義兄を訪ねて
山ン中の館からさあ旅立つぞとなってから、お師匠様は衝撃の事実をアタシに伝えた。
「黙っていたが、八年前に、おまえの両親は馬車の事故で亡くなっている」
は?
「死んだ? パパとベルナ・ママが?」
嘘……
淡々とお師匠様が言葉を続ける。
「おまえの家は、もう無い」
いつもと同じ無表情で。
ようやく会えると思ったのに……
勇者になったから、十年ぶりに家族と……
「知ってたのに、今までどうして教えてくれなかったんです?」
ムカっときた。
「教えたところで、いたずらにおまえを悩ませるだけだった」
お師匠様が抑揚のない声で言う。
「見習い勇者は、賢者の館で修行を積む。一人前の勇者になるまで、外には出られんのだ。おまえは葬儀にも行けなかったろう」
う。
それはそうですが……
「それでも……知っておきたかったです」
うつむいたアタシの頭上から、お師匠様の平坦な声がかかる。
「再会を楽しみにしていたのだろう。すまなく思う」
「いえ……」
じわ〜と目に熱いものが浮かんできた。
家族とは、六つの時に別れたっきり。
パパは、ちょっぴり太目。よく笑う、おっきな人だった。
ベルナ・ママは、ジョゼ兄さまのお母さん。義理のお母さんだけど、パワフルで明るくって……本当のお母さんみたいだった。
二人とも大好きだった……
「おまえの兄は、以前とは全く異なる生活を送っている」
ハッとして顔をあげた。
そうだ、アタシにはまだジョゼ兄さまが居る!
愛する家族が残っているんだわ!
ジョゼ兄さま……。
義理のお兄さんだけど、とっても優しくって、おっきくって……
『おおきくなったら、ジョゼにいさまの、およめさんになるの〜』がアタシの口癖だった。
どんな遊びにもつきあってくれたし、大嫌いなニンジンもこっそり食べてくれたし……
パパの商売は順調だったみたいで、アタシと兄さまは、おっきなおうちで、お嬢様とお坊ちゃまとして育てられた。
でも、アタシ、兄さまと外遊びばっかして、泥んこになってたのよね。
お隣のクロードと一緒に、三人でよく遊んだなあ。懐かしいなあ……クロード、元気かしら?
アタシこそ今世の勇者だと、お師匠様に見出された時……
パパもベルナ・ママも兄さまも泣いた。
勇者は使命の時を迎えるまで、世俗と交われない。山の中の賢者の館で暮らさなきゃいけないし、そこから出られない、外の世界の誰とも会っちゃいけないし手紙も駄目。お師匠様がそう言ったからだ。
兄さまは泣きながらアタシを抱きしめて、『かならず、おまえを助けてやる』って、何度も何度も背中を撫でてくれたっけ……
「おまえの義兄は変わり果てた姿となった。会えば驚くと思う。しかし、この十年、おまえの事を慕い、己を鍛えていたのだ。その実力もなかなかだ、できれば、萌えてやってくれ」
どんな姿になっていても、兄さまは兄さまよ。
アタシ、驚かない!
ジョゼ兄さまを愛せる自信がある!
て、思ってたんだけど……
さすがに、これはびっくり。
移動魔法で渡った先は、何というか度肝をぬく豪奢な部屋だった。
中央に居るのは、背がやたらと高い、ド派手な格好をした男。
その人はアタシを見るなり、顔をくしゃっと歪めた。
ジョゼ兄さま……?
何となく面影はある……
顎先がちょっと割れてるところか、まつ毛が長いとことか……
だけど、頭が変。金髪のカールのくるんくるん? 黒髪だったのに……
それに、その服装……
昔の兄さまと結びもつかないんですけど。
「会えて嬉しいぞ、ジャンヌ……大きく……そして、美しくなったな!」
そう言って、その人は、ひしっとアタシを抱きしめてきた。小柄なアタシは、腕の中にすっぽりとおさまってしまった。
えっと……
やっぱ、この人がジョゼ兄さま……?
でも! でも! でも!
金髪のくるんくるんの頭で、ビラビラのレースのシャツを着て、イケメンだけどちょっと濃いお顔にはうっすらとお化粧までして!
外遊びが大好きで、アタシと一緒に殴りっこしたり、投げっこしたり、虫取りしてた兄さまは何処へ……
それに、ここは何処?
やけに豪華なんですけど。
調度品もお部屋も床もシャンデリアもピカピカのキラキラ、それでいて下品になっていないトータルコーディネート。相当なお金持ちの家。
あ。
そうか……
そうなのか……
兄さま……
パパとママが亡くなった後、転落人生を辿ったのね……
兄さま、美少年だったものね……
売れるものは何でも売ったのね……
女勇者がつづった『勇者の書』に、その手の話、たまに載ってる。
アタシがお師匠様に守られて暮らしている間、兄さまは……
パトロンを求める生活を……
アタシからも、ヒシッと兄さまに抱きついた。
「会いたかったわ、兄さま!」
弾力のある体。
レースの服の下に隠されてるけど、けっこうムキムキ。これじゃあ、もう客層は薄そう。ああ、でも、女相手ならモテモテか。
「今日この日を十年、待った……。ジャンヌ、俺の命はおまえのものだ。おまえを守りたい。かなう事なら、永久に……」
胸がキュンとした。
零落しても、心は変わらないのね……
どんな姿になろうとも……
ちっちゃなアタシを守ってくれた、やさしいお兄さんのままだ……
大切な家族だわ……
「ありがとう! 嬉しいわ、兄さま!」
「おお、ジャンヌ!」
「昔みたいに守ってね」
「もちろんだ……二度と離さん」
兄さまが更にぎゅっとアタシを抱き締める。
「愛しているぞ、俺のジャンヌ!」
ん?
そうね! たった二人の兄妹だもの!
愛しているわ!
胸が更にキュンキュンした。
リンゴ〜ン、と鐘が鳴った。
アタシの中の欠けていたものが、ほんのちょびっとだけど満たされたような……
そんな感覚がした。
《あと九十九〜 おっけぇ?》
と、アタシの内側から声がした。あれ? 神様?
あ?
あれ?
これで、枠確定?
兄妹愛でも『伴侶入り』しちゃうの?
う〜〜〜〜ん。
ま、いいか、兄さまが仲間になったんだし。
「たった今、ジョゼフ様は今世の勇者の最初の仲間となられました」
お師匠様が、誰かと話している。
それで、この部屋にアタシ達以外の人がいるって、ようやくアタシは気がついた。
お師匠様が対面しているのは、上品そうなおばあさんと、金の縦ロールのふわふわドレスの美人さん。二人とも豪華なドレス姿だ。貴族……?
「百日ほど、そのお身体を預からせていただきます」
「異存はありません。勇者様への協力は、臣民の義務です。ご自由になさいませ」
「ジョゼフ」
おばあさんが、しゃきっと背筋をのばし、威厳あふれる声で言う。
兄さまがアタシをそっと離し、おばあさんに対し向き直る。
「責務を果たし、当家の家名に恥じない武勲をあげてくるのですよ」
「お言葉のままに、おばあ様」
兄さまが恭しく、おばあさんに頭を下げる。
おばあ様……?
祖母?
え? あの人、兄さまのパトロンじゃないの?
おばあさんはゴミでも見るかのような冷たい視線で、アタシをチラリと見た。
「それから、あちらの勇者様は、あなたの義妹ですからね。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
へ?
「おばあ様、その話はジャンヌが勇者としての使命を果たしてから、改めて……」
「勇者様が魔王を討伐した後の、おまえの運命は決まっています。シャルロット様とお式を挙げるのです」
部屋の隅に佇んでいた貴族的なヘアスタイルの美人さんが、兄さまに、にっこり微笑む。
金髪・碧眼で、すっごくかわいい。お人形さんみたい。
「ジョゼフ様、お戻りをお待ちしておりますわ」
私の視線に気づいたのか、美人さんが私にも優美に笑いかけてくる。
「ジョゼフ様の婚約者、シャルロットです。ボワエルデュー侯爵家三女です」
お貴族さまが兄さまの婚約者……?
わけわかんないけど、義妹として礼儀にのっとって頭を下げた。
「はじめまして」
妙に緊張した。
そいや、アタシ、お師匠様以外の人間と話すの、十年ぶりなのよね。
その相手が金髪美少女とは……同じ人間とは思えないほど綺麗。ドキドキしちゃう〜
「ジョゼフ兄さまの義理の妹、ジャンヌです。勇者です」
「よく存じておりますわ」
そう言って微笑んだ顔は、色っぽくって、ひたすら可愛らしかった。女のアタシが、ついついみとれてしまうほどに。
「ジョゼフ様から、伺ってましたもの。ジョゼフ様のおっしゃっていた通りの方。とても愛らしいわ。お会いできて嬉しいです」
あら、やだ。照れちゃう。
「ジョゼフ兄さまの婚約者が、こんなに綺麗でお優しそうな方だったなんて……」
しかも、貴族。
「いたらない義妹ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
私の挨拶に対し、美人さんは鷹揚に頷いて見せた。お貴族さまらしい所作が、いちいち優雅だ。
「賢者様、都での仲間探しの間は当家にご滞在なさいませ。勇者様と仲間となられた方のお部屋も、用意させます。勇者様に協力するのは臣民の義務ですので、ご遠慮なく……。ご自宅と思い、おくつろぎください」
おばあさんがそう言って退出し、美人さんもその後について出て行った。
二人の靴音が遠ざかったのを確認してから、ジョゼ兄さまは頭を持ち上げた。
て……
金髪のくりんくりんの頭……というか髪の毛、カツラだったのね。
兄さまは、昔と同じ黒髪だった。癖のある髪は肩をすぎるくらいの長さで、首の後ろで一つに束ねている。
「ジャンヌ、誤解しないでくれ。婚約といっても、おばあ様があちらの家と勝手に決めた事だ。俺の意思ではない」
「そうなんだ」
「名門侯爵家の三女……持参金つきの花嫁をおばあ様はお望みなのだろう。しかし、俺は……」
兄さまが拳を握りしめる。
「神の前で偽りの誓いはしたくない。心から愛する女性しか、妻と呼びたくないのだ」
何か、もう……
頭ん中、わやくちゃ。
貴族が、おばあさんで、婚約者……?
そもそも、ここは何処?
「俺の忍耐の日々も、間もなく終わる……」
カツラをテーブルに置くと、兄さまは大きく伸びをした。
それから、両足を大きく開いて立ち、腰をぐっと落とし……
左右の拳を連続して突き出し、それから肘うち、裏拳ときて、ぐるりと回転して真後ろに蹴りを入れた。
格闘の演武だ。
兄さまの口元に笑みが浮かんでいる。
すっごく楽しそう。
体を動かすのが大好きだったものね。
綺麗な拳と蹴り……
昔と一緒……
ううん、昔より、ずっとずっと技に切れがある。
ベルナ・ママみたい。
「もう伯爵家の言いなりにはならん! 俺はジャンヌと共に生きる!」
伯爵家って……?
アタシはお師匠様の袖をひっぱった。
わけがわかんない。
説明して!
お師匠様は、いつもと同じ淡々とした口調で事実のみを教えてくれた。
「ジョゼフの父上は、オランジュ伯爵家のご子息だったのだ」
ほお。
そうなのか。
兄さまの本当のお父さんが誰かなんて、アタシは知らなかった。
小さかったし。
「女格闘家ベルナと駆け落ちをしたが引き離され、この屋敷に連れ戻された後、他界なさった。おまえの義兄は跡取りとして、この家に引き取られたのだ」
「あの頃は、俺もガキだったからな……伯爵家の圧力に逆らう術がなかったんだ。格闘修行の継続を条件に、伯爵家に入るしかなかった。おばあ様に命じられるがままに、くだらぬ勉学をし、『下賤な女の子供』と陰口をたたかれながら暮らしてきたが……」
そう言って兄さまは、左足で下段・中段・上段と連続して蹴りを放ち、宙に上げたままピタッと足を止めた。
「ジャンヌ……おまえが魔王を討伐すれば、国王陛下より褒美を賜れる。どのような望みも思いのままだ」
あら。神様からだけじゃなくて、国王陛下からもご褒美を貰えるの?
知らなかった。
ラッキー♪
「俺はただの男となりたい。爵位などいらん。おまえを守るのに、邪魔になるだけだ」
へ?
「アタシ、魔王を倒したら不老不死の賢者になるんだけど……」
死ななくなるのよ?
「それでも、守ってくれるわけ?」
「そのままの姿であろうとも、老婆になろうとも……たとえ、他の何かに変わろうとも、ジャンヌはジャンヌだ。俺は永遠におまえを愛し、おまえだけを守る」
おおおお!
さすが兄さま!
妹想いな所は変わってないわ!
「わかったわ、兄さま! 見事、魔王を倒して、国王陛下からご褒美をいただきましょう! 兄さまのご希望通りのご褒美をもらう事にします!」
「おおおお、ジャンヌ!」
兄さまが駆けよって来て、又、アタシを力強く抱きしめた。
「嬉しいぞ、俺のジャンヌ! 愛している!」
アタシも、兄さまの背をぎゅっと抱き締めた。
「アタシもよ、兄さま! 愛しているわ!」
アタシたち義理の兄妹は、そのまましばらく抱き合った。
傍らで、お師匠様が特大の溜息をついていたけど……
何でだろ?
ま、いっか。
兄さま、再会できて嬉しいわ。
これから兄妹で力を合わせて、がんばりましょーね♪
そんなわけで、ジョゼ兄さまが、仲間に!
魔王が目覚めるのは百日後! きっと、なんとかなる!