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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野
24/236

屍王の誘惑

 焚き火の側には、アタシやジョゼ兄さまの荷物もあった。

 その中でもひときわ大きな革袋が『ルネ でらっくす』だ。


 発明家ルネさんの言葉が、頭の中に甦る。

『困ったなーという時にはこれですぞ! あらゆる危機に対処できる、発明品を詰めておきました! 旅のお伴にどうぞ!』


「アレ調べてみない?」

「アレを、か?」

 兄さまが嫌そうな顔をする。


 ルネさんの発明には、ナニなイメージがある。

『悪霊あっちいけ棒』は不発だった。

『悪霊から守るくん』も、多分……

 けど、あのロボットアーマーは凄かった。片手で岩を楽々と砕き、背中のロケットエンジンで空も飛べた。

 たとえ、動く騒音発生機械であろうとも。左手が傘になろうが、レンジだの無駄なオプション満載だろうが……強いことは強かった。


「いいアイテムあるかもしれないもの。みんなと連絡をとる手段とか、仲間の現在地を調べる機械とか、簡易結界とか、何かあるかも」

 兄さまは、期待できないって顔だ。

「あと、武器。武器、欲しいなあ。剣、折れちゃったし」

「……わかった。俺が調べる」

 兄さまが革袋の口を開けて、中身を取り出す。

『取り扱い説明書』って手書きで書かれたノートを手渡された。

 兄さまが出したアイテムを、『取り扱い説明書』と照らし合わせた。


 尻尾ふりふり小さなカトちゃんは、アタシのやることを見つめている。

 クロさんは、焚き火に枝をくべ、火を絶やさないようにしてくれてる。鉄下駄も履いてる。脱ぎ捨てたのを拾って来たみたいだ。

 宙に浮かぶピアさんは一層明るくなった。文字を読みやすいように、サービスしてくれたんだろう。


 三匹に見守られながら、袋の中身を調べ……アタシは、がっくりとうなだれた。

 役には立つと思う。

『だれでもテント』+『どこでもトイレ』の便利野営セットなんか特に。ボール(だい)に圧縮したそれをもとの大きさにすれば、寝る所とトイレには困らないもん。

 でも、『魔力ためる君』+『呪文いってみよー君』の魔術師ごっこセットは、どう見ても底の厚い深鍋……付属に蓋までついていた。説明書によると、鳥の丸焼きも三十分で作れるらしい。

 携帯洗顔器『お顔ふき君』とか簡単野菜千切り器『ぶんぶんナイフ』とか……

 携帯灯り『ランプくん』、自動虫退治機『蟲虫ノックアウト』……

 寂しい時間を音楽で彩る『ばっく みゅーじっく君』……

『キャンプなファイア君』は、薪無しにキャンプファイアができる携帯燃料……。


 違うの!

 今、求めてるのは、旅先便利グッズじゃないのよぉぉ!


「……武器になりそうなのは無いな」

……そうね。


 荷物には着替えの他に、非常食料や水が三食分入ってる。でも、それだけだ。


 お師匠様達を探して、合流しなきゃ。

 みんなもに外に連れ出されたのか、デ・ルドリウ様のお城に居るのか……。


「クロさん。みんなが何処に居るかわかる?」

 アタシの問いに、番長ウサギが頷く。

 おお! 良かった!

「案内してくれる?」

 クロさんがかぶりを振る。

「案内できない?」

 クロさんが頷く。

「デ・ルドリウ様のお城がある方角はわかるのよね?」

 うん、とクロさんが頷く。

「でも、連れてってくれないの?」

 そうだよ、とクロさんが頷く。

「なんで?」

 お口の牧草をゆらゆら揺らすだけで、クロさんからの答えはない。声が出せないゴーレムに、この聞き方はマズかったか。

「アタシ達、どっちに行ったらいい?」

 やっぱり答えが返らない。

「自分たちで決めろってこと?」

 クロさんは答えない。


 むぅぅ……

 番長黒ウサギの姿はアタシが作ったもの。だけど、本当の生みの親はデ・ルドリウ様。

 創造主の命令には、ゴーレムは絶対に逆らえない。


 つまり……

 連れ帰るな、とクロさんは命じられてる?


 悋気に触れて、アタシ達、竜王の城から追い出された?


……いや、それならゴーレムも取り上げるか。

 クロさん達が一緒なんだ、まだ庇護されている。

 だけど、なら、なんで城の外にほっぽり出されたのか……


「………」


 ああああん!

 だめ!

 わかんない!

 アタシ、考えるのは苦手なの!


 兄さまも、頭脳労働向きじゃない。


 ましてやカトちゃんは……。

 でも、地元民だし……

 いちおう聞くだけ聞いてみた。


「ここどこだか、わかる?」

「わかる」

 耳をピンと立てた小狼は、ハッハと息を吐きながら、おすわりをしている。

「オレさまのヨメ、いるところ」

……予想通り、役に立たない。


 焚き火やピアさんの明かりが届かなところは、闇が広がっている。木も草もないような。


 質問を変えてみた。

「デ・ルドリウ様のお城は、どっち?」


 カトちゃんの金の眼が、くりくり動く。


「わかんない?」

「……言わない」

 む。

「なんで?」

「おしえない」

 アタシはぬいぐるみみたいな小狼を抱きかかえ、わしゃわしゃわしゃと撫でまわした。ぶるぶると身を縮ませ、気持ち良さそうに狼が目を細める。

「教えなさい、こら」

「やだ」

「どうしてよ?」

「おまえ、オレさまの、ヨメ。竜王、テリトリー 入る、だめ。そばにいろ」

 く。

 案内したら、帰っちゃうってわかってるのか。おバカなのに。

「群れなら、つれてく。くるか?」

「行かない」

 カトちゃんが不満そうに鼻を鳴らす。


「……夜が明けたら、東を目指してみよう」

 兄さまは夜空を見上げている。

「日が昇る方角が東だ……まあ、異世界だから、もしかしたら違うかもしれんが」


「なんで東?」

「竜王の城があるのは大陸の北東、それよりも南にあるのがドワーフの洞窟だったろ?」

「え? なんで知ってるの?」

「ここに来てすぐ、賢者が幻想世界の地図を見せたじゃないか。この大陸は蝶みたいな形をしてたろ?」

 そういえば……

 お師匠様が自分の『勇者の書』を開いて地図の頁を見せてくれたっけ。

 幻想世界の大陸は、横長すぎるけど、見ようによっては翅を開いた蝶に似ていた。

 アタシ達が出現したのは、大陸の北西の端っこ。蝶でたとえるなら、左前翅の上縁辺りだった。

 デ・ルドリウ様のお住まいは、反対の右前翅の端の方。

 ドワーフの洞窟は、右前翅のつけねの方だった。

「目指すは東だ。東と思われる方角に進んで、地元の者に道を聞こう」

 兄さま、冴えてる! 意外だわ! 暴れる以外でも、頼りになるなんて!



 その時。


 キィィ−ンと高い音がした。

 アタシの腕の中のカトちゃんが、耳と尻尾を立てる。


 フワフワと体が浮くような感覚の後、グルグルと周囲が回っているようなめまいを感じた。


 がくっときたけれども、一瞬のことで……


 なんとか倒れずにすんだ。


「……大丈夫か、ジャンヌ?」

 気づかぬ間に、兄さまの手に支えられていた。


「ウォ?」

 カトちゃんがクンクンと鼻を動かしてから、かわいらしい顔に皺を浮かべた。

「とんだ」

「え?」

 カトちゃんは尚も鼻を動かし、ぴょんとアタシの手から飛び降りてしまった。

「よそ、きた。とんだ」

 跳んだ?


 ちっちゃなカトちゃんの体が、ぐぐぐぐ〜んと伸びてゆき……

 アタシよりも、大きくなり……

 更に更に伸びてゆき……

 毛むくじゃらの背中が、壁のように視界を覆った。アタシの倍以上もある、デッカい大狼となってしまった。


「……お客さんか」

 アタシの肩をそっと押して離れてから、兄さまはボキボキっと指を鳴らし、笑った……ような気がする。

「ジャンヌ、おまえは火の側にいろ。動くなよ」

 兄さまはクロさんに、

「ジャンヌを頼む」

 とだけ言って背中をみせ、カトちゃんとは反対の方へ。


 腐った卵のような、カビ臭いような、鼻にツーンとくるような……いや〜な臭いが漂ってくる。

 ぴちゃぴちゃん、ざばんざばざばざばぁって水音。

 何かが水から這い出る音だ。

 ずるずるっと……何かをひきずるような……何かが蠢くような音が続いて……

 うぉ〜うぉ〜と獣じみた声やら、あぁぁぐぇぉぐばぁとか聞くに耐えぬ潰れた声が響いてきたのだ……

 しかも、四方から……


 何となくわかってしまった。

 わかりたくなかったけど!

 すっごく嫌なものに囲まれてる!


『ルネ でらっくす』を抱えたまま、アタシはクロさんの横へと移動した。

 番長ウサギが、ポンポンとアタシの肩を叩く。大丈夫だよ、と言うように。

 

 そして……

 闇の中から、異形のものが現れる。


 それは、アタシの想像を越えるものだった。


 アンデッド系だろうとは予想してた。

 だけど!

 黒というか緑というか灰というか……くすんだ色のものが、ぐちゃぐちゃドロドロと溶けて崩れながら、のっそりのっそり歩み寄って来るのだ。

 人間のように二足で歩くものもいれば、四足のものもいて、蛇のように這ってるものもいる。

 けれども、どれも原型がわからない。

 腐りすぎてて。

 目や角みたいのが残ってるヤツもいるんだけど、そこじゃないでしょ! ってな位置までズレ落ちてたりして。

 とっても、グロい。

 べちゃっと崩れて動かなくなったものを、後から来たものが踏んづけ、取り込み、合体したりする。けれども、腐敗自体は進んでいて、大きくなったものも、表面から少しづつ腐り落ちてゆくのだ。


 ゾンビ……? にしても、エグすぎる……


 そんな異形のものたちが口というか穴を開け、うげぐごぉぉぉ……なんて叫ぶのだ。


 アタシはクロさんに抱きついた。

「なんなのよ、こいつら!」


「食えない、敵」

 狼王カトちゃんが答える。

「たまに、あらわれる。弱い。足、おそい。けど、いっぱい、いっぱい。つかまる、食われる」


 食われる……


「こいつら、人間を食べるの?」

「人間、食べる。狼、食べる。ねえさん、言ってた。むかし、食われたヤツいる。気をぬく、あぶない」

「……そうなんだ」

「相手しない、にげる。かしこい。でも、」

 カトちゃんがでっかい頭を振る。

「道ない」

 え〜っ!


「おまえ、まもる」

 ぐふぐふと狼王が笑う。

「ヨメまもる。オットの仕事」


 天を見上げ、カトちゃんは喉を震わせた。

 その口から漏れた低い声は、獣の雄たけびそのものだった。


 狼王の大きな体が跳躍する。

 異形のもの達の中に突っ込み、次々と弾き飛ばし、鋭い爪で叩き潰し、踏んづけて走る。

 飛ばされたものがべしゃっと崩れ、後から来たものと合体する。けど、それすらも、狼王の猛進に弾かれる。遠くへと飛ばされたものは水音を立て闇に沈んでいった。


 光の下にまで辿りついたものに、兄さまは素早く駆け寄って拳や蹴りを叩きこむ。

 その一撃で、敵は跡形もなく吹き飛ぶ。

 闘気で叩き潰してるんだろう。

 木っ端微塵だ。小指の先ほどの欠片も残らないから、後続と合体される危険はないものの……

 兄さまは焚き火を守るように、あっちへ走り、こっちへ走りだ。

 休む間もない。


 数が多すぎる。

 倒しても、倒しても、敵は水から上がり、のっそりと歩み寄って来る……


 アタシは『ルネ でらっくす』をひっかき回した。

 武器は無かった。

 けど! 何かしたい! 数を減らすのに協力しなきゃ!


 死霊の弱点といえば……神聖魔法、聖水、聖なる炎、ご神酒、清めた塩などの神聖アイテムだ。

 ンな物はない。

 けど、代用品ならある。


『キャンプなファイア君』は、薪無しにキャンプファイアができる携帯燃料。石鹸(だい)なこいつを投げたら、爆弾代わりになりそう。

 他にも、悪霊祓いにうってつけのアイテムがある。

 アタシは『ルネ でらっくす』から出した箱型のものを、『取り扱い説明書』をよく読んでから操作した。


 死霊達が恐れ、おののく。

 焚き火の周りから、面白いぐらいに敵が下がってゆく。潮が引くみたいに。

 ドボン、ジャバジャバと水音が響く。

 ルネさん! 効果抜群よ、この発明品!


「なんだ、それ?」

 敵が全て逃げてから、カトちゃんが駆け寄って来る。

 全身に、飛び散った血や泥がこびりついている。首まわりや尻尾はすごくふさふさしてて、ツヤツヤした綺麗な蒼毛なのに、汚れちゃったな。

「『ばっく みゅーじっく君』。音響機器よ。音の録音や再生ができるの。演奏可能曲目(レパートリー)の一つの、聖歌をリピートにしたの」

 首をかしげるカトちゃんに、

「神さまの歌を聞かせる機械なの」と、わかりやすく説明した。

 アタシ達の世界の神さまの歌だけど。聖なる歌は、世界を問わないようだ。


「連続使用時間は?」

 額の汗をぬぐいながら、兄さまが問う。

『取り扱い説明書』によると……

「……二時間」


 聖歌を厭って、敵は近寄ってはこない。

 けれども、嫌な臭いは依然、濃い。


 アタシは、星すらない夜空を見上げた。

 夜が明けるまでどれくらいだろう?

 日の光が差せば、不死者の数も減る……とは思う。


 機械が止まる前に、安全地帯に移動したいんだけど……


「どっちに行けばいい?」

 アタシの問いに、狼王がぎょろっと金の眼を動かす。

「道ない、言った」

 む?

「くさい水」

 むむ?

「はいる、くさる。およぐ、むり。とびこえる、できない」


「もしかして、ここ、島?」

 アタシの問いに、巨大狼が耳をぴくぴく動かす。

「道ない」


《さよう。道などない》

 しわがれた声がした。


 カトちゃんがくわっと牙をむいて、上を向く。

 鼻面に皺を寄せ、全身の蒼毛を逆立て。


 カトちゃんが見上げた天を、アタシも兄さまも見上げた。


 魔法使いが居た。

 けれども、黒のローブはぼろぼろだ。角つきの杖を持つ右手は骨ばっているというか骨そのもので……ローブのフードから覗く顔は髑髏だった。


 不死の魔法使い(リッチ)だ……


《汝らは、我が沼地の中央に居る。逃れるは、翼無き者には不可能。毒の沼と、水底に眠る我がしもべどもが汝らの行く手を遮る》

 骸骨は、見るからに禍々しい。


 地を蹴り、狼王は高々と跳躍する。


 その丸太のようにぶっとい右手が、叩きつけるようにリッチへと振り下ろされた。


 けれども、目に見えない壁がその攻撃を防ぐ。

 魔法障壁を張っているんだ。


 魔法を極めた魔法使いやら、邪神を崇める神官やらが、リッチとなる。

 リッチは非常にやっかいなのだ。無数のアンデッドを配下に従えていたりするし。

 本人も強い。強力な魔法を操り、物理攻撃も魔法攻撃もほぼ効かない。毒やら麻痺やら眠りやら、やたら状態異常もバラまく。


 なおも飛びかかりそうな狼王を、

「ダメ! カトちゃん!」と、叫んで止めた。


「あいつ、ムカつく。殺す」

「ダメ!」

「なぜ?」

「今はダメなの! ぜったいダメ!」

「いまはダメか……。よし、わかった。ヨメいいと言うまで、まつ」

……こういうとこ、かわいいわ、あんた。


『ばっく みゅーじっく君』のボリュームをあげてみたものの、リッチはけろっとしている。録音された聖歌も、大物相手には通じないらしい。

 アタシは、骸骨魔法使いを睨んだ。

「あなたがアタシ達を、さらったわけ?」


《これは異なことを》

 骸骨が笑う。カラカラと喉を震わせて。

《汝らが我が領土へと飛んで参ったのであろう》

 む?

《朽ちたるものどもの行いは詫びぬぞ。生者に惹かれるは、死者の本能。我が許しなく領土に侵入し、我がしもべを葬った汝らの方が無礼ではあるまいか?》

 う。

 それは……

「……そうね。アタシ達も自分の意志で来たわけじゃないけど……今の話通りなら、お詫びするのはアタシ達の方ね。ごめんなさい」


《素直なおなごよ》

 骸骨が笑う。

《光の者よ。我が名はダーモット、不死者の王なり》

 空っぽの眼がアタシを見る。

《光をまといし者。汝が勇者であるな?》

 眼球のないリッチの眼には、アタシが特殊に映るらしい。

「そうよ。異世界から来た勇者ジャンヌよ」


《勇者ジャンヌよ。神に見初められし汝は、準神族。そこな獣は、(よわい)を重ねておらぬが王。更には、人として申し分なき肉体の若人まで伴っての来訪、いたみいる》

 リッチがむき出しの歯を見せて笑う。


《良きしもべとなりそうだ》


 な?


《と、(われ)が言うたらどうする?》

 揶揄するように、リッチが笑う。

 兄さまがアタシをかばい、前に進み出る。

 アタシのすぐ横にはクロさんが立ち、ピアさんは頭上で明かりとなっている。

 カトちゃんは、たぶん話がわかってない。けど、低く唸りながら、リッチを睨んでる。本能的に気にくわないと思ってるんだろう。


《勇者よ、汝はかよわき赤子に等しい。力なき正義は蹂躙されるのみ。魔王を倒す使命を帯びたのであれば、ふさわしき力を身につけよ》


 な……


《力が欲しくはないか?》


「なにを……言ってるの?」


《不死者の王ダーモットが問う。汝、我が助力、欲しくはないか?》


 アタシはごくっとツバを飲み込んだ。


 骸骨姿の魔法使いが、禍々しい笑みを浮かべる……


「いらないわ! アタシは光の勇者なのよ! 邪悪の誘惑にはのらないわ!」


《これは異なことを》

 骸骨が笑う。カラカラと喉を震わせて。


(われ)が邪悪であるのなら、竜王は何であろう? 同族と血で血を洗い、あれは王であり続けておる》

「それは……王としての務めでしょ?」


《では、そこな獣は? 生き物を引き裂き、噛み砕き、喰らうそやつこそ、罪深き存在ではないか?》

「カトちゃ……狼王は……」

 襲いかかられた時は、確かにおっかなかったけど……

「肉食の獣よ。狩りをしなきゃ生きていけないんだもん。しょうがないわよ」


《我とて、己に恥じるところはない。知識と力の探求の末に得たこの姿。誇りと思うておる》

 宙の魔物が、アタシに杖をつきつける。

《勇者ジャンヌよ。今一度、問う。我が助力はいらぬか?》


「いらない!」


《抗うか? 愚かなる、無力な勇者よ。我が助力なくば、汝、我が領土から出る事すら叶わぬ》

 ぐ。

《我が声を聞き、我を受け入れよ、勇者……。助力した暁には、その見返りとして、》

 キタァァ、見返り。

 邪悪なリッチの願いだ。魂寄こせだの、不死者のしもべになれだの、どーせ、ろくでもないものだ。


 絶対に聞くもんか!


 そう叫ぼうとした時だった。

 何処からともなく、高笑いが響いたのは。


 夜空を見上げるリッチにつられ、アタシも上を見た。


 星ひとつない真っ暗な空に、キラリと何かが輝いた。


 流れ星……?


「偽りの生を生きるクズどもよ。血と怨嗟と悔恨にまみれし、ゴミどもよ。存在自体がきさまらの罪だ。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまらの罪を言い渡す」


 天から降って来る、この声は!


「有罪! 浄霊する!」


 真っ暗な闇夜を切り裂き、光が生まれる。


 まばゆい光が広がり始めた空。


 リッチは杖を構えた。たぶん、防御結界を強化したのだろう。


「その死をもって、きさまらの罪業を償え・・・終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ブレイク・)贖焔(バーン)!」


 昼よりも、尚、明るい光……


 天から巨大な光が降って来る。まるで隕石のように。


「ククク・・・あばよ」


 ぐんぐん迫るまばゆさから、目を閉じ、顔を伏せ……


 嵐のような光の奔流をやり過ごした。




 そして……


「女。ありえぬことだが、よもや、まさか、きさま邪悪の誘惑にのる気ではなかったろうな?」

 頭が重い……

 ぐりぐりと、圧迫感が……

「頭の悪いきさまの為に、慈悲深い俺様があえて、もう一度言おう」

 肘だ。肘でぐりぐりされてる……

「きさまは、悪霊すらも仲間にひきこんだ節操無し。目にあまる行為を繰り返すのであれば、神の使徒たるこの俺が粛清する・・そう諭してやったはずだが?」

 諭されてないわ、脅されただけよ。


 アタシはどうにか目を開けた。


 ピアさんの光に照らされてるのは、目を押さえてうつむいている兄さまと、クロさん。

 あとは、「目が、目があああああ!!!!」と、両手で顔を覆って地面をのたうちまわるカトちゃん……。グッバイの魔法、マトモに見ちゃったのね……おバカなんだから……。


 黒ローブの骸骨は何処にもいない。

 防御結界を張ったリッチを、浄化魔法で一発昇天させたのか。

 悔しいけど、本当に優秀なのね、こいつ……


「痛いわよ、もう!」

 神の使徒の肘を払った。


「『危ないところをお救いくだり、ありがとうございました、偉大なる使徒様』は、どうした?」

 言うわよ、お礼は。だけど……

 黒い祭服に、五芒星マークつき指出し(フィンガーレス)革手袋(グローブ)、胸元のこれみよがしの金の十字架。

 アレなファッションの使徒様の足元を、アタシは指さした。

「その前に、聞きたいんだけど……それ、なに?」

 マルタンはアタシより長身。だけど、今、こいつはジョゼ兄さまよりもデカくなっている。それというのも、足元に……


「完璧に、完全に、パーフェクトに愚問だな、女」

 フッと神の使徒様が笑う。

「神の使徒たるこの俺に、ひれ伏し、忠誠を誓わぬものなどいない。これは『下僕』だ」


 下僕……?


 アタシは使徒様の足の下を、あらためて見つめた。

 雪のように白く綿のように柔らかそうなそれは、形状からすると、白い雲のよう。

 けれども、ピカピカと光って点滅し、激しくその存在をアピールしているそれが、雲のはずはなく……


「竜王より借りてやった。俺の望みのままに、雲となり、ベッドとなり、灯りとなる、魔法生物だ。名を『ゲボク』と言う」


 ゴーレムを『下僕』と名前づけたのかよ、あんた……


 しらじらと夜が明け始める。

 朝日に照らされて初めてわかった。

 緑とも黒ともつかぬ濁った沼。

 湖と言ってもいいぐらい大きいそれの、島にアタシ達は居るのだ。

 砂岩むきだしのハゲ島だ。視界を阻むものがないから、遠くまで見える。よどんだ大きな沼の先に広がるのは、やはり草木一本ない泥地で……

 とても寂しい所だったけれども……


 腐敗臭が消えている。沼の水面は穏やかに朝日にきらめくだけで……死者が這い上ってくる気配は無かった。

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