八十四代目 サイオンジ サキョウ
「お邪魔します」
笑顔の霊能者が、アジトにやって来た!
「どうも。あらためて、ご挨拶させていただきます。八十四代目勇者だった西園寺左京です」
西園寺さんがにこやかに微笑む。
「ようこそ、西園寺さん。十六代目藤堂杏璃子です」
「三十三代目だった一之瀬奈々でーす。お元気になられてよかったワ」
わたしも奈々も、笑顔で迎えた。
西園寺さんを見つけたのは、真澄だった。
『街を歩いてたら、胸がすごくせつなくなったの。髭オヤジに……グレンに初めて会った時みたいに、ね。心惹かれる方へ、方へ、って歩いて行ったら居たのよ〜 歩道橋に。今にも身投げしそうな、くらぁい顔の西園寺さんが!』
一目見て、お互いの正体はわかったものの。
西園寺さんは、完全に心を閉ざしてて。勇者OB会には興味ない、巻き込まないでもらいたいと、にべもなくて。真澄は携帯電話でリーダーに助けを求めて。リーダーの精霊が西園寺さんの住所をつきとめて。リーダーを中心に、勇者OB会の面々が西園寺さんを訪ね続けて……
勇者時代、西園寺さんはとても大事な人を死なせてしまったらしい。
しかも、その償いをさせてもらえず、自分がもたらした結果を見届けることもできずで……絶望のあまり、生きる気力を失っていたみたい。
それが、今日、ようやく……。
笑顔でわたしたちのアジトを訪ねてくれて……。
ほ〜んと、リーダーの粘り勝ちだわ。
思い込んだら一直線。
梃子でも動かないバカが、西園寺さんの凍った心を解かしたんだと思う。
「今日は、園山さんは?」
「マスミちゃん? 居ないワ。ダンナさまと旅行中〜」
奈々がほんわか笑顔で答える。
「あの二人、旅行好きだから〜」
「そうですか……残念です。園山さんにお会いして、今までの非礼をお詫びしたかったんですが」
「またでいいんじゃない?」
と、言ってあげた。
「いくらでも機会があると思うわ。勇者OB会に入ってくれるんでしょ?」
「はい」
西園寺さんが微笑む。
可愛い……。
やだ……このヒト、リーダーと同じくらいよね? もうちょっと上だっけ?
なのに、笑顔が可愛いだなんて、反則〜〜〜〜!
下がり眉、たれ目の、気弱そうな顔立ち! へたれメガネ男子! いや、メガネオヤジ?
しかも、服装がダサイ。学生みたいなダッフルコートに、あかぬけないシャツ……。くたびれた感じが漂っているのが、また何とも……そそるわ!
今まで居なかったタイプ♪
最近、直矢くん×リーダーもの、マンネリ気味だし。
西園寺さんの参入は、勇者OB会だけじゃなく、わたしのサイトにも新しい風になりそう!
一階リビングで、まずはお茶。
今日、アジトに居るのは、わたしと奈々と名倉くんの三人。
西園寺さんが来たんだもの、今日ぐらい、名倉くんも部屋から出て来て欲しい……。
なので。
二階のひきこもり大魔王を連れ出すよう、ノヴァに頼んだ。
ノヴァは赤毛に赤い瞳、メイド服がよく似合う勝気そうな美少女だ。小柄だけどリーダーのお好み通りのトランジスターグラマー。
メイドさんのおねだりなら、名倉くんも言う事をきいてくれる……はず。きいてくれると、といいな……。
西園寺さんは、ノヴァの背を目で追っていた。
「今の子……櫻井さんの炎精霊ですよね?」
「わかります?」
「ええ、まあ……何となく」
さすが霊能者!
「アジトには、あの子と風精霊のブリーズが常駐してます。護衛兼家事担当ね。姿が見えなくても、呼べば飛んできますから」
《わたしのこと、犬みたいに言わないでください》
噂をすればなんとやら、柔らかい声で反論をあげながらブリーズが登場。こちらは緑の髪、緑の瞳の、おっとりとした美少女だ。やっぱり、メイド服で胸が大きい……。
《ようこそおいでくださいました。西園寺さまのご訪問を、主人櫻井正孝は殊の外お喜びです》
「ぼくが立ち直れたのは、櫻井さんを始めとする勇者OB会のみなさまのおかげです。……みなさまのお力添えに、心から感謝しています」
《西園寺さま。まことに申し訳ございませんが、本日、主人は外出しております。二、三時間後でしたら、こちらに顔を出すことも可能ですが……いかがいたしましょう? お差し支えなければ、アジトでお待ちいただけますか?》
「いやいや。アポなしで来たぼくが悪いんですから」
西園寺さんが笑顔で片手を振る。
「デートを切り上げてもらうのも悪い。櫻井さんには、お気遣いなくとお伝えください」
ブリーズが、目を丸める。
って……デート?
《西園寺さま。何故デートと……》
「違いました? あなたを見たら、何となくそうなんじゃないかと思ったんですが……もしかして、外しました?」
「リーダー、デート中なの?」
わたしの方をチラッと見てから、ブリーズは小さく頷いた。
「同朋より、女なわけ?」
ブリーズが溜息を漏らす。
《最近ご執心の女子高生とケーキバイキング中なんです。この後、サプライズ・プレゼントをお渡しになる予定なので、おそらくあと二時間はお忙しいかと……》
はぁ?
女子高生とケーキバイキングぅ?
三十オヤジがぁ?
年を考えろ、年を!
相手は見なくてもわかるわ。どーせ、巨乳の童顔美少女なんでしょ!
わたしの心を読んだのか、ブリーズが曖昧に微笑む……。
この子の外見も、巨乳の童顔。
ノヴァも、そう。
精霊支配者の好みに応えてるのよ。
リヒト以外、あのバカの精霊はみんな……
いや、そのリヒトですら最初に会った時はテンプレ体型だったんだ……。
赤髪の巨乳美少女が、リビングに戻って来た。
《名倉さんは、お茶会は欠席なさるそうです。ネット巡回にお忙しいとの事で……》
あ〜 もう!
新メンバーが来たっていうのに!
どいつもこいつも!
「いやいや、ほんとおかまいなく。今日は何となく来てしまっただけなので」
西園寺さんは、ニコニコ笑ってるけど……。
「みなさんには、また後日ゆっくりご挨拶できればいいので」
まあ、今日は直矢くんも仕事だしね。
改めて歓迎会するか……。
「西園寺さんの霊能力って、あの世界の神さまからの贈り物なんですか〜?」
のんびりとナナが問えば、
「いいえ、違います。神さまからいただいたのはより視えやすくなる『メガネ』といいますか、補助的な力でした。あ〜 でも、それでぼくの能力は格段にパワーアップしてますから、すごい贈り物ではあるんですよ?」
のんびりと西園寺さんが答える。
「ぼくは幼い時から、依代をやってましてね。災いが訪れる度に、祓えるお方をこの身に招き、器となってきました」
「神主さんなんですよネ〜?」
「実家が神社なだけです。頼まれてたま〜に祓い屋みたいなことをしますが、そちらは副業でして」
「あら、じゃあ本職は?」
西園寺さんが、明るくにっこりと微笑む。
「無職です」
っ!
……お茶を吹きだすところだったわ!
名倉くんに次ぐニート二人目?
「あらら〜 そうなんですか〜」
「そ〜なんですよ〜 いや〜 勇者世界へ百日も行ってたせいで、クビになってしまいまして……」
あぁぁ……
そうか。
真澄もそうだったものね。無断欠勤百日は致命的よね……。
「その後は荒れて、自暴自棄になってましたからね。今まで就活どころじゃなかったんですよ。目指してたのは、人生の終活ぐらいで」
……この話題で、このヒト、なんでニコニコ笑ってるの……?
「再就職のあてはあるの?」
「リーダーの会社なら、すぐ入れるワ! コネ入社ヨ!」
「ハハハ。ご親切にどうも。ですが、コネの方はぼくもまあそれなりにありまして……何とかなると思います」
「良かった〜」
「せっかくなので、しばらくブラブラして、それから非常勤か産休補充の口でも探しますよ」
「非常勤に産休補充?」
西園寺さんがにこやかに微笑む。
「高校の数学教員の」
あら!
「高校の先生?」
「でした」
へー へー へー
「どうしてもダメだったら、塾講師かな」
実家が神社。霊能者で、高校の先生。でもって、気弱そうなハンサム。服はダサイ。中年メガネ……。
い、いろいろと、美味し過ぎる!
へたれ中年教師×青年実業家……
普段は冴えない先生が、お祓いとなったらパパッと神主装束に変身。
性格も草食系から、俺様肉食系に大変身!
……いいかも!
ありがちな設定だけど、萌えるッ!
……西園寺さんがニコニコこっちを見てる……。
咳払いをしてから。
「今はご実家じゃなく、マンション暮らしですよね? アジトへ引っ越すことも可能ですよ」
話題をふってみた!
「駅近! 駐車場空きあり! 全室エアコン完備! 家具つき! 収納たっぷり! 広々ワンルーム! 食事も提供! これでお家賃たったの4万円!」
「ほうほう」
「のところを、勇者OBならタダ!」
「ほほ〜う」
「この広いシェア・ハウス、住んでるの名倉くんだけなのよ」
「それはもったいない」
「真澄や旦那さんはホテル代わりによく利用してるけど、いつも居るわけじゃないし。あ〜 あと、リーダーの精霊が四体、ここに住んでる事になってるんだった」
「というと?」
「四体の精霊がここを現住所に偽戸籍つくってるのよ」
「リーダーをフォローするために、人間の振りして、リーダーの会社に勤めてるのヨ。リヒトさんと〜 シュバルツちゃんと〜 グレイシアちゃんと〜 レビンちゃんがネ」
「リヒトさん……たしか、櫻井さんの秘書でしたね?」
「そ。リーダーの一番のお気に入りの精霊〜」
「精霊達は、実際には住んでないから。一階が四、二階が五部屋、空いてるわ。部屋、選び放題。即日入居できるわよ」
「それはステキですねえ」
西園寺さんは、いつもニコニコ。
「いい話を聞きました。お金に困ったら、こちらでお世話になります」
笑顔のヒトだ。
それから、ノートパソコンを立ち上げて、勇者OB会のサイトを見せた。
「管理人は、名倉くん。二階のひきこもりよ」
管理人のオリジナル小説が掲載されているサイト……の態を装った、勇者OBの記録だ。
「勇者列伝に、歴代勇者一覧、管理人の日記ですか……」
「管理人の日記は〜 ほんと〜に名倉くんの日記。勇者時代の思い出とかー 漫画やアニメの話とかー 絵のこととかー けっこー面白いの。ワタシは好き〜」
もと勇者って事を隠さずに書いてるから、読者には半創作と思われてるはず。
『デジタル絵なら実体化しない! おれの生きる道はこれだ!』とか、『ひさびさに鉛筆で××ちゃん描いてみた。線がキョドる。ゆがんだまま実体化。おれの××ちゃんがひょっとこ顔……。氏にたい』とか、書くから……。
「小説『勇者列伝』は、わたしたちの記憶をリーダーの精霊が読み取って、文章に起こしたものよ」
小説というより、記憶をありのままに記しただけの記録文だ。味もそっけもない文章。だけど、コメント欄を見ると、それが逆にいい味を出してるって好評なのよね……。
勇者一覧は穴だらけ。というか、ほとんどスカスカだ。
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初代勇者 モーリス 【賢者 なし】
七代目 ※ヤマダ ホーリナイト 【賢者 モーリス】
十六代目 ※アリス 【賢者 モーリス】
二十八代目 ※エリートコース 【賢者 不明】
二十九代目 ※キンニク バカ 【賢者 エリートコース】
三十代目? コレット 【賢者 エリートコース?】
三十三代目 ※フリフリ 【賢者 コレット】
四十九代目 ※ナクラ サトシ 【賢者 男性(名前不明)】
七十三代目 グレン 【賢者 不明】
七十四代目 ※ソノヤマ マスミ 【賢者 グレン】
※は英雄世界出身勇者。
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判明してる勇者は、今のところ、これだけだ。
近日中に、ここに西園寺さんのデータも加わる。
「一般公開してるんですか……」
西園寺さんが眉をひそめる。それでも、顔自体は笑ってるように見える……不思議。
「記録は残すべきですが……OB会メンバーだけが閲覧できればいいのではありませんか?」
「公開する必要があるの」
わたしは、画面上の七十三代目勇者を指さした。
「このヒトが言ったのよ、真澄の前に英雄世界から十人の勇者が来てるって」
真澄の記憶から、精霊が得た情報だから間違いない。
「賢者グレンが言うには、真澄の前に、『高校生』が四、『大学生』が二、『サラリーマン』が二、『主婦』が一、『自宅警備員』が一、勇者になってるみたいなの」
一覧上では、リーダーから名倉くんまでで六人。
「わたしとリーダーは『高校生』勇者で、直矢くんは『大学生』勇者だった。直矢くんのお兄さんが『サラリーマン』で、奈々は『主婦』、名倉くんが『自宅警備員』だから……『高校生』があと二人、『大学生』が一人、『サラリーマン』が一人。少なくとも、あと四人、同朋が居るはずなのよ」
とはいえ、身分がそのままとも限らないのよね。当時『高校生』だった勇者も、今では『大学生』や社会人になってるかもしれない……。
「地味〜に歩き回って〜 同朋が居ないか探してはきたのヨ。でも〜 ワタシたちの同朋探しレーダー、ものすご〜く近寄らないとダメだし〜 がんばっても、関東近県でしか探せないから〜」
「ネット上で勇者たちの情報を公開する事にしたのよ。何処かで同朋の目にとまることを期待して、ね」
「シュバルツちゃんに頼んで、英語・フランス語・スペイン語版のサイトもつくってもらってるのヨ」
「名倉くんが、人をサイトに呼び込む工夫をしてるの。日記を毎日更新したり、まめにレスしたり、いろんな小説投稿サイトに「勇者列伝」を登録したり、個人サイトと交流して相互リンクを張りまくったり……」
サイトが検索エンジンにひっかかりやすくなるようにもしてるみたい。具体的に何やってるのかは知らないけど。
……あいつ、部屋の中でなら働くのよね……。
「なるほど……未知なる同朋を探す為ですか」
西園寺さんの笑みが、苦笑いとなる。
「それじゃあ、一般公開しなきゃですね……」
「八十四代目 サイオンジ サキョウのデータも掲載してもいいかしら?」
「OB会の方針に従います」
「勇者列伝の方も?」
「構いませんよ」
「勇者列伝の方は任意掲載よ。西園寺さんがお嫌でしたら、記憶の引き上げはしません。勇者時代のことを思い出したくないなら、」
「いやいやいや。ぜんぜん構いませんって」
西園寺さんが、目を更に細め、頬をゆるませて笑う。
「ぼくとしても、勇者時代のことは鮮明に覚えていたい。ジェラール様の記憶……忘れたくありませんから」
西園寺さんはにこやかに微笑んでるけれども……
その目はまだ暗い……。
でも、今日、アジトに来てくれたんだ。
少しづつ乗り越えていってくれるわ……きっと。
「勇者列伝、お読みになります?」
「いえ。家に帰ってからじっくり拝見します。今日は、藤堂さんと一之瀬さんと語り合いたいです」
「あら〜 嬉しい♪」
「勇者列伝の反響はいかがです? 今までに、同朋らしき方から連絡はありましたか?」
「いいえ、まったく」
「そうですかー 残念ですね」
「読者はそこそこ居るんですけどねえ」
「勇者列伝、イマイチ不人気なのよネ。列伝なのに、伝記になってないってよく叩かれるし〜」
「まあ、どの話も魔王戦直前までで終わってしまうものね」
「あれ? 魔王戦の描写はないんですか?」
「ありませんよー 西園寺さんは、あの世界の神さまから脅されませんでした? 魔王戦の内容を他人に漏らすな、話すのも文字に残すのも禁止だ、って」
「あ〜 そういえば、そうでした。バラしたら神罰を下すって、脅迫されてます」
「でしょ? なので、すべての話が、魔王の登場前に終わってるんです」
「クライマックス前で打ち切りですか……」
「勇者が勝ったかどうかすらワカラナイのヨー」
「それは……読者的にはがっかりだ。カタルシスに欠けますね」
「いいのよ、小説の完成度が低くても。あの世界の物語を公開することに意味があるんですもの」
パソコンの画面が、勇者OB会のトップページに戻る。
「藤堂さん、一之瀬さん……見つかっていない四人の同朋たちは、生きていると思いますか?」
西園寺さんの顔は笑っているように見える。
けれども、目は……。
わたしと奈々が頷く。
「そうだと、信じています」
魔王戦で亡くなっているとは、思いたくない。
「いつか巡り合えるって信じてまーす」
奈々がほんわかと微笑む。
「その方が、ロマンチックだもの♪」
「あはは」
西園寺さんが笑う。
「その方が、浪漫チックか…。いいですね、そういう考え方。ステキです」
その笑い方は、ちょっと奈々に似てて。
脳天気な感じに、明るかった。
 




