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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野
34/236

精霊支配者に俺はなる!

「よお、お嬢ちゃん。幸と不幸に彩られた星が、ますます輝いたな。幻想世界でもモテモテだったんじゃないか?」

 黒いドレッドヘアーに、褐色の肌。

 扉の前にいるのは、頬と顎を覆う不精髭もワイルドな流浪の民風の占い師だ。


 胸がキュンキュンした。


「ドロ様」

 手を振ると、占い師は大げさに肩をすくめて微笑んだ。

「ドロ様で馴染んじまったみたいだな……。ま、いい。好きに呼んでくれ」

 いやん。髪をかきあげる仕草まで格好いい。


「水難も無事に乗り越えたようだな」


「水難……?」

 首を傾げた。


 何のこと?


「溺れなかったかい?」

「いいえ」

 アタシはかぶりを振った。


 アタシ、クロード、兄さま、エドモン、寝こけてる使徒様。幻想世界に行った者を順に見渡し、それからドロ様は苦い笑みを浮かべた。

「おや。外れちまったみたいだな。勇者さまは異世界で生死に関わる水難に遭う……そう読んで、そいつを渡したんだが」

 ドロ様の骨太の指が、アタシの胸元をさす。服の下には、ドロ様から貰った珊瑚(コーラル)の首飾りがある。

 海の宝石と呼ばれる珊瑚が災いからアタシを守り、運気をアップさせる。コーラルは『幸福と長寿』の象徴。身につけていれば、寿命が延びると言われていたのだ。

「俺としたことが、星を読み間違えたようだ。すまない」

 あら……誠実。占いが間違ったら、きちんと謝ってくれるなんて。


「でも、『水難』の危機はあったよね」

 口元に手を当てながら、クロードが言う。

「幻想世界についた時、ジャンヌ、岬の端っこに居たんだもん。あとちょっとズレてたら、落ちてた」


 あ〜

 そうか。

 転移先は切り立った崖の上。後もう少しズレてたら、海にドボンだったんだ。

 それに、沼でゾンビにも襲われたし。

『水難』には遭いかけていた……。

「きっと、お守りのおかげで、禍をうまく回避できたんですね! ありがとうございます!」

 アタシがそう言うと、ドロ様は『いやいや』と男くさく笑う。


「愚かな……。溺れても洪水でも、水難。人によっては、突然の雨でも、風呂場で転んでも、水をかけられても、水難と捉えます。いいですか、勇者様。占い師は、聞き手が勝手に解釈できるよう曖昧なことしか伝えず、誰にでも当てはまることをもっともらしく……」

 はいはいはい。わかりました、テオ先生。

 さっき静かだったのに、元気になりましたね。もうちょっと口をつぐんでいてくれても良かったのに。


「ところで、アレはどうしたんだい?」

 ドロ様が、窓際を指さす。


 窓辺の椅子にセザールおじいちゃんが腰かけ、エドモンとジュネさんがつきそっている。

「……エドモン。本当に……大丈夫で、あったんだな? わしに代わり、百一代目様を、きちんと、お守りしたのだな……?」

「……ああ」

 そう言ってから農夫の人は首を傾げた。両目が前髪に隠れているから表情がいまいちわかんない。

「……たぶん」

「多分〜ッ? はっきりせぇ! おまえには、覇気がなさすぎる! いい若いもんが、枯れたジジイのように、闘争心のかけらもなく! そんなんでは、わしは、安心して……ぐ、ウェ……」

「……じいちゃん、しゃべるな」

「さ、さ、さ。おじいさま、お水をどうぞ」

 ジュネさんが、かいがいしくお世話をしている。

 祖父と孫とお嫁さんに見えなくもないような……


「いやはや、お恥ずかしい。実は、私のせいでして」

 はっはっはと明るく発明家の人が笑う。

 さっき、ルネさんとセザールおじいちゃんがオランジュ邸に現れたんだけど……

 おじいちゃんは、ぐったりだった。『迷子くん』装備のルネさんに空中飛行で運ばれたせいだ。

「箱型馬車を『迷子くん』に合体! その名も『みんなをのせて 迷子くん』!……だったのですが、振動対策まで気が回らず、セザール様を乗り物酔いさせてしまいました。いやあ、申し訳ない。『みんなをのせて 迷子くん』は改良の余地満載ですな!」

 あんまりすまなくなさそう。

 ったく、もう……。ちゃんと設計してから、発明しなさいよ。上空で馬車の扉が開いてたら、大事故だったんじゃ。


「ルネさん、武器開発はどうなってるんだい?」と、ドロ様。

 右腕が使えないおじいちゃんの為に、ルネさんが武器を作るって話だったはずだけど。


「現在は、アイデア書をお見せしている段階です。セザール様からのご注文は『迷子くん以上の攻撃力がある遠隔武器』。なので、ひらめいたアイデアをパパッと書きとめ、自信を持って提案しておりましてな」

 ふーん。


「……開発に入る前に、必ず(・・)私にもアイデア書を見せてくださいね。絶対ですよ?」念を押す学者。

 発明家は「もちろんですとも、テオドール様」と、とことん明るく答えていた。



「みな揃ったのか」

 お師匠様が、移動魔法で現れる。

「ルネ。オランジュ家の者より伝言だ。『今後、飛行馬車での来訪はお控えください』だそうだ」

「はっはっは。了解です」

「おまえの持って来た馬車は、屋敷の裏手に移動した。帰る時、忘れずに持ち帰るように」

「承知しました」

 庭の双頭犬(オルトロス)の事をオランジュ家の人に説明に行って、そのまま馬車ごと降下して来た騒音発生機(迷子くん)の後片付けをしてたのか、お師匠様……御苦労さまです。


「アレッサンドロ。聞きたいことがある」

「お宝のことですかね、賢者さま?」

「そうだ」

 ドロ様のダークグリーンの瞳が、注意深く辺りを見渡す。

「その話は二人きり……いえ、テオドールさまを交えて三人ででも構いませんが……別所で願います。この手の話に喰いつきたがる輩は多いので……」

「監視されているというのか?」

「その可能性は限りなく低いです。しかし、用心に越した事はありません。仕事ができる奴は、何処にでも潜りこんできますんで」

「なるほど」

 お師匠様が顎の下に手をあてる。

「おまえの言う通りにしよう。後ほど時間をつくる。詳しく聞かせてくれ」

「はい」



「精霊界には明日の朝食の後、赴く事にした」

 お師匠様がテーブルの面々を見渡す。

 セザールおじいちゃんも、ニコラも席についている。『もう何ほどのことはございません』と言いつつもおじいちゃんは顔色が悪い。ニコラもピアさんと遊んでていいのに『ぼくは、男だもん。話し合いにはちゃんと出るよ』な〜んて言うし。二人とも、けなげでキュンキュンしちゃう。

 テーブルにつっぷしていびきをかいてる奴に、二人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい……


「最長二十日。可能な限り長く滞在し、一体でも多く精霊を仲間にしたい。旅に必要なものは、今日中にテオドールが用意する」


「一つの世界に、二十日も滞在?」

 兄さまが、お師匠様につっかかる。

 アタシは、百日の間に十二の世界を回って100人の彼氏を見つけなきゃいけない。

 魔王が目覚めるのは、九十一日後。残りは十世界で、あと79人。かなり余裕〜な状態ではあるけれど。

「なぜそんなに時間を割くんだ?」


「精霊界が八つのエリアに分かれているからだ。炎、水、風、土、氷、雷、光、闇……炎の精霊ならば炎界に、水の精霊ならば水界に存在し、他のエリアに決して移動しない(・・・・・)。全精霊を仲間にする為には、八エリアを旅しなければならぬ」

「計算上、一エリアにつき二日半滞在すれば二十日となります。二十日など、あっという間に経つでしょう」と、テオ。


「八大精霊は全て仲間としたい……各エリアで、一体でも多く精霊を仲間にしたいところだが……」


「精霊は各々、司るものに絶大な力を有しています。たった一体で、山をも崩し、湖を干上がらせ、百万の軍隊を一瞬で倒す事も可能だと言われています」

 テーブルから、へーっと声があがる。

 テオがメガネをかけ直す。

「精霊界の精霊は、外の世界の人間にたいへん友好的である事でも知られています。『しもべ』契約を結びやすいのです。精霊は気に入った人間を『主人』と仰ぎ、しもべとなってくれます」


「可能であればジャンヌには、精霊支配者(マスター)となってもらいたい」

 お師匠様が、ぐっと拳を握ってアタシを見る。顔はいつも通りの無表情だけど。

「八大精霊の支配者となれば、大魔術師級の力を得られる。魔王戦においても、旅をする上でも、精霊はおまえの助けとなるだろう」


「質問をば、よろしいでしょうか?」

 セザールおじいちゃんが、左手を軽くあげる。

「精霊支配者というのは、魔法(ジョブ)ではないのですか? 百一代目勇者様には魔力が無いと、伺っておりますが」


「魔力が無くとも、なれる。いや、なれる可能性があると言った方が正しいか」

 お師匠様が平坦な声で答える。

「相性が良ければいいのだ。精霊がその人物を気に入れば、『しもべ』契約は成立する」


《はーい。しつもん》

 スッと手が上がる。当てて欲しくて頑張る生徒みたいに、ニコラが手を振ってる。

《どんな人間が、精霊に好かれるの? おねーちゃんは好かれやすい?》


「何とも言えぬな」

 お師匠様が、口元に手をそえる。

「人の好みが千差万別であるように、精霊の好みも多様。大多数の精霊は魔力の高い人間を好むが、外見・思想・人柄・置かれている状況などに惹かれるものもいよう。精霊次第だ」

 つまり、ニッチな好みの精霊が、アタシみたいな魔力ゼロ人間に興味を持つ……そう言ってますね、お師匠様?

 むぅ……精霊支配者になるハードル高そう……


 きょとんとしているニコラを見つめ、お師匠様が目を少し細める。口元が笑っているような、そんな感じが少しだけする。

「ジャンヌを好ましく思う精霊もいよう。出逢えるよう、ジャンヌには頑張ってもらわねばなるまい」

《おねーちゃんなら、きっとできるよ》

 お師匠様にきっぱりと言ってから、白い幽霊がアタシに笑いかける。

《お友だちが増えるといいね》

「ありがと」


「むろん、気の合う精霊がおらず、精霊支配者になれぬ可能性もある。その時には、ただ萌えて仲間にするだけでもいい。戦闘力の高い精霊に参戦してもらえれば、魔王戦は心強い」

「はい」


「精霊界には四名の者を伴う。ジャンヌの護衛かつ助言者だが、各自精霊と契約を結んでくれていい」

 え?

「各エリアに精霊は何万といる。その内の一体或いは数体と契約を結ぼうとも、ジャンヌが困る事はない。勇者の仲間が精霊支配者となり、強力な力を持って魔王戦に臨んでくれれば有り難い」


 降ってわいたような話に、みんなの顔に戸惑いが浮かぶ。


「賢者様、誰を精霊界に伴うおつもりですか?」

 テオの問いに、お師匠様がすかさず答えた。

「まずは、マルタン」

 げ。

「あちらでは、マルタンの魔法が必要だ」

 なるほど、と学者様は納得する。

「い、いや、でも……あの……」

 テーブルにつっぷして眠っている使徒様を指さした。

「マルタンには、突発性睡眠病が……」

「精霊界では、ごく限られた場所にしか人間は存在できん。各エリアで大きな移動はない。又、長くとも半日で起きるのだ。突発的にマルタンが眠ってしまっても問題はなかろう」

 え〜


「それから、クロード。勇者と共に旅をする事が、おまえの成長を促す」

「はい!」と、クロードがあわててかしこまる。

「可能ならば、精霊をしもべとするがいい。精神生命体である精霊には肉体がない。体に宿らせ、魔力の代わりとする事もできる」

 へー とクロードが目を丸める。


「そして……」

 そこでお師匠様は言葉を区切り、兄さまを見つめる。

「ジョゼフ。おまえにも、精霊界で働いてもらいたい」

 兄さまが口元に笑みを浮かべ、『当然だな』と言うように頷く。

「わかった」


「あともう一人は……正直、誰でもいい。こちらの世界で用事のないものを伴おうかと思っている」


「賢者さま。最後の一人は決まっていますぜ。俺を伴ってください」

 ドロ様?

 占い師はテーブルの上に置いた水晶珠を静かに撫でていた。

「俺を伴わねば、勇者さまの未来は閉ざされる……水晶のお告げです」


「占いか……」

 お師匠様は思案するように首をかしげ、それから頷いた。

「わかった。精霊界には、おまえを伴おう」


「何故です? その男は無能な占い師ですよ? 伴ったところで、何の役にも立ちません」

 テオがジロリとドロ様を睨む。

「現在、何の仕事もしていない暇人である事は確かですが……」


「そう、君の言う通りだ。俺は無能な占い師。だからこそ、精霊界に伴っていただくのさ」

 ドロ様が、おどけるように両手を広げた。

「セザールさまとルネさんは武器開発中。ニコラくんもアンヌさまと再会を果たしたばかり、異世界に赴くには早いだろう」

 ドロ様がテーブルに両肘をつき、組み合わせた手で口元を隠す。

「使徒さまには神聖魔法、ジュネには獣、エドモンくんには黄金弓と、確かな攻撃手段がある。学者の君は開幕で『先制攻撃の法』を唱える」


「ところが俺には、何の攻撃手段もない。魔王戦で役に立つはずもない。俺が強くなる事が、勇者さまの未来に繋がる……そうは思わないかい?」


「……精霊支配者になるつもりですか?」

「『なるつもり』じゃない。『なる』んだ」

 ドロ様が不敵に笑う。

「水晶のお告げだ。俺は、精霊界で精霊支配者となる……八大精霊すべてをしもべにしてね」


「八大精霊全て? ただの占い師のあなたが?」

「ああ。俺は、そういう星の下にいる」

「馬鹿馬鹿しい。全精霊とと契約を結ぶなど、魔術師でも難しいのですよ。ありえませんね」

「そう言わず、行かせてくれませんかねえ、学者先生。俺にとって、君が最後の難関なんだ。この機を逃したら、俺は精霊支配者にはなれん。水晶がそう告げている」


「……面白い」

 テオのメガネがキラリと光る。

「賭けをしませんか?」

 賭け?

「心から、自分の占いが『当たる』と信じているのでしょう?」

「ああ」

「その占いが外れたら、あなたに未来を見る力が無いという事」

「だな」

 テオの口元に冷たい笑みが浮かぶ。

「八大精霊全てをしもべにできなかった時には……占い師を廃業してくださいませんか?」


「えぇぇーーー?」

 アタシとクロード、それにルネさんの声がハモる。


「それで、精霊を全くしもべにできなかった時には……魔王戦ではルネさんの発明品を使っていただく事にしましょうか。ルネさんの素晴らしい武器の中の……『最終兵器 ひかる君』あたり、あなたにぴったりではありませんか?」

「アレッサンドロさんが、『最終兵器 ひかる君』をご使用くださる????」

 ロボットアーマーの人が、虚空を見上げる

「……私が勇者様の仲間になれたのは、アレッサンドロさんのおかげ。占い師廃業は困りますが……そうですか、『最終兵器 ひかる君』をご使用いただける……」

……なんか、声が嬉しそう。


「俺が廃業したから何だってんだ? あんたに(メリット)があるのかい?」

「この地上から、いかがわしい占い師が一人消滅する。それだけで気分爽快です」

「なるほどなあ」

「自信が無いのなら、もっと勝ちやすい賭けにしてさしあげてもいいですよ。『一体でも精霊をしもべにできたら、廃業しないでいい』に変更します?」


「いや、『八大精霊全て』でいい」

 ドロ様が、大人の男くささ全開で、にやっと微笑んだ。

「その賭け、のってやる」


「えぇぇーーー?」

 アタシとクロードの声がハモる。

 ドロ様も魔力無いんでしょ? アタシと一緒、ニッチ向けなわけだし……八種類の精霊全部をしもべにするのは……


「だいじょーぶよ、ジャンヌちゃん」

 獣使いさんが、うふふと笑う。

「アレックスは絶対に賭けに負けないわ。あいつの占いを信じてあげて」

 だけど……


「俺が賭けに勝った時だが、」

 ドロ様が肉食獣のように笑う。

「ご褒美に、あんたを占わせてくれないか?」


「私を占う?」


「で、その占いを素直に聞き入れて欲しい」

「お断りです。私は占いなどという非科学的なものはまったく」

「あんたの星を読んで、俺は幾つか助言をする」


 ドロ様が右の二の指を立てる。

「その内の一つでいい。助言を聞き入れて、その通りに行動して欲しい」


「……どの助言を聞くか選んでいいのですか?」

「ああ。俺はプロの占い師だ。占いにかこつけて無理難題をふっかけるような、下種(げす)な真似はしない。あんたの星を読み、あんたのよりよい未来の為に、道を示すだけだ」


「……いいでしょう。あなたの精霊界行きに賛成します。無能なあなたが精霊支配者となれた時には、戦力が底上げされたと喜び、たわごと占いにも耳を傾けてあげましょうか」


 テオとドロ様が睨みあう。

 いや、睨んでいるのはテオだけだ。

 ドロ様は余裕の笑み。

 しかし、互いに信念をもって一歩も譲らない! って感じ!


 アタシは、ごくっとツバを飲み込んだ。


 と、そこで……

「話に決着がついたな? では、次に持ち物についてだ。現地での食料調達は不可能だ。なので各自非常食を……」

 お師匠様〜

 緊迫した場の空気が伝わってませんね……

 いつも通りのペースで、お師匠様が淡々と精霊界の話を続けてゆく……。






 翌朝、仲間達はアタシの部屋に集まった。

 旅立つ者は、みんな、結構な大荷物だ。中身はパンにチーズに乾燥肉に乾燥果物……食料ばっかり。それ以外のものは、極力減らした。ものすごく重いので、今は背負わずに荷物は床におろしている。


「勇者様、困ったなーという時にはこれですぞ!」

 ルネさんが、アタシの手に小さな袋を押しつける。

「その名も『ルネ でらっくすⅡ』! 今回の行き先は精霊界。ほとんど荷物を持って行けないと伺いましたので、涙をのんで『これは!』という物のみを詰めておきました! 旅のお伴にどうぞ!」

「え〜 でも、もう持てない……」

「いやいやいや! そうおっしゃらずに! 勇者様からご好評を博した『どこでも トイレ』を入れておきましたぞ!」

「!」

「あちらには、飲食物はおろかトイレも風呂もないのだとか! 『お顔ふき君』や『ドライなシャンプー君』も入れました! 水無しで顔や髪が洗える優れもの! 旅先でも、いつもお洒落に! わしの発明は、女性にも優しいのです!」

 発明家のロボットアーマーの手をがしっ! と握りしめた。

「ありがとうぅぅぅ、ルネさんッ! 大事に使わせてもらうわッ!」

「いやいやいや、はっはっは。お喜びいただけて、何より」


「・・くそぉ。せっかくのゲボクを伴えぬとは」

 使徒様は凶悪そうな顔を更に凶悪にして、スパスパと煙草を吸っている。

 ゴーレムを置いて行かなきゃいけないんで、ご機嫌斜めなのだ。

「精霊界など、精霊しか居らん! 神の使徒たるこの俺の働きどころなど、まったく、完璧に、完膚無きまでに、無い!」

 行きたくない! と使徒様はわめいている。


「すまぬな、マルタン。だが、どうしてもおまえが必要なのだ。おまえは回復魔法の達人(エキスパート)ゆえ」

 お師匠様がいつも通りの無表情で言う。

「そして、この世界の仲間の中で、魔術師の初級魔法を使えるのはおまえだけ。おまえの『ウォーター』が我々の生命線なのだ。現地での水の製造、任せたぞ」


「イチゴ頭! きさま、魔術師であろうが! 水ぐらい、きさまが作れ!」

 使徒様の怒声に、クロードがびくっ! と身をすくませる。

「ごめんなさぁい、使徒様ぁぁ。ボク、まだウォーターは無理でぇぇ」

「ウォーターどころか、ファイアもウィンドも何も使えんのだろうが!」

 お怒りの使徒様が、アタシの幼馴染の両のほっぺをびよ〜んと引っ張る。

「この俺を巻き込んだ罪はデカいぞ。内なる俺の霊魂が、マッハできさまをかわいがれと言っている・・」

 ふぇぇ〜んと情けない声をあげるクロード。


 兄さまとエドモンが、使徒様をどうにかクロードからひきはがした。


「お留守の間は(わたくし)が、ジョゼフ様のピアさんと、マルタン様のゲボクさんのお世話をいたしますわね」

 金髪美少女が、にっこりと微笑む。

「私、こう見えましても魔術師学校の生徒ですの。シャルルお兄様同様、魔力は豊富でしてよ。ゴーレムが活動停止しないよう、毎日、魔力を注ぎに参りますわね」


 ジョゼ兄さまは困ったようにシャルロットさんを見つめ、それからピアさんと手をつないでいるニコラへと視線を動かし、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「ありがとうございます……よろしくお願いします、シャルロット様」

「あらあらあら。お礼はいりませんわ。婚約者ですもの。お力になれて、嬉しいですわ」

 コロコロと笑うシャルロットさん。

「ピアさんはジャンヌさんの物かと思っておりましたのに、ジョゼフ様の物だったなんて……素敵ですわ。愛らしい物を可愛がってくださる殿方とでしたら、幸せな結婚ができそう」

 兄さまの顔が、更に渋くなる。

 兄さま、当分シャルロットさんに頭があがらなさそう。




 お師匠様が、『勇者の書 39――カガミ マサタカ』を物質転送で、呼び寄せる。

 三十九代目勇者は精霊界で修行をつみ、八大精霊を全て仲間とした人だ。ていうか、百体以上仲間にしたんだっけか?

 その勇者の書を用い、精霊界に行くのだ。


「八大精霊を全て仲間としたいが、ジャンヌの頑張り次第だな。一人も仲間にできなかったとしても、二十日後には帰還する」


「遅くとも二十日後には帰還、了解です」

「どうぞお気をつけて……ジャンヌさん、ジョゼフ様、みなさま」

《ジョゼおにーちゃん、おねーちゃん、またねー》

「百一代目勇者様、陰ながら応援しておりますぞ」

「ジャンヌちゃーん、ファイト。アレックス、八大精霊をゲットしてきてね〜」

「……がんばれ」

「私の発明品はどれも最高ですぞ。使ってみてくだされ」


 床に広がった魔法絹布の一番右端には、幻想世界とこの世を結ぶ魔法陣が刻まれて残っている。

 その魔法陣の左隣に、お師匠様は三十九代目勇者の書を置いた。


「いずれ、おまえは賢者として、次世の勇者を異界に導くのだ。今のうちにその法をしっかり覚えておけ。私の呪文の後に続け」


 だいぶ慣れた。

 でも、まだ、向かい合っておでこを合わせるのは恥ずかしいな……



 魔王が目覚めるのは、九十日後だ。



 そんなわけで、お師匠様が魔法で開いた魔法陣を通って、アタシは仲間達と共に精霊界へと旅立って行った。

きゅんきゅんハニー 第2章 《完》



 第3章『精霊の棲む領界』は2月14日(金)から隔日更新の予定です。

 よろしくお願いします。

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