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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
精霊の棲む領界
36/236

さすらいの武闘家

 転移のまぶしい光が消え……


 アタシ達は真っ赤な部屋に、たたずんでいた。


 何もない。大ホールみたいにだだっぴろくて、がらんとしている。

 そして、何もかもが赤い。天井も床も林立する円柱も。少し離れた床の上に白い魔法陣が刻まれていて、赤くないのはそれぐらいで……

 壁すら無いんで、屋根から先はそのまま外へと通じている。

 外が丸見えだ。


 外は、一層まばゆく赤かった。


 燃えている。


 建物の外は、何処もかしこも炎……

 炎に囲まれているのだ……


「うわぁ! 火事ぃぃ?」

 ビビリの幼馴染が、アタシの背にくっついてくる。


「うろたえるな。神殿の周囲は、透明な魔法障壁に覆われている。炎は、ここまで届かぬ」

「神殿……」

 クロードがキョロキョロと辺りを見渡す。

「炎界の炎の神殿。客人滞在用に精霊が準備した場所だ。神殿に居る限り、安全だ。熱くもなく、まぶしすぎることもなく、空気が絶える事もない」


 うん、知ってた。

 精霊界で修行を積んだ勇者(せんぱい)の『勇者の書 39――カガミ マサタカ』の書を読んでたから。

 でも、知識として知ってるのと、実際目にするとじゃ大違い。


 勢いよく燃える炎は、恐ろしげで……

 本能的に足がすくむ。


 でも、安全なんだし……

 怖いけど、ちょっと外に近づいてみた。


 何というか……

 迫力……


「すっげぇぇ……」

 アタシの後ろについてきた、クロードもつぶやく。


 建物の外は、全てが炎だ。

 天も地もない。

 上からも下からも炎が流れ、もの凄い勢いで火焔を舞いあがらせている。

 激しく揺らめく灼熱の炎、炎、炎……

 まさに、炎の壁だ。

 燃え盛る炎以外、何も見えない……


 燃やすものも無いのに燃え続け、煙すらあげず、猛るように炎は輝いている。


 怖いぐらいに……綺麗……


「美しいな……」

 そう言ったのは、ジョゼ兄さまだ。

 見れば、兄さまの口元には笑みすら浮かんでいた。ダイナミックな炎に魅せられたのか、ジョゼ兄さまは食い入るように外を見つめている。


「熱くないね……」

 アタシの背から離れ、クロードが建物と外との境界へとおそるおそる近づく。魔術師の杖の先で、ちょいちょいと安全を確認しながらだけど。

 杖の底がコツンと音を立てる。クロードが宙に向けて杖を動かす度、コツンコツンと音がする。

 目には見えないけど、そこに魔法障壁があるんだろう。


「炎界は炎に包まれている。いや、炎しか存在しないと言う方が正しいか」

 お師匠様が淡々と言う。

「精霊は、炎、水、風、土、氷、雷、光、闇そのもの。それぞれの世界には、精霊が司るものだけが存在する。精霊でなければ暮らせぬ過酷な世界と理解すればいい。異世界人が滞在できる場所は、神殿だけなのだ」

 へー と、クロードが感心する。

「水界には水、風界には風しかないのかあ」

 お師匠様が頷く。

「精霊界の神殿間の移動は、魔法陣を通して行う。異世界人であれば、別エリアに自由に渡れるのだ」

 お師匠様の説明を聞いて、そう言えば白い魔法陣があった、と思い出す。あれが移動の魔法陣なのかも。


 そう思って振り向いたアタシの目に……


 荷物を下ろし、片膝をついているドロ様が映った。

 ドロ様は、そのすぐ側で座り込んでいる奴の顔を覗きこんでいて……


 アタシの視線に気づいてドロ様はフフッと笑って、両手を大きく広げた。お手上げだ、って感じに。

 ドロ様の隣にうずくまるように座っているのは、使徒様だ。

 うなだれた使徒様はきつく瞼を閉ざし……

 そして……

 グーグーと寝息を漏らしていた……


 精霊界に着くなり寝たのかよ、あんた……


「あれ? 使徒様、お眠りになってるの?」

 クロードは鼻の頭を赤くして、パッと笑顔を輝かせた。

「じゃ、使徒様の魂は、異世界に旅立ったんだね! 内なる十二の世界の何処かで誰かが、使徒様に奇跡を乞うたんだ! どんな邪悪と戦ってらっしゃるのかなー」

 使徒様、かっけぇ! と、興奮してる馬鹿(クロード)はとりあえずおいといて……


「ここは神殿だっておっしゃいましたが、」

 黒いドレッドヘアーに、褐色の肌、頬と顎を覆う不精髭。じゃらじゃらとした首飾り、流浪の民風の衣装。見るからに男くさいドロ様が、ゆっくりと立ち上がる。

「祭られているのは、どなたなんです?」


 お師匠様が、微かに首をかしげる。

「おそらくは、この世界の創造神であろう。歴代勇者の書には、はきと記されておらぬゆえ、推測でしかないが」

「……精霊界の創造神さま、か」

「だが、神殿が信仰の場になっている記述はなかった。精霊界の神殿はあくまで、異世界人滞在施設であり、精霊と異世界人との出逢い場所(スポット)だ」

「……なるほどね」


「異世界からの転移者が何処に導かれるかはこの世界の神様のお心次第……その場所が神殿と呼ばれるのも、おかしくはないな」

 お師匠様が微かに口角をあげる。

「精霊界初心者は炎水風土エリアに送られる事が多い。四元素精霊と呼ばれる炎水風土の精霊は、主人選出条件が緩い。特に、」


 お師匠様がそこまで言いかけた時だった。


「うお?」

 兄さまが、すっとんきょうな声をあげる。


 建物の端から見える炎。

 何重もの炎のカーテンが果てなく続いてるそこから、アタシ達を見ているもの達がいた。

 炎に溶け込み、混じり、存在しているそれらは……

 炎の馬やら鳥やら巨人みたいのやら……中には人型をしているものもいるけれども……剣やら槍やら、馬車みたいなのまで居たりして……


「炎の精霊は物見高く、陽気。精霊の側から積極的にアプローチしてくる。しもべにしやすい精霊の双璧は、炎と風だ」


「こいつらが精霊か?」

 兄さまが炎を指さしながら、振り返る。

「そうだ。異世界人が神殿に来訪した事は、その世界の精霊にはたちどころに伝わるのだそうだ。主人にしたい者は居ないか、見に来たのだろう」


「どーすれば、しもべになってもらえるんです?」

 クロードの質問に、お師匠様が答える。

「炎界の場合、精霊に気に入られるだけでいい。精霊は異世界人の心を読むなどして、気が合うものを探す」


 兄さまのそばの空気が揺らぐ。


「外に居るのは、見学者だ。しもべ希望者は、変化して、神殿の内に現れる。本来の姿では異世界人とは触れあえぬゆえ、火力も熱もおさえた姿に変化するのだ」


 揺らぎは、白熱した白い塊となった。


「主人に仰ぎたい人間の好みに合わせる事が多い」


 白い塊は変化していって、そして……


「精霊界の精霊は、生まれたエリアに縛られている。異世界はおろか、精霊界の他のエリアにも自力では行けぬ。外に行くには、契約を結び、誰かの所有物になるしか手はない」

 お師匠様の位置からだと、兄さまがデカすぎてちょうどそれが見えない。

 だから、お師匠様は淡々と説明を続けている……

「それ故、精霊界の精霊は、自ら異世界から来た精霊支配者のしもべとなるのだ。たいてい年期契約を結ぶ。数年から数十年、精霊支配者のしもべとなる代わりに、外で見聞を広めてくるのだ」

 物見遊山というかホームスティ感覚で、精霊はしもべになる。

 知ってる。

 だけど……


 それどころじゃないというか!


 アタシと兄さまとクロード。

 三人の目は、兄さまの目の前のそれに釘づけとなっていた……



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと七十八〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 か、か、か、か、かぁわぁいぃ〜〜〜〜!


 オレンジというよりは赤い毛皮で、口から鼻のあたりだけが白みがかっている。もこもこの毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、そして、丸いかわいい……クマ耳。

 頭がデカイ、二頭身だ!

 まさに、ぬいぐるみ! これぞ、ぬいぐるみ! ぬいぐるみ以外のなにものでもない!

 こ、この、お姿は……


「ピ……ピオさん」

 わなわなと震える兄さま。顔は真っ赤だ。

 赤いクマさんが、小首をかしげ……いや、でっかい頭をほんのちょっと斜めにして、まっすぐに兄さまを見つめる。


《こんにちはー》


 うわっ!

 このピオさん、しゃべる〜〜〜〜!


「こ、こ、こんに、ちは」

 兄さまが挨拶を返す。頬はゆるみまくりだ。


《おねがいが、あるのー》

「な、……なんだい?」

 兄さまがごくっとツバを飲み込む。

《あのねー》

「……うん」

《あのねー》

「うん、うん」

《あのねー》

「うん! うん! うん!」

《しもべにしてほしいのー》

「もちろん! いい」


「待て!」


 兄さまの承諾の返事を、お師匠様が遮る。


「ジョゼフ。正式な契約は結ぶな、仮契約にとどめてくれ」

 お師匠様が、兄さまとピオさんの間に割って入る。

「ジャンヌは、この者に萌えた。二十二人目の伴侶だ。おまえのものにすべきか、ジャンヌのしもべにすべきか、その炎の精霊を交え、相談しよう」


「ジャンヌが、ピオさんに?」

 アタシと赤いクマさんを見比べてから、兄さまが唇をぐっと噛む。

「……すまない、ピオさん。俺ではなく、俺の義妹のジャンヌのしもべになってくれないだろうか?」

 そんな泣きそうな顔で……


《えー》

 ラブリーなクマさんが、アタシを見上げる。

 おかしい。

 ぬいぐるみなのに、その表情が悲しげに見える……


 クマさんのつぶらな瞳が、アタシをジーッと見つめ……


 見つめ……


 うううう、かわいい……


 クマさんが、しょぼんとうなだれる。

《ボクは、ジョゼがいいなー》

 つまらなさそうに、右足で床を蹴ったり、なんか、しちゃって……


 いやん、かわいい〜〜〜〜


《ねえ、ジョゼ》

 クマさんが、顔をあげ、大きな頭をちょびっと傾ける。

《ボクのこと……きらい?》


「う!」


《ボク、ジョゼのものになりたい……ダメ?》


……アタシのハートに、ずっきゅんと何かが突き刺さった。


 魂の奥深いところが揺さぶられてしまったのだ……



 胸がキュンキュンキュンキュン鳴った!

 鳴り響いてしまった!


「うぉぉぉ、ピオさん!」

 兄さまが赤いぬいぐまに抱きつく。


「いいわ! 兄さま、アタシのことは気にしないで! ピオさんを幸せにしてあげて!」


「おおおお! 柔らかい!」

 ん?

「このピオさん、軽い! 柔らかい! ぬいぐるみそのものだ!」


 何ですとぉ!

 ゴーレムのピアさんは、重くて硬かったのに!


「兄さま、次! アタシ! アタシにも抱っこさせて!」


「ジョゼぇぇ、ボクも! ボクにもピオさん貸して〜!」

 クロードも目の色が変わっている。


「おまえたち、どうしたというのだ。少しは冷静になれ」

 ごめんなさい、お師匠様!

 ちょっとだけ!

 ちょっとだけだから!



 ピオさんは、ふわふわのもこもこだった……



 無表情だけど不機嫌そうなお師匠様、ニヤニヤ笑っているドロ様、ボクにも貸して〜とぴょこぴょこしてるクロード、グーグー寝こけてる使徒様、外から覗いている炎の精霊達。

 みんなに見られながら、心ゆくまでピオさんを抱っこした……


 幸せ……


 ちょっとだけ興奮がおさまった。


 アタシはお師匠様に、ピオさんの説明をした。

「ピオさんは、森のクマさんシリーズのぬいぐるみなの。職業は、さすらいの格闘家さん」

「さすらいの……格闘家?」

 お師匠様が無表情のまま、額に手をあてる。

「……ピアは森の消防士ではなかったか?」

 アタシは頷いた。

「ピアさんもお父さんもお母さんも妹クマちゃんも、森に住んでるわ。でも、クマ(にい)は『ボクより強いヤツに会いに行く』って、放浪してるの。で、年に何回か森のお家に帰って来て、嵐を巻き起こすの」

「嵐?」

「すごいお土産を持って来たり、ピオさんを追って森に怪物がやって来たり、よそのお家を壊しちゃったり……」

 あと、なんだっけか……

《夏の精をおいはらおーとして、川を干上がらせちゃったこともあるよー》

 と、ピオさん。クロードに抱っこされてすりすりされながら教えてくれる。

「あー、そーそー! あった、あった! 絵本で読んだわ!」


「妹が消防士で、兄がさすらいの格闘家……?」

 本当にそれは子供用玩具なのか? とお師匠様が首を傾げる。

「いとこは宇宙飛行士とアイドル、お隣は傭兵さんで、お友だちは海賊と花火職人さん、それから、」

「いや、森のクマさんシリーズの説明はもういい」

 お師匠様が息を吐く。


「ジョゼフの心を読み、『ピオのキャラクター・データ』に則った姿、話し方、性格で、その炎の精霊は現れた。それが、たまたまジャンヌの好みとも一致した……それだけの事だ」


 え?


「じゃあ、その子、本当は『ピオさん』じゃないんですか?」

 アタシの問いにお師匠様は頷き、赤いクマさんへと話しかける。


「どうあってもジョゼフとしか契約を結べぬとあらば仕方が無い。が、できれば、ジャンヌのしもべとなってもらえまいか?」

《え〜》 

「精霊であるおまえには、ジャンヌの事情はわかっているはずだ。おまえがジョゼフのしもべとなると、魔王戦で困った事態となるやもしれぬ」

 む?

「おまえがジョゼに力を貸すと、伴侶二人の合体攻撃とカウントされかねぬ。攻撃回数が一回減る事になる」

 おお。

 なるほど。

「ジョゼフのしもべとなったところで、おまえは魔王戦ではジョゼフに力を貸せぬ。熱い戦いができる戦場で、不燃焼となる。ならば、いっそ、」

 いったん言葉を区切ってから、お師匠様は言った。


「魔王戦まででいい、ジャンヌのしもべとなってくれぬか? その後、三者の意見が一致すれば、改めて主人をジョゼフに変更する……それでどうだろうか?」

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