地下を統べる長顎鬚の王
とんてんかん、とんてんかんと、槌で金属を打つ音が周囲から響いてくる。
ドワーフの召使いに案内されたのは、王家の工房のある区画、というか王族の方々の仕事部屋が集まっているエリアらしい。
一流の戦士であり優れた魔法鍛冶師である事が、ドワーフの誇り。
だから、王族の方も自ら煤にまみれ、腕を磨くのだそうだ。
人型のデ・ルドリウ様とお師匠様と共に通されたのは、武器や盾や鎧が壁や棚に飾られた部屋――王様の私室の一つだった。
そこに待っていたのは……まさにドワーフ王だった。
「よう参られた、異世界勇者。ドワーフ王ファーガスである」
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと七十九〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「ドワーフ王よ、ジャンヌはあなた様に萌えました」
お師匠様が淡々と王様に伝える。
「そうか! 萌えたか! 思いの外、見る目のあるおなごだ!」
アタシが萌えて仲間を増やす勇者だって事等々、事前情報はしっかり伝わってるらしい。
王様がアタシじゃなく、黒鎧の竜王に話しかける。
「貴公はともかくも、ひょろひょろのエルフの王子やら森の王を気に入ったと聞いたのでな、女顔好きの小娘かと思うておったわ」
二十一番目の伴侶となった方が、がっはっはと豪快に笑う。
う〜ん、ワイルド。
細面の美形も好きよ。かわいい子も。
でも、男くさくて濃いマッチョも大好き!
野太い声の、背の低い人だ。
身長はお師匠様の胸ぐらいしかないものの、横幅はがっしりとある。
身にまとっているのは、複雑な模様が刻まれたいかめしい鎧だ。背にはマント。手に持っているのは戦斧なんだけど、とにかくデカい。その身長にそれは、大きすぎ。だけど、軽々と持ってる。湾曲した斧身は超幅広で、綺麗な模様が刻まれている。
ゴツゴツしてて格好いい! これぞドワーフ!
長い赤髪はボサボサで、櫛を入れたことがなさそう。顎から伸びる長い髭も、くしゃくしゃだ。
でも、いい! ドワーフだもん! すごく長くて立派なお髭だし! どころどころ三つ編にしてるのもお洒落!
眉が太くて目つきは鋭いのに、笑い顔に愛嬌があるのも素敵!
王冠してないけど、まさにドワーフ王って感じ!
「はじめまして。異世界から来た勇者ジャンヌです。偉大なるドワーフ王にお会いでき、魔王戦への参戦をご快諾いただけ、たいへん嬉しく思います」
ドワーフの王様にご挨拶をすると、
「まずは、一つだけ教えてくれ、女勇者殿」と頼まれた。
「はい、何なりと答えます」
「俺の何処に萌えた?」
「全部です。ドワーフらしいお髭もお顔もお体も戦斧も鎧も、豪胆な王様って感じで格好いいです。キュンキュンしました」
うむうむと、王様が満足そうに頷く。
「逞しいのに、お洒落なのもポイント高いです。戦斧や鎧の模様も綺麗だし、お髭の三つ編みにも、うっとりしました」
そうかそうかと、王様が更にご機嫌となる。
「ほんに見る目のあるおなごよの。戦斧も鎧も俺の作でな」
おお!
「后が見立ててくれた」
王様が胸をそらせる。
「異世界の勇者に会うのであれば王自らが腕をふるった作をまとうのがふさわしいと、な」
へー
「この三つ編みも、后が編んでくれたのだ」
あら、まあ。
「賢くってセンスのいいお后様なんですね」
「うむ」
無骨な王様が、誇らしげに頬をちょっぴり染める。
「そういうわけで、女勇者殿」
ドワーフの王様が、真面目な顔となる。
「俺には愛する妻と子がいる。すまぬが、『伴侶』は形だけにしてくれ」
「はい」
愛妻家なのね。
アタシもドワーフの洞窟に嫁入りする気はありません。見てる分には、格好良くって好きなんですけど、ドワーフ♪
「勇者の剣を鍛えるなど、ドワーフの鍛冶師にとっては最高の栄誉。王である俺にこそふさわしい」
王様はご機嫌だ。
戦斧を壁にかけ、重たそうな鎧を脱いで職人エプロンをつけたんで、普通の鍛冶師さんみたいだけど。
椅子にのっかって、王様が自らアタシの腕の長さや腕回りや腰や肩幅などを測る。
アタシと握手して握力を調べ、さまざまなポーズをアタシにとらせ、メモを取る。
「手の大きさ、膂力、腰のすわり、脚力、重心をかける癖は、皆、それぞれ違うものなのだ。持ち手にとって持ちやすい武器を造ってこそ、一流の鍛冶師といえよう」
なるほど。
お師匠様とデ・ルドリウ様は椅子に座って、ドワーフ王の仕事を見学している。
「女勇者殿、どのような武器が欲しい? 片手剣で良いのであったな? 他に希望があれば申せ」
アタシの武器……
「一つだけ教えてください、ドワーフ王様」
「おぉ、何なりと答えよう」
「アタシのこと、どんな勇者だって聞いています?」
「百人の男を仲間にする勇者であろう? 賢者から託宣も聞いたぞ」
「はい。アタシは百人の仲間と共に魔王に挑みます。でも、アタシも仲間も攻撃の機会は一度だけなんです。一度しか攻撃ができないんです」
アタシは椅子の前で、姿勢を正した。
「アタシ、戦力になりたいんです。アタシの義兄が狼王と戦った時も、ゾンビに襲われた時も、見ているだけでした。勇者のくせに、守られてるだけなんて間違ってる……みんなを守ってこそ勇者だと思うんです」
ドワーフに対し、深々と頭を下げた。
「魔王に勝ちたい……共に戦ってくれる仲間を守りたい……魔王に大ダメージを与えられる剣が欲しいです」
「どれぐらいのダメージが欲しい?」
むぅ……
可能な限りの大ダメージが欲しい。
でも、そんな答え、当たり前すぎるし。
アタシは顔をあげ、室内を見渡した。戦斧に槍に剣、盾に鎧。部屋には王様のお作が飾られている。
「………」
ここは、やはり、王様をリスペクトして!
アタシは、ぐっと拳を握った。
「お任せします」
「任せる?」
アタシは頷いた。
「どれだけ望んでも、アタシの腕前も関係するし、限界があると思います。アタシがどれだけのダメージが出せるのかは、一流の魔法鍛冶師の王様のお見立てが、一番正確だと思うんです」
「ほう」
「アタシにふさわしい、アタシの為の武器をつくってください。魔王戦でアタシが最も強くなれるように。一番いいものをお願いします。ちなみに、」
そこで一呼吸置いてから、アタシは言葉を続けた。
「……魔王のHPは1億ですから」
椅子の上のドワーフは、アタシをジーッと見つめ……
それから豪快に笑いだした。
「気の強いおなごだ! ますます気に入った!」
がっはっはと、王様がそっくりかえって笑う。
「魔王のHPは1億だ、一撃で1億に迫る最良の武器をつくれと、ドワーフ王ファーガスに要求しているのだな?」
長髭のドワーフ王が、アタシを見つめニヤリと笑う。
「よかろう。心血を注いで最高の片手剣を作ってやる」
おお!
「一撃で1億の剣は、いかな俺でも無理だ。しかし、もてる技術の全てを使い、一番大ダメージが出せる武器をつくってやろう」
「ありがとうございます、ドワーフ王様!」
「一番は、いい。実にいい。俺も一番凄いものが大好きだ。女勇者殿は人間族のくせに、俺と気が合う」
そこで王様は茶目っけのある顔で笑った。
「人間であることに目をつむって、息子の嫁にしてやってもいいぞ」
え?
「冗談だ」
王様はカカカと楽しそうに笑って、椅子から跳び下りた。ドシンと床が揺れる。
「友情の証に、武器を贈ろう」
「武器?」
「お見受けしたところ、今は丸腰。女勇者殿だけの武器が仕上がるまで、飾りとして腰に差していてくれ」
おおお!
「ありがとうございます」
「いやいや」
壁を見渡し、王様が髭をさする。
「手の小さい女勇者殿が扱えそうな武器は……うぅむ……アレしかないか」
王様が武器を納めた棚から、片手剣を取り出す。
金色の柄、柄頭は鳥の装飾、翼を象った鍔、鞘にも模様がいっぱい。装飾剣みたいだ。
「おなごの為の魔法剣だ」
魔法が付与された剣なんて、アタシの世界じゃお宝クラスだ。
お礼を言ってから受け取った。軽い。鋼の剣の半分ぐらいの重さだ。女性用ってのも納得だ。
「鍔のそばにルビーの飾りがあるな? そこに触れぬよう気をつけ、鞘から抜くのだ」
言われた通りに、抜いてみた。
冴え冴えとした刃の細身の剣だ。
「振ってみよ」
ヒュンと剣がしなる。気持ちいいぐらい、抵抗がない。楽に振れる。
「構えて、ルビー飾りに軽く触れてみろ」
その通りにすると、
「うわっ!」
いきなり剣身が炎に包まれた!
「『不死鳥の剣』。持ち手が不死鳥の魂に触れれば、炎の剣となる」
飾りの宝石から手を離してみたら、炎は消えた。
で、触れると、剣身は再び炎に包まれる。
炎を出すも出さぬも、持ち手次第なわけね。
「清めの炎だ。この剣は、アンデッドには、めっぽう強いぞ」
おぉぉ! それは、嬉しい!
「ついでに言うと、これがあれば、火打石いらず。焚き木にすぐ火を点けられる」
おぉぉ! それは、便利!
「切れ味も強度も、鋼よりはマシって程度だ。無茶使いすると、折れてしまう。だが、」
だが?
王様がニヤリと笑う。
「折れても、炎にくべれば蘇る。なにせ、『不死鳥の剣』だからな」
おおおおおおお! 不死身の剣? そ、それは、かなり格好いいぃぃ!
「ありがとうございます! 大事にします!」
アタシは剣を鞘に収め、抱きしめた。
王様が、うむうむと嬉しそうに頷く。
《ドワーフは、頑固な種族。敵は容赦なく叩き潰し、親愛を感じた者には厚き友情を示す。勇者殿は、ファーガスにいたく気に入られたようだな》
ドラゴンの王様が快活に笑う。
「魔王戦は九十一日後か……。遅くとも、魔王戦の十日前までには女勇者殿の武器を仕上げよう。女勇者殿だけの、一番いい剣をつくるぞ。楽しみに待っていてくれ」
幻想世界でやるべき事は終わった。
後は還るだけだ。
ドワーフの召使いに連れられ、お師匠様達と洞窟の外へと向かった。そこで、エドモンがカトちゃんを含む動物ハーレムとスキンシップをしてるらしい。
ゴーレムを通じて『帰還』を伝えたんで、ドワーフの戦士達と鍛錬をしていた兄さまも荷物を持ってすぐに駆けつけるはず。
使徒様は爆睡中……だそうで。雲型ゴーレムのゲボクが運んで来てくれるようだ。まったく、もう……寝るか、暴れるか、煙草吸うかのどれかよね、あいつ……。
「クロードの合流を待って、帰還する」
お師匠様が淡々と言う。
クロードは、昼ぐらいにアタシ達と合流する事になっている。
昨日から、この世界一の魔法使い――リッチのダーモットの所で修行を積んでる……らしい。
デ・ルドリウ様曰く、リッチは『人であった時の情を忘れておらぬ、心優しく義理がたい男』だそうで、ファーガス王同様、友人と認めた方なのだとか。
リッチは、野良ゾンビ浄化の返礼として、クロードの教育係を引き受けたようだ。アタシが萌えて仲間にしなかったから……。
本当、『良い魔族』よね。魔族に良い悪いがあるのが不思議すぎるんだけど。
《帰還前に今一度、予が伴いしもの達と会うてくれ。用あるものは帰したが、まだ三名残っておる。可能であらば、仲間としていくがよい》
「はい、ありがとうございます」
昨日はカッカしすぎてて、紹介された相手をまともに見られなかった。でも、今日なら萌えられるかも。
「本当に良かった……いつものジャンヌに戻ってくれて」
あの……お師匠様、無表情のまま目頭を押さえないでください……。
「……ウサギでもネコでもクマでも、この際、キャベツでもいいと思っていたのだ……おまえが再び萌えの心を取り戻してくれるのなら……。ドワーフ王に萌えてくれて何よりだ」
昨日からお師匠様は、腫れものを触るかのようにアタシに接している。
失恋のショックでアタシが寝込んだことが、お師匠様にもショックだったらしい。子供子供だと思ってたのに〜って。
『私は人の心の機微がわからぬ。その上、おまえが妙齢に達している事すら留意していなかった。すまぬ。私の配慮が行き届かぬ時は、忌憚なく伝えて欲しい』
繊細そうな外見に似ずけっこう大ざっぱなのよね、お師匠様って。十年間、いっしょに暮らしたから、アタシは知ってる。
《勇者殿は正道に戻られたのだ。一時カトヴァドに夢を見たことは、鷹揚に許してやるがいい》
隻眼の竜王が、穏やかに笑う。
《覚えがあろう? 昔、そなたとて夢をみたはず……我が娘マルヴィナと》
お師匠様は微かに眉を寄せ、静かにかぶりを振った。
「あいにく私は朴念仁で……昔も今も現実しか見つめられません」
すみれ色の瞳をデ・ルドリウ様に向け、お師匠様が淡々と言う。
「彼女の夢に応えるべきだったと、あの時からずっと悔いてはいますが……」
《いや……石頭と承知の上で、マルヴィナはおまえの騎乗竜となった。おまえと共にあれただけで、幸福な夢の中に居られたであろう。最期の時まで、な》
お師匠様とデ・ルドリウ様が、白竜マルヴィナの思い出を語る。
そうなると、アタシは蚊帳の外だ。
お師匠様の顔に、せつなそうな表情が浮かんでいるような……。ほんの、ほんの、ほんの微かになんだけど……いつもと違う。アタシが知っているお師匠様じゃない。
マルヴィナの話をしているお師匠様を見ると、胸がモヤモヤする。
目を細めた。
眩しい。
薄暗い洞窟とはうってかわって、外は明るい。
澄んだ綺麗な空。
爽やかな風と、美味しい空気。
すぐそばにあるのは、なだらかな大きな丘。麦に似た野草や白い花が風に揺れていて、実にのどかだ。
エドモンが居る。荷物をキャベツに預けて、歩いている。肩に鷲をとまらせてるみたいだけど、あと何がいるのかしら? 遠くからだとよくわからない。
アタシ達に挨拶をして、ドワーフの召使いが洞窟へと戻る。
丘を歩きながら、ふと聞いてみた。
「エルドグゥインは何処です?」
エドモンと一緒にはいないみたいだけど?
《エルドグゥイン……》
「アタシをここまで案内してくれたエルフの、」
《ああ……エルフの王子か。森に帰った》
「え?」
《勇者殿が卒倒した後、あまり時を置かず、昨日のうちにな。暗く湿ったドワーフの洞窟は、好かぬのだそうだ》
「そうなんですか……」
はちみつ色の髪のとんがり耳のエルフ。美形だけど、蜂を全身にたからせる変なヒトだった……
「お礼も言ってないのに……」
エルドグゥインは、ずっと親切だった。アタシが『森の王に認められた人間』だから。
ありがとう、さよなら、って伝えたかったな。
《伝言ならば聞こう。魔王戦或いは武器を引き取りに再来訪した時に、また会えるであろうが》
それもそうか……
《そうじゃ。再会の時、そなたの世界の植物の種を贈ってはどうか?》
「え?」
《花エルフは、緑を愛する種族。そなたが愛する花、そなたが好む野菜、万人を助ける薬草……何であれ異世界の緑を贈られれば、花エルフは厚き友情と感じ、喜ぶであろう》
「なるほど……ご助言ありがとうございます、考えときます」
ついでに、もう一つ聞いといた。
「エルドグゥインは花エルフの王子様なんですよね?」
《うむ。継嗣ではないが、王子だと聞いている》
「なら、何ではっきり身分を伝えてくれなかったんでしょう? 忍びって言ってましたよね? アタシには王家に連なる者としか言ってくれなかったんです」
デ・ルドリウ様もドワーフ王ファーガス様も、『王様だ』って自分で名乗ったのに。
《さて……》
口髭に触れるかのように口元に手をそえ、デ・ルドリウ様は左の赤い眼を細められる。笑みを隠すかのように。
《予は誇り高き花エルフではない。エルフの心はわからぬな》
む?
《したが、勇者殿はあの者を仲間の一人とした。美しく強い者と認めて、な。おそらく、エルフの誇りは守られたであろう》
むむ?
何かよくわかんないけど……
ま、いっか。
「エドモン」
声をかけると、農夫の人は振り返って軽く手をあげ、
「ヨメ!」
小狼のカトちゃんが、エドモンの腕から飛び降り一目散に駆けて来る。
ちっちゃなカトちゃんを抱っこした。
「ようじ、おわったか?」
「うん」
「オレさま、運ぶ。抱っこする。オレさまの群れ、行こう」
「アタシを連れてくの?」
クスッと笑って、カトちゃんを撫で撫でした。
「エドモンのが好きなんでしょ?」
「おまえ、つれてく。エドモン、つれてく。二人とも、すき。オレさまのもの」
プッと吹き出した。
「欲張りね」
「ずっと、ずっといっしょ。エドモン、オス。ねえさん、ぜったい、よろこぶ。いい子、産んでくれる」
そっか、エドモンはおねえさんの旦那さんに決めたのか。
ったく、もう……
かわいいんだから。
「行こう」
小鼻をひくひくさせている小狼に、ぴしゃりと言ってやった。
「行かない」
でもって、とびっきりの笑顔をみせる。
「アタシは、自分の世界に還るの。魔王が目覚めるのは九十一日後。アタシはその日まで、すっごく忙しいの。勇者として働くのよ」