七十四代目 ソノヤマ マスミ 後編
○月×日
昨日の事を思い出すと、まだ体が震えてくる……
『勇者』が存在する意味が、私はまったくわかっていなかった。
離宮の庭園に、近衛騎士を装った五人の男がやって来て「国王陛下から火急の召喚である。ついて来られよ」と私に言ったのだ。
あの場にロジェがいなかったら……
ドニ君が私の手を引いて止めてくれなかったら、どうなっていたか……
私の命が狙われてたなんて、ちっとも気づいてなかった。そんな可能性、頭の片隅にもなかった。
彼等が豹変した時も、何もできなかった。
ロジェが庇ってくれ、ドニ君の獣が彼等に襲いかかり、何処からともなく現れたカロンとケヴァンが彼等を捕縛するのを、ただただ見つめていただけだった。
気がつけば、賢者の腕に抱かれていた。
「王族の離宮にまで潜り込んできたんだ、やっかいな支援者がついているたぁ思うが……詮議は国がやる。トカゲの尻尾切りで終わって、このまま黒幕はわからず仕舞いになるかもしれんが……」
髭オヤジはいつも通りへらへらしていて……
「まあ、しょうがねえ。勇者の死を願う狂信者は、いつの時代も何処にでも潜んでいるもんだ。有名税みたいなもんだ」
子供のように震える私を抱きしめてくれた……
「おまえを狙う奴は、残念ながら後から後からわいてくるだろう。けど、大丈夫だ。俺たちがおまえを護る」
ロジェは平気? ドニ君は? って聞く私に、みんな無事だと賢者は言い切った。
でも、ロジェは斬られていた……肩から血を流した彼が、私を庇いながら、重装備の敵と剣を交わして……駆けつけたケヴァンたちが「ドジふんだな」「毒にやられたね」って言ってた……ロジェは……
「ま、あんま深刻になるなって。大丈夫だ。俺らはおまえの剣であり盾だ。魔王戦まできっちりエスコートしてやるよ」
そのまま眠ってしまったらしい。目が覚めたら、ベッドに一人だった。
昨日怪我をしたロジェは、ケロリとしていた。毒が塗られた剣で斬られたはずなのに。
ヨハンが癒してくれたのだ。安心したら、涙があふれてきた。
今日は護身術の稽古は無いの? って聞いたら、ロジェはニヤッと笑った。「思ったよりは、根性があるな」って。
当然でしょ。このまま怯えて泣き暮らすなんてご免よ。せめて自分の身を守れるようになりたい。お荷物にはもう絶対なりたくない。ロジェが斬られたのは……私のせいだもの。
ロジェの代わりに、ランディが稽古をつけてくれた。
「喰らったのは、死ぬような毒じゃない。体がしびれるだけの神経毒だったんだがね。僧侶さまが今日一日は安静にしろってうるせぇんだ」
口の悪い男は、稽古の間、私のそばに居た。
さんざんヤジられたし、いつも通りあんまり成果はなかったけど、それでも……いつもよりは真剣に稽古ができたと思う。
まともに戦えない以上、人間観察で危機的状況を回避したい。ロジェとドニ君に昨日のことを聞いてみた。
※近衛騎士が偽物だと気づいた理由(ロジェ)
1.近衛騎士の装備が不統一だった(本来、誰それつきの騎士かによって装備が変わるらしい。鎧のデザインとか羽織るマントとか剣飾りとか……近衛兵の服装の微妙な違いとか、ふつー、庶民は知らねえだろ? 逆に何であんたが知ってるのかが疑問!)
2.私を離宮に戻らせまいとした。
3.偽騎士が「賢者は既に御前に居られる」と言った。「自分も勇者も召喚されてると聞けば、グレンならマスミを移動魔法で拾って、共に御前にあがるはずだ。ああ見えて慎重な男だからな」だそうで。……なるほど。
※近衛騎士が偽物だと気づいた理由(ドニ君)
なんとなく。
勘……?
これは真似できない……。
* * * * * *
○月×日
九人目、判明。
何というか……
控え目というか、地味というか……
いや、もう乙女ゲームがどうのって言う気は無かったんだけど!
分類するなら、彼は『平凡』になるだろう。
手足が長くて、ひょろっと背が高い。棒高跳びの選手みたい。
顔は悪くない。どっちかというと、いい方。でも、周りの顔面偏差値が高すぎて……
クラスでそこそこ人気の男子も、世界的大スターを前にすれば霞んでしまうっていうか……そんな感じ。
それでもって性格は、
「はぁぁぁ? てめぇが、勇者の仲間だってか? 何かの間違いだろ?」
カロンに怒鳴られて、半べそかくような……へたれ体質?
いや、カロンがついイジメたくなるのも分かるような雰囲気を醸し出していて……いじめられっ子体質?
「ひぃぃ、カロンのアニキ、すんません! おいらなんかが、ほんと、すんません」
新メンバーのズマナは、盗賊(て、また盗賊ギルドだよ!)。
髭賢者がギルド頭の協力をとりつけて、盗賊ギルドの構成員に対面させてもらったんだけど。
もちろん、仲間の護衛つきで。いっしょに来たのは、盗賊ギルド絡みの四人と、いざって時の治療係のヨハン、あと髭賢者。
厚いカーテン越しに何百人もの盗賊たちと会ったわけ。間にカーテンがあるのは、警備上都合がいいから+ギルドメンバーの顔を公にしない為だそうで。だから、誰と対面してるのかもさっぱり。ランディとロジェはカーテンの向こうに行き、残りの人は私の側につきそってたんだけど……
ほぼ最後の方……ランクが上の人間から対面していったから、つまり、かなりの下っ端が、私の仲間になったのだ。
ズマナは盗賊ギルドに所属して五年……本来なら中堅クラスにいなきゃいけないくせに、駆け出しとほぼ同列。その実力は……
「錠前外しは、まあまあ。勘も悪くねえですよ」
「けど、こいつは、度胸がからっきしなんで。ビクビクして、すぐとちりやがる。でけぇから、隠形も下手っぴ。ハッタリはできねぇ、嘘は下手、新人にも騙されるバカ」
「逃げ足だけは早いんですがねえ」
「見張りや荷物持ちぐらいにしか使えねえ。ギルドのツラ汚しでさ」
普段無口なカロンが、くさす、くさす……
ズマナは「面目ねえ、カロンのアニキ……」と、小柄なカロンの前で、手足の長いひょろひょろの体を小さくした。
そんな二人のもとに、にこやかに僧侶は近づいて行った。
「神の御心は人の身には計り知れません。人の目には、不可解と映ることにも意味があり、そこには神の愛が満ちているのです。ズマナさん、あなたが勇者様の仲間となられたのも神の思し召しなのです。あなたの前に幾多の困難があろうとも、希望と喜びをもって前へとお進みください」
カロンは「はぁ?」って顔をし、ズマナは目をキラキラ輝かせてヨハンを見つめた……うん、騙されやすそう。
「……まあ、そりゃ、そうだ。仲間になっちまった以上、代えはきかねえ」
髭賢者は大きくため息をつき、面接に立ち会ってたギルド長に話しかけた。
「別料金を言い値で払う。ズマナの再教育を頼みたい」
どの程度の教育をすればいいかと聞かれ、髭賢者は「そうだな。カロンから及第点を貰えるレベルまでかな」って答え……
ズマナは、三日間ギルドで集中再訓練を受けた後、私たちと合流してカロンの下につく事になった。盗賊の技を教わりながら、私の警護の役目につくのだそうだ。
それを聞いて、カロンはちぃぃっと大きく舌を打って、ズマナはますます小さくなった。
……ズマナ、強くなるのかなあ。不安……。
離宮に戻ると、俺様王子からの使いがきて、私達はすぐに庭園に呼ばれた。
「よく来たな、マスミ。この私を見ろ」
王子様が呪文を唱えると、剣がピカピカっと輝き出した。
でもって剣を振るうと、少し離れた所にあった大岩がパカッと真っ二つに……
すごぉぉ〜い! 魔法みたい!
私の背後から、おぉ〜って歓声があがり、ケヴァンが拍手をした。
「さっすが、王子さま。雷の剣はもうマスターだね〜 早いなあ、ふつー、ここまでくるのに三カ月はかかるよ〜」
「フッ。凡人の物差しで測るな……私を誰だと思っている」
ランディとロジェもおざなりな拍手をした。
「すごいすご〜い、よく当てられたねえ。でも、まあ、あれだけ大きな的だ、外す方が難しいか」
「だが、敵は動くぜ? 大岩みたいに、当てられるかねえ。箱入りの王子さまにゃ、難しいかな」
あんたたち、どーしてアンリ様に喧嘩売るの!
* * * * * *
○月×日
とうとう十人目が現れた。
私の仲間は十人揃ったのだ!
だけど……最後の一人は、ものすごく個性的というか……よくわかんない人だ。
とある貴族の領地の館に、彼は居た。
五日前から領主が保護している、よそもの。
その異様な姿から「異世界の貴人」であろうと領主は推測し、異世界関係の第一人者――賢者に彼の事を知らせてきたのだ。
最初は髭オヤジと学者のマティアスだけが彼と会い、
その後、すぐに私も仲間たちも呼ばれ、彼と引き合わされた。
会う前は、もしかしたら同郷の人かもと思ったのよ。
だけど、どー見ても、同じ世界から来たようには見えない。
どっしりと構えた、落ち着いたハンサム……黒髪、黒目、髭はなし。肌は黄色みがかかっていて、アジア系っぽい。二十代前半ぐらい?
そこまではいいとして。
角髪を結ってるのよ! 角髪よ! 角髪! 日本の大昔の髪形の!
衣装も、それっぽい! えっと……古墳時代?って言うんだっけ? 日本の古代の神様みたいな恰好してて! 勾玉のネックレスなんかしてて!
更に、衝撃的なことに!
言葉が通じないのだ!
彼が何かしゃべっても、キーキーキーと猿が鳴いているように聞こえる……。
これには、私よりもグレンの方が驚いていた。
勇者にもその仲間にも、神様からパーティー特典として自動翻訳機能がプレゼントされる。
この世界の人間の言葉はもちろん、異世界人とも会話が成り立つ便利能力があるのだ。
誰かと言葉が通じないなんて、本来ありえない事なんだそうだ。
学者のマティアスが首を傾げた。
「人類間で言語として通用していない言葉は、自動翻訳機能の適用外となります。彼の言葉は、暗号や呪文の類なのか、或は完全な獣語か……」
「でなきゃ、呪いだねー 言葉が通じない呪いをかけられてるとかー」と、ケヴァン。
なるほど! と思ったんだけど。
ニコニコ笑顔のヨハンに「この方からは邪悪な気は感じません」って呪い説は否定された。
言葉が通じなくとも、表情やジェスチャーで大ざっぱに意思の疎通ははかれる。
彼の黒い瞳と目線が重なり、ニコッと微笑みかけられる。
ちょっとびっくりした。それまでは凛とした顔を保っていたのに、笑うと柔らかな感じになる。優しそう。
親し気な目を向けられるのは、私がアジア系の顔してるからかな? お仲間と思われたのかも?
ついて来てほしいと身振りで髭賢者が伝えたら彼は鷹揚に頷いてみせ、移動魔法で運ばれる時も大人しかった。
「見知らぬ世界でさぞお心細い事でしょう。この方がこちらに慣れるまで、私がお手伝いしてもよろしいでしょうか?」と申し出たヨハンに、彼のことを当面お願いする事にした。
名前さえもわからない彼を、ランディは「ナナシ(名無し)だね」と言った。
あだ名『ナナシ』が定着しそう。
ヨーロッパ風のこの世界に、角髪の男……
これが乙女ゲーなら、やり直しを要求するレベル。
最後のカレシが角髪男とかないわ〜 世界観壊れまくり。
ま、ハンサムではあるんだけど……
……うん、今日はもう寝よう。
* * * * * *
○月×日
髭オヤジがまた壊れた。
もとい、髭賢者が神様に憑依された。
《やっほ〜 マスミちゃん、お久しぶり〜♪ ついに仲間十人を集めたね〜 あとはこの十人をつれて、魔王を倒すだけだ。やったね! おっめでと〜!》
ぱんかぱ〜んとファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞い散る。……これ、神様の魔法?
突然おかしくなった賢者に、ビビリのズマナは怯えまくり。カロンの背後に隠れて、カロンにどつかれてた。
「あはは。賢者さま、どったの?」って笑うケヴァン。
いぶかしそうな顔をするアンリ様とフェビアンには、マティアスが「神様が降臨なさったのです」と説明した。
ヨハンは賢者に恭しく頭を垂れ、彼といっしょにいたナナシはキーキーキーしゃべりながら髭賢者に近づいて行った。
《この神の言葉なら、キミも聞き取れるものね。猿以外の存在に会えて、ちょ〜嬉しいって感じ? けど、だいじょ〜ぶだ。キミの苦労も、あとちょっと。魔王さえ倒せば、万事解決するから〜 六十一日後に、マスミちゃんといっしょに魔王を倒すんだ。あ、そこらに居る男どもも、マスミちゃんを守るナイト……あ、いやいや、衛兵?みたいなもんだから、魔王といっしょに戦うんだよ。おっけぇ?》
ナナシは驚きに目を丸め、またキーキー言った。
《うん。そー。英雄はいないねえ。けど、だいじょーぶさ。今は頼りなくても、男の子だもの。愛するものを護るためなら、ヒーローになれるって♪》
ドンと足を踏み鳴らし、ナナシはなおもキーキー叫ぶ。……怒ってる? 神様に?
《そ〜んなに心配なら、キミが強くしてあげたら? チート一切なし、あ、いや、ズル技なし、あ、これも通じないか、う〜ん、ま、修行で、さ》
ナナシはムスッと口を閉ざした。見るからに不機嫌そうな顔で、私やランディたちを見渡してゆく。
「まあ、弱いってのは認めますよ。はっきり言って、マスミのパーティはグレンの代よりも一枚どころか二枚も三枚も落ちる」
ナナシとは言葉が通じない。承知しているはずのランディが、ナナシの視線を受け止めながら言葉を続ける。
「先代は、グレンがバカみたいに強かった。その上で脳筋が二人、ヒステリー魔術師と聖女も居た。攻撃力はこのパーティの十倍はあっただろうに、それでも……」
ランディは拳を握りしめた。
「……無傷の勝利とはならなかった」
私……グレンの書を見せてもらっている。
グレンの仲間は、ランディとロジェとマティアスの他にも、まだ居た。戦士があと二人に魔術師と尼僧……だったわよね、たしか。
でも、他のもと仲間には会った事がない。今まで話題にすらあがっていない。
目が合うと、マティアスは困ったような顔で弱々しく笑い、静かに目を伏せた。
もしかして、グレンの他の仲間は亡くなってるのかもしれない……そう思ったら、たまらなく怖くなった。
ロジェも肩をすくめる。
「ま、運命のルーレットダーツを召喚して一発逆転を狙おうにも、無理だろうな。このパーティでは地力がなさすぎる。当たりマスは爪の先ほどの幅も無く……おれたちは敗北する」
「今の私たちであれば、であろう?」
アンリ様が堂々と胸を張る。
「魔王戦は六十一日後。即ち、あと六十日も鍛錬を積む時間があるのだ。見ているがいい、私は強くなる。貴様らなど及びもつかぬ男となり、この私が魔王を倒そう……マスミの為に、な」
アンリ様の後ろのフェビアンが「その通りです」って感じに重々しく頷く。
「オレも、魔王倒す。マスミのためなら、オレもがんばるぞ」
ドニ君が明るく笑う。
そうよね……弱気になってちゃ駄目よね。
髭オヤジ(神様つき)に、私の秘められた力について教えて欲しいってお願いした。
なのに、きょとんとして《マスミちゃんの秘められた力? なに、それ?》とか言ったのよ!
「あるでしょ。私の世界から来た勇者たち十人は、秘められた力に目覚めてものすご〜く強くなって魔王を倒したんでしょ?」
《あ〜 はい、はい。アレね、勇者ならではの力。マスミちゃんにも強烈なのがある……もう発動してるよ》
私の秘められし力は、発動してる?
のわりには、全然強くなってないんだけど!
私の力っていったい何なの?
《キミの力については、この世界に来た時に、この神自らが説明しただろ?》
私、こっち来た時に神様に会ってるの?
まったく記憶にないわ!
……酔っぱらってたから。
もう一回教えてくださいってお願いしても、神様はケラケラ笑うばかり。
《だ〜め。二度目はない。だけど、かわいそーだから、ちょっとだけ助言しよう。キミの能力を最大限に生かしたかったら……キミはカレシたちから離れちゃ駄目だ。カレシたち一人一人と心を通わせ合って、その成長を見守れば……自ずとキミの力が明らかになる》
そこで髭賢者は、ニパッと笑った。
《目指すは、オール・リーチ! 恋愛フラグを見逃すなよ! えこひいき禁止だ! 告白タイムまでに全員の好感度をフルに上げておけば、キミはベスト・エンディングが見られるだろう!》
この世界、やっぱり乙女ゲーだったの????
《だいじょ〜ぶ。キミなら、いける。かんたん、かんたん♪ んじゃ、まったね〜★》
ニパニパ笑いで踊り狂ってた髭のおっさん。
その動きがピタッと止まる。
私達に背を向け、うなだれるグレン。
まあ、かわいそうっちゃかわいそうだけど。それどころじゃないというか!
私は仲間たちを見渡した。
むすっとした顔のナナシ(謎の角髪の人)。
カロンにどつかれてるズマナ(びびり盗賊)。
俺様王子のアンリ様(魔法剣士修行中)。
アンリ様付きの近衛騎士フェビアン(敬語騎士)。
チャラいケヴァン(桃色魔術師)。
とことん清らかなヨハン(敬虔な僧侶)。
イケメンボイスのマティアス(老け顔の学者)。
冒険家のランディ(広く浅くいろんな技が使える)。
口の悪いロジェ(唯一無二のギャンブラー)。
私の心の癒しドニ君(もふもふ獣使い)。
彼等の好感度をフルにする?
え〜〜〜〜〜????