絶対に負けられない戦いが、そこにはある
「・・・ククク。手加減はせん。俺に逆らった愚かさを、きっちり、かっちり、くっきりとわからせてやろう」
使徒様は背筋を曲げてクネッと立ち、凶悪な顔を右手で半分隠したアレなポーズをとっている。
「ご、ごめんなさい、ジャンヌ、ジョゼ、使徒様……。でも、ボ、ボクだって、男だもん。……譲れにゃい戦いだって、あるんだ」
噛んだ。
魔法修行から帰って来た幼馴染は、魔術師の杖を片手にみんなを睨んでいる……んだと思う。鼻の頭を赤く染めて大きな目を更に大きくしたその顔は、ふぇぇ〜んと今にも泣き出しそうに見えるけど。
「すまん、成り行きとはいえ、俺まで。……だが、勝負は勝負。全力でゆく」
ちょっと困ったようにアタシを見つめ、それから兄さまはギン! と使徒様を睨んだ。あいつにだけは絶対に負けん! と。
「アタシだって、本気でいく! 絶対、勝つわ!」
勇者が負けてたまるもんですか!
かくして、野原で戦いの火ぶたは切って落とされた!
お師匠様とエドモンは、少し離れてる。二人とも参戦する気はゼロ。不参加はありがたいんだけど、愛情薄すぎない?
竜王デ・ルドリウ様としもべ達、エドモンに抱っこされたカトちゃんは、傍観者だ。アタシ達の戦いを見守っている。
「それじゃ、いくわよ!」
気合いをこめて、アタシは叫んだ。
「最初は、グー。じゃん、けん、ぽん!」
「うわぁぁん……」
まずクロードが崩れ落ち……
つづいての勝負で……
「わはははは! やはり、パーか! きさまならば、ぜったいパーを出すと思ったのだ!」
どういう意味よ!
くっそぉぉぉぉ!
悔しいぃぃぃ!
「おまえの仇は俺がとる! こいつにだけは絶対に負けん!」
あいこ。
あいこ。
あいこ……
兄さまと使徒様の真剣勝負が続く……
神がかった僧侶と見切り技が得意な格闘家のせいか、ちっとも勝敗がつかない。
このままじゃ、千日戦争だわ。
「がんばって、兄さま!」
「ジョゼぇぇ、がんばって!」
「おう!」
アタシ達の声援を受けて、兄さまが俄然はりきる。
使徒様が勝つぐらいなら、兄さまが勝者になる方が遥かにいい!
「えぇい、まだるっこしい」
完全アウェイ状態の使徒様が後方に跳び退り、兄さまをビシッ! と指さす。
「筋肉。一対一なのだ。いつぞやの勝負のつづきで決めんか?」
「ほう」
兄さまがボキボキと指を鳴らす。
「俺に勝つ気か、神の使徒。いいぞ、受けてたってやる」
「二言はないな?」
「ない」
拳を構え、兄さまがマルタンに殴りかかる。
と、そこで。
「ファイア」
使徒様がポツリとつぶやき、兄さまの全身が火に包まれ……
えぇぇ!
「ウォーター」
何処からともなく降ってきた水が、火をたちまち消す。
「おまえ、俺を殺す気か!」
兄さまが怒鳴る。
良かった、無事だ……少し焦げてるけど。闘気で全身を覆って、ガードしたのね。
「ククク。馬鹿め。ここは幻想世界。空気中の魔力の源を利用すれば、魔法の効果は天井知らず。俺の初級魔術師魔法とて、マッハで十二分に通用する」
「格闘勝負じゃないのか?」
「フッ。格闘で勝負すると、いつ俺が言った?」
フンと使徒様が鼻で笑う。
「魔法を使えるのも、俺のアイデンティティ。おまえはいい奴だったが・・あの世で魔法を使えぬことを悔いるのだな」
気合いをこめ、使徒様が叫ぶ。
「ファイアァァ!」
さっきよりデカい炎が、兄さまに襲いかかる。
「わはははは! ギブ・アップしろ! 今ならば、神の使徒たるこの俺が、慈悲の心をもって許してやろう!」
「誰が!」
「チッ。愚かな奴め。ならば、死ぬ一歩手前まで焦がしてくれる!」
更に炎がデカくなる。慌てて、アタシとクロードは退避した。
「安心しろ。殺しはせん。きさまが戦闘不能になったら、俺が癒してやる」
それ本当でしょうね? さっき『あの世で悔いろ』って言ってなかった? てか、半殺しにして癒すって、どういう僧侶よ!
「いい加減にしろ、マルタン」
さすがにお師匠様もいさめる。
《二体にしては、どうだ?》
竜王デ・ルドリウ様が提案する。
《持てるのであれば、問題ない。滅多に壊れるものでもないが、二体あれば緊急時の備えともなろう》
「おこころづかい、感謝します」
と、お師匠様。
「マルタン、ジョゼフ。もういい。デ・ルドリウ様のはらからいだ、二人ともゴーレムを伴っていい。もう戦うな」
「御意に、賢者殿」
マルタンがあっさりと炎を消し、水を降らせる。
びしょ濡れになった兄さま。火傷はしてないみたいだ。
オレンジのぬいぐまが、トテトテと兄さまに歩み寄って何処からか出したバスタオルを差し出す。
それを笑顔で受け取る兄さま。
いいなあ……
兄さまは、これからもピアさんと一緒なのね。
アタシ達の世界に連れ帰るのは、兄さまのピアさんとマルタンのゲボクに決まった。
まあ……ゲボクだけになんなくて良かった。ピカピカ光る白い雲なのはともかく……アレ、マルタンしか乗れないんだもん。つまんない。
ピアさんは、とってもラブリー。可愛らしいぬいぐまが一緒なのは嬉しい……
だけど……
デ・ルドリウ様の側のゴーレム達。
その中の一体に、アタシはひしっ! と抱きついた。
ああああ、クロさん!
ついにお別れなのね!
クロードも、黒ネコのミーに抱擁中。
別れに何がしか感じるところがあるのか、エドモンもキャベツに近づき、その頭?をポンポンと叩いた。
さっき、デ・ルドリウ様が《勇者殿、どれでもいい。ゴーレムを連れ帰ってくれぬか? 生みの親である予とゴーレムは、常に繋がっている。ゴーレムを通じ、武器の完成を知らせる事ができよう》と、おっしゃった時、
『転移魔法で運べるのは荷物だけ。ゴーレムは重いが、ジョゼフの力ならば一体は楽に運べよう。又、魔法生物であるゴーレムには定期的に魔力を注ぎ存在を維持させる必要がある。連れ帰るのは一体にすべきだ』てお師匠様が言って……
当然、勇者のアタシのゴーレムって事になると思ったのに〜〜〜
いらんタイミングで起きて来た使徒様が『ならば、俺のゲボクに決定だな』とか言いやがって……
マルタンが譲らないとわかると、クロードまでも『ボクもミーと別れたくないな……』とポツンとつぶやき……
『クロさんでいいじゃないか』って味方してくれた兄さままでも、『神の使徒たるこの俺に恐れをなし、勝負を義妹に預けたか・・情けない義兄め』などという挑発にのってしまって……
ゴーレムの同伴を賭け、壮絶なバトルとなったのだ。
《客人が帰られた後、ゴーレムはただの土くれに戻すのが常だ。しかし、まあ》
デ・ルドリウ様が面白しろそうにアタシ達とゴーレム達を見つめ、静かに笑った。
《魔王戦が終わるまで崩さず、とっておいてやろう。勇者殿の仲間となったようだし、の》
「ありがとうございます!」
アタシとクロードの声がハモり、
「……ありがたい」
と、遅れてエドモンが言う。な〜んだ。やっぱり、キャベツにそれなりの愛情があったのね。
《剣を受け取りに来た時に、また会えよう》
そうね……
それまでしばらくのお別れね、クロさん!
番長黒ウサギに、ぎゅっと抱きついた。
アタシの肩を、クロさんのちっちゃな手がポンポンと叩いてくれる……
うぅぅ、涙が出そう。
帰還の為の最後の支度を始めた。
兄さまはピアさんを抱え、ゲボクを背にかつぐと決めたようだ。
「ジョゼフの荷物はマルタンが運べ」と、お師匠様。
「雲がデカすぎる。これでは、背負えん。もっと小さくしろ」と兄さま。
「断る。幻想世界と向こうでは、勝手が違う。ゴーレムは弱体化し、能力は制限されよう。変身能力とて無くなるやもしれん。完璧に、完全に、パーフェクトな形で持ち帰らねば」と使徒様。
「なら、好きにしろ。ひきずるようでは『荷物』ではない。おまえのゴーレムが幻想世界に置き去りになるだけだ」
「ぬ。きさま、シスコンと怪力しか取り柄が無いくせに、手を抜くとは生意気な。本気を出せ」
「シス……違う。俺は純粋にジャンヌをこの世で一番」
「筋肉。豊富なる魔力を持つこの俺を敵に回していいのか? 魔力を注入してやらねば、きさまのぬいぐまはマッハで石に戻るだろう」
「おまえこそ、俺を敵に回していいのか? 置いてってもいいんだぞ、この雲」
兄さまと使徒様が、顔を突き合わせて睨み合う。
……何時の間にか、口喧嘩できるほど仲良くなったのね。
お師匠様も側にいることだし……とりあえず、ほっとこう。
クロさんと並んで歩いて、エドモンへと近づいて行った。
荷物をそばに置いて、野原であぐらをかいている黄金弓の使い手。
キャベツはその正面で、主人と向かい合って正座中。
農夫の肩には鷲、膝の上には小狼と猫。あと小トカゲがいるはずなんだけど、パッと見、居ないような。
デ・ルドリウ様が連れて来てくださったのに、結局、誰も仲間にできなかった。
人型になると、鷲はワイルド系、猫はかわいい系、トカゲはシニカル系の美形だったのに。
外見だけじゃキュンキュンいかなかったから、『心のおもむくままにエドモンに甘えてください』ってリクエストした。
『……必要なのか? 人型でおれとくっつかせるのが、本当に必要なのか?』と、嫌がる農夫の人。迫る美形達。
まさに眼福!
……だったんだけど、萌えても仲間にできなかったのよねえ。
ジョブ被り……なのかなあ?
残念。
動物達は、エドモンにまとわりつき、別れを惜しんでいる。べったりだ。
「……むしるな。ハゲる……。毛づくろいはもういい、ありがとう……。よし、よし……。こら。服の下から出てこい。そこに、頭をつっこむな……」
愛されすぎるのも、たいへんみたいだ。
「かえるのか?」
エドモンの膝の上で、小狼がクゥゥンと悲しげに鼻を鳴らす。
「うん、還る」
アタシは明るく笑った。
「またね、カトちゃん」
「またね?」
「また会いましょうってこと」
「また、あえるか?」
「うん」
小狼が跳び下りて、アタシのもとに駆け寄って来る。
「ヨメも、エドモンもか?」
えっと……
「アタシはぜったい来るわ。エドモンは……」
話題の主を見ると、さあ? って感じに首をかしげている。
「きっと来るわね。キャベツに会いに」
丸々したキャベツが、アタシに『はぁ〜い』って感じに手を振る。アタシも手を振り返した。
「あした、くるか?」
「明日は無理」
「あさってか?」
「無理」
「あしたの、あさってか?」
「無理、無理」
ケラケラ笑うアタシの周りを、蒼狼が走り回る。
「もっともっと先。でも、必ず来るから、元気でいてね」
「ミーに会えて嬉しかったよ……」
しゃがんだクロードが、ミーにぎゅ〜とくっついてる。わかるわ、その気持ち……
「ミーの特等席はね、ボクがもらったんだ。あのクッションはミーだけのだから……。大事にしてねって、ミレーヌおばあちゃんが……」
クスンと鼻を鳴らし、クロードは黒ネコそっくりのゴーレムに頬ずりをした。
「……キミをおばあちゃんに見せてあげたかったなあ」
そっか……
そういうことか。
日和見なクロードが、じゃんけん勝負を放棄しなかったわけだ。ミレーヌおばあちゃんに、ミー・ゴーレムを見せたかったのか。
「でも、キミのことをお話しするだけでも、おばあちゃん、すっごく喜んでくれると思うんだ。……元気でね、ミー。キミは死んじゃ嫌だよ」
アタシの視線に気づき、クロードが顔をあげる。
「ジャンヌ?」
なぁに? って感じにアタシを見上げる幼馴染。
ほにゃ〜っとしてる。
リッチの下で修行を積んで来たくせに。
邪悪の影響ゼロ、魔術師としての開花も無し。いっぱい知識はもらったみたいだけど、あいかわらず攻撃魔法は使えないそうで。
へたれで役立たず、でも、優しいいつもクロードだ。
「アタシにもミーをだっこさせて」
クロードが元気よく頷く。
「うん、いいよー ボクもクロさんをギュッしたいなあ。抱っこさせて」
そして、いよいよ帰還。
となったら、また一悶着。
「なんで、クロードが俺の荷物を持ってるんだ?」
ピアさんを抱っこし、ゲボクをヒモで背に縛りつけた兄さまが、使徒様を睨む。
ゴーレムを運ぶ兄さまの代わりに、使徒様が荷物を持つんだったんじゃ?
「イチゴ頭は、神の使徒たるこの俺の下僕の一人」
スパスパと煙草を吸いながら使徒様が、しれっと言う。
「あるものは使う。馬鹿とハサミは使ってよし、という金言を知らんのか?」
いやいやいや! それ、間違ってる。いろいろと!
「へーき、へーき」
そう言いながらも、ヨロヨロしてる幼馴染。自分の荷物背負って、魔術師の杖を持って、その上、兄さまの荷物じゃ……
「……持とう」
クロードの手から、エドモンがひょいと荷物を奪う。
「……重いものを運ぶのには慣れている」
片手で、軽々と持っている。背は低いけど、力持ちだ。さすが農夫。
「ありがとう、エドモンさん……」
サブジョブ狩人の人は、静かにかぶりを振った。
「……問題ない」
クロードの顔がパーッと明るくなり、その目がきらきらと輝く。
「かっけぇー……」
あ〜あ。尻尾を振る人間が、また一人増えた予感。とことん舎弟気質なんだから、ったく……。
お師匠様が、『勇者の書 96――シメオン』を地面に置く。
《勇者殿の幸運を祈る》
隻眼の黒鎧の王様と、王様の力で生み出されたゴーレム――クロさん、ミー、キャベツ、ゾゾ。
小狼姿の狼王。
エドモンLOVEな、鷲とトカゲとネコの獣人。
幻想世界の住人達は少し離れた所から、旅立つアタシ達を見守っている。
荷物を背負った兄さま達は、すぐ近くにいる。
みんなの注目を浴びながらお師匠様は……
ゆっくりと身をかがめ、アタシに顔を近づけて来る。
「私に続き、呪文を唱えよ。おまえは、私の跡を継いで賢者となるのだ。帰還の呪文も、身を持って学び、生きた知識としておくがいい」
うひ。
又、お師匠様と向かい合って呪文詠唱?
お師匠様がキスするみたいに、顔を近づけてくる。
いつもと同じ無表情。
白銀の髪に、すみれ色の瞳。冴えた月みたいに、綺麗な美貌……
おでことおでこが重なる。
お師匠様の息が、くすぐったい……
ちょっと唇を突き出せば、届いてしまいそうで……ドキドキしちゃう……。
魔王が目覚めるのは、九十一日後だ。
恥ずかしくって目を閉じた。
抑揚は無いけど、よく通る澄んだ声が聞こえる……
お師匠様が唱える呪文を、ただ追いかけた。
デ・ルドリウ様、クロさん、ミー、ピアさん、キャベツ、カトちゃん、森の王、エルドグゥイン、ドワーフ王様。
幻想世界で、アタシは九人の仲間を増やした。
『伴侶』と呼んでいいものか、ビミョーな彼氏ばっかだけど……
武器を取りに来る時、また会えるのかなあ?
会えたらいいなあ。
一人一人を心に浮かべながら、アタシは……
幻想世界に別れを告げ、お師匠様達と共に、もとの世界へと還っていった……