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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
39/236

これが勇者の生きる道

 女の人かと思った。

 肩より下の辺りで結ばれている黒髪は、艶があってしなやかで、腰まで届く長さ。

 切れ長の瞳は涼しげ。鼻筋が通っていて、眉は細く、唇も薄い。

 男にしては線が細いけど、女々しい印象はない。

 黒のローブをまとっているものの、杖は持っていない。

 魔術師……?

 顔だけじゃなくって、ただずむ姿勢も綺麗だ……


 胸がキュンキュンした。


 けど、鐘は鳴らなかった。神様の声も聞こえない。


 天井も床も柱も青。水の神殿に居るようだ。

 美形の前には、ずら〜っと水色のものが集まっていた。

 女の人が多いけど、男も居る。鷹や馬、鹿、魚、犬、猫、蛇も。刀や弓なんて武器まで。


《精霊支配者よ、選ぶがよい》

 何処からともなく、厳かな声が聞こえる。

《そなたの支配を望む精霊達すべてを競わせ、水界を代表するにふさわしきもののみを残した。百二十六体居る。その全てを伴うも良し。さらに選ばれても良し。任せる》


『かたじけない、長老殿。申し出てくださった全てのみなさんに感謝します。お気持ちを、嬉しく思います』

 美形が目を微かに細め、淡い笑みを浮かべる。

『なれど、水界の至宝全てをいただくわけにはいきませぬ』

 黒髪の男性が両手をつきだし、居並ぶものたちに掌を開いてみせた。

『伴うのは、我が指の数だけ……十体の精霊をしもべとします』


 水色の精霊達から、不満と嘆きの声があがる。

 指は足にもある。指の数を望むのであれば、十体ではなく二十体をしもべにして欲しい。

 にじり寄って懇願する精霊達。

 美形は困ったように微笑んだ。

『ならば、二十に……』

 喜ぶ精霊達を見渡し、美形は静かにこう言った。

『伴う方を選びます。けれども、どうか覚えていてください。これからの選択に深い意味など無いと。あなた方は皆、水界の長老が一目を置く存在。素晴らしい精霊です。あなた方に優劣をつけるなど、人の身である私には不可能ですから』




 そこまで言って、美形はぴたっと止まった。口を動かさなければ、瞬きもしない。身じろぎもしない。

 その前に集まった精霊達も。

 時が止まってしまったように。



《過去の再現映像を停止しただけです》

 すぐ側で抑揚のない声がした。アタシを誘拐した水の精霊だ。


《この後、精霊支配者様は居並ぶモノ達の中から二十体を選び、水界を立ち去られ……以後、二度と水界を訪れられなかった。知識として、第八星体系哺乳綱サル目ヒト科ヒト種の寿命が有限である事は知っています。あの方は、もう……お亡くなりになっているでしょう》


「どれぐらい前?」


《さあ……。あなたからすると、遥か昔のことだと思います。あの方は、あなたの世界の三十九代目勇者……カガミ マサタカ様です》


 !


「カガミ マサタカ先輩……?」

 アタシは身を乗り出した。


 精霊界に来る時に使ったのは、三十九代目の書だ。


 三十九代目カガミ マサタカ……

 十才の時にジパング界から転移してきて……

 勇者世界で賢者フェルナンに育てられて……

 魔王が出現してから、精霊界で修行を積んで、八大精霊をすべて味方にしたのだ。精霊に好かれやすい体質だったとかで、百体以上の精霊を仲間にしたのだ。魔王戦がどうだったのかは知らないけど、超楽勝だったんじゃないかと思う。


 アタシとはケタ違いの凄い勇者だ……


 あの人が、カガミ マサタカ先輩なら……

 そりゃ、間違いなく死んでるわ。

 千百年以上前に、魔王を倒した勇者だもん。


《せめて一目……もう一度、お会いしたかった……》

 あいかわらず抑揚がない。けど、声はどこかせつなげだ。


 何となくわかった。


「つまり、あなたは、カガミ先輩に選ばれなかったのね?」

《そうです》

 声が嘆息する。

《あの方は、私以外のものを伴って行かれた。何故、選んでいただけなかったのか、あの時から、理由を求めて思索を続けてきましたが……未だに納得がいく答えが得られないのです》


 ずっと悩んでるの?


《時間という概念は、私にはありません。水界は恒常たる世界であり、同朋は永久に存在しますから。時間を意識するのは、外界からの訪問者を観察する時だけです》

 

 精霊は、何万年も生きられる。

 だけど、それにしたって千百年も……


……気の毒だ。


 胸がチクッとした。


 アタシは、過去の映像の精霊達をあらためて見渡した。

 精霊支配者に気に入られようと、それぞれみんな、美しい姿となっている。美女が多いけど、美男も居るし、動物や鳥や魚も居て、武器になってるモノまで。

 この中に、過去のこの精霊(ヒト)も居るのか……

 どれだろう?


《そんな事はどうでもいいでしょう?》

 声は少し不快そうだ。

《私が知りたいのは、選抜の基準です》


「カガミ先輩だって、」

 アタシは黒髪の人を指さした……つもりだったけど、できなかった。体がなかった。

《ここは水鏡の中です。あなたの肉体は、先ほどの密閉空間に置いてあります》

 あらま。

 今は魂だけの存在ってことか。


「えっと……先輩だって、深い意味はないけど選ぶって言ってたでしょ? 気にする事ないわよ」

《深い意味がなかろうとも、何らかの基準はあったはず。選択はなされたのですから》


 基準……?


 う〜ん……


「なんとなく……?」


 冷たい思考が流れてくる。

《……さきほど、お伝えしましたよね? 私は、『人間的な好悪の曖昧な判断基準』が理解できないと。なぜ、『なんとなく』選べるのです? そこが知りたいのです》

 なぜって……

「……見た目が気に入った、とか?」

《精霊はどんな姿にも変化できるのですよ? まあ、中には変化が苦手なものもいますが。外見は選択基準とはなりえません》

 そうかなあ?

「でも、同じ顔でも、笑ってる時と怒った時じゃ印象が変わるわよ。機嫌が悪そうだと近づきにくくなるし……内面で漂う雰囲気も変わるわ》


 沈黙。


《それは、つまり……あの方は、外見に表れた私の内面を嫌悪なさった……と、いう事ですか?》

 ちょっ!

「そうとは限らないわよ! 何となく可愛く見えたとか、なんか分かんないけどしっくりしたとか、たいした理由もなく、連れてく子を選んだと思う!」


《『なんとなく』であっても……私以外のものを、あの方が優等と判断なさったのに変わりはありません……》


 ああん、もう!

 うっとーしいな、こいつ!


「なに考えてたかなんて、当人じゃなきゃわかんないわよ!」

 アタシは怒鳴った。

「気になるのなら、聞けば良かったじゃない! 心を読むって手もあったはずよ! 精霊なんだから!」

《読めませんでした》

 え?

《たまに、そんな人間が居ます。神の加護がある者、魔力で精神障壁を張っている者、思考する前に動く武芸者……理由は個体によって違いますが》

 あ……

 そいや、心が読めない人間も居るってピオさんも言ってたわ……お師匠様とマルタンとドロ様がそうだったっけ。


「……アタシに何させたいわけ? さらってまでさせたかったことって……もしかして」

 何となく答えはわかるけど、あえて聞いてみた。

「萌えて、選べって……」


《ええ。お察しの通りです。この中から、あなた好みの精霊を選んで欲しいのです》

 やっぱり……

「無意味だわ。アタシ、カガミ先輩じゃない。同じことを考えたりしないもの」


《承知しています。だが、あなたは『勇者』だ。あの方と同じ……》


《『勇者』がどのような基準で精霊を選ぶのか、興味があるのです。心理的葛藤があるのならその過程も追いたい》


《……愚かしい事は重々承知しています。しかし、私はずっと、あの日のあの方を忘れられない……水界を訪れる精霊支配者を、何千万と見てきました。けれども、駄目なのです。従いたいと思える方は一人も居なかった……私の心は今もあの方に囚われたままなのです。いい加減、終わりにしたいのです……自分なりの決着をつけたい。私が選ばれなかった理由を納得したいのです……》






 協力をOKした。


 アタシは過去の映像を何度も見た。

 三十九代目がしゃべってるところを何度も再生し直してもらって、静止した精霊達の間を行き来して一体一体を見比べていった。


 三十九代目は、精霊達と直接会話をせず、能力の披露も求めず、百体以上の精霊の中からしもべ二十体を決めたらしい。


 会話ができなきゃ、外見で選ぶしかなくなる。

 アタシの好みでいったら、ファンシーな生き物や、ちょっと格好いい男性が有利。

 でも、三十九代目は成人男性。美の基準も好みも違うわけで……


《同じ解答など期待していません。あなたなりの基準で好きな精霊を一体選んでくださればいいのです》


「そんなんで、あなた、満足なの?」

《満足?》

「カガミ先輩があなたを選ばなかった理由を知りたいんでしょ? アタシが自分好みの精霊を一体選んだって、駄目だわ。あなたを、すっきりさせてあげられない」

《あなたがあの方とは異なる個体である事は、承知しています。ですから……》


「やるんなら徹底的にやるわ! 正解を見つけたいの!」

《はあ》

「千年以上悩んだ問いに、答えをあげたい! その為には、三十九代目が選んだ二十体を見つけ出さなきゃ!」

《何故です? そんな事は頼んでいませんが?》


 あ〜 もう!

 アタシの心が読めるのに、何でアタシの気持ちがわかんないわけ?


「うるさいわねえ! そーしたいの! 何か文句ある?」


 沈黙。


《文句はありません。どのような心理状態で二十体が選ばれたのか判明するのは、たいへん有り難いです。しかし……》

 誘拐犯がためらうように問う。

《時間をかけては、あなたが困るのでは? 早く帰りたいのでしょう?》


 ぐっ!


「ごちゃごちゃうるさい!」

 たまらず、アタシは怒鳴った。

「イラっとすると、よけいわけわかんなくなるのよ! 黙ってるのが、協力よ!」

《……すみません》

「無い知恵しぼって、アタシなりに考えてるんだから! 答えが出るまで、邪魔しないでちょうだい!」

 承知しました、と言って精霊は黙った。


 しもべ候補の精霊達を睨み、アタシは腕を組んで考えた。体が無いから、組んだつもりが正しいんだけど。


 みんな、美しい。

 みんな、有能。

 みんな、同じことを望んでいる。


 なら、アタシなら……

 いや、勇者なら……

 どう応えるべき?


 頭が痛くなるほど考えた。


 だんだん、何となく気になる精霊()が出てきた。


 アタシが気にかけた精霊()を、誘拐犯が別所に移動する。絵を切り抜くように、一箇所に集めてくれる。


 気になる精霊()達を何度も見比べた。


 三十体以上いた候補の数を徐々に減らし……

 頑張ってどうにか二十体にまで絞った。


「決定! アタシだったら、この二十体を連れてく!」

 人型、動物、とりまぜて選んだ!

「どう? 三十九代目が選んだ子と一致してる?」


 答えは返らない。

 その代わりに、すぐそばから笑い声が聞こえた。

 大笑いだ。

 腹を抱えて、大爆笑している感じ。


《そういう事だったのですか》

 苦しそうに笑いながら、独り言のように声が言う。

《同情からの選定……あなたの心は、いたわりの感情に満ちている……》


「勇者ですもの」

 えっへんと胸をそらした。


「弱きを助け、強きをくじく。助けを求める者がいっぱい居たら、最も弱そうなものから助けてゆく。それが勇者よ」

 幼児と大人が悪にさらわれていたら、まずは幼児を助ける。

 それと同じこと。


 しもべになれなきゃ死ぬ! みたいな必死さを漂わせている子から順に三十九代目は選んだんじゃないかしら?

 もちろん、感情を表に出すのが苦手なタイプも居る。内に熱いものを秘め、礼節を守るタイプも。

 同情からの選定は、不平等だと思う。

 でも、魔王戦を控えた三十九代目には、一体一体の精霊と深く知り合う余裕はなかったわけで……『なんとなく』選ぶしかなかったのだ。勘弁してあげて欲しい。

《怒りなどありません。私は答えを知りたかっただけです。私の生涯で、しもべになりたいと思えたのあのお方だけ……応えていただけなかった理由を得心でき、嬉しく思います》

 良かった!


「で、当たってた? 外れ?」

《ほぼ正解です。あなたは、マサタカ様と同じ精霊を十八体選びました》

 ありゃ、二体は外れか。

《その二体も、最終決定まで候補に残っていましたよ。マサタカ様の何十倍もの時間をかけ、あなたは選択をなしとげてくれた。誠意をもって私の疑問に向き合ってくださった。感謝します、百一代目勇者様》


 いやあ、まあ……

 アタシ、勇者だしね!

 苦しんでる人を見捨てるのは、勇者道に反するし!


「これで、すっきりしたでしょ?」

《すっきり……そうですね、今の心理状態がそれに該当すると思います》

 良かった!


「感謝は形で表して。名前、教えなさいよ」

《……ラルムです》


 クスッと声が笑う。

《最後にあなたに会えて良かった……泡となり消えても、あなたのご厚情を忘れません……》


 へ?


 と、思った時、


 パリィィィンと鏡が割れるような音が響き……


 世界は崩れていった。

 淡い笑みを浮かべる三十九代目も、彼の前の精霊達も……全てが砕け散っていったのだった。


 世界は闇に包まれる……


 そして……



暁ヲ統ベル(エターナル・)破壊神(マルタン)ノ聖慈掌(・セインツ)弐式(ゼロツー)!」

 こ、この意味不明な呪文は……


「死ぬなぁぁぁ! おまえが死んだら、俺はぁぁぁっ!」

 こ、このやかましい声と暑苦しい抱擁は……


「うろたえるな、シスコン。疲労で眠っているだけだ」

「ジャンヌ〜! ジャンヌ〜! ジャンヌ〜!」


 ああああ、うるさい! てか、煙草くさい! 一服始めたわね、使徒様!


……目を開ける前から、助かったんだとわかっていた。


 淡い水色の光を感じた。

 アタシ、兄さまにが抱きかかえられている……泣いているの、兄さま?

「ジャンヌ!」

 兄さまが顔をくしゃっと歪め、アタシをぎゅっと抱きしめる。苦しい。兄さまの体は小刻みに震えている……

 兄さまの左右の肩から、ぴょこっぴょこっと顔を覗かせているのは、ピオさんとピナさんだ。

《ぶじでよかったのー》

《よかったの〜》


「ここ、何処……?」


 兄さまに抱きしめられながら、使徒様へと視線を動かした。

 紫煙をくゆらせて座っていた使徒様が、顎で示した先には……

「よぉ、お嬢ちゃん。最悪の星に飲み込まれずにすんで良かったな」

 水色の光に照らされて、ドロ様が居た。

「迎えが遅れてすまん。お嬢ちゃんが居る方角はわかっていたんだが、足が無くってね。さっき、ようやく『マーイ』をしもべに出来たんだ」


 アタシは今……

 ベッドの上だ。

 アタシの上半身を抱っこしている兄さまも、あぐらをかいているマルタンも、ドロ様も……天蓋のついた、王侯貴族が寝るような豪華なベッドにいる。

 シーツも枕も掛け布団も天蓋も、ぜ〜んぶ水色で、淡く発光している。

「ウォーター・ベッドだ。マーイに変化してもらっている」

 肉食獣のように笑い、ドロ様が左手を見せる。薬指に新しい指輪があった。水色の宝石。水の精霊との契約の証ね。


 ベッドから先は、真っ暗な水界だ。ベッドそのものが、水精霊マーイがつくった結界のようだ。ウォーターベッド型の乗り物?


「かなり面倒なのに魅入られていたようだな、お嬢ちゃん」

 え?

「誘拐・監禁の形跡を微塵も残さぬ手口、他者の侵入を拒む強力な結界、おそらく実力は古老クラス……相手に地の利(ホームアドバンテージ)のある水界で戦闘になってたら、勝機は無かった。俺らの命運は尽きていたろう」

 ドロ様が右手に持っていたものを、アタシに見せる。

 水色の鏡の破片……?

「観念してたんだろう、結界を解いてあんたの義兄さんの拳を受けた……無抵抗だったよ。闘気のこもった拳に砕かれ、残ったのはこれだけだ」


 て!


 まさか!


 兄さまをつきとばし、アタシはドロ様のもとへと四つん這いで移動した。うぉ! ベッドが、ぐにょんぐにょんする! ウォーターベッドって、ちょっとでも動くと波打って動きづらい!


「ラルム、死んじゃったの?」


「いいや。精霊は何があっても死なねえ。大ダメージをくらって四散しても、時が経てば復活する」

「……良かった」

「だが、こいつはじきに『死ぬ』」

 ドロ様が鏡の破片を軽く振る。

「マーイが教えてくれた。異世界人の誘拐・監禁は、精霊界では重罪だ。精霊界が安全な場所でなきゃ、精霊支配者が来なくなっちまうからな。罪を犯したものは、長老に存在を消去されるんだそうだ」


 そんな……


「だが……」

 ドロ様が、フフッと笑う。

「精霊支配者が合意の上なら、神殿の外で二人っきりになってても問題はない。相性を試していただけだからな」


「もちろん、合意の上よ!」

 アタシは拳を握り締めた。

「ラルムは、アタシと話したかっただけなの! 誘拐も監禁もしてないわ!」

「誘拐犯をかばうとは! おおお! それでこそ、俺のジャンヌ! おまえの心は新雪のように美しい! だがな、罪は罪! 俺からジャンヌを奪った罪はその身をもって」と叫ぶ兄さまは、ぶん殴っておいた。

「早く帰ったらって言われてたのよ! 今まで帰らなかったのは、アタシのせい! どーしても気になる事があったから、ズルズルと居ついちゃった! それだけのことよ!」


《何故、私をかばうのです? あなたにその必要はないはず。理解できません》

 などとマヌケ精霊は言った。

 頭はいいけど、ほ〜んと馬鹿よね、あんたって。

「一生懸命知恵をしぼって助けたのは、あんたのこれからの為よ。謎が解けてすっきりしたんでしょ? 三十九代目の呪縛から自由になったんだから、楽しく生きてちょうだい。それが、アタシへの恩返しってもんだわ」


 宙がゆらぐ。


 ドロ様の手から鏡の破片は消え……

 長い髪の美しい人が現れる。水色のローブをまとった、杖の無い魔術師のような姿。

 肩より下の辺りで結ばれている長髪は、艶があってしなやかで、腰まで届いている。

 切れ長の瞳、鼻筋が通った整った顔立ち。

 三十九代目カガミ マサタカそっくりだけれども……

 髪の色は水色、しかめた眉は神経質そうで、んでもって照れて罰の悪そうな顔をしている。


《心から感謝します……百一代目勇者様》


 ラルム……よね?

 あんた、人型になると三十九代目そっくりになっちゃうの……?

 わざと?

 無意識?

 いや、どっちにしろ……


 ふきだしてしまった。


 どんだけ三十九代目が好きなのよ!

……バーカ。



 胸がキュンキュンした。



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十七〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



「本当、あんた最高だぜ、お嬢ちゃん」

 ドロ様の大きな手が、アタシの頭を撫で撫でしてくれる。


「勇者さま、これを使いな」

 ドロ様が、青い宝石の指輪を手渡してくれる。

「サファイヤ……深い海、知力、瞑想、神聖を表す宝石。他者への尊厳を高めるとも言われている。新しいお仲間にぴったりの宝石だろ?」


「え? でも……」

 しもべになってくれるかなあ?

 ツーンと澄ました顔の、三十九代目のそっくりさんに聞いてみた。

「アタシのしもべになってくれる?」


《いいですよ、あなたには恩義がありますから》

 偉そうに顎をしゃくりながら、ラルムが言う。

《謎ときにご協力くださったら、あなたのご希望に添うとも約束しましたね……伴侶探しでも魔王退治でも、お付き合いしましょう》

 目が横向いている……

 照れてる、照れてる♪






 ドロ様のしもべに運ばれて、水の神殿に戻ると……

「ジャンヌぅぅぅ!」

 クロードにぎゅ〜〜〜っ! と、抱きつかれてしまった。


「よ、よかった、よかった、ぶじで……ジャンヌぅぅぅ……」

 幼馴染が泣く。

 子供のように。

 体を大きく震わせて、顔を真っ赤にして、激しく……


 お師匠様も、やつれた感じだし……


「行方不明できさまが消えて、三日だ。過保護どもが取り乱すのも、無理からぬことだ」

 は? と、聞き返してしまった。

「三日?」


「お嬢ちゃん……魔王が目覚めるのは八十三日後だ」

 嘘……


《精神体となると、肉体疲労を感じられない。あなたは、時間感覚を失い、時の経過に気づいていなかったのでしょう》

 ドロ様の横に立つラルムが、ぜんぜん申し訳なさそうに言う。

《すみません。あなた方の時間感覚でいうところの『明後日』に水界を旅立つ予定だったのに、お引き留めして。あなたから沈黙を命じられていたので黙っていましたが、『明後日』になった時点でお知らせした方が良かったのでしょうか?》


 アタシ……三日も監禁されてたの?


「……心配、だったんだ……ジャンヌが、もう、帰って来ない、んじゃ、ないかって……」

 アタシを抱きしめて、クロードが泣く。

 激しく泣きすぎたせいか、息をつまらせ、数秒呼吸が止まって……そして、又、うわ〜んと声をあげて、無事でよかったって繰り返し繰り返し口にして……


「勇者が亡くなれば……その仲間である俺たちの星に何らかの兆しが現れるはず……だから、お嬢ちゃんの星は落ちてない……そう伝えたんだがね」と、ドロ様。

「お嬢ちゃんの身を案じ過ぎて、まったく眠れなかったみたいだ」


「イチゴ頭だけではない。筋肉も、だ。ぎゃーぎゃーやかましくて、うっとーしかった。二度とさらわれるな、女」と、使徒様。


 チラッと兄さまを見た。

 目の下の隈がひどい。兄さまも、ろくに眠れていなかったんだろう……


 そして、お師匠様。

 いつもと変わらない無表情。

 だけど、十年間いっしょに暮してきたアタシは、お師匠様の表情の違いをほぼ読みとれる。

 あの顔は、とてもアタシのことを……


 胸が、キュゥゥンと痛んだ。


「ごめんね、クロード」

 アタシは、泣きじゃくる幼馴染の背に両手を回した。

「心配かけて、ごめんね……」


 ごめんねと、ひたすら謝った。

 クロードに……

 兄さまに……

 お師匠様に……


……謝り続けた……

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