精霊支配者の心得
びっくりした。
パーティ会場に紛れ込んだのかと思ったわよ。
どこ向いても、人、人、人……。
人じゃないのもいる。獣人、鳥人、リザードマン……。
ぜんぶで、百人はいそうな……
天井も床も柱も壁も全てが白みがかった水色……氷の神殿は淡く発光していた。他の神殿と造りは似ているけれども、四方に壁があるのが今までと違う。
でもって、人口密度が高い。
精霊募集の異世界人がいっぱい集まってる。
こ〜んなに異世界人が居るなんて!
水の神殿で甲虫さん達には会ったけど、炎、風、土では、まったく会わなかったのに!
転移の魔法陣から現れたアタシ達をは、ジロジロと見られた。うんざりとした溜息を漏らす奴、舌打ちする奴、ケッって感じにそっぽを向く奴……
うん……何となくわかる……歓迎されてない……
兄さまがアタシを背にかばい、ビビリの幼馴染がけなげにもアタシの左横に立つ。
「ジャンヌ、アレッサンドロ。精霊は下げろ。人が多いのだ、迷惑となる」と、お師匠様。
リュックの中に入ってるピオさんと兄さまのピナさん、二人だけを残し、精霊達を契約の石に戻した。左の中指のサファイヤの指輪、左耳のエメラルドのイヤリング、右耳のヘリオドールのイヤリングが、水、風、土の精霊との契約の証だ。
ドロ様も、美女四人を左手の指輪に戻した。小指、薬指、中指、人さし指の指輪が、それぞれとの契約の証なのだ。
「ジョゼフ、クロード、護衛の必要はない。待っていろ。ジャンヌだけ、私について来い」
「しかし……」
周囲に視線を走らせる兄さまに、お師匠様が淡々と言う。
「六人が休める場所を見つけておいてくれ。しばらくは、ここに居なければならん」
「ここに?」
兄さまとクロードがキョロキョロと辺りを見渡す。
他の神殿と同じくらいの広さだ。百人ぐらいが寝泊まりできそうではあるけど……それ以上の人間が居るんで、何とも狭く感じる。空気も悪いし……
「ジャンヌの為に、座れそうな場所を探しておいてくれ」
「……わかった」
兄さまは不承不承そう答えてから、アタシの背に声をかける。
「ピナさん、ピオさん。ジャンヌを頼む」
《まかせてなの〜》
《だいじょーぶ。ジャンヌは、ボクたちが、守るからー》
リュックから顔をのぞかせ、ぬいぐま精霊たちが答える。
お師匠様に連れられて、人と人の間を歩く。
寝っ転がってる人を踏まないように気をつけて。
柄の悪そうな奴、凶悪そうなの、おっかなそうな獣人が、それぞれのグループに固まって、だるそうにたむろっている。包帯を巻いてるヤツもいる……怪我人?
神殿のまん真ん中に浮かぶ、水色の大きな球体の前でお師匠様は足を止めた。
「こちらが氷の神殿の神官……導き手だ。異世界人との交渉役の氷精霊だ」
氷の精霊……
そう聞いて、大きな球を見つめた。
ツルツル、スベスベ、テカテカ。頭も手足も体もなければ、目も鼻も口もない。大きなボールみたいだ。
その球体に、お師匠様がそっと手を触れる。
「勇者ジャンヌ一行。メンバーは六人。しもべの精霊は炎水風土で九体。しもべと、魔王戦で共に戦う仲間を求めている」
お師匠様がそう言い終わるや、四方に動きがあった。
壁が変化したのだ。
東西南北、どの壁にも同じ文字列が記されている。
自動翻訳機能があるんで、アタシ達の世界の文字に見えるそれは……
横書きのPT名だったのだ。
今、気づいた。
縦にずらりと並んだその一番下に『勇者ジャンヌ一行』って浮かび上がったから。
「壁に刻まれてるのは、対戦順番表だ。一番上のPTが神殿の上階に転移し、氷の精霊と戦う。そのPTの対戦としもべ交渉が終了すると、文字列が一つづつ繰りあがってゆくのだ」
ちなみに、とお師匠様が言葉を続ける。
「再戦は十回まで可能。だが、再戦者は対戦順番の一番最後に回される」
『勇者の書 39――カガミ マサタカ』を読んでるから、知ってた。
氷界で戦闘になる事は。
精霊界の八大精霊は、大きく分けると二つ。
一つは、四元素精霊、炎水風土。万物の根源を支配する存在。
もう一つは、四事象精霊、氷雷光闇。四元素精霊を含有する、より超自然的な存在だ。
四元素精霊を下位、四事象精霊を上位と分類する世界もある。
三十九代目によれば、『司るものが異なるのみ。同位である』だそうだけど。
ただ、両者はご主人様選びのスタンスが大きく違う。
四元素精霊は、選出基準が非常に緩い。ぶっちゃけ、誰でもいいに近い。異世界にホームスティしに行きたいから、自分らの世界に来た者にホイホイついて行ってしまう。
けれども、四事象精霊は、自分を安売りしない。自分が認めた相手でなければ、主人に仰がないのだ。
氷の精霊をしもべとしたかったら、氷の神殿に戦闘申し込みをするしかない。
んで、氷の神殿がマッチメイクした対戦相手と格好良く戦う。絶対、負けちゃいけないし、無様な姿を見せてもいけない。
戦闘終了後に、対戦相手や観客の中からしもべ希望者を募るから。
「我々の他に十二組が待機中……戦闘になるまで十時間はかかりそうだ」
そんなに……?
めまいを感じた。
「氷界には最長三日しか滞在できん。二〜三回対戦したら、時間切れとなりそうだな」
異世界人達は仲間同士で固まっている。他のPTは、氷の精霊を巡るライバルだし、多ければ多いほど自分らの再戦間隔が開く。他PTをけむたく思うのも、無理はないかも。
『消えちまえ』って感じにアタシを睨みつける獣人さん達の横を通りぬけ、兄さまたちと合流した。
転移の魔法陣の側の空いた場所に、全員、荷物は下ろせたみたい。でも、このスペースじゃ、座るのはともかく六人が寝転がるのは無理そう。
「次の対戦グループの番がくれば、その者らが居た場所が空く。窮屈だろうが、しばし待とう」
抑揚のない声でそう言うお師匠様に、クロードが「わかりました」と素直に頷く。
アタシも荷物を下ろした。ピオさんとピナさんを出して、荷物によっかかって座る。
むわっとしてる。
人が多すぎるせいか、空気は淀んでて、ちょっと暑い……
血や汗やいろんなものが混じった臭いも漂っている……
「ふはははは。実に、不穏で、がらが悪く、犯罪の温床となりそうな、素晴らしい場所だな」
どういうわけか、使徒様はご機嫌だ。腰をくねっとひねったアレなポーズをとっている。
「・・布教しがいがある」
えー
「布教活動……するの?」
「ククク・・俺を誰と思っている? 俺は神の使徒。邪悪を粛清することこそが、俺の存在理由・・・邪悪予備軍を正道へと導くことも副業としてやっている」
いや、布教は僧侶のお仕事。副業じゃなくて、本業でしょ。
「……マルタン、くれぐれも騒動は起こすなよ」
釘を刺すお師匠様に、
「御意に、賢者殿・・・」
マルタンが丁寧に答えてから、歩き出す。
大丈夫かしら……。
マルタンはお師匠様に対しては敬意を払うし、言う事もわりと素直に聞く。
でも、神父の僧服に十字架、五芒星つき指出し革手袋、背中にはタントラ模様なうさんくさい僧侶なのよ……異世界人、誰も話を聞いてくれないんじゃ?……ブチ切れたりしないかなあ。
「アウラだけ呼び出してもいいですかね、賢者さま」
アタシやクロードを見ながら、ドロ様が頬をポリポリと撫でる。
「ここはちょいと空気が悪すぎる。本番前に、勇者さまたちがへばっちゃ、もともこもない。風の結界を張って、内部を清涼な空気で満たしたい。いいですかい?」
アタシとクロードそれから兄さまへと視線を動かしてから、感情の浮かばぬ顔でお師匠様が頷く。
「周囲に障りなくできるのであれば、是非頼む」
「できますよ」
ドロ様が、男くさくニヤリと笑う。
「俺のアウラは器用な女ですからね。使徒様まではさすがに無理だが、俺の周囲にいるみなさんだけを包み込む形で結界を張らせますぜ」
自信たっぷりに笑うそのお顔は、肉食獣のよう……いつ見ても、ドロ様はワイルドでかっこいい……
ドロ様が左の中指の指輪に接吻する。
「アウラ」
ドロ様の呼びかけに応え、エッチな格好のおねえさんが現れ、ふよふよと宙に浮く。
全裸に、半透明な薄緑色のベールを何枚も巻きつけただけの姿。ベールを風に舞わせ、大切な部分をきっちり隠してはいるけど。
「ここは空気がうまくないんだ。俺達をおまえの中に、優しく柔らかく包み込んでくれねえか?」
緑の髪のおねーさんが、ケラケラと笑う。
《おっけー》
おねーさんがベールを一枚サッと取り、投げる。風をはらむベールがアタシ達を囲んでふくらむ。半球状のドームを作るかのように。
「あ」
涼しい風を感じた。
呼吸も楽になってる。
何時の間にか、おねーさんが投げたベールは目に見えなくなっている。けど、すぐ側にあるのだろう。アタシ達は風の精霊の結界に包み込まれたようだ。
《あのねー あのねー ジャンヌ》
腕の中のピオさんが、短い手でアタシの左耳を指す。
《ヴァンたちが話したいってー》
え?
「宝石に宿っている間、精霊達は現実から耳目も口もふさいでいる。命令がない限り『実体化しない。主人の私生活を覗き見しない。主人の人生に口を出さない。主人の世界に力を及ぼさない』。それがしもべの礼儀なんだ」と、ドロ様。
へー
「だが、『耳と口』だけは制約をかけない事をお勧めする。精霊は、人間にはない知識や知恵を持っている。助言がもらえる時は、聞いとくべきだ。実行するかどうかは、精霊支配者たるお嬢ちゃんが決めるんだ」
「わかりました。どうすればいいんですか?」
「精霊の名を呼び、言葉で命じりゃいい。『助言は、いついかなる時でも許す。我が心にのみ聞こえるように伝えよ。必要と判断する時のみ、その声、主人以外にも伝えること許す』。ま、そんな感じで」
「……その通りだ、アレッサンドロ」
お師匠様がすみれ色の瞳を微かに細める。
「たいしたものだ……おまえの知識はいつも正確だ」
「お誉めにあずかり、光栄ですぜ。賢者さま」
ドロ様がフフッと笑う。
「しかし、しょせん、素人の付け焼刃。いかがわしい本を読んだだけだ。そのうち、きっとボロを出しちまいますよ」
……そんな事なさそうだけど。
《ジャンヌ》
はやくはやく、とピオさんが手を振って促す。
わかったわ、やってみる。
「ラルム、ヴァン、ソル。アタシに話したいことがあったら、いつでも聞かせて。必要だと思うのなら、みんなに聞こえる声で。そうじゃなかったらアタシにだけこっそり話して」
その言葉が終わった途端、三つの声がアタシの心の中に滑りこんでくる。
《百一代目勇者様。今のあなたでは、実力不足です。氷の精霊を相手に無様な姿をさらさぬ為に、戦闘訓練をしませんか?》
《オジョーチャン。ちょっとばっかし、オレと付き合わない? 精霊支配者としての戦い方を教えてやるよ》
《……ハァハァ、ハァハァ……》
おもいっきり、右耳を平手ではたいた。
痛ッ〜〜〜〜!
っくそ! 失敗した!
イヤリングじゃなく、床に打ちつけられるブローチか何かを契約の石にするんだった!
ソルぅぅぅ〜 あんた、もうしゃべるなッ!
ラルムとヴァンには、お師匠様やみんなにも聞こえる声で話してもらう事にした。
《私は水鏡が作れます。百一代目勇者様の精神だけを内に取り込み、疑似空間でイメージトレーニングする事を提案します》と、水のラルム。
《オレは氷の精霊と戦闘経験があります。オレのイメージをラルムに提供すりゃ、水鏡の中で対氷の精霊の模擬戦闘もできます。戦闘を通じ、精霊支配者としてのあり方を勇者さまにお教えできます》と、ベテランしもべのヴァン。
「有り難い申し出だな。是非、頼む」と、お師匠様。
《ジャンヌの番が近くなったら〜 わたしが、ピオに教えるわ〜 わたしたちぃ〜 同じ炎から生まれたから〜 遠くにいてもおしゃべりできるの〜 心が通じ合ってるの〜》と、ピナさん。
てなわけで、アタシは横になる事になった。
アタシが寝っころがるとますます狭くなるんで、申し訳ないけど……。
契約の石に籠ったまんま水鏡が作れるってラルムが言ったんで、任せた。
《肉体は睡眠状態で、水鏡の外に放置されます。無防備となりますので、外の方は百一代目勇者様の肉体の護衛を願います》
「わかった。ジャンヌは俺が守る」
と、ジョゼ兄さま。ところが、ラルムは……
《あなたの護衛は要りません。百一代目勇者様の肉体は、占い師が風精霊に張らせた結界の内にあります。風精霊の結界がある限り、誰も侵入できないのです。たかが人間のあなたなどに、出番があるものですか》
なんて事言ってくれちゃって。
兄さまの顔に険が浮かぶ。
「……なんだと?」
《数時間も側で待機し続けるなど、無意味です。氷の精霊との戦闘に備え、充分な休息をとり、準備運動などして過ごされてはいかがです? ひ弱な人間なのですから》
兄さまの顔が朱を帯びる。
《百一代目勇者様もお仲間も、精霊を手に入れたのです。人間などよりも遥かに優秀な護衛役です。現実をみすえ、ふさわしいものに役を譲ることこそ賢明》
「ラルム! 黙って!」
アタシの命令に、水の精霊が従う。
兄さまは拳を握りしめ、唇を噛みしめて、たたずんでいる。
殴りかかりたくても、今、ラルムは契約の石の中。実体化していない。怒りのぶつけどころがないのだ。
兄さまは、ただ身を震わせている……
「ごめんなさい、兄さま。ラルムが……」
目だけを動かして、兄さまがアタシを見る。
「……いや、いい」
大きな手がポンポンとアタシの頭を撫でる。
「しっかり修行してこいよ」
兄さま……
《ジョゼ、元気だすの〜》と、ピナさんが兄さまを慰め、
「ジョゼぇぇ、泣いちゃダメだよ〜〜〜」と、幼馴染が兄さまに抱きつく。『誰が泣くか』と兄さまにこづかれてたけど。
《油断してバカ見る奴より、不測の事態に備える男のが格好いいわん》
風精霊のおねーさんが、兄さまにウィンクを送る。
《勇者さまのおにーさん。アタシの結界がピンチになりかけたら、真っ先にお知らせするわね。休息をとりつつ、緊急時には素早く対応。それで、どう?》
「……すまんな」
苦い笑みを浮かべ、兄さまがドロ様の精霊に頭を下げる。
「話に決着がついたな? では、ジャンヌ、水鏡の中に向かえ。水精霊に命じ、その指示に従い……」
……お、お師匠様……
あいかわらずですね……ラルム同様、空気を読めなさすぎ……
「クロード」
アタシは目で、幼馴染にすがった。『兄さまをお願いね』と。
幼馴染がにっこりと微笑んで、頷く。『任せて!』って感じに。
アタシだけへの会話を許可すると、水精霊は弁解を始めた。
《私は間違ったことは言っていません。人間には活動限界時間があり、肉体疲労による能力低下がある以上、もはや護衛役は全て》
ラルムの声をヴァンが遮る。
《はいはいはいはい。ラルム君。その話は、また今度だ。君の気がすむまで、後でオレがとことんつきあってあげようじゃないか。けど、今は水鏡修行だ。ご主人様の為に、きっちり働け》
寝転がったアタシを映すように、薄い水の膜が宙に浮かぶ。
水鏡だ。
ラルムの魔法で、アタシは眠りに就き……
気がつくと、氷の世界に居た。
《オレの記憶から再現した、氷界の闘技場だよ。三番目、八番目、九番目の主人のお供で氷の精霊と戦った事があるんでね》
すぐ側に、ヴァンが唐突に現れる。
土界が土だらけの世界だったように、氷界は氷の世界だ。
濁りも泡もない透明な氷しか、存在していない。
周囲は、氷壁に囲まれている。
アタシが居るのは、大きな氷塊の中を直方体に切り取りった感じの所。ぽっかり空いた穴の中。上を見上げれば、遥か遠くに青い空のように氷面がある。
ここが、闘技場なのか。
屋根も柱もなく、あるのは水色に淡く発光している床だけなのだ。
精神だけの存在のはずなのに、アタシには体があった。服もいつも通り。腰にはドワーフの王様からもらった魔法剣がある。
《戦闘シミュレーションなのです。現実通りのあなたを再現しなければ意味がありません》
ツーンと澄ました顔の水の精霊も姿をみせ、
《氷の弱点は炎だよー ボクを活躍させてねー ジャンヌ》
赤いぬいぐまも現れた。
でもって……
《女王さま……どうぞワタクシめをご利用ください……一つとなりましょう……》
ハアハアとあえぐ怪しい男が現れた。
ちょっ!
「あんた、何よ、その格好は!」
思わず叫んでしまった。
やめろと言っただろーが、裸ネクタイにブーメランパンツに靴下は!
《女王さまのご希望通り、コスチュームチェンジいたしました……パンツを百%コットン素材のイメージから、黒光りする合成繊維に。水着風となりましたので、股間へのフィット感がより向上し、》
とりあえず、変態は蹴っ飛ばして黙らせておいた。
蹴飛ばせるとは……確かに肉体はいつも通りみたいね。
《んじゃ、オジョーチャン、ソルを内に受け入れて。一体化するんだ》
へ?
《土の精霊と一体化することで、防御力をあげるんだ。精霊支配者の常套手段だぜ?》
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やだ! パンツ一枚の変態となんか、一つになれない!」
《気にすんなよ。今はそれでも、本体は土なわけだし》
いやいやいやいや! 気にするわよ!
「絶対、嫌! 言ったでしょ、アタシ、変態は嫌いなの!」
そこ! 『変態』とののしられたからって、嬉しそうに頬を染めるなッ!
チッチッチッと、ヴァンが指を振る。
《断言する。オジョーチャンが無様な戦いをしたら、しもべどころか仲間すら手に入らない》
え?
《氷の精霊は仕えたい相手の頭の中を読み、その者にとって好ましい姿をとって契約交渉の場に現れる。あんたの仲間目当ての精霊は、あんた好みの格好じゃ現れないってわけ》
う。
《格好よく活躍して、氷の精霊をゲットしなきゃな》
ううう。
で、でも……
アタシは横目でチラリと見た。蹲ってアタシを見上げるマッチョは、頬を染め、ねちっこい視線でアタシを見つめている……
全身に冷たいものが走った……
ポンと肩をたたかれる。
《勇者さま。百人の萌え彼をゲットして、魔王を倒すんだろ? 世界があんたを待ってるぜ》
ヴァンがニヤリと笑う。
《さ、ソルと一つになれよ♪》
……楽しそうね、ヴァン……
《あああ。これが、ご主人さまの内。さながら青い果実のように、いたいけで、かたくな、それでいておとめちっくに甘くて、みずみずしく……》
黙れ、変態!
変態が人の姿をやめてアタシの内側に入り込んで同化したのよ……体の内側から声がする。うひぃぃぃ、鳥肌が……
《見てな》
ソルに作り出させた石の塊を、ヴァンがポーンと宙に放つ。途端、つむじ風が吹き、石が粉ごなになる……
ニヤリと笑ったヴァンが、アタシへと旋風を放つ。
びっくりしたけど。
風がまとわりついても何って事ない。石の塊を粉々に引き裂くような風に包まれているのに、何も感じない。痛くないし、皮膚が切れる事も、髪が乱れる事すらないのだ。
《ピオ。勇者さまを殴ってみな》
《え〜〜〜〜 無理〜〜》
クマさんが、ぶんぶんとかぶりを振る。
《女の子はなぐれないのー 男がすたるのー》
胸がきゅぅぅんとした。
あら、やだ……
その台詞、ちょっと嬉しい……
ヴァンが肩をすくめる。
《しょーがねえなあ。オレは荒っぽいのは苦手なんだが……》
おどけるように笑いながらアタシに近づき、ヴァンが拳を入れてくる。お腹にズン! と響く。けど、やっぱり全然痛くない。
《な? 土の精霊を同化させりゃ、物理防御は完璧だろ?》
そうね。
悔しいけど優秀ね、土精霊……
《あああ……お誉めにあずかり光栄に存じます、女王さま……今後ともこのワタクシめをお側に置き、幾久しくご愛顧くださるよう、重ねて》
「やだ」
と、だけ簡潔に答えてやった。
それでも、《あああ……また、そんな……ワタクシの心をくすぐるような、言葉責めを……》とか言って喜ぶんだもんなー 何も反応しない方がいいのかも……。
《精霊を同時に数体とりこむ事もできるよ。だが、どの精霊にどんな仕事をさせるのか、きちんと指示をしなきゃいけねえ。数体の精霊に体内で勝手をさせたら、危険だ。人間の体は脆弱だからね、崩壊しかねない》
崩壊……
《腕がポロンとか、血がドバーとか、内臓ドカ〜ンとか、そんな感じ》
げっ!
《仕事を限定させときゃ大丈夫。全身の強化は土の精霊に任せ、攻撃を放つ手のみに炎の精霊を宿らせ、肉体の損傷には水の精霊を使う、とかね》
なるほど……
風の精霊は、どう使えばいいの?
《氷に風をぶつけるのは得策じゃねえ。遊撃させてちょっとした牽制に使うか、素早く動きたい時にオレを同化して運動機能を委ねるとかだね》
ふむふむ。
《てなわけで、シミュレーションだ》
ヴァンの目配せに、ラルムが頷く。
闘技場に、氷の精霊が現れた。
巨大な氷ゴーレムみたいな奴。
《本番じゃ、数十から数百の敵と戦う事になる。けど、まずは一体だけとやりあおう。オレたちをうまく使って、あのデカブツにチャレンジだ》