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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野
33/236

おかえりなさい

「おかえりなさい、賢者様、ジャンヌさん、ジョゼフ様、みなさま」


 幻想世界からの帰還の魔法。

 転移のまぶしい光が消えるとアタシの前に……ものすごい美少女が居た。

 見るからに貴族のお姫様というか、お人形さんというか……金の縦ロールのゴージャスな髪型、雪のように白い肌、宝石のような青い瞳……何もかもが超かわいい。


「シャルロットさん……?」

 美人さんが、にっこりと微笑む。

「おととい旅立ったと、さきほどテオ兄さまに伺ったばかりですのよ。こんなに早くご帰還なさるなんて……とても嬉しいですわ」


 アタシは辺りを見回した。

 ここは……

 ジョゼ兄さまのおばあさんのお屋敷。アタシ用に用意してもらった部屋よね。間違いない。


 なのに、何で、シャルロットさんが居るの?


「テオ兄さまを呼びに行かせますわ」

 シャルロットさんが呼び鈴を鳴らして、メイドさんを呼ぶ。

「テオ兄さまは、今、商人さんとお話中です。(わたくし)、たまたま遊びに来ていましたの。それで、テオ兄さまが席を外される間だけ、このお部屋でのお留守番を頼まれましたのよ」

 口元に手をそえて、シャルロットさんがコロコロと笑う。

「いつみなさまがご帰還なさってもよろしいように」

 シャルロットさんは、テオのまたいとこ、シャルル様の妹、侯爵家令嬢だ。そして……


「シャルロット様……」

 オランジュ伯爵家跡取りの兄さまの婚約者なんだけど……

 今の兄さまは……自毛のままだし、デカい白い雲をかついだ強力(ごうりき)のような姿。

 んでもって、オレンジのぬいぐるみを抱っこしてる。十九歳である事を考えるとかなりナニ。

 なのに、シャルロットさんはまったく気にしてないみたい。天使のように微笑んだままだ。

「ごきげんよう、ジョゼフ様。素敵なぬいぐるみですわね。ジャンヌ様のですの?」

 ジョゼ兄さまの顔が、カーッと赤く染まる。

「い、いや、これは、その……」

「うふふ。とても愛らしいクマちゃん。ジャンヌさん、私にも抱っこさせてくださいませんこと?」

 シャルロットさんは、ピアさんをアタシのものだと勘違いしているようだ。

 ガキ大将だった昔も、かわいいもの好きを必死に隠してたもんな、兄さま……

 ここは義妹としてかばってあげよう。

「その子、ぬいぐるみに見えるけど、ゴーレムなんです。見た目よりずっとずーっと重たいから、兄さましか持てないんです」

「まあ、そうですの。本当、ジョゼフ様はお優しいですわ。殿方の中には、ぬいぐるみに触れることさえ厭う方もいらっしゃいますのに。女子供のお友だちなんて、軟弱にしか見えないのでしょうね」

「う」

「私の思った通りですわ。ジョゼフ様でしたら、良い夫となられますわね。とても硬派なのに、女子供の気持ちを大切にしてくださるのですもの」

 兄さまの顔がますます赤く染まる。


 話題を変えてあげなきゃ。

「兄さま、荷物をおろしたら? 重たいでしょ?」

「……お、おう」


 お師匠様が魔法絹布の上の『勇者の書 96――シメオン』を拾う。まっさらだったはずの絹布には、くっきりと魔法陣が刻まれていた。

 みんな、荷物を下ろした。んでもって、使徒様は大股を開いてどっかりと椅子に腰かける。


 間もなく、学者様がやって来た。白い幽霊のニコラも一緒だ。

「ご無事で何よりです、みなさん」

《ジョゼおにーちゃん、おねーちゃん、おかえりー》

 白い幽霊が、大好きなジョゼ兄さまへと駆け寄りかけ、その手前に立つオレンジの熊に目をとめる。

《なに、その子……?》

 ラブリーなオレンジのぬいぐまと、全身がまっ白な幽霊。

 見つめ合う、瞳と瞳。

 二人だけの時が流れる……

《か、かわい……》

 頬をゆるませたニコラが、ハッとして口をつぐみ、慌ててかぶりを振る。

 でもって、突進するように兄さまのもとへ。

『ぼくは男だもん。もうぬいぐるみは卒業したんだ!』って全身で叫んでる。でも、兄さまに抱きつきながらチラチラとピアさんを見てたりなんかして。

 やだ、かわいい……


 テオがゲボクを一瞥する。白い雲……そっくりなゴーレムは、床の上に浮かんでいる。ふわふわな見た目のそれは、アタシよりもデカイ。これは何だ? と首を傾げつつも、テオはお師匠様に話しかけた。

「予定よりかなり早いご帰還、驚きました」

「一番最初に竜王デ・ルドリウ様を仲間にできたのでな、事情が変わった」

「ドラゴンを仲間になさったのですか。短いながらも充実した時間を過ごされたのですね。お疲れなのも、納得です」

 メガネの学者の視線は、テーブルにつっぷして眠っている使徒様へと向いていた。

 いや、違います。

 還って来るなりその男は『フッ。困ったな、内なる十二の世界の何処かで誰かが、俺の助けを待っている。神の奇跡を起こすのが、俺の存在理由。行かずば、なるまい・・』とか妄想をのたまって寝始めたんです。幻想世界でも、ほとんど寝てました。眠り病なだけです。


「幻想世界でのご活躍のお話、一刻も早くお伺いしたいところです。が、まずはご報告を。次に精霊界へ赴かれるとの事ですが、」

「お待ちになって、テオ兄さま」

 シャルロットさんが、またいとこをやんわりと制する。

「レディもいらっしゃるのよ。先にご希望を伺ってはいかがかしら? 異世界での穢れを落とし、仮眠、軽食をとられてから(のち)でもよろしいのではなくて?」

「あ、ああ……そうですね」

 メガネをかけ直し、真面目な顔でテオが言う。

「失礼しました、勇者様。私は不調法で女性への気遣いに欠ける性質(たち)でして……」

 あ〜 なんか新鮮。

 テオにはお小言か嫌味ばっか言われてたから、ここまでストレートに謝られると……ムズムズしちゃう。

「いかがなさいます? まずはご休憩なさいますか?」

「ううん、大丈夫。話っての聞かせて」

「了解です。まずは急を要する件のみ賢者様とご相談し、その後、幻想世界のお話を伺い、今後について話し合いましょう」


「では、お茶にいたしましょう。準備させますわね」

 シャルロットさんが、てきぱきとメイドさんに指示を出す。

「テオ兄さま。ルネさんとセザール様、ジュネさん、それにアレッサンドロさんに使いを出して、勇者様のご帰還をお知らせしてもよろしいかしら?」

「あ、ああ……そうですね。お願いします」


 意外。シャルロットさん、すっごく有能だ。お姫様みたいな外見なのに。


 アタシはジョゼ兄さまをチラッと見た。

 テーブルに肘をついて、そっぽを向いている。絶対、シャルロットさんの方を見るもんか、って感じ。

 アンヌおばあさんが決めた婚約者だから、仲良くしたくないんだ。

 でも、シャルロットさんって、家柄が良くて、美人で賢くて気がきいておしとやかで親切。非の打ちどころのない婚約者だと思う。

 どっちかと言うと、根っから庶民の兄さまの方が見劣りしてるような……。


 メイドさんがお茶の準備をしてくれる。

 綺麗に盛りつけられた、ケーキやたっぷりのお菓子。サンドイッチまでもお洒落だ。どれも美味しい。


 メイドさんにかしずかれ、農夫の人は居心地が悪そう。下唇をつきだし、ムスッとしてる。溜息まで……。

 んでもって、ぐーぐー寝こけてる使徒様をジーッと見てる。羨ましい? 自分も寝てやりすごしたい思ってるとか?

 茶器に触れようともしないエドモンに、隣の席のクロードが「これ、美味しいよー」とお菓子を勧めたり、「おとといの野菜スープ、とーっても美味しかったよね」と笑顔で話題を振っている。

 それに、エドモンもポツポツと答えてるみたい。


 テオとお師匠様はテーブルの端で、向かい合って何ごとか話している。

 お師匠様が何かの書類を見てる。目録のような?


「テオ兄さまは、異世界へ持って行く荷物についてご相談なさっているのですわ」

 教えてくれたのは、シャルロットさん。侯爵家令嬢らしく、お茶をいただく仕草まで優雅だ。

「次は精霊界のご予定でしたでしょ? あちらには、飲み物も食べ物もございません。何をどれほど持って行くかしっかり検討し、出発前に準備しなくてはいけませんもの」

 なるほど。

 シャルロットさんが、コロコロと笑う。

「思いの外ジャンヌさんが早く戻られたので、テオ兄さま、焦っていらっしゃるのよ。さっき、非常食の手配を商人さんに依頼したところでしたのに」

 ありゃ。さっき発注だったの?

「出発までに必要なものって揃うのかしら?」

「あらあらあら。ジャンヌさん、その心配は的外れですわ」

 シャルロットさんが鷹揚に笑う。

「オランジュ伯爵邸にご滞在中の勇者様の為に、ボーヴォワール伯爵家子息が直々に依頼しましたのよ。大幅に期限が早まっても、商人さんは死に物狂いで期待に応えてくださるでしょう。ご自分の将来がかかっていますもの」

 シャルロットさんの愛らしい顔には、何と言うか……近寄りがたい品のようなものが漂っている。お貴族様のオーラ?


 む? 今、舌打ちが聞こえたような? 兄さま?


 白い幽霊のニコラは、ジョゼ兄さまの隣に座って、チラチラと背後を見ている。ニコラの前にもティーカップがあるけれども、それに手をつけていない……て、いうか幽霊ってお茶、飲めるんだろうか?

 ピアさんは兄さまの荷物の所で、頭を振り振り床にお座りしている。

《ねえ、ジョゼおにーちゃん。あのぬいぐるみ……もしかして『ピアさん』?》


 え?


「そうだ、ピアさんだ」

《やっぱり、そうなんだ》

 ニコラの顔が、パーッと明るくなる。

《ぼくね、ピアさんをもってたんだ。あのピアさんより、もうちょっと大きい子》

 へー

 森のクマさんシリーズって、五十二年前にも販売されてたのか〜


《アンヌも、ぼくのピアさんが大好きだったんだよ。かわいいってキスしてくれて、おリボンやお花をくれたんだ》

「そうか」

《ぼく、すっごく大事にしてたんだ。ピアさんもアンヌからの贈り物も。だけど……気がついたら、無かったんだ。いつのまにか、消えちゃったんだ。ぼくのピアさん、どこにいったんだろう……?》

 それは……

 兄さまは、アタシの方をちらっと見てから、ニコラに笑顔をみせた。

「おまえのピアさんは、森に帰ったんじゃないか?」

《……そうなのかなあ》


「その子の代わりに、あのピアさんと仲良くなるといい。あの子は、いずれ幻想世界に還る事になると思うが……その日までは遊べるぞ」

 ニコラが肩をすくめ、かぶりを振る。

《ううん、いい》

「なぜ?」

《ぼく、八才のお誕生日がすぎたもん。男の子がぬいぐるみで遊ぶなんて、頭がおかしい……りっぱな大人になれないって、家庭教師に怒られちゃう》

 何ですとぉ!

「……そんな事を言う家庭教師、俺は好かんな」

「アタシも嫌いだわ」

 兄さまとアタシを順に見て、ニコラが首をかしげる。

《でも……男がぬいぐるみで遊ぶのって……格好悪くない……?》

 あ。

 その質問は……。

 兄さまは頬を少し染め、苦いものを噛んだような顔をした。

「好きなものは好き。誰に何を言われようが、貫くのが男だ」

《うん……》

「それに、おまえがピアさんを好きでも、アンヌは『格好悪い』なんて言わない。そうだろ?」

《あ》

 ニコラが明るく笑う。

《そうだよね。アンヌもピアさんが大好きだもん。絶対に言わないよね》

 兄さまに頷かれ、ニコラの笑顔がますます輝く。

《ピアさんと遊んでもいい?》

「ああ」

 ニコラが椅子から飛び降り、ピアさんのもとへ走る。


 ほほえましいわ。


「良かったですわ、あの子が笑顔になって」

 ニコラを見つめながら、シャルロットさんが微笑む。

「今日はアンヌ様、王城にいらっしゃっていて……あの子、ずっと寂しそうでしたの。さすが、ジョゼフ様ですわ」

 愛らしい笑みを向けてくる婚約者。兄さまは困ったような表情を浮かべ、視線をそらした。

「……話をしただけだ」



 お茶が終わる頃には、お師匠様とテオの相談は終わっていた。商人への指示を手紙にまとめ、テオはメイドさんに渡していた。


 席を立ってOKとなったら、エドモンはさっさと窓際に行ってしまった。で、窓の外の空と庭園を見ている。



「アランとリュカは居ないのか?」

 裸戦士と、盗賊少年。さっき名前が挙がらなかった二人だ。

 お師匠様の問いに、テオが答える。

「昨日、秘宝探索に旅立ちました」


 秘宝探索?


「『レヴリ団』をご存じですか?」

 テオの問いに、お師匠様は頷き、それ以外のメンバーはかぶりを振った。

「百年以上前に大陸を席巻した大盗賊団です。その主要メンバーは処刑され、残ったメンバーも絶えぬ内紛の末に分裂。ろくでもない犯罪集団でした。しかし、『世直しに立ちあがった義賊団だ』などという流言が流布し、実体とはかけ離れた姿で半ば伝説化しています」

 ほうほう。

「その『レヴリ団』が隠匿した宝があるだの、とある島の地図だの……非常に胡乱(うろん)な情報を、占い師が闇組織から手に入れて来まして……アランとリュカは宝探しに旅立ったのです」

「何故、行かせた?」

 お師匠様が微かに眉をひそめる。

「二人ともジャンヌの伴侶。くだらぬ冒険で命を落とされては困る。百人の伴侶の内一人欠けても、託宣は叶わなくなるのだぞ」


「承知しております」

 メガネのフレームを押し上げながら、テオが言う。

「しかし、賢者様ならばご存じでしょう? 『レヴリ団』は金銀宝飾品よりも、魔法武器に魔法防具、魔法道具を主な獲物とした盗賊団です。その秘宝であれば、魔王戦で役に立つ可能性が高い」


「それは、わかる。だが、二人の身に何かがあっては」

「可能な限り、その点は配慮したようです。移動魔法を使える者が同行しています」

「移動魔法の使い手?」

 テオが頷く。

「いざとなったら、一瞬で安全地帯に還れるのです。安全面に問題は無い……占い師とアラン達が強くそう主張しましたので、あらゆる事態を想定し情報を分析した上で、許可を与えました」

 面白くなさそうな顔で、テオが息を吐く。テオ自身は、秘宝探索にあまり乗り気じゃなさそうだ。ドロ様達に押し切られて、しぶしぶ承知したのかも。


「お宝探しか……かっけぇー」

 不用意につぶやいたクロードは、テオ先生に睨みつけられ、シュンと黙った。


「間もなく発案者の占い師が参ります。計画を語らせますが、不審な点がございましたらアラン達のもとへ移動魔法でお渡りになり、直接彼等から話を聞いて来てはいかがでしょう?」

「ドロ様は一緒に行かなかったの?」

 アタシの問いに、テオは一瞬だけ『は?』って顔をした。誰のこと? って感じに。それから澄ました顔をつくって、答えた。

「占い師アレッサンドロの事ですね? あの男は、自宅に居ります。俺の星は秘宝探索の冒険の下にはない、などと非論理的な発言をして」

 へー

「アラン達は旅立ったばかりです。彼等が危険な場所に到達するのは、十数日後のこと。目的地に到達するのは、最も早くて二十日後でしょう」

 お師匠様が顎の下に手をそえた。

「そうだな……まずはアレッサンドロから話を聞こう」

「はい。先に、幻想世界のことを伺わせてください。次に行く世界、伴う仲間の事でもご相談が、」



 風を感じた。

 窓が開いている。

 あれ? 何時の間にか、エドモンの頭に小鳥が二羽のっかってる……



「武器の完成時に、幻想世界に再来訪……それで、今回の旅は早めに切り上げられたのですか」

 お師匠様の説明に、学者様は納得がいったようだ。

 話の間にとったメモを持って、アタシへと顔を向ける。

「ドラゴン、ワーウルフ、古代妖精、エルフ、ドワーフを仲間になさったのですか……凄いですね。幻想世界の中でも屈指の実力者ばかりではありませんか。魔王への大ダメージを期待できますね」

 でしょー

「さすが勇者様。普段はいい加減でも、働くべき時にはきちんと働かれるのですね、見直しました」

「お師匠様とデ・ルドリウ様のおかげよ」

 ま、アタシも勇者だしね! やる時はやるわよ!


「それは、それとして、」

 学者様が左手でメガネのフレームを押し上げ、右手でメモをパシンと叩く。

「……なぜ、ゴーレムを四体も仲間にしたのです?」

 あ〜

 いや、その……

「……なりゆき?」


 テオが、ジーッとアタシを見つめる……


「もとが小石では、攻撃力はさほどないでしょう。実際、狼王に一撃で飛ばされたのですよね、勇者様のゴーレムは?」

「……そうです」


「確認します。仲間になさったのは、ぬいぐるみ型が二体と、黒ネコが一体、あと一体はキャベツ。それに相違はありませんね?」

「……ありません」

「少々、伺いたいのですが、キャベツというのは、何なのでしょう? アブラナ科アブラナ属の多年草のことですか?」

 むむ?

「……よくわかんないけど、たぶん、それだと思います」

「野菜ですよね?」

「……はい」

「食材が、魔王戦で戦えるのですか?」

 えっと……


 テオがキッ! と、アタシを睨む。

「……質問します。勇者様は新たに仲間としたゴーレムの、どのような特殊能力・技能を用いて、どういった展開を、魔王戦でご計画なのですか?」

 う。

「勇者様の立案なさった計画が完璧なものでしたら、私があれこれと口をはさむ必要はないと存じますが、」

 ぐ。

「お聞かせ下さい、勇者様。新たな仲間を、どのような形で活用なさるおつもりなのですか?」

 ぐは。


 アタシに計画など……

 あるはずがなかった……


「……ごめんなさい、かわいかったから、つい……何も考えずに仲間にしました」

 正直に告白した……


 テオ先生の顔が鬼のよう……

 まともに見る勇気がない……


 あ。

 エドモンの周りに、ネズミが五匹。

 さらに動物ハーレムが充実している。


 む?

 なんか、外がさわがしいような……?


 風を切る音。つづいて、ピシィィッ! と乾いた音が響き渡る。

「他人の話を聞く時は、姿勢を正し、相手に顔を向けしっかりと目を見るようにお教えしたはずですが?」

 テオ先生が教鞭を持っていらっしゃる……

「あなたが無能者ばかりを仲間としたら、この世界は滅びるのです。早く勇者としてのご自覚を持っていただきたい。勇者というのは、強く、賢く、正義感に満ち、道徳的で、悪を憎んで人を憎まない、美しくも頼もしい……」

 うひぃ。

 お説教モードに入ってるし!


 その時、扉がバーン! っと開いた。


「おかえりなさい! エドモン! ジャンヌちゃん!」

 獣使いさん、登場!

 美女にしか見えない美形が、スイートハートにダッシュで抱きつきに行く。とたん、ネズミと小鳥がサーッと逃げてゆく。

「痛いとこない? ひどい目に遭わなかった? 変な虫つかなかったでしょうね? エドモンったら、モテモテなんですもの。あたし、心配だったのよ〜」

「……触るな」

「ああん。意地悪ぅ〜 久しぶりなのよ。ちょっとぐらいいいじゃない」

「……別れたのは、おとといだが?」

「一日千秋の思いだったのよ。ね、親友のハグ。それなら、いいでしょ?」

「……その右手はなんだ?」

「あら〜 勝手にさわさわ動いてるわね。不思議ねー あたしの右手ったら、いけない子。うふふ」


 のっけからのラヴラヴ・モード。

 幼馴染に抱きつくジュネさんと、『迷惑だ』とばかりに溜息をつくエドモン。


 いや〜ん、ス・テ・キ。

 目の保養……


 二人の世界を、アタシはあたたかく見守った。

 兄さま達も口を出さない。たぶん、アタシとは違う意味で、見守ってるんだと思う。


「……来るのが早かったな」

「オルちゃんとロスちゃんに乗って来ちゃった」

「……街中を双頭犬(オルトロス)で……」

「だいじょ〜ぶ。あたし、スターですもの。みんな、ショーの宣伝だと思ってくれたわよ」

「……今、双頭犬は?」

「お庭。木につないできたの」

「……ばか」

「ちゃ〜んと『伏せ』を指示してきたから、大人しくしてるわよ。あの子たちは、絶対にあたしの命令には逆らわないわ」


「テオドールさん、庭の双頭犬、ほっといていいの?」

 尋ねたけど、返事がない。

「オランジュ家の人、びっくりしてるんじゃない?」


 見ると、学者様は露骨に眉を寄せていた。

 蔑みの瞳を、農夫にじゃれつく獣使いさんに向けている。


「様子を見て来る」と、お師匠様が移動魔法で消える。


「……おまえは行かないのか?」

「何処にも行かないわ。今、あたしがいるべき場所は、あなたの隣よ……」

「……ったく、おまえは。……あ。そうだ、土産があったんだ」

「お土産?」

「……幻想世界の酒。うちのアップルブランデーによく似ている……おまえも気に入る、と思う」

「嘘っ! うれしー! あたしに、お土産ぇ?」

「……いつも貰ってばかりだから……たまには」

「ありがとーーーー! エドモン、愛しているわっ!」


 キャーーーー ジュネさんったら! ジュネさんったら! エドモンに頬ずりしちゃって! ジュネさんのが背が高いから、抱え込む感じ!

 いやぁん、素敵!


 ガタタタタと凄い音がした。


「テオ兄さま?」

 気遣わしげな、シャルロットさんの声。


 見れば、テオは椅子ごと転んでいた。


「のけぞりすぎですわ、お怪我はございません?」

「……大丈夫です。少し足がもつれただけなので……」


 なにしてるの、あんた?

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