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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野
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年下の男の子

 エルフのエルドグゥインが魔法で生み出した木の前に立った。

 胸までの低木のわりに、樹冠は立派で緑豊かな葉と枝が広がっててボリュームがある。

 いっぱい咲いていた白い花は散り、代わりに赤いツヤツヤの実が実っている。野イチゴに似ていて、見た目は美味しそう。


「木に触れ、お仲間の姿を心に浮かべ、言葉を口にしてください」

 エルドグゥインに言われるがままに、アタシは低木に触れた。


 マルタン、クロード、エドモン、お師匠様。

 離れ離れになってしまった仲間達を思いながら、言葉を口にした。

「エルフのエルドグゥイン様と、ドワーフの洞窟へ向かいます。兄さまも一緒です」


 木から手を離すと、次の指示がきた。

「実を摘んで持って来てください。三つもあればよろしいかと」


 よく熟した丸い赤い実を三つ摘み、背後を振り返った。

 カトちゃんは、兄さまに預けた。

 エルフ嫌いの狼王は、かわいらしい鼻にしわを寄せ、こっちを睨んでいる。今にも飛びかかってきそう。

「カトちゃん、エルフに近づくけど、実を渡すだけだから。暴れちゃ、ダメよ」

「……わかった。おまえ、いいと言うまで、オレさま、あばれない」

 小狼は、兄さまの腕の中だ。いざとなったら、兄さまが全力で止めてくれるはず。ぬいぐるみみたいなカトちゃんを抱っこし続けてるせいで、顔がにやけてるけど! いざとなったら、きっと! アタシ、信じてる!

 カトちゃんは『ヨメ、だけ。ほかの、ヤツ、さわるな』と最初は抵抗した。けど、『この人は、アタシの兄さまなの。仲良くして』と頼んだら、意外なほどおとなしくなった。『ヨメの、あに。みうち。オレさま、王。ナカマ、だいじにする』って。


 木陰にたたずむエルドグゥインのもとに、三つの実を届けた。


「お預かりします。それでは、術を使います。みなさま、その場を動かれぬように。特に、頑迷固陋(がんめいころう)な狼を離しませんよう、お願いします」

 ガンメン、コロウ……?

 むむ?

『顔面、凝ろう』? 違うか、『顔面、古老』? んん? 『顔面、小五郎』……?

 むむむ……?

 首をかしげるアタシの横で、エルフが呪文を詠唱する。やっぱり、自動翻訳機能が働かない。魔法の類は翻訳されないから何って言ってるか、わかんない。


 カラコロと鉄下駄の音を響かせながら、クロさんが駆けて来る。

 動かないでって言われたのに。


 倒木のおかげで森の間にぽっかりと開いた、天を仰ぎみられる地。

 さんさんと陽が降り注いでいた、そこに陰が差したと思うや……


 バサバサと羽ばたく音が近づき……


 大量の鳥が舞い降りて来た。

 凄い速度!

 落下するみたいな勢い!

 鳥の突撃だ!


「うわっ!」

 のけぞって転んだ。

 けれども、お尻が地面につく前に、下から支えられた。

 視線を向けると、そこには……

「……クロさん」

 番長黒ウサギのちっちゃな手が、アタシが転ばないように支えてくれている。

「ありがと」


 地面に膝をつき、鳥たちを見上げた。

 茶色、白、黒、緑、赤、灰……

 色はいろいろだけど、小鳥ばかりだ。

 エルドグゥインが魔法で作った木へと小鳥たちは突っ込んでゆき……


 じきに……


……聞こえてきたのだ。


……もう当分、聞きたくないと思っていたあの音が。


 ぶーん、ぶーんと……


 羽音が……


 大音響で……。


 そして、黒い霧のようなものが天から降って来て……


「! ! !」

 身近にいたものに、必死にしがみついた。

 しっかりとした手が抱きしめてくれるのが、心強い。

 クロさんに抱きついて、アタシはただただ震えていた。


 蜂の大群は、さながら黒いカーテンだ。

 木の周りを包み込むように、宙を漂っている。

「蜜蜂は一度刺して死ぬ、はかない命。けれども、誉れ高き花エルフのしもべ、ハニー・ビー達は素晴らしき主人を守るべく進化しています。敵を無限に刺し続けられる針を持っているのです」

「え?」

 なに、それ……怖い。

「むろん今は攻撃しないよう命じていますが、御覧のように小鳥は集まりました。ハニー・ビー達が大自然の護り手エルフの護衛である事は、小さき生き物にまで知れ渡っていますから。ハニー・ビー達の姿を見て、栄えある花エルフの願いを聞き届けるべく小鳥達は馳せ参じてくれたのですよ」

 いや、蜂に追いたてられただけだと思う。

 あああ……木の周り、真っ黒だわ。

 あんなにびっしりと周囲を固められたら、アタシ、気絶しちゃうかも……可哀そうに、小鳥たち……。


「なんで……小鳥を?」

「小鳥達には、美しく強く賢い私が生み出した魔法樹の実を食べてもらいます」

 掌の上の赤い三つの実を見つめ、エルフがとても満足そうに微笑む。

「実には、あなたの伝言が詰まっています。受け取るべき人間が近づけば、あなたの幻影が生まれ、言葉が紡がれます」

 鳥に食べさせるのは、方々に散る小鳥達に魔法を移らせ、アタシの仲間の誰かと出逢う可能性に賭ける……って事らしい。

「術の効果は三日と短いですが、ご容赦ください。森の王の座の近くに三つ埋めておきます。お仲間の僧侶が外界に戻られた時に、あなたがドワーフどもの巣穴に向かった事が伝わるように、卓越たる私が配慮いたしました」


 埋めて来ます、とエルドグゥインが妖精の王さまのすまいの方へと向かう。


 うわ〜んうわ〜んと羽音を響かせる蜂達が、鳥ごと木を囲んでいる。

 実を全部食べきるまで、解放してもらえないんだろう。


 仲間とはぐれたアタシの為に、魔法を使ってくれたわけだけど……


 いい事してるのに、はた迷惑というか……

 蜜蜂に追っかけ回されたあげく、実をさっさと食べろと脅迫されてる小鳥さん達が気の毒に思えて……エルドグゥインに素直に感謝できない。

 カトちゃんがエルフを嫌うのも、わかる気がする。


 ごめんなさい! と、アタシは小鳥達に手を合わせた。






 しばらく待ったけど、マルタンは現れなかった。

「妖精達が深く慕って、滞在を慰留しているのかもしれませんね」

 本人を知らないエルドグゥインがありえぬ事を言う……

「或いは、森の王に(あだ)なす邪悪の浄化を依頼したのか」

 ああ、それならありそう。


 アタシ達はドワーフの洞窟を目指し、出発した。


 今居るのは『悠久の森』。この森を抜けて、別の森に入って、更に野原を通った先に目的地があるのだそうだ。

 北の荒野に居たはずなのに、ずいぶん南下している。魔法で跳ばされたのか。


 樹木が生い茂る森の中に、道なんかない。

 ぬかるみがあるし、倒木やら岩で結構起伏がある。下草だらけで、足元もよく見えない。

 ので、アタシの背の荷物は兄さまに、『ルネ でらっくす』はクロさんの手に渡った。アタシの腕から降りて、カトちゃんも自分で歩く事に。

 そこは、甘えさせてもらった。荷物しょってたら、絶対、皆についていけないし。


「妖精の国は魔族に狙われてるんですか?」

 エルドグゥインの後について歩きながら、質問した。


「魔も居ますね。そこまで堕ちてはいなくとも、悪意に満ちたものも。光なす所には、必ず陰があります。森の王は強い御力をお持ちの御方、それだけに敵が多いのです」

 エルドグゥインの足取りは軽い。さすが、エルフ。森歩きに慣れてる。


「この世界には魔族もいるって、『勇者の書』……いえ、歴代勇者からの言い伝えで知っています。こっちに来てから、リッチに会いましたけど……魔は国を成しているんですか?」

「国を成している存在もありますね。荒野、山や丘、森、野原、地下、湖や川や海の底などに」

 へー

「あっちこっちに、居るんですね」

「光のものが国を成していますから、魔とて国を成します」

 ん?


 エルフのエルドグゥインが、空気を撫でるかのように右手をかざす。

「この世界の最高神は、調和と秩序を愛されています。光があれば闇があり、善があれば悪がある。正と邪の天秤にしても、いずれかに傾かないよう調和が保たれています」

 木漏れ日に、彼の髪が美しくきらめく。

「光の一族と同じ数だけ、魔族も存在しているのです」


 それって……

「常に同じ数なんですか?」

「そう言われていますね」

「じゃあ、光と魔が戦っても勝敗はつかない……必ず引き分け(ドロー)?」

「そうです。花を愛でる私達光の一族は、領域を侵す魔と果敢に戦い、緑なす国土を守っています。しかし、防衛以外の戦はしません。勝者などない、むなしい戦となりますから」


「アタシ達の世界には、魔族が居ません」

 エルフが足を止め、興味津々って顔で振り返る。

「今は魔王『カネコ アキノリ』がいるけど……魔王以外、『魔』と呼べる存在は現れないんです」

 魔王を信仰する邪教徒や悪霊なら居るけど、それは魔族とは違う。

 異世界から魔族を召喚……な〜んて事件もあるものの、召喚魔族は余所の世界からの借り物だし。


 今まで百人の勇者が、百人の魔王を倒してきた。

 歴代魔王は出現と同時に、北のはずれにある魔王城で必ず百日の眠りについた。

 でも、その城に居るのは、いつも魔王たった一人で……。

 魔王を守る親衛隊みたいなのも、召使も、雑兵も、門番も居なかったのだ。


 アタシの世界の魔王は、統べるもののいない、孤独な王なのだ。


 魔族の国ってどんななんだろ?

 人間の国みたいに、お城や家があって畑があるんだろうか?

 それとも、地獄みたいな所?

 あの腐ったゾンビだらけの沼が、リッチの国だった?


「なるほど。あなたの世界の神様は強大な御方なのですね。魔をほぼ完全に退け、地に和をもたらし続けているとは……」

「魔族が居ないのは神様のおかげなんです?」

「自ら守護なさっておらずとも、魔を祓う、何がしかの助力はなさっておられるはず。世界の姿は、神の御手の上ですから」

 ほうほう。

 そうか、凄いのか、あの神様。お師匠様に憑依して、きゃぴきゃぴしてる姿しか知らないけど。


「それが幸運かどうかはわかりませんが……」

「え?」


「魔王が現れるのでしょう?」

 エルドグゥインが微笑む。美しすぎる顔に浮かぶ笑みはひどく冷たいものに見えた。


「世界を滅ぼす力を有する魔……。強大な魔の出現は、普段清浄にしすぎている反動とも考えられませんか?」

「……反動」

「対して、この世界には太古より一度として『魔王』が現れていません。正と邪の天秤が保たれている世界に、世界存亡の危機などありえぬのです」

 それだけ言うとエルフは背を見せて、森歩きを再開した。


 幻想世界には、常に魔族が居る。けれども、魔王は現れない。勇者と魔王の戦いはなく、世界は存続する。

 アタシの世界には、普段、魔族は居ない。けれども、百一回も魔王が現れてる。勇者が負ければ、世界はおしまいだ。


 主神の好みによって、世界はそれぞれ違う形となった。


 どっちが幸運な世界なのかと言えば……



 アタシが自分の考えに耽っている間も、エルドグゥインはしゃべっていた。


「この『悠久の森』は、森の王の力が強大なだけに、魔から狙われやすいのです。ここより北西の、栄えある花エルフ王が統べる花エルフの森も、緑にあふれ、さながら至上の楽園な為……」

 歩きながら、エルドグゥインはずっと話している。


「森の王は、人や獣よりも自然に近い御方。あなたと交わるのにも、言葉を用いられなかったでしょう? 古えの時代に緑が生まれたその瞬間、森の王も誕生したのだと、聡慧なる花エルフの古老が……」

 話題は既に、世界の在り方からズレてるような。


「そろそろ『悠久の森』を抜け、獣人たちの住まう森に入ります。そこから野原に出てしばらく行けば、ドワーフどもの洞窟に着きます。ドワーフは性質的に『悪』ではないものの、緑を愛する私達花エルフとは相容れぬ、地べたの中をはいずる樽どもです。寛大な我が一族は、粗暴で低能な種族であろうとも、友情をもって……」

 アタシ達から返事や相槌がなくてもいいようだ。よどみなく話し続けている。

 ほとんど、BGM(バックミュージック)


 んでもって、

「ジャンヌ、ぬかるみだ」

「ヨメ、ころぶ、つかまれ」

 兄さまと人型になったカトちゃんが妙に張り合っているんで、考えに集中できない……


 二人して、足場の悪い所でエスコートしようとする。

 きっかけは、モタモタ歩くアタシをみかねて、カトちゃんがアタシをお姫様抱っこしようとしたことなんだけど……激怒した兄さまが阻止して、こんな事に。

「その狼は、おまえを攫って嫁にしようとしたんだ! 任せられるか! 危険すぎるし、第一、不愉快だ!」

『俺がジャンヌを抱く!』とか言いだしたんで、辞退した。本当、妹バカ。二人分の荷物を持ってるくせに。


 てか、二人ともアタシを甘やかしすぎ……


 先に立って歩いて、デカイ倒木やらぬかるみがあると、二人とも手を差しのべてくる。

 仕方ないんで、順番に手を借りてる。

 モテモテだけど、嬉しくない……というか面倒くさい。


「ヨメ、抱く」

 倒木の反対側にいったカトちゃんが、アタシの両脇に手を入れてひょいと持ち上げて木を越えさせてくれる。

「ありがと」

 お礼を言う度に、カトちゃんは満面の笑顔で笑う。

 ふさふさの蒼の長髪に犬耳。首と手首と腰から足にかけて生えているもこもこの蒼毛。それ以外の部分には毛が無いから、上半身は裸に見える。細マッチョで格好いい。

 人型のカトちゃんは、金の瞳が魅力的な美形だ。


 だけど……

 目が妙に澄んでいる。

 小狼の時は気にもならなかったけど、もしかして……




 沢で、小休止となった。

 苔むした岩の間に、細い沢が流れている。

 エルフが水筒に岩清水を汲んでくれた。湧き水は、すっと口に馴染んだ。冷たくて、美味しい。


 頭上で小鳥の鳴き声。

 沢の音と草木の葉擦れの音ばかりが、聞こえる。緑豊かな森なのに、ほとんど生き物の気配がしない。しぃんとしている。


「荒野の生き物に、みな恐れをなして隠れているのです」と、エルフ。

「ワーウルフは、大型の肉食獣人。その爪で岩をも砕き、鋭い牙と頑健な顎でどんな獲物も噛み砕きます。獰猛な彼等は、知性ある種族すらも餌として狩ります。争い好きの彼等を、野原や森に住む者達は忌み嫌っています」


 と評されている狼。その中でも一番強い、狼王は……

 沢の側に這いつくばっている。口と舌を動かし、がぶがぶと水を飲んでいる。喉が渇いてたのね。人型でその飲み方は、どうかと思うけど……。


「水、うまい」

 ぶるぶるっと頭を振って髪の水滴を払い、狼王は長い舌で口の周りをペロペロ舐めた。獣っぽい……。


 アタシと視線が合うと、ワイルドなハンサムになったカトちゃんが破顔する。

 にこ〜と。


 胸がキュンとする。


 表情が幼い。

 すっごくアンバランス。


 外見より若い?


「カトちゃんって、幾つなの?」


「ふたつ」


「え?」

「え?」

 アタシと兄さまの声がハモる。


……嘘。


「二つ……? って、二才?」

 アタシの問いに、狼王が大きく頷く。

「おととし、はる、うまれた」


「え〜〜〜〜〜〜〜?」


 年下かもとは思ったけど!


 まさかの幼児?????


「二才でこんなに大きいの? じゃあ、あっという間に……」

 おじいちゃん?


「野の狼とて生後二年で、子づくりをします。異種族の成長をご自分の種族の物差しではかってはいけません」と、エルドグゥイン。

「その幼稚な狼は、体だけが成熟し、頭の中身が追いついていない。獣人には、ままあることです。その逆もですが」

 つまり、体は子供、頭脳は大人もあるのか。

「獣人は成熟に個体差がありますが、成体となってからはそのままの姿で、人間族よりも遥かに長い時を生きます。寿命の心配は無用ですよ」

 ホッとした。


 でも、二才なのか……


 カトちゃんを見つめ、兄さまが複雑な顔をしている。

 アタシも、あんな顔をしてるんだろうな。


 カトちゃんは、クンクンと鼻を動かして辺りを見回してもいる。

 周囲の様子に興味を持ってるって感じ。

「この辺にワーウルフは居ないの?」

 アタシの問いに、エルフが即答する。

「居ません。ワーウルフは荒野に住むものです。時折、群れを追われた狼が、山を越え、流れて来る事はありますがね」

 今、居る森はカトちゃんのテリトリーからかなり離れた場所のようだ。

 二才児を連れまわすとか、犯罪者の気分……。

 魔法的な力で跳ばされるアタシ達に、カトちゃんは巻き込まれたわけだし。


 お(うち)に送ってあげた方がいいのかしら?

 でも、巨大化すると、アタシよりも遥かに大きいし……狼なら帰巣本能ありそうだし……

 むぅ……


「アタシ達、ドワーフの洞窟へ行くけど、カトちゃんはどうする?」


「オレさま、ヨメ、まもる」

 ニコッと狼王が笑う。


「ずっといっしょ。はなれない。ずっと、ずっと、ずーっと、いっしょ」

「でも、」

「おまえ、ドワーフ、会う。ようじ、おわる。群れ、いこう」


 う。


「ねえさん、よろこぶ。つぎの、ふゆ、子づくり」

 いたいけな瞳で、無邪気に笑う狼王。


 アタシとこれからずっと一緒だと、幼い彼は心から信じているのだ。


 胸が痛んだ……


「ごめんなさい、カトちゃん。もっかいはっきり言うわ。結婚は無理よ。アタシとあなたじゃ種族が違うもの」


「あなたが人間であることは、結婚の障害たりえませんよ?」と、エルドグゥイン。

「獣人と人間が子をなした場合、強烈な個性のある獣人の特性のみが子供に受け継がれます。しかも、人間族は繁殖能力が高い。異種族婚の相手として申し分がありません」


 何ですとぉ!


 ハッハッハと荒い息を吐きながら、カトちゃんがアタシを見てる。ニコニコ笑って、尻尾も振って。


 無邪気な好意が……目にまぶしい。


 でも、はっきりと言わなきゃ。


「ごめんなさい、アタシ、お嫁さんにはなれないの。自分の世界でやらなきゃいけない事があるの」

 わかりやすい言葉で、説明する事にした。

「夏にね、すっごく強い『魔王』と戦うの」

「マオウ?」

「アタシの敵。魔族の中でもとびっきり強い奴。そいつをやっつけないきゃいけないの」

「ほう」

 興味を持ったようだ。

「強いの、いい。戦うの、楽しい。オレさま、戦う」

「ありがとう。頼りにしてる」

「まかせろ」

 えっへんって感じに、カトちゃんが胸をはる。


「でね……魔王を倒した後、『賢者』ってお仕事につくの」

「ケンジャ?」

「次の勇者の教育係……先生になるのよ」

「センセイ……?」

『先生』もわかんないのか……むぅぅ……

「アタシ、勇者を育てるのよ」

「そだてる?」

 カトちゃんが目を丸める。

「子供、うむのか?」


 は?


「ちがぅぅ! アタシの子じゃないわよ!」

「でも、そだてる……。おとうと、か?」

「まあ……そう、そんな感じ。その子を立派な勇者に育てるのが仕事なの」

「そうか」

 カトちゃんがふんふんと頷く。

「おまえ、ねえさん、いっしょ。ねえさん、オレさま、そだててる。りっぱな王にする、口ぐせ。いろいろ、おしえる」

「そうね……一緒かもね」

 ちょっとだけ笑みがもれた。

「それがいつ終わるか、わかんないの。次の冬も、その次の冬も、ずっとず〜っと、アタシは忙しいままなのよ。だから、結婚はできないの」


 カトちゃんのお嫁さんになりたいかどうかは置いといて……

 賢者の間は、不老不死。変化しない肉体は、新たな命を育む事ができない。

 役を退くまで、普通の人間のようには暮らせない。

 お嫁さんなんて、無理だ。


「ごめんなさい、お嫁さんは、他の人をさがして」


「オレさま、まつぞ」

 カトちゃんが、きょとんとした顔で首をかしげる。

「おまえ、しごと、おわる、まつ」


「いつ終わるのか、わかんないのよ」

 お師匠様は百年近く『賢者』のままだ。五人の勇者を導いているわけで……。

「十年かかるか、百年かかるか……。子づくりが狼王の仕事なんでしょ? 子づくりに参加できないお嫁さんを選んじゃダメよ。だから、」


「オレさま、まつ」

 きっぱりとカトちゃんが言い切る。

「おまえ、いいと言うまで、子づくりしない。王、子づくり、できない、ナンバー2、かわる。子づくり、ねえさん、たのむ」


 カトちゃんが、ジッとアタシを見つめる。


「オレさま、まつ」

 金の瞳がまっすぐにアタシを見ている……


 胸がキュンキュンした……


「ワーウルフは一夫一婦制。パートナーを決めると、生涯連れ添うと聞いています」

 エルドグゥインが知りたくもない情報を教えてくれる……。


「ジャンヌ……」

 兄さまが、静かにかぶりを振っている。


 はっきりと、『お嫁さんになりたくない』って言うべき?

『あなたなんか嫌い』と嘘ついてでも?


 アタシがそんな事言ったら、カトちゃんは……。


 だけど、ズルズル先延ばししても、傷を深めるだけ……。


 ドワーフに武器を依頼して、お師匠様達と再会できたら、アタシは自分の世界に還る。


 そして、カトちゃんは狼王としてこの世界に残るのだ。


 ずっとアタシと一緒にいられると信じているのに……。


「ヨメ、どうした?」

 カトちゃんが、びっくりしてアタシを見る。

「いたい、どこだ? なめる、なおす。あし、か? あたま、か? はら、か? 悪いもの、たべたか?」


 目元を隠し、かぶりを振った。

 ツンツンと足をつっつかれる。

 白学ランの黒ウサギが、ハンカチを差し出している……


 その場にしゃがみ、クロさんに抱きついて涙を隠した。


「ヨメ、それ、ゴーレム。抱きつく、オレさまに、しろ」

「カトヴァド。ジャンヌは、ウサギを抱きたい気分なんだ。許してやれ」

 嫉妬するカトちゃんを、兄さまが優しくたしなめている。


 カトちゃんが幼いと知って、兄さまの中でも何かが変わったようだ。



 カトちゃんに伝えるべき言葉を見つけられないまま、再びドワーフの洞窟へ向かう事になった。


 何と言おうか、必死に考えながら。

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