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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
42/236

はずみスイッチ

 精霊界には、夜も昼もない。

 だけれども、『自動ネジまき 時計くん』が夜の時間を指すと、ぴったりと来訪者は止む。

 アタシ達の思考を読んで、休息時間には邪魔しないようにしてくれてるんだと思う。


 後は、食べて寝るだけだ。


 ドロ様御殿から出て来たクロードに、「なにしてたの?」って聞いてみた。

 幼馴染は「ないしょ」と、へら〜っと笑う。

 ストロベリーブロンドの髪に、大きな緑の瞳、すらりとした鼻、薄い口唇。

 女の子みたいな可愛い顔立ちなんだけど……ちょっとやつれたような。

「ケチね、教えなさいよ」

 そう言ってつっつくと、クロードは困ったような顔になって、

「がんばるジャンヌの助けになりたいから、ボクもがんばろうって思って……アレッサンドロさんと使徒様にご助言をいただいてたんだ」と、だけ言った。

 それ以上のことは話したがらない。

 男として、語れないのかも。

「なんだかわかんないけど、がんばってね」

 励ますと、クロードはえへへと嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。

 小犬みたいな顔で。



「精霊界の最長滞在日数は二十日。仲間もしもべも増やせずとも、明日の午後には次のエリアに移動する」

 お師匠様が淡々と言う。


 魔王が目覚めるのは、八十一日後。

 精霊に留まれるのも、あと十一日だ。

 まだ氷雷光闇エリアに行かなきゃいけないし……それ以上、粘れないのはわかる。


 アタシは外を見た。

 全てが黄色い土の神殿。その屋根から先には、土壁しかない。

 厚い岩と土……その中に土の精霊が何万といるのに……


 土界に来てもうすぐ二日……これぞ! という出逢いは訪れていない。




 夜中に、ふと目が覚めた。


 寝なおそうとしたけど、全然、ダメ。

 仕方ないんで、体を起こした。


 床で毛布にくるまて眠っているお師匠様、クロード、兄さま。兄さまの胸のあたりに、ピナさんがくっついて丸くなっている。

 ドロ様御殿のベッドを奪って、高イビキをかいて寝てる使徒様。

 ベッドをとられたドロ様は、風の精霊を毛布にして赤いソファーで横になっている。あっちも寝心地良さそうではあるけど……本当、ドロ様って寛大だ。


《オジョーチャン。こっちでデートしない?》

 頭の中に思念がすべりこんでくる。

 ドロ様御殿の反対側、神殿の端でラルムの肩を抱いたヴァンが、おいで手招きしている。赤いぬいぐまもヴァンの前にちょこんと座ってる。


《しゃべらなくていいぜ。オレ達は人間の心が読める。寝た子を起こさないように、しずか〜に夜のデートを洒落こもうぜ》


 どうせ眠れそうにないし、精霊の誘いにのった。


《コップをいただけますか?》

 鉄のコップをラルムが水で満たし、ぬいぐまのピオさんが温める。温度調節の指示は、ヴァンの担当。グラグラと煮え立つことなく、コップから湯気があがった。

《仕上げは俺だ》

 ヴァンから渡されたコップからは、いい香りがした。柑橘系の香り?

《俺が覚えている香りをくっつけた。水ばっかで飽きてるだろ?》

 美味しい……

 レモネードみたい。ただのお湯のはずなのに、爽やかなホットドリンクのように感じられた。


《ジャンヌ、わらったー》

《……リラックスしてますね。飲み物だけで》

 ん?


 ヴァンがニヤッと笑って、ラルムをこづく。

《な? 女ってのはサプライズが大好きなんだよ。心の中の望みをそのまんま叶えるだけじゃ、芸がなさすぎ。意表をついて喜んでもらう……それが一流のしもべさ》


 面白くなさそうな顔で、ラルムが言う。

《土界に着いてから、あなたの顔に笑みが浮かぶ頻度が落ちました。ストレスが原因です。あなたの心から憂いを取り除けば笑顔が戻る、と私は主張したのですが……》

《だからって、男が面子(メンツ)をかけて頑張ってる事、主人にペラペラと話すなっての》

 クロードのことか……

《「謎」はいいよね。「謎」を感じさせるミステリアスな女は、オレは大好きだよー それと一緒。男も「謎」があった方がいい。格好いいもんな?》

 セクシーな視線を送ってくるヴァンに、そうねと頷いた。


 気にはなるけど……

 クロードが何かを頑張ろうとしてるんだもん。あたたかく見守るべきよね……。


《今は材料が無いから、たいしたことが出来ねーが》

 ヴァンが、明るく笑う。

《オレ、家事も得意なんだ》

 え? 本当?

《ほんと、ほんと。掃除も洗濯も料理も、ドーンと任せてくれ。仲間の精霊を使って効率よくやれるし、人間用の道具を使ってもやれるよ。オレの女には、高級ホテル並のサービスを提供するぜ》

「へー すごーい」

 思わず声に出しちゃった。お師匠様について、家事も習った。でも、あんま好きじゃない。アタシのポタージュ、お師匠様のほど美味しくないし……

《作ってやろうか?》

 え?

《あんたのだめだけに、コーンポタージュ、作るよ》

 え〜

 ぜひ、ぜひ!

 やん、嬉しい。

 彼氏の手作り料理?


《……ますます笑顔になりましたね》

 ラルムはいっそう不機嫌顔になり、反対にヴァンの笑顔が輝く。

《オレが優秀なしもべである事を納得してくれたかな、ラルム君? これからはオレについて、しもべ道を真剣に学んでもらおうじゃないか》

《ヴァン。ボクもボクもー ボクも、ユーシューなしもべになるー 教えてー》と、ピオさん。

《ああ、いいぜ。みんなで、オジョーチャンを喜ばせてやろーぜ》


 胸がジーンとした。

 三人が、あたしの伴侶兼しもべになってくれて良かった。

 土精霊との出逢いはいまいちだけど……

 アタシには素晴らしい仲間がいる。それだけで満足だ……


《馬鹿なことを考えないでください。土精霊もしもべにすべきです》

 トゲトゲした思念が、頭の中に入ってくる。

《八大精霊を従える精霊支配者と、七種の精霊しか持たぬ精霊支配者では大違いです。一精霊の差と、あなどらないでください。実力は雲泥の差に開くのです》

 そんな大げさな……

《大袈裟ではありません。八精霊揃っての合体技が使えなくなりますし、防御も司る土が欠ける事で守護面にも不安が生じます。更に言えば、》


《ま、ま、ま、ま、ま》

 長くなりそうなラルムのしゃべりを、ヴァンが遮る。

《その知識に間違いはない。まあ、土精霊が欠けても工夫次第でどうにかはなる……とオレは思っている。けど、一精霊が欠ければ、精霊支配者としての人生はイージーモードからハードモードになる。二精霊が欠ければ、ベリー・ハードだ。その覚悟だけは持って欲しい》

 う。


《伴侶枠に入らなくても、しもべにはできるでしょう? 適当な精霊をしもべに選んではどうです?》

 適当……

 それは、嫌だな。

 誰でもいいなんて、精霊に失礼な気がする。


 それに、どうせなら仲良くなれそうな子をしもべにしたい。

 アタシに関心の無い子をしもべにして連れ歩くんじゃ、寂しいというか……


《高望みは、お勧めできません。『勇者』の称号こそありますが、あなたの能力はたいへん低い。知能指数は低く、知識はなく、魔力もなく、剣技も平凡に毛が生えた程度。『あなたを主人にしたい!』と本気で望む精霊は皆無と推測されます》

 ラルム……。

 正直なご推測をありがとう……。

 あんた賢いけど、人間の感情に対して無神経よね。誘拐の件がまだすっきりしてなさそうな兄さまやクロードの前で、平気でアタシを『馬鹿だ、馬鹿だ』って、くさすし。

《悔いたところで、過去の行動をなかった事にはできません。今後のあなたの為に働く事こそが贖罪ではありませんか?》

 はい、はい。わかったわよ、頼りにしてるわよ。

 でも、たまにはアタシに優しい言葉をかけてよね。


《ま、中には居るんじゃねーの、オジョーチャンに興味がある奴も。精霊は人の心が読めるからな》

 風のヴァンがゲラゲラと笑う。

《100人の萌え彼とか超うける〜 集まらなさそ〜 でもって、魔王戦でちゅどーんもありだろ? 波乱万丈なご主人様! 一緒にいたら、退屈しねえ。そーいう面白い人間が好きな土の精霊も、きっと居るよ、うん》

 面白くないわよ……アタシ的には。

 ヴァンが笑うのをやめ、緑の髪をかきあげる。

《押しかけてくる奴らにピンとこねえなら、自分をアピールしてみちゃどうだ? アタシの所にくればこ〜んなにお得よって宣伝するわけ》


 八十一日後が魔王戦。魔王に100万以上のダメージを出せる土精霊(ヒト)募集……だけじゃ、だめ?


《ぜんぜん、ダメー》と、ピオさん。

《ボクはー 燃える格闘家のジョゼに惹かれたのー ピナもー》


《私は、あなたが百一代目勇者ゆえですね》と、ラルム。


《俺は、風界で一番最初に出逢った女だから、あんたを選んだ。出逢い自体が運命だったのさ》

 ヴァンがへらへら笑う。

《てなわけで、精霊にも理由があるわけよ。『誰でもいいからご主人様にしよう』ってな奴等が嫌だったら、オジョーチャンも頑張らなきゃ。何がなんでもこの人をご主人様にしたい! って精霊をキュンキュンさせるんだよ》

 なるほど。

……具体的には?


《う〜ん……オジョーチャンは魔力ないしなあ……ニッチな層を狙い撃ちがお勧めかな》

 む?


《ま、よーするにだ。アタシはこういう男が好みなのー ぜひ来て〜 と心の中でおねだりすりゃいいんだよ、うん》

 ぬいぐまや番長黒ウサギとか?

《いや、外見はどーでもいい。精霊は変身できる。性別も思いのまま。大事なのは中身さ。気が合うヤツを探した方がいい》

 ふむ……


《精霊支配者様は、何万もの精霊の中から自分のしもべを選ぶのです。その全てと深く知り合うなど不可能……。あなたもご存じのように、カガミ マサタカ様も水界で精霊達を見まわしてやむなく『選んだ』だけでした》

 生涯の主人! と惚れ込んだ人間に連れて行ってもらえなかった水の精霊が、溜息をつく。

 肩より下の辺りでゆったりと結ばれた水色の長髪、水色のローブ、杖は無いけど魔術師みたいな姿だ。

《具体的なイメージを伝えてもらえる方が、精霊側も助かります。応えるべきか自問できますし……その方にふさわしくなれるよう進化もできますから》


 アタシが具体的な萌えイメージを想像すれば、それに合致する子が現れてくれるかもしれないって事ね。


 土精霊だから……

 気は優しくて力持ち……

 逞しくって、頼りがいがあって、真面目な兄貴……かな?


《ぜんぜん、ダメー》

 ブーブーと、ピオさんがブーイングをする。

《ありきたりなのー そんなんじゃ、ニッチな子のハートをズギューンできないもん。リテイクなのー》


 む。


《土精霊は防御力が高い為、主人の護衛役を務める事が多いです。側に置きたいタイプとしてイメージしてはいかがです?》と、ラルム。


 なるほどね。

 なら……

 ラブリーな子がいいかな。

 側にいてくれるだけで癒される、ほんわかタイプ。

 明るくて、おしゃべりで、気さく。優しくって、ユーモアがあって、楽しい子がいいわ。


《へー》

 ヴァンがニヤニヤ笑う。

《今の護衛役とタイプが違うな》

 ん?

《あんたの兄さんと、希望の護衛役……タイプが違いすぎだよな?》


《だねー》と、ピオさん。

《ジョゼはー ラブリーじゃないのー 熱血で、暑苦しいのー ほんわかもしてないのー ぶっきらぼうで、暴れん坊で、照れ屋ー 優しいけど、ユーモアの才能はないのー》


 それは、そうだけど……

 しょーがないじゃない。

 兄さまは兄さまだし……

 今更、性格を変えられないし……


《つまり、だ。タイプじゃなくともいい。大目に見て側に置いてやれる……ってわけだ》

 む?

『側に置いてやる』だなんて……そんな。アタシ、兄さまより偉いわけじゃないし……


《……それはそうと、オジョーチャン、知ってるかい?》

 妖しい笑みを浮かべた風の精霊が、アタシへと囁く。緑の髪とマントにふわりとした服を風に靡かせながら。

《土の精霊はな……踏まれるのが好きなんだよ》


 へ?


《だって、大地だぜ。踏まれて、当然だろ?》

 あ。いや、まあ、そうかも……

《体の上にいろんな生き物を置いて、自分を踏ませて暮らすんだ。好きもでなきゃ、やってらんねえよ。まあ、たまにプッツンして地震を起こしたりもするけど。愛するものの為なら何をされてもいい、むしろ何かされたいってのが土なわけ》

 え〜

《生きものやら植物の根やら、体の中にいろんなものを棲ませる。体中を食い破られ、水やら養分やら蓄えたものを強引に奪われても、ひたすら耐える……それどころか自分を食い荒らす植物達を倒れないよう支えてあげるんだよ、土は》

 う……

《愛ゆえに、踏まれても、穴を掘られても、文句を言わない。スキやクワで体をザクザクに切り刻まれても耐え、水や老廃物を浴びせられてもいいんだよ。許しちゃうんだよ、土は》

 げぇ……


《すげぇ嫌そうな顔してるね、オジョーチャン》

 ヴァンはニコニコ笑っている。

《だが、たいていの世界で土ってのはそういうもんだ》

 ヴァンが掌で、神殿から先を指す。そこには、土界の土壁がある。

《けれども、土界は違う。ここに存在するのは岩土だけだ。育むべき命も、養うべきものもない。ここにいる限り、土の精霊は誰にも侵されない。自分の身を削って他の生き物を養うのが嫌なら、しもべにならなきゃいい。土界に籠ってれば安全だ》

 ヴァンが、ニヤッと笑う。

《つまり……よその世界に行きたがる土の精霊は、異世界で土になる自分にうっとりしちゃうタイプだけだ。踏みにじられて悦ぶ趣味のヤツしかいないのさ》


 ゾワッと全身が粟だった。

「パス! パス! パス!」

 おぞけがひどくって、自分の体を抱きしめて縮こまった。


 自分で言うのも何だけど、アタシ、好みのキャパは広い方だと思う!

 ヤサ男からごっつい系、子供からおじいちゃんまで、ファンシーもブサかわもOK! わりと何でもありよ!

 でも、でも、でも!

 その手の濃いタイプだけは、駄目ッ!

 萌えない!

 てか、嫌なの!

 生理的嫌悪感がぁぁぁ!

 絶対、お近づきになりたくないっっ!


《おやおや、オレとしたことが、失敗したかなあ。土の精霊とオジョーチャンの絆を深めようとしたのに、逆効果だったか〜》

 ニヤニヤ笑いながら、ヴァンが顔を近づけてくる。

《けどさ、オジョーチャン》

 何よ……

《あんたの兄さんだって、たいして変わらないぜ?》


 へ?


《だってそうだろ? 兄さんは、オジョーチャン至上主義。あんたが何しようが、我慢する。ぶん殴られようが、無視されようが、嫌な命令されようが、な》

 う。

《あんたが可愛くって可愛くって、全部、許してるんだろ? で、必死にあんたを守ってるんだ。ま、ちょ〜過保護すぎて、せっかくの萌えタイムに視界を塞ごうとしたりさー 乙女心がわかってないけど。いらん時に邪魔すんな! って肘鉄くれたりもしてたろ?》

 ぐ。

……人の記憶、勝手に読まないでよ。


 てか、ジョゼ兄さまと変態をいっしょにしないで!

 アタシと兄さまは、兄妹愛で結ばれてるのよ!


《うん、仲良し兄妹だもんな。オジョーチャンも、その場ではうっとーしい! って暴力で追い払っても、心の中じゃ兄さんを大切に思ってる》


 当たり前じゃない!

 たった一人の家族だもん!


《つまり、『愛』があるから、全部、許せるんだ。暴れん坊で、空気が読めなくて、つきあい下手で、ファンシー好きなダメダメ兄貴でも》


「ちょっと! そこまで言う事ないじゃない!」

 さすがに、カーッ! ときた。

「たしかに兄さまには、ダメなとこもあるわよ! だけど、いいとこだっていっぱいあるのよ! 侮辱は許さないわ!」


 悪い悪いと、ヴァンがへらへらと謝る。

《身内と認めたら、とことん愛し、庇い、守り、抱える……。残念なところがあっても、見捨てない。義妹ゆえ……そして、勇者ゆえだな》

「当然でしょ! 勇者はね、何があっても仲間と共に生きるの! それが勇者ってものよ!」

《素晴らしい、よく言い切った! それでこそ、勇者さま。いや、キュンキュンものの女主人だよ!》

 む?

 ニコニコ笑いながら、ヴァンがアタシを立ちあがらせる。

《右足をあげて……もっと高く……足裏を下に向けて》

 言われた通りにして、じきに……


 アタシの足は、ペチッと何かを踏んだ。


 足の下のものが何なのか確認して……


 アタシの頭の中は、真っ白となった……



 すっごくびっくりした!


 白い双丘……

 誰かのそれを見たのは初めてだったから……


 はずみで、胸のキュンキュン・スイッチが……

 ポチンと……入っちゃって……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十五〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 踏んづけてるのは、つるんつるんの頭……

 髪の毛が一本もない……

 足の下に現れたのは、土下座しているハゲ男だった……

 しかも……

 お尻が露出……?

 ぜん……ら……?


 慌てて足を引くと、それが少しだけ顔をあげる。

 ごっつい系のハンサム……だと思う。

 アタシをひたすら見つめる熱を帯びた目、ハアハアと荒い息を吐く鼻と口、うっとりと赤く染まった頬……

《ソルと申します……こ、この姿で精霊支配者さまの御前に出るのにはためらいがありましたが……鷹揚なあなた様ならば、きっと……。是非、ワタクシめをご主人さまのしもべにしてください……》


 全身におぞけが走った。


「いやーっ!」

 何かを思う前に、足が動いていた。

 アタシは、それを蹴り飛ばしていた。


 そいつはとても大きいのに、楽々と蹴れた。

 まるで小石みたいに軽い。


 大きな男が宙を舞い、ゴロンと床にひっくり返る。


「う!」

 口元を押さえた。


『降参』のポーズを見せる犬のよう……てか、チンチンする犬みたいに両手両足をあげた格好で仰向けになったのだ。

 全裸ではなかった。

 けど、それ以上だった。

 筋肉が隆起したごっつい体を覆うのは、黒のネクタイに靴下、逆三角の水着もどき……お尻の露出の激しいそれは、確か……ブーメランパンツってヤツ……

 なんで裸ネクタイ? なぜに靴下? どーしてそんなパンツ?

 しかも! これでもかってぐらいに筋肉隆々な体なのに、色が白いのよ! で、スキンヘッド!


 ポケットからハンカチを出して、靴底を拭いた。夢中で、もう、ただひたすらに!

 キモすぎて、全身鳥肌がびっしりよ!


 変態よ!

 変態だわ!

 変態なんか触りたくない! 目にも入れたくない!

 ゾッとするわ、変態なんて!


 アタシが『変態』と思う度に、マッチョ男が、ぞくぞくっと身を震わせる。

 でもって、アタシを見る目が更に熱を帯びる。


《潔癖な乙女らしい、容赦のない思考……蔑みの瞳……どれをとっても完璧。あああ……素晴らしいです……あなた様のようなご主人様が欲しかったんです……》


 ちょっ!

 ちょっ!

 ちょっ!


 丸めたハンカチを投げつけても、蹴っ飛ばしてやっても、土の精霊はうっとりしている……

《あああ……もっと……。もっと蹴ってください……》とか何とか言って……


 だめだ、こいつ……

 本物だ……



 ヴァンが爆笑している……

 ピオさんは《よかったのー 仲間がゲットできたのー》と、のほほ〜んとしてる……

 ラルムは表情を変えないまま、たたずんでいる。けど、じりじりとアタシとソルから距離をとっているような……


 いえ、あの、アタシ……

 踏んでしまったから、驚いただけで……

 はずみで、キュンキュンいっちゃったの。

 悦んで踏んだわけではなくって……


 ううう……


 そのポーズはやめろ、変態! お尻を使って、にじり寄ってくるな!






「土の精霊は 物理守護能力に()けている。同化させれば、体は岩のように硬くなり、凄まじい破壊力のある拳を振るえるようにもなる」

 翌朝、しもべ契約をきっちり結べと、お師匠様に促された。

 アタシ、ブーメランパンツ男を連れ歩かなきゃいけないわけ……?


 やむなく……

 土のソルにはヘリオドールのイヤリングに宿ってもらい……変態との契約の証は右耳につけた……


 とほほ……


《『変態』とののしり、嫌悪のあまり暴力に走る潔癖さ……そして、蔑みながらも、この姿のワタクシを受け入れてくださる度量の広さ……。素晴らしいです。女王さまこそ、ワタクシの理想のご主人さまです》

 変態が頬を赤らめながら、アタシを見る……

 受け入れたくないわよ。でも、しょーがないでしょ、キュンキュンしちゃったんだから。

《女王さまのモノとなれて幸せにございます……しもべとなるのは初めてですが、末永くご使用いただけるよう、心をこめてお仕えいたします……》

 やめろ、女王さまは。

 つーか、服を着ろ、露出狂。

《ご命令とあらば、コスチューム・チェンジいたしましょう……ワタクシめの脳内コレクションは多岐に渡っておりますから……きっと女王さまにご満足いただけます……》

 あくまでも、女王さまって呼ぶ気だな、こいつ……



「うお? どーしたんだ、ジャンヌ、突然?」

 アタシは、兄さまに後ろからひっついた。

「……ごめんなさい、兄さま……くっつかせて……」

「お、おう」

 心の中は申し訳ない気持ちでいっぱい……

 変態と兄さまは、天と地ほども違うわ……

 まったくの別物よ……

 兄さまのおかげで、ソルをゲットできた事は絶対に言えない。墓場まで持っていく秘密にしよう……



 ふと見ると……

 ドロ様御殿のソファーに座って、ドロ様と使徒様が煙草をふかしていた。

 テーブルの『サブレ』の下に黄色い枯草模様の絨毯がある……昨日は無かったのに……

 アタシの視線に気づいたドロ様が、フフッと笑う。

「『サブレ』の希望だ。テーブルだけじゃなく、絨毯にもなりたいんだとさ」


 そっか。

 やっぱ、土の精霊って、踏まれるのが好きなんだ……


 アタシは大きく溜息をついて、兄さまの背中に顔を埋めた。

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