心通わば魂震えず
土界に来て、一日経った。
土の神殿は、柱や天井や床、全てが黄色く、ほのかに光ってる。ムーディーな照明って感じ。
作りは炎の神殿なんかと同じ。壁も扉もなく、屋根から先は外になる。
けれども、まったく見通しがきかない。外は土の壁なのだ。神殿の四方から先は、全てが厚い岩と土に塞がれている。
地面の中にいる感じ。
周囲に土壁しか見えないんで、すごい圧迫感がある。
土界にあるのは、土だけ。光も空気も水も無く、土に育まれる緑も生き物も存在しない。
ただ土があり、その中に土の精霊が存在しているのだそうだ。
ドロ様御殿……と、アタシが勝手に呼んでるスペースはグレードアップした。
土界に来て早々にドロ様が土の精霊をゲット、しもべが四体となったからだ。
ドロ様御殿は、土の神殿の一画にある。
一番大きいのは、水の精霊『マーイ』が変化してる、天蓋付きウォーターベッド。
風の精霊『アウラ』は、羽毛の掛け布団になった。ドロ様がその軽さと心地良さをいたく気にいったんで、ベッドの掛け布団の役目は『マーイ』から『アウラ』に変更となった。
炎の精霊『フラム』は、真っ赤な絹張りのソファーとなっている。ふかふかでやわらかそうだ。
で、土界で新たなしもべとなった『サブレ』は、丈夫なテーブルとなった。
精霊達は家具になりきっているものの、ドロ様が一声かければ人形にもなる。
だから……炎の精霊が変身したソファーに座ってお酒と煙草を楽しみつつ、美女たち(精霊たち)に囲まれる……なんて事をしてたりするのだドロ様は。
時々、座る場所を水の精霊のベッドに替えて、フラムともイチャイチャしてるみたい。
いや、そこまでなんだけど! それ以上の事はしてないみたいだけど! 少なくともアタシが見た限り!
ドロ様は大人だもん……アタシ達が見てる前でエッチな事をするはずはない……と信じてる。
まあ、それはともかく……
風の精霊が結界を張ってるんで、あそこはオープン・シークレット・エリアになっている。
煙草の煙がアタシ達の方に流れないよう、間に結界を張らせてるわけだけど……誰が何をしているか丸見えなのに、声が聞こえない。
ガラス越しに、ドロ様御殿を見てる感じ。
使徒様は、ドロ様御殿に入り浸りだ。
美女(精霊)とお酒はどーでもいいらしい。
『水精霊がきたのだ。とるにたりぬ、くだらぬ、つまらん、水づくりから俺は解放された・・ククク、自由に生きさせてもらう』とか何とか言って、煙草プカプカ、眠くなったら寝心地のいいウォーターベッドへと、過ごしている。
アレな性格の使徒様につきまとわられてるのに、ドロ様は嫌な顔ひとつしない。使徒様と談話したり、たまに煙草を分けてあげてるみたい。
良かったわね、マルタン、相手してもらえて……。ほんと、ドロ様って懐が広いわ……。
まあ、それもいいんだ。
けど、気になることが一つ……
飲酒喫煙スペースに、何故だかクロードまで居る。
お酒も煙草もやってないみたいだけど。
しょぼんとうなだれて、へたれな顔を、ますます情けないものにしている。
で、ドロ様と話してる。精霊が変化したソファーには抵抗があるのか、立っているか床に座って、向かい合っている。
時々、マルタンにも何か言われてるっぽい。だけど、風精霊の結界があるからどんな話をしてるのかさっぱりわかんない。
クロードの表情が暗いのが気になる……
《『アレッサンドロさん。実は、ボク……ひとめ逢った時から、す、好きになっちゃったんです……ボ、ボクにサブレさんをくれませんか?』》
え?
《『おいおいおいおい。クロード君、サブレは俺の女だ。誰にもやれねえよ』》
《『ごめんなさい、他人の精霊に横恋慕だなんて……イケナイ事だってわかってるんです。でも、あの黄色い水着みたいな格好……異世界の衣装で、レオタードって言うんですよね? とってもエッチで……レオタードから、胸やお尻がこぼれそうで……』》
はぁ?
《『フフッ。坊やには刺激が強すぎたか。罪な女だな、サブレも……』》
《『お願いです、お友だちからでいいんです。サブレさんとの交際を認めてください!』》
ちょっと……今の会話なに?
ボソボソと話している、ピナさんとピオさんを見た。
ぬいぐまそっくりな炎の精霊達は、アタシへとチラリと視線を向け、『つぎ、B』と言ってから、またボソボソと話を始める。
《『アレッサンドロさん。実は、ボク……ひとめ逢った時から、す、好きになっちゃったんです……ボ、ボクとつきあってください!』》
へ?
《『おいおいおいおい。クロード君、俺に惚れると火傷をするぜ』》
《『ごめんなさい、男同士なのに……イケナイ事だってわかってるんです。でも、いつも優しく見守ってくれるアレッサンドロさんのことを……ボク……。もうボクにはアレッサンドロさんしか……』》
ふへ?
《『フフッ。すまないな、坊や……。俺は男より女が好きなんだよ……悪いが、あきらめてくれ』》
《『じゃ、一度だけでいいです! ボクに夢をください! お願いです、ボクといっしょに夜明けのコーヒーを』》
「あんたたち、何言ってるの?」
怒鳴ったアタシを見て、ピンクの毛のバレリーナ・クマと、赤毛のクマが大きな頭をちょびっとだけ傾げる。
《アテレコなの〜》
《アテレコなのー》
う。
二頭身の愛らしいぬいぐるみが、ほにゃ〜とした声でお返事して、つぶらな瞳をアタシに向けて、かわいらしく首をかしげている……
怒れない……
《ね〜 ね〜 ジャンヌ〜 AパターンとBパターンと、どっち好き〜?》
《ジャンヌが、好きかと思ったのー がんばって、話してみたのー 萌えたの、どっちー?》
決まってるじゃない。
……Bよ。
てか『アテレコ』なんて、異世界の特殊用語、よく知ってるわね、炎界から出た事も無かったのに。アタシは『勇者の書』に書いてあったから知ってるけど。
《異世界の人の、記憶は、読んでたから〜》
《精霊はねー 異世界人の頭の中なんか、まるわかりなのー マルくんたちはのぞいてー》
え?
じゃあ、あんた達、今、クロードが何言ってるのかわかってるんじゃ……?
二匹のぬいぐまが、アタシを見つめ……
でもって、えへっ♪ て感じに愛らしくツインに首をかしげる。
か、かわいい……
いやいやいやいやいや!
ラブリーだけど、それじゃ、ゴマかされないわよ!
《……私のせいです》
と答えたのは、水の精霊ラルムだ。
《あなたが誘拐された事件をきっかけに、彼は成長を強く望むようになりました。あなたの救出に、彼は全く何の役にも立たなかった。無能な自分に嫌気がさし、自分の殻を打ち破る為に、占い師に相談しているのです》
え?
《具体的には、彼は魔法を》
《バラすな、バカ》
水の精霊の頭を後ろから、風のヴァンがポカリと殴る。
《主人が望んでるからって、何でもかんでも話すんじゃねえ。人間が胸に秘めてる事を勝手に読んで、ペラペラしゃべるな》
殴られたラルムは不満そうに、風の精霊を見つめ返す。
《何故、他の個体に配慮するのです? 私は百一代目勇者ジャンヌのしもべです。ひ弱な彼女が心身の負担によって、数十年しかない寿命を更に短縮されては困るのです。常に彼女の健康を第一に考えたく、その為には彼女のあらゆる要望を、》
ヴァンが、ガシッとラルムの肩を抱く。
《はいはいはいはい。ちょいとこっちにおいで、ラルム君。ベテランのこのオレが、君にしもべの心得ってヤツを教えてやろうじゃあないか》
ラルムが冷たい顔で、背後を睨む。
《離しなさい。あなたからの命令も助言も要りません。下等なものに従う義務はありません。あなたごとき脆弱な存在、本気となればすぐに四散させられます》
《そうだな……精霊としての『格』はあんたのが上だもんな。けど、しもべとしてはオレのが優秀だぜ》
ニヤリと笑ったヴァンが、ラルムを指さし、明るくアタシに言う。
《オジョーチャン。こいつに、しもべの心得教えていい?》
いきなり話を振られた。
「あ……ええ、いいわよ」
《サンキュウ。じゃ、こう言って、『ラルム。ヴァンからOKもらえるまで、しもべの心得を教えてもらいなさい』って》
「ラルム。ヴァンからOKもらえるまで、しもべの心得を教えてもらいなさい」
アタシが復唱した途端、
《う》
ラルムが硬直した。
ヴァンがニマニマと笑う。
《オレから教わりたくてたまらなくなったろう? しもべは精霊支配者の命令には逆らえない。『言葉』にされると、特に強制力がハンパない。身をもって学んだかな、ラルム君?》
《卑怯ですよ、ヴァン》
《知恵が働く、と言ってもらいたいね。オレは十一人の女に仕えてきた。オジョーチャンが十二人目だ。精霊支配者との付き合いのノウハウを心得ているんだよ。……悔しかったら、しもべとしてもオレより上になるんだな》
ケラケラと笑いながらヴァンはラルムを強制連行、別の風の結界をつくって中に籠ってしまう。
あとに残ったアタシを、クマさん達が押す。
《ジャンヌは、あっちなの〜》
《あっちで、がんばるのー》
ちょっと休憩! って叫んであっちから離れて来たのに〜
振り返ったアタシの目に、ドロ様御殿のクロードが見えた。
ストロベリーブロンドの髪の幼馴染は、しょぼんとうなだれている。
やけに暗い顔なのは、『魔法が使えない魔術師』だから?
アタシが誘拐されている間に、つらい事があったの……?
帰って来たアタシに抱きついて、クロードは号泣したっけ……
後ろ髪引かれる思いのまま、アタシは兄さまと合流した。
お師匠様に見守られながら兄さまは……土の精霊に囲まれていた。
『魔王戦用仲間&しもべ』求む! の募集にのって、すぐにドーンと精霊が集まってくれた。
ドロ様めあての美女達はおいといて……
それ以外の精霊は、主に兄さま、まれにアタシがめあて。
だから、ず〜っと土の神殿は……
ラブリーな姿のものでいっぱいなのだ。
もふもふなぬいぐるみ達。クマやウサギやワンちゃんニャンちゃん。
小狼、子犬、子猫、小鳥そのものもいる。
小人さんや小型なドラゴンちゃんも居たりして。
他にも、美味しそうなケーキにフルーツ達。
あでやかな薔薇の花束。
ふんだんにレースをあしらったドレス。
素敵な靴。
きらきら光るアクセサリー……
炎の神殿の時より、しもべ希望者は多い。
だけど……
集まってくれた精霊達を改めて見渡したものの……
アタシの心はピクリとも動かない……
「やはり、駄目なのか?」
お師匠様の問いかけに、アタシは頷いた。
みんな、可愛いんだけど……キュンキュンこないのだ。
「ジョゼフも、しもべにしたい精霊は居ないのだな?」
「ああ」
狼王カトちゃんそっくりな蒼毛の小狼を抱き上げ、兄さまがマジマジと見つめる。
「姿形は、とても可愛い。だが、それだけなんだ」
そうなのよね。
「……魂が揺さぶられない」
「森のくまさんシリーズの姿をしてもらえばいいのではないか?」
お師匠様が言うやいなや、ポンポンポンポン! と周囲に煙があがり……
一面が、ぬいぐま、ぬいぐま、ぬいぐまとなる。
ピアさん、ピオさん、ピナさんの他に、お隣の傭兵のピグさんとか、デリバリーが得意なピザさんとかとか……流れの壺振り師のピンさんまで!
いやん、そんなマイナーなクマさんまで!
可愛い!
みんな、バンザイしてる!
アタシのハートはキュゥゥゥンと鳴った。
鳴る事は鳴った。
でも、そこまでだった。
『ごめんなさい、しもべにはできません』って断って、精霊達にお帰りいただいた。
「……私には、先程の土精霊達とピオやピナの違いがわからぬ」
お師匠様が首をひねる。
「ジャンヌ。おまえは、男の姿であれば何でもいいのではなかったのか? 老人であろうが、ぬいぐるみであろうが、ネコでもキャベツでも。そのおまえが、何故萌えられぬのだ?」
ちょっ!
お師匠様!
悪気が無いのはわかってますけど! 乙女に対し無神経すぎますよ、その発言!
「みんなかわいいし、魅力的だと思いました。でも、どうもピンとこないんです」
「魂が感じられないんだ」
兄さまも、アタシに同意する。
「……実在感がないというか……その姿になってみただけというか……生きて、動く感じがしない……」
「『生きて、動く』ぬいぐるみ?」
なんだそれはと、お師匠様が微かに眉をひそめる。
《物語性がないって、ジョゼは言ってるのー》
アタシの炎の精霊が、かわいらしく首をかしげる。
《精霊は、人間の記憶を読んで、その人間が喜びそうな格好になるのー そこまでは、ボクもいっしょ。だけど、ボクは、何がなんでも、ジョゼがよかったのー ジョゼに好かれるために、ピオさんになりきったのー 熱意があったのー そこが、あの子たちとのちがいー》
《さっきの子たちは〜 ジョゼにもジャンヌにも魔王戦にも、興味なかったみたい〜 外界へ行ってみたいのでとりあえず応募しました〜って子たちばっか〜 それが、なんとなく、ジョゼたちにも伝わってたの〜》
ピナさんの言葉に、なるほど、そーだったのかって納得した。
《ジョゼやジャンヌは〜 頭よくないから〜 リクツじゃなくって、心でわかっちゃうの〜 獣といっしょ〜》
む?
《ジャンヌは〜 キャラクターさえたってれば、好きになれると思うの〜》
《だよねー ジョゼにラブラブだったボクに萌えたしー 誰かにラブラブな子でも、イケルと思うー》
お師匠様が静かな眼差しで、アタシと兄さまを見つめる。
「おまえ達……どんなキャラクターならいいのだ?」
どんなって……
「今まで現れた精霊の中で、どんなキャラクターに心惹かれた?」
アタシと兄さまは顔を見合わせた。
「ケーキ……かな?」
「俺はフルーツかも……」
「あ〜 フルーツも良かった!」
正直、ふらふら〜と手が出かかったもん。
……ふわふわの生クリームのケーキ……みずみずしいフルーツ……
このとこ、固いパンやもっさりした携帯食しか食べてないから……いっそう……
美味しそうで……。
も、もちろん、我慢したわ! パクリとやって、精霊をお腹の中に入れるわけにはいかないから!
そんなアタシ達の心を、しっかりと読んだのだろう。
その後訪れて来たしもべ希望者は、実にリアリティーのある魅力的な格好で……
理性が麻痺しかけた。
鳥肉の丸焼きのポテト添え! あああ、大好きなのよ、それ……
血がしたたるようなステーキ! ことこと煮込んだトロトロ牛肉のシチュー! タルタルソースのかかった白身魚!
そして、そして、そして、ポタージュまで!
コーンポタージュぅぅぅ!
うわぁぁぁぁ!
やめて、誘惑しないで!
食べちゃうわッ!
そんなこんなで時は流れ……
『自動ネジまき 時計くん』が夜の時間だと告げる頃になっても、アタシは仲間を増やせなかった。