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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
番外編【勇者列伝】
231/236

四十九代目 ナクラ サトシ

「ようこそ。アリス君、ナナ君。いい家だろ?」


 櫻井先輩がキラッと歯を輝かせて笑う。


 凄い家だわ……。


 二階建て一軒家。

 駐車スペース2台分。

 和風の庭(推定)二十坪。

 階ごとに、リビング・キッチン、お風呂、トイレがあって、部屋数は一階に四、二階に六……。まだ家具は、ぜんぜんないけれど……。


「もとが『シェア・ハウス』でね。複数の人間が共同生活しやすいよう設計されているんだ」


 中古にしても、よ。

 都内よ。

 駅近よ。

 何億の物件よ……。


 この成金(ブルジョワ)がっ!


「先輩、一軒家(こっち)に引っ越すんですか?」

 あの駅前マンション売っちゃうの?


「違うよ、アリス君」

 櫻井先輩が、口元に指を一本立てる。『内緒だよ』って言いたそうな顔で。

「この家をね、僕らの秘密の『アジト』にするのさ」



「は?」



「アジトだよ、アジト。ぼかぁね、秘密基地に憧れてたんだ。正義の味方に、アジトはつきものだからさ」

 なに言ってるんだ、このバカは……。


「異世界にアジト持ちの知り合いも居るけど、あれは僕のもんじゃないからさ。欲しかったんだよね♪」

 鼻歌まで歌ってる……。


「アジトですか〜 櫻井さん、すっご〜い♪」

 奈々に拍手されて、バカが益々鼻高々になる。


 これはアレね……若い頃に大金を持って、ダメになるパターンだわ。

 お金の使い方を知らないから……こんなバカな買い物して……。


 櫻井先輩は、幾つかの飲食店を経営してるオーナー。いわゆる青年実業家だ。

 若くして成功した秘訣は、ズバリ――異世界で手に入れた特殊能力(ギフト)の一つ――未来予知能力のおかげ。

 自分の未来こそ見えないものの、現状のままなら『なるであろう未来』が大まかに見える……らしい。

 突発的な出来事で未来予想が外れる事もあるものの、八割は当たるらしく。

 株式の売買や宝くじ、ギャンブル……競馬、競輪、競艇、オートレースなどで荒稼ぎして事業を興す資金を得たわけ……。


 それで、萌え制服(先輩の趣味……)のレストラン経営を始めるわ、アジトなんて謎の買い物するわ……


 本物のバカだわ……。



「アリス君、ナナ君。今日から、僕のことは『リーダー』と呼んでくれたまえ」


 はぁ?


「この家はね。もと勇者が集う場所……勇者OB会の隠れ家なのさ」



 勇者OB会……?



「僕、アリス君、ナナ君、直矢くん……更にこのまえ、名倉くんを発見した。これからもっと勇者OBは増えてくだろう。みんなが心おきなく集まれる場所があった方がいいと思ってね、この家を買った。ここに住んでくれてもいい、別宅代わりに使用してくれてもいい。好きに使ってくれ」



「は?」



 そんな理由で……

 一軒家を買ったの、こいつ……?

 わたしたちのため……?



「ねー ねー 櫻井さん櫻井さん」


 櫻井先輩が、奈々の口をぴたっと指さす。

「違うだろ、ナナ君。今日から僕は『櫻井さん』じゃない。他の名前で呼んでくれと、頼んだはずだよ」


「あ〜」

 奈々がポンと手を叩く。

「『リーダー』」

「そう、リーダー」


 バカが笑う。爽やかに、明るく……。


「ねー ねー リーダー」

「何かね、ナナ君」

「ここ、秘密基地なんでしょ? 何があるんですかー?」

「というと?」

「指令室とかー 地下室とかー 隠し扉とかー 秘密の乗り物とかー」


「あ〜」

 櫻井先輩が、自分の額をパシッと叩く。

「だよね。アジトには、絶対必要だよな。そういう遊び心満載の仕掛けが」

 ふ〜っとため息を漏らし、櫻井先輩は頭を軽く振る。

「僕としても、そんな感じにこの家を改造したかったんだけどね、うちの守銭奴が許してくれなくってさ」


《『守銭奴』で悪かったですね》

 リーダーの背後に、唐突にリヒトが現れる。

《正孝。言ったはずですよ、あなたのこの『道楽』屋敷は、表向きは賃貸物件なんです。不必要な改装などできません》


 最近のリヒトは……櫻井社長の有能な秘書を演じている。


 先輩よりも長身で……

 綺麗な金の髪をきちんと整えて、広い額を出して。

 ノンフレームの眼鏡に、切れ長の青の瞳、シャープな顎、大理石の彫刻のような白い肌、黒スーツ……。


 クールな美形って言葉がぴったりくるようなハンサム……


 そう……最近の基本(デフォルト)の姿は、男性形なのだ。


 青年実業家と、金髪眼鏡の有能秘書……。

 二人が絡んでくれるのは、すっごく美味しいんだけど……

 昔のリヒトを知ってるだけに、ちょっと複雑。可愛らしい美少女だったのになあ……。



「まあ、そうなんだけど。せめて、地下格納庫ぐらい作りたかったよ」

《不要です》

「おまえは『男の浪漫』がわかってないよ……」


 櫻井先輩は精霊支配者、リヒトはしもべ。

 なのに、リヒトの方が偉そうなのよね……。


 転移(トリップ)体質の先輩は、年に数回、何の前兆もなく異世界へ跳ばされてしまう。

 先輩が不在の間、リヒト達精霊が先輩の影武者となって生活を支えてきた(本来、精霊は精霊支配者が異世界へ移動すれば、くっついていくものなんだけど……先輩は、五十六体の精霊の内の八体をいつも留守番役として残している。何かズル技を使っているらしい)。

 先輩が学業を終えられたのも、実業家として生計をたてていられるのも、全てリヒト達のおかげ……頭が上がらないのも当然ではあるわね。



《第一、改装している暇など無いでしょう? 名倉さんに早く住む場所を提供すべきです》


「……浪漫と現実の違いぐらいわきまえてるよ」

 先輩が大げさに両手を開く。


「家具は?」

《ノヴァとブリーズに手配させています。今日明日には、全て搬入可能かと》


「名倉くんの監視……いや、接待はレビンとシュバルツに任せてたな。順調だな? 問題は発生してないな?」

《はい》

「レビンはアニメおたく、シュバルツはカルト文化に詳しいからなあ。名倉くんと話が合うと思ったんだ。友好度が深まったら勇者OB会専用サイトの立ち上げの件を、名倉くんに……」

《心得ています。『施し』ではなく、『仕事の報酬』という形での援助をもちかけます。働かざる者食うべからず。この世界には、実にわかりやす格言がある》


 そこで、リヒトがわたしの方をチラッと見て、

《藤堂さんは、ご実家の酒屋のホームページを管理されている。他にも、いろいろとご活躍(・・・・・・・・)だ。サイト運営のノウハウはよくご存じでしょうが……》

 口元に薄い笑みを浮かべる。

《藤堂さんは関わらない方がいい。勇者OB会のサイトは、名倉さんお一人に任せした方がいいでしょう》


「そうだね。今の名倉くんは、第三者のアドバイスを聞きそうにない。一人でやってもらった方が良さそうだ」


 違うわよ、先輩。

 精霊(リヒト)には、人間の頭の中が丸見えだから……わたしの腐った趣味もバレてるの。

 さっきのは、わたしのサイト(隠しBLページあり!)への遠回しな嫌味よ。

 自分や先輩のBL話が気に喰わないのね。リヒトが男性形になってからは、リヒト×櫻井先輩の話、増えまくりだし。

 でも、こっちだって、頭の中を勝手に覗かれてるんだもの。嫌な気分は、お互いさまよ。あのページは、パスワード入力必須にして、同好の士にしか見せてないわ。大目に見てよね。


 ま、先輩に内緒にしてくれてることは感謝してる。

『精霊支配者からの要望が無い限り、人間が知り得ぬ知識を与えてはならない』の原則に従っているだけらしいけど!




 櫻井先輩とリヒトが、あれこれ相談をしている。


 二人をぼんやりと見てたら、奈々に耳打ちされた。

「アリスちゃん、新しい人に会った?」

「まだよ」

「ワタシもまだ。櫻井さ……じゃなかった、リーダーと直矢くんから話だけは聞いてるけど……」

「……人嫌いの、難しい人みたいね」


 もと四十九代目勇者、名倉智之さん。

 年齢(とし)は、たしか……今まで最年長だった櫻井先輩よりも五つ上だそうだから……三十三かな?

 十七年も自宅に引きこもってた、筋金入りニート。

 二次元おた。猫耳・妹・巫女・メイドをこよなく愛しているのだとか何だとか……。

 ひきこもり部屋から勇者世界へ転移。

 絵に描いたものを現実化する特殊能力で、四十九代目魔王を倒してこの世界に帰還……したものの、勇者世界(あっち)に行ってる間に、長年のコレクションを家族に処分されてしまったそうで……ブチ切れ。

 家族を殺すの自分が死ぬのの騒動の果てに、特殊能力で自宅を破壊(幸いなことに、死者は無し)。

 ホームレスになりかけていたところを、直矢くんに保護されて。

 今は、櫻井先輩のお金でホテル暮らしをしている。

 そのわりに、先輩を毛嫌いしているわ、直矢くんには怯えているわ……

 先輩の精霊(名倉さん好みの姿に変身中)としか会話しないのだとか。


……正直に言えば、お近づきになりたくないタイプだ。


 でも、同朋なわけだし……

 せっかく巡り合えたんだから……

 会ってみたいような……やっぱり、会いたくないような……。



「ああ、そうだ。忘れてた。アリス君、ナナ君。バイトしないか?」

 櫻井先輩が、わたしたちに微笑みかける。

「アジトの家政婦を頼みたい。二人一緒でも交替でもいいよ。一日おきぐらいに、昼にこの家に来てもらえないかな?」


「わたしたちが家政婦?」

 奈々と顔を合わせた。


「まあ、そういう名目で来て欲しいって事だ」

 先輩の歯がキラッと輝く。

「『仕事』の方が外に出やすいだろ、ナナ君?」

「それは、まあ……そうかも」と、奈々。

 結婚して間もなく、百日間も妻が失踪したわけで……一時期、奈々の家庭はゴタゴタしていた。ダンナさんもそうだけど、義理のご両親といろいろあって……。

「時給千五百円ぐらいで、どう?」

「千五百円?」

 奈々が華やかな笑顔になる。

「やる! やります、リーダー!」


「わたしはパス」

 軽く手をあげた。

酒屋(かぎょう)の手伝いがあるから無理です。……ごめんなさい、櫻井先輩」


「アリス君。違うだろ?」

 櫻井先輩が、わたしの口をぴたっと指さしてくる。

「今日から僕は? 『櫻井先輩』じゃなく?」


 あぁ……


「『リーダー』?」

「その通り」


 バカが笑う。とことん明るく爽やかに……。


「アジトには、ノヴァとブリーズを護衛兼メイドとして置くつもりなんだ。『家政婦』ってのは本当に名目だよ。家事自体は気が向いた時に気が向いたところをやってくれればいいし、やらなくてもいいよ。それなら週一ぐらいは来られる? 来てくれた分は、きちんと時給を払うからさ」


「働かなくても、お給料貰えるの?」

 アバウトな……。

 リヒトがそこで、しら〜とした目で見てるわよ……。


「ああ。来てくれるだけでいいよ。この家に名倉くんを一人っきりにしたくない」

 先輩が笑う。いつものように優しく……

「名倉くんには、僕らとのつながりを感じてもらいたい。いつかは、同朋だと思って欲しい……アジトは勇者OBの為に用意した場所だからね」

 とても陽気な、気持ちいい顔で笑う……。

「それに、さ。僕は、ほら、転移(トリップ)体質だろ? できるだけアジトに顔を出すつもりだけど、あまり来られないと思うからさー」

……そこ、笑うとこじゃないわよ。

「直矢くんも、仕事柄、休日が不定期だしね。キミたち二人が頼りなんだよ、すまないが、頼まれてくれないかな?」




 櫻井先輩と出会ってから十年目。


 勇者OB会発足。


 リーダーは櫻井先輩。


 メンバーは、わたし、奈々、直矢くん、名倉さん(顔合わせはまだ)。


 これといった活動はなし。

 しいて言えば……同朋を探すこと?

『アジト』に集まって名倉さんと親交を深めること……それぐらいかしら?

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