりはない。
大顎を閉じようとしている……
「くっ」
兄さまが闘気を高めようとしたので、叫んだ。
「待って、兄さま! 正面から来た敵はアタシがやる! そーいう約束のはずよ!」
兄さまが目の端で、アタシを見る。
「アタシ、勇者なのよ! 信じて! 絶対に手を出さないで!」
氷狼が身を震わせ、頭を激しく振り、後方へと下がる。
兄さまが掌に気をこめて、ほんのちょっとだけ弾いたのだろう。
「……気を抜くなよ」
兄さまが素早く横によけてくれる。
ありがとう兄さま!
その場所に立ち、氷狼を見すえた。
鋭い爪のある前足が、宙を薙ぐ。
ガツン! と、衝撃音が響く。
ちょっと痛い!
だけど、遠くから振動が伝わってくる感じ?
我慢できる!
ソルを同化させているアタシは硬くて重い。巨大狼の前足で払われても、その場に立ってられる!
氷狼の鋭いが、ガンガンとアタシを襲う。
頭にズンズン響いてくる。でも、平気だもん!
《あああ……この身が砕けそうです……冷たく硬い爪に蹂躙される肉体……魂までもが揺さぶられ、いずれは粉々に……》
体の内に、ハアハア嬉しそうにあえいでいる奴が居る……で、でも、平気!
《衝撃波で、肉体に軽い負荷がかかっています。治癒しましょう》
ラルムが淡々と治療をしてくれる。
巨大狼が口を開き、アタシを呑みこもうとする。
炎の剣を振りあげた。
「ピオさん!」
アタシの命令に、炎の精霊が応える。
『不死鳥の剣』。そこから生み出される炎に、炎の精霊が宿り業火となる。
更に……
「ヴァン!」
風精霊に炎の周囲の風を操らせ、氷狼の全身を逃さず包ませる。
全身を燃やしながら、氷狼の巨体が床へと沈んでいった。
《ソコマデ》
審判の声が響き渡る。
勇者一行と氷の精霊の戦いは、アタシ達の判定勝ちとなった。
「すごいぞ! よくやった、ジャンヌ! それでこそ、勇者だ!」
兄さまはアタシに飛びつくように抱きついて……次の瞬間、おでこを抱えて、床にうずくまった。
あ〜あ……
アタシ、まだソルを同化させてるんだもん。大岩以上に硬いの。おでこをぶつけりゃ、丈夫な兄さまでも、そりゃあ、ねえ……。
《及第点をやろう》
聞き覚えの無い声がした。
《魔力はなく、戦士としても未熟。しかし、及ばぬ実力を工夫で補おうとする努力……しもべに深く慕われている姿、勇者としての矜持には好感が持てたぞ》
炎に包まれていた氷の狼が体を起こす。
白みがかった水色の閃光が広がり、一瞬で炎は消える。
氷塊の連なった山のような狼が、凛と頭をあげ、目だけでアタシを見下ろす。
《グラスと言う。そなたのしもべとなり共に魔王と戦ってやってもよいぞ?》
ピシッピシピシピシッと音が響く。巨大な氷狼がヒビ割れてゆき、パキィィンと音をたてて粉々に砕けてゆく。
粉雪のように細かい粒が、八方に砕け散ってゆき……
雨のように降り注ぐ飛沫が、まばゆくキラキラと輝く。まるで、日の光を浴びているかのように。
そして、その美しい粉雪の中から、颯爽と氷の精霊が現れたのだ……
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと七十四〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
お師匠様が、無表情のまま額に手をあてている。
アタシはお師匠様に、氷の精霊を見せながら説明をした。
「ピロさんは、森のクマさんシリーズのぬいぐるみなの。職業は、物知りおじいさん」
《シロクマー》
アタシの腕の中で、ピロさんがバンサーイと両手をあげる。
「あああああ、そうなの! 白クマなの! 森のクマさんシリーズで白クマなのは、ピロさんだけなの!」
ピロさんは、真っ白なのだ。もこもこの白い毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、そして、丸いかわいい……クマ耳。
頭がデカイ、二頭身!
まさに、ぬいぐるみ! これぞ、ぬいぐるみ! ぬいぐるみ以外のなにものでもない!
か、か、か、か、かぁわぁいぃ〜〜〜〜!
アタシは腕の中のピロさんを、ぎゅ〜っと抱きしめた。
「……何故、森に白クマがいるのか……物知りおじいさんは、果たしてジョブなのか……この白クマと仲間にできなかった土精霊達と何が違うのか……私にはわからぬことばかりだが……」
お師匠様が口角をほんの少しあげる。
「氷の精霊を仲間とできて良かったな、ジャンヌ」
「はい、お師匠様!」
みんなが、アタシとピロさんを囲む。
「ジャンヌぅぅ! ボクにも! ボクにもピロさんを貸してぇぇ!」
「ジャンヌ……すまないが、俺にも少しだけ……」
《どうも! 風のヴァンです! 氷の御大と同僚になれて、ラッキーです。どうぞよろしく》
《水のラルムです。古老のお一人とお見受けいたします。氷界の重鎮が外界に赴かれてもよろしいのですか?》
アタシの腕の中のクマさんが、おじいちゃんの声で答える。
《たまには外界に行かんと、氷界ボケしてしまうのでのう。ボケ防止で、しもべに立候補したんじゃ》
赤いクマさんが、大きな頭をぶんぶんと大きく横に振る。
《ダメなのー NGなのー ピロおじーちゃんはねー 語尾に『クマー』ってつけなきゃなのー》
《おお。そうであったの。いかん、いかん、やるからには役になりきらんとのう……クマー》
あ、いえ、無理に拘らなくてもいいです。話しやすい方で。
《土のソルと申します……先程は素晴らしいスパンキングを誠にありがとうございました。そ、それで……グラスさまとお呼びすればよろしいのでしょうか? それとも、ピロさま?》
《ジャンヌのしもべである間は、ピロじゃクマー》
《ピロおじーちゃん、そこは『ピロだクマー』でなきゃ》
《おお。そうであったのクマー。外界のものを真似るなぞ久しぶりじゃて、なかなかに難しいのうクマー》
《ぜんぜん、ダメー》
ブーブーと、ピオさんがブーイングをする。
《ボクが演技指導してあげるのー ジャンヌのためにがんばってピロさんになりきるのー》
《すまぬのうクマー》
ピロおじいちゃんと正式に契約を結ばなきゃ……
背後を振り返った。
今回もドロ様が宝石を贈ってくださるはず。
「あら?」
ドロ様は、氷柱みたいなでっかい縦ロール髪の美少女と話をしていた。お姫様みたいな白いドレスを着ている。
ドロ様の所にも、しもべ候補が来てるのね。
炎、水、風、土につづいて氷も! この調子なら、ドロ様も八種全部集められそう!
《脆弱……笑ってしまうぐらい、憐れなお姿ですわねえ》
ん?
《生き恥を晒してまで生にしがみついて、何をなさるおつもりなの?》
「決まってるだろ」
ドロ様が、氷の美少女にニヤリと笑いかける。
「勇者ジャンヌと魔王退治さ」
美少女精霊が口元に手をそえて、ホホホと上品に笑う。
《面白い事をおっしゃいますのね。あなた、本当、ユーモアのセンスがおありだわ》
「俺は女には嘘は言わねえよ……昔も今も、な」
精霊が笑い声をあげるのを止め、静かに微笑む。綺麗だけど、冷たい感じに……氷の微笑って感じ。
《アレッサンドロ……今は、それがお名前ですのね? よろしくってよ、アレッサンドロ。あなたの勇者が魔王を倒すまでの間、しもべになってさしあげてもよろしくってよ》
「そいつは、有り難い。あんたについてもらや、百人力だ」
《百万人力の間違いではありませんこと? この私がしもべとなるのです、これからのあなたの人生、勝ったも同然ですわ》
「ドロ様……その氷の精霊と知り合いなんですか?」
ドロ様と氷の精霊が、アタシを見る。
「いいや。俺の知り合いじゃないよ」
「そうなんですか? ずいぶん親しげな感じでしたけど……」
《親しくなぞ、ありませんわ》
氷の美少女がツーンとした顔で答える。
《私はただ……この男があまりにも憐れな姿なので、ほんの少しだけ付き合う事にしただけですわ。未熟な者を導くのは、しもべ遊びの醍醐味ですもの》
氷の精霊がホホホと笑う。
しもべ遊び……か。
魔王が目覚めるのは、八十日後だ。
ドロ様から贈られた、ラピスラズリのブレスレットをピロさんとの契約の証とした。
ドロ様も氷の美少女……グラキエスと契約を結んでいた。
アタシは、ドロ様と氷の美少女を何度となく目で追ってしまった。
何だかわかんないけど……
胸がもやもやする……
すっきりしない。
むぅぅ……




