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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
45/236

氷の微笑

 ピナさんからの合図があった。

 水鏡での修行を中断し、アタシは現実へと戻った。



《次の次がジャンヌの番なの〜》

「起きて、身支度を整えるがいい」

 ピナさんとお師匠様の声。

 ラルムの作った水鏡の中で鍛えていたとはいえ、現実ではアタシはグースカ寝こけていただけ。

 重い瞼を開こうと必死に頑張ってみる。

「おまえは七時間ほど眠っていた。喉の渇きを癒し、食事をとるがいい」


 七時間?

 そんなもん?

 意外と短い。アタシ達以外に十二PTいるから、アタシ達の番は十時間以上先だろうって言われてたのに。


 どうにか目をあけた。

 目をこすっていると、ピナさんが『お顔ふき君』を持って来てくれる。

 ありがとうと答え、体を起こし……


 あれ? と思った。


 ずいぶん見通しが良い。

 氷の神殿に居る異世界人PTの数が減った……アタシ達の周囲のスペースがずいぶん空いている。

 四面の壁に浮かぶ対戦表を見てみると……ひぃ、ふぅ、みぃ……アタシ達を含め九PTしか居ない。

 四〜五PTぐらい、居なくなってる。氷の精霊をゲットして、目的達成でよそへ移動したのかしら?


《ちがうわ〜》と、バレリーナ・クマさん。

《マルくんが、おそーじしたの〜》


 へ?


 おそーじ?


 マルくんことマルタンは、アタシから少し離れた所であぐらをかいて煙草をふかしている。


「使徒様はね、邪悪と戦ってらっしゃったんだ!」

 鼻の頭を赤く染めたクロードが、嬉しそうに横から説明してくれる。

「この神殿にね、邪悪魔法の使い手がいっぱい居たんだよ! 悔い改めよって使徒様が諭してさしあげたのに、『うっせぇんだよ、失せろ、くそボケが』とか口汚いこと言って、使徒様に乱暴しようとしたんだ」

 そこで! とクロードがぐっと拳を握りしめる。

「使徒様が聖なる御力で、邪悪を根こそぎ掃討なさったんだよ!」


 へ?


 ドロ様がフフッと笑って、クロードの説明不足を補う。

「使徒さまに喧嘩を売ったのは、死人使いのPTだった。しかし、順番待ちしてた異世界人グループの中には、悪魔召喚士、暗黒魔法使いなんかもいてね……使徒様が強力な神聖魔法をお使いになった時、氷の神殿にあまねく光が行き渡り、全てのその手の魔法の使い手が清められてしまったんだ」

 げ!

「清められたって……?」

 肩をすくめ、ドロ様が楽しそうに笑う。

「配下の死霊やら、暗黒呪具やら……まあ、いろいろ、浄化されちまったんだよ」


 え〜〜〜〜〜


「当然のことながら、異世界人達が激怒してな……」

 苦々しい顔で、ジョゼ兄さまが言う。

「マルタンばかりかPT全体が標的とされ、やむなく……俺も……」


「使徒様もジョゼも、すっげぇ、かっけぇ! だったんだ! 感動しちゃった! ついにボク、使徒様の聖戦をこの目にできたんだ!」

 やけに興奮してるクロードを、『馬鹿』と兄さまが殴る。

「聖戦じゃない。あれは、ただの迷惑行為だ」


「異世界人の争いに、精霊界は介入しない。トラブルは、当人同士で解決するのがルールだ」

 お師匠様は無表情のまま、淡々と言う。

「自衛の戦闘も認められている。マルタンの行為は、一応、正当防衛だ。一応……ではあるが」

 お師匠様の言葉、歯切れが悪い……


 ゆっくりスーッと吸いこみ、マルタンが、ふは〜と煙を吐く。

「己が罪を噛みしめ悔い改めた者どもは、穢れを全て精霊界に残し、生まれた世界へと還って行った・・裸となり悔悟を示したのだ、慈悲深き神もお喜びであろう」


 マルタンの前に、いろんな種類の煙草の箱が山となって積み上がってる。酒瓶や食料や魔法道具もある。

 つまり……アタシが寝てる間に……

 異世界人を挑発して相手に喧嘩を売らせ、あげく周囲も巻き込んで、とどめとばかりに所持品まきあげて追っ払ったのかよ……


 最低……


 他のPTがアタシ達から距離をとって、目をそらしてるのもわかる……


 ご、ごめんなさい……アタシのPTメンバーが、駄目な奴で……


「悪いことした奴を懲らしめるのなら、わかるわ。けど、何もしてない人にひどい事しないで」

 アタシがそう言うと、マルタンはフンと鼻で笑った。

「彷徨う霊を邪霊に堕とし使い魔としていた者、血と怨嗟を糧とする呪具を持つ者・・存在自体が既に悪だ」

 う。

「・・マッハで八百万那由他の彼方に飛ばしてやりたいところを、布教ゆえ、神の教えを説き、背負いし罪を清める大サービスに切り替えてやった。故郷で真人間(まにんげん)になる機会(チャンス)をくれてやったのだ、涙を流して感謝しているであろう・・」

 悪びれもせず使徒様が言う。


 くぅぅ。

 言いたいことはいっぱいあるけど、何を言っても通じない気がする。

 けど、文句は言いたい。

「……よく口にできるわね」

 アタシは使徒様を睨んだ。

「それ、異世界の煙草でしょ? アタシ達には、毒かもしれないのに」


「何をくだらぬことを・・」

 使徒様がやれやれって感じに、頭を振る。

「神の使徒たるこの俺に、ぬかりはない。安全とわかっているからこそ、味わっているのだ」

「なにを根拠に?」

「内なる俺の霊魂が、マッハで俺にそう告げたのだ」

 ぐ。

 そうだった、こいつ……こういうヤツだった……

 会話して分かり合おうとする行為自体が、無駄か……。


「邪悪魔法の使い手を懲らしめる前には、私に断れ。そう命じた。おそらく、このような事はもうない」

 お師匠様が平坦な声で言う。

 最後に『と、思いたい』と、小さく小さく付け加えていたけど。






 そして、対戦順番表の一番上にアタシ達が来て……

 ついに、本番!


 闘技場は、水鏡の中で見た通りだった。

 四方と上が氷壁に囲まれた平らな、だだっぴろい場所。

 アタシ、兄さま、クロード、ドロ様、マルタン、お師匠様の周りには、氷の精霊がたくさん居る。

 氷のゴーレムや氷の馬や鳥。巨大な氷の結晶、つらら、雪雲などもおり、合体・分裂・増殖を繰り返す彼等の数は正確にはわからなかった。

 目には見えないけど、周囲の氷壁には観客の氷の精霊がいっぱい居るはず。


 頑張って、格好いいところを見せなきゃ!

 

《ハジメ》


 何処からともなく、審判の声が響く。


 それを合図に四方から雪嵐が生まれ、つららの雨がアタシ達へと降り注ぐ。


「フラム」

 ドロ様の命令に応え、炎の精霊が半球状の巨大な炎のドームを生み出す。生き物を凍てつかせる冷風も鋭いつららも、全てを炎の壁が弾いてくれる。


 打ち合わせじゃ、防御結界は使徒様が張るはずだった。しかし……

『ククク・・呼ばれたようだ。内なる十二の世界の何処かで誰かが、俺の助けを待っている。マッハで旅立つぞ・・あばよ・・』

 などとのたまって、その場に座って寝こけやがったのだ。ほんの数分前に。今も、お師匠様の横でグースカ寝ている……

 試合が始まる寸前に寝るとか、どーいう神経? 闘技場で氷の精霊に囲まれてたのに!

 いらん時だけ暴れて、いざって時にこれかよ!

 ああ〜 もう〜 ほっんと役に立たない!


 お師匠様もこの場にいるだけ。でも、しょうがない。賢者は勇者の戦いの見届け係だもん、戦闘には参加できないのだ。

 使徒様が寝ちゃったから、氷の精霊相手に四人で戦わなきゃいけなくなった。


 いや、正しくは……

「ジャンヌぅぅ、ジョゼぇぇ、がんばってぇぇ〜」

 後ろからあたたかな声援……。

 クロードが拳を握りしめて、応援してくれている……

……一人、戦力外。戦えるのは、ドロ様と兄さまとアタシの三人ね……つーか、PTの半分は戦闘不能か……


「フラムに結界の一部を開かせる。しっかりな」

 ドロ様に頷きを返し、アタシと兄さまが炎の壁を通り抜ける。燃え盛っているのに熱くない。アタシ達の為に熱を消してくれた壁を通り抜け、寒風が吹き荒れる結界外へと飛び出す。


 雪嵐がアタシ達を襲う。

 アタシは、魔法剣を抜いた。

 ドワーフ王からいただいたのは、『不死鳥の剣』。柄は金色、柄頭は鳥の装飾、翼を象った(ツバ)と、とってもお洒落。

 けれども、この剣の凄さは、(ツバ)のそばのルビーの飾りにある。

 アタシが不死鳥の魂――ルビーの飾りに指をかけるや、細身の剣が炎に包まれる。

 燃える剣が、飛んで来た氷の巨大結晶をスパーンと両断する。氷の弱点は炎だからか、あっさりと斬れた。強度は鋼の剣よりちょっと上なぐらいなのに。


 ジクザクと宙を切って、氷の鳥が襲いかかってくる。

 あっという間に距離を詰められる。

 ものすごく速い! けど、その動きを正確にとらえ、アタシは剣でそれを薙ぎ払った。

 普段のアタシじゃ、速すぎて鳥の動きを目で追えなかったろう。けど、今は土の精霊ソルの目を借りている。

 精霊の感覚は、人間よりも遥かに優秀だ。動態視力は抜群にいいし、熱とか、霊的なものや魔力関係のものも見えちゃう。一つのものを見つめるのも、さまざまな角度から同時に見たりもできる。

 でも、感覚を完全に共有するのは無理。水鏡の中で試したんだけど、視界がグラグラ揺れすぎて気持ち悪くなったんだ。

 今、ソルには、アタシの目で捉えた映像の補足だけを頼んでいる。


 冷気をふきかけられても平気。ソルの防御壁のおかげで寒さにも耐えられる。氷の精霊達の放つ息で、カチンコチンに凍ることもない。


 そして、兄さまは……

 アタシの剣よりも、熱く燃えている。

 ピナさんの炎に包まれ、兄さまはメラメラと燃えあがっている。


 鮮やかな炎に包まれ、兄さまが拳を繰り出す。ピナさんをとりこんだ兄さまは、アタシの何倍、いや、もしかすると何十倍も速い。ソルの目は兄さまの動きを捉えてはいるものの、遅れがち。

「うぉぉぉ!」

 アタシの側面から迫って来てた馬を、右の拳だけで叩き潰す。

 粉砕って感じ。

 粉々だ。

 巨人や巨大魚も一撃。

 炎の残像のみを残し、デカブツたちを次々と粉々に砕いてゆく……


《いいね! やっぱ、あんたの兄さん、素敵だわ!》

 ヴァンがゲラゲラ笑う。

《炎の精霊と一体化! 自身の闘気に炎をのせて、有無を言わさず炎の拳でぶっ壊す! あったまわるぅ! バカすぎて最高!》

……それ、誉めてるの?

《ん? 誉めてるよ。大絶賛だ。普通、精霊支配者ってのは、あーしろこーしろって遠くから命令するだけなのよ。いっしょになって肉弾戦してくれるご主人様なんて、めったに居ない。希少種だよ》

 へー

《けど、まあ……氷界じゃ、あんたの兄さん、モテないだろーな。暑苦しい野郎は、氷の精霊のタイプじゃない》

 確かに……


《百一代目勇者様、おしゃべりしている暇があったら、戦ってはいかがです? 氷の精霊にいい所を見せるのでしょ?》

 ラルムの言葉に、ハッとする。

 そうだった。


 アタシは視界の先のデカいモノを、見上げた。

 氷塊をよせ集めて作ったような、巨大な狼。各部位の先端がつららのように尖った、恐ろしげな外見だ。それが天を見上げて遠吠えしてから、駆け寄ってきた。

 速い!

 その辺にいた奴等よりもデカい。高さも幅も人間の数倍はありそうな氷の狼が、瞬く間にアタシの前に……

 人間を丸呑みできそうな大きな口が迫って来る。尖った鋭い牙と犬歯は、まるで氷柱(つらら)のようだった。

「ジャンヌ!」

 アタシの前を、大きな背が覆う。

 兄さまだ。


 大口が兄さまを頭から呑み込もうとし……


 動きが止まった。


 うぉ!


 すごっ!


 氷狼の口の中に両腕をつっこんで、兄さまが上顎と下顎を支えている!


 口を閉じられない氷狼と、その口を閉じさせまいとふんばる兄さま。


 氷の弱点は炎のはずなのに……兄さまに宿ったピナさんが火力を高めても、狼の動きに変わりはない。

 大顎を閉じようとしている……


「くっ」

 兄さまが闘気を高めようとしたので、叫んだ。


「待って、兄さま! 正面から来た敵はアタシがやる! そーいう約束のはずよ!」

 兄さまが目の端で、アタシを見る。

「アタシ、勇者なのよ! 信じて! 絶対に手を出さないで!」


 氷狼が身を震わせ、頭を激しく振り、後方へと下がる。

 兄さまが掌に気をこめて、ほんのちょっとだけ弾いたのだろう。


「……気を抜くなよ」

 兄さまが素早く横によけてくれる。

 ありがとう兄さま!

 その場所に立ち、氷狼を見すえた。


 鋭い爪のある前足が、宙を薙ぐ。


 ガツン! と、衝撃音が響く。


 ちょっと痛い!

 だけど、遠くから振動が伝わってくる感じ?

 我慢できる!

 ソルを同化させているアタシは硬くて重い。巨大狼の前足で払われても、その場に立ってられる!


 氷狼の鋭いが、ガンガンとアタシを襲う。

 頭にズンズン響いてくる。でも、平気だもん!

《あああ……この身が砕けそうです……冷たく硬い爪に蹂躙される肉体……魂までもが揺さぶられ、いずれは粉々に……》

 体の内に、ハアハア嬉しそうにあえいでいる奴が居る……で、でも、平気!


《衝撃波で、肉体に軽い負荷がかかっています。治癒しましょう》

 ラルムが淡々と治療をしてくれる。


 巨大狼が口を開き、アタシを呑みこもうとする。


 炎の剣を振りあげた。

「ピオさん!」

 アタシの命令に、炎の精霊が応える。

『不死鳥の剣』。そこから生み出される炎に、炎の精霊が宿り業火となる。

 更に……

「ヴァン!」

 風精霊に炎の周囲の風を操らせ、氷狼の全身を逃さず包ませる。


 全身を燃やしながら、氷狼の巨体が床へと沈んでいった。


《ソコマデ》


 審判の声が響き渡る。


 勇者一行と氷の精霊の戦いは、アタシ達の判定勝ちとなった。


「すごいぞ! よくやった、ジャンヌ! それでこそ、勇者だ!」

 兄さまはアタシに飛びつくように抱きついて……次の瞬間、おでこを抱えて、床にうずくまった。

 あ〜あ……

 アタシ、まだソルを同化させてるんだもん。大岩以上に硬いの。おでこをぶつけりゃ、丈夫な兄さまでも、そりゃあ、ねえ……。



《及第点をやろう》

 聞き覚えの無い声がした。


《魔力はなく、戦士としても未熟。しかし、及ばぬ実力を工夫で補おうとする努力……しもべに深く慕われている姿、勇者としての矜持には好感が持てたぞ》

 炎に包まれていた氷の狼が体を起こす。

 白みがかった水色の閃光が広がり、一瞬で炎は消える。

 氷塊の連なった山のような狼が、凛と頭をあげ、目だけでアタシを見下ろす。


《グラスと言う。そなたのしもべとなり共に魔王と戦ってやってもよいぞ?》

 ピシッピシピシピシッと音が響く。巨大な氷狼がヒビ割れてゆき、パキィィンと音をたてて粉々に砕けてゆく。

 粉雪のように細かい粒が、八方に砕け散ってゆき……

 雨のように降り注ぐ飛沫が、まばゆくキラキラと輝く。まるで、日の光を浴びているかのように。


 そして、その美しい粉雪の中から、颯爽と氷の精霊が現れたのだ……



 胸がキュンキュンした……


 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十四〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 お師匠様が、無表情のまま額に手をあてている。

 アタシはお師匠様に、氷の精霊を見せながら説明をした。

「ピロさんは、森のクマさんシリーズのぬいぐるみなの。職業は、物知りおじいさん」

《シロクマー》

 アタシの腕の中で、ピロさんがバンサーイと両手をあげる。

「あああああ、そうなの! 白クマなの! 森のクマさんシリーズで白クマなのは、ピロさんだけなの!」


 ピロさんは、真っ白なのだ。もこもこの白い毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、そして、丸いかわいい……クマ耳。

 頭がデカイ、二頭身!

 まさに、ぬいぐるみ! これぞ、ぬいぐるみ! ぬいぐるみ以外のなにものでもない!


 か、か、か、か、かぁわぁいぃ〜〜〜〜!


 アタシは腕の中のピロさんを、ぎゅ〜っと抱きしめた。


「……何故、森に白クマがいるのか……物知りおじいさんは、果たしてジョブなのか……この白クマと仲間にできなかった土精霊達と何が違うのか……私にはわからぬことばかりだが……」

 お師匠様が口角をほんの少しあげる。

「氷の精霊を仲間とできて良かったな、ジャンヌ」

「はい、お師匠様!」


 みんなが、アタシとピロさんを囲む。

「ジャンヌぅぅ! ボクにも! ボクにもピロさんを貸してぇぇ!」

「ジャンヌ……すまないが、俺にも少しだけ……」

《どうも! 風のヴァンです! 氷の御大と同僚になれて、ラッキーです。どうぞよろしく》

《水のラルムです。古老のお一人とお見受けいたします。氷界の重鎮が外界に赴かれてもよろしいのですか?》

 アタシの腕の中のクマさんが、おじいちゃんの声で答える。

《たまには外界に行かんと、氷界ボケしてしまうのでのう。ボケ防止で、しもべに立候補したんじゃ》

 赤いクマさんが、大きな頭をぶんぶんと大きく横に振る。

《ダメなのー NGなのー ピロおじーちゃんはねー 語尾に『クマー』ってつけなきゃなのー》

《おお。そうであったの。いかん、いかん、やるからには役になりきらんとのう……クマー》

 あ、いえ、無理に拘らなくてもいいです。話しやすい方で。

《土のソルと申します……先程は素晴らしいスパンキングを誠にありがとうございました。そ、それで……グラスさまとお呼びすればよろしいのでしょうか? それとも、ピロさま?》

《ジャンヌのしもべである間は、ピロじゃクマー》

《ピロおじーちゃん、そこは『ピロだクマー』でなきゃ》

《おお。そうであったのクマー。外界のものを真似るなぞ久しぶりじゃて、なかなかに難しいのうクマー》

《ぜんぜん、ダメー》

 ブーブーと、ピオさんがブーイングをする。

《ボクが演技指導してあげるのー ジャンヌのためにがんばってピロさんになりきるのー》

《すまぬのうクマー》



 ピロおじいちゃんと正式に契約を結ばなきゃ……

 背後を振り返った。

 今回もドロ様が宝石を贈ってくださるはず。


「あら?」


 ドロ様は、氷柱(ツララ)みたいなでっかい縦ロール髪の美少女と話をしていた。お姫様みたいな白いドレスを着ている。

 ドロ様の所にも、しもべ候補が来てるのね。

 炎、水、風、土につづいて氷も! この調子なら、ドロ様も八種全部集められそう!


《脆弱……笑ってしまうぐらい、憐れなお姿ですわねえ》

 ん?

《生き恥を晒してまで生にしがみついて、何をなさるおつもりなの?》

「決まってるだろ」

 ドロ様が、氷の美少女にニヤリと笑いかける。

「勇者ジャンヌと魔王退治さ」

 美少女精霊が口元に手をそえて、ホホホと上品に笑う。

《面白い事をおっしゃいますのね。あなた、本当、ユーモアのセンスがおありだわ》

「俺は女には嘘は言わねえよ……昔も今も、な」

 精霊が笑い声をあげるのを止め、静かに微笑む。綺麗だけど、冷たい感じに……氷の微笑って感じ。

《アレッサンドロ……今は、それがお名前ですのね? よろしくってよ、アレッサンドロ。あなたの勇者が魔王を倒すまでの間、しもべになってさしあげてもよろしくってよ》

「そいつは、有り難い。あんたについてもらや、百人力だ」

《百万人力の間違いではありませんこと? この(わたくし)がしもべとなるのです、これからのあなたの人生、勝ったも同然ですわ》


「ドロ様……その氷の精霊と知り合いなんですか?」

 ドロ様と氷の精霊が、アタシを見る。

「いいや。()の知り合いじゃないよ」

「そうなんですか? ずいぶん親しげな感じでしたけど……」

《親しくなぞ、ありませんわ》

 氷の美少女がツーンとした顔で答える。

《私はただ……この男があまりにも憐れな姿なので、ほんの少しだけ付き合う事にしただけですわ。未熟な者を導くのは、しもべ遊びの醍醐味ですもの》

 氷の精霊がホホホと笑う。

 しもべ遊び……か。



 魔王が目覚めるのは、八十日後だ。



 ドロ様から贈られた、ラピスラズリのブレスレットをピロさんとの契約の証とした。


 ドロ様も氷の美少女……グラキエスと契約を結んでいた。


 アタシは、ドロ様と氷の美少女を何度となく目で追ってしまった。


 何だかわかんないけど……

 胸がもやもやする……


 すっきりしない。


 むぅぅ……

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